pixivに載せたもの。
古橋が花宮を好きになった経緯とか、告白とか。

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古花の日

僕の世界は退屈だ。

学校生活はあまりに単調で欠伸が出てしまいそうだ。授業、休み時間、授業、休み時間……その繰り返し。

進学校特有の干渉の無さは、喋るのが不得意な僕にはありがたい。けれど、それが退屈を助長させている。

同じ制服。同じような髪型。

誰が誰だか分からなくなりそうだ。

僕にこの世界は生きやすい。生きやす過ぎて、退屈なのだ。

まるで波風の立たない海。波に抵抗しなかった僕は、その奥深くに沈むのだ。光が届かない、ずっとずっと奥底。

しかしある日、僕の許に一筋の光が射し込んだ。太陽なんかじゃない。太陽よりも眩しく、魅惑的な光。

僕は光に向かって手を伸ばした。すると、光が僕を海上へと引っ張っていった。

光の主は、花宮真といった。僕が所属するバスケ部の監督兼主将。

光沢のある黒髪、人を嘲笑う瞳、冷笑が似合う唇、しなやかな身体……。

いつの日からか、僕は彼の全てが欲しくなっていた。

あの眼に恨みを目一杯込めて、蔑まれる妄想を何度しただろう。

彼の低く澄んだ声で罵られるのを、何度望んだだろう。

あの白い肌に赤い痕を付ける夢を何度見ただろう。

僕は彼に首ったけになってしまった。

花宮。僕はお前が欲しい。

 

「おい、聞いてるのか? 康次郎」

気が付けば、花宮が僕の顔を覗き込んでいた。

「聞いてた。来週の練習試合の事だろ?」

「ああ。誠凛戦だから何か対策が欲しいんだよな。木吉もさる事ながら、黒子のプレーも手強いからな」

「認めてるんだ」

「は?」

「誠凛の強さ」

僕の言葉に花宮はぽかんとした表情を見せてから、くくっと笑う。

「んわなけねぇだろ。ただ、あいつ等見てると腹立つんだよ。友情、努力、勝利の三原則を絵に描いた感じが。見てろよ、徹底的な敗北を与えてやる」

そう言う花宮は楽しそうだ。

人の不幸は蜜の味。

いつか花宮は言っていた。

花宮は気に入らない奴がいると、自分の巣に誘い込む。そして、糸に絡まって動けない相手を、冷笑を浮かべながら食すのだ。さながら、蜘蛛のように。

そう考える度、僕はその糸に絡まりに行きたくなる。

花宮の餌食になりたい。彼の肉となり、血になり、栄養分になりたいのだ。

「やっぱり練習量かな……。ええと、うちのチームに足りないのは」

結局、花宮は自分だけで考え込んでしまう。いつもの事だ。

そうして、いつものように、僕は無言で彼を見つめる。

ぶつぶつと呟きながら紙にメニューを書き込んでいく。その真剣な顔持ちは、とても美しい。

この美しい顔を守りたいと思ったのはいつからだっただろうか。

 

 

   ***

 

 

その日の事は日付から天気にかけてまで、よく覚えている。

とある高校との練習試合が終わり、帰宅しようとしていた時、花宮が言った。

「すまないが、皆、先に帰ってくれないか?」

「どうした?」

原がガムを噛みながら尋ねると、花宮は「ちょっと用事がある」とだけ言い、荷物を持って出ていってしまった。

「何かあるな」

 誰からともなく言い出した言葉に、皆が頷いた。

 花宮は平静を装っているつもりなのだろうが、それを見破れないほど僕等は莫迦ではない。

「古橋、行って来いよ」

「どうして?」

 原の言葉に首を傾げると、彼は口許を楽しそうに歪ませ、「お前、花宮大好きじゃん」

「…………」

 僕は何も返せなかった。

 何で知っているのか、とか、ふざけてるのか、とか、言いたい事は山ほどあるが、結局僕は荷物を持って駆け出した。

 花宮は何処にいるのか。それは何となく予想は出来る。月並みな展開であるのと、花宮がそんな事をするのかという不安があったが、他に当てはないので、そこへ向かった。

 体育館裏に近づくと、声が聞こえてきた。

「うぜーんだよ、涼しい顔しやがって」

「頭いいからって、調子乗ってんじゃねーの?」

「ズルして勝って楽しいのかよ」

 当たっているのか?

