駆紋戒斗とアンパンマン   作:ルシエド

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笑顔で終わる物語

 『ヘルヘイムの森』。

 それは駆紋戒斗が元居た世界を滅亡の危機に追い込んだ、恐るべき存在の名だ。

 信じられない規模と脅威を持つ侵略的外来種であり、世界を丸ごと塗り潰しながら侵略してくる異世界であり、滅びと進化をもたらす"現象"である。

 時空の壁や異世界の気候などといったレベルの障害が障害にならない凄まじい生命力、他の生物の生存圏を全て塗り潰す圧倒的繁殖力で、その世界の生態系を全て塗り潰してしまう。

 

 ヘルヘイムの森が作る極彩色の果実は、生物を誘惑して自分を食べさせる。

 果実を食べた生物は例外なく怪物となり、森の走狗となり正気を失う。

 そして怪物は周囲の生物を襲い、ヘルヘイムの種子を植え付けるようになり……という最悪の悪循環が完成することになる。

 

 こうして、ヘルヘイムは"自然繁殖"と"種子散布者の作成"という二つのプロセスを用いて版図を広げていく。

 川にも山にも風にも海にも、それは遮られることはない。

 地球の総面積約5億1千万平方kmをヘルヘイムが完全に侵食し切るまでにかかる時間は、本格的侵攻開始から数えて10年しかかからない……というのが、当時の研究者の談。

 火炎放射器、農薬、物理的隔離、核などといった人類の英知の全てを投入するという前提で、10年だ。想像するだに恐ろしい。

 

 そして侵食が完成すれば、地球環境は人類が生きられる環境ではなくなってしまう。

 抗わなければ、人類に待つのは滅びだけだった。

 

 かつて戒斗は、その森が生み出した怪物達と戦っていた。

 軍隊も敵わない、核ミサイルすら通用しなかった怪物達と葛葉紘汰を始めとする『ライダー』達と戦っていたのだ。

 そしてその果てに、ヘルヘイムが世界を一つ喰らい尽くす度に一つ生み出す、世界一つ分のエネルギーが詰まった果実……『禁断の果実』の存在を知る。

 

 それを手にした者こそが、ヘルヘイムの森を支配する力を得ることが出来る。

 世界を救うためには、世界を望むままに変える力を宿したその果実を誰かが得る必要があった。

 ヘルヘイムに抗う争いは、世界の命運をかけた禁断の果実を巡る戦いへ。

 その戦いの最後に残った二人が葛葉紘汰と駆紋戒斗の二人であり、駆紋戒斗はその戦いに敗れた者だ。

 ゆえに、彼はヘルヘイムのその恐ろしさを身に染みて知っている。

 文字通り身に染みて知っている。

 

 誰もが世界の終末を避ける唯一の手段として、禁断の果実を求めた。

 逆に言えば、禁断の果実が無ければヘルヘイムの侵食を退ける手段は存在しない。

 最後の一人になるまで戦う闘争がなければ、禁断の果実は得られない。

 

 そんな『理由のない悪意』に狙われるには、この世界はあまりにも平和すぎる。

 あまりにも優しすぎる。あまりにも善意に満ちている。

 少なくとも、駆紋戒斗はそう思っていた。

 彼にそう思わせるほど、この世界は幸せな夢のような世界だった。

 

「バカな……よりにもよって、この世界にヘルヘイムだと……!?」

 

 だが、彼は知っている。この悪意に理由はない。

 ヘルヘイムの森は彼が居た弱者に痛みしか与えない世界も、優しさに満ちたこの世界も平等に侵略し、その世界とそこに住まう命の全てを塗り潰す。

 悪意なきこの世界も、理由なき悪意は容赦なく終わらせようとするだろう。

 ヘルヘイムの侵略が事実であるならば、それは避けようのない『運命』である。

 

(そうだ、ヘルヘイムは世界を渡る侵食植物……

 ここが現実に存在する異世界であるのなら、ヘルヘイムに侵食されない理由はない)

 

 それは、戒斗には絶対に認められない運命だった。

 ヘルヘイムという強者が、優しさに満ちたこの世界を弱者として踏み躙り、虐げる。

 ふざけるなと、彼は心の中で吠えた。

 

「カイトくん、そんなところに何かあったのかな?」

 

 そんな戒斗の様子を不審に思ったのか、ジャムおじさんが彼の背中に声をかける。

 

「近寄るな!」

 

「わわっ」

 

「聞け、ジャム。この植物は恐ろしい猛毒と繁殖力を持つ植物だ。

 この植物は世界を渡ってこの世界に来た。対応しなければ、犠牲者が出るぞ」

 

「なんだって、それは本当かい!?」

 

 戒斗は彼の知る限りのヘルヘイムの特性を全てジャムおじさんへと伝える。

 一つ伝える度にジャムおじさんの表情は深刻になり、全て聞き終える頃には普段の穏やかな表情とは違う、思慮深さを覗かせる表情を浮かべていた。

 

「それが本当なら、大変だ。

 果物などの食べるものも無くなってしまう。

 小麦が作れなければ、アンパンマンの顔も作れなくなってしまう」

 

 戒斗が想定していない問題まで想像できているあたり、しっかりと理解できているようだ。

 実を食べてはならない、という点を特に強く注意して、戒斗はジャムおじさんに背を向け、街に向かって歩き出す。

 

「お前はアンパンマンにこのことを伝え、ヘルヘイムの侵食状況を調べさせろ。

 俺は町に降り、住民にヘルヘイムの脅威を伝える。間違っても口にさせるわけにはいかない」

 

 駆紋戒斗は苛立っていた。

 彼が元居た世界がヘルヘイムに侵食された時、彼はこんなに腹を立ててはいなかった。

 むしろ、憎んでいた世界の終わりにどこか愉悦すら感じていたフシもある。

 なのにだ。彼は今、この世界にヘルヘイムが侵食しているという事実に、無尽蔵にこみ上げる怒りすら感じていた。

 

 その理由。

 彼がどんなに考えても分からなかった、胸の奥に湧き上がる不可思議な感情。

 駆紋戒斗は、己のその感情の正体に気付きつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町に着き、戒斗は住民に全ての事実を告げる。

 住民に混乱とざわめきが広がるが、それは彼が予想したものよりずっと小さなものだった。

 不思議に思い彼が問えば、皆が同じ答えを返してきた。この町の住人……いや、この世界の住人には、恐ろしい脅威が迫って来た時に心が頼れるもの、強い心の支えがあったのだ。

 

「だって、あぶなくなったらアンパンマンが助けてくれるもん!」

 

 ヘルヘイムの危険性を理解しつつ、皆で森や山のどこを調べるのか分担を話し合いながら、誰もが口を揃えてそう言うのだ。

 もしも戒斗が元居た世界の人間がこんなことを言ったならば、彼は「強者に寄生する寄生虫、強くなろうともしない弱者」と罵倒していただろう。

 なのに、彼はそんな言葉を口にはしなかった。

 この世界にその言葉は的外れであると、そう思っていたから。

 

「ここは、弱いままで居ることが許される世界だ」

 

 町を離れ、戒斗は森周りの崖の上に立っていた。

 ヘルヘイムの森と聞き、彼は真っ先に『森の中で一番大きな樹』を探すことを決めていた。

 彼が元居た世界でも、ヘルヘイムはそういう樹から侵食を始めていたから。

 

「強者が弱者を虐げるためだけの力を求めないからだ。

 アンパンマンは当然。ばいきんまんですらそうだった。

 ばいきんまんはアンパンマンを倒すという目的以外で、力を求めてはいなかった」

 

 悪と呼ばれるばいきんまんですら、その始末。

 この世界は戒斗が元居た世界と比べると、あまりにも甘く生温く、優しい世界だった。

 

「ここは弱さに痛みしか与えない世界ではない。

 誰もが弱いままで居ることが許され、強者とならずとも虐げられない……そんな世界」

 

 強者が弱者を虐げない世界。

 弱者という立場を利用し、強者を後ろから撃つ卑怯者が居ない世界。

 弱さというものが痛みを産むことしか許さない世界。

 『弱者と強者による悪性の構造』が、この世界には存在しない。

 

「あの世界になかったものが、ここにはある。

 あの世界にあったものが……ここにはない」

 

 彼がこの世界に抱いていた思いは一つ。

 この世界が彼に示す事実が一つ。

 

「この世界は、俺の、駆紋戒斗の望みを実現させたような……理想の世界の形の一つだったのか」

 

 この世界は、彼がかつて望んだ『弱者が虐げられない世界』の形の一つ。

 駆紋戒斗は口を開けば、「世界とはこうである」か「俺はこう思う」のどちらかを口にする。

 その二つの区別がつかない人間からは冷酷な人間、あるいは二面性を持つ人間であると勘違いされることもあるが、彼の中の芯と主張は常に一貫していた。

 彼が望む世界の形、彼が憎む世界の形もまた、一貫している。

 

 弱者が虐げられないこの世界は、駆紋戒斗の理想を実現させた、一つの世界の形。

 

「俺も、葛葉を笑えんな」

 

 駆紋戒斗に後悔はない。

 彼はかつての世界で、世界の終わり、人類の排除を望んだ。

 そうして新たに創った世界を、誰も虐げる必要のない強く新しい生命で満たそうとした。

 それが彼の願い。彼の祈り。

 かつて彼が目指していたその世界も、彼の信念から生まれたものだ。

 きっとあの時、最後の戦いで葛葉紘汰に勝利し黄金の果実を掴み、望んでいた新世界に至ったとして、戒斗は後悔なんてしなかっただろう。

 たとえその結果、世界と人類を滅ぼしたとしても。

 

