魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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各話平均7,857文字
今回、約16,500文字(分割後)
( ゚д゚)

大変長らくお待たせしました、それではどうぞ。


第六十七話 らしんばん座が示す航路①

落ちる陽光が部屋を赤く染める。

落陽の緋がパーソナルスペースを暖かく色付けるその様子は、なるほど、古今東西の小説で描かれてきた美しい光景なのだろう。

しかし——

 

「それが自分の部屋だったなら、ね……」

 

小さな窓から差し込む光が、パステルピンクの壁に鉄格子の影をぼんやりと浮かばせる。雨雲に覆われていた昨日はなかった光景は、リーナの現状を否応なく突きつけられたような気がしてならない。

ただぼんやりと眺めていたその様を瞼で塞ぎ、頭痛を堪えながら静かに吐息を零した。

 

ハンスコム基地内に敷設された魔法師用の独房。今、リーナがいるのはそこだった。

魔法師の犯罪者などは、独房に押し込められる時点で当然CADは取り上げられる。しかし、魔法の発動に必ずしもCADは必要ない。そして残念ながら、今だけは本当に残念ながら、魔法の改変を受けて崩れない物質は未だかつて存在した試しがない。存在情報から変化されるのだから、硬度も耐衝撃・爆破性能も何もかもがまるで役に立たないのだ。

なら、魔法師を拘束するにはどうするか——簡単だ、()()()使()()()()()()()()()

CADの助けを借りずに魔法を使用するには、兎にも角にも集中力が必要不可欠だ。そして、魔法師といえども人間なのだから、この部屋のように可聴領域下限ギリギリの低周波を四六時中浴びせることで集中力を欠如させることができる。

独房とは思えないカラフルな警戒色の壁も、あえて窓から景色が見れるようにしてあるのも、全ては思考能力を少しでも削るためだ。こうして目を塞げば見えなくなる程度だとしても、その少しが状況を分けるかもしれないという考えの元だろう。

 

「…………」

 

どの道、目を塞いだとしても脳にかかる負荷が減るかといえば、そうでもない。

確かに「見たものを考えたり、判断したりする」分は空くかもしれない。だが、五感の中でも大きな割合を占める視覚がなくなれば、その反面どうしても聴覚が鋭くなる。そしてこの部屋で耳が最も拾うのは、人に不快感を与える低周波(ノイズ)なのだ。

リーナにもそれは分かっている、というより昨日気がついた。それでも目を閉じたのは、過敏になった聴覚が"ある音"を捉えることを期待してだ。

 

「……ん」

 

目的の音が聞こえ、リーナは少し頬を緩める。

ノイズの海の向こうに聞こえるそれは、幾台もの重機の音と、微かな人の声。

巨神vs魔法使いというおとぎ話に出てきそうな、しかし現実に起きてしまった一昨日の決戦。その『流れ弾』で出たコースや外部公開予定施設の被害を大会までになんとか修繕しようとしてるのだろう、昼夜問わずに動いているUSNA軍の()()()だ。

昨日の午前中に事情聴取(じんもん)されて以降、リーナは人と触れ合っていない。そんな彼女が、唯一孤独を紛らせられる物がこの音なのだ。

 

「…………」

 

何をするでもなく、リーナはその音を聞き続ける。どうしても耳に入る不快な音波も、心を蝕む孤独に比べればまだ我慢ができる。

弱くなったな、と自分でも思う。ただ、同時にこれでいいとも思う。

結局のところ、リーナは他人の温もりを求めていたのだ。

たとえ戦略兵器並のチカラを持っていても、彼女自身はまだまだ人生経験の少ない少女。友人と笑いあったり、家族と団欒したり……そんな当たり前を求めて何が悪いというのか。

 

「本当、ワタシって弱かったのね……」

 

一度自覚してしまうと、もう変えるのは無理だ。たとえ"兵器"としての評価が下がることになろうとも、"人間である"ことを望んでしまう。

……軍人としての理性が、魔法師としての常識が甘いと叫ぶ。何を言っているのだと怒鳴りつける。

だけど、リーナだって軍人である前に、魔法師である前に、一人の人間なのだ。争いは嫌いだし、進んで人を殺したくなどない——それが、押し殺してきたリーナの本音だった。

 

「……でも、ワタシは戦える」

 

そう。兵器をやめるということと、戦えなくなることは同義ではない。

侵略するための猟犬(おおいぬ)にはなれずとも、国を、仲間を、友人を守るための番犬(おおいぬ)にはなれる。

危険が迫ったならいくらでも吼えよう。悪意の手が伸びてきたなら深く強く嚙みつこう。それならば、兵器にならずとも()()()()()出来ることなのだから。

 

「それを聞いて安心したよ」

 

扉が開かれ、同時に声をかけられた。

それまで全く気配がつかめなかったことに驚きつつも、その人物を見てリーナはすぐ納得する。

 

「大佐殿」

 

ヴァージニア・バランス。今でこそ机仕事が主なものだが、箔付け目的の前線赴任で無双したという伝説を持つはずの女性の顔には、隠しきれない疲労の色が見えた。

 

「すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまったようで」

 

立ち上がって敬礼をする。それを彼女は笑って流した。

正直に言うと、リーナは、この女性が苦手()()()

その理由も、今なら分かる。この人は、上層部で数少ない()()()()思ってくれている人なのだ。戦略級魔法師"アンジー・シリウス"ではなく、少女"アンジェリーナ・クドウ・シールズ"の現状を憂いていた人。

