とある未来の空想余話 作:茶話
あらすじで書いたとおり、原作が終わって(時間軸的に)います。変な名前とか、あだ名とかも勝手に付けまくってます。「そんなの俺の(私の)○○○○じゃない!!!」てなるかも(たぶんなる)しれません。
もしそれで耐えきれなくなっても、自己責任で。
※この小説は以前他サイトにて一時掲載していた物です※
A man of Time Traveler
{とある未来の空想余話}
Episode,1 [A man of Time Traveler]
2014年3月14日5時限目
「1981年10月19日に勃発した第三次世界大戦は、80年代の日本の技術革新、取り分け関東学園都市の一頭地を抜く技術力を世界に知らしめる結果となりました。それまでは,学園都市固有の技術であった超能力開発も、その後の舞浜講和条約によって技術公開が可決され、皆さんも知っているように、今世界では至る所で能力開発、新技術の開発が行われています。そして、……。」
ここは関東学園都市、第7学区、学舎の園、常盤台、常盤台高等学校、3年A組。
世界中の能力開発に携わる人間をして、今なお頂点と言わしめる関東学園都市。30年前の技術公開で世界の技術水準は一気に20年は進んだと言われているが、それでもなお、関東学園都市は科学技術において至高をを極めている。
そんな学園都市においても、さらに、至極と言われる機関がある。「学舎(がくしゃ)の園」もその一つ、能力教育においてのメッカ、世界中の能力教育の最先端、世界中の科学者の羨望と嫉妬の的。
約2万ヘクタール、200km^2の面積を誇る学舎の園には3つの総合学園がある。学園都市設立当初、学舎の園は、いわゆるお嬢様学校が隣接する地区だったのだが、それから30年がたち幾度も学校編成を繰り返し、今は「長点上機学園」「霧ヶ丘学院」そして「常盤台」の3校が学舎の園に居を構える。それぞれの学校がそれぞれの教育理念、教育方針を持ち、すべて小中高一貫した教育体制を取っている。
長点上機学園は特に能力による特権階級からの生徒が多く政治色も強い、霧ヶ丘学院は前回の学校再編成で男女共学になり能力教育と同時に、能力研究を行い次世代の科学者を担う学生が多い、常盤台は社会階級に関係なく広く門戸を開けていて、能力があれば、ある程度の素行の悪さや、人種民族は問われないため国際色豊かな学校である。
それでも3校に共通するのは、才能、能力、知能至上主義であること。たとえどんなに素晴らしいコネクションを持ち得たとしても、能力が無ければ無駄。受験には世界中から多くの学生が集まり、例年倍率は70倍を超え、入学を勝ち取れば自らの才能を努力次第で極限まで開花させることができる。
そんな能力教育の最高学府の中でも、常盤台高等学校A組という響きは人々を圧倒する。長点上機の特待、霧ヶ丘の花、常盤台のAとは、最高の才能と能力を持つことを認められた者のみが名告ることを許される、最上の栄誉だ。
そんな常盤台高等学校3年A組では、昼食を挟んだ午後の、それも能力開発には余り関係のない技術史の授業中であっても、すべての生徒はやる気に満ちあふれている。……というわけではない。ちらりほらりと、船をこいでいる者や眠い目をこする者、教科書以外の本を読んでいる者やらノートに授業以外の事でメモを取る者がいる。とどのつまり、やはりここは高校であり、ティーンエイジャーとはそういうものなのだ。
御坂薺(みさかなずな)もそんな、不埒な生徒の1人である。ボーッと窓から見える晴天の景色を眺め、頭の中では今日これからの——放課後の予定を考えていた。
昨日は丁度、駅前の百貨店がセールをやっていて(ホワイトデーバーゲンセールらしい)、めぼしい買い物はしてしまった。高校2年も終わりに近づいて、いよいよ学年末試験が九日後に迫り、来年からは受験学年などと呼ばれることになるだろうが、あいにくナズナは勉強に不自由していなかった。
まあ、この学校の場合、学年末試験は筆記よりも実技試験が重要視されるのだが、その点に関してもナズナは全く問題がない。
買い物がダメならば、級友とどこかのレストランにでも長居するのはどうか、とも思うが気分が乗らない。というか、優秀な友人はきっとレストランでもノートと教科書を広げて学年末試験の勉強をしそうで、そんな事をナズナはしたくなかった。
ホントにどうしよう、とうつらうつら考えていると、ふと背中を突かれる感覚を覚えた。
「……カさん……ミ坂さん」
後ろから、声を殺してナズナを呼ぶ声が聞こえる。今は授業中だという事をわきまえてほしい、と思いながらもナズナは声のする方へと振り帰った。
「御坂さん……あの、前」
「なに?富田ちゃん。今授業中だよ……?」
自分の一つ後ろの席に座る生徒に、ナズナはそう答えた。どうせ放課後勉強を教えろ、みたいな話なんだろうなと当たりをつけ、授業を理由に話をうやむやにしようと考えたのだ。
すると、返答は予想外の方向から帰ってきた。
「そうですね、御坂さん。今は授業中です。断じて、校庭の景色を惚けて見ている時間ではありませんよ」
ナズナが声のした方を向くと、右手に電子チョーク左手に教科書を持った肩に掛かるくらいの黒髪の女教師、伊吹摩耶(いぶきまや)が普段は温和なその顔の目頭をつり上げてナズナの席に近づいて来る。
美女が怒る顔は怖い、とはしばしば使われる表現だが伊吹教諭の形相はまさにそれで、基本的に怖いもの知らずなナズナも腰が引けている。
「す、すみません、マヤ先生」と若干顔を引きつらせて謝るナズナ。
すると怒りの表情を若干和らげ、代わりに「ムフフ」とでも形容できそうな含み声をだして伊吹教諭はナズナの前に立ち、それならば、と言った後に続けて。
「学期末試験が近いのに、暇で暇でしょうがない学年主席の暇を潰してあげましょう。——御坂さん、放課後は職員室へ出頭しなさい」
こうして、ナズナのホワイトデー放課後の予定は決まったのだった。
§ § § § § § § § § § § § §
2014年3月14日放課後
「じゃあナズナさん、後は中等部のほう、よろしくねっ」
伊吹教諭はそう言って、ナズナよりも先に職員室の隣にある資料室から出て行った。たぶんこのまま、職員室にすらよらすに帰宅するんだろう、とナズナは思う。
放課後、伊吹教諭の呼び出し通り職員室を訪ねたナズナを待っていたのは、膨大な量の資料整理だった。学校の資料室にうずたかく積まれた過去のデータメモリーを全て、学校のメインサーバーに整理して収納する。ナズナの能力を持ってすれば、こういう電子的なデータ処理は朝飯前なのだが、所々に欠損のあるデータを修復しながら合計500個近くのメモリーを処理するには1時間近くの時間を要した。
しかも仕事はもう1つあり、それをこれからするためにわざわざ常盤台の中学部まで足を運ばねばならない。同じ常盤台の中にあるといえども、高等部から中学部までは結構な距離があり、電車が使える分ナズナの自宅よりも遠く感じる。
ナズナは学園都市に住む多くの生徒同じく一人暮らしだったが、他の常盤台生のように寮に住んでいるわけでも、どこかのマンションを賃借りしているわけでもない。隣の学区の高級住宅街の一角にあるそこそこの大きさの一戸建てに一人で住んでいる。要するに、門限など煩わしいものが無いのだが、それが反って、今はナズナから言い訳の口実を奪ったのである。
しかしここでばっくれる訳にもいかず、ナズナは「ハァ」とため息をついて肩を落とし、鞄を持ってとぼとぼと中学部へ向かうのだった。
§ § § § § § § § § § § § §
ここで少し、ナズナの事を紹介しよう。
