やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.3 彼は理不尽にも戦闘に巻き込まれる

「待ってえええええ!!」

 時刻はすでに6時を過ぎており、暗くなって来た。それなのに俺はまだ魔物に追われている。てか、そろそろ限界なんだが。

「はぁ……はぁ……」

 人気のないところを目指して走っていたがそのかいもあって周囲に人はいない。小学生ほどの女の子が自転車並みのスピードで走るところなど見られたら騒ぎになるに決まっている。

「こうなったらっ!」

 さすがに自転車に追い付けないと判断したのかそんな大きな声を発したサイ。気になってチラリと後ろを見るとサイは近くの建物の壁を走っていた。その姿はまさに忍者。

「なッ……」

 驚愕している間に大きく跳躍した群青少女は自転車の荷台に着地した。凄まじい衝撃が自転車を襲い、コントロールが効かなくなり顔を引き攣らせる。

「くそ……」

(このままじゃ)

 いずれ転倒もしくは壁に激突するだろう。やはり人生とは山と谷しかない。

「ハチマン! 前!!」

 だが、俺はまちがっていた。

 

 

 

 人生とは山と谷……そして、槍が突っ込んで来る。

 

 

 

「『ギランズ』!!」

 前方で何かが光ったと思った刹那、鋭い槍が俺たちに向かって飛んで来ていた。

(あ……)

 死んだ。このまま槍に貫かれて俺は死ぬ。そう思った刹那――。

「――ああああああああああああああ!!」

 俺の肩を踏んでサイが槍に突進する。その途中で体を俺の方に……いや、勢いよく一回転させて槍に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。槍の軌道は逸れて俺のすぐ横を通り過ぎていく。

「のわっ」

 ただでさえバランスを崩していたのに肩を踏まれたり自転車の横を槍が通り過ぎて行ったりすれば誰だって転ぶに決まっている。俺だって例外ではない。自転車から放り出された俺はそのまま、地面に叩き付けられる、はずだった。

「大丈夫、ハチマン?」

 いつの間にか俺はサイに横抱きにされていた。やだ、惚れちゃう。もし、俺が女の子だったら一発だった。

「あ、ああ……」

 しかし、生憎今はそんなことを考えている場合ではない。彼女に降ろして貰いながら周囲の様子をうかがった。とりあえず、自転車は壊れていなかった。

「……」

 そして、先ほどの槍は地面に突き刺さっており、見事に抉っていた。あれをまともに喰らったら怪我ではすまされないだろう。

「ほう、あれを避けるか」

 声が聞こえ、そちらを見ると2つの影があった。暗くてよく見えないが1人はサイよりも少し大きいぐらいの影。もう1つは俺よりも背が高かった。

「おい、これってまさか……」

 俺が呟いた時、月が俺たちを照らす。どうやら、今まで雲に隠れていたようだ。そのおかげで2人の正体が明らかになった。

「サイ。もう逃げられないぜ?」

 目の前にいる子供がそう言った。髪はぼさぼさのショート。色は少しくすんだ金髪。見た目は子供のようだが、彼から溢れる気配は今までに感じたことのないものだった。

 背の高い男の手には青紫の本。色は違うがサイの群青色の本と瓜二つだ。

「もう少し待ってくれてもよかったのに」

 俺の隣で本を取り出しながら言うサイだったが、その額には汗が滲み出ている。

「知り合いか?」

「最近ずっと狙われてたの。だから早く貴方と協力関係になりたかったんだけど……どう?」

 俺を見上げながら群青の本を差し出す彼女。群青の目は懇願の色に染まっていた。一緒に戦ってくれと願っていた。

「……」

 だが、俺はその本に手を伸ばすことができなかった。先ほどの槍がフラッシュバックする。鋭利な先端が俺の命を貫こうと光っていた。それは恐怖の証。このまま一緒に戦っても身動きできずに役立たずの烙印を押されるに決まっている。

「……そう」

 俺の顔を見て“読み取った”のだろう。サイは諦めたような表情で本をリュックサックに戻し、俺を置いて前へ歩き始めた。

「じゃあ、やりましょ? でも、この人は部外者だから巻き込まないでね」

「本の持ち主ではないのか?」

 敵の本の持ち主が俺を睨みながら質問して来る。

「関係ないわ。戦う意志の無い人なんか」

 俺を否定するように吐き捨てながら彼女はチラリと俺を見る。

 

 

 

 ――逃げて。

 

 

 

 群青色の瞳にそう書いてあった。そして、もう1つの色がそこにあった。

 

 

 

 ――ありがと。

 

 

 

 それは感謝の色だった。俺じゃなかったら読み取れないほど薄い色。

「……くそっ!!」

 悪態を吐きながら俺は自転車とサイを置いてその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(無理に決まってんだろ!!)

 呼吸を忘れるほど全速力で走りながら俺は心の中で悪態を吐いた。

 何が魔物の王を決める戦いだ。

 何がパートナーだ。

 何が私と一緒に戦って、だ。

 何が――。

 

 

 

「――ありがとう、だ」

 

 

 

 俺は何もしてない。何もできない。戦いの『た』の字も知らない俺がパートナーになったってサイの脚を引っ張るだけだ。

(本当にそれだけか?)

