追っ手から逃れようと、ふらつく身体を引きずる丁を半ば無理やり連れ帰る。
そこで、丁が今まで強いられてきた過酷な環境を目の当たりにしてしまう。
甘えてはいけない、泣いてはいけない。
怪我、病気をしようが、誰も助けてくれない。
そんな中で丁は生きてきた。
可哀相な丁に、白澤はある提案をする。
※白澤+丁で微シリアス気味。
※白澤視点、時々丁視点。
僕は今日、みなしごを拾った。
現世の様子を見に行った際、妙に弱い人間の生気を感じたので、探してみたら茂みで蹲っている子どもを見つけた。
「坊や、こんなところでどうしたの?」
「・・・」
子どもは何も答えない。
生気がこんなにも弱って・・・具合でも悪いのだろうか?
あれこれ考えていると、子どもが口を開いた。
「だれ・・・ですか?」
「!!」
消え入りそうな声だ。
「わたしは・・・もう戻りません・・・戻ったら殺される・・・!まだ、死にたくない・・・っ・・・」
子どもは顔を上げずにそう言った。
今、何と言った・・・?
殺される・・・?
この子が住んでいる村はどうなっているのだ・・・
「大丈夫だよ。僕はお前を傷つけたりしないよ。」
恐がらせないように優しく声を掛けた。
「・・・・・・」
子どもは恐る恐る顔を上げて僕を見た。
その大きな瞳は涙で濡れていた。
「泣いていたのかい?」
「・・・・・・」
「何故、泣いていたのかな?」
僕はしゃがんで子供と目線を合わせた。
「・・・丁はみなしごだから、みんなから嫌われているのです。」
「うん・・・。」
子どもはぽつりぽつりと話し出した。
この子は自分のことを『丁』と言った。
『召使い』の意だ。
「最近は雨が降らないから畑の作物が育たないそうです。だから、明日の晩に雨乞いの儀式をするそうです・・・」
「・・・・・・うん。」
その先は容易に想像がついた。
「その儀式の生贄にわたしを使・・・っ?!」
僕は堪らなくなって、目の前で震えるその子を抱きしめた。
「あ・・・の?」
「丁・・・といったね?お前の言うとおりだ。戻ったら殺される・・・戻ってはいけない。」
僕は突然のことに呆然としている丁をこの腕から逃すまいとさらにきつく抱きしめた。
人間は愚かな生き物だ。
雨乞いなどしても雨は降らない。
ふと、小さく声が聞こえた。
『見つかったか?』
『あの弱った体ではそう遠くへは行けまい』
『大事な生贄が・・・畜生!』
「あ・・・っ・・・!」
遠くの方で村人の声が聞こえる。
逃げ出してきた丁を追ってきたのだろう。
丁は僕の腕の中で震え、その小さな唇を震わせていた。
「あ、あの・・・わたし、もう行きます!」
彼は僕の腕から逃れようともがき出した。
「・・・」
「放してください!わたしと居るのを見られれば貴方だって・・・!」
腕の中の小さな子どもは躍起になって叫んだ。
しかも僕の心配までするときた。
全く・・・
「お願いです!放し・・・」
「黙りなさい!こんな体で・・・逃げ切れるわけがないだろう?!」
「ッ・・・!」
丁は体を竦ませて僕を見た。
その瞳にみるみる涙が堪っていく。
「ここに大人が居るんだから、頼りなさい」
今まで人に甘えたことなど、頼ったことなどなのだろう。
先ほどからのこの子の言動を見ていれば嫌でも分かる。
「・・・・・・」
丁は糸が切れたように泣き出し、僕の胸にしがみ付いた。
「ッ・・・!助けてくださ・・・っ・・・お願い・・・っ!」
「真乖・・・(いい子だ・・・)」
僕は目を細めると、立ち上がり丁をしっかりと抱いた。
「さあ、行こう・・・」
僕は空を見上げて大地を蹴り、高く飛び上がった。
あの場所からはるか北に離れた小屋へと帰って来た。
この僕が現世へ降りる際に用意したものだ。
人間が暮らしているそれと然程変わらない。
腕の中にいる丁はまだ啜り泣いている。
好きなだけ泣かせてやればいい。
今まで泣くことさえ赦されなかったのだろうから・・・。
僕は丁が落ち着くまで軽く揺すってやりながら部屋の中をゆっくりと歩き回った。
「――っく・・・ぅ・・・」
「よく耐えたね。強い子だ・・・」
丁の背をぽんぽんとやさしく叩いてやる。
「・・・・・・・・・」
やがて小さな寝息が聞こえてきた。
「よしよし・・・いい子だね。」
僕は部屋の隅に畳んであった布団を広げ、そこに丁を起こさないようにそっと寝かせた。
さて、とりあえず昼餉の支度でもしようかな。
簡単な汁物を作り終えて、丁が寝ている部屋へ戻った。
よく寝ている。
丁の枕元に座って彼の頬に手を添え、そのまま首筋、手へと滑らせた。
首が、手が細すぎる・・・。
こんなに痩せて・・・碌に休息も食事も与えられていなかったのだろう。
ふと丁の手首に隆起があることに気付いた。。
よく診ようと襦袢を捲ると、その細い手首が赤紫色に腫れあがっていた。
「!」
まさかと思い、反対の腕や足を見た。
やっぱり・・・。
体の至る所に手首と同じ内出血があった。
ここまで酷い内出血は堅いもので打たれない限りできないだろう。
「ちっ・・・」
僕は丁の余りにも酷い有様に舌打ちし、神気を溜めた右手を彼の手首に翳した。
「・・・もう大丈夫だからね。」
少し手に力を込めると、手首の赤みがみるみる引いていった。
どんなに小さな傷も残すことなくきれいに治していった。
「お前の面倒は全部僕が見てあげる。何も心配することはないよ。」
しばらく、丁の顔を眺めていた。
「ぅ・・・んん・・・」
彼の瞼が微かに震え、ゆっくり開けられた。
お目覚めだね。
「よく寝たね。お腹空いてない?」
「あ・・・・・・」
丁はゆっくりと起きあがった。
起き抜けの丁は状況がまだ理解出来ていないらしく、口を開けたまま固まってしまっている。
「丁?」
僕は丁の顔を覗き込んだ。
「ここは・・・どこですか・・・?」
丁は見たことない場所に不安そうな表情で訊いてきた。
「僕の家だよ。お前が居た村からはかなり離れているから安心しなさい。」
「はい、あの・・・ありがとうございます・・」
意識が覚醒してきて、さっきまでの出来事を思い出したようで、丁は俯いてしまった。
「ねえ、丁。僕、昼餉作ったんだ。一緒に食べよう」
「え・・・あの・・・」
「温めてくるから、ゆっくりおいで。」
僕は丁を残して先に台所へ向かった。
「・・・・・・」
起きてすぐに気付いた。
昨日、殴られた傷が消えている・・・全部。
あの方が・・・?
