咎人は辛うじて生き延びていたが、この世の全てが敵に回ったかのような侵攻に何もかもを失った。
襲いくる敵と無慈悲な世界に疑問と激しい怒りを燃やしながら、残された咎人は滅び行くPTを駆け抜ける。
それが、無謀な死(ロスト)に至る道であることを承知の上で。
或る咎人の、無残な敗北とその反省会。
5月末まで募集していたTwitter企画に触発されて書きました。
企画元:FWタロット化計画
https://twitter.com/FW_tarot
※企画は終了しております。
ぷらいべったーに投稿したタイトルと違っていますが、内容は同じものです。
逆位置:敗北・挫折・失敗・暴走・精神的疲労・現状維持。
※暴力描写、流血描写、暴言などが含まれています。
絶望的な戦況のまま、夕方を迎えようとしていた。
すでに自軍の戦線は崩壊。
このPTの損害は八十パーセントを超え、継戦力は言うまでもなくゼロ。
戦闘不能になったら、ロスト一直線だ。
右翼の外壁を突破してモザイク街になだれ込んだ敵は、パノプティコン内部へと侵入。
市民は根こそぎ敵に強奪され、逆らえば咎人もろとも物言わぬ資源にされ、やはり強奪されているらしかった。
あれほどの威容を誇ったパノプティコンも、再三にわたる敵の攻撃によって鉄の色をした外壁は崩れ落ち、一部の箇所では、ロウストリートどころかセルガーデンまでもが丸見えの状態になっている。
炎と黒煙がその傷を覆い隠すように取巻いているが、ボロ布を纏った物乞いにも劣る悲惨な姿と化していた。
パノプティコンが悲惨なら、俺が今いるモザイク街はまさに古代で言う地獄だった。
敵咎人とアクセサリ、そしてアブダクターによる苛烈な攻撃が、ガラクタのような建物と無抵抗な人々に襲い掛かっていた。
さらに、平和な時は人々に暖を与えていたドラム缶の炎が、戦闘の衝撃で建物に燃え移り、瞬く間に燃え広がって追い討ちをかけている。
俺の出来の悪い脳みそに伝わってくる情報は、あまりにも救いの無いものばかりだ。
視界は煙と煤によって不明瞭。
マスクをしていても煙と汗と血の臭いを防ぐことはできず、体にまとわる灼熱の空気は肌と粘膜を苛む凶器と化している。
ヘッドフォンをしていても鼓膜を揺さぶり続ける轟音。
その中に恐怖心を煽る金切り声のような音は、高温によって鉄が変形している音だろうか。
そして敵の怒号と嘲笑。
このPTの人々と、モザイク街の市民の悲鳴と苦悶と怨嗟の声。
例え敵から逃げおおせても、高温の煙にまかれて瞬く間に力尽きていく弱き人々。
その体を、必死で逃げ延びようと皆が踏み越えて行き、辛うじて残されているただの道は、血の道へと変わっていた。
俺がこの建物に逃げこむ間にも、力尽きた人々と大破したアクセサリが無数に倒れ伏していた。
物言わぬ資源と化し、回収される間もなく炎の中に消えていくのも時間の問題だ。
その中には、俺のかけがえのない大切な仲間もいたし、俺のパートナーだと自称していた監視カメラのアクセサリも含まれている。
他人のアクセサリのことなぞ知ったこっちゃないが、俺を監視していたアクセサリは、一切の擁護も出来ない正真正銘のポンコツだった。
だが、紛れもなく貴重な戦力であり命綱だった。
しかし今は、アブダクターのミサイルの直撃を立て続けに喰らって大破し、モザイク街の道端で残骸と化している。
仲間の死体とアクセサリの残骸を置き去りにし、死に物狂いで敵の手を振り切って、どうにか比較的火の手が薄いこの地域まで逃げることができたのだ。
人気の全くない、半壊した雑居ビルに逃げ込んだ俺は、眼前に表示されるミニマップを確認する。
周囲に敵がいないことを確認し、ゴーグルとマスクを外してウィルオードライブに無造作に放りこんだ。
煙の匂いがこびり付き、煤と汗にまみれた髪の毛をかき上げながら壁に寄りかかる。
久しぶりのまともな空気を深呼吸して肺に送り込むことを繰り返し、ひとまずの安全を実感した瞬間、不意に口元が緩んだ。
「ふ、ふふ、ふははははははは!!」
あまりの非現実的な状況に笑いと涙がこみ上げたが、どうにもならない無力感に襲われて、壁をこするようにして床に座り込む。
顔についた煤と血と汗と涙を拭ったが、手袋も同じように汚れているから、もっと酷いことになったかもしれない。
