プリヤ世界にアーチャーがいたら   作:アヴァランチ刹那

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一話と二話は回想なので面倒そう、と思う方は三話まで飛ばしてもらってもオールオッケー




【0】夢の荒野

時折、ふと思い出すものがある。

 

私が忘れ去り、切り捨てたはずの戻りえない兆しだった。

 

ーーーーーーそれは、凄然の一言に尽きた。

 

打ち合わせた剣の火花。

圧し合う裂帛の気合。

何十合にも渡るであろう未熟な攻防。

 

剣舞とも呼べない、拙く、否定しあうだけの戦い。

 

そんなものがなぜ今頃、磨耗しきった嘗ての誓いを蘇らせたのか。

 

 

ーーーーそれは、ありえない剣戟だった。

 

 

斬りかかってくる体は、すでに無傷のところがないくらい傷だらけ。

 

指は折れ、手足は裂け、呼吸すらとうに停まっている。

踏み込む速度も遅く、閃く剣の一撃も凡庸に過ぎる。

 

私の経験を吸収し、やっと戦闘と呼べるものを行えるレベルまで上り詰めたというのに、その姿は元の普通の少年の剣《もの》に戻っている。

 

闇雲に振るわれる、見るに堪えない一閃。

 

 

しかしーーーーーー

 

 

その剣は、今までのどの攻撃よりも重かった。

 

正義の味方など、そんなものは都合のいい理想だ。

 

人とは、他人の不幸を踏みつけて生を謳歌する獣の名だ。

 

故に、お前の理想は偽物《フェイク》だと、誰よりもその理想を知り得た心で、彼の理想《こころ》を叩き潰した。

 

歪みきった心は、その負荷に耐え切れず自壊する。

 

アイツが、己が矛盾に押しつぶされるのは必然だと。

そう、思っていた。

 

だが、剣戟は止まない。

 

屈する気配など微塵もなく、倒れようとする肉体と、散らばりそうになる精神を抑えつけて剣を握る姿には、一片の偽りはなく。

 

鬩ぎ合い、ぶつけ合う剣の苛烈さは今までとは比べものにならないくらい此方を圧倒してくる。

 

少年はただがむしゃらに剣を振るう。

 

拮抗する二人の剣。

 

辺りは火花で満ち、踏み込むモノは一瞬に切り刻まれる。

それは、反発し合いながらも溶け合う、両者の心を表しているようだった。

 

叩きつけられる決死の一撃。

 

終わりを悟ったものがよく見せる、最後の命の炎。

 

少年は一撃振るうたびに息を切らし、倒れそうになる体を必死に繋ぎ止め、再び腕を振るう。

 

それを見て確信した。

 

アイツに余力など残ってはいない。

 

目の前の少年は、見た通りの死に体だ。

 

 

なのに。

 

 

何故、剣を振るうその手に際限なく力が宿るのか。

 

 

幻影をみた。

 

 

無駄と知りつつも剣を振るう姿に飽きたからだろう。

苛立ちが、かつて抱いていたあの衝動を呼び起こした。

 

 

ーーーーーー何を美しいと感じ、何を、尊いと信じたのか。

 

 

ヤツは言った。

 

意味もなく死にゆく人をもう見たくはないと。

もし救えるのなら、苦しみに喘ぐ人々を全て、この両手に掬うことは出来ないのかと。

 

論外だ。

 

それが偽善であり、意味のない独り善がりの幸福であることを私は知っている。

自分のことより他人のことの方が大事など、そんな理屈は、決して常人が抱くものではない。

 

それは自己の崩壊だ。

 

そんな者が、人を救うことなど出来はしない。

 

 

…………だが。

 

 

もし、本当に少年の言う通りに生きることができたのなら、それはどんなに尊いものだろうと、憧れたことはなかったか。

 

 

「…………………!」

 

 

最早少年が何を言っているかもわからない。

 

それほどに彼の声は弱く、しかし、その剣戟は強烈だった。

 

見れば、剣を握るその手は、とうに柄と一体化している。

血にまみれ、一歩下がるだけで前のめりに倒れ、屍となるのはわかっている。

 

 

だが、それがどうしてもできない。

 

ここで引けば、きっと、全てを失う気がする。

 

 

「…………………!」

 

 

言葉が聞き取れない。

 

瀕死の少年は、一心に目の前の障害へと立ち向かう。

少年が何に突き動かされているかなど、明白だ。

 

 

ーーーー悪い夢もいいところだ。

 

 

出来の悪い鏡を見せられているようで気分が悪い。

 

千切れそうになる腕で、私に届くまで振るい続ける。

 

あるのはただ、全力で絞り出す一声だけ。

 

 

「…………………………!」

 

 

嘗て。

 

 

