初春の悲痛な叫びを、一方通行は動かない体と曖昧な意識の中で聞いていた。
その声のために、一方通行は必死にもがく。目の前でこぼれ落ちる命を掬い取ろうと、もがく。
『そいつァ関係ねェんだ!』
一方通行は自分の失態を自覚している。クローンだからと侮った。妹達《シスターズ》と同じく、オリジナルとはレベル差があるものと判断してしまった。自分と同等のレベルだとは考えもしていなかった。
だから、この失敗は自分の命で洗い流そうと、この程度の男だったと自分の命を諦めていた。
だが、初春が目の前で連れ去られた。
自分とは関係なく、自分を助けに来た誰かの命が失われる。碌でもない自分の命と、数度しか顔を合わせていない他人を助けにくる誰かの命では、重さが違うと、一方通行は心の中で叫んだ。
『こんなクズと引き換えにする命じゃねェぞ!』
手を伸ばす。ドアを開けて追いかけて助けなければと、必死に手を伸ばす。
と、そのドアが、ゆっくりと、開いた。
そこには、焦点の合わない目をした、初春が立っていた。
そのまま座り込み気だるそうに一方通行のチョーカーのバッテリーを、何度か手を滑らせながらも交換する。
そして、そのままの体勢で、呆然としていた。
一方通行は、体や思考が正常に戻り、傷だらけで重い体を引き上げるように立ち上がると、ドアの先にいるクローンを見る。
クローンは、通路に仰向けに転がっていた。
そのクローンは完成品でない、失敗作の模造品である可能性が高いと、一方通行は思った。完成品の一体以外は、中途半端な模造品であったが、研究者を保護するには十分な戦力だった。だから研究者は失敗作に警護や見張りを命令していた。これはおそらくその一体と思えた。
一方通行は、倒れているクローンに近づき様子を見る。頭から、血が流れていることに気づく。
首筋に手を当てる。脈は止まっており、既に体は冷たくなっていた。
『もみ合った時に、足でも滑らせて倒れた拍子に、って感じかァ? 打ち所が悪くて呼吸器系に異常でも出たか?』
一方通行は初春へ振り返る。初春は、まだ、同じ姿勢のまま、うわ言のように何かを呟いている。
『初めて人を殺しちまったショックか。立ち直るにはしばらくかかるかもしンねえな』
一方通行は初春へ近づき、座り込んで初春の耳の近くで、
「いいか、あのクローンは、まだ息があった。お前は殺してねェ。だが、俺がさっき止めを刺した」
そんな嘘を付いた。わざわざ人殺しを背負わせる必要はないと、そう嘘をついた。
だが、初春はその言葉に反応していない。
『無理もねえか』
一方通行は数度しかあっていない初春を思い出す。
自分よりもひと回りも大きい相手の前に立ちはだかろうとした初春を、風紀委員《ジャッジメント》として一般市民を守ろうとした勇敢な姿勢を、その意思に人殺しは重すぎる。
一方通行は、一旦落ち着いてからゆっくり話せばいいと、立ち上がろうとして、初春のつぶやきが気になった。
もう一度しゃがみ、初春の口に、耳を近づける。
「少しの力と…ちょっぴりの勇気…、少しの力と…ちょっぴりの勇気…」
一方通行はその意味が、よく分からなかった。
だが、たとえ分かったとしても、初春の落下はもう止まらない。