ファイアーエムブレムIF 運命の姫君    作:ティツァーノ

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悲劇にさす光明

 モズメが襲われたのは、裏山から山菜を採取したその帰り道だった。

 裏山に通い始めてから数十年。うんと小さかった頃から、モズメは近所の裏山へとよく遊びに行ったものだ。まだ父が生きていたころ、大きな手に支えられながら、一緒に山菜をとったり弓矢の扱いを教えてもらったりした。手にたくさん血豆をつくって弓矢の練習に励み、鹿を狩れるほどまで上達することが出来た。村の皆が総出でモズメの成果を祝ってくれたときは、嬉しさの余り何度も何度も飛び上がってしまったものだ。

 そして数十年経った今でも、その習慣は続いている。

 いつものように裏山へと出かけ、家族のために食料を探しに行く。今日は活きの良い獲物こそ見つからなかったが、美味しそうなツクシをたくさん見つけることが出来た。成果としてはそれなりだろう。今夜の晩御飯はツクシ鍋だ。

 意気揚々とした面持ちで鼻歌を歌いながら、山を下っているときだった。

 何の前触れもなく、ソレはやってきた。

 モズメの暮らす村が襲われていたのだ。

 

「村が……!」

 

 火の手の上がる村に、なかば半狂乱になりながら駆けつけてみれば、それはもうひどい有り様だった。住み慣れた民家はことごとく半壊しており、汗水流して育ててきた畑は無残にも踏み荒らされている。家畜の骸がそこら中に横たわっている。お腹にばっくりと空いた空洞。何か巨大なモノに腸を貪り食われた痕跡だとモズメは考えた。

 野生の熊か、猪の仕業だろうか。

 いや、そんな生易しいものではないだろう。これはそんなものよりも獰猛で、もっと恐ろしいモノの仕業だ。

 

 そういえば、とある噂話を耳にしたことがあった。

 白夜王国の村という村が、今、人ならざる者たちによって襲撃を受けることがあるのだという。やつらに目をつけられた村は全てを根こそぎ奪い尽くされるらしい。人間も家畜も農作物も何もかも。そして後に残されるのは、徹底した破壊の痕跡だけ。

 たしかそんな話を、旅の商人が教え聞かせてくれた。

 聞いた当初は、恐ろしい話だとつくづく思った。

 その一方で、まさか自分たちの村に限ってそんなことになるわけがないと思っていた。そもそもこんな片田舎にある村を襲って、奴らに何のメリットがあるというのだろう。盗られて困るような物は何一つとして存在しない。

 それに、白夜王国には結界が張られている。それはミコト皇女のありがたい霊力によって編み出された秘奥。敵意を持った人間が足を踏み入れた途端、たちまち戦意が霧散してしまうのだという。戦わずして相手を無力化するという、慈愛に溢れた白夜皇女らしい技である。その効果範囲内にいる限り、自分たちは安心して暮らせる。谷を一つ越えた先にある西の隣国――暗夜王国の襲撃に怯えて暮らす必要もない……はずだったのに。

 いったい、これはどういうことだろう。

 

 火の海に包まれる藁の家。血を流して倒れる村の皆。

 有り得ないと思っていた状況が、まさに現実のものとして起こっている。

 そういえば――旅の商人の話にはまだまだ続きがあった。

 ミコトの結界により、戦争状態にあった白夜と暗夜は十数年もの間、恒久的な平和を保っていた。だが、狡猾な暗夜王国はそれで侵略の夢を諦めることはなかった。むしろ対抗心を燃やし、結界の影響を受けない戦士を造り出すことに成功。人の心を持たない者たちを白夜の領土へと送り込んでいるのだという。

 それが人ならざる者たちの正体だという話だった。

 どうやら白夜と暗夜の戦争が、自分たちの村にまで及んだらしい。ついに自分たちの番が来たのだ。そう悟ったとき、モズメはたまらず駆け出していた。自分の家へと。母の安否を確認しなければ。

