ないない尽くしで転生   作:バンビーノ

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番外編.三回転捻り飲酒クルクルパー

 カラン、とグラスに入っているであろう氷の崩れる音が聞こえる。敢えて視覚に頼らず聴覚や嗅覚の情報だけを整理するならば、落ち着いた雰囲気のジャズが鳴らされるなか恐らくカウンターに居るであろうマスターに注文をする声と時おり聞こえる会話。そして仄かに漂うアルコールの臭い。それから察するにここはバーだろう、いやバー()じゃなくてバー(酒場)のね。

 まあ視覚になんて頼らずともこの程度の推察は楽勝なんですよヘッヘッヘとかそういう自慢をしたいわけでもない。

 

 ただ本当に視界を奪われてるだけだからネ! ついでとばかりに両手も拘束されている。

 

「ふぅ……ここの店はいいわね、中々こういう雰囲気のところはないのよ」

「え、なんでこの人普通に会話しようとしてるの? 隣に目隠しされてる人がいるんですよ?」

「特殊なプレイね、ただTPOを弁えなさい」

「犯人が何か言ってる。チクショウこうなったらアリシアにプレシアさんに特殊なプレイを強要されたって言うしか」

「コロンビアネクタイって知ってるかしら?」

「制止させるための行程をすっ飛ばしすぎだろ! てかむしろなんでプレシアさんが知ってるの? 地球の処刑よそれ?」

 コロンビアネクタイってあれなんだけど。ナイフで首を真横にスパシーバ、じゃなくてスパッと切っちゃう。でそこから舌を引っ張り出してコンニチハさせるやつ。もちろん喋れなくなる、処刑だもの……いやいやこんなグロいことどうでもいいや。

 

 そういうわけで、いやどういういわけかわからんのだけど。

 きっと俺の隣で物騒なこと言いながらも年相応の大人びた感じで、名前も知らないような高価な酒を上品に嗜んでるであろうプレシアが犯人でした。

 なんでここにいるのか、なんでこんな状態でいるのか果てしなく疑問。ただ小一時間前に唐突に飲みに行くわよと誘われ、めんどいので蛇口の水でも飲んでてくださいと言ったらこうなった。いったい何が悪かったのか……口か。その口二度と開けなくしてあげるわ、とか言われてコロンビアされなくてよかった。スパシーバ。

 

「仕方ないわね、外してあげるわ」

「むしろここまで目隠しした男を連れ歩いて来たプレシアさんの鋼メンタルに驚きだよ」

「私が周りの目線を気にすると思うかしら?」

「さすがに街中とかなら気にするだ……あれ、娘二人以外の評価を気にする風景を思い浮かべれないぞ?」

「親になったら皆こうなるわよ」

「それはない」

 

 全国の親御さんに謝れと思う。モンスターペアレントも真っ青な超理論を常識にしないでほしい。

 

「それでなんで俺は拉致られたのか。さんざん肥やしたからそろそろ出荷なの? ドナドナっちゃうの?」

「肥やしたかもしれないけど、あなた肥えないじゃない。それじゃ出荷しようにもできないわ」

「我ながらビックリするほど肉付きが悪くてな」

 テスタロッサ家に住みはじめてから早十年以上。睡眠時間に困ったことはあれど飢えたことはないんだけどなぁ。太らないのはいいが筋肉もつきにくいからなんとも言えない。余分な脂肪も使わない筋肉もすぐに無くなってしまう体質なのだ。

 

「心が貧しいからじゃないかしらね」

「なにそのトンデモ超理論」

「現行最先端の魔力炉の理論を完成させた私が言う理論よ?」

「あれ、めっちゃ理不尽なのにそれらしく聞こえてくる。なにこれ怖い」

 

 このままでは俺が心が貧しい認定されてしまう。いやでも心が裕福ってなんだ、てかそもそも身体の肉付きと心の豊かさは関係ない。いくらプレシアが言おうとないって、ただの体質だってば。

 

「で、話を戻すけど」

「ここに連れてきた理由は一番始めに言ったじゃない、飲みに行くわよって」

「え、あれマジだったの? 俺を適当に連れ出して挽き肉にするためじゃなかったの?」

「ちょっと私のイメージについて話し合いましょうか。いえ、ちょっとと言わずじっくりと」

「待って待って、アリシアと店を営んでることがそろそろ怒髪天が天元突破で有頂天に達しちゃったかなって勘違いしただけだから!」

「……それこそ今更じゃない、あなたたちが店を開いてどれだけたったと思ってるのよ」

「……結構? 4年くらいかんね」

「アバウトね」

「そんなもんさ」

 