 だが、戒斗はこの世界の存在を知ってしまった。

 自分の望みが"こんな優しい形"で叶っている世界の存在を、知ってしまった。

 もしも最後の戦いで、駆紋戒斗が葛葉紘汰に勝っていたとしても。

 運命の勝者が彼だったとしても。

 アンパンマンが守るこの世界のような世界になっていた可能性は、0だっただろう。

 

 この世界が示したのは『可能性』。

 かつて紘汰や戒斗が戦いの中で証明した、輝けるもの。

 それが子供の頃から一秒たりとも立ち止まらず歩き続け、上を目指し続け、強くなろうとし続けた戒斗が足を止め、自分のことを振り返る機会をくれた。

 この世界もまた彼が望んだもの。

 そう自覚した瞬間に、戒斗の足は止まり、彼の人生を振り返らせる。

 

 強者と弱者。両親の無残な死。幼少期。世界の真理。

 チーム・バロン。チーム・鎧武。ビートライダーズ。

 弱いままでは居られなかった世界。弱かった自分。強かった敵。

 ヘルヘイム。ロックシード。戦極ドライバー。

 初瀬の結末。

 ザック。ペコ。戦極凌馬。湊耀子。デェムシュ。

 高司舞。

 葛葉紘汰。

 

 彼は葛葉紘汰に負け、この世界の存在を知り、アンパンマンと言葉を交わしたことで。

 自分の初心を、信念を、最後の最後で紘汰に負けた理由を、見つめ直すことができた。

 

「俺は、間違えていたのか。目指す場所ではなく……そこに行き着く道筋を」

 

 駆紋戒斗は鋼鉄の男である。

 彼の心は誰よりも強く、頑なで、揺らがない。

 他人が彼に自分を認めさせることはあれど、彼が他人の言葉で変わることはない。

 それゆえに、彼を変えられるのは彼だけだ。

 駆紋戒斗を変えられるのは駆紋戒斗しか居ない。

 

 どんな強者であっても戒斗に負けを認めさせることはできない。

 だが、戒斗が紘汰に対し負けを認めたように、他ならぬ彼自身ならば戒斗に負けを認めさせることができる。

 彼は己の意志でのみ変わる。

 この世界という彼の理想の形の一つが、彼に変化を促していた。

 

「自分が傷付くことも構わず、他人のために戦い続ける。

 他人のために自分の血肉が削られることも躊躇わない。

 アンパンマン、葛葉……だからこそ、貴様らは最後に勝ち残るのか」

 

 戒斗はそんな生き方をしたいとは思わない。しようとも思わない。

 ただ、少しづつ彼らの中に見た『強さ』の正体を理解し始めていた。

 自分とは正反対の道を行く、彼らの強さのことを。

 

「カイトくーん!」

 

「……アンパンマンか」

 

 離れた森を背にした崖の上、一人佇む戒斗の隣にアンパンマンが降り立つ。

 

「どうしたの、こんな所で? あ、こっちはまだ全然へるへいむ?は見つかってないよ」

 

「俺もヘルヘイムの痕跡を探している内に、成り行きでここにな」

 

 どうにも緊張感のないアンパンマン。

 滅多なことではうろたえない平然とした姿は、周りに大きな安心感を与えてくれるのだろう。

 しかし、戒斗は多少なりとも危機感を持っていた方がいいと、そう判断する。

 

「聞け、アンパンマン。お前は理解しておくべきだ。

 この世界に無い、だがこの世界に確かに迫る……

 『理由のない悪意』という、戦わなければならないものの存在を」

 

「理由のない悪意……?」

 

 戒斗が口を開いた、まさにその瞬間。

 

「それは私のことかな?」

 

 森の中から、地獄の底より響くような声が二人の間に割って入る。

 

「!?」

「!」

 

 即座に振り向き身構える戒斗に、同じように振り向くアンパンマン。

 そこには、壮年の男が立っていた。

 悪趣味に飾り立てられた服。

 あまりにも華美すぎて、宗教の祭典でしか着られないようなそれが、妙に似合っている男。

 悪趣味なくせに、外側だけは取り繕っている、そんな印象を受ける。

 

「まさかお前の姿をここで見るとは思わなかったぞ。駆紋戒斗」

 

「貴様は……!」

 

 駆紋戒斗はその男と一度出会ったことがある。その時に、男に顔を覚えられた。

 しかし紆余曲折あり、その男の記憶を奪われた。

 だが、今。いかなる理由か、戒斗はその男の記憶を取り戻していた。

 

黄金(コウガネ)!」

 

「覚えていたようでなによりだ」

 

 この世界に迫る悪意。

 その根源、原因である男と、刃を交えた過去の記憶を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔々、地球よりも先にヘルヘイムに侵略された世界があった。

 その世界の住人はヘルヘイムの森に対抗するため、ヘルヘイムを支配することが出来る黄金の果実を人工的に創り出そうとした。

 だが、それは失敗する。

 黄金の果実が自らの意思を持ち、人の闘争心をエネルギーとして喰らい始めたのだ。

 

 それだけに留まらず、果実はその世界の人間の闘争心を無理矢理に増大させ、互いに殺し合わせ始める。闘争心を自分のエネルギーとして喰らうため、人々を犠牲にし始めたのだ。

 果実の目的は、自らを本物の黄金の果実と同等の存在へと押し上げること。

 そのためにその果実は、『フェムシンム』と呼ばれたその世界の人々を殺し合わせてその闘争心のエネルギーを吸い上げ、同士討ちという形で世界を一つ滅ぼしている。

 

 果実はいつからか、『コウガネ』と名乗るようになる。

 意は黄金(コウガネ)。黄金と並び、超えるものという意。

 コウガネは全ての人間を愚かであると見下していた。

 己を黄金の果実として完成させた後も、自分を人間に使わせる気などさらさらなかった。

 人に近くなった果実が抱いた野望は、自らが世界を支配する神として君臨すること。

 

 人に自分を食べさせることを拒絶し、人を己の養分としてしか見ていない、世界に神として君臨しようとしている果実。

 それが、コウガネという男だった。

 

 しかしコウガネは夢を操るフェムシンムによって夢の世界に封印され、悠久の時を経て復活をしたもののすぐに葛葉紘汰、駆紋戒斗達のチームによって打倒される。

 人間を見下し、自分が神だと信じながら、その戦いで爆発四散したはずだったのだが……

 

「貴様、何故ここに居る?」

 

「お前と同じだ、駆紋戒斗」

 

「……なに? どういうことだ」

 

「……くっくっく、まさか、何も気付いていなかったのか?

 これは傑作だ。貴様は特に愚かな闘争者だと思ってはいたが、ここまでとはな。

 放っておいても、この世界の住民と共に私の糧となる運命を辿っていたのか」

 

 コウガネは口元に手をやり、虫けらを見るような目で戒斗を見る。

 見下し、嘲笑、侮蔑。そういうものしか見えてこない、そんな様子だ。

 

「思わせぶりな態度を取れば優位に立てるとでも思ったのか?

 話す気がないなら、力ずくで話したくなるようにしてやる」

 

「やってみるがいい。人間風情が」

 

 コウガネはどこからかベルトを取り出すと、装着。

 対する戒斗はアンパンマンを手で制しながら、前に出る。

 

「アンパンマン。貴様は下がっていろ」

 

「え? でも……」

 

「『あれ』は俺達の世界から流れ着いた汚物だ。

 貴様が手を汚す必要はない。俺の世界の始末は、俺が付ける。

 邪魔をするようなら、まずは貴様から片付けるぞ」

 

「……危なくなったら、すぐ助けるからね?」

 

 戒斗の本心がどうであるかは別として、戒斗の目はマジだった。

 アンパンマンもそんな彼に気圧されたのか、すぐにでも助けられるよう身構えつつ、空へと舞い上がる。

 そして、向き合う戒斗とコウガネ。

 コウガネは味方を減らした戒斗を小馬鹿にするように笑い、口元を歪めた。

 

「別に二人がかりで来ようとも、私は構わなかったのだがな」

 

「必要ない」

 

「……なに?」

 

「この世界には必要ないのだ。俺も、貴様も。あまりにも無粋過ぎる」

 

 戒斗が顔の前に右手をやる。

 コウガネは懐からリンゴのデザインが刻まれた黒い錠前を取り出し、ベルトに据える。

 戒斗は己の肉体の力のみで、コウガネはベルトの力を用いて、姿を変えた。

 

《 ダークネスアームズ 黄金の果実 》

 

 電子音が鳴り響き、コウガネの姿を『ライダー』のそれへと変える。

 対し戒斗の姿は、赤き鬼と成り果てた男爵、とでも言うべきおぞましい姿だった。

 赤き男爵の怪物、『ロード・バロン』。

 黒い果実の騎士、『仮面ライダー邪武』。

 正しい者の味方であるはずの戒斗が化け物の姿に。

 その敵である悪党のコウガネが、曲がりなりにもヒーローに近い姿に変わる。

 それは、一つの皮肉だった。

 

「この世界が私を必要とする必要はない。私がこの世界を喰らうだけだ」

 

「この世界に貴様に食わせてやるものなど、パンの一切れすらもない!」

 

 両者がどこからともなく武器を取り出し、一瞬で接近。

 ロード・バロンが振り下ろした長剣を、邪武が二刀で受け止め、激しい火花が散った。

 

 

 

 

 

 ロード・バロンが長剣を振り回し、邪武が二刀を振るう。

 片や威力、片や手数。重視するものは違えど、両者の剣技はほぼ互角と言って良かった。

 剣と剣がぶつかり合う度に火花が散り、衝撃が大気を切り裂いていく。

 

「ヘルヘイムの種子をこの世界に持ち込んだのは貴様か! コウガネ!」

 

「ああ、そうだとも。この世界にじっくりと根を張り、私のための養分を吸い上げる。

 この世界の力は私と相性が良いようなのでな……

 おかげでようやく、ヘルヘイムの森とここを繋げられるくらいまで回復できた」

 

 戒斗達が見たヘルヘイムの植物は、このコウガネが持ち込んだもののようだ。

 最近まではヘルヘイムの力を使わず養分を吸い上げていたが、ヘルヘイムの森とこの世界を繋げられるようになり、この世界を自分の養分とするためヘルヘイム化させるつもりなのだろう。

 戒斗が危惧したヘルヘイムの侵食という事態ではなく、コウガネというもっと利己的な悪意による侵略だったようだ。

 

 ロード・バロンが長剣で突く。

 邪武はそれを寸前でかわすが、胸部装甲の表面に刃がかすり、嫌な音と共に火花が散った。

 

「この世界がヘルヘイム化すれば、私が力を取り戻す速度も格段に上がる。

 そうなれば……私は完全なる黄金の果実として、あの世界に舞い戻ることができる!