ナズナの家庭の事情は少し一般家庭と差がある。ナズナは、所謂「片親」と呼ばれるような家庭で育った。父親は居らず、母も父親の話題は出さなかったため父に関する情報はほとんど持っていない。また8年前にその母も死に、ナズナは11歳にして独りになった。幸い、母は多くのものをナズナに残してくれ(この家もそうである)、高校に入学してからはバイトも少し始めて金に困ることはない。家事も一通りはこなせるし、定期的にハウスメイドに厄介になっているので生活に困ることもない。
しかしその程度の話ならば、世間にごろごろと転がっている。
間違っても、一般家庭と差がある——一般家庭ではない《・・・・》、とまでは言い切れない。
ナズナが自分を、自分で一般家庭でないと思う理由。それは今は亡き母にある。
御坂薺の母は、あの《・・》御坂美琴なのだ。
ナズナの容姿はよく母に似ていると言われる。整った輪郭や、大きなアーモンド型の猫目、竹を割ったような性格と少し天の邪鬼な所も。逆に、母の茶に近い黒髪よりも更に赤茶けた色の髪や、少し髪に癖があるところ、高校2年生にして170cm近い身長とそれに引けを取らないボディプロポーションは明らかに母とは違っていた。しかも胸に至っては、は母の肌着で問題なかったのは中学校までで、高校に上がった時点で母の下着は使えないと判断して泣く泣く処分した程であった。
また容姿だけでなく、能力の面でもナズナは母の影響を多分に受けている。
30年前の学園都市が、世界に対して能力開発等の超先進科学技術を公開してから、能力の強度を測る強度格付け(システムスキャン)の基準は二度の大きな改訂をし、現在の基準は2007年に改訂された3rd Frame(サードフレーム)が適用されている。ナズナの母、御坂美琴はそのサードフレームの世界に数十人しかいないLev.5.5の中でも屈指の実力を持っていたのだ。
ナズナの持つ能力は 陽電子砲(ポジトロンライフル)Lev.5.5
陽電子(ポジトロン)が物質中の電子と衝突、消滅する力を利用し、極めて強力なレーザー光を打ち出す事ができる。最大出力は1億8千万KW(キロワット)。一撃で常盤台全域を吹き飛ばす事すら、理論的には可能である。
当然、莫大な量のエネルギーを操るため演算能力も高く、並列処理能力は並(それでもLev.5.5としては、である)だが直列演算、つまり計算スピードにおいては現代のスーパーコンピュータを軽く凌駕し、単純に電子を操り電子機器やネットワークに生身でアクセスすることも可能だ。
実際使い勝手の良いのはそういった小技ののほうであり、伊吹教諭がナズナに、なりふり構わず夥しい仕事を任せたのも、学校のサーバーに任せるよりもナズナに任せた方がかなり早く済むからであった。
ナズナの能力は常盤台の平均から見ても次元が違う高みにある。下手をすれば友達が一人もいないような状況すらナズナには成り得たのだが、そこはナズナの明るい性格とコミュニケーション力が無駄に高い親友ができたおかげで、「親しみやすい、凄く格好良くて(可愛くて)頭の良い御坂さん」で通っていた。
男子のファンもさることながら、女子の間でもそういう《・・・・》視線を向けてくる輩がいる事が、最近のナズナの悩みの一つである。
§ § § § § § § § § § § § §
常盤台中学部の中でも一際古い建物、中等部第1情報棟。30年以上前からあるこの建物は、常盤台の中でも最も人通りの少ない所にひっそりと建っている。元々は常盤台中学部のメインサーバーが置かれていた場所なのだが、サーバーが常盤台統合情報センターで一元管理されるにあたり中学部のメインサーバーも移動され、今では中学部の生徒会の倉庫と、肝試しの時位にしか使われなくなっていた。
そんな中等部第1情報棟だが、この春取り壊され新しく中学部生徒会執行部クラブハウスになることが決まった。そのためナズナは伊吹教諭から、その建物にある地下の旧サーバー室のメイン電源とサブ電源をもう一度入れ直して、最後のデータバックアップを取るために専用の無線回線を地下の元サーバーに繋ぐ役目を指示されていた。
「全く、なんでわざわざ私がこんな所まできて、こんな事をしなくちゃなんないのよ。マヤ先生もどうせ他の先生に押しつけられたんだわ」
電気が通っているとはいえ、今はもう5時すぎ。春の夕方と言えども、雑木林の北に位置する第1情報棟は薄暗く、無人の静けさを従えて佇(たたず)んでいた。
基本的には怖いもの知らずなナズナだが、超常現象(つまりお化け)の類は滅法嫌いだった。科学で解明できないものは、科学が発達した時代にこそ、その恐怖が増す。
埃っぽい室内に入ったとき、ナズナがなんとか叫ばすに居られたのは、自分の能力(チカラ)なら鉄筋コンクリート3階建の構造物なんて一瞬にして吹き飛ばせるという自信にすがりついていたからで、もしここで後ろから肩でも叩かれたなら、絶叫して手加減なしの能力行使を躊躇わない気分だった。
——そんな事を考えたのがいけなかったのか。
最初の角を曲がって階段に差し掛かった所で何かがナズナの肩を叩いたとき、ナズナは悲鳴すらあげられず、パーソナルリアリティの限界ギリギリの数値で現実(リアリティ)の抹殺を計ろうとした。
そこでもし、ナズナの能力が入力された数値通りの結果を再現したならば、第1情報棟どころか常盤台の敷地の半分近くが壊滅し、学舎の園全体で大停電が起こっていただろう。
だが現実はその被害を免れた。
「は、はろーナズナ……。もしかして、、驚かせちゃった……?」
ナズナしかいないはずの第1情報棟の中で、そう言ってナズナの肩から手を下ろし未だ息がうまくできていないナズナに笑顔を向けたのは、常盤台高等学校の制服を着て、少し煤けた金髪を肩まで伸ばした、ややナズナよりも身長の低い女の子だった。無言で肩を叩いておいて、驚かせた?、と言えるあたり、この少女の性格が伺える。
その少女は「はっ はっ……」と呼吸を整えようとしているナズナを見上げるように、少したれ目気味な瞳で、ナズナの涙目になった顔を覗く。
「おっ?どうした、ナズナ。大丈夫か? 背中、なでようか?」
「……あぅ、」と声が出ないナズナ。
対して、灰金色の髪の少女はニコニコした顔を傾け、「?」とでも言うような表情。
それから更に1分ほどたち、やっと(?)第1情報棟にナズナの叫喚が轟いたのだった。
「トモミのバカーーッ!!」
§ § § § § § § § § § § § §
御坂ナズナに友達は少ない。確かに放課後一緒に喋ったり、買い物に行ったり、勉強を教えたりする仲間は多い。しかし、ナズナは特定のグループと特によく連むということはぜず、気分によって行動する野良猫のようなつきあいである。
そんなナズナの数少ない友人の一人が浜面友美だった。
浜面友美(はまづら ともみ)常盤台高等学校二年A組所属。能力は、能力妨害(AIMジャミング)のLev.4 ーー任意で相手の能力を消去、減衰できる世界でも唯一無二の能力(チカラ)。能力の有効範囲は自分に近いほど強力になり、肌に触れればLev.5以上の能力すら消去(キャンセル)出来うる。
能力の性質から接近戦に優れており、身体能力は高い。浜面仕上、理后夫妻の愛娘であるが、現在は両親がイギリスに定住しているため、学舎の園外にある台山(だいさん)寮に住んでいる。
ナズナとトモミの付き合いは長い。元々は親同士、ミコトと浜面夫妻が友人だったことで、ナズナは幼少期に2,3回イギリスでトモミと遊んだ記憶がある。浜面夫妻はミコトが逝去した折りにナズナの身を本気で案じてくれた数少ない人々のうちの二人で、養子縁組みの話も好意から持ちかけてくれた。今でも年に2,3回位は映話があり、学校やトモミの様子について話していたりする。
そんなナズナとトモミだが、友達、先輩後輩と言うよりも同年代の親友(ライバル)という表現が適しているだろう。今の学園都市内において、ナズナの能力と一瞬とはいえ拮抗できる能力者はほとんどいない。
トモミはナズナの良きトレーニング相手でもあるのだ。
そんなトモミとナズナは今、喋り合いながら地下の旧サーバー室に向かっている。
