正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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長ったらしい拙作に付き合ってくださってありがとうございました。


ラストエピソード

 墓守り人の宮殿での戦いによって完全なる世界は活動を停止した。指示を出していた幹部たちがすべて倒されたことで、その下についていた者たちも自然と離合集散を繰り返して勢力を弱めていった。完全なる世界の真の目的を知っているのは最上位の者たちだけだった。下の者たちは利用されていただけであり、純粋に悪事を働く者たちが大半である。統制を失った彼らは、瞬く間に司法の餌食となり魔法世界中からその数を減らしていき、歴史の教科書に大分裂戦争の顛末が記載されるくらいになると、すでに過去の話となっていた。

 十年、という月日が世界にもたらしたものは多種多様にある。散発的な紛争はいまだに様々な地で続いていて、問題を残しているところではあるが、大分裂戦争当時からすれば世界的に見ても流血は少なくなっているのは間違いない。

 少しずつ、世界は動揺を抑えていった。

 誰が活動するまでもなく、争いを忌諱する考え方が染み付いてきたからだろう。標語があるわけでもなければ、積極的に平和活動が行われるわけでもなく――――もちろん、皆無ではないが――――一般市民の間に帝国と連合の違いを超えた平和的思想が生まれてきたのは評価すべき点であろう。戦争の当事国同士が、ここまで接近できるようになったのは、皮肉にも完全なる世界という共通の敵があったからであった。

 しかし、それでも完全なる世界の暗躍が世界に落とした影は消えていない。

 もともと、彼らはその活動に於いてほとんど表に出ていなかった。それなのに、戦争が世界を二分するほどに大きくなったのは、もともと戦火の火種が燻っていたからである。民族問題、歴史認識、領土問題、資源、経済諸々の問題を煽ったに過ぎない。故に、戦争が終わっても、こうした諸問題を解決していかない限り不幸の種は残り続けることになる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「どぅりゃああああああああ!」

 白磁に輝く闘技場で、模造剣がぶつかり合う。

 そこは、ヘラス帝国の王宮に設置された鍛錬場である。

 今、その中心で金色の少女が黒髪の女性に斬りかかっているところだ。

 刃引きした模造剣は、魔法障壁の前には意味を成さないが訓練にはちょうどいい。甲高い金属音が五回続き、六回目で刃は少女の手から離れた。

「あいたー……」

「まだまだ脇が甘いです。肉体強化をしているというのに、こんなに簡単に手首を捻る人がありますか」

「う、すいません教官……」

「魔力の練りからやり直しです、キャサリン」

 涙目になって手首を摩るキャサリンは、声ならぬ悲鳴を上げる。それを、離れてみていた同世代の友人たちが笑う。

「今笑った人。笑ったからには、かなりのレベルで強化ができるはずですね。見本を見せてもらいましょう」

 静かに告げる教官――――アレクシアの言葉に少年少女は言葉を失い、冷や汗をかいた。

 アレクシアは言動こそ落ち着いているものの、鍛錬の内容はかなりのスパルタだ。ついていけないと感じる者も少なくない。 

 アレクシアの指摘を受けた騎士見習いの候補生たちは、やらかしたことを反省しつつ処刑場に連行される囚人のような面持ちで前に出るのだった。

 

 

 それから一時間後、アレクシアは書庫に向かうために廊下を歩いていた。

 政治の中枢だけあって、行き交う人々は皆生真面目な顔をしている。名のある大学を出た者や、騎士団から実力で成り上がった者など様々な経歴があり、アレクシアはどちらかと言えば後者に当たる。本人の実力も、激動の時代から十年が経った今、Aランクの評価を受けるまでになり、帝国騎士として国家鎮護に当たりつつ、後進の指導にまで駆りだされる始末だ。

「む……」

 ふと、足を止める。

 廊下の向こうに見知った顔があったからだ。

 歩み寄って声をかけた。

「ブレンダ教授にベティ教授。珍しいですね、大学から出てくるなんて」

「嫌味っぽいぞ、止めてよ。アレクシア魔法騎士独立大隊長殿」

「止めてください、それ」

 大人になったブレンダは、かつての無邪気さを内に隠しつつも本質的には変わらないでいるらしい。姉妹で飛び級を重ねて、大学の一部門を任されるまでになった天才なだけあって、今は研究と授業、そして講演活動で忙しい毎日を送っているのではなかったか。