いや、俺の顔は元から酷かったから大して変わらねぇか。
ウィルオードライブから水筒を取り出し、……ああ、水も残り僅かだ。
ハハッ、ホントについてねぇ。
口に含んだが、体中にこびり付いた煙と煤と血の臭いが酷くて飲むのも躊躇われる。
一口目はすすいで吐き出し、二口目からはどうにか飲み込んで、ウィルオードライブに戻した。
何故こんなことになったのか。
ここに来るまでに聞いた情報と、俺の残念すぎる脳みそで理解しているのは、俺の所属するPTはこの世界で完全に孤立無援と化し、天罰ではなく、この世界の咎人たちの手によって今まさに消滅しようとしている、ということだ。
噂によれば、このPTの市民なり咎人なりが敵を招き入れたらしいが、そいつらは、こんな惨たらしい状態になることを予想していたのだろうか。
何故だ。
このPTが何かしたのか。
……したな。
周辺のPTのあらゆる資源を略奪し、生き長らえてきた。
でもそれは他のPTとて同じことだ。
あらゆる資源が枯渇しているこの世界で生き残り、より幸せに生きるために、他のPTからそれを奪う仕様になっている。
形こそ違えど、この仕様は、遥か古代からそうだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。
だが今はどうでもいいことだ。
問題は何故、この世界の咎人たちはこのPTを躍起になって消滅させようとしているのか、ということだ。
理由が全くわからない。
理由もわからず、俺はここでロスト、いや、ロストなんて言葉は生ぬるい。
俺はここで死ぬのか?
一緒にモザイク街で飲み食いをし、あまたの戦場を協力して戦い抜き、悩み苦しい時に支え合い、時にアホなこともバカなこともやって生きてきた掛け替えのない仲間は、理由もなく死んだのか?
PTの象徴であり、シカクシメンで、救いようが無いほどにポンコツだったアクセサリも、訳もなく残骸と化したのか?
いや、理由があってもこんなことが許されるのか?
敵の顔と、声と、その態度が脳裏にまざまざと浮かび上がる。
自分の命と財産と運命は絶対的な安全圏で守られると確信した上での、楽観と傲慢。
ああ、そうだな。
自分のあらゆるものが確実に守られると保障された上で、他人の命と財産と運命を蹂躙できることは、この上もなく愉快痛快なことだろうよ。
この息苦しく変化も何も無い世界で、そんな刺激的な遊びのような戦いは、さぞおもしろおかしいことだろうさ。
逆の立場だったら、俺も楽しんでいた可能性は十分にありえる……わけねーだろうが!
クソがっ!!
体の奥底で何かが弾けた。
決定的なモノが弾け飛んだ。
弾け飛んで溢れ出たものは、全身の隅々と脳みそに怒涛のごとく押し寄せ、瞬く間に燃えあがる。
視界が赤く染まり、腹の底から吼えて駆け出したくなる衝動を、奥歯が鳴るほど噛みしめて何とか抑えようとして、それでも唸り声が止まらない。
許せない。
理由もわからず死ぬ自分が許せない。
奴らの何もかもが許せない。
俺の居場所を見捨てた世界の全てが許せない。
ああそうだ、殺してやる。
俺のこの目に入る全ての敵を殺してやる。
どうせ俺は死ぬ。
一分のスキもなく死ぬ。
ならば、一人でも多くの連中の命と未来を奪い取って死んでやる。
あふれ出たモノの名前を俺は知っている。
俺を突き動かす原動力。
怒りだ。
ウィルオードライブに手を回す。
禿げ上がりそうになりながら、モジュラーを付けたバーバラを手にした。
まだ弾に残りはあるが、これでどれだけの敵を殺せるだろうか。
切り替えて出したのは、やはり相当数の髪の毛と引き換えに作成した愛用のムラサメだ。
手持ちの武器はこれだけ。
後は敵を殺して鹵獲した武器を利用するしかない。
最後に、戦況マップで改めて状況を確認する。
敵を示す赤いマークがこちらに向かって来ているのがわかった。
俺がいることを察しているのだろうか。
どうでもいいか、ぶっ殺すことに変わりはない。
ムラサメを握りなおした時、仲間の顔が脳裏をよぎった。
仲間との数々の思い出が浮かんでは消え、視界が熱くぼやけそうになって固く目を閉じる。
みんな、悪ぃが先に逝っていてくれ。
俺はできる限りコイツら殺してから、そっちに逝くわ。
仲間は多い方が、楽しいだろ?
