これはISを開発した少女(当時)のもしもの話。

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星空の下、交わした約束

 まず最初に思ったのは宇宙服のゴテゴテとした装備が気に入らないということだった。

 

 酸素がほぼない宇宙空間で人間が活動するためには高い気密が必要となる。だから外界から切り離された空間を人体のすぐ傍に配置し、地表面に近い空気環境を整えなければならない。その空間を確保するために装備が膨らんでしまうのは専門的知識を有していない者でもなんとなく納得する認識である。

 ところが普通でない思考を持つ天災にとってはデメリットしか見えない。実際に自分が宇宙服を着ることを想像し、鬱陶しいとしか感じない。そもそも彼女は気密を保つために体全体を覆うのは目に見える物質でなくとも良いと考えている。まだ人類が到達できていない領域の技術を彼女は頭の中で既に完成させていた。

 誰も作らないなら自分で作ればいい。まだ10代前半の少女は自家製の宇宙服の作成に取り掛かる。資金を集めるのも設備を整えるのも少女にとっては簡単なこと。失敗を重ねることすらなく、研究の段階をすっとばして次々と新しい装置を開発していった。

 

 シールドバリア。視認できず、任意の物体とは干渉しない自由度も備えた障壁。これで気密の問題もクリアする。見た目には生身の人間でも宇宙空間に出ることが可能となった。

 PIC。蹴る地面のない宇宙空間を想定し、物質の噴出すらも行わず推進を得るための装置。作用反作用を無視しての活動が可能で、任意の急停止も可能。地球上で使用すれば重力の縛りからも抜け出せる。

 量子変換。必要な装備をわざわざ持ち歩くこともない。手ぶらの状態から瞬時に手元に装備を呼び出す四次元ポケット的な機能。

 などなど。SFの世界にしかない代物を生み出しては一つの目的に集約させていく。

 

 そして、時は来た。

 

「完成~!」

 

 少女、篠ノ之束は一人ではしゃぐ。傍らには同年代でやたらと目つきのキツイ少女が立っているのだが、彼女は束と対照的にかなりクールだった。

 

「今度のおもちゃは時間がかかったな」

「ひどいよ、ちーちゃん! これはおもちゃなんかじゃないんだよぅ!」

 

 束は頬を膨らませる。唯一無二の親友が理解してくれていない現実に不服を申し立てる。

 親友、織斑千冬の顔は変わらず。元々喜怒哀楽を表に出す方ではない。さらに、束が不満を口にしているのも本気ではないと知っていて慣れているのだ。

 慣れという意味では束も同じ。発明品を披露する度、千冬に何を言われようともマイペースに実演するというのがいつもの流れだった。

 しかし今回は少し事情が違った。

 

「あー、もう! わからず屋なちーちゃんに一から順を追って説明するとだね――」

 

 力の入れ方が違う。千冬が理解できるようにと懇切丁寧な解説が長々と始まった。

 その説明は千冬に届いているのか。少なくとも、全ての説明を聞き終えても千冬はいつもと変わらず冷めた目をしている。

 説明を終えて息を荒げている束に一言。

 

「いいんじゃないか? 束が楽しければ」

 

 興味なさげな回答しか返ってこなかった。

 また同じ説明が口から出そうになったが、ぐっと堪えて次の獲物に視線を移す。

 

「箒ちゃんならわかるよね?」

 

 開発室にいたもう一人、妹の篠ノ之箒に話を振った。部屋の隅に座り込んで姉たち二人の様子を眺めていた幼い少女は突然の話題についていけず小首を傾げる。

 無理もない。箒はまだ小学校に上がりたて。中学生どころか大人たちの理解をも超越した束の話についていけるはずもない。

 しかし――

 

「うん! 姉さんはスゴいよ!」

 

 親指をグッと立てる妹には理屈がわからないなりに見えているものがあった。

 束はうんうんと満足気に頷くと早速新作の披露を開始する。発明品は極限まで面積を減らした宇宙服もどきで見た目には手足に該当する部分しかない。束は中央部分に座るようにして“それ”を装着すると手足の長いアンバランスな出で立ちで直立する。

 宇宙服なら地上で活動する上では拘束具にしかならない。しかしこれは違う。束が念じるだけでその体は宙に浮かび上がった。束は狭い開発室の天井を突き破って豪快に外に出ていく。