「ナズナ、咄嗟の能発(能力発動)であそこまで出力を出せるのは凄いと思うケド……」と歯切れ悪くトモミは言う。
「解ってるわよ。AbilityObligation(アビリティオブリゲーション)が成っておりませんでした」
ナズナの言った「AbilityObligation」とは1990年にWAO(世界能力者機関 World Ability Organization)が設立された頃から使われ出した言葉で、一般的には「力ある者の義務」や「能力自責」と訳される。人知を超えた力を一人の人間が持つ事に、力を持たざる者は恐怖するしかない。
能力者が一般社会に台頭するにつれ、当然持たざる者からの反発は必至だった。能力者の権利と義務を確立するために初代WAO代表である垣根帝督が行ったスピーチで『……確かに「能力者が義務を負う(AbilityObligation)」のならば、私たちはより多くの義務を負わねばならない』と論じたのが始まりである。
「本当だよ。もし能力(AIMジャミング)張って、ナズナの肩を叩いたのが私じゃなかったら、どうなってたことやら」そう言ってトモミは両腕を抱いて身震いする仕草をした。「反省してよ」
「うぅ……私のせいじゃない気がするのに、言い返せない」負い目が有り過ぎるため、言い返せないナズナだった。ジト目のトモミの視線が痛い。
目的の地下室についた二人は、さっさと仕事に取りかかった。電子機器に滅法強いナズナはともかく、トモミもこの程度の事はすんなり出来る。電源を繋いで通信回線を引くなど10分もかからないはずだった、のだが。
「んーおっかしいわね」配線はちゃんとやったのに、と腕を組むナズナ。
「電気は通ってるんですよね?この部屋」
「1階のPCは普通に通電してたし、地下だけ電源が止められてるなんてマヤ先生言ってなかったし」
「サーバー用電源と、一般電源が別回路になってるんじゃないですか?」
「あぁ、そうか。昔はよく落雷とかで停電があったから、その名残ってことね」失念してたわ、と言いながらナズナは能力を使い第1情報棟全体の通電回路を精査してみる。
目を閉じてナズナの髪の毛がほんのりと帯光し、青白い光が辺りを照らすこと30秒程度。
目を開いたナズナは、しかしまだ喉に骨が刺さったような顔をしている。
「うーん、なんかおかしいわね。明らかに供給電力と消費電力に大きな差があるのに、原因が特定できない。この私が電気を追跡出来ていない……?」
別にナズナ自信過剰で行っているのではなく、単に事実としてLev.5.5の能力でも追跡出来ない高度な電子的隠遁が、この古ぼけた30年前の建物に仕掛けられていることに驚いているのだ。
「それは、おかしいですね」トモミもまた、ナズナの意図に気づいて警戒を強める。
「トモミ、何かの能力が使われれてるわ。それも凄く高度な。少なくともLev.4、いえLev.5以上じゃないかしら」そう言ってナズナは探査から攻撃に移れるよう能力のシフトを変える。
「未知の能力ね……」
トモミの能力は攻撃力皆無である。それは物理的、精神的両方の意味で。一国の軍に正面から挑めるナズナのような力は、トモミには無い。
しかしこれが能力者相手となると、トモミは大抵の能力者に対し無双を誇る。相手能力のAIM拡散力場を感じ、任意でそれをジャミング、消去する能力。未知の能力がどこかで使われているらしい現状でも、トモミのジャミングに掛かれば赤子の手をひねるように容易くハック出来る。
トモミは手の平を開き、まるで闇の中で何かを探るように徐(おもむろ)に右腕を伸ばす。必ずしも能力発動に必要な動作ではないが、精査精度は1単位でも高い方が良い。
「『AIM拡散力場を検知、探査範囲、r=20m……御坂薺、除外……微量誤差、除外……不確定性誤差、除外……座標、45:2a:70:fu:19:p3にUnknown……。Unknownを精査、能力消去による崩落の可能性、可……』」トモミは呟きながら、ある壁に近づいていく。
「『……ジャミングを開始……』」
そして、トモミは目の前の金属壁に手を当てる。
「『………39%,71%……能力解析を並列……Unknownの能力属性を特定 、Dir.E、Lev.5.5……』」
ジャミングを開始したトモミは、ナズナから見ると不可視のオレンジ色の光を放っているように見える。Lev.4の能力妨害の残滓である。
カッ!!とオレンジの光が強くなる。
そして、次の瞬間。有ったはずの壁が消え、大量の生暖かい水と共に、裸の人間が一人、流されてきた。
「『……ジャミング、成功……』」
一瞬死体かと思い息を呑んだナズナだが、人間が呼吸活動している事を見て一先ずトモミに近づく。
オレンジの光はまだ収まらない。
トモミはまだ能力を全力で使っている。Lev.4のトモミが此所までいっぱいいっぱいになる能力を、まさかこの人間が使っていたのか。……意識は無いように見えるのに。
「『能力解析、成功…… 対象能力、性質……【ベクトル変換】』」
だとしたら、とんでもない能力(チカラ)だとナズナは思う。
もしかしたら、自分以上かも知れない、と。
過負荷で倒れそうなトモミを支えながら、ナズナはその、頭からつま先まで雪のように白い(・・・・・・・)人間を見つめるのだった。
§ § § § § § § § § § § § §
(——まったく。考えが甘すぎンだよ。今さら——
——今さら誰かを救えば、もう一度やり直す事ができるかもしンねェだなンて)
思考が、体が……闇に落ちていく。
堕ちる。何処へ……?向かうべき当てなど、行くべき場所など……帰る場所など、とうの昔に捨てたのに。捨ててしまったのに。
(——そうかァ。地獄か——)
それで良いと思った。四重五逆の罪を犯した自分など。無間地獄の奈落がお似合いだ。
(——俺はァ、死ぬのか。母さン——)
とうに忘れた記憶が、ふと蘇る。しかしそれも刹那。泡のように消えてゆく。
人格、思考、身体、そして能力……
もう落ちているのか、それとも浮いているのかすら判らない。奇妙な浮遊感だけが、気持ち悪い。長い時間、が経った気がする。
全てが自身を離れ……
時間の感覚があることが、ふと、不思議に思えたが、無間地獄にこれから堕ちる人間が時間を持たなかったら意味がないと、思う。
いつしか、記憶さえも曖昧になり…………
(——……打ち止め(ラストオーダー)——)
心は眠り。
…………。
§ § § § § § § § § § § § §
御坂ナズナは、第1情報棟での白い人間を発見後、手近にあったカーテンで半死体をくるみ、速やかに伊吹教諭からの仕事をこなし、彼が浮かんでいた培養炉のような物とその周辺の諸々を始末した。別にナズナが疚(やま)しい事をしている訳では無いのだが、事件現場で証拠隠滅を計る犯人のような気分になった。
そして能力使用の反動で休んでいたトモミを起こし、一旦ナズナの自宅に帰る。
その際、彼の運搬方法が問題となったが、結局トモミに押し切られたナズナが背負うことになった。彼の体重が自分よりも軽いことに少しむかついたナズナだった。
§ § § § § § § § § § § § §
流石に公共交通機関で裸に近い彼を運ぶこともできず、常盤台中学部からナズナの家に着いたのは7時だった。その前にトモミは外泊の許可を寮監に取り、今日は御坂邸に泊まる予定だ。いくらナズナといえども得体の知れない男と二人きりなんてあり得ない、というのはトモミの言だが、ナズナとしても能力妨害を持つトモミの存在はありがたい。ナズナでは暴走した能力者には暴力でしか対応できないからだ。
家に着いて先ず始めにしたのは、彼を寝かせる場所の確保と彼の身なりを何とかする事だった。いつまでもカーテンで巻いておく訳にもいかない。
しかし見た目は高校生、身長約175cm、肢体は枝木のように細く体重はナズナよりも軽いと言えども、れっきとした男であることに見違いはなく、おおよそ男の裸体という物を知らないうら若き女子高校生に、その着替えをさせるのは酷だ。
