「ああもう! またいなくなるなんて!」
「霊夢、落ち着けって」
「前科があるのに落ち着けるわけないでしょうが!!」
宴会の次の日、氷狐は神社に現れなかった。
私は二日酔いなんじゃないか? と思っていたけど、霊夢曰く氷狐は異変に巻き込まれたらしい。根拠は当然勘。
普通の奴なら勘なんか……となるが、その勘を発揮したのが霊夢なら話は別だ。なぜかは知らないが、霊夢の勘は未来予知の確率で当たる。
つまり、大なり小なり氷狐は異変に巻き込まれているということになる……ただ、その異変っていうのがなぁ……。
「巻き込まれたって言ったって異変は昨日の三日置きの宴会だろ? 氷狐がほかの奴らに飲まされる図しか浮かばないんだけど」
「それならいいけどね……そんなことじゃすまないと思うわ」
「なんで?」
「勘」
どうやら霊夢に落ち着きが戻ってきたらしく、口調に強みがなくなってきた。
本当に……氷狐のことになると自制が効かなくなるな。
「そんじゃ、氷狐が大変なことになる前に助けますか。な? お母さん」
「誰が誰のお母さんか」
近いところから見ていこう、ということで私たちがやってきたのは魔法の森。
しばらく飛んでいると、昨日ぶりに見る金髪が見えた。
「おーいアリスー」
「あら魔理沙……と霊夢じゃない」
「ちょっと、なんで私がついでみたいな言い方なのよ」
「サブタイトルを見てみれば?」
「魔理沙が転ぶって書いてあるわね」
「ちょっと黙ろうかあなたたち。メタなこと言うんじゃありません」
まさか私がツッコミをさせられるとは思わなかった。
とりあえず二人をいったん黙らせ、まずはアリスから物理的な意味で話を聞こうと思ったんだけど……。
「アリスはあんまり関係なさそうだな」
「いきなりご挨拶ね。二人して何を企んでいるのよ」
「子狐探し。お母さんが心配しちゃってねぇ」
「子狐? ……ああ、昨日魔理沙の膝枕で寝ていたあの羨ま……じゃなくて妬ま……でもなくて妖怪ね。で、お母さんっていうのは……ああ、なんとなくわかったわ」
「だから誰がお母さんか」
アリスの口からこぼれた怪しい言葉はスルーするとして……考えてみれば、あの時私と一緒に寝ていたアリス、それから妖夢は氷狐を誘拐した犯人ではないよな。
……ただし、異変の犯人かはまだわからないけど。
「ところでアリス」
「何かしら?」
「異変の犯人と氷狐探しのために近いところから潰していこうと思ってるんだけどさ」
「あんたも犯人だから潰させてもらうわね」
「そこは普通容疑者じゃないの!?」
「私は普通の魔法使いだけど、霊夢は普通じゃないぜ?」
「よし、あんたもそいつの隣に並べ」
「いてて……本当に私まで撃つなよ」
「撃ちたくないのに撃たせたあんたが悪い」
「星は好きだけどそっちの保志はあんまり好きじゃないぜ。異変の犯人≪ホシ≫なら、喜んで追っかけるけど」
冗談を言い合いながら、私たちは空を飛んでいた。
アリスは犠牲となったのだ……無茶しやがって。いや、トドメは私がマスパで刺したけどね。
「この調子だとあと何人潰せばいいのか……だいたいわかるわね」
「わかるのかよ」
「そうね、あと四人くらいじゃない? 勘だけど」
「楽しい四天王戦になりそうだな。チャンピオンは誰だよ」
「さあね。そこまではわからないわ」
そんな会話をしながら飛んでいると、たどり着いたのは博麗神社。
その境内の中に、見知った銀髪があった。
「あれ? 紅魔館のメイドじゃないか」
「あら、魔理沙に霊夢じゃない」
銀髪のメイド服を着たこの女は紅魔館というところでメイド長をしている十六夜 咲夜。
レミリアとかパチュリーとかには礼儀正しいけど、私たちにはこうやってフランクに話す。
「相変わらず公私を使い分けるやつだぜ」
「お嬢様のメイドたるもの、このくらいは朝飯前でしてよ」
「今は夜よ。で、あんたはなんで夜の留守の神社にいるわけ?」
「あら、犯人は現場に戻るものでしょう? だから手がかりがあるかと」