軍人としての職務を全うし表立っての行動はしなかったものの、その行動のほんの端々に、慈しみとでもいうべき感情が漏れていたように思えるのだ。リーナは無自覚にそれを感じ取り、そして自分の本心を暴きかねないそれを嫌って避けていた。

自分の思いに気がついてからようやく気づけたその配慮に、嬉しさと暖かさ、そしてほんの少しの罪悪感を覚えてしまう。

だからと、その感謝と謝罪をしようと口を開いた矢先、一瞬先にバランスの方が口を開いた。

 

「……なるほど、いい顔になったな」

「え?」

「覚悟が決まったのだろう?」

 

バランスが笑う。

それはまるで、ようやく"新入り"となったリーナを迎えるかのようだった。

 

「何を見て、何を思ったかは聞かん。だが、私は歳が幾つであろうとも覚悟を持った人間を子供扱いはしない。これだけは覚えておくように」

「は、ハッ!」

 

——お前はもう一人前だ。

言外にそう告げられて、リーナは喉元まで出ていた言葉を飲み込んだ。きっと、これは今言うべきセリフではないと思ったから。

 

「さて、本官の要件だが——」

 

ニヤリと、しかし不快感を与えない笑みを浮かべ、バランスは扉を親指で差した。

 

「少し付き合え、少佐殿?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふう……。ほら、少佐も遠慮するな」

「は、はい。失礼します」

 

溜まった疲れを吐き出すように体を休ませるバランスの隣に、リーナも腰を下ろす。体の芯までに染み渡るような熱と、心を解すような水音。

端的に言えば——温泉(サービスタイム)だった。

 

「やはり温泉はいいものだな」

 

ザブン、と腕を上げ、濡れた髪を書き上げる姿に大人の艶めかしさを感じて、リーナは視線を逸らした。

温泉という概念は昔からあるものだが、欧米では未だ湯に浸かるという習慣は根付いていない。一般家庭は今でもシャワーだけというのが普通だ。

もっとも、リラックス効果や血行促進による疲労回復効果など、常に肉体的、精神的に強い負荷がかかる軍人にとっては魅力的な効果も入浴には多い。なのでUSNA各地の基地のほとんどには大浴場が敷設されている。……ここも含めて、地下水を汲み上げて温めている、本来の意味での温泉ではないことも多いが。

なので、リーナも同性の肌を見たぐらいで気恥ずかしさを覚えはしない。ただ、そのリーナの目から見てもバランスの艶姿は目のやり場に困るものだった。

それを誤魔化すように、リーナは少し詰まりながらも話を振る。

 

「な、なぜ本官はここに呼ばれたのでしょうか……?」

「今さらだな。まあ、私が疲れていたというのが一つ。少佐も疲れているであろうと思ったのが一つ。リラックスした方が本音を話しやすいだろうと考えたのが一つ……日本語では『裸の付き合い』と言うんだったか?」

「そうなのですか?」

 

クォーターであるリーナは日常会話ぐらいの日本語ならスムーズに話せるが、日常的に使っているのは英語なのでそういった使い所の限られる言葉や熟語は知らないこともある。バランスもそれは分かっているのか、知らないなら知らないでいいというスタンスのようだ。

 

「ま、特にここでなければならないという理由はない。せいぜいが時間を有効利用したい程度のことだ。まだまだやる事は山積みなのでな」

 

実際、ゆっくりと風呂に浸かっている時間も取れなかったのだろう。顔に浮かぶ疲労の色だけでなく、よく見れば髪にも色艶がない。リーナへの話に(かこつ)けて、自分がリラックスするための時間を確保したということか。

 

「さて、少佐は現状を伝えられていないのだったな」

「はい。工事の音などからSSボードの世界大会は予定通り開かれるだろうとは推測していましたが、それ以上は」

「だろうな。少し待て」

 

バランスは湯船に浮かぶ檜(に似せた合成樹脂)の桶からタブレットを持ち上げ、二、三度フリックしてからリーナへ差し出した。

 

「口頭で説明をするには量が量なのでな、報告書を読んでくれ。今回の事件の顛末とその関係資料、対外的な公表の内容、最後に少佐の処分などを含む総括となっている。質問は随時受け付けるが、答えられるかは別だ」

「電子資料ですか?」

「いや、紙の資料を読み込んだ。この端末に通信機能は付いていないからハッキングの恐れはない」

「なるほど、了解しました。失礼します」

 

リーナはそれを受け取ると、1ページ目から順に読み進めていった。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

ハンスコム総合魔法基地襲撃事件、並びに巨大人型魔法兵器暴走事件に関する報告。

 

現地時間2095年8月14日午後6時02分。ハンスコム総合魔法基地に反魔法師団体の過激派と思われるテロリスト53名が侵入。破壊工作を開始した。

同03分。基地護衛官、並びに別任務待機中にて基地に駐在中の統合参謀本部直属魔法師部隊『スターズ』第一、第四部隊がテロリストの鎮圧を開始。

同04分。同基地北西部の演習林地下、第03特殊魔法技術研究所にて、統合参謀本部直轄魔法技術開発部副主任ロバート・ハワード大佐が反乱。研究所秘匿最深部[別冊資料No.2も参照のこと]で停止状態であった巨大人型魔法兵器『鬼神兵(ゴッド・アーミー)(仮称)』三機の起動準備を開始した。『鬼神兵』の詳細は別冊資料No.1にて。

