それからの三日間はとにかくあっと言う間に流れていった。カイズもヴィータも肉体的に怪我を負ってはいないが、それでも様々な精密検査を受け続けた。
その間に二人は一度も会っていない。
だからこそ、これが久しぶりの再会と言っても過言ではなかった。
夕暮れ時になって、ようやく全ての検査が終わったカイズは、ヴィータの待っている屋上に向かっていた。
「ヴィータさんと会うのは久しぶりだなー。もうあれかな。これはいい感じになっちゃうのかな」
何と言っても死ぬもの狂いの救出劇だったのだ。感動的な再会になるに違いない。
ヴィータにいきなり抱きつかれたら、どんな対応をしようか。そんなことを考えながら、屋上の扉を開けた。
「ヴィータさーん。きましたよー」
屋上にでるとあたりを見渡す。すると奥の鉄格子の前に一人の女性の姿が見えた。
いつもの三つ編みではなく、ウエーブのかかったストレートヘア。服装もまたいつもと違い、ふんわりとした長いロングスカートの姿は、いつもよりも大人びて見えた。
「……おーう」
カイズの姿を見ると、ヴィータはどこか元気のない返事をする。カイズは「んん?」と首を傾げると、ヴィータの隣に歩いていった。
「久しぶりですねヴィータさん。どうですか、調子は?」
「まー、おかげ様で大丈夫だぞー」
「おかげさまって。あれ、もしかして過去の記憶の記憶が残ってるんですか」
「べっつにー。今回の事件のことはシャマルから聞いたことがほとんどだし。……それでもほんのちょこっとだけ何となく思い出しただけだー」
「そ、そうなんですか……」
あれ何だろう。なんか空気が重い。
先ほどからなぜかヴィータは生返事だ。自分の予想ではヴィータがこのまま抱きついてきて、自分も抱きしめてハッピーエンドのはずだったのだが。
というか、ヴィータさんどこの記憶を覚えてるんだろう。
もしかしたら斬りかかったことを覚えているのかもしれない。
もしかしたら戦闘中に好きだ愛してるだいい続けたのを覚えているのかもしれない。
それとも、尋問されている時にスカートを覗いてしまったのを怒っているのかもしれない。
カイズの額から嫌な汗がだらだらと流れ出す。ヴィータは頬を膨らませながら、そっぽ向いたままであった。
気まずい。非常に気まずい。きっとこちらから口を開かなければ、ヴィータはずっと黙ったままだろう。
覚悟はできた。本当はできてないけど、決めるしかない。カイズはごくりと唾を飲み込むと、唇を震わせながら声をだした。
「え、えっと。ど、どこの記憶を、お、覚えているんでしょうか」
「………………ちょっとそこに座れ」
「へっ?」
「正座!」
「は、はい!」
ヴィータの声を聞くと、反射的にその場に正座する。ヴィータにじと目を向けられると、カイズの背筋に冷たいものが走った。
「…………いいか。絶対に動くなよ」
「は、はい……」
「よし」
いったいこれからどんなお仕置きをされるのだろうか。カイズはギュッと目を閉じると、そのときを待った。
ヴィータの息づかいが近づいてくる。頭を殴られるのか。そう思った瞬間だ。カイズの唇に柔らかいものが重ねられた。
(ヴィータさん? ん、んん、舌が!?)