助けられなかった人たちと、助けなかった己がいた。

 

謂れもなく無意味に消えていく、何の罪もない思い出を見て、二度とそんなことは繰り返させないと誓ったような気がする。

 

 

「…………………………!」

 

 

胸に刺さる一言。

 

彼が信じた心《もの》

 

彼が信じた信念《もの》

 

嘗て、何者にも譲らぬと誓った古き理想。

 

 

今も、何者にも譲りはしないと誓った、あのーーーーーー

 

 

そして。

 

 

繰り返される剣戟に終わりなどないと、私は知った。

 

コイツは止まらない。

 

決して自らその足を止めることなどない。

 

すでに少年の意識は私を捉えてなどない。

 

少年が斬り伏せて、追い抜こうとしているのは、あくまで自分を阻む己自身。

 

信じた理想、これからも信じていく理想の為に、少年はただ剣を振るう。

 

 

「ーーーーーーーーーッ」

 

 

それに気づいて、忌々しげに歯噛みした。

 

勝てぬと、意味がないと知りつつも、なお諦めず、前へ挑み続けるその姿こそ。

私が憎み、忘れたいと思い、消したいと願い、無意味だと否定した自身の過ちに他ならない。

 

忌むべきものだ。

 

見たくもない。

 

 

ーーーーーーしかし、それならば何故。

 

 

その眼は少年を直視し続けるのだ。

 

ギン、という音。

 

一撃は容易く弾かれる。

今までとはまったく違う。

 

私の渾身の一撃を、いとも当然のように弾き返した。

 

 

ーーーー鏡が砕けた。

 

 

強くはない。

 

決して強くなどない。

 

命を賭して足掻くその姿は醜く、無様にもほどがある。

 

だがその姿を。

 

 

私はどうしても笑い飛ばすことができなかった。

 

 

嘗ての自分と重なる。

 

胸に抱いた理想を信じ、前に走り続けたあの姿に。

 

 

「ーーーーーーーーーー」

 

 

息がつまる。

 

剣を弾き、一際大きく剣を構える少年の姿が見える。

 

最早それが最後だろう。

傷ついた身体、霞んでいく精神で、これ以上立ち続けることが出来るのだろうか。

 

答えるまでもない。

 

少年はその限界を幾度となく越えてきた。

ならばこの一撃を防いだところで、少年の歩みは止まりはしない。

 

 

「…………………………!」

 

 

崩れ落ちながら剣を振るう。

 

 

その眼は、やはり。

 

 

まっすぐに、自分、だけを……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー瞬間、とても、懐かしい夢をみた。

 

 

…………アレは誰が想い、誰が、受け継いだ理想《ゆめ》だったか。

 

 

「…………………………!」

 

 

ぽっかりと空いた空白の胸に、少年の声が響いた。

 

眼前に迫る一つの光景。

 

 

ーーーーーーなんて醜く、凝り固まった偽りの善意。

 

 

肯定して欲しくはなかった。

 

本当は否定して欲しかった。

 

俺がお前にいう、その言葉を。

 

そんな理想は間違っていると。

 

お前のソレはただの偽善だと。

 

繰り返しいう言葉を、俺は、だれでもない、アイツに否定して欲しかったのだ。

 

 

「…………………………!」

 

 

最後の一撃が届く。

 

見過ごせば自身の胸に突き刺さり、命を奪うであろうソレは、俺の目には映りはしなかった。

 

 

ーーーーその心が偽物でも、信じた理想《もの》の美しさだけは本物だと。

 

 

それだけは胸を張ることができる。

 

掠れた声で少年はただ訴える。

 

誰もが、幸福であってほしいと。

誰もが、泣かずにいてほしいと。

 

引き返す道など、初めから存在しないのだ。

 

 

何故なら、その夢は、決してーーーーー

 

 

この手は、血で汚れすぎている。

自身を憎み、自身を殺す以外償う手段など考えつかなかった。

 

罪に塗れた俺は、決して許されることはない。

 

だがたとえ、そうだったとしても。

 

 

ーーーーまっすぐなその視線。

 

 

過ちも。

 

偽りも。

 

胸を穿つ全ての想いを振り切って。

 

 

立ち止まることなく走り続けた、そのーーーーーー。

 

 

鋼が胸を貫く。

 

戦いは少年の勝利で終わった。

 

胸に響く剣《いたみ》は、贖罪にもなりえない。

自身を憎み続ける以上、俺に安らぎが訪れるときなど永遠に有りはしない。

 

ただ。

小さい答えを得た。

 

それを嘗ての自分に貰った、というのは癪だが、構うまい。

 

胸に去来するものはただ一つ。

 

後悔はある。

 

やり直しなど何度望んだかわからない/だがそれを間違いだと知っている。

この結末を、未来永劫、俺は呪い続けるだろう/それでも。

 