「久しぶりにここに来たから、もしかしたら隊長がいるかもと思って」

 実は昨年に一児の母となったベティは、それゆえか大分落ち着いたように見える。

 十年の間に、ベティらの上官となったことはないアレクシアではあるが、それでも二人は隊長と呼び続けている。よほど愛着があるのだろうか。『黒の翼』としての活動は十年間一度もしていない。世界各国を巡り、立派な魔法使いとして活動を続けている『紅き翼』とは異なり、墓守り人の宮殿での最終決戦の後、『黒の翼』は解散して、表舞台から姿を消した。

「ところで、お母さんがここにいて大丈夫なの?」

「夫が見てるから」

「アイツもさっそく尻に敷かれてるわけか」

 アレクシアは苦笑する。よりにもよって、あの整備士とこの娘がくっ付くことになるとは夢にも思わなかった。十年前の時点では明らかに犯罪である。歳の差七歳。まあ、互いに大人になった今ならば、おかしくもないだろう。

「ところで、隊長が相手してた威勢のいい女の子は、騎士団の新人さん?」

 ブレンダが尋ねてきた。

 どうやら、訓練の様子を見ていたらしい。

 改まって知り合いに見られるのは、気恥ずかしいところではある。

「まだまだ。あの娘たちは候補生。もうすぐ学校を卒業したら、騎士団入りするってくらい」

「なんだ、そう。結構いい感じだったじゃない。力もありそう」

「ジークフリートに憧れて、小さい頃から剣と魔法を振り回してたみたい」

「あー、結構いるよね」

 ジークフリートが世に出て十年が経ち、いまや伝説となった最強の剣士は帝国で根強い人気を獲得していた。この十年の間に、ジークフリートに肖って名付けられる子どもが増えたのがその証拠である。

 アレクシアが手ほどきをしていたキャサリンは、幼少期の一時期をジークフリートと過ごしていたこともあるという点で、影響を強く受けたという。田舎からはるばる帝都の学校に進学し、帝国騎士を目指している真っ最中である。

「ジーク、どこで何してんのかな」

 ベティが呟く。

 最後に会ったのは、披露宴のときだ。それ以来、彼の姿は見ていない。

「殺したって死ぬタマじゃないでしょ、アレは」

「都市伝説みたいになってるからね」

 ジークフリートもまた表舞台から姿を消した。

 放浪の旅を続けながら、今でも人のために剣を振るっているのである。旅の中で手に入れたアーティファクトの能力もあって、彼の目撃情報は極端に少なく、結果、奇跡的な生還劇があるとジークフリートに仮託されて様々な伝説が誕生するまでになった。その中の何割に彼が関わっているか。荒唐無稽な話が多すぎて、判断できないが、ジークフリートの戦闘能力を知っている彼女たちからすれば、そのすべてが真実であっても驚きはしない。

「ちょっと、あれ」

 アレクシアが窓の外に視線を投げかける。

 階下の駐車場に停まる一台の乗用車から、顔を覗かせる無精髭がこちらに会釈をしてくる。

「旦那のお迎えじゃない?」

「みたい。じゃあ、わたしはこれで」

「じゃね、隊長」

「二人とも元気で。あと、あの髭は剃ったほうがいいわ、ぜったい」

 などと軽口を言って、短い戦友との会話を切り上げた。

 あっという間の十年だった。

 この間に世界が変化したかというと、そうも言い切れない。争いは目に見えて減ったが、それは単に見えるだけの大きな戦火がないというだけだ。ヘラス帝国もメセンブリーナ連合だった地域も大戦の影響を拭い去るには十年は短すぎるし、大戦の煽りを受けた周辺地域では未だに紛争が続いている。

 ヘラス帝国としても責任を感じるところであり、紛争地域の治安維持のために軍を動かすことも少なくない。

 ジークフリートも、そんな世界を放浪しているのだろう。根無し草のように世界を巡り、目に付いた争いの中に身を投じて、過酷な戦場で零れ落ちるはずの命を救いあげるために奮闘している。

 音沙汰すらなくとも、それは間違いないと断言できる。縁もゆかりもない他者のために、最前線を駆け抜ける男だ。そして、それに付き合わされて何度死にそうな目にあったことか。