 

「わぁ……」

 

 夜。束を追って外に出た箒は頭上を見上げて感嘆の声を漏らした。

 星空の下、自由に駆け回る束の姿はどこまでも自由で、そして美しくも感じられた。

 何よりも束本人が楽しそうに飛んでいる。その姿こそが綺麗だと思えた。

 一通り空の散歩を楽しんだ後、束は地上にいる2人の元へと帰ってくる。

 

「うん、問題ナッシング! この束さんが失敗するわけないんだけどね!」

「唯一の失敗はこの世界に生まれてきたことだからな。これ以上の失態を犯しようがない」

「ちーちゃん!? それは流石に酷過ぎるよ! ……冗談だよね?」

「私の言うことを本気で受け取ってしまっては束の良い所がないも同然だろう」

「良い所って具体的には?」

「おめでたい頭」

「そうそう、束さんの頭はすこぶるめでたい……これって喜ぶところ?」

「おめでとう、束。素晴らしい発明だ」

「それって話逸らそうとしてるよね!? でも、ありがとう、ちーちゃん」

 

 えへへと満面の笑みを見せる束。千冬も顔には出さずとも称賛の言葉には嘘偽りがなかった。

 確かな手ごたえを感じる。束にはもう次の目標があった。

 

「よーし! 次は世界を制覇するぞー!」

「すまないがピンでやってくれ。人前でツッコミを入れるのは精神的に疲れる」

「誰もお笑いコンビを結成しようとか言ってないよ!? あと、ちーちゃんの方がボケてるから!」

「それで? 具体的に何をする気なんだ?」

「ふふーん。よくぞ聞いてくれました」

 

 試作品から降りた束は偉そうにふんぞり返って告げる。

 

「“これ”を全世界に発表するんだよ!」

「ほう……それはいいな」

 

 束は自信に満ち溢れている。それはいつものことと言えばいつものこと。

 今回、珍しい光景があるとすれば、千冬が毒舌を吐かず素直に感心しているところだった。

 それが逆に気になる。

 

「あれ、ちーちゃん? 他に何か言うことはないの?」

「やると決めたのだろう? 私が今更何を言ったところでお前は止まらない。ならばその背を押してやるまでさ」

「どうしよう。今日のちーちゃんが眩しく見える」

「ところでさっきから気になっているんだが、この発明品の名前は何だ?」

 

 浮かれたのも(つか)の間。千冬の疑問を耳にして束の口が「あっ」と開く。

 開発に夢中でまだ名前を付けていなかった。

 

「良く考えたら名前が無いと発表できないじゃん!」

「仮となる名前すらも無かったとは……」

「うーん、こういうのは気が付いたときにパッと決めるのが一番だよねぇ。ちょっとアイデアが欲しい」

「だそうだぞ、箒。何かいい名前はないか?」

 

 何故か千冬は近くにいた箒に聞いてみる。

 箒は3秒ほど考えた後、良いアイデアが思いついたようで目を輝かせた。

 

「レ○ドブル!」

 

 束は盛大にすっころんだ。

 

「翼を授ける。なるほど、いい名前じゃないか」

「ちーちゃん、本気で言ってるの!? その名前でメジャーデビューするのは色々と権利関係でゴタゴタがあると思うよ!」

「ダメ……なのか」

「ああ、箒ちゃん、落ち込まないで! 大丈夫、そのセンスは嫌いじゃないよ! ありがとう!」

 

 涙目になってしまった箒を必死に宥める束。

 その脇では千冬が顎に手を当てて頭を捻らせていた。

 そして、手をポンと打つと静かに語りだす。

 

「インフィニット・ストラトス……はどうだ?」

「おお、カッコいい! 流石ちーちゃん! 現役の中二病なだけはある!」

 

 その手は神速。千冬の右手が束の頭を鷲掴みにする。

 加えられる圧迫感。束は「みゃあああ!」と奇天烈な悲鳴を上げた。

 

「意味は聞かなくてもいいのか?」

「宇宙すらも果てしない空の一部とする。いい名前だよ……」

 

 ヒリヒリする頭を押さえながらも、至って真面目に束は答えた。

 自分のアイデアを採用されても喜びを見せない千冬の表情は何故か陰る。

 

