もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「感慨深いね」

ウィンターカップ決勝戦から数週間後。木枯らしの吹く東京体育館を再び僕は訪れていた。少し離れた先に見える会場にわずかな懐古を覚える。そのまま向かった先で出会ったのは、かつて戦った対戦相手だった。

 

「やあ、ひさしぶりだね。テツヤ、それと火神大我」

 

「……ええ、ウィンターカップ以来ですね。と言ってもあれから1ヶ月も経っていませんか」

 

「ってか、お前も一緒かよ……。そうだろーとは思ったけどよお」

 

総合体育館の入り口付近を歩いている二人の姿を見つけ、声を掛けた。こちらに気付き、驚いた様子で振り向く。かつて戦った誠凛高校の光と影。黒子テツヤと火神大我である。テツヤの方は複雑そうな、火神の方は嫌そうな表情で挨拶を返した。

 

「……ウィンターカップ優勝おめでとうございます」

 

「浮かない顔だね。まあ、それも当然だろうが。勝者が敗者に掛ける言葉などない、ということかな」

 

「いえ、それはもういいです。来年こそはボクたちが勝たせてもらいますから」

 

「そうかい。ならば、来年を楽しみにさせてもらうよ」

 

決意の篭ったテツヤの眼差しを正面から見つめ返す。互いの視線が交錯した。そこに諦めの色は微塵もない。来年も楽しめそうだな。テツヤに向けて不敵な笑みを浮かべて見せる。そこで、僕を見下ろす隣の男の視線に気付いた。

 

「なあ、ちょっと教えろよ」

 

「何だい?」

 

「あの決勝の試合見たぜ。どうしてテメーが黒子の『視線誘導(ミスディレクション)』を使えたんだ?しかも、実戦じゃ一度も使ったことがねー『オーバーフロー』を」

 

同時にテツヤの顔に一瞬だけ動揺が浮かんだ。なるほど、浮かない様子だったのはそのせいか。試合では見せなかったものの。やはり自身で気付いていたようだね。『視線誘導(ミスディレクション)』の可能性に――

 

「簡単なことだよ。テツヤの視線誘導は別に修得不能の超越技術じゃない。特殊な技能ではあるけれどね。涼太ではないが、中学・高校と彼の練習を観察し続けてきた僕ならば見様見真似で運用するくらいはできるさ」

 

『完成意識(ゾーン)状態』で、コート上の全員の視線移動やしぐさのクセを見切っているという前提があればこそだが。

 

「ですが……」

 

「テツヤ、お前の能力を見出したのが誰だと思っている。自分から視線を外すミスディレクションの逆の運用法。自分に視線を集めるそれを僕が気付かないはずがないだろう?」

 

 

――僕の眼にはその人間の全てが見えているんだから

 

 

言い放った僕の傲慢なまでの自負にテツヤは押し黙る。支配者たる僕に相応しい固有能力『天帝の眼』。他人の潜在能力や特性を見抜く僕の眼に死角は無い。

 

「ふっ……そう怖い顔をするな。むしろお前達にとってチャンスと言ってもいい。これでも入学当初はこういった仲間の育成に力を入れていたんだ。そんな僕の指導を受けられるのだからな」

 

僕は足を止め、扉の前に立った。テツヤと火神も後ろで歩みを止める。目的地は三人共同じなのだ。横開きの扉を開ける。その扉の前には張り紙があった。

 

 

――『バスケットボールU-19全国選手権』選手控え室

 

 

扉を開けると、室内には十数人ほどが椅子に座って各々時間を潰していた。見回すと見知った顔も多い。会議室を思わせる長机がいくつも並び、その中でも異彩を放っているのがこの一団だった。

 

「あれ~。赤ちんじゃん。やっぱ呼ばれてたんだ」

 

バスケット選手の集まるこの空間でも一際目立つ長身。『キセキの世代』C、紫原敦は、うまい棒をかじりながらユルい調子で声を上げた。

 

「黒子っちも一緒じゃないスか。ホント、同窓会みたいッスね」

 

楽しそうな表情で片手を上げ、『キセキの世代』SF、黄瀬涼太は笑った。

 

「全く、相変わらずの重役出勤なのだよ」

 

眼鏡のズレを直しながら、『キセキの世代』SG、緑間真太郎は不機嫌そうに言い放った。

 

「だりー。さっさと終わらそうぜ」

 

枕代わりにしていた机から顔を上げ、『キセキの世代』PF、青峰大輝は寝ぼけ眼でつぶやいた。

 