涙で滲む目をこすり、そして目を開いた。
退路はすでになく、状況は最悪にして気分は最高だ。
ウィルオードライブからマスクとゴーグルを取り出した。
本当は身に付けるのもうっとうしいが、この状況では、これがないと戦うどころか移動すら難しい。
汚れを適当に服で拭って身に付けた。
さあ、行こうか。
珍しく灰色の雲が重く垂れ込む空の下、来た道を見れば、破滅の炎と黒煙が天高く昇り、渦を巻いているように見えた。
先ほどよりも忌むべき臭いが強く漂い始め、程なくしてここも、その炎に曝されることになるだろう。
本来の俺は、臆病で戦うことが大嫌いな、そこら辺に転がっている凡百の咎人だ。
いつもの俺だったら間違いなく逃げ出していた。
それこそ、簡易機動型の突進よりも早く逃げ出し、敵の追跡を振り切れる自信もあった。
だが今は、来た道に背を向け、怒りと殺意を燃料にして心を燃やしつくし、体は敵へ向かって前へ前へと突き進む。
ミニマップには、先ほど戦況マップで確認した赤い点が四つ、こちらに向かって来ていた。
だが、先ほど確認した時同様に移動速度が遅い。
俺に気付いていないのか、それとも油断をしているのか。
好機だ。
物陰に隠れながら走る速度を速め、荊を射出。
赤く伸びる光が人影に接続した手ごたえを感じつつ、一気に跳躍した。
瞬く間に迫る人影にムラサメを一閃。
赤い弧を描いて、人、男が吹っ飛び、そのまま地面に倒れ伏した。
刃から伝わってきた、肉と骨を切り裂き砕く感触からして即死。
奇襲に驚く連中を、次々とムラサメで切り伏せる。
殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す。
四人を難なく倒し、武器とアイテムをかっぱらう。
続けてミニマップに赤い点がやって来る。
今度は数が多い。
早速、敵から奪ったアイテムを役立たせることにしよう。
マスクで隠れちゃいるが、頬が引きつり、口の端が持ち上がって歯がむき出しになる。
散開もせずに固まってくるとか、好都合すぎるだろうがよ。
建物の陰に隠れると、敵に向かってブツを投げつけた。
数瞬の後に、鋭い光が周囲に炸裂し、光が収束する前に、敵から奪った機関銃で敵を一斉掃射。
リロードをする前に武器を切り替え、怯み混乱する敵をムラサメで切り倒し続ける。
倒した敵は七人。
多勢無勢、さすがにダメージは受けたものの、運良く致命傷には至っていない。
ミニマップには周辺に敵はなかったが、戦況マップを開いて俺の死地が決まったことを確認した。
戦端に、アブダクター二体と敵がいる。
ここまでやって、まだ戦力を投入するのかよ?
どうやら本気で根絶やしにするつもりなんだな、えげつねぇ!
その事実に怒りの炎がさらに燃えあがり、マスクを引きちぎるようにはずし、衝動のままに吼えた。
自分の中からとどまることなく噴き出す怒りと殺意を吐き出すように吼え続ける。
荊を射出するのももどかしく、体を突き動かす本能のままに地を蹴り駆け出した。
止まるつもりはない。
止まった時は死ぬ時だ。
だが動いている間は無茶だろうが無謀だろうが、一人でも一体でも殺す!
敵が見えてきた。
ああ、アブダクターは耐火と耐冷の丁型か。
そして、敵が俺に気付いた。
「何だよ、アイツ」
「一人で来たのかよ、バカだろ」
ハイソウデスヨー、バカデスヨー。
そのバカに殺されて、地獄とやらに一緒に落ちるんだよ!!