同11分。地上のテロリストの無力化が完了。この時点での死亡者は施設職員3名とスターズ所属の後方支援官が1名、テロリストが12名。負傷者は双方合わせ重傷者13名軽傷者36名。

同12分(推定)。ハワード大佐の元へ魔法技術開発部主任ゲーテ・トルルク中将が到着。説得を試みるも失敗し、端末より非常事態信号を出す。

同14分。戦術級指定魔法『分子ディバイダー』により床をくり抜き、スターズ第一部隊隊長ベンジャミン・カノープス少佐が現場へ到着。負傷していたトルルク中将を保護。

同15分。カノープス少佐が投降を呼びかけるも、ハワード大佐は拒絶。自身の肝臓付近を拳銃で撃ち抜き、致命傷を負う。

同時刻、『鬼神兵』三機の第一起動シークスエンスが完了。直後にハワード大佐の手により対象未設定の『殲滅(デリート)』コードが送られ、第二起動シークスエンスへと移行した。この時点で完全起動までおおよそ30分だったと推測される。

同16分。カノープス少佐がハワード大佐をコンソールから引き離すも、設置されていた小型爆弾によりコンソールが破壊され、外部入力による起動シークスエンスの中断が不可能に。

同17分。ハワード大佐が予め散布しておいたと目される高可燃性の液体へ着火、炎の壁でクルルト中将及びカノープス少佐から遮断される。ハワード大佐の救出は不可能とカノープス少佐は判断、クルルト中将へ判断を仰ぎ『鬼神兵』の破壊を優先。

同18分。カノープス少佐は攻性魔法による『鬼神兵』の破壊を開始。クルルト中将は無線により地上職員・戦闘員及び地下研究施設職員へ状況説明。万が一を想定し避難準備を指示。

同25分。カノープス少佐が分子ディバイダー他、全23種の戦術的攻性魔法を使用するも三機とも破壊不可能。一覧は下記注釈1を参照。完全起動まで残り20分と音声アナウンスがかかる。

同26分。クルルト中将並びにカノープス少佐は破壊不能の可能性ありと判断。地上職員・戦闘員及び地下研究施設職員へ防護シェルターへの避難行動の開始指示を出す。

同35分。研究施設最深部の3名を除き全施設職員・隊員・4名の遺体の避難、及び拘束したテロリスト並びに遺体の収容が完了。クルルト中将の指示のもとカノープス少佐が地下施設に保管されていた兵器[別冊資料No.2を参照]の使用を開始するも、『鬼神兵』三機に目立った破壊痕は確認できず。

同42分。起動まで残り3分となるも『鬼神兵』は三機とも健在。この時点でカノープス少佐は自身での『鬼神兵』の破壊は不可能と判断。クルルト中将を連れ、施設最深部から非常用シャフトを使っての脱出を開始する。

同43分。カノープス少佐、クルルト中将が非常用シャフトより脱出。

同45分。カノープス少佐はシェルターまでの避難は困難と判断し、その場で障壁魔法を展開、防御姿勢をとる。

同45分28秒。『鬼神兵』三機が起動。地下研究施設、及び地上演習林およそ3300万立方メートルを融解、一部蒸発させる光線(1)を対地垂直に放射した(推定)。カノープス少佐らは直撃を避けるも、障壁を貫いた余波により一時気絶。

同46分17秒。ボストンにてスターズ総隊長アンジー・シリウス少佐(当時は別任務中のためアンジェリーナ・クドウ・シールズ特務兵名義)と共に事態を静観していたナギ・ハルバラ[別冊資料No.3を参照]がボストン外周部を覆う超大規模の防御障壁を展開。

同46分31秒。ボストン外周部に(1)の余波が到達、上記障壁によって防がれる。なお試算では、障壁がなかった場合、ボストンは甚大な被害を被ったことが推計されている(そちらについては実被害額に併せて後日に報告予定)。

………………

…………

……

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

そこから先は、時に映像記録を交えながら概ねリーナの知る通りの説明が並び、最後に現地にて気絶していたクルルト中将が無事保護された旨で締められていた。

 

「そこまでで質問は?」

「特には。別冊資料のナンバリングが引っかかったぐらいです」

「ああ、それは私も気になったが、No.1から読むとすればそれで正しい」

「了解しました」

 

読めば分かる、ということなのだろう。

リーナはその意味を知るために、先のページへと進んだ。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

別冊資料 No.1

仮称・鬼神兵(ゴッド・アーミー)について

 

真相を知るであろうゲーテ・クルルト中将、並びに開発者である『超鈴音』なる人物からの情報は期待できないため、これより先はナギ・ハルバラの証言と映像からの解析を根拠とする。

 

【概要】

鬼神兵とは、「人型に作成された素体に、動力源として神霊を組み込んだ兵器」とのことである。今回の事件においては、機械的に組み上げられた肉体を刻印型魔法で補強、稼働させていたとみられる。(『神霊』についての定義は過去資料[M-10323]等を参考のこと)

ただし、素体との癒着率の問題から、動力源とする神霊は日本に出現したそれより数段劣るものでなければならないらしく、それ単体で活動できる力はないとのこと。

また、癒着させるためには高難易度・高コストの儀式魔法(古式における大規模魔法)を長時間行わなければならず、また、素体も神霊の莫大な情報圧に耐えられる頑強さが求められるとのことである。[注釈1]