 その時こそ! 葛葉紘汰が守ろうとしたあの世界を壊し、私の復讐は遂げられるのだ!」

 

「目的は復讐か!」

 

 ロード・バロンの振り下ろした剣、邪武のX字に交差させた剣がぶつかり合う。

 パワーの差か、邪武の足が地面にめり込んだ。

 衝撃が周囲の砂塵、木の葉を舞い上げていく。

 

 コウガネの目的は復讐。

 この世界をヘルヘイムの森と化し、森の生物と果実の全てを自分の糧として吸収した後、自分を倒した『ライダー』の守る地球という星を滅ぼさんとしているのだ。

 その過程でこの世界の命が全て消え去ったとしても、気にも留めやしないだろう。

 だが、そんなことは駆紋戒斗が許さない。

 

「コウガネ! 何故貴様はこのタイミングで俺の前に姿を現した!」

 

「不確定要素を排除するためだ!

 貴様にヘルヘイムの植物を全て引き抜かれては、計画に遅延が出てしまうからな!」

 

 邪武の銃剣から銃弾が飛ぶも、長剣を盾にしたバロンに防がれる。

 しかし一発の弾丸が防ぎ切れず胸に当たってしまい、バロンはよろめいてしまう。

 その隙を逃さず邪武は一気に接近して斬りかかった。

 避け切れず、バロンは腕の外骨格で受け止め、苦悶の声を上げる。

 邪武の仮面の下で、コウガネが愉しげに笑った。

 

「ぐっ……!」

 

「終わりだ、駆紋戒斗。その"見慣れた姿"には少々驚いたが……所詮、人間」

 

 邪武は腕で受け止められた方ではない剣を振り上げた。

 この一撃で首を刎ねるつもりなのだろう。

 自分の力量に絶対の自信を持つコウガネは、その一撃で戒斗の命を断てることを疑いもせずに、剣を振り下ろし――

 

「聞きたいことは聞いた。もう貴様を生かしておく理由はない。用済みだ」

 

 ――次の瞬間、宙を舞っていた。

 

「……な、に!?」

 

 胸部に走る激痛。少し遅れて、地面に激突した衝撃。

 邪武は何が何だか分からなかった。顔を上げ、剣を振り終えた後の姿勢を取っていたバロンを見てようやく、邪武は自分が切られたのだと理解した。

 

「貴様の思考を当ててやろうか、コウガネ。

 まだ本気を出していない。その上今のままでも互角以上。

 小細工を弄すればどうとでも料理できる……といったところか」

 

 膝をつくコウガネに立ち直る余裕を与えず、容赦なくバロンは追撃する。

 踏み込む速度、剣を振り上げる速度、剣を袈裟に振るう速度。

 それらのどれもが、先程までとは次元違いだった。

 邪武はさっきまでのように剣を交差させて防ごうとしつつ、後方に跳ぶ。

 が、無駄。

 バロンの振り下ろす剣閃はあまりにも強すぎて、邪武の剣と剣を持つ腕は纏めて下方に強く弾かれる。結果、バロンの剣、その剣と接触し下方に強く弾かれた二本の剣が、同時に地面に突き刺さっていた。

 後方に跳んでいなければ、邪武は一刀両断にされていただろう。

 

「な!?」

 

「優勢になるとペラペラと事情を喋ってくれる。貴様のような人種が一番面倒が少なくていい」

 

「駆紋戒斗、貴様……!」

 

 ロード・バロンは手加減をしていた。

 コウガネがいい気になって事情をペラペラと喋ってくれるよう、わざと適度に弱い自分を演じていたのだ。

 そして、もはやその必要はない。

 

 バロンが剣で足払いをかける。

 怪物と化した今の彼の腕力ならば、それは膝から下を軽く切り飛ばす恐ろしい一撃だ。

 くらうわけにはいかない邪武は跳躍し、必死に回避する。

 しかしそこで斬撃の直後、一歩踏み込んできたバロンによるヤクザキックを腹にくらい、野球で打たれた打球のように吹っ飛ばされていった。

 

「ぐっ……!?」

 

「つまりは、貴様さえ仕留めればヘルヘイムは対処可能な広がり方しかしない。

 それだけ分かれば十分だ。この世界の住人だけでも、十分に対処できる」

 

 吹っ飛んだ邪武は森の木に衝突し、ダメージと引き換えに停止する。

 ロード・バロンは、あまりにも強かった。

 全盛期のコウガネでなければ、おそらくは太刀打ちすらもできないであろう強さ。

 敗北し、力を失い、力を取り戻そうとしている最中の邪武では、相手にもならない。

 

「終わりだ」

 

「―――!」

 

 バロンが剣を振り上げ、振り下ろし、決着。

 そうなると誰もが確信した。

 戒斗も、見守っているアンパンマンも、その瞬間の直前だけはコウガネも。

 

 ロード・バロンが、手にした剣を取り落とした、その瞬間までは。

 

「……な、に?」

 

 取り落とした剣を拾うとするバロンだが、その手が震え、掴めない。

 それどころか震える手が壊れたビデオテープのように"ブレ"始め、次第に手だけではなく全身へと"ブレ"が広がっていく。

 "ブレ"た場所はロクに動かず、バロンは次第に体のどこもかしこも動かなくなっていく。

 

「……やっとか。ここまで保つとは、異常な精神力の賜物か」

 

「貴様、何をした!?」

 

「私は何もしていない。お前があるべき姿に還るだけだ」

 

 邪武は貯蓄したエネルギーを消費し、所詮果実状の本体を覆う器でしかない人間体の傷とダメージを緩やかに回復していく。

 そして、手品の種明かし。

 戒斗が、コウガネが、何故ここに居るのか。何故同じなのか。

 その真実をここで明かした。

 

「この世界は、平行世界でありながら、夢の世界に限りなく近いのだ。駆紋戒斗」

 

「なんだと?」

 

「お菓子の国の夢を見る。永遠の平和が約束された夢を見る。

 愚かな人間は幾多の夢を見るだろう。

 そしてその夢とそっくりな並行世界が存在したとしても、何らおかしくはない」

 

 戒斗はここに来た当初、この世界が夢の世界か異世界か、その判別がつかなかった。

 その思考は正しく、判別がつかなかったこともまた正しい。

 戒斗の直感は、限りなく正解に近付いていたのだ。

 

「この世界はどこかの誰かが、夢見た童話のような世界。

 確かにここにありながらも、どこかの誰かの夢としても在る世界」

 

 ゆえに、どこまでも理想的で、空想的で、非現実的で、甘く優しい。

 

「私は死んだ。貴様らと、葛葉紘汰によって殺された!

 死者は決して蘇らない……だが、運命は私を見捨てはしなかった!

 私は夢を司るフェムシンムにより、夢の世界に封印されていた黄金の果実」

 

 コウガネは夢を操る力により夢の世界の中に閉じ込められ、葛葉紘汰や駆紋戒斗達の手によって夢の世界の中で死を迎えた。

 それで完全な滅びを迎えないのが、このコウガネという果実のしぶとい部分だ。

 

「夢の世界に"馴染んでいた"私は、死後この世界に辿り着いた。

 おそらく貴様は、私にひっつくことで付いて来たのだろう。

 私も、貴様も、既に死んでいるのだ。ここにあるのは魂のみ」

 

「―――」

 

 自分は既に死んでいる、魂だけで歩いている存在。

 本来ならば認めがたい事実……だが、駆紋戒斗はそれを受け入れていた。

 薄々感付いてはいたのだ。葛葉紘汰の最後の戦い、最後の一撃を、彼は鮮明に覚えている。

 死者が蘇るような奇跡が自分に起こるなどと、彼は考えてはいない。

 彼は自分を善人などとは思っていないのだから。

 

「我らは既に死した魂、夢幻のような脆く儚い存在。

 それゆえに、依り代や、外付けの物質化(マテリアライズ)装置が必要になる。

 貴様はそれがないために、少し叩かれただけで崩れ去りそうになっているのだよ」

 

 邪武はコツン、とベルトを叩く。

 『ライダー』になるために必要な変身装置。

 コウガネはそれを用いて自分の存在を固定化しているのだ。

 逆に固定化ができていないバロンの方は、圧倒的に強かったにも関わらず、かなり弱い攻撃が一度や二度当たっただけで戦えなくなってしまっている。

 

「く、ぐ……!」

 

「やはり人は愚かだ。自分が犯した過ちからしか学ばない。

 経験から学ぶのが愚者、歴史から学ぶのが賢者、だったか。

 やはり貴様らのような下等な命に、この(わたし)は過ぎたるものだったのだ」

 

 他人を見下すことで自分の価値を相対的に上げた気になり、自己陶酔に酔うコウガネは、バロンの腹を爪先で蹴り飛ばす。

 その場所は偶然にも、最悪なことに、『駆紋戒斗を殺した一撃』の傷跡があった場所だった。

 

「ぎ、がっ……!」

 

