「な、何が起きっ扉が開いた!?」
エギル達は驚きながら後ろへと視線を向けると大きく開かれた扉と中央に立つフワを見て更に驚いた。
「あの時は悪かった。礼をしに来た」
そう言いながらフワはボス部屋へと足を踏み入れた。
「扉が閉まろうとしてるわ。入るなら早くしな「無事かエギル!一体何が起こっているんだ!?」
再び閉まろうとしている扉を見てアスナが横のキリトに声を掛けたが、キリトは既に中へと入ってエギル達の元へと駆け寄っていた。
「き、キリト・・・・一体どうして?」
駆け寄ったキリトに戸惑いながらエギルは疑問を口にした。
「フワが《ブランチ》を複数持っていたんだ。他のメンバーも無事みたいだな」
キリトが周囲を見回すとエギル達は全員HPが黄色になっているが、誰一人欠けていなかった。
「ああ、それよりも一回撤退しよう。ボスがβテスト時と余りに違いすぎ__」
話しているエギルの右足を地面を這いずってきた木の根が絡み付いた。
「しまっ__!?」
自分の失態を自覚した声を出す事もままならず、エギルは凄まじい勢いで部屋の奥へと引きづり込まれた。
「エギル!?」
引きづり込まれたエギルを助けようとキリトが剣を握って駆け出そうとした。
「どわああああああああ!!「マジかよ・・・・」
駆け出そうとしたキリトの足を重なる二つの声が止めた。
「ったく、勘弁してくれ・・・・!」
キリトが見たのは、空中に跳躍していたフワ目掛けて捉えられていたエギルが投げつけられ、フワは空中でエギルを受け止めた勢いで横へと吹き飛んだが、何とか受け身を取って地面を転がった。
「2人とも無事か!?」
フワは上に乗っていたエギルを横へと退けていた。
「くっ、すまねえ。迷惑掛けちまった」
目を回したエギルが受け止めてくれたフワへと謝罪した。
「いいから。また何本か来てるぞ、次からは自分達で対処してくれ」
溜息を吐きながらフワは立ち上がり忍び寄って来た根や枝を切り落とした。
「《Confiscated The Saint Arbour》取り上げられた?聖樹はそのままの意味ね。君は早くエギルさんを連れて下がりなさい」
エギルとキリトへと迫る枝を切り払ったアスナがキリトに命令した。
「待ってくれ、撤退しないのか?このままじゃエギル達が・・・・」
「だから、エギルさん達を纏めて下がりなさい。撤退するなり何なり好きにすればいいから」
話を聞いてなかったフワは再び聖樹へと走り出した。
「それじゃ宜しくね」
ソレを見たアスナは短く会話を切ってフワの後を追いかけた。
「何か用か?」
突き出された枝を避けながら走っていたフワは後ろからアスナが来ているのを確認し、走るのを止めて全て切り払い始めた。
「せっかく捉えた獲物を使ってまでボスは貴方を攻撃した。さっき貴方は何を攻撃するつもりだったの?」
背を合わせるように密着したアスナは自分の考えをフワへと問い掛けた。
「・・・・何でキリトと一緒に下がらなかった?枝や根を攻撃するだけでダメージは入ってる。無理に前に出る必要はないだろ」
逆に質問で返しながらフワは自分達を取り囲もうとしている枝へと駆け出して切り払い、跳ね返る様に戻り絡み付こうとしている根から離れた。
「その言葉そっくりそのまま返すわ。何で貴方は下がらないの?」
アスナは舞う様に回転しながら周囲を見回して迫りくる枝を切り払い、根が無い所を足場にしていた。
「この程度じゃ脅威にならないから」
フワは面倒くさそうに蠢いている根を切り払って足場を作り、突き出された枝を避けながら切り落とした。
「っ!そう、ならせめて貴方の背中が見える位置で剣を振るうわ」
アスナは対応しきれず、フワが作った足場に逃げた。
何故?フワは眉を顰めながら囲もうとしている枝を切り払い、絡み付く根を無理やり引き千切りながら問い掛けた。
強くなる為によ。アスナは正面から突き出される枝を切り払いながら答えた。
好きにすればいい。フワは答えながらアスナへと手を伸ばして触れ__
