異変解決から数日が経った今日、博麗神社では異変解決のお祝いに妖怪や吸血鬼が集まって宴会を開いている。
異変解決のお祝い、なんて言ってるけど本当は何かと理由をつけて飲んで騒ぎたいだけなんでしょうね。
最後には私だけで飲み散らかした酒瓶やら皿やら何やら全部を片付けることになるんだと思うと、今から憂鬱だわ……。
……いえ、憂鬱の理由はそれだけじゃないわね。
騒いでる妖怪たちに背を向けて、神社の中にある居間に向かう。
居間に着けば、そこには一枚の布団が敷いてあり、その上にあるのは……氷狐の遺体。
「……何をバカなことをしてるのかしらね」
眠っているようにしか見えない氷狐の頬を撫でる。
以前のお日様のような暖かな体温は、その面影を感じないほどに冷たい。
死体を大事に布団に寝かせているなんて、周りから見れば異常者か狂人に映るだろう。
でも……冥界から出る直前に勘が囁いたんだ。
絶対に氷狐は……。
「……私の勘も鈍ったのかしらね」
ありえない……そう考えて、思考を止めた。
楽しくない宴会も、参加してお酒を飲めば少しはこの心を晴らせる気がする。
何より、私が用意したものを私が飲まなくてどうするのか。
「じゃあね、氷狐」
立ち上がり、眠っているような氷狐に声をかける。もちろん、それに返ってくる言葉はない。
こぼれそうになる涙を唇を噛み締めることでガマンし、私は居間を後にした。
「……本当に……」
あんたが生きていれば……きっと宴会も楽しかったに違いないのに。
心の底から……そう想った。
「今日は随分と元気がないのね」
「……なんか用? レミリア」
桜の木にもたれかかりながら座ってお酒を飲んでいる私に声をかけてきたのはレミリア・スカー……レミリアでいいわね。
今回の異変の前に起きた紅霧異変の時の犯人の吸血鬼。見た目は私よりも年下に見えるけどその実500年を生きるbba。偉そうにしてるけど精神年齢は見た目相応の子供精神。つまり合法(21)。
「……なぜかバカにされた気がするわ」
「よくわかったわね」
「普通否定しないかしら!?」
「普通じゃない相手に普通の対応なんてしないわ。それとも自分が普通だとでも? ボケたの? ああ、ボケたんじゃんくてわからなかったのね、子供だし。ごめんなさいね、子供なんだからもっとわかりやすく言えばよかったかしら? まぁこの幻想郷に普通な存在なんて数えるほどしかいないわけだけど。そう考えると普通じゃない対応のほうが普通なのかしらね。というわけで……安心しなさいレミリア、あんたのことをバカになんかしてないから。気のせいよ気のせい。これでいいかしら、吸血鬼さん?」
「う……うぅ~さくや~!」
「ああ……泣いてるお嬢様も可愛いですね……」
泣きながら走り去るレミリアを優しく抱き留めた後に危ない発言をしているメイド長を見て、私は思った。
ダメだあのメイド長、早く何とかしないと。
とは言え、私も言い過ぎた気がしないでもない……謝らないけど。
「……はぁ」
つまらない。
周りの妖怪や魔理沙は楽しそうに騒いで、飲んで、笑っている。実際、宴会を楽しんでいるのでしょうね。
だからといって、私が楽しくなるわけでもない。何よりも……あの亡霊が参加しているのが気に入らない。
「……そんなに睨まないでくれないかしら? お酒が飲みづらくてしかたないわ」
「食べ物を取る手がとまらないのは流石ね」
「だっておいしいんだもの♪」
その笑顔が私を苛立たせる。私の視界に入ることすら、今は不快で仕方がない。
なんでこいつはいるのに、氷狐は……。
そう思うだけで、あの時の激情が湧き上がってくる。
「宴会の席で怒りは無粋よ」
「誰のせいだと思ってるの?」
「私。だからあなたに一つ、いい情報よ」
「いい情報……?」
なんだろうか。この亡霊がわざわざ私にそんなものを持ってくるなんて。
ただ、私の勘が囁いている。
「あの子のことだけどね」
今すぐ立ち上がれと。
