『運命を操る程度の能力』

それが全ての始まりだった。
私は傲慢にも、ある少女を救済したかった。
生まれながら持つ残酷な運命を、この手で葬り去りたいと願った。
それがまさか――あんな事になるなんて、この時の私は想像すらしていなかった……。

暗闇に潜む妖怪の知力が()()()増強されたのも、幻想郷の住民や紅魔館勢の過去が()()()変化したのも、紅霧異変が()()()破綻しそうになるのも全て、レミリア・スカーレットの持つ『運命』に皆踊らされたからに他ならない。


『――だから、作者(わたし)は悪くない』

1 / 1
はじめまして、テレサと申します。
あらすじとタグにも記載しておりますが、この作品は独自解釈、及び捏造設定を多数使用しております。更に原作再構成も行っていますので、一部不快に思う場面があるやもしれません。
それでも構わないという方のみ、先にお進み下さい。



prologue

 吸血鬼異変。

 それは後に外の世界に住まう悪魔達が、紅の屋敷ごと幻想郷に攻めて来た変事。その名の示す通り、吸血鬼を筆頭に幻想郷の妖獣共を圧倒的なカリスマと力をもって次々と取り込んでいった。

 とはいえ弱小妖怪が徒党を組んだところで、この私が愛して止まない幻想郷を揺るがすには到底及ばない。

 始末するのが些か面倒ではあるが、ここで今の幻想郷の在り方に不満を覚える過激派共を一網打尽にできると考えれば、ある程度モチベーションを上げることもできよう。

 心の中でそう結論付けると、私は境界を操った。

 従者を従え、自ら戦場へと――

 

 

 血よりも尚赤い紅の舘。

 近くの泉から発生する霧に便乗した妖気が、此方を牽制するように纏わり付く。

 まるで力の選別を行い、弱者は不要だと切り捨てるかのように舘全体を包み込んでいる。

 

 鉄格子越しから中を覗く。

 広大な庭園に点在する真っ白なテーブルクロス、そこに並べられた料理の数々を囲むように立ち尽くす異形の存在に目を細める。

 

 ――人狼にアンデッドに悪魔、人間と吸血鬼の混血(ダンピール)……? いや、吸血鬼化させられた人間かしら? よくもまあこれだけ集めたものね。

 

 肌を刺すような殺意を受け流し片目を瞑った。

 これが気の弱い者なら瞬く間に身体の動きを止め、内側から蝕む猛毒に犯されて最期には自分に何が起きたのか自覚出来ずに息絶えるだろう。

 

 だが、所詮その程度。大妖怪と畏れられた私からすれば、そよ風にすら劣る。

 私はそのまま()()()()()()を通り抜け、扇子を広げる。

 此方に戦闘の意思有りと受け取ったのだろう。隙を伺う――いや、周りの妖怪が互いに牽制しあい、私の首級という手柄を独り占めしようと機会を窺っていた。

 ざっと見た所、個の性能も決して高くはない。精々中級に届けば御の字程度の実力。

 だというのに、数という吸血鬼側で唯一のアドバンテージを棄ててまで欲望の赴くまま襲おうとするその姿勢は、八雲の管理者としてではなく、1人の妖怪として実に嘆かわしかった。

 

 ――畜生風情が、だから余所者に良いように顎で使われるのよ。

 

 このような有象無象に時間を使うことに苛立ちを覚える。

 そこで私は、後ろに控える従者へと声をかけた。

 

「藍」

「――御前に」

 

 私の懐刀にして最高傑作。九つの尻尾を揺らし、帝すらその美貌の虜にした傾国の美女。

 自分に何か遭ったとしても、この幻想郷を任せることが出来る全幅の信頼を寄せる数少ない切り札の1つ。

 

「露払いを任せます。八雲の管理者として、そして1人の幻想郷の住人として、誰に喧嘩を売ったのか、ここに居る全ての咎人共に知らしめなさい」

「――御意」

 

 その言葉を最後に私はスキマを潜り抜ける。

 後ろから漏れる阿鼻叫喚の悲鳴をBGMに意識を集中させる。

 

 繋げる先は親玉の居る玉座の間。

 全ての元凶を始末する為に――

 

 

 ★☆★☆★

 

 

 本日も快晴――とは口が裂けても言えない曇り空を眺め、高ぶる妖力をそっと押さえ込む。

 妖怪の私でさえ視界に入れるのも気分が悪いのに、更に妖気で幻想郷中を覆い隠しているのだ。人間だけでなく、自然にも悪影響が出ないか心配になってくる。

 

