身動きがとれない。
体がどんどん冷たくなっていく。
ここはどこだ? そう口を開こうとするが、全身を圧迫されそれすらも許されなかった。
あたし、どうなったんだっけ?
自らに問いかけるが、答えは目の前に存在していた。
そうか。ノーナンバーズを倒して。それで雪崩に巻き込まれて。……やべえ、体に力が入らねえ。
止血もしないで血を流しすぎたのだろう。むしろこのまま凍死せず起きることができたのが奇跡なぐらいだ。
だがその奇跡も長くは続かなかった。
やべえな。……あたし、死ぬのか?
思えば死ぬというのは初めてのことだった。今まで闇の書を通して、数々の主に仕えてきた。
だがその全ては突然の消滅であり、自分が死ぬという感覚はなかった。
でもよ。上出来じゃねえか。闇の書事件で様々な人間を苦しめてきたあたしが、家族に囲まれて、仲間に囲まれて。そして短い間だけど彼氏だってできたんだ。……これ以上のことはねえよな。
だったらもういいではないか。自分の人生は本当に幸せなものだった。だからもう。
はやての顔が。なのはの顔が。そしてヴォルケンリッターや六課のメンバーの顔が次々と思い出される。
走馬燈っていうのはこういうのを言うんだな。最後まで幸せな夢をありがとうな。
ヴィータは幸せな夢を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。
『ずっと、ずっとヴィータ教導官のことが好きでした。だから俺と付き合ってください』
『だ、だけど待っててくださいヴィータさん。俺、頑張ってお金貯めて。一生の思い出に残るような綺麗なホテル探すんで!!』
『じ、自分でも心が狭いって思ってますよ。で、でも仕方がないじゃないですか。そ、その、ヴィータさんが迫られてる姿を見たら、なんか頭の中がカァーっとしちゃって。……それで』
『――――俺と結婚してください。必ず、必ずヴィータさんのことを幸せにしますから』
誰かの言葉が浮かび上がる。
それは大切な。本当に大切な人の言葉だった。
まだ自分は彼との約束を果たしていない。後悔なんてないと思っていた。だが心の底から沸き上がる思いに、ヴィータは自然と涙を流していた。
「やだ。……やだよ。まだ、死にたくねえよ」
様々な思い出が。そしてこれから来るはずだった暖かな未来を思うと、心の奥底にしまっていた本音が飛び出す。
確かに闇の書の一部として、自分は出来すぎなくらい幸せを掴むことができた。
だけどそれだけではだめだった。自分はもっと幸せになりたい。大切な家族と。頼れる仲間たちと。
そして。そして。
「…………カイズ、助けてくれよ」
ヴィータは愛する人の名前を、今にも消え入りそうな声で叫んだ。
「――――ヴィータさん!」
「――――えっ」
「そこにいるんですね。すぐに助けますからね!」
それは幻聴なのだろうか。愛するものの声が小さいながらもハッキリと耳に届く。
だが幻聴だろうと関係ない。彼が助けてくれると言ったのだ。だからこそそれを信じて、ヴィータはもう一度声を上げた。
「――――カイズ、助けてくれ!」
まるでヴィータの想いが放たれたかのように、目の前の闇が取り払われていく。雪がどけられると、夕暮れの光が目に届く。
「ヴィータさん! ヴィータさん!」
目が光りに慣れると、ぼんやりとしていた輪郭が徐々に鮮明になる。見間違えるはずもない。ヴィータは愛するものを目の前にすると、大粒の涙を流した。
「カイズ。あ、あたしのこと……」
「ごめんなさいヴィータさん。俺、またヴィータさんのこと忘れちゃって。告白したときにもう二度と忘れないって言ったのに、俺……」
「…………別にいいよ。あたしのこと忘れたってよ。だってさ」
ヴィータは一度言葉を止めると、カイズの首に両手を回す。カイズはそんな彼女に応えるように、優しくヴィータを抱きしめた。
「カイズは何度だってあたしのこと思い出してくれるだから。だからいいんだよ。――――でもどうやってあたしの場所がわかったんだ。ここら辺は魔力磁場が」