「なるほど……つまり、お前が犯人ってわけだ」
「は?」
私はミニ八卦炉を取出し、霊夢はお祓い棒をとりだしてメイド長に向ける。
メイド長はジリ……と一歩後ろに下がり……どこからかナイフを取り出した。
「さぁ……観念しなさい! この誘拐犯!!」
「はぁ!? え、ちょ、何の話!?」
「「問答無用!!」」
霊符「夢想封印」
恋符「マスタースパーク」
「あーあ、結局時間の無駄だったわ」
「それ、メイド長のセリフだけどな。へへっ、この魔道書欲しかったんだ」
「また盗ってきたの?」
「盗ってない。私が死ぬまで借りてるだけだ」
「それを盗ったと言わずになんと言うのか」
メイド長を冤罪で倒し、どうせだから紅魔館メンバーを倒して……もとい、調べてみようという霊夢の暴論で紅魔館の図書館に行った私たちはそこにいたパチュリーを倒した。
パチュリーは私が入ってきた瞬間に目を一瞬輝かせたような気がする……倒した後はどこか悲しそうだったな。また来るぜ、と言ったらむきゅうとうなってそっぽ向いたけど。
「さて、そろそろ本命の登場か?」
「いえ、時間をかけ過ぎてるわ。どうせレミリアは犯人じゃないし、さっさと神社に戻るわよ」
「理由は?」
「勘」
「勘なら安心だな。行くか」
「ええ」
「ってちょっと待ちなさい!!」
いざ神社へ、と思っていたら私が本の数秒前まで犯人だと思っていた吸血鬼が現れた。
何をそんなに慌てているのか、必死に両手を広げて紅魔館の入り口を塞いでいる……まったく塞げてないけど。
「どうした? レミリア」
「ちょっとそこどいてくれない? 邪魔なんだけど」
「私が出るたびに扱い酷くないかしら!? ここに本命がいるでしょ!? 弾幕ごっこしたり戦ったりしないの!?」
「じゃああんた犯人なの?」
「違うわよ!」
「んじゃさよなら」
「うー! うーーっ!!」
とうとうレミリアがボロボロと涙をこぼし始めた。
見た目は12歳くらいの子供がこちらを睨みつけて泣いている姿は、こう胸にクルものが……。
「じゃ」
「れいむのばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それだけ言い残して、霊夢はレミリアがカバーできていない入り口から出て行った。
……私はこの瞬間だけ霊夢が血も涙もない人間に見えた。さすが霊夢、私たちにできないことをやってのける。状況次第ではしびれるし憧れるんだけど、この場ではむしろ軽蔑の念しか浮かばないな。
「あーほら泣くなって」
「うーっ……うーーっ……」
私は、しばらくの間カリスマブレイクしたレミリアをあやしていた。
レミリアをなんとか泣き止ませた私は、霊夢が言っていた神社に向かっていた。
気が付けば夜の暗さの代わりに空は白んでおり、朝日が差し込み始めている。
「まったく、睡眠不足はお肌の大敵なんだぜ?」
「あら、それは妖怪にも当てはまるのかしら」
なんとなく呟いたことに声が返ってきた。
辺りを見回してみるけど、誰もいない。けれど確かに声は聞こえた……ということは。
「八雲 紫か」
「当たり」
その名前を言った瞬間、私の目の前の空間が横に裂けた。裂けた先には気持ちの悪い目が沢山あり、裂けた部分に寄り掛かるようにしている上半身だけが見えている女性の姿があった。
八雲 紫……一人一種族のスキマ妖怪にして幻想郷の賢者だ。
「私に何か用か?」
「氷狐の能力と異変の犯人の居場所、知りたくない?」
ピクリと反応してしまったのが自分でもわかった。
やっぱりこいつは氷狐の能力を知っていた……しかも、この異変の犯人の居場所まで知っているという。
前の私なら、教えてくれとすぐに言っただろうな。
「ああ、ぜひとも教えて欲しいね……犯人の居場所だけ」
「あら、能力の方はいいのかしら?」
「いい。私はさ、少しずつ氷狐のことを知っていくのが楽しくて仕方ないんだ。だから能力は教えなくていい。それは……私が自分で気づいてこそ意味があるからな」