「呼びにくくはないか?」

「大丈夫! そういうときは略称をつければいいから!」

「インストか」

「いや、そこはイニシャルをとってISにしようよ……」

 

 何はともあれ、名前も決まった。

 

 

 

 こうして生まれたインフィニット・ストラトスを束は半年も経たない内に学会へと持ち込む。

 過去の研究を顧みず、ただひたすらに独学を突っ走る内容には辟易する者の方が多かった。

 だがそれは研究者視点での話。学会の発表に実用性を求めている一部の者達にとっては興味の的となる。

 プレゼンを終えた束の元へやってくる者の数は決して少なくなかった。

 

 あなたの研究に感動した。

 

 人類史上始まって以来の天才だ。

 

 近寄ってくる者たちの第一声はそんなところ。束自身も自らを天才だと自負しているため、こうして煽てられるのを悪いことだとは思わなかった。

 そもそも既存の技術が気に入らないからこそインフィニット・ストラトスを作り上げた。そこに崇高な目的などあるはずもなく、こうして発表するまでに至ったのも自分の力を見せつけるという虚栄心の強さがあったからである。顔も知らない誰かに持て囃されるのは束の目的でもあったのだ。

 

 全ては当然のこと。自分が特別であるという自覚の元、束は寄ってくる者たちに応対した。

 有象無象が束の技術を必要としている姿を高みから見下ろしているのは気分がいい。

 自分の言葉が世界を動かしている。自らの望んだ姿がここにある。

 ……そのはずだった。

 

 だが気付いてしまったのだ。

 誰一人として、インフィニット・ストラトスそのものを欲しがろうとはしないということに。

 皆が一様に個別の機能の内、自らが欲しいものを得ようとしている。そうした欲も人間の在り方だと理解はしていたが、束が本当に受け入れて欲しかったものが全く見向きもされていないとまでは思っていなかった。

 

 日に日に人間の欲は増大していく。

 笑顔を浮かべながら近寄ってくる彼らの目に束のことは利益の湧き出る泉としか映っていない。

 

 シールドバリアは素晴らしい。いかな攻撃をも寄せ付けぬ防御力。化学兵器すらも通さぬ遮断能力。是非とも我が軍に配備したい。

 

 ――違う、そうじゃない。誰かからの攻撃なんて想定してない。

 

 PICは浮遊する以外にも応用が可能だ。装備の重量を見た目だけほぼ0とすることができるし、反動も打ち消すことができる。もしかしたら低質量の武器でも十分な威力を持たせることができるようになるかもしれない。

 

 ――反動? 威力? どうしてそんな言葉が出てくるの?

 

 量子変換は今すぐにでも採用したい。歩兵が持てる火器が現在とは比較にならないからな。

 

 ――兵隊なんて関係ない。私が作りたかったのはもっと別のものなんだ。

 

 しかしこの設計思想は理解しがたい。全てを合わせなければ使えないとは汎用性が無さすぎる。完成品だけでなく、それぞれの技術を公開する気はないかね?

 

 ――それを手に入れて何をする気なの?

 

 発表から一月。束は様々な人間と話をしてきた。

 いや、様々と言うにはあまりにもワンパターンで……嫌気がさしていた。

 誰もインフィニット・ストラトスを認めようとしない。その利便性の高い各々の機能を自らの物として手に入れたい者ばかりが集まってくる。技術だけを手にして自分たちのものを作ろうとしている。

 これは束を軽視していることに他ならない。

 

 急に何もかもが嫌になった。

 誰もが自分の凄さを認めるはずという考えは間違っていなかった。しかし何もかもが束の思い通りにはいかない。

 最初から宇宙の話をしているのに、誰も空の上を見ようとしない。誰もが成層圏よりも下で誰かと争っている。そんな低次元な話に束の理想が巻き込まれている。

 もう嫌なのだ。

 

 

 

 束は実家に引きこもる。

 今まで輝いて見えたものは全てくすんで見えた。窓の外に見える夜空に瞬く星も色褪せてしまっている。

 一体、どうしてあんなものに肩入れしていたのか。

 作っているときは希望の塊に見えていたIS。それが今では人の醜さを思い出す象徴となってしまっている。束が作るものの中では最も手間がかかっている我が子のような発明品をバラバラにして戦争に利用しようとする者たちの顔がちらつく。