 ジークフリートなら、どこぞでのたれ死ぬようなこともないだろう。ならば、きっとどこかで戦っているに違いない。そう思えるのは、十年の間に培われたある種の信頼によるものだろう。

「ま、テオドラ様にすら連絡を入れないのは、大問題なわけですけど」

 小さく呟いて、どこにいるかも分からない竜殺しを思った。

 せめて一報入れてくれれば、また話の種ができるのに、と少しばかり恨めしく思いながらアレクシアは日常に忙殺されていくのだった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 墓守り人の宮殿が墜落した場所は大きな湖であった。

 古より空に浮かんでいた巨大建造物は、斜めにかしがりながらも湖面上に島のように立っており、それが十年前の戦いの壮絶さを明瞭に物語っている。

 今、この一帯に暮らす人間は皆無である。

 広域魔力減衰現象の爪痕は十年が経過した今でも、墓守り人の宮殿跡地の周囲半径十キロばかりに刻み込まれている。その内部では、対抗呪紋を施さなければ、魔力が大幅に減衰されるため、一般人の立ち入りは厳しく制限されているのである。

 魔法世界の住人は、基本的に剣と魔法によって身を守る。重火器が発達しなかったのは、魔法という手軽で強力な武器があったために必要とされなかったからであるが、そのために魔法を弱体化させられるこの大地は魔法世界人に対して厳しすぎる。

 だというのに、五人の男たちは草原となった大地を走り抜けている。

 かつては森だった場所も生命力を弱められて一面を草原に変えた。ただ走るだけならば、むしろ草原のほうがいいかもしれないが、この土地では命取りだ。

 彼らの背後から迫る巨大生物。竜種のひとつであり、魔力減衰現象によって鄙びたこの土地に短期間で適応した四足歩行の魔法生物である。

 環境に適応したために、魔法攻撃も魔法防御もほとんど持っていない新種の竜種は、それゆえに強靭な肉体と牙と爪で獲物を捕食する。こうして、魔法が使える外から迷い込んできた獲物は格好の餌食となるだろう。

 封鎖線を乗り越えて、内部に侵入した五人組が生きているのは偏にアーティファクトの効果のおかげだ。減衰空間にあっても多少は機能を果たしてくれるアーティファクトの他に、一部で出回る対抗呪紋処置済みのアーティファクトを組み合わせて抵抗しているからこそ生きていられる。それも、僅かに命を長引かせる程度の効果しかないというのは、本人たちが最もよく理解していることではあるだろう。

「あ……!」

 男の一人――――まだ、少年という程度の年齢である――――が躓いて倒れた。

 そこを逃す野生動物はいない。弱肉強食の世界にあって群れからはぐれるのは致命的である。さらには、弱いものを助けに来る仲間もまた獲物の一つ。

 助けようと足を止めたことで、五人の命運は決したかに見えた。

「あーあ、またやってんのかよ」

 呆れを孕んだ声と共に竜種が衝撃波に打ち据えられて弾き飛ばされた。

「あ、な?」

 助かったこと自体が飲み込めず唖然とする。

 倒れた少年の下に飛び降りてきたのは赤毛の魔法使いだった。

「なんだ、まだガキじゃねえか。冒険者するにも、ここは危なすぎるぜ」

 長い杖を肩に担ぎ、不敵な笑みを絶やさない青年を見て、冒険者の男たちは一様に声を揃えた。

「あんた、千の呪文の男(サウザンドマスター)か!?」

「おうよ。まったく、久しぶりに帰って来たってのに、面倒事を増やしやがって! 全員しょっ引くから覚悟しとけ!」

 ナギは叫ぶや立ち上がった魔法生物に向かって走り出す。魔力減衰空間にあっても、その運動能力は桁外れだ。強化もなしで十メートルを一瞬で走りぬけ、爪牙は躱して頭上を取る。

「影の地統ぶる者、スカサハの、我が手に授けん三十の棘もつ霊しき槍を――――雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)