目を開けるとヴィータの顔が間近に見える。いったい何がどうなってるのか。困惑するカイズを横目に、ヴィータはカイズの咥内に舌をはわせ続ける。
ゆっくりと、そして丁寧にされたそれはいったいどれほど続いただろうか。
口の中が唾液でいっぱいになるころに、ヴィータはようやく口を離してくれた。
「えっ、あっ、はっ、ヴィータさん?」
「――――ふんっ!」
ヴィータは再びそっぽ向いてしまう。怒らせたと思ったら、キスをされて、そしたらまた怒らせてしまった。
チンプンカンプンだと、カイズは目を白黒させる。そんな何もわかっていない彼をチラリと見ると、ヴィータはそっぽ向いたまつぶやいた。
「――――お前は誰にでも優しくしすぎなんだよ」
「誰にでもって。えっ、ええ??」
「今のキスでわからないのか?」
「は、はい……」
いったいディープキスと優しさのどこに繋がりがあるのだろうか。心の底から困り果てるカイズ。そんな彼を見ると、ヴィータは顔を真っ赤にしながらカイズに詰め寄った。
「何で過去のあたしにキスしたんだよ」
「――――――――へっ?」
「だからどうして過去の記憶のあたしとキスしてるんだって言ってるんだよ! お前が本当に好きになったのは今のあたしで、過去のあたしじゃねえだろう!」
「で、ですけど、あの時は不意打ちでキスされたわけで」
「それでもキスしたのはしただろ! ……何だよ。今のあたし以外とキスしてるんじゃねえよ。……ばかぁ」
いや、正確にはどちらもヴィータさんなんですけど。
そう声をあげたかったが、きっと膨れているヴィータをさらに膨らませるだけだろう。
ここまでの流れを説明するとこうだ。
ヴィータは過去ヴィータとカイズがキスをしたことに怒っている。だから過去の自分よりももっと激しいキスをしようと、先ほどのディープキスをした。
多分いつもより大人っぽい服装も、過去の自分と対比してのことだろう。
つまりヴィータは、自分自身に嫉妬し、自分自身をライバル視しているのだ。
(俺はヴィータさん一筋だから、嫉妬してるヴィータさんなんて一生見れないと思ってたけど。――――って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)
ちょっとばかし無理だとは思うが、カイズは弁解し始める。
「ヴィータさん。俺が過去でキスしたのはあくまでヴィータさんであって、ほかの人とキスしたわけでは」
「うっせえ。何だよ、今のあたしのことが好きだって言ったくせに、結局あたしだったらどんなあたしだっていいんじゃねえかよ」
「そ、それはヴィータさんがヴィータさんなわけで、ヴィータさんならどんなヴィータさんでも俺は――――」
「ふーん。だったら過去のあたしのところにでもいっちまえよなー」
「ヴィータさん。そんなー」
何が感動的な再会だ。カイズは数分前の愚かな自分をしばき倒してやりたかった。
やっぱりヒーローになれるのは夢物語の中だけで、現実の俺は全然まだまだのようだ。
今回のことで少しは成長したかと思ったんだけどな。
(やれやれ。これは説得に時間がかかりそうだな)
夕暮れの屋上。失いかけた日常を取り戻した二人は、犬も食わそうな会話を繰り返していく。
ヴィータの記憶がどうしてその部分だけ残っているかは、結局誰も分からなかったらしい。
だが今のヴィータを見てカイズは一つの答えに辿り着いた。
人の記憶と人の想いとは果たして区切ることができるのだろうかと。
過去に存在しないカイズがヴィータの記憶であり続けられたこと。それはつまりヴィータの想いが過去の記憶に干渉していることに他ならない。
今回はその逆なのだ。本当はありえなかった過去のヴィータの強い想いが、今のヴィータの記憶に反映している。それが今の状況を作り上げたのだ。
魔法が発達したこの世界でも、未だに人の頭のことは不確定な部分が多い。
だからこそカイズは今ある奇跡を神に感謝した。
過去のヴィータを悲しませることなく。その想いが消えなかったこの現実に。
確かに今のヴィータを納得させるのは至難の業かもしれない。だがきっとヴィータも心の中では理解しているはずだ。
過去の記憶の中で、自分にはいたらない点は多かったと思う。
しかしそれでも過去のヴィータとの約束をしっかり守れたと。それが嬉しくて、自然と笑みを浮かべた。
「あー、また過去のあたしのこと考えてるんだろ。ふんっ、もうしらないからな」
「あっ、ちょっとヴィータさん。待ってくださいよー」
思うことはいろいろあるが、実に自分らしい終わり方であろう。
さて、これからどう機嫌をとっていこうか。
ズンズンと離れていくヴィータの背中に駆け寄りながら、カイズは頭を悩ませていくのだった。