でも、上を向いて歩いて行こう。どうせ死ぬなら一歩でも進み、倒れる時は前のめり。
そんな人たちが立ち向かう、もしものソードアート・オンライン。
ネタの勢いで何も考えず書きましたんで、続きを書くかは分かりません。
「おい、マジかよ……」
「冗談だって、誰がこんなこと」
「でも、そんな言い方じゃなかったぞ……」
《はじまりの街》中央広場において、茅場晶彦による宣言が行われた直後。群衆は流石にどよめき、口々に己の心情を無防備に吐露していた。
ログアウト不可。外部からの介入、そしてゲームオーバーによる脳の破壊という、デスゲーム。世界初のVRMMOゲームたる《ソードアート・オンライン》の初回ロットを手に入れた一万人の幸運は、瞬く間に不幸へ豹変した。
ゲームから解放されるためには、全百層にも及ぶ《浮遊城アインクラッド》を全攻略せねばならない。いや、それさえ出来れば解放されるのだが、一度ヒットポイントがゼロになってしまえばそれは即ち死を意味する。
《ソードアート・オンライン》がオンラインゲームとして構築されている以上、その中での『死』はとてつもなく軽いものであろう。そも、RPGとはそういうゲームだ。何回も死に、学習し、強敵を攻略する。その繰り返しだからこそ面白い。
しかし、今この場にいる大勢の命にセーブもロードもなく、勿論リセットなど出来るはずもない。そんな状況で、ベータテスターがたった六層しか登りきれなかったアインクラッドの城塞を、果たして全て踏破出来うるだろうか。
『私はこの世界を創りだし、鑑賞するためにのみナーヴギアを、SAOを作った。そして今、全ては達成せしめられた』
未だ皆一様に、驚愕と困惑と混乱に支配されている。茅場晶彦と名乗る巨大で虚ろな影は、それを端から端まで見渡しながら、身体を融かすような達成感を味わっていた。
世界や生命が神によって創造されたと、信じている人間は今や少ない。世界を作った一片の爆発も、生命を作ったタンパク質のイタズラも、全ては天文学的な偶然によるものなのだ。
だが彼は現に今、一つの世界を創造し、支配していた。
0と1のデータ、折り重なったプログラム、そして一万人の意思によって形どられる、《ソードアート・オンライン》の世界を。
もしこの世界に神を定義するとすれば、茅場晶彦はその一柱として挙げられるに違いない。中身や状況ははどうあれ、外界から隔離され多くの意思が錯綜する、独立した『世界』を作り上げたのだから。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』
しかし、最後に一言を残して自らのアバターを虚空へ消え行かせる途中、彼の心は未だ満たされていなかった。
自ら夢見た「異世界」を神となって創造しながら、彼の壮大な夢は完成に後少しだけ届かない。
壮大なパズルの中心に嵌め込まれるべき最後のピース。
それは、第百層まで到達したプレイヤー――デスゲームの絶望を乗り越え、幾つもの犠牲を経て辿り着いた、恐らくは極小数の――によって、自ら討たれること。自身が天才的頭脳と確固たる信念、そして幼い頃からの執念により構築した《浮遊城アインクラッド》を正面から打ち破り、自らを超えてくれる存在を、彼は心の底から熱望していた。
そして、漸く状況の全てを飲み込んだプレイヤーたちを見て――わずかに、失望した。
「そんな……嘘だろ、嘘だと言ってくれよ!」
「ふざけるな、出せ! ここから出してくれ!」
「嫌ぁっ、帰して! 誰も居ないのよ! 知ってる人、誰もいないのよ!? 帰してよぉ!」
口々に叫び、罵り。頭を抱え、抱き合い、両手を突き上げる。感情の爆発は、しかし何の意味もなく体力と精神力を浪費するだけだ。
受け入れられないというのは分かる。人がゲームに没入するのは、現実にある今日と明日の隙間を快楽で埋めるためだ。その快楽が地獄となり、しかも地獄から自由意志で抜け出せなくなったのだから、絶望するのも当然だろう。
しかし、これ程酷く浅ましいとは――彼自身、かなりの確率でこうなると脳内で予測はしていたが――実際目の当たりにすると、やはり悲観的にならざるを得なかった。
なにせ、一万人の中の誰もが、未だに広場から出て、外に向かって歩き出していないのである。何十人かはいち早く動き出したが、それも《はじまりの街》街区圏内へ安全を求めるだけの、いわば逃避である。
果たしてこの調子で、プレイヤーはゲームをクリアできるのだろうか。
極めて難しいどころか、まず不可能だろう。というのが、茅場の出した結論だった。
無論、だからといってゲームの難易度を下げたり、救済措置を与えるつもりはなかった。元々不可能に近い難易度を用意しているのだし、何度も躓きながらそれを乗り越え、踏破したプレイヤーと戦ってこそ、ラスボスとして討たれる意義がある。そこに妥協はしたくなかった。
