「いい朝だ」
こんな日にはいいことがある。
そう確信して、顔を洗いに手洗い場に繋がる通路を歩いて行った、その先で。
レイアがリオレイアになっていた。
「お前ら誰だよ!」
風鳴翼は、マリア・カデンツァヴナ・イヴのコンサートを終えた後、その敵と相対していた。
赤い髪。ゾッとするくらいの美貌。絢爛な片耳のピアス。
クレオパトラもこうだったのかと思わせる、色恋で国を傾ける容姿と血統の良さが垣間見えた。
だが、外見の異様な妖艶さ以上に、その戦闘力が、翼を警戒させる。
マリアを護衛という名目で監視していた黒服の男達の命は既に亡い。
目の前の敵が腕を一振りした瞬間、一人残らず消し炭にされてしまったのだ。
手から放たれるは炎。
この敵は炎使いなのかと、翼は推測する。
「予想していたものより、ずっとしょっぱい剣だ」
「何?」
「反則剣のティルフィング、バルムンクの流星を想定してみれば……
せいぜいがネールのスワンチカ。未熟。まだ私には届かない」
「言ってくれるッ!」
赤い髪の女性の挑発にわざと乗ったふりをして、翼は風のような速さで踏み込む。
敵の手を読み切るためだ。
振るうは首を跳ね飛ばす軌道の一閃。
あまりにも速すぎて、剣の半ばから先が人の目には映らないほどの速度。
それを、赤髪の女性は見てから反応し、"撃つ"。
「ファラフレイム」
「―――!?」
『殺される』。
そう確信してからの翼の反応速度は、常人では真似できないものであった。
足首に装着された二つの剣が高速稼働し、水面動く足こぎボートがそうするように、"床を水面のように叩き抉って"回転する。
ちょうど、人がクロールの時にする手の動きを、逆回転させているかのように。
その結果、地面は剣によって抉られるが、翼は後方に飛ぶように移動することが出来た。
そして翼が居た場所は、一瞬で炎に飲み込まれた。
空中に火球が浮かび、翼とマリアの視界から赤髪の女性の姿が消える。
翼は自分が引き寄せられるような空気の流れを感じ取る。
窒素、酸素、二酸化炭素。種類問わず大気を片っ端から飲み込んで燃焼させ、消失させ、ブラックホールのような大気の流れを作り出している火球の熱量に、怖気が走る。
「あつっ!?」
マリアは肌を焼く熱を感じ取り、後ろに下がる。
翼への攻撃のついでに漏れた余熱ですら、離れた場所の人の肌を火傷させる熱量が有るようだ。
ネフィリムとかつて戦い、その炎の攻撃を受けたことのあるマリアだからこそ分かる。
この火球は、あるいはあの時のネフィリムの攻撃に匹敵すると。
「この炎……!?」
火球はまるで生きているかのように蠢き、やがて炎の蛇のような形状へと変化し、赤い髪の女性の周囲に纏わり付くように移動する。
「聖戦士ファラ。故有って、あなたを焼こう」
そうして、ファラと名乗った
雪音クリスは呆然としていた。
謎の敵が来た、それはまあいい。
対応して自分が出る、それもまあいい。
敵が『ドラゴン』という時点で、彼女は乾いた笑いしか出て来なかった。
「……ねーわ……」
彼女の敵の名はレイア。リオレイアである。
そして、何故か喋る。
『ワタシに地味は似合わない』
「ったりめえだろうが! テメエなら何やったって地味にならねえのは当たり前だろ!」
レイアは空へと舞い上がり、火球を吐く。
そこにクリスはミサイルを合わせた。
合計18の思考誘導ミサイルを、音速に近い速度でぶっ放し、それぞれを精密操作して火球に当てるという妙技を披露する。
火球はあえなく、全弾叩き落とされるのだった。
(おいまさかあの野郎、このまま降りてこないつもりか!?)