「こんなところで寝ないでください、青峰くん」

 

淡々とした口調で『キセキの世代』シックスマン、黒子テツヤは嘆息した。

 

「こうやってまた皆と同じチームで戦えるとは、感慨深いね」

 

かつての勝利そのものと言えるチームを思い出し、『キセキの世代』PGにして主将、僕こと赤司征十郎は彼らを睥睨した。

 

 

――『キセキの世代』の集結

 

 

例年、大学生が大半を占めるU-19日本代表のメンバーだが、この部屋を見回すと半分近くが高校生である。そして、当然だがレギュラーは僕たち高校生の中から選抜することになるだろう。高校1年生が国際大会でスタメンなど大会の歴史上初めての快挙である。

 

「つーか、何でわざわざこんなとこまで来なきゃなんねーんだよ。ただの顔合わせだろ?」

 

「いやいや、青峰っちが一番近いじゃないッスか。東京だし。赤司っちなんか京都から来てるんスから」

 

「だが、どうせなら冬休みに入ってからの方がよかったのではないか?」

 

「まあ、そう言うな。僕が監督に進言したんだよ。ちょうど、今日は全日本の選手達の練習がここであるからね」

 

この体育館では本日、国内のトップ選手達の合同練習会が行われる。今年はU-19の国際大会とは別日程で、同じく年齢制限なしの日本代表による国際大会も開催されるのだ。若い選手の多い今回のU-19にとって、彼らの練習を見せるのは良い刺激になる。そう言って今回の顔合わせの場所をここに指定してもらっていた。もちろん、嘘だが……。

 

「んなもん興味ねーよ」

 

「えー、面白そうじゃないッスか」

 

気分を上げる涼太とは対照的に、仏頂面の大輝がつぶやく。

 

「安心しろ。もちろんお前好みの展開になるはずだ」

 

口元を吊り上げ、そう僕は答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

今回は顔合わせだけということで、残りは各自で日本代表選手の練習を見学することになった。さすがは全日本選抜だけあって、一つ一つのプレイを見るだけで、卓越した技量が分かる。高校最強の座を守りきった我ら洛山高校をも上回っていた。まあ、僕の眼には全てが透けて見えるが。

 

「本日はよろしくお願いします、監督」

 

「おう、好きなだけ見ていけよ」

 

椅子に座って練習を観察している監督に挨拶をする。大体40代半ばほどだろうか。彼こそがここ数年間、全日本選抜のメンバーを決定している責任者。僕にとっては彼に会うことこそが目的だった。

 

「すみません。ひとつ、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

「……何だ?練習に混ぜろとかって言う気か?」

 

「いえ。聞いた話ですが、あなたがこの日本代表の選手を決定する権限があるとか。僕達、高校生チームがそちらの全日本選抜に勝利したならば――」

 

――僕達を日本代表メンバーに選抜してもらいたいのです

 

引き攣った顔で固まる日本代表の監督。同様に背後に控えている高校生たちも言葉を失った。しかし、すぐに大輝が獰猛な空気を全身から滲ませる。

 

「ハハッ……面白え。さすが赤司、燃える展開にしてくれんじゃねーか」

 

「なるほど。今日のオレの星占いは一位だったのは、こういうことか」

 

他の連中もすぐに表情に好戦的な色が浮かび上がった。隠し切れない本性があらわになる。元来、こういった挑戦を好む奴らなのだ。そして、それは全日本の監督も同じだった。

 

「いいねえ、若いやつはそのくらい血気盛んじゃないとな。U-19なんて枠じゃ収まらないって自負か。いいぜ、乗ってやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「おーい!お前ら集まれ!命知らずの馬鹿共の挑戦だ、完膚なきまでに返り討ちにしてやれ!」

 

こうして、『キセキの世代』+火神+氷室の史上最強高校生チームが結成されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始。

 

当然のようにジャンプボールを制した敦から、僕へとボールが渡る。

 

「開幕の一発だ。派手な花火を上げてやれ」

 

「言われるまでもないのだよ」

 

ノールックで後方に放ったボールの先には、でシュート体勢に入っている真太郎の姿があった。先制の一撃は、コートを縦断する『超長距離高弾道3Pシュート』。

 

「お、おい!ハーフラインどころじゃねえぞ!」

 

驚愕に目を見開く全日本代表選手たち。長すぎる滞空時間の後、リングにかすりすらせずネットを揺らした。

 

シュート範囲はコート上の全て。これが緑間真太郎の3Pシュート。

 

 

 