 

【利点】

この兵器最大の利点は、その莫大な出力にあるとみられる。

映像からの解析によると、光線を除く一機あたりの出力は超大型原子炉2〜3台分。光線を含めると5台分以上と目される。ただし、基本原則として人型でなければならないらしく、エネルギー源として使用するためには技術的問題がある。

また、その出力の大半はサイオンとして放出されていると推測され、魔法演算領域を介する必要のない刻印型魔法であれば発動可能である点も利点と呼べるだろう。

 

加え、その動きの人間的精密性は一般的なアンドロイド・ガイノイドと比較して明確に優れており、剣や銃などを扱う、拳闘を行うなど格闘戦技術・兵器使用技術にも秀でている。

連携性能も高く、質量並びに高出力による破壊力に関しては戦略級兵器に匹敵すると推測される。また、それらを『殲滅』という漠然とした指示だけで実現したことは特筆すべきである。[注釈2]

 

※注釈1

回収できた鬼神兵の一部を検分した技術官の評価として、未知の理論や素材が多数用いられており、現在の我が国の工学技術・魔法技術では複製困難とのこと。

※注釈2

しかしながらこの部分に関しては、鬼神兵という兵器故の特徴か、この鬼神兵のAIが特に優れていたのかは判断できないため、あくまで参考であることをここに記述しておく。

 

【欠点】

欠点として考えられるのは、

①一体あたりの製造費用が高額であると推測されること。

②要求される技術レベル・魔法技術レベルの高さ。

③非人道的で無差別的に被害をもたらす兵器になりうること。

④兵器としての巨大さ。

⑤今回の事例のような暴走の危険性。

が挙げられる。

 

特に④⑤の影響は大きく、船舶による移動が必須であることによる即時投入の厳しさ、暴走した際の周囲への被害並びに破壊の困難さ等が予想される。

敵地にて起動ができれば高い成果を期待できるが、その状況に至るまでに高いハードルがあるとみられ、また周辺被害による復興の遅れなども予想される。

少なくとも現時点では、非常に高い制圧力を誇る反面、大陸間弾道ミサイルや戦闘爆撃機、魔法師部隊の投入に勝る利便性は見受けられない。

 

【参考映像】

以下、映像資料を添付する。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

別冊資料No.2

チャオ・リンシェンについて

 

【概要】

今世紀初頭にゲーテ・トルルク中将に接触し、感応石や魔法理論などを授けたとされる女性。

その正体は不明ながら、事件発生時のゲーテ中将、並びにナギ・ハルバラの証言では"未来人"と自称したということである。

漢字表記は『超鈴音』。容姿は黒の長髪、ただしシニョンで二つに纏めていることが多いとのこと(ともにナギ・ハルバラより)。

 

【情報①】

この項目では、ゲーテ中将が語ったという話を聞き届けたアンジー・シリウス少佐、並びにベンジャミン・カノープス少佐からの情報をまとめる。

 

この女性がゲーテ中将と初めて接触したのは、未だ魔法研究の黎明期であった今世紀初頭とのことである。また、ゲーテ中将が体調を崩し帰省していた時期とのことであるので、2009年10月から2010年4月にかけてのどこかであると推測される。

中将と接触した理由については、タイムジャンプの失敗による事故の結果であると語った模様。なお、超鈴音本人がその際使用したタイムマシンを開発したとのこと[注釈1]。

また、その後の問答で「現在日時を尋ねられた」「その後の証言が違和感なく流暢であった」との理由でゲーテ中将はその証言を信用した模様。

ゲーテ中将はタイムマシンの修繕完了まで衣食住を提供する代償として、未来の知識及び同技術の提供を要求した。しかしチャオ・リンシェンなる人物は技術レベルの段階的な成長を望み、作製技術及び理論の提供は拒否。完成品の提供に止めた。[注釈2][注釈3]

その後、彼女はゲーテ中将へ現代魔法理論に繋がる基礎理論を教授し[注釈4]、また、感応石の製造などにも関わった。

 

やがて、それらを公表したゲーテ中将にハンスコム基地拡大に伴う地下研究施設が提供されると、ゲーテ中将と2人で施設を拡大、地下31階層に及ぶ大規模施設へと変貌させた模様[注釈5][注釈6]。

ただし、31階層は記念館(メモリアル)に類似した階層で、チャオ・リンシェン、並びに未来の魔法技術の衰退に関わる情報が安置されているとのことである。鬼神兵の攻撃を直接的に受けていないため現存している可能性が高く、早急に調査チームを編成し、掘削に当たらせるべきであると提言する。

 

その後、しばらくの間交換条件であった多数の物品・兵器の製造を行っていたようだが、タイムマシンの修繕完了とともに帰郷した。

 

※注釈1

正しくは、このチャオ・リンシェンなる人物が、人類史上初めてタイムマシンを開発したとのことである。

※注釈2

今回の事件ではそれが暴走した結果このような事態になったが、本来一つしかないオーパーツ的兵器を実戦に配備することは、安全上の都合、また整備の都合などから不可能である。故に、社会情勢に悪影響を与えず段階的に技術レベルを発展させるという目的であれば、この条件は適切であったと言える。