 いっそのこと自らの手で分解してしまおうか。だがその気力すら湧かない程に束から活力が失われていた。

 

 コン、コンと控えめなノックが聞こえた。束は返事すらせずに窓の外を眺めるだけ。ノックした者も束に一言も声をかけずに立ち去っていった。

 これも何日目になるだろう。誰とも話す気分になれない束は家族とも親友とも話さずに無為な時間を過ごす。一人の方が落ち着けたからだ。色褪せた景色であっても人と話すより窓から外を見ている方が遥かにマシだと感じていた。

 ふと、目線を下げると窓の下に人影が見えた。見間違えるはずもない。彼女は妹の箒である。日が沈んで随分と経つというのに外に出る用事が何かあるのだろうか。早く家の中に連れ戻せと父親に念を送ってみるもののどうやら父は幼い娘の一人歩きに気付いていない。

 

「やれやれだよ」

 

 束は重い腰を上げた。塞ぎこんでいても妹のことは大切なままだ。その自覚もないまま束は部屋の外ばかりか家の外へと出向く。

 夜空の下に出てきた束は探すまでもなく箒の姿を見つけた。彼女はただただ空を見上げるだけ。

 何をしてるんだろう?

 少しだけ気になった束は箒に気付かれないようにこっそりと後ろに立つ。そうして同じ目線になったつもりで夜空を見上げてみる。

 何が面白いのかわからない。それでも箒の気のすむまで付き合うことにした。なんとなくだ。

 

 2人で見上げる静寂の星空は人工的な地上の星に照らされて多くが霞んでしまっている。

 こんなものは本当の星空じゃない。もっと綺麗に見る方法くらいいくらでもある。

 ふつふつと束の胸の内にある衝動が湧きあがり始める。

 そんなときだった。星空に動きがあった。

 

「あっ、流れ星」

 

 1つの星が左下の方へ一瞬のうちに流れていく。箒が指さすときには影も形も無くなるほどに一瞬の出来事だった。

 箒は目を閉じて祈るように呟く。

 

「いつか、姉さんとあの星を拾いに行けますように」

 

 それは願い。

 星の大きさも実感できていない子供らしい願いと、元気のない姉に元に戻って欲しいという妹の願い。

 この言葉は無くなりかけていた束の人間部分を大きく揺さぶった。

 こっそりと忍び寄っていたことも忘れて反射的に目の前の愛おしい妹を後ろから抱きしめる。

 

「それは無理だよ、箒ちゃん」

「どうして?」

 

 束の不意打ちにも動じない箒は正しく篠ノ之家の娘だった。彼女は束の方へ振り返って疑問を口にする。

 

「姉さんに無理なことなんてあったの?」

 

 ああ、そんなことも忘れていたのか。

 そうだ、篠ノ之束は天才なのだ。やる前から無理だと諦めるなんて本当にらしくない。

 いつからそんなリアリストを気取るようになってしまったのか。

 いつだって夢を追っているロマンチスト。それが篠ノ之束のあるべき姿のはずだろう?

 ……少なくとも箒の前ではそう在りたい。

 

「はっはっはー! 箒ちゃんの言うとおり! この束さんにかかれば流れ星の1つや2つや3つや4つ、この手に納めるのは簡単だよ!」

 

 吹っ切れた。何も悩むことなんてなかった。

 世界のどこかで争っている輩のことまで気にすることなんてない。

 やりたくないことを無理にすることもなくて、束の発明を悪用してる奴はこの手でやっつければいい。

 自分が世界に裏切られるなんてちっぽけな話であって、自分が幼い箒の期待を裏切ることが大問題だ。

 今、自分がやりたいことはもう見えている。

 

「一緒に星を見に行こうね」

 

 まずは愛しい妹に星空を見せてあげよう。

 地上のどこからよりも鮮明に。

 地上のどこよりも広大な景色を。

 自らの誇りも詰めたISを使って。 

 

 そう、先程空に流れた箒星に約束した。

 

 

 これはもしもの出来事。

 後の歴史に『白騎士事件』は刻まれない。




10年後。

「箒ちゃーん! 流れ星を拾ってきたよー!」
「やめて、姉さん! 誘導してきたそれを地球に落とさないで!」

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