取りあえずリビングのソファーに彼を寝かせて、さてどうしようか、と二人で顔を見合わせていると、今までぴくりとも動かなかった彼がかすかに呻(うめ)くような声をだした。
慌ててナズナは彼の顔を覗き込む。
「……スト……ダ—……」
譫言(うわごと)のように何かを囁く彼は、そのまま少し身じろぎをして、また動かなくなった。
それからしばらくは意識があったように思えた男だが、しかしナズナの問いかけには反応を示さず、今はまた沈黙を保っている。
ナズナとトモミは彼を着替えさせる計画を一時中断して、夕食を取ることにした。春といえどまだ夜は寒いが、部屋の空調を適切に管理すれば風邪を引くこともないだろう。今の時代、四季は家の外でしか感じられなくなってきている。彼の体温を額に手をやり計って問題がないことを確認すると、もう一枚シーツを掛けてナズナは夕食の支度に取りかかった。
§ § § § § § § § § § § § §
今日の非日常な出来事を二人で反芻し合いながら夕食や入浴などに時間を費やすと、気づけば夜11時過ぎの時間になっていた。こうして2人で夜を共にする(健全な意味で)のは久しぶりで、会話にも花が咲いてしまった。
ナズナがもう一度男の体調を確認すると、微熱の気があった。青白かった顔も今はほんのり赤みを帯び、呼吸が荒い。いつから培養炉のような水槽に浸かっていたかは不明だが、枯れ木のようなこの男に体力がないのは火を見るよりも明らかで、このまま症状が悪化するとどうなるのかはナズナやトモミには想像がつかなかった。
しかしこのような特殊なケースを通常の病院に任せるのもどうかと思ったためしばらく考えたナズナだが、生前の母がよく世話になっていた学園都市内のある病院の総合医に連絡を取ることにした。
連絡帳からその医師のアドレスを引っ張り出し、連絡を取ってみる。夜も遅くなのに5コール目でつながった。
「はぁい、もしもし」
映像は無い。嗄(しゃが)れた、しかしどことなく愛嬌のある声が聞こえる。
「もしもし。夜分遅くに恐れ入ります、御坂美琴の娘の御坂薺です。母の葬儀の折にはお世話になりました」
美琴の葬儀には多くの参列者が冥福を祈りに訪れたが、「カエル顔の医師」とも揶揄されるこの医者はその時まだ幼かったナズナに、母を救えなかった事を詫びたのだ。ナズナはその事について先ず触れた。
「あぁ、美琴クンの、ね。お母さんの時は本当に力になれず、申し訳なかったよ」そう言ってその医師はナズナにまた謝った。高名な医者らしいのだが、どうも腰が低いのではないか、とナズナは思う。
ありがとうございます、と一言断りを入れ、ナズナは本題を持ち出す。
「実は、先生に診察してもらいたい人が居てるのですが……」
「フム。それを、僕に言ってくるということは、何か事情があるんだね?」
「はい。口頭では、ちょっと説明し難い事がありますので」
ナズナがそう言うと、わかった、という返答が帰ってきた。
「取りあえず、患者の容態だけ教えてくれないかね」とカエル医師。
「ありがとうございます。……えっと、患者は高校生ぐらいの男性、身長は175cmくらいで、ガリガリに痩せてます。体重も、私よりも軽いくらいで……。とにかく、病的に全身が白いんです。素人考えなんですけど、アルビノなんじゃないかって」
「……フム。アルビノね。」
カエル顔の医師はそう言うと、少ししてもう一度わかったと言って、この後迎えをよこす旨を伝えてから電話を切った。
「アルビノね……あの子を思い出す、ね」
§ § § § § § § § § § § § §
ナズナとトモミは、カエル顔の医師がよこした日向誠(ひゅうがまこと)という人物が運転するワゴンで第7学区総合病院の裏門から院内へ入った。日向医師は冥土帰しの助手らしいのだが、ロン毛で少したれた目尻が愛嬌のある若い医師だ。未だ熱が下がらず時たまうなされている彼は日向医師が運んだ。
二人は案内されるままに病院の2階にある部屋へと連れられた。「第2能力疾患集中治療室(第2AICU)」と看板が挿げられた車も入れそうな大きな扉の横の職員専用通路を通り中に入る。
病院特有の色々な薬品が混ざったにおいが一層強くなる。
深夜ということもありAICU内は夜間灯のダークグリーンの光と、各種の計器から漏れる光のみで薄暗かった。トモミが少しナズナの方に肩を寄せる。呼吸器や吸入器のシューという音、透析機から聞こえるジジジジっという音がどうしても死という非日常を感じさせ、ナズナは早くここを出たいと思った。
第2AICUの奥にはまだ扉があった。入り口の大きな扉ほどの大きさはないが、それでも大人三人が横並びでは入れそうな扉だ。
全く音を立てずにその扉が横にスライドして開き、扉の向こうにはまた扉がある。衛生管理のために間に二重扉になっているのだ。二枚目の扉が開くと、先ほどの部屋よりも明るい部屋に出た。
その部屋は少し奇妙な作りになっていた。二十畳ほどある部屋にはベッドが2つしか無く、2つ共に手術用の無影灯が備わり周りにも様々な臨床機器があった。明らかに先ほどのAICUよりも充実した装備が備わっていたが、ナズナの目を一番引いたのは部屋の四隅にある直径50㎝ほどのスピーカーのようなものだった。
ナズナが病院にそぐわないそのスピーカーが気になりそちらを見ていると、ナズナたちが入ってきた扉とは反対の小さな扉から初老の男が入ってきた。
入ってきたのは白衣を羽織った医師であろう人だったが、ナズナにはその人が電話の相手のカエル顔の医師であることがすぐにわかった。葬儀の時に顔を合わせてから数年を経て元々しわくちゃの顔が更に年を重ねたが、こんなに愛嬌のないカエルの顔は他では拝めない。
「やぁ」とカエル顔の医師が、右手を軽く挙げて言う。
「お手数をお掛けします」とナズナ。
トモミはナズナの後ろで「カエル……」と小声で呟いていたが、すぐに「ナズナの後輩の浜面友美です。」と挨拶をした。
そこに彼をベッドの1つに寝かせていた日向医師が加わる。
「先生、クランケの簡易検査はやっておきました。熱は一時的な物のようです。おそらく肉体疲労がたまったことが原因かと」
「ああ。ありがとうね、日向クン。夜遅くに使いに出して済まなかったね。ここからは僕がやるから、君は休んでいなさいね」
カエル顔の医師にそう言わた日向医師だが、自分も付き合うと言い、彼に脈拍計を取り付けるために機器を取りに行く。
「では、僕も患者の様子をみようかね……。」そう言ってカエル顔の医師は彼の顔を覗き込み、そして急に何かを考えるように自分のはげ上がった頭を2、3回撫でる。
「……驚いたね。」カエル顔の医師は呟く。そして、ナズナとトモミの方に振り返って、彼とどこで出会ったのか詳しいことを聞かせてくれないか、と言った。
ナズナはカエル顔の医師がいったい何に「驚いた」のかは判らなかったが、培養炉から出てきたアルビノの人間が普通ではないのは覚悟していたので、今日有ったことを大まかに説明する。
説明している間も、カエル顔の医師は目を瞑って禿頭を撫でつけていた。
そして5分程度でナズナの話が終わったところで、医師は一旦座ろうとナズナたちに声をかけた。
部屋の隅にある四人がけのテーブルに三人は向かい合って座る。その後すぐに日向医師が熱いコーヒーを四人分持ってきた。
「二人ともコーヒーは大丈夫かな?一応ミルクと砂糖はあるんだけど、あいにくここにはコーヒーしか無くて。」
「ありがとうございます。頂きます。」とナズナが二人分のコーヒーを受け取る。トモミはも眠そうな目をこすりながらナズナからコーヒーを受け取り、日向医師にお礼を言った。
カエル顔の医師もコーヒーを受け取った後、カップを両手で包むように持ち口をつけずに二人の方に直る。
それをみてナズナたちも姿勢を正した。