だが、レイアは降りて来ない。
空を生物であると信じられないようなスピードで飛び回り、四方八方からクリスへと向かって火球を吐き続け、攻撃の手を休めない。
対しクリスは、ミサイルと機関銃を自由自在に織り交ぜて撃ち落とす。
先ほどはミサイルを全弾迎撃に使ってやっと火球を全弾落とせていたが、機関銃で先に火球を減衰させることで、ミサイルの一部をレイアに向ける余裕ができたのだ。
やはりこの少女のバトルセンスは、頭一つ抜けている。
だが、その余剰ミサイルに追尾をさせても、レイアには当たらない。
最高速度も旋回速度も段違いなのだ。翼で飛んでいることが信じられないくらいに速い。
クリスは、この敵は自分が仕留めなければと決意する。
自分でなければ仕留められないと確信する。
空を高速で飛び、火球で遠距離から攻めてくるこの敵に対抗できる装者は、そう居ない。
「がんばれ、がんばれ」
「気が散るから黙ってろそこのガキッ!」
エルフナインが伊東ライフる中、雪音クリスは銃を空へと向けていた。
火事だ、救助だ、急がないと、と飛び出した響。
そこで彼女は盛大に、かつ嬉々として火をばら撒く放火魔を見た。
片や火を吐くドラゴン。こちらはクリスが対応してくれたのでまあいい。
だがもう一方、拙い口調と高いテンションが合わさった、素人のカラオケのようなシャウトと共に日をばらまいている方が最悪だった。
「スピキュゥゥゥル! うぉぉぉあちぃぃぃぃッ! スピキュゥゥゥル!」
スピキュール、とその男が暑苦しく叫ぶ度に、街が炎上していく。
そこには何の目的意識も、倫理も、行動原理も見当たらなかった。
"とりあえずそこに何かがあるから灰にしておこう"、ぐらいのノリが垣間見える。
「おらおら寒いぜ寒すぎるぜ寒いんだよてめえらあっためんてやんぜスピキュゥゥゥルッ!」
一晩で東京を更地にする気なのか、と他者からツッコまれそうな放火速度。
一瞬呆けていた響も、表情を引き締めペンダントを握り締める。
「と、止めないと!」
……が。
「やめろ!」
響よりも先に、燃える街と燃やしていた男の間に割り込む人影があった。
人影は男の前に立ち、至近距離から手にした赤い宝石を投げつける。
全力で投げつけられた宝石・テレポートジェムが男の額に当たり、割れ、男は後方に吹っ飛びながら空間転送された。
「ぐっ、どいつもこいつもガリィ完全起動前に好き勝手……!」
男を転送した少女、キャロルは帽子を被り直して歯を食いしばった。
どうにも予定が狂いっぱなしだと、キャロルは思う。
計画そのものは成功要素が増えているものの、苛立ちは募るばかりだ。
火災に巻き込まれた人達の人命救助に来た響は、いまだ現状を飲み込めぬままに、新たに現れた金髪の少女へ向かって声を張り上げる。
「ねえ! あなた――」
「話すことはない」
どうにも疲れた、今日は何もする気がない、帰ろう。
そんな疲れ果てた中年サラリーマンのような心境のキャロルは、もう今日は何もせずに帰って寝ようと、そう考えていた。
「お前の奇跡、必ずオレが壊すだろう。その日まで大事に抱えておくがいい」
だが、それを表情に出すわけにはいかない。
弱みを見せればそれは付け入られる弱点になりかねない。
なので、キャロルは格好付けた表情を維持しつつ、テレポートジェムでその場を去る。
「あの子、いったい……」
後に残された響の声は、何も知ることが出来なかった少女に向けて響いて行くも、誰の耳にも届かないままに虚しく霧散した。
「……」
キャロル・マールス・ディーンハイムは大広間に一人、天井を見上げる。
「四属性、四大天使を担う四体のオートスコアラーを用意したのに……
朝起きたら何故か全員別物のオートスコアラーに……何故……」
キャロル・マールス・ディーンハイムは自身の帽子を掴み。
「火竜レイア、火星戦士ガリィ、火の魔法戦士ファラ、火の十賢者ミカエル」
持ち上げ。
「ゴレンジャイかおまえらはッ! 四属性って言っただろ! 火がかぶってんだよッ!」
キレンジャイ・マールス・ディーンハイムは、叫びながらその帽子を床に叩きつけるのだった。
敵味方胃痛待ったなし