 だってフリーで活動し始めてからとやってること大差ないんだもの。店開く前にもお互い請け負った仕事手伝ったりしてたし、逆に今も出張サービスなんてよくよく行っている。

 だから、なにか変わったことがあったかって言われれば特にない。

 

 強いて言えば半年前くらいにマリアージュだかマリアンヌだかの事件で店が半分吹き飛んだくらいかね。

 あれはたまたま寄っていたランスターさん(兄)が居なきゃ死んでた気がする。そのあとも爆発の場に巻き込まれたし……たぶん最近のなかで一番ハードラックとダンスっちまった件だった。

 余談ながらランスターさん(兄)に助けてもらってランスターさん(妹)が活躍した事件だったらしい。

 

「ナナシ、あなたってニアミスで生き残ってる感じがするわね。実は何回か死んでるんじゃないの?」

「死んでたらもっと巻き込まれないようにやり直してるっての」

「そうでしょうね、半壊した店はちゃんと直ったのかしら?」

「直した、俺とアリシアが中心で。今ならなのはの砲撃だって一発なら耐えれるし、防火性は抜群。家の中でキャンプファイアしたって問題ない」

「アリシアと貴方はなにに備えてるのかしら……?」

 

 しゃーないじゃん。空港の火災や店舗爆発といい何かと火にまつわる事件に巻き込まれてて若干過敏になってるんだよ。

 っていうのが建前でお店を爆破された鬱憤とかその場のノリとかでやっちゃった! いつも通りだね!

 

「はぁ、私の娘ながらたまに暴走しちゃうわね」

「むしろプレシアさんの娘だからじゃね?」

「……否定できないのが腹立たしいわ。でもアリシアはそんなところも可愛いのよ」

「はいはい親バカ親バカ」

「煩いわね、というか飲みなさい。なんのためにここに来たのよ。リキュール、ロックをふたつ」

「なんのためにって拉致られたんすけど……てか肝臓大丈夫?」

「娘が健康よ、自分の心配はいいのかしら?」

「なら大丈夫だ、俺は基本何でも飲めるし」

 

 なんの受け答えかさっぱりだが娘が健康ならプレシアは大丈夫、むしろ不可逆の加齢を可逆として若返る。うむ、考え直したがやっぱりさっぱりだ。はやてよりプレシアに歩くロストロギアの称号をあげるべきだと思う。

 

 渡されたグラスをくいっと煽る。喉に熱が染み込むかのように感じるけど酒ってこんなもんよね。度数がキツいため余計にそう感じる。

 それに頭は元から三回転捻りクルクルパーのオレ(アリシア談)なんだけど、アルコールが入るとウルトラCかました感じになる。俺もアリシアも(録画データ参照)。

 ──ふたりして朝起きたら管理局にしょっぴかれるデバイスが出来てたのはいい思い出だったりする。

 

「つまりなんでも飲めるだけで強いわけじゃないのね」

「弱くもないんすけどね、いやー飲んでる最中に気持ち悪くなることないから制限効かなくて」

「あなたが女なら危なかったわね、あと美人だったら」

「付け足し補足に悪意しか感じない、別に美男でもないけど」

「通行人Fとかとしてドラマとかでスクランブル交差点にいそうな顔よね」

「素直に無個性って言えよこんちくしょう」

 

 はてさて、そんなふうに会話をすることどれくらいがたっただろうか。なんかまた新しい魔力炉を作ろうとしてるらしく局に許可取りに行ったら断られたとか愚痴ってた。当たり前だと思う、周囲の物質を分解して魔力変換するとか俺でもロストロギア級ってわかるもん。

 

「貴方たちが見ていた地球のアニメから発想を得たのだけど。制御できない力はただの暴力とかいう台詞があったあれよ」

「抜き出してきた台詞がなんでそれなのか気になるけどあれかぁ……いやそりゃアニメから発想を得たものを実現したら恐ろしいものが出来るに決まってんじゃん」

「実はやり過ぎた気は私もしてるわ」

「プレシアさんが自覚するレベルのヤバさとか笑えない……てかそれ設計見ただけで悪用するやつ出るんじゃない?」

「大丈夫よ、途中気づかれないように理論は破綻させてるから」

「さっすがー、余念がないね」

「そのまま使ったら爆発するようにしといたわ。因みに近頃数件の研究所で爆発事故があったらしいわ、怖いわね」

「サ、サッスガー、加減がないね!」

 

 まぁ、こんないつもみたいな他愛ない雑談をしていた。飲んでも顔に出にくいプレシアも赤みがさし始めているあたり結構たったと思う。

 

 のだが、つまりそれは俺もかなり飲んだと言うわけでして現状頭のなかでの処理機能がシャットダウン、わたしの正気はサイレントヒルに迷い混んじゃったぜヒュー! 酒がうまい!

