A悩みのない平穏な生活がしたい。できるなら魔法とか使ってみたい。
A悩みのない平穏な生活がしたい。できるなら魔法とか使ってみたい。
もはやこれまでか――
聳え立つ白い双極の丘、その上に立ち並ぶ指折りの死神たち。
全てのものが、覚めやらぬ怒りとわずかな絶望で瞳を染めて、丘の上に突き立つ柱状の結界を視界に収めている。
あるものは遠く部下に指示を飛ばし、あるものは敵の首魁を見上げ、またあるものは無駄と理解しながらも反膜に攻撃を仕掛ける。
だが、大勢は決した。
全ては手のひらのうちから一つたりとも零れ落ちることはなく、計略はなった。空から右往左往する元同僚を、藍染はゆっくりと見下ろしていた。
「――これからは、私が天に立つ」
感情を表にあらわさぬためにかけていた眼鏡をはずし、霊力を込めて握りつぶし、視野の端でゆれる髪を掻き揚げた。全てはこの時のため。嘘と幻で覆いつくしてきた真実を、白日のもとに晒す。歓喜が奔流となって脳髄を侵し、自然と唇をつりあげていた。
悲痛な叫びを上げる死神たちが這い蹲るその場に、悠然と一人の男が現れた。
丘の中央に突然現れた男の姿に、死神たちはにわかに騒然とした。
黒崎一護のように空を飛んできた様子でも、十三隊の隊長たちのように瞬歩を使った様子でもないが、明らかに武装した男が、誰に悟られるでもなく出現した。そうただ、その場に現れたのだ。
だが、だが藍染は知っている。
反逆を企てるに当たって縦横無尽に走らせた情報網のなかから、その男は浮かび上がった。
死覇装に鼠色の羽織。右手には始解済みの斬魄刀らしき刀。それ以外に特徴といえるようなものはない。
一見凡庸そのもの。
羽織がなければ、ただの一般隊員のなかに埋もれてしまうに違いない。
しかし、あの男はそんな生易しい生き物ではない。
噂ばかりが先行して、影すら捉えることの出来ないその姿は。
「なぜだ。なぜ今、この場に現れる――!!」
思わず藍染は声を上げた。
殺したはずだ。あの夜、清浄塔居林にいたものは、藍染の斬魄刀の能力にかかって、自害したはずなのだ。
事を起こす前に、記録を確認した――あの男は確かに清浄塔居林にいた。
だが、待て。全ての死体の顔を確認しただろうか――
緊張からくる汗が藍染の額を流れ落ち、地上に滴が落ちる。勝利を確信した内なる歓喜から一転、慄きが身体を支配する。
だが無理からぬことだ。
「中央四十六室直属、監査部隊隊長――近藤尚」
近藤尚――
この五百年、監査部隊で不正を暴いてきた男だ。
千年前の反乱で、三人の隊長各を一瞬にして、血と肉に変えた男だ。
この尸魂界の黎明期、山本重國とともに全てを作り出した男だ。
十分に脅威。だからこそ警戒は怠らなかった。
あれは己を死に至らしめる刃であると、彼は直感して鬼道を放つべく霊力を集中しようとする。
彼の様子に気づいたのだろう。地上を踏みしめる男は斬魄刀の切っ先を藍染にむけて。
そして――
「お前、イケメンだな。イケメンは敵だ。――イケメン爆発しろ」
「藍染様――!!」
藍染の顔面は爆発。そのまま肉体ごと四散した。
「汚ねぇ花火だ……」
近藤は遠い目をして呟いた。
監査部隊隊長、もとい近藤はしがない転生者である。ブリーチもナルトもワンピースもしっかりたしなんでいた、その辺の一般人だった。
そう、だった。過去形なのだ。
というのも、どうも転生してから妙なことが出来るようになってしまったからだ。
名づけて「面爆」。まんまである。
もともと転生してから、体が軽くなったり、妙に腹がすいたり、刀を振り回して世紀末に住んでそうな奴らを追っ払ったり、じーちゃんのおつかいで、前人未到の樹海に放り込まれたりしていた。今になっては、その時点でおかしいと思っておくべきだった、とつくづく思う。
こんなどうしようもない能力に気づいたのは、無人の荒野に一つ城砦を築き上げるという苦楽を共にした山本殿と茶屋でしばいているときに、隣でいちゃついている恋人たちを見て、思わず魔法の呪文を唱えてしまったからだった。
「うっわ。イケメン。くそ、イケメンめ……爆発しろ」
大惨事になった。あのときはまだ威力もなく、なんとか山本殿が治めてくれたのだ。
リア充の堅い絆を見せ付けられることになったが。リア充め!末永く爆発しろ!
ともかく、検証の結果、この能力は、イケメン認識・イケメンと口に出す・爆発しろと唱える、の三工程で発動することが明らかになった。対象は男のみ。しかも、写真をみて魔法の呪文を唱えるだけで、現世だろうと、霊王宮にいようと爆撃をオートで行うクソ仕様である。ぶっちゃけ空間転移能力持ってる斬魄刀とか、珍しいはずなのにもうおまけにしか見えない。
一見、汎用性に優れた素晴らしい能力だ。
だが、使用にはイケメンを見て、イケメンを称え、あまつさえそれを口に出さなければいけない。何が楽しくてそんなことをしなくてはいけないのか、と当初はよく嘆いたものだ。今は、悟りが開けている。
さすがに、現世やら霊王宮やらが出てきた辺りで、ようやく自分がブリーチの世界に紛れ込んでいることに気づいた。原作?知らない子ですね。びっくり人間博覧会に参加する気はない。
それからも、じーちゃんのおつかいで小金を稼ぎつつ、のんびり生活していたのだが――
どうして、藍染を爆発させることになったのだろう?
魔法の呪文を唱えたあとに、その場で考え込んでいた近藤の傍に、もろ肌脱ぎの老人が近づいてくる。
「おお、近藤殿。此度は助かったぞ」
「山本殿」
ふと、思った。こいつってこんな老けてたっけ?
「山本殿、しばらく見ないうちに老けたか?」
「何を言う。まだまだ現役じゃ」
なんか、どこかで見たことがあるような――
「山本殿、もしかして、ここの総隊長とかやってるか?」
「おぬし、六百年ほど会わぬうちに、ボケが始まったか? おぬしとこの精霊艇を作り上げたときから、わしはここの頭じゃぞ?」
なんてこった。
じゃあ、あれ、もしかしてアレとかアレとか、あの辺のこととか、もしかして――
額に手をあてて、近藤は天を仰ぐ。
空が青かった。
……あー、この調子ならラスボスも余裕だな。どうせイケメンだろ。はい池爆池爆。
こうして近藤の平穏な日常は保障されたのである。
魔が差した
続かない