「魔力感知できなくても、機械のほうは関係なかったみたいですね。ほら、ヴィータさんが俺の片方のデバイス持ってるでしょう。で、片割れのデバイスを使って追跡してきたんです。どこにいても飛んでいけるように、渡してもらってよかったですよ」
このデバイスは互いが互いを引き合うようにできている。この機能を使ったのは、ヴィータの夢の中に入ったときの一回だけであった。だが彼女の作ったものだ。その性能を疑うことなどカイズにはなかった。
カイズの意味しているところがわかると、ヴィータは困ったような笑みを見せる。
「……そっか。あたしが暴走するのもお見通しってわけだったのか」
「いや、そんなことないですよ。でもどんな状況でもすぐにヴィータさん会えるようにって、ぼんやりした頭で考えたらこれしかないかなって」
「そうだったのか。……カイズ、ありがとうな」
「いえいえ、どういたしまして」
「――――ううっ」
ヴィータはそこまで言うと、小さなうめき声をあげる。だがその表情に苦しさは見られず、安堵したように気を失っていった。
一気に緊張の糸が切れたのだろう。カイズはにこやかな笑みを浮かべると、唐突にヴィータから顔を背けた。
「ぐっ、ごほ、ごほっ! ……まだだ。もう少しだから耐えろよ」
カイズは吐血で雪を赤く染める。だがしっかりとヴィータを抱きあげるとゆっくりと立ち上がった。
記憶喪失ばかりに気を取られていたが、カイズも立派な重体人なのだ。普通なら絶対安静が義務付けられた身である。
「でもヴィータさんの体を寒い雪に置きっぱなしってわけにもいかないもんな」
カイズは全身を襲う強烈な痛みに耐えながら、一秒でも早くと救護班の元に向かい歩き始めていくのだった。
◆
意識が段々と明瞭になる。
ああ、もうすぐ自分は目覚めるのだとヴィータは直感で気づいた。
だが彼女は目覚めることを恐れていた。今まで見ていたのは都合のいいただの夢。目を開いた瞬間に、何もかも失ってしまっていたら。
そう思うと、本当に怖かったのだ。
…………でも、あたしは信じてるんだよな。
カイズのことを思い出すと、それだけで信じることが出来た。あいつがあたしを助けてくれた。それは絶対に嘘ではない。ヴィータは確かな想いを信じると、ゆっくりと目を開けた。
目の前に映るのは真っ白な世界だ。だがそれは冷たい雪の白ではない。病室の天井だった。
「……ここは、どこだ。――――んっ」
ごしごしと目を擦ろうとするが、腕が動かないことに違和感を覚える。ヴィータは右手の行方を見る。すると彼の姿を見て、柔らかい笑みを浮かべた。
「…………すぅ」
「こいつ寝ながらあたしの手をずっと握ってたのか。……ありがとうな。こんなにもあたしのこと愛してくれて。――――あっ」
ヴィータはふと視線をあげると、そこにいる人達の姿を見た。そこには彼女を大切に思っている数々の人達が眠りについていた。
「はやてにシグナム。シャマル、ザフィーラ、リインもアギトも。なのは、テスタロッサ、みんな、みんな」
広い病室でありながら、ギッシリと詰めあう仲間たち。カイズだけではない。自分はこんなにも多くの人に愛されているのだと。それがわかると、ヴィータは目に涙を貯めた。そんな彼女を見て、唯一起きていたミズホは心配そうに声をかけた。
「どうしたのお姉ちゃん。どこか痛いの?」
「……違うんだ。嬉しくて、本当に嬉しくてお姉ちゃん泣いてるんだ」
「そうなんだ。……でもお姉ちゃんは笑顔のほうがきっとみんな喜ぶと思うよ」
「……ああ、そうだな。そうだよな」
ヴィータは嬉し涙を拭うと、少女に向かい満面の笑みを見せた。その顔を見て少女もまた満面の笑みになると、両手を口元に添えた。
「みんなー、ヴィータお姉ちゃんが起きたよー」
少女の声にゆっくりと目覚めるヴィータの大切な人達。
ヴィータは白い歯を見せると、まるでお日様のように明るく微笑んだ。
「みんな、ありがとうな」