___2022年11月6日___
土曜の三限目が終わりクラスが騒々しくなり、この後どこに遊びに行くかを話し合っている。
『そういえば、今日の1時からだっけ・・・・家に帰ったらやってみるか』
少年はそんなことを考えながら帰り支度をしていると、不意に教室が静まり返った。眼鏡をかけ顔の横で左右の髪を結んでいる少女が少年の前に立ったからだ。
「山田君、今日もいい?」
少女は何処か申し訳なさそうなにしているが少年は気にした風もなく立ち上がって視線を向けた。
「別に気にしなくていいよ、今日は少し用事があるから帰るだけになるけど」
少女が黙って頷くと二人は一緒に教室から出て行く、その二人を周囲は気持ち悪いモノを見る目をして見ていた。
「・・・・今さらだけど、本当にいいの?」
人通りの少ない閑静な住宅街を二人で歩いていると、少女が不安そうな顔をしながら山田と呼んだ少年を見ている。
「いいも何も俺から声を掛けたんだし、むしろ俺が君に本当にいいのか聞きたいくらいだよ」
「・・・・掛けてくれたんでしょ。帰り道でイジメを受けていた私を見て」
少女は思い出すように語り出した。
「初めは安い同情かと思ってたから少しでも私に向いた矛先がアンタに向かえばいいと思って一緒に帰っていたけど・・・・」
二人は歩を止めることなく話を続ける。
「よく言うよ、いざ俺にも矛先が向き出したら誰よりも気にしてる癖に」
「向き出したらすぐに離れると思ってたのよ、なのに気付いた時には私と同じように孤立させられてた」
「元から孤立してたようなモノだし、むしろ一人じゃなくなったかも」
少女は一瞬だけ止まった後、ホンの少しだけ顔を赤くしながら少年から顔を背けた。
「ば、馬鹿じゃないの!?私とアンタの関係は最初っから変わってないわよ!」
そんな少女の反応を見て少年は笑い出した。
「別に朝田さんとは誰も言ってないんだけどなぁ」
「クラスから孤立させられているアンタが私以外に友達がいるとは思えないからよ!」
「ほら、俺にも一人は友達がいるって言ってくれた」
「っ_____」
少女の顔が今度は怒りや恥ずかしさで真っ赤になっている。
「も、もういい!!」
「だよね~、もういいわ~。臭過ぎて堪えらんないわ~」
少女の言葉に被せるように間延びした不快な声が響いた。
「そうそう、もう気持ち悪くて吐きそうなんだけど~」
「自分達がどれだけ気持ち悪いか分かってない所とかマジキモいよね」
二人の退路を塞ぐように前方に図体がデカイ男と学生と思われる女二人の三人、後方に前方の男よりは劣る二人と前方と同じ学生の女が一人の三人が立っていた。
「アレが前にお前の邪魔をした男か?」
「そうだよ~伯父さん、正義の味方気取りなのかしらないけどウザくてさ~」
図体のいい男が怯えた少女といつも通りの少年に目を向けた。
「運が無かったなガキ共、鬼道館No.2奥寺って言えば分かるか?」
鬼道館と言えば実戦空手で日本では一、ニを争うほど有名な所だ。
「っ___」
完全に怯えてしまった少女は震える手で少年の裾を握った___が、
「鬼道館って片山右京さん以外は大したことない集まりだし、悪いけど運が無いとは思えないな」
少年は挑発とも取れる言葉を言い放った。
「お、奥寺さんに向かって何て言ったんだ!?っのガキィ!!」
奥寺は青筋を立てたが動かず後方にいる男の一人が少年との間合いを走って詰めて右の拳を突き出した。
「___ったく、遅い・・軽い・・」
少年は左手で相手の右拳をボールをキャッチするように捕まえた。
「なっ!っあぎぁっ!?」
辺りに虫が潰れたような音が響き、男の拳が握り潰された。
「そして脆い。ホントに鬼道館の人達?これじゃ一般人と大して変わらないよ」
少年の態度は期待ハズレと言ってるようなモノになった。
「ぁぁぁぁぁぁ「五月蝿い」
少年の目の前で跪き痛みで呻いている男の顔面を蹴り飛ばして黙らせた。
「ひっ__」
少女は小さく悲鳴を上げた。蹴り飛ばされ地面に叩き付けられた男は顔が醜くひしゃげていたからだ。
「朝田さん、今さらだけど危ないから少し離れ・・・・」
少年は見た瞬間に理解してしまった、少女が自分に向ける視線の意味を。
「もう許さねぇぞ、糞ガキがあ!その澄まし顔切り刻んでやる!!」
もう一人の男が小さなナイフを取り出して走り出すと少年はスルリと上着を脱いで自由になり迷うことなく男との間合いを詰めた。
男のナイフを持った右手の手首を途中で受け止めると同時に左足で男の右足を踏み抜き右膝で金的を蹴り上げた。
「ぅっ_____!??」
右足が地面に固定されている状態で金的を蹴り上げられ衝撃を逃がすことも出来ず、男は痛みのあまり失神した。
「・・・・ここまでの感想を聞かせて貰ってもいいですか?」
少年は失神した男に見向きもせず振り向くと奥寺は咄嗟に身構えて焦りを隠す為に作り笑いをした。
「っ・・ふ、不意を突くのは中々上手いが「アンタに聞いてない」は?___っ!?」
