島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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10.泡沫の夢

 

 世はなべて事もなし……だったかな。あってる? これ。

 いやまあ、ここに飛ばされて来て色々あった訳だけども、なんか特に壮大な何かとかは無くて、綾波さんの提案により私は元の世界への帰路についている。

 

 どうやって帰るんだろう、どうするんだろうってずっと思ってたんだけど、なんと綾波さん、トライドロンを持ち出した。てっきり見た目だけ真似したやつかと思ってたんだけど、ははあ、どうやらここの開発を甘く見ていたらしい。

 工廠見学した時に「常識じゃ計れないなー」とのんきに考えてはいたものの、想定以上だったって事ね。

 

 そういや私の世界でも仮面ライダードライブ=泊進ノ介がトライドロンで次元移動を行っていたな。なんで私、そういうのちらっとも思いつかなかったんだろう。

 馬鹿だからかな。馬鹿だからか。

 世知辛い。

 

 そういう訳で現在私はトライドロンの助手席に乗せられて綾波さんと相乗り中。

 艦娘と相乗りする勇気、君にある?

 平時ならおんぶかお姫様抱っこで海上航行だけどほんとにある??

 

 ああそうそう、"私の世界"だとか"この世界"だとか思い浮かべてて言いたくなった台詞があったんだった。

 という訳でしたり顔。

 

「ここが"綾波の世界"か……」

「私の世界、ですか」

 

 腕を組んでうんうん頷けば、運転席にてハンドルを握る綾波さんが割と真面目なトーンで返してきた。

 うむ、ただ言いたかっただけなので特に返す言葉は思いつかないぞ。

 

 しかしまあ、よくぞ私を返す方法を考え出してくれたもんだね。

 「ありがとね」って小声で伝えてみる。でも綾波さんは前を向いたままむーっと口を噤んでいて──って、運転中なんだから当たり前だよね──、少しすると前に手を伸ばしてごそごそやって、なんかガムみたいな薄いものを差し出してきた。

 

「食べます?」

「……うん。ありがと」

 

 こっちを見ないままの綾波さんに頷きつつ受け取って眺めてみても、なんだろうこれ、いまいち正体が掴めない。

 口に入れてみる。唾液が出た。もにゅもにゅ噛んでみる。うーん、……なんだこれ。

 

「なにこれ」

 

 「べっ」と突き出した舌先に乗っかる丸いものに、綾波さんはバックミラー越しに視線を寄越して「汚い」と一言。ああ、ごめんごめん。

 もぐり。お口の中に戻して噛んでみるけど、いやほんと何これ。変な味。

 

 しばし無言でもぐもぐやりつつ窓の外の景色を眺める。

 一枚隔てた基地はちょっと新鮮で、まだ、こことお別れだって実感がわかなかった。

 なんでだろう。私が元いた場所に帰るには、もっと何か凄い事が必要なんじゃないかって思ってたからかな。

 普通に帰れるってわかって拍子抜けというか、上手く呑み込めないというか。

 

 私がそんなでも帰る時間はやってきて、広い場所で一度停車した綾波さんは、ベルトさん──私達の合間、奥側にはめ込まれているひと……ひと?──と何か話すと、私の方を見た。

 

「……。急加速しますので、てきとうに掴まっててください」

「うん」

 

 今、最初にちょっと間があったんだけど、何か言おうとしてたのかな。

 でも言わなかったって事は大した事ではないのだろう。

 シートベルトがしっかりしまってるのを確認して、綾波さんにグッとい親指を立てて見せれば、彼女も手だけ動かしてサムズアップしてくれた。

 

「それでは」

 

 一呼吸おいて、アクセルが踏み込まれる。

 光の道が前方に敷かれて、その眩さに目を細めているうちに、喧騒の中へと飛び出していた。

 ……あっさり!

 

「……ふぅ。着きましたよ」

「うん」

 

 ぽけーっとしたまま彼女の声に答えて、外の景色を確かめる。

 どこかの道路。その脇にあるコンビニの駐車場。

 お店から出てきた人が珍しそうに車を眺めながら去っていくのを見送って、座席に体を埋めてシートベルトを外す。

 ふと、自分の手から白手袋が消失している事に気が付いた。

 これはもしや、と腰を浮かせてバックミラーに自身を映してみれば、ああやっぱり。制服姿に戻っている。

 

「似合ってるじゃないですか」

 

 一つ縛りにした髪をもしゃもしゃと弄っていれば、綾波さん。からかうような声音。

 そういう彼女の姿は変わってなくて、この変化はいったいなんのために、どういった理由であるのかよくわかんなかったけど、わかんない事はわかんないままでいいやと思考を放棄。帰ってこれたんだからそれでいいや。

 

「綾波さん、コンビニ寄ってかない? なんか奢るよ!」

 

 足元にある通学鞄を拾い上げ、中身を確認すればお財布があったので、そいつを握りしめて提案すれば、なぜか彼女は呆れたものを見る目になって溜め息を吐いた。

 

「待ち合わせしてるんじゃ?」

「……あ゛っ!!」

 

 そーだった! 朝潮と島風との待ち合わせ、大遅刻してるんだった!