復讐心に燃える相手の選手が勢い込んで攻め込んでくる。全力が速攻が仕掛けられた。あっさりと先制したことに気を抜き、相手の技巧派ドリブラーを素通りさせる涼太。あ、と声を上げる。

 

「ちょっとー。なに油断してんのー」

 

「油断しすぎだ。もらった!」

 

そのままノーマークでジャンプシュート。しかし、彼は知らない。そこはまだ敦の守備範囲内だということを。3Pライン以内は全てブロック可能だということを。

 

「調子乗りすぎじゃない?あんまり調子に乗ってるとさ」

 

――ひねり潰したくなる

 

瞬時に距離を潰し、放たれたシュートを圧倒的な高さと速さで叩き落す。日本屈指の威圧感に日本代表SGの顔が引き攣った。3Pライン以内に這入り込んだ者は何人たりとも踏み潰す。これが世界でもトップクラスの、紫原敦の並外れた身体能力と反射神経。

 

 

 

弾かれたボールは涼太の手に渡る。反撃のカウンター。

 

「さっきの失態の借りを返させてもらうッスよ」

 

「なっ……それはさっきの技!?」

 

先ほどマークしていた選手と寸分変わらぬ、技巧を凝らしたオリジナルターン。本人のものにさらに速度を加えたそれは、相手をあっさりと抜き去った。続けて放たれたミドルシュートが決まる。

 

「正直、がっかりッスね。たしかに巧いけど、普通にオレが模倣(コピー)できちゃうんスもん」

 

わざとらしく涼太は肩を竦めて見せた。ありとあらゆるプレイを自分のモノにする、埒外の適応能力。これが模倣に特化した彼の才能。『キセキの世代』黄瀬涼太のセンス。

 

 

 

「主導権はこちらのものだな」

 

仲間達の意識に自身の知覚領域を広げながら、冷静に一人ごちた。かつての仲間であり、試合で心を合わせた敵でもある彼らになら、共感するのは難しくない。

 

未来の行動予測とそれに対する最適のパスルートが幻視された。

 

「おい赤司、よこせ!」

 

大輝の声を聞く寸前、すでに僕の手からボールは放たれていた。人外極まる敏捷性(アジリティ)によってマークを外した瞬間を狙い澄ます。

 

「ハッ!最高のパスくれんじゃねーか!」

 

「甘く見るな。どれだけお前と意識を合わせたと思っている」

 

受け取った瞬間、大輝はその場から消え去った。人間離れした敏捷性(アジリティ)。さらに予測不能のトリッキーなスタイル。日本代表すら置き去りにして過ぎ去る姿はまさに暴風のごとく。

 

「ふ、ふざけんな!こんな高校生がいてたまるかよ!」

 

僕との対決で弱点や隙を極限まで削り取った大輝に敵う者などそうはいない。ゾーンにでも入らない限り、止めることなど不可能だ。二人抜きしたところで放たれたのは天衣無縫の『型のない(フォームレス)シュート』。野球のオーバースローのようにぶん投げられたボールは、ボードとリングを叩きながらねじ込まれる。

 

 

「オレに勝てるのはオレだけだ」

 

 

日本代表といえど関係ない。まぎれもなくバスケット選手として究極の域に達している。唖然とする彼らを尻目に確信と共に言い放った。それが絶対者としての、青峰大輝の自負。

 

 

 

 

 

 

 

帝光中学時代以来、一年ぶりに集結した『キセキの世代』のフルメンバー。第1Qを終えての現状は、まさに蹂躙と呼ぶに相応しいものだった。日本代表チームの面々の青ざめた顔が彼らの劣勢を感じさせる。まあ、所詮はアジア予選突破に四苦八苦している程度のチームといったところか。

 

余裕と見た僕は、第2Qは控えのメンバーと交代する。しかし、それは決して戦力の低下を意味しない。

 

「なっ……パスが曲がった……!?」

 

こちらの出したパスの軌道を変え、ノーマークの味方にボールが回った。第2Qを影で支配するのは、かつて帝光中学で『幻の六人目』と謳われた、黒子テツヤ。卓越した『視線誘導(ミスディレクション)』の技術で姿を消し、無数のパスコースを創造する弱さを極めた選手である。

 

「ナイスパス、黒子くん」

 

涼しげな様子でボールを手にしたのは、陽泉高校の2年SG氷室辰也。

 

「うおっ!何つう巧さだよ」

 