再びフラッシュGを投げつけた。
鋭い閃光が戦場を走りぬけ、持ちうる限りの重火器で敵を攻撃し続ける。
光の向こうから伸びてきた槍の一閃をどうにか受け流し、背後へと回りこみざまに敵の首を掻き切った。
その時、脳裏に閃いた赤い光。
それと同時に奔流のような光に吹き飛ばされた。
荷電粒子砲。
体中に感じる灼熱の塊と共に、警報の様な耳鳴り。
本流のような光が何度も体を直撃し、体はその衝撃に弾んで何度も地面に叩きつけられる。
何かが砕け潰れる致命的な音ともに、意識が一瞬彼方へ吹き飛んだが、激痛によって引き戻された。
地面を転がり、滑るようにしてようやく俺の体は止まった。
しかし呼吸がままならない。
喉と鼻に競りあがる塊を大量に吐き出し、どろりと赤黒く染まる意識と視界の向こうを見る。
ロスト、いや、死ぬ。
死にたくない。
そう思う以上に、体中から湧きあがるモノがある。
何故、こんなことになったのか。
何故、俺達のPTがこんな目にあったのか。
怒りと疑問が、モザイク街を襲うあの炎と煙のようにのた打ち回りながら膨張し、猛り狂う。
何故だ?
声に出したつもりだったが、再び競りあがる液体を吐き出しただけだった。
急速に闇に飲み込まれていく意識の片隅に感じる、圧倒的な死の気配。
それでもなお、問いかけ続ける。
何故? 何故だ!?
だがその疑問も、体全体に走った激しい衝撃と共に霧散し消えた。
◆
「がああああああああっ!! ああ、あ」
絶叫と共に、視界に溢れてこぼれ出たのは真っ白な光だった。
「おはようございます」
ギョッとして反射的に声のしたほうに目を向ければ、デフォルトの女アクセサリがこちらを見ている。
周囲は無機質な壁。
そして待機状態で波打つ壁面ディスプレイ。
見慣れた独房だった。
いつも寝ているベッドで、俺はいつの間にやら飛び起きていた。
体を確認するが、どこにもケガをした箇所はないし、あの戦場の名残など影も形も見当たらない。
汗で額に張り付く前髪をかき上げて、まずは落ち着こうと呼吸を整える。
「簡易ヘルススキャン実行。脳波、バイタル共に著しい乱れを確認。安静にし休息を取ることを提案します」
ようようと首を振った。
「それより水くれ」
「了解しました」
異様に喉が渇いていた。
嫌な汗の流れる顎の下を袖で拭きながら、ようやく夢を見て飛び起きたのだと思い至った。
ここが現実だとわかっていても、夢のインパクトがでかすぎて動悸が治まらない。
いや、あれは夢なのか。
五感に感じた凄惨な感触。
そして、あまりにも生々しい感情。
今まで何回も記憶を失ってきた。
あれは、その過去の記憶なのだろうか。
でも、失ったはずなのに何で夢で見るんだ?
「どうぞ」
水の入ったカップを受け取ろうとして、……面白いほどに震えて中々掴めなかった。
怯えている。
あの惨いとしか言い様の無い戦場と、俺自身のあまりの救われなさに。
「ユウ」
「……ちょっと待て。すぐに落ちつくから」
「了解しました」
アクセサリが水を持ったまま、いつもの定位置に戻った。
無機質な監視カメラの目が俺を見る。
「貴方は睡眠中、酷くうなされていました。あまりにも長く続いたので、一度起床するよう独房の照明を点けさせてもらいました」
「ああ、そう」
「夢、を見ていたのでしょうか」
「……ああ」
俺はなおも呼吸を整えながら、頷く。
「世界の全てが敵に回ったような戦場で、俺が暴走している夢だ」
「そうですか」
アクセサリは小首を傾げる。
いつの間にやら身についていた仕草だ。
「その戦場で、貴方は敗北をしたのですか」
「ああそうだよ」
「では、その夢の内容をお聞かせ下さい」
「は?」
コイツ、何言ってんだ?