 体育館に沿って角を曲がると、予想に似た光景があった。

 先程対戦していた五人の生徒と、彼等に嬲られている……花宮。

「花宮!」

 僕という闖入者に驚いて行為を止めた男子生徒達を押し退けて、花宮に駆け寄る。

「花宮……」

 抱き起すと、花宮は徐に目を開けた。

「康、次郎」

 よかった、意識はあった。

 安堵する僕に、「おっ、お前らが悪いんだよ!」と、男達が言った。

「あいつが汚ねえラフプレーをするから!」

「だったら!」

 咄嗟に出た声は、いつになく荒れていた。

「どうして花宮だけを狙うんだ! 俺達も同罪な筈だ!」

 拳を固めると、花宮がそっと僕の拳を包んだ。

「……花宮?」

「変に出しゃばんなよ。ちゃんと用意はしてんだ」

 ニヤリと笑い、男たちにぎらついた眼を向けた。

「お前等、本っ当に莫迦だな! 悪童が、何の準備もなしにのこのこ来ると思うか?」

 花宮はズボンのポケットから、スマートフォンを取り出し、操作する。

流れてくる音声。それは、暴行と思われる音と声だった。

 青くなった男達に、花宮はいつもの嘲笑を浮かべた。

「あーあ、ちゃんと録音出来ちゃってる。これが出回ったら、お前等はどうなるのかなぁ?」

 男達は互いに顔を見合わせる。

 そして、花宮がとどめを

「今回は見逃してやる」

 刺さなかった。

「だが、次、同じ事をしたら……」

 親指を空へ向け、すぐに地に向け直す。

「お前等が死にたくなるくらいの目に遭わせてやる。分かったか?」

 しばらく男達は黙っていたが、リーダー格と思われる男が叫んだ。

「……ぜっ絶対だからな!」

そして、いいガタイをした男達は逃げ腰で去っていった。

 日の差し込まない体育館裏に、僕と花宮は残される。

「花宮」

「何だよ」

「怒ってるのか?」

「そりゃあな」

「来て、まずかったか?」

「当たり前だ」

「それは、すまなかった」

「分かればいい」

「花宮」

「何だ」

「こういった事は、何度目なんだ?」

「さあ。数えてない」

「そうか」

会話が途切れる。

「――帰るぞ、康次郎」

「ああ」

 歩き出し、校門を過ぎた辺りで花宮ははたと止まり、「他の奴等は?」

 忘れていた。

 何か連絡が来ていないかとスマートフォンを取り出すと、案の定、山崎から先に帰ったという旨のメールが届いていた。

「先に帰ったみたいだ」

「そうか」

 花宮は歩き出し、僕はその隣に付く。

「康次郎は家、学校近くだったよな?」

「ああ」

「じゃあ途中まで……同伴か」

 わざわざ言葉を探しているのがおかしかった。

 きっと花宮は、『一緒』という言葉が仲よしこよしの言葉に思えたんだろう。

「そうだな」

「……おい」

「何だ?」

 花宮は不機嫌そうな顔で俺を見ていた。

「笑うなよ」

 花宮の台詞に、己の頬に手を当てる。いつものように、表情筋は動いていない。

 どういう事だ?

