「佐天…さん?」
初春は、打ち止めのその言葉が、信じられずに、そう呟いた。
だが、その言葉に、目ざとく反応するものがあった。
「うーいーはーるー」
その声と同時に、初春のスカートが重力に逆らって翻った。だが、ここはマンションの通路である。人の目はない。その水玉の何かが衆目に晒されることはなかった。
「きゃあ! って…」
「やっほー、初春、呼んだー?」
初春はその声の方へ慌てて振り向く。そして打ち止めは目線をその人物に合わせる。その顔は苦々しく、苦悶に染まっていた。
「おー、ラーちゃんも元気そうだねー。会いたかったよー」
エレベーターの手前、通路の端に、いつもの笑顔で手を振る佐天がいた。
「私は会いたくなかったって、ミサカはミサカは毒を吐いてみたり」
佐天は頭を掻きながら、その言葉に嬉しように体をよじる。
「いやあ、照れるなあ。ラーちゃんに毒吐いてもらっちゃったよー」
「相変わらず嫌な人って、ミサカはミサカは言葉をオブラートに包まなかったり」
佐天は、打ち止めをラーちゃんと呼びながら近づく。
端から見て、打ち止めと佐天の仲は最悪であった。だが、佐天はそう思っていないのか、そうだとしても気にしていないのか、気にもしてないのか、判断が難しい。
初春はその様子に眉をひそめるが、それよりも先に聞くことがあった。
「あの、佐天さん」
「ん、なあに?」
「タイミング良すぎじゃないですか?」
そう、タイミングが良すぎた。まるで、待ち構えていたかのようなタイミングである。
否、まるでではない。今の佐天を知るものならそう考える。
佐天は初春と打ち止めの前まで来ると、足を止めた。
「そりゃあ、待っていたからだよ?」
佐天は、笑う。いつもよりも凄惨に笑う。
「いやあ、待った待った。2時間くらい待ったよ。初春ってばなかなか来ないんだもん。っていうかラーちゃんがなかなか連絡しなかったのかな?」
事実、打ち止めは初春への連絡を戸惑った。連絡すれば巻き込む、巻き込めば迷惑をかける、そう思ったからだ。
「私の名前が出たら、真打登場! って感じで登場しようと思って」
「…出なかったら、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃあ、肩を落として帰っただろうね。いやー、よかったよかった」
初春は佐天の態度に苛立ちを覚え始めていた。打ち止めの悲痛な叫びを、佐天がないがしろにしているように見えたからだ。
いや、佐天がないがしろにしていたからだ。
「…なんで待ってたんですか?」
「そりゃあ、アクセラさんが捕まっちゃったからだよ。恋する初春は、きっとアクセラさんを助けようとすると思ってさ。居るところを教えてあげようと思って」
「なんで教えてあげないんですか!? 彼女に!」
初春は叫んだ。一方通行が捕まっていることを、佐天は知っている。打ち止めがそれで悲しむことも。誰かに助けを求めることも。そこまで知っていて、なぜ打ち止めに居場所を教えないのかと。
しかし、初春の叫びは佐天には届かない。
「だって、初春が助けないと意味ないじゃん」
「なんで…」
「囚われの王子様をお姫様が助ける。普通は逆だけどさ、ロマンチックだと思わない? これでアクセラさんもイチコロだよ」
初春は呆然としていた。話はしているのに、会話が成り立っている気がしない。
「だからラーちゃん、サニーちゃんとか、シスターズ使っちゃ駄目だからね」
初春は佐天の言っている意味が分からなかった。捕まっている人がいる。助けに行かなければいけない人がいる。そしてそれをまるでゲームのように話す佐天がいる。
初春は、初めて佐天に憤慨した。許せないと、憤った。
「佐天さん!」
それを抑えたのは、打ち止めだった。打ち止めは初春の服を控えめに引っ張る。
「いいの」
「でも!」
「いいの。どうせ悪いようにしかならないから、って、ミサカはミサカは諦めつつも睨んでみたり」
打ち止めは佐天を睨むが、佐天はそんな打ち止めをうれしそうに見つめていた。
初春は歯を噛みしめる。口から悪意が出ないように、毒が漏れないように噛みしめる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました」
「お?」
「分かりました。私が行きます。だからアクセラレータさんの居るところを教えてください」
佐天は、いつものように笑う。そして近所のお店を紹介するように言う。
「さすが初春。じゃあ行こうか、ちょっと分かりづらいから入り口の近くまで案内するね」
初春は、その言葉にも苛立ちを覚えたが、我慢した。
そして聞いた。
「それで、そこはどこなんですか?」
佐天は、なんでもないことのように、淡々とその問いに答えた。
「レベル6シフト計画の、研究所跡地だよ」
ルールブレイカーを読んでない方は、佐天さんの壊れっぷりに困惑すると思いますが、
でも、そういう疑問もアクセントの一つかと思うので、詳しい説明は省いています。