銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル   作:白詰草

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宇宙暦/新帝国暦 X年
銀河に咲く薔薇


 新帝国暦十九年五月十四日、皇太子アレクサンデルの名において、新憲法制定会議が召集されると、彼は多くの法学者や歴史学者の意見に耳を傾け、広く世論も取り入れてよりよい憲法を作れるように会議を調整したとされる。十代の少年とは思えない、人遣いの巧みさが高く評価された。よく聞き、よく考え、よりよきを目指して決断した。会議内での多数決という方法で。

 

 ゆえに、皇太子アレクの思想が表立っていないと、歴史家に評されることがある。それはペクニッツ家に残る書簡集に秘されていた。

 

 

 親愛なるカザリン

 

 (前略)専制君主制から立憲君主制への移行に際して、皇太子が主導で法を定めるのは、

その理念に反するのではないかな?(後略)

 

 皇太子 アレクサンデル・フォン・ローエングラム

 

 

 一方、皇室の文書として残されているカザリンの返答は示唆に富んだものだった。

 

 

 親愛なる皇太子アレク殿下

 

 (前略)立憲君主制への移行により、最も権力を失うのは皇太子殿下ご自身でいらっしゃいます。アレク殿下が積極的に会議に出席をなさり、多くの意見の中から、同意ができる最良の答えを探すお姿をお見せにならなくては、後々に不満や禍根を残しましょう。アレク殿下が、公明正大であらせられることを、万人が知ることが大切です。

 

 陰謀では歴史は動かぬとは、ヤン元帥のお言葉だったとのことですが、わたくしには(がえん)んじえぬものがございます。陰謀をもってしても歴史は動くのです。歪み、捩れた形に。ルドルフ・ゴールデンバウムの独裁のように。

 

 最初から傾いた土台に建てた家は、また歪み、住人を苦しませる。しかし、歪み古びた家でも、住人にとっては住み慣れた家なのです。それを壊して更地とし、新たな家を建てられる決断力や財力のある方は、稀有な存在と申せましょう。

 

 憲法とは、国の土台となる法とうかがいました。この土台をかなう限りに真っ直ぐに据えれば、ローエングラム王朝という家は、堅牢で末永く人を住まわせることができるでしょう。

 

 アレク殿下は、家を作る職人ではございません。家の建築主であられるのです。職人に、正しく注文をなさるのが、権利であり義務である。わたくしはそのように思います。

 

 家をお作りになるのに、職人任せになさっては、住みやすいものとはならないでしょう。完成した建物を後で直すのは大変なことですわ。特に土台を直すには、屋根や壁、床まで壊すことになるでしょうから。(後略)

 

 カザリン・ケートヘン・フォン・ペクニッツ

 

 

 若き皇太子がどれほど勇気づけられたのかは、想像に難くない。彼の立太子式に出席したカザリン・ケートヘンは、合成映像を疑われるほどに美しかった。

 

 バーラト星系政府の帝都駐留事務所職員の夫人に、古風な銀塩写真が趣味の者がいた。彼女が観客席から撮影した一連の写真が、それを否定することになった。夫の描いた『イゼルローン・ポートレイト』とともに、ハイネセン記念大学に寄贈されている。ただし、写真は焼き増しが可能なため、歴史的資料としての価値はやや劣る。何人もの人々の手に写真が渡っているからだ。確認されただけでも、十数枚が現存している。

 

 皇太子アレクが、憲法制定に主導権を発揮していないという評価に対する反論は、数倍して余りある。皇帝の権限を制限する立憲君主制の導入に際して、皇太子が強硬な対応をしたら、再び宇宙は割れていただろうと。

 

 一方、あまりに急激に共和民主制に移行したら、銀河帝国本土を中心に、保守層による内乱が起きたことであろうと。血統と信望、美貌とカリスマで、絶好の旗印となりうる人物が存在したのだから。しかし、女帝カザリン・ケートヘン一世が復活することはなかった。

 

 新帝国暦二十二年十一月十四日、新銀河帝国憲法公布。翌二十三年五月十四日、皇帝(カイザー)アレクサンデル即位と同時に施行。二代皇帝アレクサンデルは、立憲君主として即位した。ゆえに、立憲君主制を育てたのは、皇太后ヒルダだとも後世に評される。

 

 皇帝アレクサンデルが、皇帝ラインハルトに遥かに勝るものがひとつある。それは時という恩恵だ。二十五歳という若さで崩御し、在位わずか二年だった父とは違い、彼は充分な時に恵まれた。

 

 父のような超巨星の輝きはない。しかし、地球における太陽のように、平凡な星こそが長い寿命を保ち、生命の誕生を、文化の成長を見守ることができる。

 

 そして、彼は独りではなかった。親友であるフェリックス・ミッターマイヤーを筆頭に、かつての七元帥達の子どもたちや、新領土やバーラト星系の若い世代にも友誼を結ぶことができた。これがさらに後の、象徴君主制民主主義への移行に、大きな役割を果たすことになった。

 

 

 アレクが公爵令嬢に送った最後の書簡は、短いものだった。

 

 

 愛するカザリンへ

 

 愛しています。七歳の頃から変わらず、ずっと。私と結婚してくださいますか?