 全身に刻み込んだ対抗呪紋が淡く輝き、魔力減衰空間に抵抗する。結果、彼の強大無比な魔力は一切の減衰を許されず、咆哮にも似た雷光を解き放つ。

 古代ギリシャ語にて詠唱された魔法が完成するのに二秒とかからない。

 本来であれば、この程度の魔法など詠唱する必要もないんだが、ここは魔力減衰空間である。確実を期しての詠唱は、完全な形で無数の雷槍を形成した。

 ここに力関係は逆転する。

 魔法が使えない土地で、魔法を捨てて肉体のみでの戦闘を選んだ竜種は魔法使いにとって致命的な天敵である。が、しかし同時に魔法を捨てたことで、魔法を使える魔法使いに対しては極めて脆弱になってしまった。

 果たして勝敗は確定する。

 ナギの雷槍に全身を貫かれた竜種は声を上げることもなく沈黙したのであった。

 

 

 

 王都オスティア。

 荘厳華麗なる白き建造物が密集する、美しき歴史の都である。

 美しい街並を窓辺に楽しみながらベッドの上のアリカは羊皮紙を手に取った。ざっと読み、羽根ペンで署名する。

「おいおい、こんなときでも仕事かよ。ちっとは周りに任せていいんじゃねえの?」

 ドアをノックもなしに開けて入ってきたのはナギだった。

「お主が政務を代わってくれるのであれば、それがよいのじゃがな」

「う……いや、俺は実働部隊だしな」

 ナギは誤魔化すように口笛を吹く。

 今年で結婚十年目を迎える二人だが、驚くほどに十年前と立場が変わっていない。

 アリカは女王として国を治め、ナギは王の立場を手に入れながらも立派な魔法使い(マギステル・マギ)として人助けを続けている。苦言を呈する者もいるが、戦争の爪痕を少しでも早く癒そうと最前線で奮闘する王に勇気付けられる者は多い。

 周辺地域の治安の回復は、戦争で少なからぬ被害を受けたウェスペルタティア王国にとっても必要不可欠なものである。

「大臣とか色々といるだろうに……」

 ナギはぶつくさと言いながらも自分が政務を代行できないことを苦々しくは思っている。

 魔法学校を中退してからというもの、戦争の最前線で戦ってきた男である。政治などできるはずもない。基本的に根性論でもあり相性は最悪だ。その点、正反対のアリカとのコンビは両者の短所を補い合うものとなっている。

「俺は、あんたが倒れたって聞いたからとんぼ返りしてきたんだぜ。なのに、蓋を開けてみればベッドの上でまでお仕事中だ。そりゃ、一言言いたくなるってもんだろ」

「む、まあ、それはそうかもしれぬ――――ああ、そういえば禁足地に侵入した冒険者たちを捕らえたと聞いたぞ。ご苦労じゃった」

「おう」

「新種の竜種があの辺りにまで生息地を広げているというのは重要な情報じゃ。また、生態系の調査を拡大する必要がありそうじゃな」

「おう、て、違うだろ! アリカ、お前身体はどうなんだよって話だ!」

「別に騒ぐことではあるまい。ただ、この子が大きくなったというだけなのじゃから」

 そう言いながら、アリカは自分の腹部に手を当てる。

 アリカの腹部は大きく膨らんでいる。衣服もそれに合わせたものを着込んでいるのだ。それはつまり――――、

「何!? じゃあ、産まれんのか!?」

 叫ぶナギに呆れを孕む視線で見るアリカ。

「お主馬鹿か。まだ予定日まであるじゃろう。まあ、多少は早まったかも知れぬがな」

「そうか。まあ、無事ならそれでいいんだ。まったく、言葉足らずにもほどがあるぜ」

 ナギを呼び戻した連絡はアリカが倒れたということだけであった。身重のアリカだ。何があるか分からないとナギはすぐに王都まで舞い戻ってきたのである。

「今のうちにサムライマスターから父親の何たるかを学んでおいたほうがよいぞナギ。そなたも父になるのだからな」

「うーん、そうか。そうだよな。けど、詠春になあ」

 ナギは乗り気ではないという風に虚空に視線を彷徨わせる。

 『紅き翼』もこの十年の間にそれぞれの道を進んでいる。ラカンは地方に隠棲、ゼクトとアルビレオはオスティアの魔法研究所に篭り自堕落な日々を送っている。そして青山詠春は、故郷である日本に戻り、日本における西洋魔法使いの頂点である近衛家に婿入りしていた。すでに四つになる娘もいて、その溺愛ぶりをからかったのは一年前になるか。