 半壊した自分の家を見つけると、即座に駆け込んだ。母の姿はすぐに見つかった。入口で気を失って倒れていた。

 

「おっ母!」

 

 必死に母の身体を揺さぶった。苦しそうな呻き声を上げながら、母の瞼がゆっくり開かれる。よかった、まだ意識があるようだ。ほっと安堵の息をつく。

 

「その声は、モズメ……かい?」

 

 ひどく掠れた、弱々しい声だった。

 

「喋っちゃ駄目や。お母!」

 

 母は怪我をしているようだった。頭から血を流している姿が痛々しい。出血がひどいが、幸い傷自体は浅い。白夜の王都で、ちゃんとした治療を受ければ回復するだろう。今すぐ母を連れてここから避難しなければ。

 

「モズメ、逃げ……あんただけだけでも早う!」

「いやや……お母も一緒に!」 

 

 母の身体を担ごうとした、そのときだった。

 背後から、怪物じみた嬌声が迫った。

 咄嗟に振り返ってしまった。

 そこには緑色の体表をした、筋骨隆々の大男がいた。

 頭部をすっぽりと覆い隠す怪物じみたマスク。拘束具でしめつけられた全身には、得体の知れない金属片がぼこぼこと埋め込まれている。

 これが暗夜で生み出されたという化物だろうか。たしかに、どう控えめに見てもそうとしか形容の出来ない、気味の悪い出で立ちをしている。

 呆然と立ち尽くすモズメたちの前で、化物の無骨な手がぬっと伸びた。かと思うと、母の身体を鷲掴みにした。あっという声を上げる暇もなく、信じられない膂力でもってモズメから母を引き剥がされた。一瞬の出来事に呆ける彼女の前で、母の身体は闇の彼方へと引き摺られていく。ばきばきと何かが砕け、飛び散る音。間断なく続く母の絶叫。ここからでは何が行われているかは見えない。

 だが、それがモズメにより一層恐ろしい想像を掻き立てさせた。

 

「おっかあぁぁぁぁぁ――――っ!」

 

 その瞬間、モズメの身体の硬直が解けた。

 脇目を振り返ることなく、半狂乱になりながら村の中を駆けた。

 甲高い叫び声を上げながら、一目散に逃げた。

 逃げなければ。

 あんな怪物相手に、自分では到底太刀打ち出来るはずもない。

 だが、どこに逃げればいいのか。

 分からない。とにかく、あの化物たちに捕まらないような場所ならどこだっていい。

 モズメは無我夢中で、森の中を走り回った。

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 アクアは自分ひとりが仲間外れにされることを快く思ってはいなかった様子だったが、不承不承といった体でそれを受け入れた。途中で待たせていた護衛の兵士たちにアクアの身柄を預けると、ルキナとスズカゼは襲撃を受けたという近隣の村へと急いだ。

 だが、すでに時は遅く。二人が村にたどり着いたときには、惨憺たる光景だけがあった。

 鼻をつんざくような腐臭が村を覆い尽くしている。

 蹂躙の後。

 化物の姿はどこにも見えない。新たな獲物を求めてどこかに移動したのだろうか。けれども、油断は出来ない。まだこの周囲にいる可能性は極めて高いのだから。

 そんなことを考えていると、スズカゼがおもむろに言った。

 

「あまり動揺しておられないのですね」

「これと同じような光景を嫌というほど目にしてきましたから……」

 

 自分たちがいた世界では、嫌というほど目にする光景だった。焼け崩れた村を横切るたびに、ルキナは胸を痛めていた。何度目にしても慣れることはなかった。

 

「こんな時になんですが、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「そうですね……私は”マルス”と言います」

 

 あえて本名は伏せた。それは過去に行くと決めたときから、そう名乗るつもりでいた。いにしえの英雄王の名を口にすれば誰もが首を傾げる。だが、スズカゼは特に驚きを見せることはなかった。ルキナの名前よりも、別のことが気になって仕方ないようだった。