だが、それでも

 

 

それでも………

 

 

 

 

 

俺は………間違えてなどいなかったーーーーーー。

 

 

 

 

 

語るべきものだとなかった。

 

少年は残り、俺は去る。

 

記憶に残るものは、交わされた剣戟だけ。

 

道は遥かに。

遠い残響だけを頼りに、少年は荒野を目指すだろう。

 

それでも。

 

彼女に任せていたら、決して、俺と同じ運命は辿るまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

踏みしめる大地は、よく知るの荒野によく似ていた。

 

辺りには何もない。

 

 

ーーーー戦いは終わったのだ。

 

 

聖杯を巡る争いは幕を閉じ、彼の戦いもまた、ここで終わりを告げようとしていた。

 

妙に清々しい気分だ。

きっと、自己を縛り付けていた積念がないからだろう。

 

 

『アーチャー……!』

 

 

呼びかける声に視線を向ける。

 

走る体力もないだろうに、その少女は息を乱して駆けてくる。

 

 

『アーチャー………』

 

 

もう夜明けだ。

 

地平線には、あの騎士王と同じくらい眩しい黄金の日が昇っている。

 

少女は涙を眼に溜め、しかしジッと彼から視線を外さない。

 

言葉に詰まっているのだろう。

肝心な時はいつだってそうだった。

 

ここ一番、何よりも大切という時に、この少女は抜け落ちたように機転を失う。

 

それが、変わらず目の前にあって思わず笑いが漏れた。

 

それに少女はむっと眼力を強めた。

 

きっと怒っているだろう。

だが仕方ないだろう。

 

 

彼にとっては、少女のその不器用さが何よりも懐かしい思い出だから。

 

 

これからどんな地獄が待っていようと、この想いを抱いてなら耐えていける。

 

再び、理想が折れることもない。

 

『アーチャー。もう一度わたしと契約して』

 

容易に予想できた言葉。

 

それを彼は迷いなく断った。

 

彼を思ってのことだろう。

だが、一度決めた想いにはもう嘘はつかないと決めたばかりだ。

 

すぐ裏切ることはできない。

 

 

『けど!けど……それじゃあ………アンタはいつまでたってもーーーー』

 

 

『ーーーーまいったな。この世に未練はないがーーーー』

 

 

この少女に泣かれるのは、困る。

 

彼の知る少女はいつだって前向きで、現実主義者で、とことん甘くなくては張り合いがない。

 

いつだってその姿に励まされ、手を引かれてきた。

 

だから、この少女にはせめて自分が消えるまでは、いつも通りの少女でいてほしかった。

 

 

『ーーーーーーーーーー凛』

 

 

名前を呼ぶ。

 

少女はその声に答え、俯いていた顔を上げる。

 

そして、彼は少女に一つ、お願いをすることにした。

 

 

『私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。

ーーーー君が、ささえてやってくれ』

 

 

それは、彼にとっての別れの言葉だった。

 

 

少女が衛宮士郎の隣にいてくれるのなら、エミヤという悲しい英雄は生まれないだろう。

 

そんな、淡い希望が込められた、遠い言葉。

 

 

『…………アー、チャー………』

 

 

言葉を受けた少女は、今にも泣きそうに目を震わせた。

 

自分と衛宮士郎は、もう別の存在だ。

 

そんなことは百も承知。

 

 

だが、それでもーーーーーー

 

 

そして少女は袖で涙をグイッと吹き、頷いた。

 

何もしてあげられなかった自分のパートナーに、最後に、満面の笑みを返してやる。

彼が初めて自分頼ったのだから、その信頼を裏切るわけにはいかないと。

 

 

精一杯、応えるように。

 

 

『うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう、頑張るから。きっとアイツが自分を好きになれるように頑張るから………!

だから、アンタもーーーーーー』

 

 

ーーーーーーーーー今からでも、自分を許してあげなさい。

 

 

少女なら、そういうだろう。

 

彼は心の中で苦笑する。

幾年経とうとも、やはりこの少女は変わらない。

 

 

いつまでも、懐かしいあの頃のままだとーーーーーー。

 

 

彼は、誇らしげに少女の姿を記憶に留めたあと。

 

 

『答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから』

 

 

様々な思いが混じり合った声で、笑いながらそう告げた。

 

存在が薄れていく。

そろそろ限界だろう。

 

暫く、このボロボロの体を休めよう。

 

そう思い、彼は走り続けたその足を、ようやく止めた。

 

 

そう、答えは得た。

 

 

何の心配もいらない。

 

 

少女なら、あの少年を正しく導ける道標となるだろうーーーー。

 

 

鋼が突き刺さる荒野で彼は、古い記憶に想いを馳せた。

 

 

 

 


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