「なに、を」
その声は誰のものだったか。劣化クローンとはいえ、あの学園都市第1位の、一方通行のクローンである。不安定ながらも、その能力は脅威のはずだった。その二人が倒れている。既に呼吸は止まっていた。
「何故、気づかなかったんでしょうか」
初春が、ぼんやりと呟く。
「本当に不思議です。私、思いつきもしませんでした」
そして、一方通行とクローンの方へ向かって、ゆっくりと歩き出した。
「佐天さんの言葉がなかったら、多分一生気がつかなかった」
ざっ、とコンクリートを擦る音がした。一方通行は、その音の主が、自分の右足であることに気がつく。その右足は、一方通行の意識とは別に、初春から離れようと足を引いていた。
『何やってんだ! 俺は!』
一方通行は自分に鞭を打つ。二人の劣化クローンが倒れただけ、その程度のことは一方通行も可能だ。恐るべきことではない。
「…君、今、何したの?」
クローンは、初春へ問う。初春はフラフラと一方通行の横を通りすぎる。一方通行は安堵した自分に気づき、顔を歪める。
「こんなに簡単なことだったなんて、私、知らなくて」
クローンは、苛立ちを隠さずに叫ぶ。
「僕が聞いてるんだ! 答えろよ!」
初春はその叫びに、何の反応も示さない。ただ、歩く。クローンへ向かって。
そして、クローンの近くに来たと同時に、クローンは初春の首を掴み、捻りあげた。初春の体が宙に浮く。まるで、昨日の一方通行と初春のように。
その途端、クローンの体が崩れ落ちた。その崩れ落ちた体は、既に稼働を止めている。一瞬の出来事だった。
クローンとはいえ、学園都市第1位の命が、一瞬で消え去った。
「なにが…」
その声は一方通行のものだった。なにが起きているのか、理解が追いつかない。
「私の能力は定温保存《サーマルハンド》、触れているものの温度を一定に保ちます。でも、触ってなきゃいけないから、すごく熱くしたり、すごく冷たくすることはできないんです」
初春は膝を曲げてしゃがみ込み、クローンの頬を触りながらいう。
「人の体温は36から37度、35度を下回ると体調に異常をきたします」
一方通行は思い出す。あの頭から血を流して倒れていた劣化クローンは、死後硬直すら始まっていない状態で、なぜあれほど体が冷たくなっていたのかと。
「ましてや、一気に10度まで体温を下げれば、異常を通り越して、脳への障害は当然のこと、心臓麻痺も当たり前、様々な致命傷が襲いかかります」
触れているものの温度を一定に保つ、それは言うには易いが、行うには難い。一部を保つならばそこに熱量を与えればいい。だが、触れている物の温度を一定に保つなど、そこにはどのようなベクトルが必要なのか。
一方通行《アクセラレータ》の能力はベクトル操作であるが、その操作にはそのベクトルを理解する必要がある。少なくとも、現段階で一方通行はそのベクトルを理解できない。
「私、今まで気づきませんでした」
初春は、一方通行を見上げる。
「人って、こんなに簡単に死ぬんですね」
初春は、自分の顔が笑顔に歪んでいることに、気づいてはいない。
多分、次回、最終回です。
間にもう一話いれるかどうか、迷い中です。