 そうだ。これはサイのためなのだ。俺がサイを間接的に助けたのは入学式の日だ。それは1年ほど前の話だ。つまり、彼女は1年間、ずっと独りで戦って来たのだ。今更、俺が手を貸したって。

(独りでどうすることもできなかったからじゃないのか?)

 内なる俺が俺の考えを否定する。だが、否定するだけじゃ俺は動けない。俺が逃げないほどの何かがなければ弱い俺は動かない。

(まだお礼してないだろ)

 何のお礼だ。こんな戦いに巻き込んでくれたお礼か。

 

 

 

(サイゼで奢ってくれたお礼だ)

 

 

 

「……そうだな」

 動かしていた足を止めて空を見上げる。俺の将来の夢は専業主婦である。家事はもちろん、養ってくれる人が稼いだお金を管理しなくてはならない。奢られっぱなしでは専業主婦になれるわけがない。お金は大事だからな。

「……」

 これでいい。俺は踵を返してサイの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 現場に戻ると体中から血を流しながら肩で息をしているサイとその目の前で右手を翳している金髪の魔物がいた。魔物の後ろにはニヤリと笑っている本の持ち主もいる。

「どうした? サイ、いつものように逃げないのか?」

「戦うって……言ったでしょ?」

「俺は嬉しいんだけどさ。もうちょっと抵抗してくれてもいいんだぜ」

「……」

 無理だ。サイの身体能力が高くても飛んで来る槍を受け流すので精いっぱいだろう。それに加え――。

「あ、そうか。さっきの腰抜けが逃げる時間を稼いでたのか」

 ――そう、俺を逃がすためにわざと逃げなかったのだ。それどころか俺を突き放すような発言をして俺が逃げやすいようにしてくれた。本当に気遣いで出来過ぎる。

「うるさい」

 サイは目を鋭くして背中のリュックサックを庇うように腰を低くして構えた。まだ彼女の心は折れていない。

「いいだろ? もうあんな腰抜けなんか放っておけば」

「……」

「それにしても滑稽だったな。兎のように逃げて。いやぁ、やっぱり人間は腰抜けばかりだな」

「おいおい、バンガ。私だって人間なのだぞ?」

「おお、そうだったそうだった。誠以外の人間だったな」

 バンガと呼ばれた魔物が笑うと誠という人間も一緒に笑う。

「笑うなッ!!」

 そんな2人にサイは初めて怒った。そのあまりの絶叫に俺ですらビクッと肩を震わせてしまう。

「ハチマンは私のパートナーだ! 大人の顔色をうかがって生きて来た私を見ても何も感じてなかった!」

 サイの両手から血が滲んでいる。手の皮膚が破けるほど力強く手を握りしめているのだろう。

「私たちの話を聞いて疑わなかった。私の目を見て話を聞いてくれた。逃げる前も私の脚を引っ張るって思って私の手を掴まなかった。賞賛してもバカになんてできない!! 私は……私はハチマンのパートナーなんだああああああ!!」

「じゃあ、そんなクソパートナーのために死ね」

「『ギランズ』!」

 無慈悲にもバンガの右手から放たれた槍はサイの右肩を掠る。サイが直前に左に体を傾けて回避したのだが、躱し切れなかったのだ。槍はサイのリュックサックの肩ひもを引き千切り、そのままリュックサックが破け群青色の本が零れる。

「これで……」

 飛び出した本に左手を向けるバンガ。誠も勝利を確信したのか醜い笑みを浮かべていた。

「ぬおおおおおおおおおおお!!」

 だが、そうはさせない。奢ってくれたお礼をしなくてはならないから。

(絶対に、本を守ってやる)

 俺らしくない考え。でも、今はそんなこと気にしている場合じゃなかった。

 建物の影に隠れていた俺は群青色の本へ突進する。そんな中、本が群青に輝きながら開いた。そこには群青色の文字が書かれている。だが、『サルク』ではない。

「『ギランズ』!」「ハチマン!」

 槍と俺の間にサイが躍り出た。

(ばッ……)

 このままではサイは槍に貫かれて、死ぬ。それだけはあってはならない。何としてでも彼女を、今までたった独りで戦って来た少女を守るのだ。独りは俺だけで十分だ。

 それと同時に俺は群青色の本を掴んで叫ぶ。本の輝きがより大きくなる。

 

 

 

「『サシルド』!!」

 

 

 

