いったいどうしてこんなことになったのだろうか。
八神はやては机を挟んで座っている二人を見て、そんなことを思っていた。
昨日と言えばヴィータにお酒を勧めて、酔った勢いで様々な話を聞いた。
それがすぎてしまい、いろいろと精神的ショックを負うことはあった。だが今日はそんなショックも吹っ飛ぶほどの、出来事とが繰り広げられようとしている。
大切な話がある。その連絡がきたのは、つい一時間ほど前のことだ。
そして目の前に現れた二人は、ものすごい正装をしている。部屋着姿でいる自分が失礼なほどにだ。
(えっ、昨日の飲み会がキッカケでどうしたらこんなことになるんや)
それとも元からそのつもりだったのだろうか。いや、確か今日は二人で映画にいく予定のはずだ。
それがどこをどうしたら、こんなことに。
先ほどからどうして、どうしてと考えが二重三重する。
「…………はやてさん。菓子折りです。受け取ってください」
高級そうな包みで装飾されたそれを、机の上に置かれる。はやては戸惑いながらも、それを受け取った。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!!
いつかは、やがていつかはこんな日が来るのではないかと思っていた。だがそれが今日であると誰が思うだろうか。
「――――それではやてさん! 今日は大切な話がありましてここまできました!!」
「は、はいっ!!」
えっ、えっ、もう言うの。よくドラマとかでいうあの台詞を言ってしまうの。
あたふたあたふたと、困ったように後ろを見るはやて。そんな彼女に視線を向けられると、扉越しに見ていた八神家面々はスッと視線を逸らす。
カイズはその場で深々と頭を下げると、お腹の底から声を上げた。
「先日僕はヴィータさんにプロポーズをしました。それに浮かれて報告が遅くなってしまいました。まだまだ僕は至らない点が多いと思います。ですがヴィータさんを思う心に偽りはありません」
「えっ、あ、うん。えっと、カイズ君?」
「だから今日はお許しを得に来ました。ヴィータさんを、お宅の娘さんを僕にください!」
カイズの告白の瞬間、蚊帳の外から様子を見ていた面々から「おおおお」と声があがる。
頭を下げるカイズは真剣そのもの。それを固唾を飲んで見ているヴィータもまた、今まで見たことないほど真剣な眼差しだった。
だからこそ、はやては完全に置いてきぼりをくらってしまった。
(ま、まあカイズ君には世話になってるし、ヴィータもカイズ君のこと好きやから問題あらへんよな。だ、だけど、あんだけドンちゃん騒ぎした翌日にこれって。……えっ、もしかしてこっちの弱みにつけ込んで今日来たってこと? いやいや、さすがにカイズ君の性格的にそんなことはないと思うし。そうじゃなくて、今はこの状況をどうするかや)
ここまでの思考、わずかに一秒のことである。
(いいって言うべきやよね。いや、元から断る理由なんてあらへんけど、ちょ、ちょっと誰か助けてやー)
顔では平静を装いながら、頭の中で悲鳴を上げる。
そんな主の姿を見て、ピンク色のポニーテールの女性が立ち上がる。彼女は三人の間に入ると、『コホン』とわざとらしくせき込んだ。
「主も突然のことで些か戸惑っているようだ。それにだ。こんな大事な話を予定の打ち合わせもなしにしにくるものどうかと思うぞ」
シグナムのその言葉にカイズはハッと顔を上げる。そして額からダラダラと汗が流れるのを見ると、相当テンパっているようだ。
見ていて可哀想になるほど狼狽えているカイズを見て、はやてはとりあえずとポンっと両手を叩いていった。
「と、とりあえずヴィータと少し話をさせてもらえないやろうか。近況もいろいろと聞きたいと思うし。なっ、カイズ君」
「…………は、はい。よろしくお願いします」
はやては『あとはよろしく』と守護騎士に念話を送る。そしてヴィータの手を握ると、そそくさと外に向かっていくのだった。
◆
海岸につくと、石の階段に座っているヴィータの隣に座る。そして持っている飲み物を彼女に渡すと、苦笑いを浮かべた。
「ごめんなーヴィータ。なんや、いきなりでこっちの気持ちも整わなく。それにしてもどうして今日やったんや?」
「……あたしにもわかんねえ。ただ夢見が悪かったのか、寝ているとき随分と苦しそうで。で、朝起きたらはやてに挨拶しにいくってきかなくてよ」
「そ、そうなんやー。……えっと、ヴィータ。もしかして機嫌悪い?」
「……うーうん、べつにー」
そう否定するヴィータは、明らかに機嫌が悪そうだった。買っていた飲み物がよくなかったのだろうか。いや、ヴィータの好みは完全に把握しているのでそれはないだろう。