「そして、こうやって砂の城よりも脆い剥き出しの魂に、もう一度衝撃を与えてやれば」

 

 戒斗は地面を転がされ、ダメージで変身を解除させられてしまう。

 全身の"ブレ"はますます酷くなり、魂の古傷まで完全に開いてしまっていた。

 今の彼は、己の体を動かすことすら難しい。

 

「お前はあと数分で存在が霧散し、この世界から消滅する」

 

「……っ、くっ」

 

 それは死刑宣告だった。

 死者に告げられた死刑宣告。神気取りのコウガネらしい、傲慢さが先行する宣告だった。

 

「だが、体も動かせない状態でじわじわと死んでいくのは苦しかろう。今、私が介錯をしてやる」

 

 邪武が剣を持ち、戒斗の前に立つ。

 コウガネが変身した邪武という『ライダー』が、人である戒斗の首に刀を添えた。

 戒斗の腹の古傷から血が流れているのも合わさって、本当に切腹の過程のようにすら見える。

 邪武は刀を振り上げ、一刀で邪魔者の首を刎ねんとし、そして。

 

「アーンパーンチ!」

 

 戒斗との戦闘に集中し過ぎていたせいで、その存在そのものを失念していたアンパンマンの必殺パンチを、その胸部にモロにくらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コウガネと戒斗に共通するのは、この世界が甘っちょろく生温い世界であるという認識。

 逆に共通しないのは、この世界の命の強さを認めているか、いないかというその一点。

 強さを必要としないというこの世界の美点に、戒斗は気付いたがコウガネは気付かない。

 そしてアンパンマンという存在の強さについても、コウガネは気付いていなかった。

 

 コウガネはアンパンマンの強さを知らなかった。だから警戒が薄かった。

 もっと露骨に言うならば、コウガネは基本的に自分以外の命というものを舐め切っている。

 自分が最高の存在だと信じて疑わず、誰も彼もを見下しながら甘く見ているのだ。

 常に格下の立場から格上の存在に挑み続けた、自分という弱者を舐めた強者の喉笛を食いちぎってきた、駆紋戒斗という男とは対照的に。

 

 それゆえ、コウガネは強大な力を持ちつつもめっぽう隙が多い。

 だから今こうして、アンパンマンの一撃に吹っ飛ばされている。

 

「ぁ、か、はっ……!?」

 

 邪武の装甲はアンチマテリアルライフルの一撃ですら容易に弾く。

 そんな強固な装甲が、"メコッ"と音を立ててアンパンマンの拳の形に凹んでいた。

 恐るべき破壊力だ。

 並大抵の相手なら成層圏の向こう側まで吹っ飛ばし、文字通りに空の星に出来る破壊力。

 これこそがヒーローの一撃。これこそがアンパンマンだ。

 小賢しい理屈なんて存在しない、『ただ単純に強いパンチ』という説明不要にして絶対的で圧倒的な、笑えるくらいにシンプルなフィニッシュブロー。

 

「大丈夫かい、カイトくん!?」

 

「……俺の、ことはいい。奴を止めろ、アンパンマン……!」

 

「分かった。そこから動いちゃダメだよ?

 ……コウガネくん! 君はなんでこんなことをするんだ!」

 

「愚問だな。私は唯一絶対の神となる者だ!

 唯一の強者たる私には、愚かで弱い貴様らを支配する権利がある!」

 

 邪武はアンパンマンのパンチに警戒しつつ、一気に接近。

 それを迎え撃つアンパンマンは、特に策を弄することはなく、特に構えたりもせず、特に格闘技を使うこともないまま、普通にパンチを打つ。

 何気ない一動作。

 その一動作で、パンチ一発で、アンパンマンは邪武が防御に使った二刀を粉々に粉砕した。

 

「!?」

 

「カイトくんをこんなに傷付けて……許さないぞ!」

 

(溜めもない、予備動作もない、ただのパンチでこの威力……ありえん!)

 

 細かな技、小細工、外付けの力、策など弱者が弄するもの、と戦うだけで証明するバトルスタイル。アンパンマンとは、そんな絶対的強者である。

 

「ただのパン風情が……私の邪魔をするか!」

 

「ぼくはパンだけど、きみが悪いことをしようとしているのなら、止めてみせる!」

 

 アンパンマンのパンチは単純だ、技巧がない。

 だから回避に徹することで、なんとか避ける事ができる……邪武は、そう考えていた。

 しかしパンチが肩にかすり、肩の装甲がそれだけで粉砕されると、そんな余裕もなくなる。

 

「ぐ、バカな……!」

 

「アーン、パーンチ!」

 

 アンパンマンは、基本的に『アンパンチ』だけで勝利することができる。

 何故なら、アンパンマンは強いからだ。

 特に小細工を弄さなくとも、ただ飛んで近付いて殴る、それだけで勝てる強者だからだ。

 敵がどんなに速くても、どんなに硬くても、どんなに柔らかくても、どんなに強くても、どんなに巧くても、どんなに大きくても、アンパンマンは勝利する。

 飛んで、近付いて、殴れば勝てる。

 本質的に強いということは、そういうことなのだ。

 アンパンマンは、本当に理屈を必要としない強さを持っている。

 

「コウガネくん、もうこんなことは止めるんだ!

 心を込めて、カイトくんやみんなに謝れば、きっと……」

 

「アンパンらしい、頭の中に甘さしか詰まっていない者の意見だ……なっ!」

 

 ならば、アンパンマンは絶対無敵のヒーローなのだろうか。

 いや、違う。

 アンパンマンは一度戦う度に、ほぼ毎回一度は負ける寸前まで追い込まれている。

 卑怯者のばいきんまんが付け入る隙が、アンパンマンには存在するのだ。

 ならばその弱点は同時に、コウガネが付け入る隙にもなりうるということである。

 

「―――!?」

 

 その光景を近くで見ていたアンパンマンも。

 いまだ意味ある言葉を一つ発することも出来ず、腹の古傷を抑え遠くから見ていた戒斗も。

 『邪武が黒い霧になった』と、その瞬間にはそう思った。

 だが、違う。それは黒い霧に見えただけで、全く違う別の何かであった。

 

 (イナゴ)

 それは邪武の体が変化して、一瞬で数百数千数万と数を膨れ上がらせ、邪武とアンパンマンを飲み込んだ黒いイナゴの群れだった。

 黒い霧に見えるほどの数と密度で構成されたそれは、アンパンマンの顔に喰らいつき、圧倒的な数でその顔を喰らい尽くさんとする。

 

「わ、わ、わーっ、食べないでー!?」

 

 他者を自分の糧としてしか考えない、一種蝗害に近い存在であるコウガネらしい力だ。

 顔が欠ければ力が半減してしまうアンパンマンにとって、これほど相性の悪い能力もない。

 アンパンマンは顔の表面を食べられながらも、必死にイナゴを振り落とそうとするが、この瞬間アンパンマンの意識は全てイナゴに向いてしまう。

 

「アンパンマン、後ろだ!」

 

「!」

 

 腹の傷を抑え、消えかけていた戒斗が、そこで力を振り絞って警告の声を上げる。

 イナゴを振り払おうとしているアンパンマンの背後に、邪武が立っていた。

 攻撃と同時にイナゴの数で視界を塞ぎ、背後に回ったのだろう。

 邪武の手の平の上にはコウガネ固有の力か、金色のリンゴのビジョンが浮かび上がっていた。

 

「貴様の強さは甘く見ていたが、私は貴様の弱点を知らないわけではない」

 

 そして、そのビジョンを握り潰す。

 するとその潰れたビジョンを中心に、四方八方に『果汁』が飛び散った。

 果汁の方はビジョンではない。質量を持つ、リアルな果汁だ。

 それを背後から、かつ至近距離で食らってしまったアンパンマンは、顔が果汁まみれになってしまう。

 

「か、顔がぬるぬるべたべた、かおがよごれてちからがでない……」

 

「コウガネ、貴様……!」

 

「神はイナゴをもって人を裁く……

 貴様らの世界ではそうなっているそうじゃないか。なあ、駆紋戒斗?」

 

 戒斗が元居た世界で、葛葉紘汰という彼も認めた一人の強者が、力比べで負ける以外の理由で何度か倒されたことがあるのと、同じように。

 正攻法で強い者は、手段を選ばない者には時にひどくあっさりと負けてしまうこともある。

 

 戒斗は腹の致命傷が開き、あと数分で消え去る運命。

 アンパンマンは顔を無数のイナゴに食われ、果汁まみれで力が出ない。

 蹴り飛ばされたアンパンマンを受け止めた戒斗に、一歩一歩邪武が迫る。

 

「お前の負けだ。負け犬のバロン」

 

 絶体絶命。

 戒斗の瞳に諦めは浮かんでいないが、この状況を打開する逆転策などどこにもない。

 彼は、ただ諦めが悪いだけだ。

 邪武が銃剣を戒斗達に向け、引き金を引く。

 迫る銃弾。数秒後に、確実に訪れる彼らの死。

 

「黙れ、俺が屈しない限り……貴様が勝ったわけではない! 貴様などに、屈するものか!」

 

 だが、戒斗は手を伸ばす。

 銃弾の軌道に向けて手を伸ばし、死の瀬戸際で足掻きに足掻く。

 いつだって、どんな時だって、踏み躙られ追い込まれようとも諦めず食らいつく不屈の心。

 

 運命にすら抗ってきた、変わらぬ彼の心の強さが、奇跡を呼んだ。

 

 

 

 

 

 光が生まれる。

 突如戒斗の手の先に現れた光の球体が、邪武の放った銃弾ことごとくを弾く。

 戒斗がそれを掴むと、光の球体は戒斗そのものを包み込んだ。

 

「なんだ、この光は……!?」

 