「先ず始めに私の事について話そうかね。」カエル顔の医師はこう切り出し話し出した。
僕がこの学園都市で医師をすることになって、もう半世紀以上の時が経つ。その間には色々なことがあったが、僕は主に能力疾患、つまり能力による外傷についてのオペレーションでは常に先頭に立ってきた。その中で「冥土帰し(ヘブンキャンセラ—)」等と呼ばれたこともあったが、とにかく全ての患者を助けようとしてきたし、助けてきた。
一息ついてその「冥土帰し」はコーヒーをすする。
でも、僕が主任として携わった施術の中で、助けてやれなかった患者が二人居た。一人は失った記憶を終に取り返すことが出来ず、彼には申し訳ないことをしたが、もう一人の方の未だに納得が出来ない。
「納得が、出来ないんですか?」とナズナ。
そう。どうしても納得できない。いや、不可解と言った方がいいかな。とにかくその患者は僕の所に運ばれてきた時には、9㎜特殊ジャケット弾で頭を打たれて瀕死だった。弾丸が前頭葉にまで達していて普通だったら助からない怪我だが、僕はその時ちょうど成長補助用の成長培養育成器を作っていたから、その技術を転用してなんとか彼の生命力を利用して治療できないかとおもった。
成功だったはずだ、と冥土帰しは言った。
回復兆候が見られ、前頭葉の傷も治り始めて、能力者だった彼の能力も万全に回復する見込みが立った、と。
「凄い……そんな技術、現代医療にも無いですよ」眠気も吹っ飛んだようなトモミは、コーヒーを両手で持ったまま、飲むことも忘れて話を聞き入っている。
だけど、彼は突然消えた。一人で移動できるはずがないのに。忽然と育成器の中から居なくなったんだ。色々な伝手を使い探したが、とうとう見つけることが出来なかった。彼がその後どうなったかはわからなかった。
「でもそれは……」あなたの所為ではないのではないか。ナズナ反論するが、冥土帰しは首を横に振る。
「でも僕が最後まで助けられなかったのは事実だね。見届けられなかった……」
そこで、これまで静聴してきた日向医師が口を開いた。
「しかし、先生。それが今の患者とどういう関係があるんですか?先生が助けられなかった二人って、それ30年以上前の話じゃないですか」
日向医師の質問に対し、冥土帰しは今は眠っている彼の方を見るだけだった。しかしその場の人間ならば、冥土帰しが言いたいことが嫌でも分かった。
彼こそが、かつて冥土帰しが助けられなかった『彼』なんだと。
「そんな……あり得ない。30年もの間、彼は眠り続けたというのですか?」日向医師も冥土帰しにならい彼を見る。
「じゃ、じゃあ、あの人は30年前の人間……」
「…………」
四人がそれぞれの考えを纏めるために、しばしの静寂が生まれる。
心電図の、ピッピッピッ、と言う音がナズナにはやけに大きく感じられた。
今まで色々な経験をしてきた、とナズナは思う。学園都市では超常現象は日常だし、Lev.5.5の能力を持つ自分のパーソナルリアリティはちょっとやそっとの事では全く揺らがない。
しかし今、ナズナはまるで自分が浮いているような気持ちだった。何から……という事は分からなかったが、今までは疑問にすら思わなかった時間の連続性が酷く曖昧な物に感じられた。まるでパラパラ漫画の中に居るような。30年前の人間が目の前で、自分と似たような年齢で眠っている。30年前の現実の一コマを無理矢理引きちぎって、今のページに紛れ込ませた、異物、夾雑物(きょうざつぶつ)のように目の前の男が見える。
沈黙を破ったのはトモミだ。
「ところで先生、この方の名前は何というのですか?」
少し考えて冥土帰しは答える。
「彼の名前かね……。それは一寸難しくてね、彼は『一方通行(アクセラレーター)』と呼ばれていたね」
「アクセ、ロリーター……?」
「アクセラレーター。彼の能力の名前だよね。30年前、能力開発の双葉の頃から学園都市では優れた能力者はその能力の名前で呼ばれていたね」
「では、この人も強かったんですか?」トモミはそう言って白い男、一方通行の方を見て目を顰めた。枯れ木のような体はからはどうしても“強い”と言う言葉を連想できなかったからだ。
「うん。強かったなんて次元ではないよ。彼は当時の学園都市のトップ、今の強度格付けで判断してもおそらくLev.5.5の更に高みにある位の力を持っていたね」
「な……」冥土帰しの応えに驚くトモミ。
ナズナも余りに予想外の能力の強さに驚いていた。Lev.5.5オーバーの力は自分が一番よく分かっている。Lev.5.5は世界その物を破壊できる、それこそ神のような力を持つことになるのだ。ならばその、「その『一方通行』って一体どんんな……」
と、ナズナが質問をしたその時、けたたましいアラームが室内に響いた。
キュイッ!!キュイッ!!、キュイッ!!キュイッ!!っという音がこだまする。
「大変だ!!能力暴走の兆候が出ている!!」
「暴走!?」
一方通行の能力暴走と悟るやいなや、日向医師は壁に備え付けられた電子基板の赤いボタンを押す。すると、部屋の四隅に設置されたスピーカーのような物が一斉に起動したことを示す赤いランプを灯す。
キィーーンッ!! という音が部屋に響き渡る。単なる高周波音にも思えたが、ナズナはすぐにこれが普通の音波ではないことに気づいた。
能力妨害装置(ADS:Ability deception system)、つまり対能力者用の非殺傷兵器である。
ここに来て初めて、ナズナは今自分たちの居る部屋の意味を理解した。この部屋は能力暴走、取り分け殺傷能力が高い能力を持つ能力者の治療のために作られた部屋なのだ。ひょっとしたら、冥土帰しは電話の段階で患者が一方通行だと気づいていたのかも知れない。
ナズナが瞬時にそのような考えをすると、素早くトモミに目配せをする。
トモミもナズナに頷き、走って一方通行のベッドに向かい彼の胸に手を置く。トモミの「能力妨害」の能力を使って暴走を防ぐためだ。Lev.5.5相当の能力者にはADSもどの程度効くかは分からない。
ナズナはトモミが位置に着いた事を確認して日向医師にADSを解除するように進言する。
ADSが切れ、トモミが能力を発揮すると、暴走を警告していたアラームも消え部屋は静けさを取り戻した。
§ § § § § § § § § § § § §
時計は午前2時10分を指している。流石にナズナやトモミも眠気で頭がクラクラした。特にトモミは度重なる高度な能力の行使で疲れ切り、彼の反対側のベッドに腰掛けウトウトしている。
そこで、今までアラームが鳴っても動じずに脳波のモニタリングを注視していた冥土帰しが、脳波の変化に気づいて声を上げる。
「脳波に覚醒の兆候が見られるね。目を覚ますよ、彼」
その言葉を聞いてナズナは一方通行の顔をベッドのそばに立って見る。目尻が少し動き、確かに呼吸の間隔が短くなっている。しばらくして彼はうっすらと目を開けた。
「……うぅ。あぁ」
30年も眠っていたせいか、まだ上手く声が出せないらしい。眩しそうに目を瞬く(しばたく)彼に、ナズナはその手を取って話しかける。
「大丈夫?あなた、自分が誰だか分かる?」
「ァおれは……あく……おまエ……」
目の焦点も上手く合っていないらしいが、彼はナズナを見つめる。
「日向クン、温めの水を持ってきてくれないかね」
「わかりました」
日向医師が持ってきた水を、ナズナは介護用の水差しを使って彼に飲ませる。
「喋れる?」
「あァ。それよりも……ここはどこだァ? ……チクショウ、頭がガンガンしやがる」
そう言って彼は頭に手をやろうとするが、まだ体は動かない。
そこに冥土帰しが無針注射器をもってナズナの反対側に回った。
「今はもう時間が遅い、それに、彼の体ももう少し休んだ方が良いね」
そして注射器を彼の頸に押し当て注射する。
「くァ……何しやがる……」
30秒ほど経って、彼はまた眠りについた。
