あと4〜5話といったところだと思います。
もう少しお付き合いください。
佐天は、言うだけ言うと、唖然としていた初春を置いて帰ってしまった。
佐天の言わんとしていたことを、初春は理解できなかったが、今更退くわけにもいかない。
初春はとりあえず、研究所の入り口へ向かう。
見ると、入り口は壊れていた。侵入はたやすい。だが、これも犯罪である。『いまさらです』と初春は震える手を握り占めて、恐る恐る研究所の中に、足を踏み入れた。
研究所の中は電気が通っていないのか、薄暗かったが、むしろ好都合と感じた。
無機質なコンクリートの壁が続いている。触るとひんやりと冷たい。
『とりあえず、入れそうな部屋を探さないと』
初春はネットワークを探していた。研究所の内部を調べるには、ハッキングするのが早い。そうなれば部屋に設置されたネットワーク接続端子からの接続が最も容易い。初春がいる場所に電気が通っていなかったとしても、ネットワークは研究室の中央で管理されているはずである。ここを使用しているものがいれば、そのネットワークが生きている可能性は十分に高い。
壁を背に進み、いくつかの部屋を開けることを試み、5箇所目にしてようやく入れる部屋を見つけた。
作業台の下に潜り込み、ネットワーク接続端子を探す。
「あった」
初春は見つけたネットワーク接続端子と自分の携帯端末をケーブルで繋ぐ。
ネッとワークに接続された端末へ、ネットワーク接続情報をサーバから配布される環境が望ましかったが、残念ながらネットワークを接続しただけでは繋がらなかった。
だが、初春は何事もなかったかのように、ネットワーク監視ソフトを立ち上げる。ソフトのソースが公開されているオープンソースのソフトだが、ここに初春の手が加えられている。監視機能に加えて、解析機能が付加されている。
数分、ソフトによる監視と解析が進み、サーバや使用可能なネットワーク情報が一覧表示される。
やはりネットワークは生きていた。通信情報がこの初春の携帯端末まで届いている。
『備えあればなんとやら、ですね』
風紀委員《ジャッジメント》の仕事をするにあたって、場合により必要と考えていた機能であった。しかし、このようなことに使うことになるとは、初春自体、考えてもみなかった。
解析結果をもとに、サーバへハッキングをかける。初春は学園都市で使われているオペレーティングシステムの全弱性を個人的にいくつか把握している。サーバーへのハッキングは非常に容易い。それを公開していない理由は、こういう時に便利だからである。
研究所内の地図と入退室管理情報を取得する。学園都市の高速ネットワークは恐ろしく便利であるが、情報の略奪にも時間がかからない。メリットとデメリットは表裏一体である。
昨日からの入退室情報と地図から察して、地下のある部屋が怪しいと感じた。ただ、その作りは部屋というには不快的な部屋で、一応部屋の体裁をとってはいるが、まるで囚人用の牢屋のようである。
その部屋は電子ロックで鍵がかけられていた。初春は、まずそのロックを解除する。その場所に行って、そこにまたネットワークがあるかわからないからだ。
『これでアクセラレータさんが逃げてくれればいいんだけど…』
それが無理であるから捕まっているのだということを、初春は理解していたが、ついその希望を願ってしまった。
初春は首を振る。最良な状況を考えながら行動しても、いい結果は生まれないと。
最も出入りの激しい部屋の近辺を省いた、その部屋までの最短経路を確認し、初春はゆっくりと周りを観察しながらその場所を目指す。通路を慎重に歩き、耳を澄ませ、非常階段を降りる。本来の移動手段であるエレベータを使用するのは好ましくない。
運の良いことに、初春は誰にも見つかることなく、一方通行がいると思われる場所へたどり付いた。
初春はゆっくりとそのドアノブを回し、できる限り音が出ないように、ドアを開けた。
「っ!」
声なき悲鳴が、初春の口から漏れる。
そこには、血だらけで横たわる一方通行がいた。口や鼻から血が漏れているのは当然ながら、服のあちこちが破けて、血が流れている。このままにするのは、かなり危険であることは素人目に見ても痛いほどわかった。
一方通行は、そのドアが開いたことに気がついて、顔を上げて初春を見る。その瞬間、虚ろな目が見開いた。そして、力なく手を差し出すと、手首を初春に向けて振った。
『来るな、帰れ』
一方通行のその仕草は、そう告げていた。
その態度に初春はかなしそうに、怒りをこめて囁く。
「いやです。今、バッテリーを変えますから」
初春は一方通行に慌てて近づく、早く助けなくてはと、チョーカーのバッテリーを外そうとして、その手が誰かに捻り上げられた。
「痛っ!」
初春が振り向きと、そこには焦点が合わない、一方通行に似た誰かがいた。
『アクセラレータさんのクローン!?』
初春は焦る。初春は手を握られている。一方通行の能力を発動するための『触れる』という条件は既に満たされている。いつ、殺されてもおかしくない状況である。初春は、死の予感に体の体温が無くなっていくような感覚を覚えた。
「いやだ! いやあぁ! 離して!!」
その声を受けても、その締め上げるような手は緩まない。むしろ力強く締め付けられる。
「お願い! 離して! いやあああぁ!」
その願いは聞き届けられない。一方通行がいる部屋のドアは閉じられ、初春は部屋から出された。
その通路には、悲痛な叫びが響いていた。