※注釈3

また、この際タイムマシンの作製も拒否を明言している。これは、タイムマシンによる歴史操作の危険性もさることながら、並びに[注釈1]でも触れたことを別解した場合、『チャオ・リンシェンがタイムマシンを歴史上初めて作製しなければならない』という矛盾(パラドックス)が起きている可能性が示唆されている。

※注釈4

その際、ゲーテ中将が気付きうる範囲で、問答形式などを用い間接的に示唆したとの話である。

※注釈5

施設提供時の階層は地下10階層までだったため、21階層を追加したことになる。また、それらの建造に関わる資材は彼女がどこからか仕入れ、主にチャオ・リンシェンの魔法にて建造していた模様(当時の公的記録にそれと見受けられそうな取引結果、搬入記録はない。現在裏取引まで手を伸ばして捜査中)。

※注釈6

地下10階までがゲーテ中将の研究施設であり、地下11階から30階にかけてが彼女の開発施設である。この内、鬼神兵は地下30階層に安置されていた。

 

【情報②】

この項目では、ナギ・ハルバラの取り調べの際に取得した情報、及びそれに関連したを記述する。ただし、脳波解析による偽証防止を何らかの技術・魔法により欺いていた事も考えられるので留意されること。

 

ナギ・ハルバラとチャオ・リンシェンの関係について最も重要と目されることは、チャオ・リンシェンがナギ・ハルバラの子孫であることだという。

ただし、これについては確たる証拠はなく、何世代後の子孫なのかも不明とのこと。あくまでチャオ・リンシェンの自称であり、客観的な証拠はない。

しかし、ニホンへ渡航したことのないゲーテ中将と我が国への渡航は今回が初めてとなるナギ・ハルバラの間に接点はなく、この2人が同様の証言をしたということは偶然では無視できないものである。

また、証言と同様のチャオ・リンシェンなる人物の戸籍・渡航歴は今世紀初頭から今現在までに確認されておらず、この点もチャオ・リンシェンが未来人であるという可能性をもたらしている[注釈7]。

 

ナギ・ハルバラとの接触は彼が10歳の頃とのことであり、別冊資料No.3の年表で見ると彼の両親が死去した時期である。そのショックでナギ・ハルバラが後を追うのを止めるために現れたと見るのが最も可能性があると考えられる。

 

チャオ・リンシェンの戦闘能力についてだが、魔法は得意とは言えないとのこと[注釈8]。詳細は不明ながら、ゲーテ中将がナギ・ハルバラへ対しチャオ・リンシェンの関与を明かした会話の中で、「我は魔(ラスト・テ)法を伝(イル・マイ)える最(・マジック)後の魔(・スキル・)法使い(マギステル)」というフレーズを語っていたことがシリウス少佐、カノープス少佐の両名から上がっている[注釈9]。

それに反し、工学技術に長け、また大亜系の拳法を修めているなど戦闘能力自体は非常に高いとのことである。特に、着弾地点一帯を数時間後の未来へ飛ばす時間跳躍弾なるものも開発しているらしく、魔法力が低いことは彼女へ一切のハンデを与えていないとのこと。

 

※注釈7

ただし、これは事実上証明不可能な案件であり、あくまで可能性の一つとして現存しているにすぎない。

※注釈8

これは上記[注釈5]と矛盾しかねないものであるが、戦闘に耐える魔法を扱えないだけで魔法の発動自体は可能であることも考えられる。もしくは、ナギ・ハルバラの魔法力は非常に高く、あくまで彼基準において低いというだけで実際には高い可能性なども考慮するべきである。

※注釈9

その際の状況から、このフレーズがチャオ・リンシェンに関わる事を示唆している可能性が高い。また、この韻や詩文形式の文章はナギ・ハルバラが魔法を発動する際の詠唱「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」と数多くの類似点がみられ、チャオ・リンシェンがナギ・ハルバラの関係者である可能性を一層強めている。

 

【総評】

おおよそ全ての情報が謎に包まれたままであり、証拠となりうるようなものも現時点では薄い。

しかし、ゲーテ中将とナギ・ハルバラという本来接点のない2人の証言、また、鬼神兵やその他などの現代技術を大きく逸脱した兵器など、存在しないと断定するには多くの矛盾点が残るのも事実である。

 

あくまで留意・参考程度に留め、過度な警戒をしないことが望ましい。未来人などいう空想的な概念を一概に否定せず、中長期的に渡り調査していくことが賢明である。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

別冊資料No.3

ナギ・ハルバラについて

 

【概要】

日本時間2079年5月3日産まれ、2095年8月15日現在16歳。父は自己強化魔法の第一人者と言われる故タカミチ・ハルバラ、母は一般人である故シズナ・ハルバラ。その他に血縁者と呼べる身内は存在しない。

日本国立魔法大学付属第一高等学校一年。株式会社セレスアートにてタレント登録。2095年シーズンSSボード・バイアスロン個人及び団体日本代表選手。

血液型はAB型(日本タレント名鑑2093より)、身長175.5cm、体重64.8kg。

 

【略歴】

以下記述がない限り日本時間。

 

2079年5月3日。日本の東京にて出生。

2086年4月2日。公立の小学校へ入学。[注釈1]

2089年5月8日。都内の魔法関連ショップへ来店中、テロリストの襲撃に遭う。その際、ともに来店していた両親を射殺され、天涯孤独の身となっている。[注釈2]