最初はなんで教えてくれないんだと思っていた。なんであの亡霊や八雲 紫は知っているのに、友達の私は知らないんだと思っていた。
でも、知らないからこそ知った時に嬉しいと感じられるんだ。知ることを楽しいと感じるんだ。
それに……。
「氷狐といると楽しいしな。能力なんか知らなくたって、楽しけりゃそれでいいじゃん?」
「……ええ、そうね。犯人はもう霊夢と戦っているわ。私のスキマで送ってあげる」
「賢者のタクシーは高そうだな」
「料金は払えるかしら?」
「出世払いで」
すっかり青くなってしまった葉桜の並木道の上で、私はこの子狐の妖怪を抱えながら巫女と戦っていた。
妖怪の能力を発動させる条件は知っている。一切の混じり気のない純粋な思考≪オモイ≫……簡単だと思っていた。でも……今こうして発動していないところを見る限り、私は純粋な思考とやらができていなかったのだろう。
それは、私が叶え≪カタチにし≫たい願い≪オモイ≫が複数あったからだろう。
もっと宴会を楽しみたい。もっと花見をしたい。
また……昔みたいに仲間たちと……。
「氷狐を……はなせええええええ!!」
巫女から飛んでくる符や光弾に針。それらを避けるが……それだけだった。
こちらから反撃することができない……なにより、巫女の気迫がそうさせてくれない。
この私が、〝鬼〟である伊吹 萃香≪いぶき すいか≫がだ。
「舐めるなよ人間!」
「えっ!?」
霧状になる私の体を見て、巫女の顔が驚愕の色に染まった。
私の能力は〝密と疎を操る程度の能力〟……あらゆるものの密度を自在に操る能力だ。
自分の密度を下げれば、こんな風に体を霧状にしたりすることができる。この状態の私は、ほとんどの攻撃を無効化することができる。
「でも、私からは攻撃できる!!」
「くっ!」
腕の密度を上げて再び物質化し、巫女の後ろから殴りかかる。しかし、巫女はまるで来る場所がわかっていたかのように避けた。
殴りかかった腕をまた霧状にし、巫女からの攻撃を無効にする。
「なかなかずっこいわね……」
「なら元に戻ってやろうか? 私は鬼だ……いきなり始めてしまったけど、今から真剣勝負をするのもやぶさかじゃないよ」
「いやよめんどくさい。でも氷狐は返せ」
「私を退治できたら返してやるよ人間」
氷狐は私の霧の中ですやすやと眠っており、私は自分自身でもある霧を操って氷狐を巫女に渡さないようにしている。
人間じゃないのが残念だけどね……鬼は人間を攫って、人間は取り返すために鬼を退治して、そんで退治した鬼から攫った人間と財宝を奪う。それが昔の鬼と人間の関係だった。それでも、昔は鬼と人間が酒を飲み交わすこともあったんだ。
なのに、人間はその関係を裏切った。鬼は人間よりも圧倒的に強い。人間はそんな私たちに恐怖し……私たちに嘘をつき、騙して仲間を殺していった。私の仲間はそんな人間に絶望して、見限って地底へと去っていった。私がまだ地上に残っているのは……私は、それでも人間が好きだから。
だから、今はすごく楽しいんだよ巫女。まるで昔に戻れたみたいだから。
「さぁ巫女、私を退治して氷狐を取り返してみな!」
「その必要はないわね」
「…なんだと? 氷狐を返してほしくないのか?」
「取り返すわよ。……私じゃないけどね」
「何を言って……」
「ブレイジングスター!!」
その言葉が聞こえた時に私が見たのは……一つの巨大な流星。
私は、そいつをよく知っていた。星の名を持つスペルカードを使い、普通の魔法使いを自称するあの人間を。
そして流星が通り過ぎ……流星の主の手には、氷狐が抱きかかえられていた。
「氷狐は返してもらったぜ?」
「ほら、私じゃなかった」
「あ……あはははは! 確かに巫女じゃなかったね」
思わず大声で笑ってしまった。
鬼である私がこうも簡単に攫った存在を取り返されるとはね。やっぱり……人間は楽しいよ。
「だけど、あんた達は返さないよ? 私は退治されてないんだからね!」