「カイト、くん……?」

 

 コウガネとアンパンマンの動揺に満ちた声が響くも、戒斗には届かない。

 戒斗は光の球体の中で、目の前に現れた二つのものを手にとった。

 

 片や、駆紋戒斗がずっと愛用していたベルトのバックル。

 フェイスプレートの種類、戦いの中で付いた傷跡。

 どれもこれもが、そのベルトが戒斗のものであることを証明する。

 

 片や、戦いの中で強化された視力で何度も見てきた、宿敵が愛用していた錠前。

 表面に付いた傷の位置と形から、それに間違いがないことを戒斗は確信する。

 これは、葛葉紘汰が愛用していたオレンジの錠前(ロックシード)だ。

 

 戒斗は、その二つを自分に届けてくれた誰かに心当たりがあった。

 自分を包むその光に、見覚えがあった。

 時間を跳躍し、平行世界を行き来する力をも持つ『始まりの女』の力の光だ。

 自分のベルトに、葛葉紘汰の力、そしてもう一人の光。

 

 戒斗は少しだけ笑って、お人良しな彼らの手助けと、この運命に感謝する。

 

「舞。それに……葛葉か。お節介な奴らめ」

 

 ベルトを、錠前を、力を戒斗はその身に纏い光を切り裂く。

 

《 オレンジアームズ! 花道 オン ステージ! 》

 

 『仮面ライダーバロン・オレンジアームズ』。

 この世界では誰もそう呼ぶことはない、仮面の騎士が世界に降り立った。

 駆紋戒斗の力と葛葉紘汰の力が一つになり、手にした剣を邪武へと向ける。

 

「バカな……戦極ドライバーとロックシードなど、どこで!?」

 

「答える義理はない!」

 

 オレンジアームズの最たる特徴、銃剣と果実剣による二刀を振り上げるバロン。

 邪武もまた銃剣と果実剣の二刀を振り上げ、応戦した。

 二刀の乱舞に二刀の乱舞がぶつかり合い、嵐のように刃鳴散る。

 

「葛葉紘汰に敗北し、理想の全てを否定された負け犬ごときが……!」

 

 自分にしつこく食い下がってくる戒斗を、コウガネが罵倒する。

 互いの右手と左手が違う生き物であるかのようにぐねぐねと、それでいて速く鋭く動き、二刀と二刀で合計四の刃が二人の間で跳ね回る。

 

「俺は駆紋戒斗だ。それだけは揺らがない!」

 

 戒斗の脳裏に蘇るのは、あの時答えられなかった一つの問い。

 

―――カイトくんは、何のために生まれて、何のために生きているんだい?

 

「俺は駆紋戒斗として生まれ、駆紋戒斗として生き!

 駆紋戒斗として弱者が虐げられる世界を否定し続ける! それが俺の幸せと喜びだ!」

 

 ゆえに、彼はコウガネを否定する。

 この世界を、強者が弱者を虐げる世界に変えようとしているコウガネの存在を許さない。

 何故ならば、彼は『駆紋戒斗』だから。

 

「敗北に否定されたとしても、俺が目指したものは……絶対に、間違いなどではなかった!」

 

 駆紋戒斗が求めた世界の形。

 たとえそれを掲げて敗北したのだとしても、それを目指したことは間違いではなかった。

 それを、この世界が彼に教えてくれた。

 彼がこの世界で過ごした二日間は、短くともとても優しいものだったから。

 

「ちっ」

 

《 ダークネス スカッシュ 》

 

 邪武は後ろに跳んで距離を取り、ベルトを一回操作。

 林檎を象った黒紫の光弾を16個生成、バロンに向けて一斉に発射した。

 

「ぬるいっ!」

 

 バロンはそれを片っ端から撃ち落とし、切り払い、当たらないものは放置して、一気に接近。

 二刀を合体させ、そこにオレンジの錠前をセットすることで必殺技を発生させる。

 

《 オレンジチャージ! 》

 

「はあああああああっ!」

 

 合体剣から飛ぶ光刃。

 それは邪武に命中……したかしなかったかも確認できなかった。

 命中するかしないかというタイミングで、またしてもイナゴの群れに変わったからである。

 黒いイナゴはまたしても一瞬で万単位の数に増殖し、邪武だけでなくバロンを飲み込み、その視界の全てを奪う。

 

「何!? がっ!」

 

 そして、バロンを無防備な背中から斬る一撃。

 倒れるバロン。イナゴが邪武に戻って行くと、バロンの背後で二刀を構え直す邪武の姿がようやくバロンの視界でも捉えられるようになった。

 だが、またいつイナゴを使われるか分からない。

 

「お前のオレンジアームズと私のダークネスアームズでは、スペックに倍から三倍の差がある。

 加えて、私はかつての自分ほどではないが……限りなくそれに近い状態だ。

 もっと私が弱っているならまだしも、ライダー一人に負けるわけがない」

 

 コウガネは自信満々に語る。

 それは事実だろう。彼は今の状態ならば、今よりもっと弱るようなことがなければ、Sランクの錠前(ロックシード)を使われでもしなければ、負けはすまい。

 黒いイナゴの小細工を用いているのはより安全に勝つため、より楽に勝つため、より確実に勝つため、そして敵をいたぶるためだろう。

 小細工抜きでも、邪武は強い。

 その邪武に変身しているのが悪辣な卑怯者であるということが、最大の悩みの種だった。

 

「それが……どうした!」

 

 立ち上がり、剣を振るうバロン。

 だがその剣戟のキレは徐々に悪くなっていき、威力も速度も落ち始めている。

 加え、時々動きが妙な形で止まることが多くなってきた。

 邪武の仮面の下で、コウガネが愉悦の感情からかほくそ笑む。

 

「古傷が痛むか? 負け犬になった時の、その傷が」

 

 長引けば不利。接近戦も不利。

 何故ならば、戒斗の腹の傷は癒えてなどいないからだ。

 戦極ドライバーというベルトの効力で、体の崩壊が緩やかになっただけ。

 ゆえに、戦えば戦うほど、体を動かせば動かすほど、致命傷の傷跡は開いていく。

 ダークネスアームズがオレンジアームズより強く、オレンジアームズが基本的に接近戦で戦うことを想定している以上、長期戦と接近戦を避けることもできない。

 

「たとえ傷が傷んでも、俺は行く! 貴様を倒すために!」

 

 それでも、戒斗は歯を食いしばって二刀を振るう。

 "弱さに与えられる痛みに耐える"こと。"自分よりも強い敵に挑む"こと。

 彼の得意分野だ。ゆえに、彼は何度でも立ち向かって行ける。

 どんなに敵が強くとも、どんなに自分が弱くとも、それは彼が屈する理由にはならない。

 

「ふむ。ならば、趣向を変えるか」

 

「!」

 

 邪武が、銃剣をバロンではなくアンパンマンの方に向けた。

 バロンが飛び出し体を張るのと、邪武が引き金を引いたのはほぼ同時。

 アンパンマンを体で庇って、バロンは邪武の弾丸をモロに食らってしまった。

 

「ぐ、あ、あっ!」

 

「カイトくん!」

 

 顔が欠け、汚れ、元気も勇気もなくなってしまった気弱なアンパンマンが悲鳴を上げる。

 

「ごめんね、カイトくん……

 君を助けたくて、飛び出したはずだったのに。

 僕はこんなに汚れて、格好悪くて……」

 

 膝をつき、うずくまるバロンに駆け寄るアンパンマン。

 だが、バロンを支えようとするその手を、彼は力強く跳ね除けた。

 

「何を言っている。頭の中身にまで奴の穢れた果汁が染みたか、アンパンマン」

 

「え?」

 

「俺がお前をどう思うかは俺の自由だ。お前の要求には屈さない。

 お前に頼まれようが、望まれようが、俺はもう誰にも屈さない」

 

 もう立ち上がる力など残っていないはずなのに。

 もう戦える力など残っていないはずなのに。

 意地、根性、気力、信念。

 精神力と呼ばれるそれらだけで体を動かし、駆紋戒斗は立ち上がった。

 

「今のお前が格好悪いだなどと、俺は思わん」

 

「―――」

 

 他人のために己が身を削り、己が身を汚したその姿への悪口は、たとえ本人の自虐であっても許さないと、そう口にしながら。

 

「お涙頂戴の友情物語。パンと負け犬のコンビにはお似合い、か」

 

《 ダークネス オーレ 》

 

 そんな二人に砂粒ほどの情をかけることもなく、邪武はベルトを二回操作。

 先ほどの一回操作よりも更に大きなエネルギーが、毒々しい色合いで3m近いサイズまで膨れ上がり、巨大なリンゴを象ったエネルギー弾となる。

 戒斗も、アンパンマンも、どちらも死体すら残さないと言わんばかりのエネルギー。

 

「新世代の神たる私に逆らったことを、あの世で後悔するがいい!」

 

 ダークネスアームズの必殺技が地面を抉りながら、バロン達に向かって飛んで行く。

 勝った、とコウガネは思った。

 もうダメだ、と顔が汚れたアンパンマンは思った。

 まだだ、と戒斗は剣を振り上げた。

 

 そして、そいつは空気を読む気がまるでなかった。

 

 

「アンパンマン! 新しい顔だ!」

 

 

 横合いから放り投げられた新たな顔が、アンパンマンの顔を交換する。

 そこからはまさに、一瞬のことだった。

 優しく戒斗を脇にどけるアンパンマン。

 そして邪武が放ったエネルギー弾をパンチ一発で吹き飛ばし、空に飛び上がった。

 全員に聞こえるような大きな声で、アンパンマンは決め台詞を叫ぶ。

 

「元気100倍! アンパンマン!」

 

 アンパンマン、完全復活。

 

「バカな! このタイミングで……しかも、お前は……!」

 

「貴様……」

「君は……」

 

 その場の誰もが、自分の目を疑った。

 アンパンマンに新しい顔を届けたのは、ジャムおじさんではない。

 バタコでもない。チーズでもない。アンパンマンの仲間達でもない。

 

「アンパンマンの味方をしたわけじゃないぞ!