だが、一万人全てが息絶え力尽きようと《浮遊城アインクラッド》がクリアされなかったとしたら。茅場の夢は途端に崩れ去り、水泡と帰す。これだけの人数を巻き込んだ時点で、二度目はありえない。
だから、彼は既に一つの策を弄していた。
《ヒースクリフ》と名のついたアカウント。
一万個用意された一般アカウントの内の一つを彼は極秘裏に所有しており、それを使えば、GMでありながらプレイヤーとしてゲームに参加できる。
これを利用して、プレイヤーを導けばいい。
一万人の中にはただ絶望するだけでなく、現状を打破しゲームを攻略しようという熱意に溢れた人間も、確かに存在するはずだ。彼らを纏め、ギルドを作れば、それはゲーム攻略の先鋒となり他のプレイヤーの道標にもなる。
一万人といえば大人数だが、その中に多数を統率し、導き得る『カリスマ』を持つ人間が存在する確率は極めて少ない。
ならば、自らその代わりとなり、プレイヤーの中で燻る熱意の「火付け石」となる。
それくらいなら、彼らに肩入れしてもいいだろう。
そんな風に考えた茅場が、GMとしてのアカウントから『ヒースクリフ』に移ろうとしたその時。
「あ、あ……あのっ!」
群衆の一角で、か細い、しかし精一杯張った声が聞こえ。何十人かが反応して振り向いた。
「あ……あの、その……」
叫んだことを後悔するようにオドオドする声の主を見て、全員が驚いた。なんと、まだ12歳にもならないように見える、小さくか弱い女の子だったからだ。他の参加者同様にプレートアーマーを着込んでいるものの、幼い身体にピッタリのサイズだからかハロウィンの仮装にしか見えず、なんとも心もとなく見える。
茅場により、プレイヤーのアバターは全員、現実世界の容姿と同一になっていた。だから、彼女は成人男性のなりきる女性アバターではなく本物の女の子、それも極めて幼い少女だ。
こんな小さな女の子も、ゲームに巻き込まれているなんて。周囲のプレイヤーは改めて状況の悲惨さを認識し、皆一様に暗鬱な感情を俯く顔で表現した。
だが、続く言葉が、彼らの顔を上げさせた。
「み、みんなで、その、がんばって……がんばれば、なんとかなると思うんです!」
一同、目を見張り、顔を見合わせた。この娘は一体、何を言っているのだ?
「私も、がんばって……がんばって、何も出来ないかもしれないけど、それでもがんばりますから……いっしょに、がんばってほしいんです! ゲームを、クリアしたいんです!」
恐らくは、怯え震える心から、なけなしの勇気を総動員しての訴え。切なる叫び。
だが、悲しいかな。その非現実性故に、誰の心にも響かず、素通りされてしまっていた。
どう頑張った所でヒットポイントがゼロになれば死ぬし、危険なフィールドや強力なボスとの戦いでそうならない保証はどこにもない。
そんな危険を犯すよりは、《はじまりの街》に引き篭もって、現実世界からの救助を待ったほうがいい。皆そう考え、少女から目を逸らしていく。
「お、おねがいしますっ! 私だけじゃ、たぶんダメだと思うから……だれかっ! だれか、わたしといっしょに来てください!」
それでも少女は諦めず、精一杯に声を張る。その顔には若干の後悔と迷いも張り付いていたが、一旦思いを口にだしてしまえばもう止まれないのだろう。頭を下げ、ただひたすらに、おねがいします、と繰り返していた。
そんな彼女に応じた、最初の声は――苛立ちに塗れた、罵声であった。
「うるせぇっ、ふざけんなよ、馬鹿っ!」
群衆の中でも若く刺々しい目をした男が怒鳴り、少女は思わず背を縮こませた。
「外に行くなら一人で行け! 死にてぇなら一人で死んじまえ! 俺たちまで、勝手に巻き込むんじゃねぇっ!!」
それは、少女を取り囲む集団が残らず共有する感情だった。
死にたくない。危険に飛び込みたくない。このまま石のように引きこもり、安穏と暮らしていたい。なのに外へと自分たちを誘う幼い少女の言葉は、忌避感と嫌悪を抱かせるに十分だ。
だから、怒鳴る男と怯える少女よりずっと大きな大人たちでさえ、男の暴力的な言葉に顔を歪めながら、誰一人として止めようとしなかった。
「……わたしだって、しにたくない、です。ママのところに、かえりたいです」
だが。そんな冷たい隣人に囲まれながら、正面から否定されながら。
少女は尚も諦めず、幼い心をフル回転させて言葉を紡ぐ。
「でも……でも、そのままじっとしていたって、なんにもならないし、なんとかなるって決まってもない」
めげずに跳ね返された若い男は、更に苛立ち、口を荒らげる。内心の燻りを、無理やり振り払うように。
「だったらどうしろって言うんだ、えぇっ!? お前の言うとおり外に出てよ、それで死んじまうなんて嫌だ!」
「……だった、ら。わたしを、たてにしてください。あなたがしぬかわりに、わたしが、しにます。そしたら、上にのぼれますよね?」
思いもよらぬ返答に、男だけでなく全員が息を呑んだ。この娘は一体、何と言った?