同年5月15日。日本の有力な魔法家系『サエグサ』の当主、コーイチ・サエグサが後見人となる[注釈3]。

(2089年5月3日〜2090年5月2日ごろ。チャオ・リンシェンと接触。)

2092年3月15日。株式会社セレスアートと契約を結び、所属タレントとなる。以後現在まで、多数の番組や雑誌に出演。

同年4月1日。上記小学校を卒業。

同年4月2日。都内の私立中学校へ入学。[注釈4]

2093年7月14日〜現在。カルチャー・コミュニケーション・ネットワーク系列会社テレビマギクス放送の情報番組「マジカル☆ニュース」(日本時間18時〜19時)のコメンテーターとなる。担当は火・土曜。

2095年4月1日。上記私立中学校を卒業。

同年4月2日。日本国立魔法大学付属第一高等学校に入学。学級は不明なものの、入試成績下位者を示す二科生であることが分かっている。

同年4月2日〜23日。第一高等学校にて風紀委員[注釈5]という役職につく。

同年4月23日。反魔法師団体のテロリストが第一高等学校に侵入。ナギ・ハルバラも迎撃に当たる。その際、武具及び衣服破壊魔法『武装解除(エクサルマティオー)』を初公開している。

同年5月3日。全日本魔法技能者競技大会、俗称『インターマジック』にて第一高等学校代表としてSSボード・バイアスロン個人戦に出場し、飛行魔法を用いて世界新記録で優勝[映像資料1]。直後に起きた神霊『コノハナサクヤヒメ』による"神隠し"の対処において中心的存在となる。

同年8月2日〜11日。全国魔法科高校親善魔法競技大会にて、第一高等学校一年代表の一人として新人戦に出場。

・8月7日。新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク予選[映像資料2]

・8月8日。新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク予選及び本戦。成績は準優勝[注釈6][映像資料3]

・8月9日。新人戦モノリス・コード予選。途中事故に巻き込まれ翌日まで検査入院[注釈7][映像資料4]

・8月10日。新人戦モノリス・コード予選及び決勝。成績は同率1位[注釈8][注釈9][映像資料5]

同年8月12日早朝。ボストンにて開かれるSSボード・バイアスロンの世界大会へ向けた渡航のため、他第一高等学校代表選手団を置き一人帰路に着く。

同年8月12日20時。日本、新羽田国際空港発のチャーター便にてUSNAへ。

USNA東部時間2095年8月12日17時。ボストン、ニュー・ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローラン国際空港に到着。護衛兼通訳任務として派遣されたアンジェリーナ・クドウ・シールズ特務兵と合流。その後、USNA東部時間2095年8月14日18時40分頃までシールズ特務兵の案内のもと観光。

その後の行動は本資料が付属していた報告書を参照のこと。

 

※注釈1

学校名・所在地は現在調査中。日本の法律上、魔法学校や軍事学校ではない一般の学校である。

※注釈2

その犯人の現状は不明ながら、当時、『少年に再起不能の重傷を負わされた』という旨の噂があった模様。

※注釈3

タカミチ・ハルバラとコーイチ・サエグサは個人的な交友があったことで知られている。養子に取らなかったのは日本古来の魔法文化と現代魔法の対立等を考慮した可能性が高い。

※注釈4

タレント活動の影響などを考慮して情報非公開。現在調査中。

※注釈5

校内の揉め事処理が主な職務。現在の代表はマリ・ワタナベ(資料『日本の要注意学生一覧2095』No.9)

※注釈6

決勝戦の対戦相手はマサキ・イチジョー(資料『日本の要注意学生一覧2095』No.5)であり、それとほぼ引き分けている。

※注釈7

この事故だが、不審な点が幾つか見受けられ、何らかの作為が働いていた可能性が高いと目される。これは前日までに第一高等学校代表選手に起きた複数の事故も同様である。

※注釈8

前日までの戦闘法と明らかに異なり、物量による圧殺とも呼べる戦闘へと変貌している(後述するが、これが彼本来の戦闘法である可能性が高い)。特に最終試合の『氷の(クリュスタリネ)女王(ー・パシレイア)』は、魔法名の元とみられるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの伝説を彷彿とさせる強力な魔法であると評価できる。

※注釈9

決勝戦の開始から中盤までに記録されたサイオン色が、前日までの"薄く黒みがかった白色"とは似ても似つかない"黒に近い藍の透明色(もしくは青みがかった透明な闇色)"という不可解なものであることも併せて記述しておく。強い感情によるサイオン色の変色についてはロンドン魔法学会にて論文が発表されているが、未だ研究途上のテーマであるため明言は避ける。

 

【危険性】

戦闘力、並びに機動力に関しては世界最高レベルだと言わざるをえない。

 

飛行魔法使用時の推定時速は125マイルオーバー。トーラス・シルバー発表の飛行魔法を用いたとしても高い習熟がなければ心理的負担から解除されうる速度である。さらにその速度を大きく落とさず高速機動も行うことができる。[映像資料1][映像資料6]

それに加え、約1.5秒で地上0フィートから上空1.2マイルほどまで超高速移動する謎の移動術[映像資料7]、『鬼神兵』の猛打を凌ぎきる格闘センス[映像資料8]などを併せ持ち、魔法を抜きにしても戦闘能力は非常に高いと推測される。

 