「はぁ……本当にめんどくさいわね」
「霊夢、あいつは何の妖怪だ?」
「鬼らしいわよ」
魔理沙が鬼ィ? といぶかしんでいる……失礼な、鬼は嘘をつかないんだぞ。まぁ少しはつくかもしれないけど。
「鬼だったら退治しなきゃな」
「だからそう言ってるだろ? やってみな人間」
「人間だけど魔法使いと巫女だぜ」
「知ってるよ」
私は……霧になってずっとあんた達を見ていたんだからね。
「恋符「マスタースパーク」!!」
「当たらないよ」
私が放ったスペルカードのビームは、霧状になった鬼には当たらずに終わった。あの鬼は粒子化と物質化を使い分けて私と霊夢の攻撃をかわして私たちに一方的に攻撃を仕掛けてくる。
私が未だに被弾しないのは、霊夢のおかげだ。
「後ろ!」
「っと」
「こんどは左!」
「はいっと」
こんな感じで霊夢が教えてくれるのでまだ被弾はしていない。
だけど、氷狐を抱えたままの私じゃいつ被弾するかわかったもんじゃない。
霊夢一人なら……きっと苦戦も何もしないんだろうな。
「ちっ……粒子化なんてずるいぜ」
「だったらやめてあげてもいいよ?」
「優しい言葉だ、泣けてくるぜ。でもいい……手加減は嫌いなんだ」
「言うね人間! 私たち鬼が手加減しないと一殴りで死んじまうくらい脆弱なくせに!」
「人間舐めると痛い目みるぜ?」
とは言ったものの、生憎この鬼に一撃を与える術は私にはない。霊夢の方は知らないけど、今のところやってはいないし……。
そういえば、氷狐の能力ならどうなのだろうか。私にとっての未知の能力なら、もしかしたらあいつの能力をどうにかできるんじゃないか?
考えろ、氷狐の能力を。
「どうした!? 攻撃の手が止まってるぞ!?」
「ちょっと魔理沙! 何考えこんでんのよ!? 上から来るわ、気をつけて!」
霊夢の言葉通りに上から来た弾幕を避けながら考える。氷狐の能力は移動系ではない。ならなぜ冥界にいた?
それに、氷狐はリンゴを綺麗に真っ二つにした。これはどうやって?
何より氷狐は……認めたくはないけど、一度死んで、生き返った。なんで?
霊夢のヒントは〝ある意味誰もが思いついて、誰も思いつかない〟……誰もが思いつく……ん? つまり、誰もが〝考える〟ということか?
考える……思う……。
「魔理沙右!」
「うぇあっとぁ!!」
危ない危ない、考えすぎて弾幕に被弾するところだった。霊夢の勘が私にもあれば、簡単に避けられるのにな……私にもあれば?
それは〝あったらいいのに〟ってことだよな……つまりは〝願い〟だ。
願い……願い事? それはきっと、一度は誰もが思ったことだろう。でもそれは所詮は願い事……本気の人もいれば、叶うと思わない人もいるだろう。
「……まさか、な。でも……私は私が思ったことを信じるぜ!!」
「ちょ、魔理沙どこいくの!?」
「なんだなんだ、逃亡か?」
私は垂直に上昇し、ある程度上ったところで止まる。そして手にミニ八卦炉を持ち……体ごと下へと向けた。
余計なことは考えるな。今はこの考えだけに集中しろ。この考えに殉じるくらいの気持ちを持て。
そして、私はありったけの魔力を込めてスペルを宣言した。
魔砲「ファイナルマスタースパーク」
迫りくる巨大としか言い表せられない閃光。
スペルカードというルールの中にいる私は、その巨大な閃光を受ければ体を動かすことはできなくなるだろう。
だが、それは当たればの話。霧状の私にこんなものをぶち込むだけ無駄だ。
そう、思っていた。
「な、あ!?」
いつの間にか、私の体は元に戻っていた。なぜか能力は使えず、今からでは逃げることも防ぐことも、迎撃することすらできない。そんな覆すことはできない絶望的な状況で……私は笑っていた。
たった二人の人間に、私は一度も攻撃を当てられなかった。
この二人の人間は、本当に強かった。なによりも……嘘をつかずに真っ向から戦ってくれた。
「嗚呼………楽しい喧嘩だった」
満足に笑ったことを自覚し……私は巨大な光に包まれた。