「死んだはずなんだけど、その魂は冥界にも、彼岸にもないのよ」
今すぐ走れと。
「まるで……」
ー生きているかのようにー
-氷狐が生きているとー
「氷狐!!」
乱れた息を整えることもなく、私は勢いよく居間の障子を開ける。
そこにあるのは……あったものがない布団のみ。
「氷狐! どこ!?」
誰かが動かしたのか。それとも……自分で動いたのか。
神社の中を隈なく探す……だけど、氷狐の姿はなくて。
気が付いたら、私は境内の隅にいた。
「はぁっ……はぁっ……」
なぜここにいるのか、自分でもわからない。
だけど、この場所には覚えがあった。
この場所は、私が氷狐と初めて会った場所。
目の前の草むらがガサガサと音を鳴らして……妖気を感じたから出てきた瞬間に退治しようと思ったんだっけ。
ーガサガサ……ー
「そう、そんな風に……え?」
目の前の草むらがガサガサと揺れた。
そこから感じたのは、小さな妖気。
そこから現れたのは……。
「う?」
「あ……」
私の胸辺りまでの小さな背に透き通るような青い瞳、サラサラとしたうなじが見える短髪の青い髪。
「ああ……」
頭には青い毛並みの三角の獣の耳に、お尻からは同色の大きなふさふさとした尻尾が生えている。
私の視界がぼやけていく……それでも、見慣れた青はしっかりと私の目に焼き付いていて。
へたりこんだ私の顔を、心配そうに見上げる姿が愛おしくて。
「れーむ……?」
初めて私の名前を呼んでくれたことが嬉しくて。
私は、人に聞かれることも考えずに大声で泣いた。
「まさか、本当に生き返るなんてね」
「なによ、私の言葉が信じられなかったって言うの?」
「自分のうさんくささを自覚してから言いなさい」
「酷いわ幽々子……」
大声で泣く巫女と不思議そうにしている子狐を影から見ながら、友人と言葉をかわす。
私が今回の異変を起こしたのは半分は私の意思だけど、もう半分はこの友人……八雲 紫≪やくも ゆかり≫からの頼みだった。
西行妖を満開にして封印を解くこと……これが私の意思。もう半分は……あの子狐の妖怪を私の能力で仮死状態にすることだった。
もしもあの子が生き返らなかったならば、私がちゃんと能力を使って生き返らせるつもりだった。
「……で、なんであの子を仮死状態にする必要があったのか教えてくれない?」
「それはね、彼の能力を確かめるためよ。能力自体はある程度目処はついていたんだけど……今回のことで彼の能力がわかったわ。彼を危険な目に遭わせてしまったけど」
能力……あの子は、本当に突然私の目の前に現れた。
飛ばない限り、飛べてもなかなか入ることができないような冥界に突然。
だから私は、移動系の能力かと思っていたけど……それでは生き返ったことの説明ができない。
「で、その能力は?」
そう問いかけてみると、紫は取り出した扇子で口元を隠し、ふふっとうさんくさい笑い声をあげた。
「おしえてあーげない♪ あ、待って! ウソよウソ! 冗談! 冗談だから!!」
「ひどいわ幽々子……」
「紫が悪いのよ」
「あんたら、こんなところで何してるのよ」
「うー」
紫にお仕置きをしていると、いつのまにか巫女とあの子がいた。
まぁ、あれだけ大きな音を立てたらそりゃあ気づかれるわよねぇ。
「あら、もう大丈夫なの? たくさん泣いたみたいだけど」
「な! いつから見てた!?」
「最初から♪」
「うーあーうー」
楽しそうな紫を見て溜息を吐き、真っ赤になる巫女を見て苦笑し、意味もなく声を上げるあの子を見て笑みを浮かべる。
さて、そろそろ紫にこの子の能力を教えてもらおうかしら。
「それで紫、この子の能力はなんなのかしら?」
「え? あんた氷狐の能力を知ってるの?」
「ええ。そうね、そろそろ教えてあげましょうか。彼の能力……それは」
-思考≪オモイ≫を現実≪カタチ≫にする程度の能力-
「思考≪オモイ≫を現実≪カタチ≫にする程度の能力……ねぇ」
氷狐を抱きかかえながら、宴会が開かれている場所に向かいながらつぶやく。