「けどな」
___俺の邪魔をするな___
枝を切り払い、根を引き千切って出来た場所へとアスナを無理やり放り投げた。
「なっ__!?」
視界が揺れてフワから遠ざかっていく中でアスナは理解した。
さっきまで自分がいた場所目掛けて真上から凄まじい数の枝が降り注いでいるのが見えたから
「あ、あああ・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
走馬灯に似た何か、ゆっくりと自分の代わりに枝や根に呑まれていくフワの姿を見ながら、理解したアスナは絶叫した。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
絶叫を掻き消すほどの咆哮を出しながら、キリトとエギル達がフワを呑みこんだ無数の枝で出来た繭へとソードスキルを叩きつけた。
出来たは木々の隙間から見える拳の大きさくらいの小さな穴、それでもフワの肩が見えた。
「邪魔」
その姿から聞こえた声は簡潔なモノだった。
「キリト、呆けているであろうアスナを連れて下がれ」
「そんな!見捨てて逃げろって言うのか!?」
アスナは声にならない声を出しながらフワのいる方へ手を伸ばして涙を流していた。その姿はとても《攻略の鬼》と呼べるモノではなく、か弱い女の子の姿だった。
「ま、待って「聞こえなかったのか?邪魔だと言ったんだ」
そんな小さな声は誰にも届かず、代わりに聖樹から何かが悲鳴を上げているかのような音が聞こえ出していた。
「お前達も邪魔なんだ。今すぐそこから離れて貰っていいか?」
優しい口調ながらも聞こえてくる音が尋常じゃないくらい大きくなり、何かを察したキリトは顔を青ざめた。
「まさ…か、全員ここから離れるんだ!!」
座り込んでいるアスナを抱えながらキリトは大声を出した。
「あ、ああ分かった!」
キリト達を守るために枝や根を切り払っていたエギル達は面を喰らい戸惑いながらも下がり出した。
「そ、そんな・・・・」
隙間から見えるフワから離れながらも、無意識の内にアスナは手を伸ばしていた。
「おいおい、一体何の音だ?まだ何か起こるってのか?」
聖樹から聞こえる風が唸るような咆哮と、何かが悲鳴を上げているような音が重なって部屋全体を震わし、エギルは冷や汗を浮かべながら呟いた。
「いいからフワから距離を取るんだ!」
キリトは一刻でも早くフワから距離を取ろうとしていた。
「フワって・・・・アイツが何かするのか?」
エギルは枝やら根で出来た繭を見て、キリトの言葉が信じられない様に疑問を口にした。
「こ、ここまで来れば・・・・!」
ボス部屋の入り口が見える位置まで下がって、キリトは音のする方へ振り返った。
「穴が塞がっていくぞ。もうこれじゃ・・・・」
キリト達の攻撃で繭に開いた穴が他の枝や根で塞ぎながら更に厚く強固に修復されていった。
エギル組が見ていられないと目を逸らしていたが、アスナとキリトは目を逸らさなかった。
アスナは茫然と、キリトはフワへの警戒で、目を逸らせなかった。
「「っ!?」」
アスナとキリトは同時に息を呑んだ。
繭の下の方からフワの右腕の突き出して石で出来た床に触れた。
「ま、まだ!!」
それを見たアスナは正気を取り戻したようにフワの居る所へと駆け出したが、途中でキリトに取り押さえられた。
「ダメだ!近づくんじゃない!」
「離しなさい!まだ、まだ間に合う筈よ!彼はまだ生きてる!!」
暴れながら離せと叫ぶアスナの視線はフワの方を向いて動かなかった。
「死にたいのか!?」
暴れるアスナを抑えつけながらキリトは問い掛けた。
「死んでもいいわ!!このまま私の所為で彼が死ぬくらいなら!私も一緒に死んでやる!!」
アスナは何とか右腕を動かしてレイピアをキリトへと突き付けた。
「離しなさい!どうせ死ぬのよ!今さらオレンジや犯罪者になっても「フワに殺されるとしてもか?」___なっ・・・・何を?」