 

「では、マルスさん。お聞きしたいのですが、あなたは西の方の出身ですか?」

「いえ、違います。私の出身地はイーリスです」

 

 正直、西だとか言われてもぴんとこなかった。そもそもここがどこかも分からないのだから当然だ。だが、ぴんとこなかったのはルキナだけではなかったようだ。

 

「イーリス……聞いたこともない名前ですね」

 

 スズカゼの言葉に耳を疑った。

 イーリスを知らないだって?

 そんな馬鹿げた話があるのだろうか。いや、イーリスよりも離れた場所にある大陸ならそれも有り得ない話ではないだろう。それならマルスという名前を名乗ってもたいした反応が得られなかったことにも納得が行く。そもそもいにしえの英雄王など、彼らは知るわけがないのだから反応のしようがないのだ。

 これはあまり考えたくない可能性ではあったが、どうやら自分はものすごく遠い場所に来てしまったらしい。時間遡行にリスクは付き物だとはいえ、いくらなんでもあんまりだとルキナは思った。

 とはいえ、これは私が自分で選んだ道。リスクがあることなど初めから想定していたではないか。

 とりあえずスズカゼの疑問に答えなければ。黙ったままだと不審に思われてしまう。

 

「知らなくても無理はありません。イーリスはここから遥かに離れた大陸にありますからね」 

 

 その場しのぎの案だったが、スズカゼはルキナの返答に疑問を抱いた様子はなかった。

「成る程。たしかにあなたは、この国では見慣れない服装と、独特の雰囲気をお持ちでしたからね。それが別の大陸のものだと言われれば、まさにその通りですね」

「ええ、ここに来てからというものの驚かされてばかりいます。見たこともない植物と、緑に満ち溢れた風景……思わず我を忘れて魅入ってしまった程です。どれもイーリスには見られない素晴らしいものですね」

「それはそうでしょう。この豊かな大地はこの国特有のものですからね。それ故に、隣国からは狙われ続けておりますが」

 

 それもそうだろうとルキナは思った。

 いつの世も権力者というものは野心に燃えている。邪竜ギムレーが世界滅亡に熱を注いでいたように。

 こんな緑豊かな地を目にすれば、誰もが心奪われてしまうことだろう。

 

「ところで、ずっと気になっていたのですが、この国の方たちはスズカゼさんのような格好をしていられるのですか?」

「ああ、私の服装ですか」

 

 スズカゼは苦笑した。

 

「これは王家に仕える”忍”のみが身につける物です。普通の方たちはこんな服装をしていませんよ」

「……シノビ?」

「忍というのは、影の任務に携わる者たちのことを指します。表舞台に現れず、裏から王国を支える役目を負っています。ようするに、気配を消して相手に気づかれないように背後へと近づき、奇襲を仕掛けるのが私たち忍の戦い方です」

「へぇ……」

 

 暗殺者みたいなものだろうか。

 言われてみれば、スズカゼの服装は違和感を抱かせることなく、周囲の風景に溶け込めそうだとルキナは思った。気配を殺すことに長けた戦闘集団。それならば、ルキナがさきほどスズカゼに遅れを取ったのも合点が行くというものだ。

 

「ですが、そんな重要なことを、赤の他人である私に教えてしまってもよろしいのですか?」

 

 ルキナの頭の中をある想像がよぎる。事が終わった後、機密を知った者として王都に拉致監禁されるかもしれない。下手したら口封じとして殺される可能性もある。

 そんなルキナの物騒な想像を知ってか、スズカゼは肩をすくめながら言った。

 