 ばいきんまんさまは、アンパンマンの永遠の宿敵なのだ!」

 

「ばいきんまん……!?」

 

 アンパンマンに手を貸したのは驚くべきことに、ばいきんまんだったのだ。

 

 

 

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 

「あー、あのカイトってやつむかつくー!

 あいつに変装してたくさんイタズラして、あいつの評判悪くしてやるー!」

 

 ズラを付けてそれっぽい服を着たばいきんまんは、戒斗本人に見せれば「やる気あるのか」と突っ込まれること間違い無しの変装で町に向かっていた。

 笑えるくらいガバガバな変装だが、この世界の住人は他人を疑うということを知らないので、この変装でもほぼ確実に騙せるのである。

 たとえ身長差が1m近くあったとしても。

 この世界の基準では、ばいきんまんは変装の名人であった。

 

「うん?」

 

 だが町に向かうその途中で、アンパンマンに顔を届けようとしているジャムおじさん達を見付けたばいきんまん。

 こっそり隠れて、ジャムおじさんとバタコの会話を盗み聞き。

 それが悪いことをしている感じがして、ばいきんまんの心はウキウキしてくるのだ。

 

 どうやら、悪い奴が現れたらしい。

 ヘルヘイムの植物を探している途中に迷子になった町の住民がアンパンマンのピンチを見て、ジャムおじさん達に知らせたのはいいものの、アンパンマンがどこに居るか分からないのだとか。

 道に迷っていた途中に見付けたどこかの場所、ほど見つけにくい場所もないだろう。

 ばいきんまんは、自分以外の悪いやつ、という部分に興味を持った。

 だがそれ以上に、そいつにアンパンマンが倒されてしまいそうという部分に、心奪われていた。

 

(オレさま以外がアンパンマンを倒すだって~? ダメダメ! そんなの絶対ダメだ!)

 

 更に、バタコの発言が追撃になる。

 

「もしかしたらばいきんまんよりずっと悪いやつかもしれないわ! 気をつけていきましょう!」

 

(オレさまより悪い~~~!?)

 

 他人がそう言ってるのを聞いてしまえば、黙って居られないのがばいきんまんだ。

 

「一番悪いのはオレさま、ばいきんまん!

 一番強いのもオレさま、ばいきんまん!

 アンパンマンを倒すの、ばいきんまん! つまりオレさまだ!

 ええい、見てろよ! オレさまが一番すごいんだってみんなに思い出させてやるのだ!」

 

 ばいきんまんはジャムおじさん達の運んでいた新しい顔を一つ盗み、空からアンパンマン達を探すことであっという間に見付け、見付けた途端何も考えずに新しい顔をぶん投げる。

 割と考えなしに短気を起こしてこういう行動を取ってしまった、という一面もあるにはあるが、ばいきんまんは己の中にあるばいきんまんなりの美学に従っていた。

 

 

 

 

 

 つまりは、そういうことだった。

 今日、この時ばかりはばいきんまんは敵ではない。

 久方ぶりに敵同士でありながら手を組んだ、そんなアンパンマンの共闘相手だった。

 

「貴様、アンパンマンの敵ではなかったのか!」

 

「泥爆弾!」

 

「まぶっ」

 

 ばいきんまんに向かって叫ぶ邪武への返答は、ノータイムでの泥爆弾。

 泥まみれになった邪武を笑いながら、ばいきんまんは子供じみた煽りをかます。

 

「アンパンマンを倒すのはオレさまだ!

 やーいやーいざまーみろ! えっらそうにしやがってー!

 オレさまの方がずっとずっとすごい悪者なんだって、思い知ったか!」

 

 戒斗はばいきんまんを見て、アンパンマンとばいきんまんの関係は、互いが互いにとって邪魔者ではあっても敵ではないのではないか、と……そう思い始めていた。

 争い合いながら、互いに高め合い、けれど絶対に味方ということはなく。

 背中を預け合ったこともあり、向き合って戦うこともある。

 されど、互いに憎悪を向けたことは一度もない。

 

―――君とばいきんまんは、似ているのかもしれないね

 

 戒斗はそう考えていると、アンパンマンと葛葉紘汰を重ねた自分自身のこと、ジャムおじさんにばいきんまんと似ていると言われたことを思い出す。

 

「……くだらん」

 

 かぶりを振って、戒斗は気を取り直す。

 それは考えたくもないことで、今は考えるべきではないことだ。

 戒斗が油断なく敵の方を見れば、泥まみれになった邪武は体表でエネルギーを炸裂させ、泥を吹っ飛ばしていた。

 

「く、くくく……この世界の命もやはり救いがたい。

 誰も彼もがガキすぎる。黄金の果実にはふさわしくないな」

 

「貴様のような果実にふさわしい者になるなど、誰もが願い下げだろうよ」

 

 ばいきんまんの子供のイタズラのような泥攻撃、小学生並みの煽りはコウガネにはどうやら効果があったようで、邪武に変身したまま肩をフルフルと震わせている。

 コウガネの発言を一言でバッサリと切り捨てた戒斗の右に、飛んだままのアンパンマンが。

 戒斗の左にUFOに乗ったばいきんまんが来て、そこで止まる。

 

 コウガネというこの世界を塗り潰さんとする侵略者に立ち向かう、善のパン、悪のカビ、善悪ではなく強弱にて生きる騎士。

 三人が並び立ち、毒々しい色の邪武へと向き合った。

 

「どいつもこいつも、果実にたかる害虫のようにしぶとい奴らめ……」

 

 倒しても倒しても、潰しても潰しても、何度でも這い上がる諦めない戦士達。

 コウガネはそれを見て嫌な記憶を思い出し、仮面の下で顔を歪めた。

 あの時も、こうだった。

 コウガネはどんな時も諦めない者達と、その中でも最も諦めない心を持つ葛葉紘汰の何度でも立ち上がってくる強さに敗れ、死んだ。

 

 諦めない者達を見ると『自分が殺された時』のことを思い出してしまい、コウガネは溢れ出る己の苛立ち、怒り、恐怖を抑え切れなくなってしまう。

 

「来たれ、我が端末」

 

 邪武が空に手を掲げ、呼びかける。

 するとこの世界を侵食するためにコウガネが潜ませていた何百、何千というヘルヘイムの植物達が、町の住人によって引っこ抜かれて燃やされる直前だった植物達が、集まっていく。

 数千のヘルヘイムの樹木が邪武の頭上にて混ざり、融合していく。

 そうして、最後には一本の木となり、森の中心に突き刺さった。

 

「なんだ、あれは……!?」

 

「私という果実にふさわしい果樹……私だけの神木だ」

 

 邪武が指を鳴らすと、この世界にあったヘルヘイムの樹木全てを融合させた神木が、生き物のように枝を伸ばして邪武を掬い上げる。

 まるで、邪武の従僕であるかのように。

 邪武を掬い上げた枝の先端部分は絡まり、変化し、蓮華の花のような形状となる。まるで仏教で言うところの『蓮華座』のようだ。

 『蓮華座の邪武』。

 コウガネはそこに立ち、高みからバロン達を見下ろしている。

 

「果実にたかる小さな虫けらは、潰さなくてはな」

 

 邪武が腕を振れば、神木の枝が一斉にバロン達に襲いかかった。

 その数、まさに無数。

 枝の一本が伸びてきたと思えば、その枝から新たな枝が伸び、無尽蔵の矢となって彼らを貫かんと飛んでくる。キリがない。

 ばいきんまんは飛んでかわし、アンパンマンは飛べないバロンを抱えて回避する。

 

「わ、わっ!」

 

「行けっ、バイキンUFO!」

 

 しかし回避だけでは、いずれ仕留められるのは時間の問題。

 戒斗は考え、賭けに出る。今、彼らに残されている勝機はただ一つだ。

 すなわち、戦力を引き上げた後、樹上で高みの見物を決め込んでいるコウガネを討つことのみ。

 

「アンパンマン。俺を下に降ろして、俺を守るとして、何分守れる?」

 

「カイトくんが望む限り、いつまでも」

 

「……頼りになる答えだ。打開策を打つ、頼むぞ!」

 

 アンパンマンの手を離れ、地に降り立つバロン。

 そんなバロンを四方八方からゴムより柔軟で鉄より硬く、槍より鋭い無数の枝が襲う。

 しかし、無意味。

 それら全てはバロンを守る、友達を守る、世界で一番強くて優しいパンによって弾かれた。

 

「ヘルヘイムを操れるのは、世界と世界の境界(クラック)を操れるのは……

 コウガネ、貴様だけではない。俺もまた、世界の境界をこじ開けてきた者だ」

 

 戒斗が虚空に手をかざす。

 かつて世界と世界の境界に割れ目(クラック)を作った時と同じ感覚で、戒斗はこの世界とかつて自分が居た世界を繋ぐ(クラック)を開こうとしているのだ。

 自分一人の力ではまず不可能。だが、彼には確信があった。

 自分が元居た世界の側から、自分が今居る世界の側に向かって、干渉し続けている『誰か』が居ることを、彼は信じていた。

 その男を、その女を、駆紋戒斗は信じていた。

 その二人の強さを信じていた。

 

 虚空にかざした手の先で、何もない空間に光のヒビが入る。

 更に力を込めればヒビは大きくなり、やがて砕けた。

 空間を砕き、その向こうの光の中から飛び出してくる二つの何か。

 戒斗はそれを迷わずキャッチし、確認した後ベルトに取り付ける。

 

「借りるぞ、葛葉」

 