 それでも、子どもが生まれるとなれば父親として学ぶこともあるだろう。何せあちらは父親暦が四年になるのだから立派な先輩だ。

「確かコノカと言ったか」

「ああ、そうだったと思う。日本の名前は聞き馴染みがないけど、いい響きだよな」

「わたしたちもよい名を考えないといけないぞ」

「確かにな。ああ、いいぜ。立派な名前を考えてやるよ」

 ナギは笑って答えた。

 まだ名前はいくつか候補を挙げている段階である。決定はしておらず、親の楽しみでもあるので喧嘩したり、笑いあったりしながら決めていくことになるのだろう。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 シルチス亜大陸北部の町を襲ったのは、黒尽くめの集団であった。

 辺境の小さな町を根城にした犯罪組織は、完全なる世界の下請けをして資金を集めた武装集団の成れの果てだ。虱潰しに完全なる世界の構成員たちが潰されていく中で、生き残りを図り辺境に身を潜め、そして政府の目を盗んで様々な犯罪を犯す一団の一つ。その中では、表立って動くだけに分かりやすく、直接的な被害も非常に大きい危険な組織である。

 学校を襲撃した五人の犯行グループは、そのまま子どもを人質に立て篭もり、逃亡用のマンタと資金を要求しているという。

 立て篭もりから三日が経ったが、魔法使いとして戦いなれている元傭兵の集団であることもあって地元の軍警察すらも手出しできないでいる。 

「ガタガタ泣くんじゃねえ、チビども!」

 威勢よく大きな杖で机を叩く男が怒鳴った。

 教室の中に集められた子どもは全部で十三人。教師は三人が殺害され、四人は別室に監禁されているというが、人質となった子どもにはそのようなことは理解できず、恐ろしい人が我が身と友人を害そうとしているという程度の認識しか持てないでいた。

 ろくに食べる物もない中での極限状態が三日も続いているのだ。

 すでに子どもたちの中からも命の危険に晒されつつある者が出てきている。

「チッ、何をチンタラやってんだ馬鹿が」

 舌打ちをした男が窓の外に目を向ける。

 学校を取り囲む軍警察とメディアがこちらを見ている。詰め掛けた野次馬も合わせれば、百人は外にいるだろう。どうあっても陸路での逃亡は不可能だ。要求したとおりマンタに乗って国外へ出るしかない。

「どうすんだよ。このままじゃこっちも干上がっちまうぞ!」

 机に腰掛けていた仲間の一人が怒鳴った。

 水はあるが食物がないのだ。子どもはもとより、五人組みの犯行グループも篭城が長引けば不利になると理解できるだけの脳はある。 

 そして男は子どもたちに杖を向けた。

「どいつかぶっ殺せば、連中だって俺たちが本気だって分かるだろ!」

「おいおい、やっちまうのかよ」

「やるっきゃねえだろ! ここまで来たらとことんまで行ってやる!」

 魔力が杖先に集中する。

 子どもの誰かを殺せば、確かに示威行為にはなるだろう。事態の深刻さから相手が交渉に乗ってくる可能性はある。空腹と危機感から思考能力を低下させた暴虐の化身の前に立ちはだかったのは、英雄、ではなく人質となっていた子どもの一人だった。

 言葉はない。

 ふら付く足で立ち上がり、男を強い視線で睨みつけている。声はすでに嗄れ、目には涙の痕がある。それでも、彼は立ち上がって今まさに命を奪おうとしている輩に精一杯の抵抗を示しているのだ。

「んだ、ガキ。てめえ、この俺に逆らおうってか! ちょうしこいてんじゃねえぞ!」

 男の狙いはこの生意気にも反抗した少年に確定した。ほんの一フレーズの呪文で、少年の頭は炎を上げて炸裂することとなるだろう。恐らくは痛みすら感じることはないだろう。死神の鎌は避けようがなく、為す術もなく殺害されてしまう。