いや、まさか・・・でも・・・
あの方は何者なのだろうか・・・
綺麗な漢服を着ていらっしゃった・・・
宮殿の方だろうか?
でも、宮殿の方が何故このような所に家を・・・?
あれこれ考えていると、眩暈がしてきた。
兎に角、あの方にお礼を言わなくては・・・!
わたしは、着物の着崩れを直し、台所へ向かった。
台所の扉がからからと遠慮がちに開けられた。
丁だ。
「あ、ちゃんと来れたね。歩くのが辛そうなら持っていこうと思ってたんだ。さあ、こっちだよ。」
僕は入口に居る丁を抱き上げて、椅子に座らせた。
「有り合わせでごめんね。たくさん作ったから、いっぱい食べなさい。」
汁が入ったお椀と匙を丁の前に置いた。
「あ、ありがとうございます・・・。えっと・・・」
「ふふ。お前は何者なんだ・・・って顔だね。」
僕は丁の向かいに座った。
「・・・すみません・・・」
「いやいや、名乗りもしない奴に連れて来られて不安だよね。さっきも怒鳴っちゃたし・・・ごめんね。」
「いいえ!そんな・・・」
丁は違う違うと首を振った。
「でも、貴方が誰なのかは知りたい・・・です。」
「うん・・・。僕は白澤っていうんだ。こう見えても中国の神獣なんだよ。」
「え、神獣・・・ですか・・・?」
丁は目を丸くして驚いていた。
「そう、今はこうして人の姿をしているけどね。」
「・・・」
「普段は天界に棲んでいるんだけど・・・」
「・・・・・・」
「丁?」
丁は匙を持ったまま固まってしまっている。
あらら、驚かせすぎたかな?
「・・・すみません。宮殿に上がっている方かと思っていましたが・・・神様・・・?」
「そう、知識の神だよ。驚いちゃった?ごめんね。」
僕は丁の頭をぽんぽんと撫でた。
「いえ・・・あの・・・助けて下さり、ありがとうございます・・・はくたくさま・・・」
丁は恥ずかしがりながら礼を言い、小さい声でだが、名前も読んでくれた。
ああ、愛らしい子だ・・・
「ねえ、丁。これから僕と一緒に暮らさない?あんなに辛い思いをするのは嫌だろう?一応、知識の神だから、丁が望むなら色々教えてあげるよ。」
・・・・・・。
この方は、今何と仰った?
中国の神獣・・・?
知識の神・・・?
宮殿の方など比ではない。
何故、そんな高貴な方が・・・
わたしは、神様に助けられたのか・・・?
みなしごの私が、神様に・・・?
こんなことがあるなんて。
わたしの身体の傷が全て消えていたのは、あの方の力だ・・・。
神の手にかかれば、あんな傷を治すなど容易なことなのだろう。
・・・・・・。
しかも、一緒に住まないかと仰せだ。
そんなこと、わたしなんかに赦される筈がない。
でも、この方の側に居るとひどく落ち着く。
この方が神様だからとか、そんな理由ではなくて・・・。
何と言うか、全身が暖かいもので満たされる気になる。
「はくたくさま、喜んでお仕えします。」
この方の為なら、一生尽くせる。
「ですから、丁にたくさんのことを教えてください。」
この方と一緒に居たい・・・
わたしは目の前にいる神様に甘えてしまった。
今まで甘えるなんてことは赦されなかった。
でも、この方・・・はくたくさまは、甘えることを赦してくださった。
とても嬉しかった。
丁は僕が神だと知った途端、さらに畏まった口調になってしまった。
うーん、こんな小さな子に気を遣わせるのは悪かったかなぁ。
でも、こればっかりは嘘吐けないもんね。
丁は僕と住むことを了承してくれた。
でも・・・
『お仕えします』って・・・。
お前はもう召使いじゃないのに・・・。
一緒に遊んだり勉強したり、楽しく暮らしたい。
丁の僕に対する堅さはしばらく抜けないだろう。
まあ、これからゆっくり解していってあげればいいさ。
明日からが楽しみだ。
僕は今日、みなしごを拾った。
それはそれは愛らしい子を・・・。
終