 サイの足元から群青色の盾がせり上がった。大きさはサイの約2倍。俺の背丈ほどだ。盾の形は湾曲しており、範囲は半径。受け止めるのではなく、“受け流す”ための盾。

 槍は盾の右側にぶつかり、盾をなぞるように後方へ流された。

「くそっ! まさか帰って来るとは。誠!」

「『ガンギランズ』!」

 新しい呪文を使ったようで盾に何かが連続でぶつかる。いくつかは受け流しているようだがどんどん盾がひしゃげていく。

「ハチマン!!」

 この後、どうするか考えようとするもサイに抱き着かれて本を落としそうになった。

「お、おい! 離れろって!」

「信じてた! 戻って来てくれるって!」

 興奮しているのか俺の話なんか聞かずにものすごく嬉しそうに笑っている。

「こんな時に……何やってんだか」

「だって、ハチマンが帰って来てくれたんだよ。嬉しいに決まってるでしょ!」

「……はぁ。まぁ、いい。とにかくこの状況を」

「大丈夫」

 何とかしなくてはいけないのだが、サイは自信満々にそう断言した。

「いや、今はこの盾で防いでるからいいとして……その後はどうするんだよ」

「あんな奴ら『サルク』さえ使えれば何とかなるよ。槍一本ぐらいなら術なくてもいいんだけど、今使ってるあれは辛いんだよね」

「……大丈夫なんだな?」

「うん」

 彼女の目はキラキラと輝いている。楽しそうだ。

「何でそんなに楽しそうなんだよ」

「今まで独りだったから。初めて人と協力して戦えるのが嬉しくて」

「……とにかく、後はまかせた」

「オッケー。10秒後に盾消して『サルク』お願い」

「了解」

 俺は本を抱えるように持ちながら後退する。サイも屈伸運動してウォーミングアップしていた。

(3……2……1!)

「『サルク』!」

 盾を消してすぐに呪文を唱えた。サイに向かっていくつもの小さな槍が飛んで来る。

「じゃ、行って来るね」

 だが、何の心配もしていないのか彼女は俺の方を見て笑う。その目は群青色に輝いていた。

「サイ!」

 すでにそこまで迫っていたので叫ぶが、前を向いた群青少女は体を傾けるだけでそれを避ける。そして、次に迫っていた槍を右手で掴んで俺に向かって飛んで来ていた槍にぶつける。

「さぁ、ここからだよ」

 弾丸のように前に跳んだサイは体を捻って槍を躱し、時にはそれらを踏ん付けて速度を上げ、俺を守るようにいくつかの槍を蹴飛ばしながらバンガたちに接近する。

「なんで、何で当たらないんだ!?」

「『サルク』は目の強化! 今なら音速で飛んで来る弾丸も欠伸をしながら手で捕まえられるよ!!」

 眼力強化。そして、サイ本人の身体能力を駆使して槍の弾幕を突破しバンガの懐に潜り込んだ。その時、チラリと俺の方を見た。その目はいつもの群青色に戻っている。

(そう言うことかよ)

「『サシルド』!!」

 あえて『サルク』ではなく『サシルド』を唱えた。この呪文はサイの足元から盾が“せり上がる”。じゃあ、もしその出現場所に人がいたら?

「ガッ!?」

 もちろん、盾のアッパーカットを喰らうことになる。バンガは群青色の盾に高く突き上げられた。

「さっすがハチマン!」

「『サルク』!」

 俺を褒めるサイを無視してもう一度、眼力強化の術を使用する。彼女は強化された眼でバンガの着陸地点を予測しそこへ走った。

「『ガンギランズ』!」

 しかし、相手も黙って見ているわけがない。また槍の弾幕を張った。

 斜め上から降りそそぐ槍を一瞥し姿勢を低くする。それはジャンプする人の構えだ。

(上手くやれよ)

「『サシルド』!」

 すでにサイはバンガの軌道を確認している。少し目を離したって空中の軌道は変わらない。だからこそ、俺は『サルク』を解除して盾を出現させた。

「本当にさいっこう!!」

 そう嬉しそうに叫びながらジャンプしたサイは出現した盾に着地し、もう一度ジャンプ。槍の弾幕を眼下にバンガの頭上まで迫った。

「うらあああああああ!!」

 空中でクルクルと縦回転を始め、そのスピードが最高潮に達し一気にバンガの脳天に踵を落とす。

「ッ……」

 踵を落とされた魔物は声にならない悲鳴を上げて地面に叩き付けられる。そのまま、気絶したようでピクリとも動かなかった。

「ひ、ひぃ」

 相棒がやられたことに恐怖したのか誠は本を捨ててその場から逃げ去った。

「……」

 スタッと華麗に着地したサイを横目に捨てられた本を拾って彼女を見る。丁度、彼女も俺を見ていた。

「ハチマン! すごいすごい! 私たち、コンビネーション抜群だね!!」

 ピョンピョンと俺の周囲を飛び回りながら喜びの舞を踊る群青少女。

「あ、ああ……」

 無我夢中で呪文を唱えていた。彼女の目を見たら彼女が何を考えているのかわかった。何としてでも彼女を勝たせてやると似合わない思考を巡らせていた。

「ああ、もうこんなに楽しかった戦いは久しぶり! ハチマン、これから一緒に――」

「あ、れ」

 ぐにゃりと視界が歪んでサイの声が遠くに感じる。

(まず……)

 俺は嬉しそうに笑っている群青色の瞳を持った少女を見ながら気を失った。

 




ちょっと八幡の言い訳は強引だったかなと思っています。もう少しなんか出来たのではないかと。
後、八幡のバトルセンスは結構高めに設定しています。ご了承ください。

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