 そんな未来を打ち砕いたのは、まったく予期せぬところから聞こえる声だった。

「実に見事な勇気だ、少年」

 驚くべきことに声は男の真横から聞こえた。

 誰もいなかったはずのすぐ隣に、いつの間にか現れた人影。それを正しく認識する前に、杖は叩き折られ、男は顔面を殴り飛ばされて沈黙した。

「あ、え?」

 仲間の男たちもまったく理解ができなかっただろう。突然現れた青年によって、自分たちのリーダー格が殴り飛ばされたのだから。

「な、なんだ、お前! いったいどこから……」

「いや、待て、こいつ見覚えが……」

「て、帝国の竜殺しじゃないか!? なんで、こんなとこにいるんだよ!」

「な、竜……ジークフリート!? 行方不明のはずじゃ!?」

 男たちはその正体を知るが故に動転して武器を取り落としかける。

 竜殺しのジークフリートの武勇伝はもはや伝説という域にまでなっている。黒竜を剣の一振りで殺し、大戦期には『紅き翼』の五人を一人で圧倒、そして完全なる世界との最終決戦では敵地に乗り込み世界を救った英雄の一人でもあった。その名と顔を知らぬ者は魔法世界にはまずいない。当然ながら実力も。彼に挑みかかるとなれば、それはよほどの田舎者か向こう見ずか、それとも背水の陣ゆえに後先がない者かである。

 

 

 

 救出された少年たちは、ジークフリートが助けてくれたと証言した。逮捕された犯罪者たちも口をそろえてジークフリートに倒されたと語る。しかし、誰も彼の姿を見てはいない。突入する瞬間も、救出されたその後も。分かることは誰かが少年たちに危害を加える犯罪者を打ちのめしたという事実だけ。事実は物語りとなり、都市伝説となって世界に広まっていく。

 とうの本人はそんなことには一切構わず、旅を続けていた。

 腕に巻いた布――――強力な認識阻害効果を持つ姿隠しのタルンカッペによって注目を集めることなくジークフリートは新世界と旧世界を行き来して、様々な人々の営みを目に焼き付けてきた。その最中に争いがあれば、介入して悪を挫き、弱きを救うということはしてきたが、果たして望みに叶う戦果を上げてきたのかというと微妙なところではある。

 抑止力の影響で呼ばれたと思しきジークフリートは規定路線を大きく変更させるだけの力はない。がミクロな視点でよりよい方向に導くことはできる。

 あの戦いの後、政情不安を落ち着かせるために一時的にオスティアに滞在したものの、その後は姿を隠して世界の様子を見て回りながら正義の味方活動を継続している。

 姿を隠すのは英雄としての活動ではないからであるが、姿隠しのアーティファクトの効果は戦闘行動には適用されないため、結果的にジークフリートに助けられたという証言は出てしまう。これが、昨今のジークフリート伝説の下地となっているのであった。

 注目を集めるのは嫌いではない。栄誉は好みだ。しかし、英雄として自らを律しすぎた過去があるために、まずは一人の男として世界に関わってみたかった。

 それは行き着く果てのない、巡礼の旅にも似ていた。

 一介の剣士として己が信じた正義のために剣を振るう。自らの願いの通りに十年を過ごし、しかしまだまだ道半ばだ。

 砂漠を渡り、森を抜け、世界の在り様を見て周る。正義とは何かを自問しながら、今、この世界に必要なものは何かを問いながら。

「――――まだまだ先は長いか」

 歩みを止めて、ふと呟く顔には薄らと笑みすら見える。

 正義の味方にはそう簡単にはなれない。

 今はそれで十分だ。

 簡単に至れる道ならば、初めから目指そうとは思わない。

 一呼吸の後に、ジークフリートは衣服についたほこりを払って呟いた。

「さて、行くか」

 準備は不要。この身一つで旅はできる。幸運にも、今のジークフリートを縛るものは何もない。ならば、後は遙かな頂を目指して足を動かすだけだ。

 艱難辛苦の果てに見つかる何かを追い求め、竜殺しの英雄は剣と共に世界を渡る――――。

 




Q造物主はどうなった? 
A死んではいないけど、復活には少々時間がかかる状態。

Qネギま世界はどうなるの?
A根本的な問題は解決していないもののタイムリミットは多少先延ばしになった。広域魔力減衰現象の影響が小さかったことが要因。

Qネギとアスナは?
A麻帆良学園に行くこともあり。オスティアと繋がっているし、現実世界のため魔法世界の勢力が手を出しにくいから。

結論、いろいろと遅れたため、ネギが活躍するのは十代中頃となるだろう。
その際にはジークフリートに弟子入りして最強の魔法剣士となるかもしれない。

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