「ナズナクン、君ももう休みなさい。第2AICUの親族待合室を使いなさいね。トモミクンもお疲れのようだしね」
トモミはもう隣のベッドで熟睡している。
明日の16時にもう一度ここに来てくれ、入室許可を出しておく、と冥土帰しは言って元来た扉から出て行った。
日向医師が親族待合室まで案内してくれる途中、ナズナは、トモミに肩を貸しながらさっきの、自分と同じLev.5.5の、今にも泣きそうな顔を思い返していた。
§ § § § § § § § § § § § §
不意に、思考が開ける。
曖昧だった彼の思考は、今確かに開けた。思考の爆発だ。
盲者が初めて光を見るように。彼も久しぶりに思考をした気がする。長い間使われていなかった、脳髄が動き出すのがわかる。
「……うぅ。あぁ」
声と一緒に大気が体の中に入ってくる。久しぶりに吸った空気は、ほんのり甘く、肺を満たしていく。
誰かに呼ばれているような気がする。
次第に自分の体の感覚がわかってきた。頭、心臓、腕、足……自分を構成するそれらの要素が、たまらなく懐かしい物だと感じた。
ゆっくりと、目を開いてみる。
(……眩しい)
燦々と煌めく太陽がとても近くに感じられた。
そうか、此所は草原か。と彼は思った。草原などに行ったことは生まれてこの方一度もなかったが、かつて無いほど澄んだ気持ちが彼にそう思わせた。
視力が安定しない。視界がぼやける。
ふと、太陽に雲がかかった。黒い、いや茶色い雲だ。よく見ようとして、目に力を入れてピンボケする視界に渇を入れると、そこには自分を覗き込む女の顔があった。
何のことはない。ぼやけてよく見えなかった太陽は、どこかの部屋の照明灯だったし、茶色い雲は、自分を覗き込む茶髪の少女だった。
少女が何か話しているが。上手く聞き取れないし、喋れない。
何秒か、何分か、ボーッと茶髪の少女の顔を眺めていると、また思考が沈んでいく。何かされたらしい。また一人で眠るのは嫌だと思うが、抗えない。
「くァ……何しやがる……」
また自分は独りなのか。
§ § § § § § § § § § § § §
2014年3月15日放課後
今日の授業には全般的に気合いが入らなかった、とナズナは思う。学年末試験のテスト傾向を適当にメモしながら一日が終わった。昼休みに伊吹教諭に昨日のお礼を言われたときも、一瞬何のことだか思い出せなかった。今日一日中、あのLev.5.5、一方通行の事ばかりが頭の中でグルグル回っている。
それは好きだの、愛しているだのと言う女子高生の好きそうなチープな感情ではない。
ナズナは生まれたときから、周りを世界でも屈指の能力者に囲まれて育ってきた。母である御坂美琴を始め、母の友人であった唯(ゆい)叔母さんや、今のナズナの後見人をしてくれている垣根帝督氏は、ワンマンアーミーを地でいく人ばかりだし、親友であるトモミも十分能力では世界に通用する物を持っている。だから力を持つ者がどう在るべきか、ということは普通の能力者よりも良く理解しているつもりだ。
しかし、現に世界を壊すほどの、一瞬で数万もの人間を死に至らしめられる力が自分の気持ち一つで発動してしまうことにはまだ慣れない。いや、慣れないというよりもナズナは恐怖しているのだ。
もしもある日、自分がおかしくなって突然能力が制御できなくなり、一瞬で人など蒸発してしまう陽電子砲(ポジトロンライフル)で街を焼き払う。そして最後にはその光に自分さえ飲み込まれ、体を構成する分子すら残らない最後を迎える……そんなことを、ふと寝る前に考えてしまうのだ。そんな日にはナズナはミコトに抱きついて恐怖を紛らわしていたのだが、ミコトが死んでからは悪夢を考えた日には一晩中眠れなかった。
自分と同じLev.5.5を持った、同年代の人間。そんな彼が自分の能力についてどう思っているのか、ナズナはそんなことがずっと気になっていたのだ。
放課後、トモミは今日は部活の剣道部に行くので病院へはナズナ一人で向かった。公共交通機関で20分弱の道のり、病院へは今日は正面ゲートから入る。
改めて第7学区総合病院を見ると大きい。メインの第1病棟だけでも常盤台高校の3倍以上の大きさはあるし、第1病棟以外にも第2、第3病棟、外科病棟、特殊医療病棟、精神科病棟があり、その他に自家発電施設や院内レストラン、院内公園などちょっとした街である。
今からナズナが目指すのは外科病棟なのだが、学校から病院までの道のりよりもよっぽど遠く感じた。
遠いなー、っと考えながらも春の陽気を感じながら目的地を目指していると、丁度外科病棟に入る所で日向医師に出会った。
「あ、こんにちは、ナズナちゃん。元気そうだね」と日向医師。
「こんにちは日向先生。夜更かしは慣れてますから」と苦笑いでナズナが応える。
「そろそろ来る頃だと思ってたんだ」
「彼の所に行ってたんですか?」
「そう、丁度ね。細かい身体検査と、リハビリのことについて話していたんだ。それと少し能力検査もやった」
「能力検査、システムスキャンですか?」ナズナが半歩前に出る。彼の能力についてはナズナもとても興味があった。
すると日向医師は持っていた資料の中から一枚A4の紙を取り出しナズナに見せる。
「凄いよ彼。まだ簡易検査だから正確な結果ではないけど、今ある学園都市の測定器では測定できないレベルかも知れないよ」
ナズナが紙を覗くと、英字表記で簡易検査の結果が書いてあった。
No,0014703、2014/03/15、10:40 という表記の後に、Lev.4.ovr 、Dir.Eという表記。Lev.4.ovrとは『Lev.4相当、またはそれ以上』の意であり、Dir.Eというのは能力全てを5段階にカテゴライズしたときにE系統、ケイオス系統、に分類される事を表している。
結果をみてナズナは少し驚いてみせたが、実際彼ならばこの程度の結果は当然だと思っていた。トモミの能力に無意識下で拮抗以上の力を出していたし、そもそも強者同士は互いに何となく相手の力用が分かる。AIM拡散力場の所為に何でもかんでもしてしまうのは、思考の停止だが、仮にAIM拡散力場を捕らえられる間隔を第六感とすれば、ナズナのシックスセンスは彼がただ者ではないことを始めから判っていた。
ナズナは、ありがとうございます、と用紙を帰した後、日向医師に彼の所までの案内を頼んだ。自分を待っていたようなので、彼はもう今朝の部屋にはいないのだろう。
着いてきてと言って日向医師が向かったのは第3病棟の裏にある小さな林だった。
ナズナと日向医師が着くと、そこには冥土帰しと彼がいた。
ナズナたちを確認して冥土帰しは振り返ったが、彼は高さが2mくらいの大きな石碑の前に片膝を着いていたままでいる。遠目では何をしているのかはわからない。
「すまないね。勝手に場所を移してしまってね」
「いいえ、おかげで日向先生ともお話できましたし」
ナズナは彼の方をみながら応える。
「この石碑は何なんですか?」
彼がしゃがんで黙祷している先の石碑は、深い光沢のある黒の御影石でできている。石座の具合からみてそこまで最近に置かれたものでは無さそうだが、土埃やゴミもなくよく手入れがされていることが伺える。そしてその石碑にはこう書かれていた。
『R.I.P Here lies 20001 Sisters who were produced without hope, were given the hope and lived in Love』
(絶望に生まれながら希望をもらい、愛しみに包まれた20001の妹達 ここに安らかに眠る事を願う)
「お墓?」
「そう、3年前に僕が立てたんだ」冥土帰しは彼を見つめながら言う。
「20001 Sisters というのは、彼の妹なんですか?」だとしたら、この20001とは20001人という意味なのか、とナズナは問うた。
冥土帰しはその質問に少し考え、ナズナに振り返り応えた。