 

 皇帝 アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム

 

 

 これまでの温かな心づかいに感謝し、さらにはローエングラムとゴールデンバウムという二つの王朝の融合となるように。添えられていたのは、赤と白の薔薇の花束。それは『温かな心、和合』の意味を持つ。

 

 対する返事は更に短かった。

 

 

 愛しいアレクへ

 

 Ja.(はい)

 

 カザリン・ケートヘン・フォン・ペクニッツ=ゴールデンバウム

 

 

 皇帝アレクサンデルの死後、かなり経ってから発見されたこの書簡は、純白の紙に薔薇の花が型押しされていた。白薔薇の花言葉は、尊敬、純潔、私はあなたにふさわしい。だから、花嫁のブーケの花として使われている。

 

 そして彼の子孫を呆れさせた。書棚の彼の愛読書の間に挟んであり、その所在を忘れていたことなどありえないのだから。

 

「何を今さらというか、お亡くなりになるまで隠しておく意味がわかりません」

 

 そう言ったのはひ孫の少年だったが、その叔母はこう返した。

 

「きっとことあるごとに読み返して、勇気をいただいていたのでしょうね」 

 

 祖母の面影を宿す彼女は、甥に淑女としての嗜みを込めてそう言った。初恋の成就を海色の瞳の目尻を下げて、こっそりと反芻していたに違いないのだ。この手紙を読めば、祖父の気持ちがよくわかる。一世一代の勇気への返答として、これ以上のものはなかなかないだろう。常ならぬほどに乱れた手蹟が、彼女の心を雄弁に物語っていた。逡巡と勇気と、なによりも愛情を。これでようやく『皇妃カザリンの書簡集』が完成をみた。

 

 その手紙を抱いていたのは、新銀河帝国法令集第一巻の巻頭、憲法のページだった。象牙の髪を、翡翠と金の髪飾りで結いあげ、群青の瞳を微かに潤ませ、白磁の頬を桜色に紅潮させた十九歳のカザリンの銀塩写真とともに。PEACEの色のドレスよりも、美しい花のかんばせが咲き誇っていた。

 

『比べこし ふりわけ髪も 肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき』

 

 

 

 

 一時代の終わりを、バーラト自治領のある老人が詩に詠んでいる。以前はコックとして働き、三月兎亭の跡継ぎとなった人物だ。高齢のために引退し、悠々自適の隠居生活で、ときおりうまくもない詩を作る平凡な男だった。遊びに来た孫やひ孫にふるまう菓子や、食事の味のほうが、ずっと優れていたのは間違いないだろう。

 

 

 やがて、無明の闇へと落ちていく。

彼方から聞こえる、名を呼ぶ声は、彼のひとだけが奏でた調べ。

 

 星の灯火を掲げた手が、一人、また一人、天上に還っていく。

灯火は違う手が受け継ぎ、炎を移して広げていく。

地上の星たちの輝きも、天に劣らぬほど栄え、続くことを。

遺された者は願い、生を繋いでいく。

 

 遥かな未来、恒星の終わり。

大地に眠る者も、虚空に消えた者も、星の揺り籠となる。

いつの日か星と生まれて輝くだろう。

人は誰もが星の子ども、星の種子。

 

 ――エルウィン・J・V・ランズベルク――

 

 

 彼はまもなく、家族に囲まれてひっそりと生を閉じた。一世紀以上の長寿に恵まれた大往生であった。葬儀の後で開封された遺言状には、帝国語の墓碑銘が指定してあった。

 

天上(ヴァアルハラ)では、真実の名を告げよう。エルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウム』

 

 いま一人の黄金樹の末裔も、幸せに生き、多くの子孫を残したのだった。戦火の時代は一世紀も前、ローエングラム王朝の帝位が象徴となったいま、遺族が名乗り出ることもなく、ヤン・ウェンリーの薔薇が咲き乱れる墓地に彼は眠っている。

 

 時は流れても、人は星を渡り、今も生き続けている。

 

銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル 完  




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