 ていうか今何時!? ええと、スマホスマホ……げっ、着信めっちゃきてる……!

 

「ちょ、ごめ、ごめんね! ちょっと電話!」

「ええどうぞ。お構いなく」

 

 ぴゃっと車から飛び出して朝潮へ連絡する。

 耳に押し当てたスマホはワンコール半ばで繋がって……雷が落ちた。

 ……みみがー!

 

 烈火のごとく怒る朝潮は、でもすっごく心配してくれてて、事情を話す余地はありそうだった。

 

「すぐ行くから、もうちょっとだけ! 待っててね!」

 

 とりあえず走り出しつつ通話を切れば、並走してくる綾波さんに気が付いた。

 おおっとそうだった、ここまで送ってくれた彼女にお礼を言わなくちゃ!

 とはいうものの足を止める訳にもいかず、結構焦ってて中々言葉が出てこない。

 そうこうしているうちに街中に入って、知ってるような気がする道が出てきて、それから……。

 

「シマカゼ!」

「あーっ! 朝潮ー!!」

 

 交差点の向こう側、柱の傍でお行儀よく佇む朝潮と、ついでにその傍に座り込んでゲームやってる島風を発見。

 鞄を持った手をぶんぶん振り回してアピールすれば、朝潮は両腰に手を当てて怒ってますアピールをした。

 うっ……急に速度が緩んで、ああ、赤信号に引っかかってしまった。

 その間、通り過ぎる車の間で朝潮とにらめっこだ。怒ってる怒ってる……ちゃんと説明すれば許してもらえるかなあ?

 元々遅刻してたから無理かも。

 

「もう、遅いです! 遅刻ですよ、シマカゼ」

「あはは、ごめんごめん」

 

 信号が青になれば小走りで彼女の下へ駆け寄って、ぷんぷん怒りマークを飛ばす朝潮に笑うしかなくて。

 けれど、お互いそれ以上何を言うでもなく黙って、見つめ合った。

 

 なんだかすごく久し振りに彼女の顔を見た気がする。そう思うと懐かしさが勝って、自然と彼女の手を取っていた。

 「久し振り」っておててをにぎにぎすれば、まばたきをした朝潮は、「ええ」とはにかんだ。

 ……見ないうちにまた一段と綺麗になったね。……なんて。

 

「……そちらは、綾波……ですか?」

 

 私の体から頭を出して背後の綾波さんを見つけた朝潮は、疑問混じりに問いかけてきた。どうして綾波がここに? 自力でロンドンから帰国を? って。

 

「話すと長くなるんだけどさ、彼女は……」

「迷子のシマカゼを送り届けました」

 

 私の言葉を遮るように端的に纏めた綾波さんに、あれーっ、話すと短い!? と胸中驚愕する私。

 

「それはとんだご迷惑を……ありがとうございます」

「礼には及びませんよ。退屈はしませんでしたから」

 

 横に一歩ずれた朝潮が両手をそろえて深く腰を折るのになんとも居心地の悪さを感じていれば、綾波さんが嬉しい事を言ってくれた。

 なので自分を指さして猛烈アピールする。

 

「私も! 私も楽しかった!」

「そうですか。それなら良かった……と、ではシマカゼ、これは餞別です」

「……シフトカー? 綾波さん、これって」

 

 唐突に手渡されたミニカーに目を白黒させていれば、綾波さんはふっと笑みを作って、こめかみあたりに当てた二本指をピッとこちらに差し向けてきた。

 

「また会おう」

 

 綾波さんは短く一言それだけ言うと、踵を返して交差点の人混みの中に紛れて行った。

 

 ……もうっ、何そのかっこいい仕草は! というか意味深に微笑むんじゃなくて説明してくれたらよかったのに!

 ……というか、お礼言い忘れてるんだけど……ああ、赤になっちゃった。

 

「……行きましょう、シマカゼ」

「……そだね。時間も押してるし」

「まったくです」

 

 握っていたシフトデットヒートは独りでに動き出すような気配は見せなくて、私は、それを大切に鞄に仕舞った。

 促す朝潮になんにも考えずに言葉を返せば、ちょっと言葉選びを間違えてツーンとされてしまった。

 き、機嫌直してよね! 帰りにマック寄ってこうね!

 

「あ、やっと来たんだ。遅刻魔」

「そ、そんな言われるほど遅刻とかしてなくない?」

 

 ひょっこり目の前にやってきた島風にからかわれてあたふたする。

 自分で言っててあれだけど、言われるほどしてる気もする……。

 

「いいから行きましょう? 日が暮れてしまいますよ」

「……そうだねっ」

 

 じゃれていたら朝潮に怒られてしまった。

 ……けど、またこうしてこんな風にできるのが嬉しくて、ちょっと笑っちゃったり。

 そうするとまた朝潮が眉を吊り上げるから慌てて口を押さえて隠す。

 

 さ、学校見学だ。

 私は、ついさっきまでいた世界の事を胸の奥に押しやって、こちらの世界の地面を力いっぱい踏みしめた。

 

 

 end.





雰囲気。
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