「妹……という点で言ったら、よっぽど君の方が近しいだろう。しかし彼女たちは……」
「オイオイ、他人(ひと)の事をペラペラ喋ってンじゃねェよ」
冥土帰しの言葉は、いつの間にか立ち上がっていた彼によって瀬切られた。まだリハビリ中のために右腕には特殊な形状の杖をついている。
「それよりもよォ、なんでここに第三位がいるんだよ」
発言を遮られ、苦笑いしていた冥土帰しは彼に問われてから一度ナズナを一顧して答える。
「彼女はミコトクンじゃないよ。彼女は御坂薺、ナズナクンの母親は御坂美琴なんだ。元学園都市第三位『常盤台のレールガン』の、ね。」昨日のことのように覚えているだろう、と冥土帰しは言った。
それを聞いて彼は一瞬瞠目したが、すぐに苦い顔をする。
「一方通行、頭では理解できていても気持ちが着いてくるとは限らないよね。昼君に話したこの世界の現状は真実だし、君はそれを受け入れるしかないんだ」
「ンなことは、判ッてる」
彼はそう言ってもう一度妹達の墓をみるのだった。
§ § § § § § § § § § § § §
その後、ナズナたちは場所を第3病棟の小会議場に移した。彼のこれからの事について色々決めなければならないこともあり、ナズナも彼について聞きたいことが沢山あるので同行する。毒食わば皿まで、というやつだ。
20人程度座れる位の会議室、その一角で3人、ナズナ、冥土帰し、彼がバラバラに座る。日向医師は用事で抜けた。
プシュッ!っと彼が途中で買ったブラック缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲んで机におく。
「そンで、先ず俺はこれからどうすべきなンだ?」
冥土帰しもミルクティーを飲み、両手でそれを包むように持つ。どうやらその格好が冥土帰しの癖のようだ。
「……その質問には答えられないね。どうすべき、なんて事は自分で考えた方がいいね」
そして一呼吸置き、先ずは住基登録からだ、と言った。
「学園都市では現在、正確な人口把握に力を入れていてね。置き去り(チャイルドエラー)の問題や治安の問題なども含めての対策で、住基ネットを使って包括的な市民生活の管理をしているのは話したとおりだよね」
「あァ。昼に聞いたやつだな」
「そう。でもやっぱり邪道というのはあって、僕はその道を知っている。今回はそれで君のことを学園都市の生徒として登録する事にしたよ」
丁度最近使わなくなった戸籍があってね、と冥土帰しは笑う。
ナズナは、それは死亡届がまだ出されていない死者の戸籍なんじゃないか、と突っ込みそうになったが、やめておいた。きれい事ではどうしようも無いことが在ることを、ナズナはよく知っていた。
「だけど、ね」と冥土帰しは続ける。
一番大事なことだけど、と前おいて。
「流石に一方通行(アクセラレーター)の名前は使えない。何か新しく考えてね」
そう言って冥土帰しはナズナ《・・・》に振り向いた。
「え?何でそこで私なんですか。……彼の名前でしょ?」
「そうだよ。だけど、自分の名前を自分でつけると縁起悪いって言うよね」
ナズナが意見を求めて彼の方を向くと、彼もどうでも良さそうに、よろしくゥ、と独特のアクセントで命名権を放棄した。
そうなるとナズナは頭を抱えるしかない。人の名付け親(親ではないが)等という大役をいきなり振られれば、だれでもそうなるだろう。
「えっと……少し時間を下さい」
「いいよ。その間に僕たちはその他のことを決めるよ」
「百合子なんてンのは無しだからな。俺は男だ」よろしくなァ、っとの彼の言葉で名前の話は終わった。
取りあえず、彼からはヒントとして名字2文字、名前3文字の指定を受けたが、後は本当にナズナが決めるらしい。どうしようと考えながら、集中するために会議室を一旦出るナズナだった。
§ § § § § § § § § § § § §
(……うーん。いきなり他人の名前を考えろ、だなんて。無茶振りよ。だいたい私なんて出会ってまだ一日しか経ってないし、彼のことなんて知らないし)
だいたい、名付け親などに成ってしまったら、「ではさようなら、新しい30年後の世界を満喫してねバイバイ」、じゃあ済まないではないか、とナズナは思った。どうしても彼を意識してしまうと、自分の人生に深く関わるようになると。
しかし、だが、未来人ならぬ過去人の友人がいても悪くはないともナズナは思う。おもしろそうだと。
(…………それにしても、ホントに不思議。30年前の人が、私と同じ年齢で同じ時代を生きている。一方通行なんてよく言ったものだわ。彼はもう元の時代には帰られない。戻ることのできない一方通行…………未来へ進んで行く人……)
春の斜光が差し込む夕方のロビーで、ナズナはそうして一人考えるのだった。
§ § § § § § § § § § § § §
さんざん悩んだ末ナズナが決めた名前は『鈴科有希人(すずしなゆきと)』だった。未来へ行き、希望を与える人。少し女の子っぽいのは,彼が中性的な顔立ちだから、ということにした。
それを聞いて彼は一言、「あァ、いいンじゃねェの」。
もう少し言い方というものがあるだろう、とナズナは思ったが、何となく彼=ユキトの性格も分かってきたので言い返しはしなかった。
ナズナが名前を考えていた時間は結構長かったらしく、ナズナが会議室に戻ったときには今後の予定はあらかた決まっており、後はどこに住むかという事を決めれば良い位だった。
「べつにィ、適当なマンションでも借りれば良いだろォがよォ」
「確かに、君の能力なら長点上機でも霧ヶ丘でも常盤台でも特待がとれるだろうからね。生活に困ることは無いと思うね」とユキトと冥土帰し。
彼にとっては住む場所は、ただ寝るためにあれば良かった。
じゃあそういうことで、と冥土帰しが話し合いを締めようとしたとき、「あの……」とナズナ口を挟んだ。
「ユキトの住む所なんですけど、私の家にしませんか?」
「……ハァ?」
「いや、その、別に、変な意味じゃなくて、ただ家(うち)は一人暮らしの割に大っきすぎて、部屋が余ってるし……」と若干しどろもどろなナズナ。
「いや、俺はだなァ別にかまわねェけど、オマエ女だろ?何か気にすることとかないンですかァ」まさかオマエ、俺が女だと思ってんじゃ無いだろうな、とユキトはナズナを睨んだ。
「そんな訳じゃなくて、ただ、一人は寂しいかなって…………ゴメン。余計なことだったよね」そう言ってナズナは俯く。確かに自分でも何でそんなことを言ったのかわから無くなってきた。だが、そんなナズナを見たからかユキトは右手を自身の白髪の頭にやってこたえた。
「…………ったく。良いぜ。どうせ家なンて寝る場所さえあればいいンだからな。今日の所はオマエの家に行ってやるよ。学園都市一位のこの俺が行ってやるンだから、ちったァまともな家なんだろォなァ」
「え……?いいの?」
「良いのも何も、オマエが言い出したンだろォが」
そうユキトが言うと、ナズナは、「本当に!?」と言ってユキトの両手を取った。
「ちょ、オマエ……」
「オマエ、じゃない。ナズナ。 私にはお母さんからもらった御坂薺って名前があるの」
「…………」手を握られたまま顔をそらすユキト。
「ナズナ。」
「…………」だんだんナズナの周りの空気がパリパリと帯電してくる。慌てて、ここ病院だから、と側で観戦していた冥土帰しがナズナを諫めようとしたとき。
「だァーッ。もう分かったよ、言えば良いンだろ言えば。ナズナ、ナズナさん、御坂ナズナさんよォ。いっとくけど、俺はバカな女は嫌いだからな!!」
やっとユキトが名前を呼んだことに満足したナズナは、手を離してユキトの言葉にいい笑顔でこう返した。
「そこんところは大丈夫よ。何せ、今の学園都市序列第一位はこの私なんだから。これからよろしくね“元”学園都市第一位の鈴科有希人(すずしなゆきと)君」と。
§ § § § § § § § § § § § §