「……おい、そしたらお前、死ぬんだぞ?」
男の怒気はいつの間にやら萎み。その代わりに真剣な口調が問いかける。
「わかってます」
「分かってない! 死ぬんだぞ!? もう二度とパパとママに会えないんだぞ!? 大人になれないんだぞ!?」
「それでも、いいです。あなたが上にいけるなら……あなたが、だれかが、ゲームを、クリアできるなら」
男はいつの間にやら、単純に怒るよりも遥かに強く感情を爆発させていた。
「なんでだよっ!? なんでそんなこと!」
「だって……あなたにも、パパとママと、おともだちがいますよね? その人と会えないで、あなたがしぬのは、いやなんです。悲しいんです。わたしがしぬより、ずーっと」
「……っ……」
少女の顔に、嘘は見受けられない。多少意地を張ってはいるかもしれないが、本心から発せられた言葉だ。
――だから、人の心は動き出す。僅かに、しかし確実に。
「……お前、ホントに馬鹿だな。帰るなら一緒だ」
「え?」
きょとんとする少女の肩を、男は強く、がしりとわし掴んだ。
「悪かった。酷いこと言っちまった、こんなガキに。俺、最悪だな」
「あ……」
男の目は、真っ直ぐに少女を見つめる。無茶で無謀な彼女の言葉は、彼の胸に真っ直ぐ入り込み、そしていつの間にやら、彼も少女と同じ道を見つめ始めていた。
「盾になんかしねぇし、盾になるつもりもねぇ。一緒だ。背中、庇いあっていこうぜ」
「……いっしょに、来てくれるんですか?」
「おう」
その一言に、少女は瞼から涙を零しながら、ぱぁっと開く向日葵のように笑った。男はそれを満足気に見つめながら、辺りを見わたしつつ言い放つ。
「なぁ、お前らも来てくれないか? こんな女の子が勇気出してんだ、俺達だけビクビクしてるってのは嫌だろ? なぁ!」
男と少女を取り囲む人の壁から、何人かが恐る恐る出て行き、二人の側に集う。そして、泣き笑いを続ける少女を見つめた後、ゆっくりと首を縦に振った。
それが始まりとなって、何人ものお人好し、もしくはお調子者が駆け寄れば、あっという間に数十人のグループとなる。
それから暫く経った後、少女を中心にして、彼らはそれぞれに話し合っていた。
《浮遊城アインクラッド》その第一層を突破するために。
ヒースクリフは、それを遠目でじっと眺め、見守っていた。
それから、更に周囲へ目を向けて、彼の期待通りの光景が広がっていることに深く満足した。
皆、集まっている。
誰かを基軸として、何十人かがそれぞれに。誰もがアインクラッドについて、その攻略法について盛んに意見を交わしている。少女のように、あるいはそれと近似したポジティブさを持った人間が、何百人かの規模で存在していたらしい。
集まりの種類は千差万別。年の近い若者がたった数人ですぐにでもフィールドへ進もうとしている小集団もあり、中には数百人が纏まって、その中心で威厳ある一人が大演説をぶっている大群も存在した。
共通事項は唯一つ。
全員、アインクラッドの完全攻略を目指していることだ。
(――どうやら、私は少々先走ってしまったらしい)
誰にも気付かれないように首を振り、苦笑する。GMたるものプレイヤーを信じ、彼らの自主性を尊重せねばならないというのに、信頼出来ないからといって介入するのは、なんとも厚顔無恥で図々しい行いである。
それに。
この世界は、確かに茅場晶彦が作った、茅場晶彦のものだが――同時に、彼ら一万人のプレイヤーが共有する世界でも、あるのだ。
(さて、ならば私はここで、一足先に退場するとしようか)
彼は、多分彼のそれなりに長い人生の内では珍しいことに、未来に幸福を幻視し、期待という感情をを抱いていた。
今広場から離れず盛んに話し合っている彼らが、果たしてどのように百の階層を突破していくのか。途中で起こるだろう様々な困難、そして悲劇を、どう乗り越えていくのか。
それら全てを見届けるだけなら、《『魔王』ヒースクリフ》だけで十分だ。
茅場は本来存在しないはずの《ログアウト》ボタンを押し、現実世界へと束の間の帰還を行う。それと同時に《ヒースクリフ》のHPはゼロになり、アカウントは《ソードアート・オンライン》から完全に消滅された。
そして《黒鉄宮》の《蘇生者の間》に存在する慰霊碑に、一本の打ち消し線が刻まれた。
アカウント名――ヒースクリフ。死因――自殺。
真っ先に自殺を選んだアカウントの名前は何度かプレイヤーたちの話題になったが、ほぼ同時に自殺を選んだ極小数のアカウント名に紛れて――ほぼ、忘れ去られてしまった。
以上です。
この後合議制のギルド連合が成立したり、第一次五カ年攻略計画が建てられたりします。
ちなみにSAOはweb版を見た以外は、一巻しか精読してません。続きを書くと決意したら他のも読みます。