アスナの言葉を遮りながら言ったキリトの言葉にアスナは固まってしまった。
「__指穿__」
繭から零れた小さな声は誰にも届かず消えた瞬間、触れていた床に指が穿った。
そんな小さな変化は誰も気が付かず、一拍置いて鳴り続けていた音が消えた。
「な、何が起こるんだ・・・・?」
音が消えた。それが何かが起こる前兆だと思ったエギルは手にした得物を強く握った。
「くっ、間に合わない!すまない!!」
キリトは謝罪を口にしながらアスナへと覆いかぶさって身を伏せた。
最初の一つは本当に小さな音だった。
細い糸が切れる様な音
次の音は切れた糸の本数が増えただけの様な音
次の音は小さな何かが割れた様な乾いた音
次の音は木の葉が擦り合った様な音
そして全てが爆発した。
ソレは正しく爆弾のように風を吠えさせ、人ではない聖樹に絶叫を上げさせ、一瞬にして奪い取った。
「な、なんだよコレ・・・・?」
エギルの漠然とした感想は自分の周りにいた仲間が抱いた思いと同じモノ。
「一体何が起きたんだよ・・・・?」
エギル達の目の前には引き千切られた枝や根が投げ捨てられた。
「一瞬、一瞬で」
言葉通り、一瞬で自分達の目の前には壁の様に凄まじい量の枝や根が視界を覆っていた。
「だ、大丈夫か?」
キリトは背に受けた爆風の所為で痛みを感じながらも、庇う様に覆っていたアスナへと声を掛けた。
「こ、コレは一体・・・・?」
キリトに覆いかぶされていなくても理解できなかったであろう嵐とも呼べる衝撃、その惨状に茫然としたまま呟いた。
「フワだよ。だから俺達が邪魔だったんだ」
キリトは痛む背を無視して周囲の状況を確認すると、壁の様に積み重なっていたモノがポリゴンの欠片になって爆散した。
「あーあ、せっかくアルゴさんに見繕ってもらった防具が御釈迦になった。直撃は避けてたんだけどな」
ポリゴンが晴れると初期装備のインナーに布切れを羽織っているだけのフワの姿があった。
「フワは大丈夫なのか?」
その姿を見つけたキリトがフワへと問い掛けた。
「無事も何も見ろよこの姿。買ったばかりの防具が__なくなった」
言葉の途中で布切れになっていたフワの防具がポリゴンの欠片へとなった。
「それより何でこんな近くに居るんだ?離れろって言ったよな」
思った以上に近くに居たキリトとアスナに呆れながら告げた。
「別にいいじゃないか、無事だったんだし。それよりHPが真っ赤だ、ポーションくらい飲めって」
キリトも呆れながらフワにポーションを差し出した。
「お、サンキュ。・・・・それでアレはまだ何かするのか?」
ポーションを飲みながらフワの視線の先にはHPバーは尽きた聖樹の姿があった。
「分からない。βテスト時のボスとはあまりに違いすぎる」
ふーん、とフワは感慨なく飲み終えたポーションを捨てながら、動かなくなった聖樹へと歩を進めようとした。
「ま、待って。一体何をしたの?」
何が起きたか理解できていないアスナはフワへと問い掛けた。
「何って見りゃ分かるだろ、纏めて引き千切っただけだ」
何を当たり前の事を聞いてくるんだコイツはという目でフワはアスナを見た。
「分かる訳ないでしょ!一体どうやって引き千切ったのよ!?」
「ソレはアスナだけでなく、俺もあそこに居るエギル達も分からないと思うぞ」
キリトの言葉を聞いてフワは諦めたようにため息を吐いて口を開いた。
「足と地面を掴んだ右手を支点として思いっきり引き千切った。ただそれだけだ」
納得いかないのかエギル達が首を傾げる中、回復していくフワのHPを見てアスナが罰を悪そうに目を逸らした。
「私の所為で「謝罪なんてどうでもいい」
謝罪を口にしようとしたアスナをフワは制した。
「せめて自分の力がどれくらいかは把握してくれ。それともう一度だけ言う」
___俺の邪魔をするな___
簡潔ながらも完全な拒絶
第一層で言った言葉通り、フワにとって戦いの中で弱者は邪魔な存在であり。