「ヒトの見る夢の仕組みは諸説ありますが、夢を見ることで体験や記憶を反芻し、それらを組み替えることで、様々な出来事への対処方法をシミュレーションしているのではないかという説があります」
ポンコツは表情なく語り始める。
「貴方の現在の状態は芳しいものではありません。それだけの酷い戦場をシュミレーションしたにも関わらず、問題の解決には至っていないと推測します。つまり現実において、そのような状況になった際、貴方は同じことを繰り返す可能性が高い。そうならないよう、そのユメでの戦いを検証し、現実の世界で活かすことを提案します」
「……夢の話だぞ?」
「はい。それを考慮した上で、検証することを重ねて提案します」
アクセサリはやる気満々のようだ。
いや、やる気満々と感じているのは、俺の一方的な思い込みだが。
……正直に言えば、誰でもいいから話して楽になりたい気持ちはある。
「夢の話だからな」
「了解しました」
前置きし、思い出せる部分はとにかく話して聞かせた。
アクセサリはその間、微動だにせず話を聞き続ける。
だが、話せば話すほどに、夢とは言え、自分がどれだけ救いようのないバカだったのかを痛感せずにはいられなかった。
痛ぇし、酷ぇし、最悪だわ。
話し終えたものの、うな垂れて落ち込まずにはいられなかった。
「それで全てですか?」
「ああ、全部だ」
「了解しました」
アクセサリは、こちらに歩み寄りカップを手渡す。
酷く落ち込んではいたが、今度はちゃんとつかむことができた。
定位置に戻ると、先ほどと全く同じ姿勢になって俺を見た。
「まずその戦闘についてですが、ユートペディアに記録されている過去の大規模戦闘を検索し、その結果、貴方の話した内容に類似する戦闘記録が一件見つかりました。そして、貴方の過去の記録から、貴方が三年前にその戦闘に参加していたことが判明しています」
えっ?!
「じゃあ、俺の見た夢って」
「貴方の過去の記憶を元に、現在の所持している戦闘の記憶を組み合わせて再構成したもの、と推測できます」
そうなのか?
過去の記憶は完全に消え失せたはずなのに、心か脳みそか、それとも別のどこかに残っていたのだろうか。
だが、所詮は夢で、正しい記憶ではない。
ポンコツに言われて気付いたが、俺があの夢で使った兵装も、身につけていた服やゴーグル、マスク、水筒のような所持品も、現在使っているものと全く同じものだった。
もしかしたら、三年前も同じものを使っていたかもしれないが、さすがに全てが同じものだとは考えにくい。
「ユウ」
名前を呼ばれて我に返る。
「あ、ああ」
「先ほどの推測を踏まえた上で、その戦闘における所感を申し上げます」
俺のことなど意に介さず、アクセサリは再び小首を傾げる。
「貴方の悪い部分を全て出し切った、実に無理、無茶、無謀な内容でした。これだけ無様で無益で無意味な戦いは、この世界で行われている数多の社会不適合者の戦闘の中でもトップランクの酷さでしょう。被監視者の、絶滅したゾウリムシ並みの判断力と思考回路に、監視者として適切な言葉が思いつきません」
「うるせえな! わかってんだよ!」
思わず声を荒げたが、八つ当たりなのは自覚している。
だが、アクセサリは表情を変えることはない。
「では、この戦闘において、貴方の失敗とは何でしょうか」
尋ねられ、俺は大きく肩を落とした。
「情に流されたことだよ。怒りに我を忘れて突っ走ったことだ」
「そのとおりです。多少の知性は残っているようですね。先ほどの発言を一部訂正します。ゾウリムシではなく、太古に絶滅したミロクンミンギア並みの判断力と思考回路とします」
「やかましいわ!」
偉そうによく言うわ、このポンコツアクセサリが。
ていうか、さっきからゾウリムシだのミロク何ちゃらって何だよ!?
「ですが、それよりももっと大きなミスがあります。生きることを諦めたことです」
アクセサリは話を続ける。
「この戦闘で、貴方は最後の最後まで、何故このような状態になったのかを問いかけ続けていましたね。何故、自分が理不尽な状況に追い込まれたのかを知りたかった。ですが、敵の容赦のない狼藉と、その敵に自分の居場所を蹂躙された怒りに捕らわれ、視界が著しく狭くなった貴方は思考停止状態となった。そうして自暴自棄となった貴方は、無意味な戦いに身を投じ、貴方自身を含めた全てのものに敗北したのです。現在の貴方にも、十分に起こりうる状況でしょう」
言い返せない。
実際にそうなることを否定できない。
何故ならそれは、俺の心に今もしっかりと居座っているものだからだ。
「では、貴方に必要なものは何でしょう」
うな垂れた。
それは、俺自身も自覚する、俺にもっとも欠けていることだ。
「怒りを抑えること」
「いいえ。抑えることではなく、耐えることです」
「耐える?」
抑えると耐える、何がどう違うって言うんだ?
