初春は、一方通行を見上げる。
その目は黒く濁っていた。混濁するような、人を見るときの焦点が、認識が、誤ってしまったものの目をしていた。
殺せるか、殺せないかに焦点を合わせるような、そんな目をしていた。
一方通行は、目の前の闇に落ちてしまった少女に手を伸ばさなければと、落ちた闇から引きずり出さなければと、手を差し伸べようとするが、その比喩でなく真っ赤に染まった手を見て、悔しさに手を握りしめた。
助けられないと、この手では助けられないと、自分ではこの少女を助けられないと、歯を噛みしめる。
それでも、届かないと知ってなお、初春に言葉をかける。
「お前はジャッジメントだろう…、こんなクズのところに落ちるんじゃねェ…」
それは、祈りか、願いか、自らをクズと称する一方通行は、吐き出すように呟く。
初春は、そんな一方通行をみて、困ったようにはにかむ。
「アクセラレータさんは、クズなんかじゃないです」
そして、そう言いながら立ち上がる。
「ラストオーダーちゃんを大事にしてて、シスターズの皆を大事にしてて、私を助けようとしてくれました」
初春は、一方通行に近寄る。一方通行は、その言葉を受けきれずに俯く。
「お前は知らねェンだ。俺はどれだけのシスターズを…」
初春は、一方通行の口を、人差し指で塞ぐ。
「知ってます、調べましたから」
そして、一方通行の両頬を、両手で包み、淡いため息をつく。
「私、本当に、アクセラレータさんのこと、好きになっちゃったかもしれません」
初春は、微笑む。
その頬は朱に染まっているようにも見える。
「だってすごく強いんですもん。すごくかっこいいです。強くて傲慢で、でも失敗を受け止められないくらい弱くて繊細で」
一方通行は、自重げに笑う。
「なんだそりゃあ、強いか弱いか、どっちだよ」
「どっちもです。すごい、魅力的ですよ」
「そうか、でも、俺はお前に勝てねェぞ」
「そうですか?」
「そのまま俺の体温を下げれば俺は死ぬぜ。俺はお前の力のベクトルが分からねえからな」
初春は、そっと一方通行の頬から、名残惜しそうに手を離す。
「じゃあこれで勝てませんね」
一方通行は、悲しそうに顔を背ける。殺して欲しかったと、駄々をこねるように。
「ここでのことは、全部俺のせいにしていい。俺のためにやったことだ。お前がかぶる必要はない」
「いやです。折角アクセラレータさんと一緒になれたんですから」
「一緒?」
「はい、同じ人殺しです。お揃いですね」
やはり焦点がずれていると、一方通行は感じた。
殺したことがあるものと、殺したことがないもの、初春は、一方通行も自分も前者であると言った。
その前者の中でも一方通行は上位に入る。それは今の初春の目には魅力的に映っていた。
一方通行は、俯き、苦々しく言う。
「一緒になるンじゃねェ。入り口はあっても出口はねえぞ。一生後悔しながら迷い続けるぞ」
「じゃあ一緒に迷います」
「昨日今日の付き合いで何言ってんだ」
「愛着がないから、嫌になったらすぐに別れられますね」
ああいえばこういう、と一方通行は呟く。
自分ではこの少女を引き上げられないと、引き上げられるわけがなかったと、自嘲する。
そして、一方通行の中にも、初春に対しての微かな何かは芽生えていた。
「好きにしろ」
一方通行は端的に肯定し、
「はい」
初春は端的に応じた。
初春が選んだ先は醜く薄暗い世界である。足元がぬかるんだ、歩くことさえ覚束無い世界である。
その先には希望がない。あとは落ちるだけである。落ちることはできても這い上がれはしない。
だが、初春の定まっていない何かと、一方通行に微かに生まれた何かが噛み合えば、その薄暗い闇の中でも、何かが生まれるかも知れなかった。
そう、たとえそこが、出口のない、無限に続く迷路だったとしても。
以上、とある花弁の無限迷路《ラビリンス》、終了です。
最後までありがとうございました。
さて、第1部、第2部と自分は楽しく書いているのですが、皆さん面白いと感じていただけているんでしょうか? 多少なりとも面白いと思っていただければ幸いです。
第2部も暗い話でしたが、第3部も暗いです。果たして需要があるのかどうか。
第3部は、「とある魅惑の抑制解離《バーサーカー》」で、白井黒子と御坂美琴です!
もしよろしければ、引き続きよろしくお願いします!