奥寺は言葉の意味が分からず少し呆けたが直ぐに理解し、後ろを見て尋常じゃない量の汗が吹き出し顔を青くさせた。
「か、カッコイイ・・・・」
奥寺の事を伯父さんと呼んでいた女が同じように後ろを見て無意識の内に言葉が出た。
「ね、ねぇ伯父さん。あのカッコイイ人・・は?」
カッコイイ人に見惚れて気が付かなかった奥寺の様子にようやく気が付き女は言いようのない不安に襲われた。
「寒気はしますが熱くはなりません。陸奥とは真逆な感じがすると言った所でしょうか」
少年はその言葉を聞いて笑みを浮かべた。
「そこまで言い当てるとは、さすが片山右京さん。本当に天才と呼ぶに相応しい人だ」
片山右京、天才の名を欲しいままにした男は女性ですら憧れる綺麗な顔に菩薩のような柔らかな笑みを浮かべていた。
「まさかとは思いますが今ここで__戦る__なんて、言わないですよね?」
そう言った少年の顔は何も無く、どっちでもいいと言っているようなモノだった。
「ええ、館長の頼みで元No.2の処理をしに来ただけなんですよ」
片山が視線を少年から若干横に移すと奥寺は身体を硬直させた。
「まったく落ちぶれたモノですね奥寺さん。陸奥に負けてからですか?」
「うっ・・・・っ!」
片山がゆっくりと奥寺に近付くと奥寺は耐え切れず片山から逃げ出した。
「ちょ!?お、伯父さ__!?」
既に女の声も聞こえてないのか必死の形相で逃げる__少年と少女が居る方向に。
「邪魔だ!どけえっ!!」
そう、進路にいた少女を突き飛ばして___
「っ___ろす」
突き飛ばされた少女を片山が受け止めるのを視界に収めながら、少年はわざと奥寺の進路を潰すように立った。
「どけって言ってんだろ!!」
奥寺は走りながら右拳を振りかぶり繰り出した。
少年は紙一重で避け懐に入ると同時に右拳を頭の上に構え身体ごと構えた拳を奥寺の顎に叩きつけた。
「るぎゅっ!?」
奥寺の顎は砕けて陥没し身体が浮き上がり、既に意識がない状態だが少年は止まらなかった。
奥寺がまだ浮き上がっている状態で奥寺の繰り出した右手を取って投げた。
奥寺が浮き上がっていた分、更に高い所から落ち地面に付く前に少年自身も膝を曲げ二人分の勢いでコンクリートの地面に顔から叩きつけた。
「へぇ、まだ息があるなんてな。腐っても元No.2って所か・・・・」
少年が止めを刺そうとする前に片山が少年の肩に手を置いた。
「すまない、コイツは私に任せてあの子の所に行ってくれ」
少年は数秒だけ止まった後、突き飛ばされた少女の所に向かった。
「大丈夫?何処か痛い所とか・・・・」
座り込んだままの少女はまだ震えが収まってない手で少年の服を掴んだ。
「なあ、コソコソ逃げようとしてるアンタ等。次に俺達に絡んだらアイツ等と同じ目に会わせるから覚悟してね・・・・」
逃げようとしてた女達は何度も頷きながら必死の体で逃げ出した。
「・・・・立てそうにないか、ほら肩を掴んで」
少年は少女をおんぶして再び家路につこうとした時、片山が声を掛け少年は顔だけを向けた。
「参考までに今の技の名前を教えてくれないか?」
「拳を身体ごと突き上げたのを《浮嶽》、その後の投げが雷の変型で《落雷》」
「そうですか、まだ圓明流を継ぐ者がいたとは・・・・道理で寒気がする訳だ」
少年は前を向いて歩き出した。
「使っているだけ・・・・継げはしない」
その言葉は誰にも届く事はなかった。
おんぶされたままの少女は家に近付くと静かに口を開いた。
「・・・・山田君、聞いてもいい?」
「何を?」
少女は自分の恐怖を押さえ込む為に息を止め、そして吐き出した。
「・・・・・・山田君は人を・・人を___人を殺したことがあるの?___」
「あるよ」
「___えっ」
少年があまりに呆気なく言い放ったので少女は言葉を理解するのに時間がかかった。
「それがどうかしたの?」
「え?どうしたのって、罪悪感や・・こ・・殺してしまった人の顔とか!アナタは苦しんでないの!?」
少女の声が苦しみで張り裂けそうなモノに変わっていった。
「・・・・やっぱり君は俺とは違う」
少女は言葉の意味が分からなかった。
「君は殺してしまった、俺は殺した。そこに自分の意思が在るか無いかが違うって話」
少年の肩を掴む少女の力が何かを思い出したのか強くなった。
「だから君は罪悪感から色々と抱え込んでしまう、でもソレは恥じることじゃない。君が人である限り正しい姿なんだから」
その言葉を聞いた少女は収まった筈の身体の震えを再び出た。
「で、でも私は逃げたくない。変わりたいの___強くなりたい___」
次第に少女の震えが収まり、声も力が篭ったモノになっていった。
「だから!「戦うって事は怖い・・そして、そこから逃げない事だ。だから朝田さんは大丈夫、戦えてるから」
二人の間から会話が無くなり沈黙が支配して少女の家に到着した。
「それじゃまたあ__」
少年はその続きを言わないで帰ろうとした。
「また明日」
その少年の背に少女が先程の言葉の続きを紡いだ。
「・・・・ありがと」
その言葉はどちらが言ったものかは当人にしか分からない。