俺の心中など知る由もなく、ポンコツは構わず語り始める。
「私は人の心を理解することはできませんが、貴方が敵に対して激しい怒りの情をもっていたことは推測できます。何故なら、古代からヒトは、自分の居場所を蹂躙された際、激しい怒りとストレスを持つことが判明しているからです。それがヒトとして当たり前の心の動きだとするのなら、怒りを抑える必要はありません。貴方に必要なことは、激しい怒りを持っていることを自覚した上で、怒りを引き起こす現象に耐えることなのです」
ポンコツは事務的かつ、ヘンテコなイントネーションで語り続ける。
「それは記憶を失い、精神的に未熟なルイジンエン以下の貴方には、大変なストレスを伴う行動でしょう。ですが、貴方が真に望んだことは、目に入る敵を殺して回り、ロストする場所を見つけることではなかったはずです。貴方が真に望んだことをかなえるために、怒りとストレスに耐え、思考停止することなく、生きる道を模索する。これこそが、貴方が取るべき行動だったのではないのでしょうか」
だから、ルイジンエンって何だよ?
ムカつきはしたが、素直に受け入れている俺もいる。
そう、あの地獄のような状況に耐えることができなかった弱い俺は、望みがかなわないと勝手に決めつけ、生きることを放棄したのだ。
そうすれば、自分を含めた苦難で悲惨な状態から目を逸らし、逃げることができたから。
心から情けない上に、喚きたくなるほど惨めだったが、ふと思った。
「おい」
「はい」
「過去にその戦闘に似た記録があるって言ったな」
「はい」
「その戦闘が行われた理由ってわかるか」
「それを知ることを、貴方は望んでいましたね」
そうだ。
何故、俺の所属していたPTは消滅の憂き目にあったのか。
「この戦闘記録は一部に閲覧制限がかかっているため、開示されている範囲内での回答となります。開示された記録では、一部の咎人がフラタニティが提供するフェローシステムを用いて、ある呼びかけを行いました。この呼びかけに呼応した咎人が、PTの壁を越えて戦闘に参加したのです」
「呼びかけって」
ポンコツのがらんどうの目が、冷徹に俺を見据える。
「PTを、ヒトの手で滅ぼしたらどうなるのか」
「……はあ!?」
思わず間抜けな声が出る。
「何だよ、それ」
「詳細な内容については、今の貴方に閲覧権限はありません」
にべもなく断られた。
ホント、ムカつくわ。
だが、ポンコツの態度はどこまでも事務的で淡々としたものだ。
「呼応し集った彼らは、目的達成までの時間の短縮と資源の消費を抑えるため、大規模な力のあるPTではなく、小規模な力なきPTに標的を定めたのです。結果、貴方の所属していたPTは大規模な侵攻により、一日ほどで消滅をしたと記録されています」
聞きながら、背筋が凍るような怖気を感じた。
ポンコツの情緒のない話し方のせいかもしれないが、攻め込んだ敵のあり様が、あまりにも機械的で効率的で無邪気で。
「それってまるで……」
「ヒトの知的好奇心を満たすための戦争、と呼んでも過言ではないのかもしれませんね」
「ふざけんな!!」
思わず叫んだ。
そんな理由のために、あんな酷ぇ戦いを起こしたのかよ!?
体の奥底にとぐろを巻く怒りがこの身を焼こうとする。
だが怒りはすぐに収まり、冷め切った自分の声が聞こえた。
今まで綺麗サッパリ忘れてたくせに、今さら何怒ってんだよ、バカじゃねーの?
そして、悔しさと虚しさが心から溢れ出た。
わかっているのだ。
俺の所属していたPTが弱かったからこそ標的にされた。
弱かったから、喰らい尽くされた。
弱かったから、無邪気とも言える実験の材料にされたのだ。
そうなりたくなかったら、強くなるしかない。
しかし、個人で幾ら強くなっても、数の暴力には決してかなわない。
これは戦争なのだ。
なら、どうすればいいのか。
「ユウ」
ポンコツが再び呼ぶ。
顔を上げると、ポンコツは先ほどと全く変わらない様子で俺を見ていた。
「真に勝利を掴みたいのなら、生きて、そして耐えることです」
「ハッ」
思わず鼻で笑う。
なんだそりゃ。
『生きろ』『耐えろ』って、お前がいつも言っている『ロストすんな』うんぬんより難しいじゃねえか、ふざけんな!
第一、どこまで耐えりゃいいんだよ!