 今更述べる必要もないだろうが、世界は食物連鎖で成り立っている。

 それはここ――幻想郷でも例外ではなく、些細な出来事からどのような悪影響に鳴り響くか想像するのも億劫だ。

 外の世界の大飢饉然り、疫病然り、災害然り……。

 尤も、奇跡と呼ばれる現象がごく当たり前に起こる幻想郷では微々たるもの。

 特に長い年月を生きる者達ほど、日々娯楽に飢えている。

 

 それはある意味当然の帰結と言えよう。

 程度はあれど、長く生きているということは、それなりに安定した生活を送っていることの証左でもある。

 裏を返せば刺激が少なく、本能のまま生きる妖怪には退屈極まりないことだった。

 だからといって、下手に人間に手を出してルールを破れば、大御所が手ぐすね引いて待ち構えている。

 それでも事を起こす輩は、知能の低い妖怪か、身の程を弁えない大馬鹿のどちらかだろう。

 

 閑話休題。

 

 さて、基本的に幻想郷に住む人外達は陽気でお祭り好きが多い。

 なので、他者が起こした異変に便乗し、自分の思うまま行動することも珍しくはない。

 だがここで重要なのが、妖怪側が積極的に解決する為に動くことは稀である。

 それは他者が起こす異変を肴に楽しむと同時に、周囲への牽制にもなるからだ。

 

『貴方が起こした異変には何もしませんので、もし私が異変を起こしたら邪魔しないでくださいね』と受け取ることもできる。

 

 自分の名声や威光を示すも是。自分の失態、若しくは部下の暴走を止めてもらう為に利用するのも是。あるいは、その異変を起こすことで得られる何かを掴むのも是。

 目的の差異はあれど、要するに面白ければ何でも有りという寛容な考えが幻想郷では主流なのである。

 

 それともう1つ。

 異変の解決をする博麗の巫女という人間が、抑止力として動くことで人間を一方的に蹂躙すればどうなるか浸透させる意味合いも含まれる。

 それは幻想郷が出来てから培われてきた行事であり、それは現在の博麗の巫女である霊夢にも言えることだ。

 

 

 ――さて、長々と異変について述べたのには一応理由がある。

 というのも、その原因を目視したくない為に現実逃避していたともいう。

 賢者と持て囃された存在であろうと、いくらなんでもこれはないだろうと頭を振った。

 

 幻想郷中に紅い雲が覆われてから早()日。

 誰の目にも明らかな異変だというのに、肝心の巫女が動く気配がまるでなく、今日も日がな一日閑散とした境内の掃除をこなす。

 叱咤するのも、元凶を教えるのも至極簡単だ。

 何せ吸血鬼異変の首謀者が自ら宣言した、起こるべくして起きた異変だ。

 惜しむらくは、死して尚予言通り実行されるとは今更ながらにその慧眼には驚かされる。

 無論、邪魔をしようと思えばいつでもできた。

 だがそれをしなかったのは、此方にもいくつかのメリットがあるからに他ならない。

 

 実績の乏しい巫女に経験を積ませ、幻想郷に博麗の名を知らしめる足掛かりにする為。

 未だに普及の目処がたたないスペルカードルールを流布するのに都合が良かった為。

 ついでに、紅魔館の生き残りを幻想郷に馴染ませる為。

 いくつもの思惑が絡まり合い、此度の異変を敢えて見逃したのだ。

 

 ……それに、あの異変でめぼしい強者も一通り一掃した。

 精々残っている強者といえば、あの首謀者の娘の吸血鬼と魔法使い、あとは人間の小娘の()()くらいか。

 他にも下級悪魔や妖精がちらほら居たけれど、その程度なら今の霊夢のレベルにはちょうど良い。

 これだけお膳立てしておけば、あとは霊夢が勝手に異変を解決してくれるだろう。私も安心して枕を高くして眠られる。

 

 

 ――などと考えていた時期が、私にもありました。

 

 

 1つ計算外だったのは、霊夢が私の想像を絶するほど能天気だったことだ。

 

 今はまだ良い。

 いざとなれば私自らの手で終わらせることができる。

 だがこの先、例えば私が冬眠中に襲われたら?

 遠く離れた場所で同時多発テロ紛いの攻撃を受けたとしたら?