 新たに手にした二つもまた、見覚えのあるものだった。

 片や、葛葉紘汰だけが使っていた『ゲネシスコア』と呼ばれるアイテム。

 旧世代のベルトの外付け強化コネクタで、二つの錠前(ロックシード)の同時起動が可能になる。

 片や、駆紋戒斗が使っていたレモンエナジーロックシード。

 表面の塗装の剥げ方すら懐かしい、彼が愛用していた錠前の一つだ。

 旧世代のベルトでは本来使えないものだが、ゲネシスコアがあるならば、このベルトでもレモンエナジーロックシードを使うことは可能である。

 

 『向こう側』から力を送ってきてくれている二人の存在を感じ、戒斗は強く拳を握る。

 あいも変わらずお人好しな二人に、心のどこかが熱くなるのを彼は感じた。

 

 駆紋戒斗のベルト、戦極ドライバー。

 葛葉紘汰の錠前、オレンジロックシード。

 駆紋戒斗の錠前、レモンエナジーロックシード。

 葛葉紘汰のコネクタ、ゲネシスコア。

 

 今ここに、罪なき世界と命を守るため、かつて戦った二人の力が一つとなる。

 

《 ミックス! ジンバーレモン! ハハーッ! 》

 

 バロンの素体に、オレンジの鎧、レモンの陣羽織型装甲が重なった強化形態。

 『仮面ライダーバロン・ジンバーレモンアームズ』。

 赤いスーツのバロンの素体に、オレンジ色の装甲が重なり、その上に更に黄色を基調とした追加装甲が重なることで、実に美しく調和の取れた色合いとなっていた。

 まるで、葛葉紘汰と駆紋戒斗の分かりづらい相性の良さを示しているかのように。

 

「! エナジーロックシードだと……!」

 

「アンパンマン、ばいきんまん、集まれ! 一点突破する!」

 

「うん!」

「えっらそうに命令するな!」

 

 バロンに促され、三人は一丸となって駆け出した。

 アンパンマンとばいきんまんは飛び、バロンは枝を足場として跳ね跳びながら駆け上がる。

 全ての攻撃をかわしつつ、狙うは樹上のコウガネの首一つ。

 

「ちょこざいな!」

 

 邪武が腕を振り、指を振れば、四方八方から降り注ぐ枝の槍。

 しかし、先程までと今では遠距離武器の質が違う。

 ジンバーレモンの固有武器『ソニックアロー』なる弓を得たバロンからすれば、全ての枝を射抜き破壊することなど造作も無いことだった。

 

「なんだとっ!?」

 

「コウガネ……自称黄金の果実、だったか、貴様は。

 ハッキリ言って貴様の黄金の輝きなど、500円硬貨にも劣る」

 

「駆紋戒斗……貴様ぁ!」

 

 邪武が怒りに任せ、ベルトを無茶苦茶に操作した。

 膨大な数のエネルギー弾が降り注ぎ、バロンですらも自分に当たる分だけを撃ち落とすのに精一杯だった。

 アンパンマンは拳で弾き、周囲の枝や葉が次々と吹っ飛ばされていく。

 

「ええい、こんな花火でオレさまを止められると思うなよー!」

 

「無茶はやめるんだ、ばいきんまん!」

 

「はっひふっへほー!」

 

 しかし短気なばいきんまんはとうとう防戦一方に耐えられなくなってしまったようで、弾幕の中を突っ切りUFOで体当たりを仕掛けようとする。

 平時なら、ここでアンパンチが決まる綺麗な流れだ。

 しかしながら、ばいきんまんの今日の敵はアンパンマンではない。

 邪武の放った巨大なリンゴ型エネルギー弾で、UFOは木っ端微塵にされてしまう。

 そして乗っていたばいきんまんは、またしても空の彼方へと吹っ飛ばされていった。

 

「ばーいばーいきーん!」

 

「何がしたかったんだ、あれは……」

 

 その流れに、コウガネまでもが思わず呆れた声を上げてしまう。

 ばいきんまん、退場。

 まずは一人、とコウガネは笑みを浮かべるのだが、その笑みが一瞬で凍りつく。

 

「だが、無駄ではなかった」

 

「……バロンッ!」

 

 常に格上に戦いを挑み続けた戒斗の戦闘経験は、勝機を決して見逃さない。

 ばいきんまんが体当たりを仕掛けようとしたその時から、バロンはばいきんまんのUFOが作った邪武の死角を辿って接近、UFOの爆発に紛れて一気に距離を詰める。

 そして今、邪武に矢が届く距離まで辿り着いていた。

 

「コウガネぇっ!」

 

「くぅっ!?」

 

 バロンがソニックアローより、エネルギーの矢を放つ。

 邪武の装甲であっても致命傷になりかねない、そんな威力と速度の一撃。

 コウガネはたまらず全身をイナゴの群れに変化させ、バロンの視界の全てを塞ぎ、バロンの背後に周り、その無防備な背中に剣を振り下ろそうとして。

 

 背中を向けたまま弓矢を背面撃ちしたバロンに、腹に大穴を開けられた。

 

「……な、あ……?」

 

「これで三度目だ。貴様の芸の無い技を見せられるのはな」

 

 相手の攻撃をイナゴ化して回避し、視界を塞ぎ、背後に回って剣で切る。

 駆紋戒斗が相手なら、こんなワンパターンは二度使うだけでも危険なくらいだ。

 邪武は自分の行動のツケを自分で支払い、枝から落ちていく。

 

 落ちていく最中も、腹の穴が塞がっていく邪武。

 ここで決めなければまた蘇ると、戒斗は唯一無二の勝機を見い出した。

 

「合わせろ、アンパンマン!」

 

「うん!」

 

 アンパンマンは下から邪武を迎え撃つように、拳を引き絞る。

 バロンは邪武を追って枝から飛び降り、ベルトを一回操作。

 

《 オレンジスカッシュ! ジンバーレモンスカッシュ! 》

 

 バロンの下にオレンジとレモンの果実エフェクトが発生し、それをくぐり抜ける度に加速していく彼の片足に、とてつもない破壊力が凝縮されていく。

 アンパンマンの右拳に、理屈のいらないパワーが握り込まれる。

 バロンは上から、アンパンマンは下から。

 挟み込むように、両者の最強の技が放たれた。

 

「終わりだ、コウガネ!」

 

「アーンパーンチっ!」

 

 ライダーキックがその背中を、アンパンチがその胸を、強く打つ。

 

「が……ば、バカな……私は神だ……貴様らのような愚かな弱者に、この私が……!?」

 

 コウガネがこの世界で取り戻した実体も、この一撃で崩れ去っていく。

 滅び行く自分の体を、信じられないとでも言いたげに彼は見ていた。

 戒斗はそんなコウガネを心底軽蔑し、アンパンマンの方を見ながら、強者であるコウガネが駆紋戒斗とアンパンマンに敗北した、その決定的な理由を語る。

 

 

「自分の()を他者に食べさせる強さもない弱者の貴様が、こいつに勝てるわけがないだろう」

 

 

 そして、足が纏っていたエネルギーを注ぎ込む。

 

「身の程を知れ!」

 

「バカな、バカな、バカなバカなバカなバカなバカなぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 コウガネの体内に溜め込まれたエネルギー、ライダーキックのエネルギー、アンパンチのエネルギー。それらが邪武という器の中で暴走、臨界に達し、大爆発。

 悪が討たれたことを示す鮮やかな色合の花火を、空に咲かせた。

 バロンはキックで崩れた姿勢を空中で整え、華麗に着地。

 降りて来たアンパンマンと並び、空の花火を見上げる。

 

 それがこの騒動におけるこの世界最後の戦い、その結末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでハッピーエンド、おしまいおしまい。

 ……そう済ませられたなら、どんなに良かったことか。

 

「まだだ、まだ、私は……!」

 

「……!? コウガネ! 貴様、まだ生きていたのか!?」

 

「コウガネくん!?」

 

「こんな世界に居られるか……依り代を探し、取り憑いて存在を安定させ……

 黄金の果実に至るために、元の力を取り戻すために、エネルギーを……!」

 

 あまりにも唐突な出来事で、戒斗もアンパンマンも反応ができなかった。

 もはや人のような姿の形すら保つことができなくなっていた、小さく黒いイナゴの集団に成り果てたコウガネは世界の出入口(クラック)を開き、それをくぐる。

 その向こうを覗いたバロンは、思わず驚愕の声を上げてしまった。

 

「沢芽市、だと……!?」

 

 そこは戒斗が生まれた町。そしてヘルヘイムの森の怪物と戦い、禁断の果実を求めて人と戦い、最後に葛葉紘汰との決着を付けた、つまり戒斗が死んだ地でもあった。

 コウガネがそこに逃げ込んだ。

 嫌な予感しかしない戒斗は、コウガネを追ってクラックをくぐろうとする。

 しかし、そこで強烈なめまいと腹の傷の痛みを感じ、膝をついてしまう。

 

「カイトくん!?」

 

「……ああ、そうだったな。

 ベルトの力で先延ばしにしただけで……俺は本来、数分で霧散するはずの死人だった」

 

 自然と解除される変身。

 戒斗が己の手を見れば、"ブレ"の酷さが先ほどの比ではなくなっている。

 このままでは、戒斗は何も出来ないまま、この世界で霧散してしまう。

 彼はコウガネが一纏めにした木を見上げる。

 コウガネ消失の影響か、その木はヘルヘイムの樹木としてはほとんど死んでいるようだ。

 けれど、万が一もある。

 ノウハウのある地球に持っていった方が安全だろう。

 残った力で、せめてこれだけはと、戒斗はオーバーロードの力と人としての全身全霊をかけ、クラックを通してその神木を地球の空き地へと転送した。

 

「! カイトくん、今のは……」

 