この世界に耐えて得られる報いのある勝利なんてもん、希少度八の資源以上に見当たらねぇってぇのに!
今までで一番大きな溜め息が口から漏れた。
ついでに涙が出そうになり、空いている手で目を覆い、口を引き締めて、感情の波が静まるの待ち続ける。
この世界で生きると決めたのなら、理不尽と不条理に耐えるしかない。
その先に報いのある勝利が存在すると信じて、今は戦い続けるしかないのだ。
荒波が静まるのを待って、ようやく顔から手をはずした。
カップを持ち上げて水を一息で飲み干し、ポンコツに向けて放り投げる。
「……ああ。ボチボチやってみるわ」
口を拭い、ようやくポンコツに答えることができた。
唸り声のようになったのは否定しない。
「このPTの繁栄と発展のため、価値ある強き資源、強き人類への進化を期待しています」
カップをキャッチしたポンコツは、最後まで俺の様子を気にすることなく無機質に告げた。
俺もそれに構うことなく、再びベッドに横になる。
寝て起きたら、またクソ面倒くせー上に命がけの貢献活動をしなきゃならない。
戦うことが怖くて嫌いな俺にとっては憂鬱以外の何者でもないが、やるしかねぇんだよな、
あーあ。
カップを片付けたポンコツアクセサリが、定位置に戻るのを気配で感じた。
「おやすみなさい。明日も貢献活動に勤しみましょう」
独房の照明が落とされてもなお、待機状態の壁面ディスプレイの明かりが、ゆらゆらと揺らぎながら独房を照らし続けている。
その形の定まらぬ様は、まるで記憶をなくし続けてきた俺自身の在り様のように思えてならない。
でも今は、その揺らぎに身を任せるように目を閉じた。
◆
【Ⅶ:戦車】
正位置:勝利・成功・克服・コントロール・困難の打開。
<或る咎人の敗北:終わり>
最後までご覧頂きまして、ありがとうございます。
いつものことではありますが、誤字、脱字、言い回し等に変更があった場合は、都度手を入れさせていただきます。
五月末までtwitterで行われていたファンによる「FWタロット化計画」。
イラストあり、小説ありのステキな企画でして、私も参加できたらいいなとは思っていたのですが、十八禁、十八禁Gではないとはいえ、暴言吐きまくりの咎人を投入するのはかなり気が引けたことと、内容が内容だったため、企画の開催期間は、こっそりとぷらいべったーに投稿しておりました(今回の投稿にて削除済み)。
今回のお話は、去年の八月に『山梨徳島同盟』の結成に至った戦いをモチーフにしています。
この戦いについてどうこう言うつもりはなく、PTが消滅し自分の居場所をなくした時に、この咎人はどんな行動をとるんだろう、というのが根っこにあって、前からそれを書いてみたいと思っていたからです。
結局のところ、どんなに体制に不満があったとしても、ある程度の安全が保障され、衣食住がそろい、周囲の人間関係が良好であるのなら、多少の理不尽や不条理に耐えることができます。
しかし、それを根こそぎ奪い取られ、何もかもを失った時にどうなるのか。
この咎人は、ご覧の結果となりました。
失うものが無いって、強い上に本当に怖いです。
そこら辺の凄みを出せたらいいなとは思いましたが、まあ、今後の課題といたしますw
ただ、書きながら思いました。
これ、侵攻している側から書いたら、また面白くなりそうだなと。
さて話は変わりまして、この企画の芯になる部分、この咎人のタロットのイメージは何か。
実は結構悩みました。
まず思い浮かんだのは『愚者』でした。
ただ、私の中での愚者は純粋なイメージがあり、この咎人、全然純粋じゃないし違うなと。
その次に思い浮かんだのが、『吊された男』でした。
でもこの咎人、心穏やかに覚悟を決めて吊されるほど何かをやり遂げたわけでもない。
そして、『戦車』へとたどり着きました。
改めて調べてみて、ああ、コイツは戦車だなと。
暴走して衝突事故を起こして根元からバッキリへし折れるまでが、脳裏に鮮やかに再現されました。
そこに居場所をなくした咎人と、戦車の逆位置がピタリとはまり、上手いこと話としてまとめることができました。
とりあえず完成させることができて一安心でございます。
徒然と書きました。
企画自体には参加しなかったものの、楽しく勢いよく書かせていただきました。
読んだ方も楽しんで下さったのなら、大変に光栄なことです。
それではまた。