 

 まだ起きていないからと楽観視するのは愚者のすることだ。

 万の方策を用意してこそ賢者というもの。

 その為にも、霊夢には積極的に異変に関わってもらわなくては困る。少なくとも、私の背中を任せることができる程度には――

 

 ――この様子では、おちおち冬眠することも出来ないわね……。

 

 今日も解決することなく持ち越すのかと頭を抱えていると、件の巫女の友人である見習い魔法使いが箒に股がり霊夢の前に降り立った。

 

「よう、夏だっていうのに随分と忙しそうだな」

 

 霧雨魔理沙。霊夢と同じ人間であり、見習いの魔法使い。

 時代錯誤の魔女ルックに金色の髪の毛。整った顔立ちから溢れる粗野な口調は、彼女の性格を如実に物語っている。

 

「ええ、おかげさまで掃除が(はかど)って仕方ないわ。何なら神様にお祈りでもしていったら? 素敵な賽銭箱ならすぐそこよ。金額次第で叶えてくれる(かもしれない)し、私も仕事が出来て良いこと尽くめじゃない?」

「生憎だがそこまで困った事態にゃ陥ってないからな。次の機会にでも財布と相談するさ」

 

 いつもの軽口の応酬を済ませ、魔理沙が無駄に洗礼された無駄のない無駄な動きで縁側に腰掛ける。

 それだけで彼女の言いたいことがわかったのだろう。霊夢は軽く嘆息すると、手にした塵取りを近くの壁に立て掛け、そそくさと神社の奥へと引っ込んだ。

 一人残された彼女を余所に、私は木々の奏でる葉擦れに耳を傾けた。……決して、現実逃避ではないので悪しからず。

 

 幾許かの時が流れ、ミニ八卦炉を掌の上で回す魔理沙の前にお盆を持って現れた。

 魔理沙の隣に腰を降ろし、霊夢の持つ湯飲みを無言で受け取り――顔をしかめた。

 

「それにしても、いつ来てもここは出涸らししか出ないんだな。たまには舌の痺れるような濃いめなお茶が飲みたいぜ」

「神社を休憩所としか使ってない魔法使いには充分な待遇でしょう?」

「おっと、そいつは大きな間違いだ。私はここを休憩所と思ったことは一度もない。偶々霊夢の顔を拝みたくなる時に限って偶々霊夢が神社に居るだけだ」

「なら次から魔理沙が無銭で来る度に微笑みと一緒に陰陽玉をプレゼントしてあげるわ」

 

 袖から取り出した拳大の陰陽玉が、霊夢に呼応するように霊力を溜め始める。

 それを見た魔理沙は大仰に肩をすくめると、残る白湯を一気に(あお)った。

 

「……ふぅ。そいつは怖い。怖いついでにお茶も怖い」

「そんなに飲みたければ貴女自慢の茸でも搾っていなさいよ。何なら私自らの手で引導を渡してあげる」

「おいおい、さっきから物騒な物言いだな。最近の天候と一緒で霊夢の雲行きが怪しいぜ。何か不機嫌になる出来事でもあったのか?」

 

 その一言で霊夢と魔理沙との間に空白が生まれた。常人では気付かぬほどの刹那だったが、魔理沙にはそれだけで確証を得るのに充分だったのだろう。

 霊夢は僅かに目を細めると、魔理沙の湯呑みに残りのお茶を継ぎ足した。

 

「魔理沙が原因とは考えないのね」

「こう見えて観察眼は培っていると自負しているんでね。今なら出血大サービス。貴女のお悩み解決ゾロリってな」

 

 口調ではふざけてはいるが、霊夢の心の(うち)を軽くするのに尽力するその姿は、相当なお節介焼きなのだろう。端から見ると仲の良い姉妹のようだ。

 聞いている此方が微笑ましくなる光景に耳を傾けていると。

 

「……最近、さ。紅い妖霧が幻想郷全体を覆っているじゃない?」

 

 いつもの陽気な性格は鳴りを潜め、物々しく語る霊夢の姿に魔理沙の喉が無意識に鳴る。

 

「――ああ、鬱陶しいことこの上ないコレか。私はまだ問題ないが、人間の里じゃ耐性のない人が体調を崩してる奴もちらほら出ているらしいな」

 

 魔理沙も真面目な話と悟ったのだろう。茶化すような真似をせず、自分が手に入れた情報を惜し気もなく霊夢に打ち明ける。

 

 

 ――私は知っている。

 

 霊夢が神社に籠っている間、必死に里中を駆けずり回っていたのを。

 

 

 ――私は知っている。

 

 数少ない情報を手に入れる為に、時には頭を下げ、時には遠征して妖精達に突撃していったのを。

 

 

 ――私は知っている。

 

 確証を得る為に烏天狗と共に紅霧の発生源を下見に行ったのを。

 

 

 ――私は知っている。

 

 確信を得た魔理沙が自分の家に戻って日を跨いで準備を整え、異変の元凶に向かいたい心を必死に誤魔化して、真っ直ぐ霊夢のところに来たのを。

 