 問い質そうと思ったら、花宮はサッとソッポを向き、「何でもない」と言った。

 夕暮が、花宮の耳を赤くしている。

「……なあ、花宮」

「何だよ」

「俺達は確かにお前ほど賢くない」

「それがどうした」

「けど、お前が思っているほど、俺達は莫迦じゃない」

 相変わらず、花宮は僕を見ない。しかし、僕は続ける。

「今回の事だって、俺達は感づいていた」

「…………」

「少しは、俺達を頼ってくれないか? ……否。信用して、くれないか」

「…………」

 しばらくの沈黙。

 駅前の商店街に入って騒がしくなってきた時、花宮が突然立ち止まり、照れ臭そうに僕を見た。

「ああ、分かったよ」

「……本当か?」

 訊き返すと、花宮は俯き――「ふはっ」と笑った。そして、今度は大声で「あっははははははっ!」

 ポカンとして花宮を見つめていると、花宮はいつものようににんまりと笑い、「んな事言うわけねーだろ、バァカ」

 その時の僕には、絶望とか怒りとかいう感情はなかった。ただ、「綺麗だ」という感情に覆われていた。

 他人を罵る花宮は、その恍惚とした表情は、この世の何よりも尊いものに思えた。

 ただ。その白い肌にできた痣が、少し――否、かなり価値を下げていた。

「おい? 康次郎?」

 花宮が僕を見上げている。

「どうしたんだ、死んだ眼が蘇生しかけてるぞ」

「すまない……ちょっと、見惚れてしまっていた」

「……は?」

「花宮に、見惚れて……」

 瞬間、物凄い勢いで何かが――後から気付いたのだが、花宮の鞄だった――が僕の顔に激突した。

 痛さを堪えながら目を開けると、ずっと前方を花宮が大股で歩いている。

 怒らせてしまったか。

 追い掛けても、口は聞いてもらえないだろう。

 しかし……どうして僕は素直に言ってしまったんだろう。おかげで、花宮を怒らせて――

 脳裏に、チラと、鞄をぶつけられる前に見た花宮の顔が映し出される。

 耳の先まで、紅潮させた顔。

「ふっ」と、思わず笑いが漏れる。

 可愛いところもあるものだ。

 もう一度、人に隠れてしまいそうになっている花宮を見る。

 その小さな背中は、何があっても守りたいと思わさせた。

 

 

   ***

 

 

「おい、康次郎。話聞いてんのか?」

回想から無理矢理引き戻される。

目の前には、見るからに苛々している花宮。

「ああ……すまない、聞いていなかった」

「またか」

はぁ、と花宮は溜息を吐く。

「俺が相手してやってんのに、康次郎と来たらいつもこれだ」

「すまない」

「すまないと思ってるなら、態度に表したらどうなんだ」

「それは……」

「出来ないよな。康次郎はいつも無表情だし、自分からなかなか動こうとしないし、あと……」

僕の悪口がつらつらと並べられていく。

「…………」

さすがにイラッときた。

僕はこんなにも、こんなにも

「花宮の事が好きなのに」

「は?」

「……は?」

しばらく僕と花宮の目線が交錯する。

そして、心中の独り言が外に出てしまった事に気付いた。

「あっ……」

かぁっと耳の先まで熱くなる。

目の前の花宮は、あまり見せない顔をしている。きょとんと驚いた表情。

「康次郎」

「みっ……」

僕は咄嗟に両手で顔を隠した。

「見ないでくれっ!」

「させるかよ」

花宮の両手が僕の両手首を掴み、僕の表情は露にされた。

ニヤニヤと笑っている花宮の顔が目に映る。いつも好きな表情だけれど、今回に限っては小憎たらしく見える。

「康次郎。今、お前がどんな顔してるか分かるか?」

そんなの、知る筈がない。知りたくもない。

「凄い面白い顔してるよ、お前」

「…………」

「初めて見た。お前のそんな表情」

「…………」

花宮は楽しそうだ。

恥ずかしいけれど、花宮がそんな表情を見せてくれるなら、このままでいいかもしれない。

そう思ってしまうあたり、僕はだいぶ毒されているようだ。

「康次郎。さっき、お前、何て言ったっけ?」

「は、はなみやの」

「声が小さい」

蜘蛛の巣にかかった羽虫はきっとこんな心情なんだろうな。

そう思いながら、僕はゆっくり言葉を紡ぐ。

「花宮の事が、好き……」

「よく出来ました」

花宮がにんまりと笑う。

ああ、ここから逃げ出したい……というか溶けたい……蒸発したい……。

視線を地に落としていると、グイッと掴まれている両手首が引っ張られた。

「逃がさない」

花宮の言葉はまるで催眠術のようだと思う時がある。

気が付けば、それに従ってしまっている。それで僕達が花宮に付いて行っているというわけではないけれども。

案の定、僕は逃げれなかった。

逃げたいと思う気も失せてきた。

「花宮」

「……うん?」

「好きだ」

「そうか」

「ずっと好きだった。いつもお前だけを見てきた。いつもお前に魅せられてきた。いつもお前の事を考えてきた。いつもお前の事を」

ダムが決壊したように、止めどなく言葉が溢れてくる。

それを花宮は、頬杖を付いて、まるでリビングでドラマを観ているかのような様子で聞いている。

それを見ているうちに、だんだんと冷静になってきて、重要な問題を忘れていた事に、やっと気付いた。

花宮は、自分に向けられた愛情が嫌いだ。

だから、僕の告白はただの苦痛でしかなく。

そう、つまりは、これはふいになってしまうのだ。

どうしてこんな簡単な、いつもは分かっている事を忘れてしまっていたのだろう。

僕は莫迦だ。

「どうした、もう終わりか?」

言葉を止めた僕に、花宮がニヤリと笑う。

その仕草にさえも心がずきりと痛んだ。

「もう……忘れてくれ」

「は?」

「忘れてくれ。今の言葉は」

「どうして」

「どうして、って」

どうして花宮はわざわざ僕に答えさせようとするのだろう。

それが罰だと言いたいのか?