時刻は夕方の5時を回っていた。春と言えどもまだ3月、後少しもすれば空も茜色が濃くなり女子一人で出歩くには、憚(はばか)られる時間になる。いつものナズナなら早歩きで自宅に帰るところだ。例え暴漢に襲われたとしても、ナズナならば一蹴に伏す事ができるのだが、トラブルは無いのが一番良い。
しかし今日のナズナはゆっくりとした歩調で夕焼けの街を歩いている。
なぜなら今日は、今日からは一人の帰路ではないから。歩調がゆっくり過ぎるのは、まだ同行者、ユキトのリハビリが完了していないからだ。
「……この町も変わった」
不意にユキトが呟く。当然だろう。30年も時間が経って変わらないものなど何もない。第7学区に墓標のようにそびえ立っていた窓のないビルも、今はもう無い。
「ねぇ。ユキ」とナズナが呼びかける。
「あァ?誰だユキって。俺の名前はユキトじゃねェのかよ」
「いいの。名付け親の特権。……それよりも、少しよりたい場所があるんだけど、いいかな?」
そう言ったナズナの顔は、夕日の影になってよく分からなかったが、ユキトはナズナの有無を言わせない雰囲気に飲まれて頷いた。
ナズナとユキトがやって来たのは第7学区の外れ、ナズナの家から少し離れた小高い丘の上だった。丘の上は展望台のように小綺麗に整備されており、大星覇祭や夏休みなどにはそこそこの人が来るのだが今はナズナたち二人だけだ。
ナズナは第7学区の一部を見下ろせる展望台の柵にもたれ掛かる。ユキトはそれを見て、ナズナがここに自分を連れてきた意図を推し量ったが、ナズナについてユキトが持っている情報など、亡き美琴の娘程度のものなのでナズナが話すのを待った。
「……この公園はね、小さい頃良くお母さんと一緒に来たところなの。お母さんのお仕事はいつも忙しかったけど、出張から帰ってくると必ずこの公園に二人で来たことを覚えているわ」公園の名前は知らないんだけどね、とナズナは話す。
夕焼けに照らされた、少し陰りのあるナズナの横顔に、ユキトは少し息をのんだ。
「でもね。お母さんが死んじゃってから、長いことこの公園には来てなかったんだ。……一人で来ると、泣いちゃいそうだったから」
「……」
「でも、勿体なかったなー。こんなに夕日がきれいだなんて。もっと早くに来ていれば良かった」お母さんと来ていた頃は、夕日なんて気にならなかったから。
ユキトは、ナズナはもしかして今泣いているのではないかと思った。涙は流さないが、彼女の気配がそうユキトに感じさせた。急に自分とナズナの、2mにも満たないこの距離が遠く感じた。そうすると何か、自分が独り取り残されていくような気分になって。何となく、黙ってしまったナズナに話しかけてみた。
「なンで、俺を一緒に住むなんていったンだ」
ユキトが話しかけてくると思ってなかったのか、ナズナは少し驚いた顔をしてユキトを見た後答えた。
「だって、独りで眠るのは寂しいじゃない」
「……バカかオマエ。ナンデ俺がオマエと一緒のベッドで寝なきゃなンねェンだ」
ユキトの言葉を聞いたナズナは、少し虚を突かれた様な顔をした後、先ほどの儚い空気が嘘のようにニタッっという笑顔をしてユキトに近づく。
「……な、なンダよ」後ずさるユキト。
「あれれー?おかしいな、私はただ、独りは寂しい、って言っただけなのに。ユキはそんなに私と一緒に寝たいのかな?」でもゴメンね。私まだバージンだから考えさせて、とナズナがおどける。
「バッ、違う!!俺はただなァ……」
「ただ?ただ私と一緒に眠りたかっただけなの?」
しつこく揚げ足を取ってくるナズナから逃げるように、ユキトは公園のベンチに腰掛ける。すると、なずなもユキトの隣に鞄一つ分空けて座る。
「もう、ユキったら拗ねないでよ。冗談じゃない。…………でもね、誰かが一緒に家にいてくれるだけで何か心強いと思えるの」不思議ね、とナズナは言う。
「そンなに簡単に人を信用するな」
「でもあなたは悪い人には見えないわ」
「……………俺が1万人以上の人間を殺した、と言ってもか」
そうユキトが言うと、ナズナは少し考えて立ち上がる。
「以前ね、お母さんに聞いたことがあるの。世界にはお母さんにそっくりな人間が1万人はいるって」それって、さっきのお墓の妹達よね、とナズナは続ける。
「その中の一人にも私合ったことがあるの。お母さんが病気にかかった直後なんだけど、1回だけお見舞いに来たの。その人はお母さんよりも少し若くて、その時で20歳後半くらいに見えた」本当はもっと年が行っていたのかも知れないけど、お母さんよりは五歳くらい若く見えた。
「私、ホントにお母さんにそっくりで一瞬幽霊かと思ったわ。……それでその人が名告ったんだけど、その名前が特徴的で未だに覚えているの」
その時になって、ユキトは背けていた顔を元に戻してナズナを正面から見た。知らず知らずのうちに、ナズナの話に全神経を向けていた。
「その女の人の名前は『打ち止め(ラストオーダー)』」変わった名前でしょ、とナズナは言う。
「……その。そいつは、なンて言ってたンだ」その名前を聞いたとき、ユキトの体は小さく揺れた。なぜか、あの、最後に見たアイツの笑顔が頭に浮かぶ。
「彼女はね、自分もお母さんと同じ病気を患っているって言ったわ。もう先が長くないことも。今はもう亡くなっていると思う」
ユキトは心に、何か押さえきれない感情が湧き出てくることに気づいた。ユキトは知っている、もうその女性がこの世にはいないことを。冥土帰しが伝えたのだ。
「それで……」
「それで、別れるときに、お母さんの病室の前でその人が言ったの」
『私にはね、探し続けている人がいるの。……その人はね、私が生まれてきた理由でもあり、今生きている理由でもある。彼は私たちに、生きることを教えてくれた人よ。』
ナズナはその言葉を鮮明に思い出す。そう、丁度今のように、茜色の夕日が病院の廊下を照らしていたのだ。
『生きていると、色々な辛いことや、悲しいことがある。どんどん昔の知り合いは居なくなってしまったわ。……それでも私は、その人が生きていると思っているの。どこかで』だって、殺しても死ななさそうな人だから、とその女性(ひと)は微笑んだ。——病気の所為か顔色は決して良くはないけれど、ナズナは綺麗な人だと感じたのだ。
『ナズナちゃん。もし、あなたがその人にあったなら伝えてほしい言葉があるの』そう言って、戸惑うナズナに彼女は言葉を託したのだ。
「……『ありがとう。私は、私達にとっては、あなたが、あなたこそが最高のヒーローだった。』そして、最後にこう言っていたわ」
『私たちはあなたに十分なものを貰った。もう貴方が気負うことは何もない。自由に生きて』
——さようなら。
ナズナにとって、後にも先にもユキトが泣いた所はこの1回しか知らない。
公園のベンチで俯いて声を殺して泣くその姿は、とても1万もの人間を殺めたようには見えず、母を亡くし頃の自分を思い出した。
ナズナにはユキトに対してできることなどもう無かったが、かつて母がしてくれたように、ただユキトの隣に座っていたのだった。
鞄一つ分開いていた二人の距離は少し縮まったのかも知れない。
ナズナがユキトにハンカチを渡すときには、日はもう遠くの山に隠れ、辺りは夜の帳に包まれていた。
今日の夕飯はもう出来合のもににしようとナズナは言った。ユキの歓迎会はまた今度やればいい。
ユキトは、少し恥ずかしそうにそっぽを向いていたが、それでも何かを吹っ切ったような顔には笑顔が見えた。
...to be Continued
誤字脱字ご指摘等、ございましたらお知らせください。
途中エヴァンゲリオンのキャラクターを拝借しました。今後も何人か出てきますが、基本的に他作品とクロスオーバーさせるつもりはありません。
あくまで、「とある」のオマージュ小説ということで書かせて頂きます。
本小説に対する助言忠言は真摯にに受け止めますが、趣味で書く自慰小説ですのでご容赦ください。
よろしくお願いします。