 一人前と認められたい半端な魔法使い。

 友達を放っておけない未熟な魔法使い。

 みすみす手柄を譲る不器用な魔法使い。

 

 私は、そんな彼女が好ましく感じる。出来ることなら彼女に言葉を伝えたい。

 

 ――いつも霊夢の側に居てくれてありがとう、と。

 

 だけど、それはまだ出来ない。せめてこの異変が解決するまでは、顔合わせすることは出来ない。八雲の管理者として、私情を挟むことは出来ないのだ。

 つらつらとそんな風に感傷に浸っていると、霊夢が言い辛そうに言葉を紡ぐ。

 

「今って、夏でしょ?」

「暦上では間違いなく夏だぜ。先週まで呪詛を溢したくなるような灼熱の太陽も、今や真っ赤なカーテンに包まれて面影すら残ってないな」

「そう、そこよ!」

 

 魔理沙が物憂げに空を眺めて相づちを打っていると、突然隣に座っていた霊夢が握りこぶしを作り、声を張り上げた。

 突如立ち上がった霊夢に驚いて、目を白黒している魔理沙を余所に彼女は言葉を続ける。

 

「何処の誰かは知らないけど、折角涼しくしてくれたのよ? 異変を解決しちゃったら、またあの灼熱地獄に逆戻りしちゃうじゃないの!」

「――は?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことをいうのだろう。魔理沙は目を点にして固まったまま、二の句が継げないでいる。……因みに私はと言えば、スキマの中で余りの下らなさに突っ伏していた。

 恐らく今の私と魔理沙の心は同調(シンクロ)していただろう。

 

 ――私の心配を返せ、と。

 

 何処までもマイペースな霊夢に、本気で頭痛がしてきた。

 

「でもいい加減解決しないと不味いのよね。昨日も慧音に釘を刺されたし、このままだと秋の収穫祭にも影響が出るとかで神社へ寄付して貰える予定の分も――」

「わかった。もういい、喋るな」

 

 私と同じように頭を抱えている魔理沙が、霊夢のマシンガントークを中断させる。

 

「――ってどうしたのよ、眉間に皺を寄せちゃって。具合が悪いのなら先に言いなさいよね」

「気にするな。お前の能天気さ加減を見誤っていただけだ」

「ふーん。よくわかんないけど、自慢の観察眼とやらは当てにならないわね」

 

 霊夢のその一言に魔理沙の額に青筋が浮き出る。

 口の端は引きつり、怒りを表に出さぬよう感情を抑える姿に私は憐憫の視線を送った。

 

「……全くだ。おかげで私の中にないと思ってたセンチメンタルな気持ちが、私のプライドを突き破って大暴れしそうだぜ。今なら霊夢に圧勝出来そうな気がする」

「あら、それなら試してみる?」

「止めておく。今から異変解決(ダンスパーティ)(おもむ)くってのに、踊り疲れて途中退場なんて結末(オチ)は御免被りたいからな」

「なら主催者(黒幕)に退屈させないようにおめかししなきゃいけないわね。博麗神社が誇る自慢の一品で忘れられない夜にしてやるわ」

「そいつは怖い。せめて私が被ったこのやるせない気持ちをミニ八卦炉(こいつ)に籠めて直接プレゼントしなくちゃどうも治まりそうにない」

 

 霧の湖に建てられた紅の舘の方角を睨み付ける魔理沙だったが、動きを止めて懐を(まさぐ)る。

 中から取り出したのは一つの試験管。毒々しい気配を放つ紫色の液体が魔理沙の動きに合わせて揺れた。

 

「……そうだな。まずは景気付けに一発花火を打ち上げるとするか」

「あら、消耗したくないんじゃないの?」

「ふふん、この程度で疲れるほど魔理沙さんは柔な鍛え方していないぜ? ――往けっ」

 

 

 

 

 その日。

 博麗神社のある方角から、落雷のような轟音が遠く離れた人里で聴こえたという噂話が広がった。

 その翌日、今まで覆われていた紅霧が綺麗さっぱり消失していたことで、異変との関連性について稗田家から調査隊が発足されるのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。




少し思うところがありましたので、プロローグ以外を削除しました。
・本作はオリジナルなのに、展開が性急すぎて読者に伝わりにくいという点。
・シリアスとコメディの案配。
・中途半端な話の区切り。等々
以上の点をじっくり改善した後に再投稿しようと思います。
私の技量不足の所為で書き手としてあるまじき暴挙にでてしまい、誠に申し訳ありませんでした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。