肩を並べての無言が重い。はやては困ったように右往左往してしまうと、ヴィータのほうが先に口を開いた。
「なぁー、はやて。……どうしてカイズのことすぐに許してくんないんだよ」
「…………えっ? でもそれはちょっと突然すぎてなんていうか」
「確かにいきなりだったかもしれねえけどよ。だけどカイズはしっかり考えて真剣な気持ちで今日ここに来たんだぞ。…………カイズの気持ちも少しわかってくれよな」
ヴィータは不機嫌そうに言うと、渡された飲み物を飲んでいく。だがそんな彼女とは違い、はやては今のヴィータを見て、驚いたように目を見開いていた。
思えばヴィータとは長いつき合いだ。闇の書事件の際に家族となり、誰よりも自分と一緒の時間を過ごした。
病院の送り向かえ。お風呂。寝るときなども一緒のベッドで寝ることが多かった。
そんな生活は管理局に入り少しは変化した。だがヴィータは誰よりも自分のことを慕っており、人の目は気にするようになったが甘える姿は昔のままだった。
そのヴィータが自分の行動に対し、不満を述べている。思えばそれは人生で初めての経験かもしれない。
そういえばとはやてはヴィータの姿を見た。ヴィータは昔から可愛らしい格好が嫌いだった。動きやすさを優先していると言ってはいたが、心のどこかでそんな服は自分には似合わないと思っていたのだろう。
だが今はどうだろうか。膝下のドレスのような服。髪の毛は三つ編みではなく、ストレートにしている。
自分の知らないヴィータの姿を見て、はやてはほんの少し気落ちする。自分の出せなかったヴィータが目の前にいるからだ。
だがそれ以上にはやては感謝していた。自分が出せなかったヴィータが目の前にいるからだ。
きっと親の寂しさとはこういうことを言うのだろう。
だが自分が寂しいと思うよりも、彼女にはもっといっぱいいっぱい幸せになってほしい。
その想いに偽りなどあるはずがなかった。
はやては缶コーヒーを一気に飲み干す。そしてコトンと缶を階段に置くと柔らかい声でヴィータに訪ねた。
「ねっ、ヴィータ。ヴィータはいま幸せかな」
「…………うん。いや、今までの時間だってあたしは十分に幸せだったよ。みんなとワイワイ楽しんで、どこに行くにも寂しさを感じる時なんてなかった。それだけでもあたしは十二分に幸せだと思ってた」
「だけど今はちょっと違うんやね」
「……うん。はやてやなのはといるのはもちろん楽しいし、嬉しい。だけどあいつは。カイズだけは何かが違うんだ。何だろう、うまく言葉にできないけど。それでもあたしにとって本当に特別な存在で、それで、だから」
「大丈夫やー。ヴィータの気持ちは、もうしっかり届いてるから」
はやてが両腕を広げると、ヴィータはその手にギュッと包まれていく。はやてはヴィータとのこれまでを思い出しながら、彼女の髪の毛を撫でていった。
「ヴィータ。しっかり幸せになるんやで」
「…………うん」
二人はしばらくそのまま動くことはなかった。
だが今の二人には言葉も行動も必要ない。ただ温かな時間が過ぎるのを、二人は感じ続けていくのだった。
◆
「というわけで、カイズ君。うちの。うちらの娘をどうぞよろしゅうお願いします」
そう頭を下げるはやては、一切ふざけてはいなかった。
様々な覚悟を決めたその姿勢に、カイズもまた頭を下げていった。
「絶対に、絶対に幸せにします!」
長い間二人は頭を下げると、同時に面を上げる。カイズは上体を起こすと、そのまま尻餅をついていった。
「ど、どうしたんだカイズ」
「い、いや。シグナムさんに怒られて、もしかして、もしかしてって考えてたらずっと緊張がほぐれなくて。――――しょーじき、待ってある間生きた心地がしませんでした」
「全く、どこまでも真面目な奴だよなおまえは」
だがそんな彼こそが、ヴィータが好きになったカイズという男なのだ。
はやてはそんな仲むつましい二人の姿を見ると、安心したように肩の荷を降ろしていった。
「それじゃあ今日は一緒に御飯を食べようかー。それでみんなで一緒に考えていこうか。ヴィータとカイズ君の結婚式やその他もろもろについて」
「はい、よろしくお願いしますはやてさん」
「はやてありがとうなー」
二人は顔を見合わせると、笑みをこぼす。
(安心してな。必ず最高の結婚式にしてみせるからなー)
はやては、そして八神家のみなは声に出さなくとも、念話を交わすことなくとも、皆そう決心していった。
カイズ君が教導官になるまであと少し。これは忙しくなりそうやね。
忙しくなりそうといいながらも、未来のことを思うと心は元気だ。
まあまずは、二人においしい料理を作ってあげよう。
はやてはそう思うと、袖を捲りキッチンに向かっていくのだった。