あのうさんくさい妖怪と亡霊は先に向かったので、今この場にいるのは私と氷狐だけだ。
さて、この氷狐の能力はかなり強力な能力だと、あの妖怪は言っていた。
リンゴを真っ二つになったのは、私と〝半分こしたい〟という氷狐の気持ち≪オモイ≫が現実≪カタチ≫になったから。
氷狐が冥界にいたのは、〝異変の元にいきたい〟という氷狐の好奇心≪オモイ≫が〝元凶の元に現れる〟という現実≪カタチ≫になったから。
そして生き返ったのは、私の〝生きてほしい〟という想いが現実≪カタチ≫になったから。
オモイさえあれば、事実上どんなことでも出来る能力……他人のオモイさえカタチに出来る上、生死の事実さえ捻じ曲げるほどに強力な能力。
だけど、これにはいろいろと制約があるらしい。
まず、オモイが一切の混り気がない純粋な思考であること。思考できる存在はえてしていろいろと考えてしまうものなので、余計なことや様々なことを同時に考えてしまってはこの制約を満たせない。純粋な氷狐は、これを簡単に満たしてしまうようだけど。
次に、他人のオモイをカタチにするには上の制約に加えて密着するほどに近付いている必要がある。偶然にも、私はこれらを満たしていた。
最後に、この能力は〝結果〟にするだけで〝過程〟はカタチにできない。つまり、〝リンゴを半分にする〟というオモイでリンゴが真っ二つになっても、〝どうやって〟真っ二つにしたかがわからない状態になる。
過程をすっ飛ばして結果を得る……それなんてキングクリ○ゾン?
弱点は、生物をどうにかすることはできないことくらい……これは、予想。
以上がうさんくさい妖怪から聞いた氷狐の能力の詳細……どうやってここまで調べたのかしら。
「あんたって、もしかして凄いやつ?」
「うー?」
問いかけてみても、返ってくるのはうーあーのみ。
……まぁどうでもいいけどね。能力があろうとなかろうと、私が氷狐をどうこうすることはない。
一緒に人里を歩いて、一緒にお団子を食べて、一緒にお昼寝して……そんなほのぼのとした生活さえできれば、私はそれでいい。
「うー♪ あーうー♪」
不意に、氷狐が舞い散る桜の花びらを見て嬉しそうな声をあげた。
パタパタと尻尾を振り、両手は花弁を取ろうと動いている……なにこのかわいい生き物。
落ちないように抱き直すと、温かな体温を両腕に感じた。
つい最近まで冷たかった体温が、今ではおひさまのように温かい。
生きている……改めてそう感じた。
「ほら、あんまり暴れると落ちるわよ」
「うー」
氷狐の動きがピタリと止まった。
本当に、言動の割にかしこい。
「そろそろつくわね……あんた、お酒飲める?」
「うー?」
不思議そうに首をかしげる氷狐……お酒を知らないらしい。
飲ませたらどんな反応をするのか楽しみだけど、無理に飲ませて二日酔いになったりしたら大変だ。
まずは、試しに甘酒でも……。
「れーむ」
「なに?」
「うー」
氷狐が私の手から飛び出し、隣に立って私を見上げる……飛び出した時にちょっとだけさみしく思ったのは秘密。
氷狐は左手で私の右手を握り……にっこりと嬉しそうに笑った。
じんわりと温かいものが心に沁みわたり、また目頭が熱くなってくる。
二度と感じられないと想っていた温もりが、確かにここにある。
それがこんなにも嬉しくて。
それがこんなにも愛しくて。
二度と手放したくないと…泣きながら私は心の底から想った。
これは、博麗の巫女が一匹の子狐の妖怪と出会うお話。
この出会いを期に、妖怪は幻想郷に住む様々な存在と時に和やかに、時に慌ただしく日々を過ごすことになるだろう。
しかしそれは……また別のお話。
「氷狐! よかった……生きてたんだな!」
「うー? れーむ?」
「あーほら、離れなさい魔理沙。つーか離れろ」
「なんだよ霊夢、お前だけ氷狐と手を繋いで、しかも名前も呼んでもらうなんてズルイぜ!? なぁ氷狐。私も名前で呼んでくれよ~」
「まーさ!」
「誰が桃太郎侍の娘か」