彼の扱う魔法に関しては、本事件において使用した多くの魔法の殆どが、準戦略級から戦略級上位の威力があると推定されている。高校入学の際は成績が芳しくないとされていたようだが、その実力を隠してきた可能性が高い。

特に切り札として使っているとみられるのが、莫大な電力を叩きつける未知の魔法である。魔法同士の衝突などに伴い正確な威力を測ることができなかったが、生じた余波からの推測では、最低値をとったとしても戦略級魔法への指定は確実と言える火力があると出た[注釈10][注釈11][映像資料9][映像資料10][映像資料11]。

また、日本国立魔法大全に記録されている「精霊弾」「雷の暴風」の類似(または同種)・大規模版の魔法も確認されている[映像資料12][映像資料13]。他、巨大な螺旋状の槍を作り出し、炸裂させる魔法も扱う[映像資料14(直前に発動されたヘヴィ・メタル・バーストの影響で画像が荒く、威力推定に十分なデータを撮れず)」。

また、魔法のストックという技術を持つと考えられ[映像資料14]、事実上記の魔法の多くはCADを用いずに即時発動を行っている。

総合的に見れば、広範囲を大火力で薙ぎ払うといったような魔法が多く、彼本来の戦い方は物量戦闘、もしくは火力による強引な破壊であると推測される。

 

ただし、それらは未だ一般常識で推計できうる範囲の話であり、以下に語る魔法はそれらとは一線を画す危険性がある。

 

それは、彼自身の言によれば『再生』と呼ばれる魔法である。

あくまで彼の発言からの推測に近いものではあるが、彼の扱う魔法体系には現代魔法学における治療魔法とは別種の理論による治療魔法があるとみられる[音声資料1][注釈12][注釈13]。

その魔法の上位魔法が『再生』であり、本人の弁によれば骨折すら瞬時に治癒が可能。また、継続的な治療の必要性もない。

しかし、[映像記録15]を見る限り即死級のダメージを負っているのは確実であり、そこから蘇ったのであれば、それは擬似的な『不死』に近い魔法といえるであろう。

また、細胞分裂の活性化による治療とのことであり、その原理上、毒などは無効化できないはずである。しかし、そのような欠点に繋がる情報を他者へ漏らすことは考えにくく、例えば代謝の促進も同時に行うなどして毒などの対策も施していると見るべきである。

 

※注釈10

これは大亜連合の『霹靂塔』と異なり、直接火力だけによるものである。『霹靂塔』はその前段階である電場崩壊による電子機器の破壊から戦略級指定がされており、この魔法とは用途が異なる。

※注釈11

映像資料[9]及び[11]では一点へ集約させ放っているが、[10]では拡散させていることから広範囲への攻撃も可能と目される。

※注釈12

ハルバラ家は古来から伝わる魔法を扱う家系であり、現代魔法には存在しない魔法を扱えても不思議はない。ただし、それらは先代のタカミチ・ハルバラの代ではすでに衰退していたということであり、ナギ・ハルバラはそれら旧式の魔法の復興に力を注いでいるという情報がある。

※注釈13

『細胞活性による自然治癒力の強化による治癒魔法』という研究テーマは、魔法学の発生当初は比較的メジャーなものであった。しかし、①画一的な魔法式作成の困難性、②治癒中に癌細胞への変異の可能性、③細胞寿命の上限による老化の促進・寿命の消費、などの問題点が指摘され、また、現代魔法学的治癒魔法が完成したことによって自然淘汰された歴史がある。

 

【備考】

事件当時のゲーテ中将との会話より、『アラ・アルバのマギステル・マギ』[注釈14]という称号を持つことが判明した。公的なものではなく、あくまで彼の家系に伝わるものだという。

 

また、別冊資料No.2で触れたように、チャオ・リンシェンの先祖である可能性がある。

一切の確証はないものの、彼を殺害する事によってチャオ・リンシェンが出生せず、それによって現代魔法が発生しないというタイム・パラドックスが起きる可能性がある。

 

※注釈14

これはどちらもラテン語であり、『白翼の魔法使いらしい魔法使い』という意味である。それにどのような意図があるのかは不明。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

「……まるで、神か悪魔かって感じね」

 

あまりにも呆れた声で、リーナは呟いた。この資料の製作者は、ナギを過剰に危険視していないか?

 

「ふむ。少佐は違う考えか」

「いえ、戦闘力の評価は概ね正しいかと。ですが、彼と実際に触れ合って性格をよく知ってる本官からすれば、彼は無差別な暴力を嫌う人間だと分かっていますから。実行犯と指示した人物の保証はできませんが、USNAに住む無辜の市民まで巻き込むような行動はしないと断言できます」

「なるほど。主観的な意見だが考慮には値するな」

 

マッサージチェアで軽く頷くバランスを横目に、リーナはもう一度資料を見直した。

 

「……やっぱり」

「何か気になる点でも?」

「はい。別冊資料1の冒頭で、ゲーテ中将からの情報は期待できないとありますが、どういうことでしょうか?」

 

報告書では、中将は五体満足で発見されたとある。故に死去していないことは確実だ。

ならば、自白剤を使うなり、サイコメトラーを使うなりして情報を引き出すことは可能なはずである。そこが引っかかったのだ。

 

「む? 報告書には……そうか、書いてなかったな。

ゲーテ中将だが、肉体的には五体無事なものの、精神と記憶に錯乱が見られる。簡単に言えば記憶喪失だ」

「記憶喪失、ですか?」

 