「立つ鳥は後を濁さない、というだけの話だ」

 

 朦朧とする意識の中で、コウガネを追わねばという意志と、この世界に来てからの二日間の思い出が彼の脳裏を駆け巡る。

 ばいきんまんを最初に撃退した後も、ヘルヘイムの脅威を説明した後も、町の住人や子供達は駆紋戒斗に暖かった。

 彼が抱いた理想が、形になった一つの世界。

 この世界を離れることに未練はない。ただ、守れたという達成感だけがあった。

 

「俺は奴を追う。……ここで別れだ、アンパンマン」

 

「えっ……」

 

 クラックは徐々に小さくなっている。

 会話を交わす時間もそうない。

 アンパンマンも理解している。コウガネの話もちゃんと聞いていたのだから。

 これが、二人の今生の別れになるのだと。

 

「もう、会えないの?」

 

「ああ。もう二度と会うことはない」

 

 アンパンマンの表情はとても寂しそうで、戒斗は後ろ髪を引かれる気分になる。

 だが、彼は足を止めない。

 ここで足を止めるようならば、それはもう駆紋戒斗ではない。

 アンパンマンに人並みの言葉をかけてやるのもそう。

 感謝の言葉も、励ましの言葉も、甘やかす言葉も、駆紋戒斗の辞書にはないのだ。

 だから彼は、最初に出会った時に伝えなかったことをぶっきらぼうに告げ、クラックをくぐる。

 

「お前の顔は美味かったぞ、アンパンマン。さらばだ」

 

「―――!」

 

 それが不器用な彼なりの、アンパンマンへの感謝の気持ちを伝える言葉だった。

 

「カイトくん、色々とありがとう! 助けてくれてありがとう!

 ぼく、きみのことは忘れないよ! だってぼくたち、友達だから!」

 

 アンパンマンの声を背中に受けて、戒斗は元居た世界に向けて歩いて行く。

 

(もしかしたら、俺はこの世界でようやく、『変身』ができたのかもしれない……)

 

 自分の終わりが、もうすぐそこまで迫っていることに気付きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、戒斗がコウガネと戦うことはなかった。

 コウガネは地球へと移動した後、手頃な少女を依り代として憑依。

 邪武としての力、黒いイナゴを操る力を用いて、町で大暴れを始めたのだ。

 だが、それで誰もが黙っているわけがない。

 恐ろしい怪物の脅威に立ち向かう、心強き者達が居た。

 消えかけの体で戦いを遠巻きに見ていた戒斗は、その男達の名を知っていた。

 

「城乃内、秀保……」

 

 戒斗が知る限り、その男は策士気取りの卑劣漢のはずだった。

 他人を利用することばかり考え、すぐ裏切る弱者。

 後に少しはマシになった印象も受けたが、戒斗の中での城乃内の評価は低く、小賢しく立ち回るだけの弱者という印象しかなかった。

 

 そんな城乃内が、たった一人で町の人々を守るためコウガネとその配下の怪物と戦っている。

 何度転がされても諦めず、立ち上がり、勝てもしない勝負に挑み続けている。

 圧倒的なものに踏み躙られても、城乃内は自分を曲げず立ち向かい続けていた。

 

 だが、コウガネのあまりにも圧倒的な力に倒されてしまう。

 しかし、怪物に立ち向かうのは城乃内だけではなかった。

 城乃内が倒れても、またしてもコウガネに挑む心強き男がまた一人。

 

「呉島、光実……」

 

 戒斗が知る限り、その男は唾棄すべき卑怯者の代表格のような男だった。

 他人を騙し、裏切り、自分のために利用する。

 そのためならば仲間の信頼を裏切ることも、仲間の背を撃つことも躊躇わない外道。

 そして自分の行動の結果が最悪の形で返って来れば、俯いて泣き出す弱者。

 駆紋戒斗は、この男を心底嫌悪していた。

 

 そんな光実が、町を守るために命をかけて戦っている。

 コウガネが憑依している『何の罪もない少女』を人質に取り、「変身を解除しろ」と要求した途端、変身を解除したところなんて、戒斗は自分の目を疑ったほどだ。

 強く優しい人間を、背中から撃つ卑怯者であったはずの呉島光実が。

 今はその強さを疎まれ、優しさに付け入られ、コウガネという卑怯者に嵌められる方の人間になっていた。目を疑う光景だった。

 

 そして最後に、ピンチの光実をコウガネから救い出した一人の男。

 戒斗も認める心強き男、運命の勝者。

 

「葛葉、紘汰……」

 

 紘汰と光実が力を合わせ、戒斗によってコウガネという人の形の器を失い弱体化した邪武を、町と世界の平和を守るために倒す。

 ロード・バロンにすら勝利した葛葉紘汰に、強者となった呉島光実。

 コウガネごときが勝てるわけもない。

 戒斗が見守る中、紘汰達は力を合わせた合体攻撃にて今度こそコウガネにトドメを刺した。

 

 戒斗は戦いに一区切りがついたことを確認し、振り返る。

 そこにはアンパンマン達の世界から持ってきた、ヘルヘイムの植物としては活動していない神木があり、しっかりと根を張っていた。

 もしものことがあれば、誰かが燃やしてくれるだろう。

 懸念事項が全てなくなり、戒斗は消え行く体と意識の中で、何かを思う。

 

「誰も見捨てない、か。

 俺が排除すべきだと思ったもの、葛葉が見捨てないと誓ったもの……

 それがこの世界に生き、強さを手に入れた。……弱者を虐げるためではない、強さを」

 

 城乃内と光実。二人の姿は、葛葉紘汰の選択が内包する正しさを証明していた。

 誰もが変われる。

 誰もが『変身』できる。

 誰も見捨てないということは、誰もが変われる可能性を残すということ。

 戒斗はようやく、葛葉紘汰が他人を見捨てないことに何故あそこまで執着していたのか、その理由を理解した。

 

「葛葉の……人が変われると信じ待つ強さ、か」

 

 戒斗はかの世界を知り、その世界の住民と触れ合い、『変身』した。

 だから今の彼には理解できるし、受け入れられる。

 人の愚かさ、醜さ、未熟さを知りつつ、いつか変われるのだと信じる強さを。

 

「どう、戒斗」

 

 神木に寄り添い立つ戒斗の背中にかかる声。

 戒斗が声の主の方へと振り向けば、そこには彼のよく知る女性が居た。

 彼女の名は、『高司舞』(たかつかさ まい)。かつて、戒斗が求めた女。

 

「みんな過去を乗り越えて、前へ進もうとしている。人類には、まだまだ、未来があるよ」

 

 舞は世界の滅びを乗り越え、笑顔を取り戻した人の強さを讃えた。

 戒斗はその言葉を受け止め、これから先の世界を担っていく彼女の覚悟を問うため、その覚悟を固めるため、あえてその言葉を投げかける。

 

「だが……いつかまた間違える。再び争い、傷付け合う」

 

 崩れていく体に、これが自分の最後となると理解しながら。

 

「そうだね。そしてその度にやり直す。間違いを正しながら、少しずつ、歩いていく」

 

 人の愚かさを言葉にして投げかけた戒斗に、舞は紘汰と同じく、誰もが変われると信じるという答えを、誰も見捨てないという誓いを口にする。

 彼はその答えを待っていた。

 そう答えてくれると、信じていた。

 

「やはりお前は強いな」

 

 それが戒斗の最後の言葉。そう告げて、彼は消えていく。

 舞の最後の答えは彼の心を暖かく満たし、自然と笑顔を浮かべさせる。

 

 駆紋戒斗の人生は、恵まれたものではなかったけれど。

 彼が人生で選んできた選択は全て、あまりにも殺伐としたものだったけれど。

 けれど、最後は悪くなかった。

 死後の彼に与えられた、理想の世界へ至るという祝福。

 最後の最後に友より与えられた、笑顔で人生を終えるという幸福。

 

 その二つは間違いなく、彼の心を救ってくれたものだった。

 

「さよなら……戒斗」

 

 高司舞が、別れを告げる。

 

「じゃあな……駆紋、戒斗」

 

 彼の最期を見送った、葛葉紘汰が別れを告げる。

 

「舞、俺達も自分の未来に進もう」

 

「うん、行こう、紘汰」

 

 そして二人は、宇宙に戻る。

 宇宙に希望の種を撒き、勇気の花を咲かせ、いのちの星を創るために。

 弱者が虐げられない世界を望んだ、一人の男の願いを、胸に刻んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戒斗の戦極ドライバーとロックシードを、紘汰は地球近くの宇宙に浮かべた。

 この星の行く末を、彼に見守っていて欲しいと、そう願って。

 その結果、これは近くて遠い未来に『メガヘクス』という外宇宙からの侵略者に取り込まれ、誰にも知られないままにその内に溶け込んでしまう。

 それが結果的にメガヘクスのシステムに小さなバグを発生させ、『駆紋戒斗とはいかなる男か』をある戦いの中で見せつける、そんな大きなバグを発生させるのだが……それは余談だ。

 

 駆紋戒斗の人生は、物語は、ここでおしまい。

 彼の物語は続かない物語。ここで終わる物語だ。

 死んでしまった男の物語には未来がない。

 

 それでも彼の願いだけは、紘汰と舞が創る世界の中で生き続ける。

 どこかの世界で、アンパンマンという心優しいパンの思い出の中で生き続ける。

 駆紋戒斗が『本当に強い』と認めた人達は、きっといつまでも彼のことを忘れずに、その心の中で戒斗を生かし続けてくれる。

 

 戒斗が望んだ、弱者が虐げられない優しい世界の中心で。

 

 

 




これにておしまい

仮面ライダー鎧武外伝、デューク&ナックル!
2015年11月11日(水)発売予定だよ!(ステマ)

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