全ての無駄が削ぎ落とされ、洗練されたプレイはまさに芸術品。正統派の中の正統派。ハイレベルな技術の結晶だ。残像すら見えんばかりの高精度なドリブルがマークマンを幻惑する。あっさりとミドルレンジへと侵入した。

 

「ガキに好き勝手させるかよっ!」

 

ミドルシュートの体勢に入る氷室。しかし、相手も日本屈指のバスケット選手である。ブロックせんと、見事な反射速度で跳躍を開始した。だが、それも氷室にとってはただのフェイク。

 

「……大我、任せるよ」

 

「うおおおおおおっ!」

 

シュートと見紛うほどの精巧なフェイクから、左上方へのループパス。それに合わせるのは『キセキの世代』に匹敵する才能の持ち主。天賦の跳躍力をもつ男、火神大我。

 

「高校生がレーンアップだと……!?」

 

「しかもアリウープする気かよ!?」

 

まさに鳥のごとき滞空時間の長さ。人類の枠を超えた『超跳躍(スーパージャンプ)』から、空中でボールをキャッチしてそのまま豪快なダンクを叩き込んだ。

 

「おっしゃあああ!」

 

軽く手を上げた氷室に、勢いよく走りこんだ火神がハイタッチを交わした。それを横目に眺めながら、僕は目論見通りの結果に小さく笑みを浮かべた。

 

『キセキの世代』だけじゃない。新たな才能を加えたこのチームは、帝光中学時代を上回る潜在能力を秘めている。これならば、世界のトップクラス相手でも十分に戦えるはずだ。

 

「くそっ……こうなりゃ4番だ!アイツだけ大して強くねえ。そこの穴を狙ってやれ!」

 

「弱点がばれてしまったか」

 

他の連中がいかに圧倒していようと、相手は日本代表選手。眼の使えない僕とは比較にならないほどの強者である。抜かれないことのみに専心して、ギリギリでしのいでいただけなのだ。攻めの雰囲気が対面する選手から発せられる。僕のところからディフェンス陣形を崩すつもりだろう。だが、少し遅かったね。

 

 

「隙だらけだよ」

 

 

――僕の掌が相手のボールを弾き飛ばしていた

 

 

「なにっ……!?」

 

僕を相手に時間を与えすぎたな。お前の心に共感するには十分すぎたんだよ。そのまま単独速攻でレイアップを決める。振り向いた僕の眼には、マークしていた敵PGの視界が幻視されていた。

 

これが相手の意識を読み取り、相手の心に共感し、相手の未来を予測する『変性意識(トランス)状態』。相手の精神を掌握するこれが、弱さから生じた赤司征十郎の支配能力なのだ。

 

「さて、もはやこの試合は支配した。あとは僕達が完膚なきまでに潰すだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を裏付けるように、そこからの試合は残酷なまでに終わっていた。第3Q、第4Qと反撃の機会すら得られず、ただ点差は開いていくのみ。目に見えて士気が落ちる。残り時間5分の段階で日本代表チームはお通夜のようだった。

 

「おい、赤司。最後にアレやろうぜ」

 

「そうだな。それも悪くない」

 

うずうずと待ちきれない様子で大輝は獰猛な笑みを浮かべる。それに対しての許可を出すと、僕はボールを仲間に預けた。彼に意識を合わせ、完全に同調させる。次第に精神が完全なる静寂へと変貌していく。

 

さあ、お披露目だ。意気消沈する相手チームを、二度と逆らえないほどに叩き潰す。教えてあげるよ、これこそが究極にして絶対――。

 

ただの集中を超えた、完全なる集中状態。潜在能力の解放と研ぎ澄まされた意識の静寂。トップアスリートですら偶発的にしか開けない稀有な現象。それは選ばれたものしか入れない究極の領域。

 

「あれが、ゾーン……」

 

しかしそれを、大輝の才能は自力で成し遂げる。そして、それは僕も同じだった。

 

 

――『完成意識(ゾーン)状態』

 

 

ありえざる事態に敵味方問わず言葉を失う。誰かがゴクリとつばを呑む音が聞こえた。コート上に二人の超越者が、絶対者と支配者が君臨する。これほどの埒外な存在を二つ相手にするなど本来、絶無の可能性。

 

そこからの四分間はまさに絶望としか形容できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

帝光中学校バスケットボール部。部員数は100を超え、全中三連覇を誇る超強豪校。その中でも特に「最強」と呼ばれ無敗を誇った、十年にひとりの天才が五人いた世代は――『キセキの世代』と呼ばれている。

 

 

僕達の伝説は続く。


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