「これから共闘する仲間に、手の内を明かせなければ、マルスさんも安心して背中を任せられないでしょう?」

「成る程、一理あります。しかし、出会ったばかりの相手をこうも信頼出来るとは、にわかには信じがたいですが――」

「先程、マルスさんが、自分はもう部外者ではないとおっしゃいましたよね。その言葉を、私は信じたいと思っております。……それがあなたを信頼する理由では駄目でしょうか?」

「スズカゼさん……」

「それと先程の覗きの件……心から申し訳ないと思っています。覗き魔の汚名を晴らすためならば私は何だって致しましょう」

「やめてください、思い出させないで下さい!」

 

 ルキナはがっくりと肩を落とした。

 どうやらスズカゼにとってはどうしても払拭したい過去であるらしいが……それならばわざわざ話を掘り返すこともないだろう。せっかく忘れかけていたのに。

 

「しかし、シノビというのは、なんだか格好いいですね」

 

 仲間たちと合流したら、是非ともシノビの文化を伝え聞かせたいと思った。土産話には丁度いい話題であろう。

 そんな浮ついたルキナの考えは、スズカゼが放った言葉で綺麗さっぱり霧散してしまう。

 

「いいえ、そんなことはありません。そのような誉れは私たちから最も遠い言葉です。私たちの得意とする隠密……それは無防備な相手の背後から忍び寄って、喉を掻き切る卑怯者の技です」

 

 ですが――と、スズカゼはたっぷりと間を置いてから、

 

「私のような者には相応しい生き様です」

 

 痛みを堪えるような顔でそう言った。

 

「……さて。無駄話はこのくらいにしておいて、この辺りを捜索するとしましょう。どこかに生存者がいるかもしれません」

「スズカゼさん……?」

 

 いったいどうしたというのだろう。何か気分を害するようなことを私は言ってしまったのだろうか。シノビの話をしてからというものの、彼の様子がおかしくなってきたように思える。

 

 ――卑怯者。

 

 スズカゼは自らをそう評した。そこから察するに、やはり国のためにやりたくもないような汚れ仕事をたくさん請け負ってきたのだろう。ならば、思い出したくないような過去の一つや二つくらいあって当然だ。誰にも言えない秘密を抱え込んでいる。それ故に、この男は苦しんでいるのだろう。なんとなくそう思った。誰にだって知られたくない過去のひとつやふたつくらいある。それを聞くのは野暮なことだ。

 ルキナはこの話題を打ち切って、村の捜索を再開することにした。

 しかし、どこを探しても生き物の息づかいは感じられなかった。

 崩壊した家々。死体の山にたかる銀バエの群れ。

 生々しい蹂躙の跡ばかりが目についた。

 気が滅入るようなモノばかりが散乱している。生存者は絶望的だった。

 

(またか)

 

 ふいに、火柱に包まれる王城が頭の中をかけめぐった。

 逃げ回る人々の悲鳴。崩壊するイーリス。まさかそれと同じような光景をここでも目にするだなんて。

 ぎゅっと唇を噛みしめた。血が滲んでもお構いなしだった。

 

(それを阻止するための時間遡行だった。なのに……)

 

 自分の無力さを突きつけられているようで、胸が軋みを上げた。

 

(私は、誰も救えないのか)

 

 そう思ったとき、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。聞き間違えでなければ、あれは女の子の声。

 

「今の声――聞きましたか、マルスさん」

「はい!」

 

 声が聞こえた方角は、村はずれの森の中。切羽詰った叫び声から、生存者がのっぴきならない状況であることは疑いようもない。

 ルキナとスズカゼは走り出した。




投稿遅れてごめんなさい。熱がなかなか引かず、風邪で寝込んでおりました。

次回以降から、登場人物がぐんっと増えます。
暗夜スキーな人はもう少しお待ちを。

そういやIFのコミカライズが出るのだとか。なんでも暗夜と白夜にも属さない小国にスポットを当てた話だそうです。
もしかしたらそのコミカライズ限定の登場人物たちが、IFの今後のDLCに出るのかな、だなんて予想してみたり。
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