たとえソレが自身の知人や親友や親類はては自身までも、彼の中で区別なく戦いにおいて弱者は価値無き存在なのだ。
「・・・・いくら待っても変化は起きないな。何が起こるにしろ近づいて調べないといけなさそうだな」
そう告げたフワは動かなくなった聖樹へと歩を進めた。
「アスナ・・・・「ほっておいて、私は弱い。今回はその弱さを自覚してなかった私の自業自得。慰めなんて要らないわ」
キリトの慰めの言葉を遮ってアスナは強く手を握った。
「私は止まらない。この世界に負ける事だけはしないわ」
アスナはそう言ってフワの後を追う様に歩き出した。
「キリト・・・・」
心配するようにキリトとアスナの両者を見ていたエギルがキリトに声を掛けた。
「まだ気を抜かない方がいい。まだボス戦は終わってないのかもしれない」
キリトも気にした風はなく、エギル達と共に警戒しながら聖樹へと歩を進めた。
「やっぱコレが鍵なのか?」
一番初めに空中へと跳んで攻撃しようとしたモノを見上げながらフワは呟いた。
「アレは・・・・ロザリオ?」
フワの視線を追う様に見上げたアスナは聖樹の中心に埋まっている銀色の光沢を放っているロザリオを見つけた。
「弱点かと思って攻撃しようとしたけど、必要無かったな」
フワはそう言いながら聖樹に登る為に触れると、まるで花が咲く様に聖樹が開き始めてロザリオのあった所から下半身が木の女の子が出てきた。
「《ドリアード》?」
触れれば壊れてしまいそうなほど可憐で儚い姿にキリトは思わず零してしまった。
「綺麗」
アスナも思わず呟いてしまうほど、その光景は神秘的であり、その姿は美しかった。
「___我が子、我を超えた強者達よ。貴公等は何を望む___」
ドリアードが面を上げ自身の両手を開き、誘惑するかのように囁いた。
「___既に我には何もない。貴公等が望むモノがあるのなら好きにするがよい___」
その誘いに導かれるようにフワはドリアードの胸の中へと入った。
「___代わりに貴公を頂くぞ___」
ドリアードの周囲から開かれた聖樹がフワ達を包み込もうと下からそびえ立った。
「っ!?退きなさい!!」
異変に気が付いたアスナがフワを避けながらもドリアードを切り付けるが直ぐに再生した。
「HPバーが無い!一体__「それじゃ俺も頂こうか」__フワ?」
キリトの視線がドリアードに取り込まれかけているフワへと向くと、フワは何かを掴んで右腕を引きずり出した。
「___やはり無駄であったか___」
フワは引きずり出したソレを握りつぶした。
「___全てを壊す者め、貴様は必ず滅ぶだろう___」
右手から銀色の破片が零れ落ちて地に着く前にポリゴンの欠片へと変わっていった。
「なんだ、やっぱりコレが弱点だったのか」
包み込もうとしていた聖樹もポリゴンの欠片へと変わっていき、次の階への道が開かれた。
「案外つまんなかったが、次は期待してもいいか?」
そんなフワの問いにキリトは心苦しそうに答えた。
「βテストの時は第十層のボス戦まで行けなかったんだ。だから「知ってるよ、キリトに聞いた訳じゃないんだけど」__え?」
一体誰に、そんな言葉が出る前に暗がりから化け物が現れ息を忘れてしまった。
「___流石だ化け物よ___」
「鏡見た事あるか?見た目だけで言えばお前の方が化け物臭いぞ」
そんな会話で化け物達の口には笑みが浮かんでいた。
「それでどうなんだ?1つの区切りとなる階層だが、期待してもいいのか?」
「___今までと変わりないだろう。しかし我を見逃せば話は別だ___」
その答えにフワは握っていた拳を解いて、殺気を向けるのを止めた。
「へえ、ならいいよ。こいつ等を気にしながら戦うのも嫌だったし」
近くに居るキリト達に目をやりながらフワは道を譲った。
「次に会う時はどんな姿をしてるか楽しみだよ。名も知らぬ化け物さん」
そう言いながらフワ達を飛び越えて上へと向かっていく化け物を、フワは笑みを浮かべながら見送った。