「花宮は『好き』と言われる事が嫌いだろう。だから、これはお前にとっては苦痛でしかない」

「やっと気づいたか」

ふぅ、と一息が花宮の口から漏れる。

僕は目線を下げ、罵詈雑言を覚悟した。

が。

花宮が言ったのは別の言葉だった。

「勘違いしてるだろ、康次郎は」

「……え?」

思わず顔を上げ、ギョッとした。

花宮が悲しそうな顔をしているのだ。

「そんな驚くなよ。俺だって人だ」

「…………」

「まさか、演技だと思ってねぇだろうな?」

図星だった。

「これは演技じゃない。さっきも言ったが、俺だって人だ」

呆れたように言い放ってから、花宮はすっと目を閉じた。

「……『私がおまえを愛することがごく自然だったので、 おまえもわたしを愛していたのだが……』だったか」

目を開け、「知ってるか?」と訊かれた。

「いいや」

「ある詩人の詩なんだが、まあそれは今関係ない。シチュエーションこそ違えぞ、俺はお前に対してならそう思える」

「俺なら?」

「そ。康次郎だから」

「どうして、俺なんだ?」

「どうしてだろうな」

花宮は宙に目を遣った後、僕に視線を戻し、「お前が俺の事を好いたのと同じようなもんじゃないか?」

「つまり、花宮は俺の顔を綺麗だと?」

「あっ、すまん、それは思ってない」

「…………」

予想していなかった砲撃に、止めを打たれそうになった。

「とにかくだ。俺はお前の好意なら受け入れる。……嫌か?」

「まさか!」

僕は立ち上がり、深く、深く、頭を下げた。

「ありがとう」

「こちらこそ」

花宮が前に立ったのが分かった。

そして顔を上げさせられ、唇を重ねられた。

――そこで、僕は気を失った。

 

 

   ***

 

 

「おい、康次郎? ……康次郎?」

 キスをした途端、気を失ってしまった古橋を、花宮が慌てた様子で起こそうとする。

「いやー、まさかキスをしただけで気ぃ失うなんて、案外ウブなんだねぇ、古橋」

 花宮の後ろからひょっこり原が現れる。

「ちょっ、何でお前がここにいるんだよ!」

「俺だけじゃないよん」

 原が目を遣った先には、ドアに隠れるようにして立っている山崎と瀬戸。

「……三人揃って盗み聞きとは、いい度胸だな」

「やー、花宮は人聞きが悪いなぁ。花宮と古橋がいつまで経っても部活来ないから、こりゃ面白い事がありそ……じゃなくて、気になったから覗きに来たんだよ」

「本音だだ漏れじゃねえか」

 花宮は呆れる。

 その間に、山崎と瀬戸も教室に入ってくる。

「にしても」

 山崎が切り出す。

「古橋が花宮にご執心なのは知ってたが、まさか花宮の方も古橋に惚れてたなんてな」

「あれ、ザキ知らなかったの?」

「は? 原、知ってのかよ」

「もっちろーん」

 原は風船ガムを膨らませた。

「しかし、花宮」

 今度は瀬戸が話し出す。

「お前も人が悪いな」

「は? どういう事だよ、健太郎」

「お前、古橋の癖知ってただろ。たまに本心をポロリと云っちゃう癖」

「はっどうだかな」

 飄々とした態度の花宮からは、なかなか本心が読み取れない。しかし、花宮をよく知る三人にはその真意がよく分かっていた。

「で、古橋どうすんの?」

 原の言葉に、「そうだった」と花宮が再び古橋を起こそうとする。

 しかし、いくら揺すっても、頬を叩いても、一向に起きる気配がない。

「何だよ、瀬戸より起きねーじゃん」

「じゃ、瀬戸起こす時みたいに名前呼んだら?」

「そうだな。――康次郎、起きろ」

 が、古橋はまだ眠っている。

「おかしいな。康次郎ー? こーじろー?」

「あっ! 俺分かっちゃったかも!」

 三人の視線が原に向く。

「何なんだよ」

「ずばり、眠り古橋姫を起こすには、王子様のキスがいるんだ!」

「なるほど!」

 山崎が乗っかるが、「ちょっと待てよ!」と花宮の反対が入る。

「いや、案外いいかもしれないな」

「健太郎まで言い出すのかよ!」

 花宮はまだ歯向かうが、三人は構わず、「はい、キース、キース、キース」とキスコールを始めた。

「てめぇら勝手な事言いやがって!」

 花宮は足掻くが、三人は構わずコールを続ける。

 しばらく花宮は堪えていたが、古橋が一向に起きないという現実もあるので、「お前等、憶えてろよ!」と捨て台詞を吐き、古橋の顎を持ち上げ、顔を近づけた――

〈終〉


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