妙だ。それがリーナの見解だった。

なるほど、あれだけの戦闘を間近で見ていた心理的ストレスと余波による肉体的なダメージは無視できないものであろう。だが、あまりにタイミングが良すぎる。人為的な意図を感じざるを得ない。

そもそも、自然発生的に起きる記憶喪失の大半は記憶領域との連結が切れる、つまり自力での想起が出来ないことで起きるので、脳内には情報が残っていることが多い。自白剤はともかくサイコメトラーなら特に苦労なく引き出せるはずだ。

 

「もっとも、その原因はおおよそ判明している」

「と、言いますと?」

 

原因が分かっているのなら、なおさらどうにでもなりそうなものだが。

 

「ナギ・ハルバラ……いや、春原家には記憶操作、特に不可逆的な忘却系の魔法が伝わっているらしい。魔法を秘匿していた頃の名残だそうだが、チャオ・リンシェンを介して中将に伝わった可能性がある」

「それは……ナギからですか?」

「それ以外にないだろう。中将の症状に心当たりはないかと尋ねたところ、すんなりと話してくれたよ」

 

だとするなら、信用できる情報源だろう。

そも、現代魔法にては精神干渉系魔法は未だ属人的な能力であるが、古式においてはその限りではない。特に魔法の秘匿に関わる、意識を逸らすことによる人払い、記憶を操作するなどの情報統制に繋がる魔法は多くの古式魔法体系にて確認されている。

そのため、古式魔法師に対しては忘却系魔法の存在は常に疑うことである。ナギがその実在を明かしたとして大きなデメリットはないし、嘘をつくメリットもない。

 

「魔法による記憶のロック、もしくは忘却がなされているとするなら、読心術師でもすぐには情報を取り出せないか、あるいはいつまで経っても徒労に終わりますね」

「自白剤などはそもそも意味をなさないであろうな、今のゲーテ中将は情報を知らないに等しいのだから」

 

なるほど、そういうことなら立ち聞きしていたリーナたちとナギからの情報だけをまとめたことも納得できる。

報告書にある通り、研究施設の最下層を掘り出せれば確定的な証拠がわかるかもしれないが、それもそうすぐには行かないだろう。なにせ、どんな兵器が不発のまま埋まっているのかも定かではないのだ。

安全策をとりつつ、"中身"を傷つけないよう慎重にとなれば早くてひと月。そこから中身の解析を行うのであれば、半年か、一年か。それぐらいはかかるはずだ。

 

「っと、そろそろ時間も時間だ。最後の資料に目を通してくれ、そこに少佐の処罰も記載されている」

「はい」

 

バランスに促されたリーナは画面に指を触れ、一瞬躊躇した。

しかし、それは自分の処罰が気になったからではない。もとより、リーナは自分が『処分』されることはないと分かっているのだから。

 

(ゲーテ中将という歯車を失ったこの国(USNA)が、国防の要である戦略級魔法師をそう簡単に切り捨てるはずがない。減俸か、重くても数ヶ月の謹慎処分だと思う。

それよりも……ナギはどうなるの?)

 

そう。リーナが気になってしまうのはそこだ。

資料でも散々に書かれていた通り、ナギの危険性は非常に高い。手綱の握れない超兵器の危険性は、今回の事件で上層部も骨身にしみているだろう。

だが、資料はあくまで資料。それが結論に直結するわけではない。それに、ゲーテ中将の穴を埋めるために引き込みたいと考えるであろうことも、簡単に予想できる。

 

(ワタシには何もできないかもしれない。けど……)

 

たとえ()()()()()()()()()相手(ナギ)の幸せは願える。

リーナは一つ息を飲み込んで、ゆっくりとページを捲った。




・今日の星座(最終回)

らしんばん座は1756年、ニコラ・ルイ・ド・ラカーユによって制定された比較的新しい星座です。モデルはもちろん羅針盤(方位磁石)。
そのため神話などに由来する伝承を持ちませんが、このらしんばん座が制定された当時、近くにはギリシャ神話のアルゴー船に由来するアルゴ座(アルゴ船座)があり、らしんばん座はその中で使われなかった星を繋いで新たに船に関わる星座として制定されました。
その後、あまりにも巨大であったアルゴ座は、1922年の国際天文学会にて「ほ座(帆・マスト)」「りゅうこつ座(竜骨・船で一番重要な最下部の木材)」「とも座(艫・船尾)」に分割されましたが、らしんばん座も含めた四つともが元アルゴ座の一部とされています。

巨大な船の中に新たに現れた、未来を示す指針。
その先の航海には穏やかな海が待っているのか、嵐が待ち構えるのか。それは、進んでみなければ分かりません。



あまりにも長くなった(9月8日現在30,000文字オーバー)ので分割。それでも歴代最長なあたり詰め込みすぎですね(;^_^)
今回は設定垂れ流しに近いですが、ちゃんとこの中でもフラグ立てたりしてるのでご容赦を。ちゃんと読めるようにしつつ来訪者編に繋げるためにはこうするしかなかったのでm(_ _)m

次回こそ間章2の最終回、だと思います。無理矢理分割したので帳尻合わせしなくちゃいけませんし、まだ書き途中だったりするので中編になるかもしれませんが(;^_^)
次回はちゃんと会話メインになる(と思う)ので、ポンコツリーナは今しばらくお待ちください。

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