 

「ナナシ、落ち着きなさい。そのグラスは空よ、いくら煽っても飲めないわ」

「ハッハッハ! 酒は百薬の長って言葉があるんだけどつまりそれって酒は体にいいからいくら飲んでもオッケーってことだ!」

「毒が薬になるように薬も過ぎれば毒よ、ヤク中ならぬアル中になるわよ……いえ今のあなたは空のグラス持ってるだけの間抜けだからいいのだけれど」

「我が宝具エアの開帳だ、的な」

「あなたが持ってるのゴミ箱だけでしょうに、それとエアなのは貴方が今持ってるグラスよ」

「いやこれって元々お宝が入ってて名前は……四次元ポケット?」

 

 やっべなんか名前あった気するのに21世紀の方しかもう出てこないや。ゲートボールだっけ?

 

「……あぁ、そうだったわ。ゴミ箱でひとつ思い出したわ」

「ん? 我が家の粗大ゴミナナシを今度捨てにいくとかやめてくださいよ?」

「本気で貴方は私がナナシ(あなた)をどういう風に思っていると考えているのか聞きたいところ……いえ、それは今はいいわ」

「半分冗談ですって」

「そ…………一回しか言わないわ、ありがとう」

 

 ありがとう、アリガトウ、Thanks……ふむ、どう考えてもお礼を言われたらしい。理由も説明も省いた、ゴミ箱って単語で思い出したこのお礼は、きっとJS(Yesジュエルシード、Notスカさん)事件の時のあれこれひっくるめたものだろう。

 そういや面と向かって感謝されるのは初めてなような気もする。ぷっぷー、見た目によらず律儀だなぁ。

 

「なにかしら、その腹立たしい顔は?」

「なんでもないっすよー」

「そう……」

「それとどういたしまして、でも大したことはしてないよ」

「それは知ってるわ」

「そっすか」

 

 うん、いつも通り変わらないや。そのまま静かにグラスを傾ける。似合わない気もするが……ま、たまにはこんなのもいいだろう。耳障りのいいクラシックを聞きつつグラスを傾けた。あ、空だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スッパーン! チリンチリン! ドッタンバッタン!

 

 

「ナナシと母さん見っけー!」

「ね、姉さん引っ張らないで。くび、首が絞まって苦しいよ!」

「アリシア、フェイトを離してやっておくれ! 割りとヤバそうなんだよ!」

 

 …………騒音と共にやって来たのは残りのテスタロッサ家のメンバー。アリシアにフェイトとアルフが店の空気なんて知ったこっちゃないと駆け込んできた。

 

「ふたりで飲みに行くとはズルい、私たちも混ぜろー!」

「アリシアさんやアリシアさんや、このお店の静かな雰囲気に合わんけんちょっと出ようかー」

「あっ、うんごめ……うわナナシお酒臭い! ナナシスメル臭いよ!」

「おいバカやめろ! その言い方だと俺が臭いみたいだろ、泣くぞ!」

「ふぅ、じゃあ皆で他のお店に飲みに行こうかしら? お代は出しておくから出ときなさい」

 

 静かな雰囲気はね、死んだんだ。お会計をプレシアが済ませてるうちに主に五月蝿い二名は退散する。本当に言うまでもないが俺とアリシアだ。

 お外の風にひんやりと涼みながら隣のアリシアに話しかける。

 

「よく場所わかったな」

「へっへっへー、女の勘だよ!」

「その女の勘ってセンサーいかれてて何軒も回ったりしてない?」

「うぐっ。ず、図星じゃないヨー……あ、でも昔私が言った通りになったね」

「なにが?」

「ほら、いつか母さんがナナシを飲みに誘うって言ってたでしょ?」

「あー、そんなことも言ってたっけか……でも地雷はほとんど踏まなかったぞ?」

「なんだって!?」

 

 チクショウ、すで驚いてやがると酔っててもわかる。

 

「ふははは、俺だって成長するんだぜ」

「むぅ、そりゃそっか……よし! 母さんたちが出てるくまでに飲みに行くお店探しちゃお!」

「このアル中の墓場~吐くまで帰さない~って店は?」

「好奇心は湧くけど行きたくないよ!」

「だよな!」

 

 うん、なんかいつも通りになっちゃったけどこっちのがらしいしいっか。

 別にこのあと俺とアリシアがまた酔って危ないデバイス作りかけて、珍しくプレシアが本気で止めにかかったとかそんな事実はなかった、なかったのだ。




ここまで読んでくださった方に感謝を。
いつだか会話のなかでポロッと出ていたプレシアとナナシの飲み会的なの書きたくなって書きましたごめんなさい。たぶん覚えてる方はほぼいないかと思います。

綺麗に終わらせたかった、無理だった。そんな感じですねこれ。

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