えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「トスカ、準備はできた?」
「た、たぶん…。ねぇ、イザイヤ。もう一回忘れ物がないか一緒に確認してくれない?」
「えっ、昨日一緒に確認したと思うけど…」
「だって、海外旅行なんて初めてなのよ。海だって『週刊ぶれいぶエンジェル』の写真でしか見たことがないから、色々心配になっちゃって」
いつもの白いお下げ髪を弄りながら、トスカは恥ずかしそうに呟いた。そんな彼女に仕方がないなぁと肩を竦めたイザイヤは、自分のリュックにも手を伸ばして一緒に確認作業に入る。何だかんだで初めての旅行に浮足立っているのは、みんな同じなのだ。もちろんただ遊びに行くだけではないのはわかっているが、ボスから顔合わせができれば各自でバカンスを楽しんでいいと伝えられていた。
「イリナのお母さんが買ってきてくれた水着って、色々種類があってびっくりしたのよね」
「何色にしようか、みんなすっごく悩んでいたよね」
「訓練用の水着しか着たことがなかったんだから仕方がないじゃない。私ももうちょっと胸元があればなぁ…」
ぺったんこな自分の胸を手で残念そうに触るトスカに、イザイヤは紳士として聞こえなかったことにした。こういうのはツッコんでも、褒めても藪蛇になる。それでも、おしゃれを気にする余裕がなかったこれまでを考えれば、こういった心境の変化は嬉しくも感じた。何だかんだで黄色のフリルがついた水着を気に入っているようで、それを着た自分を想像しているのか嬉しそうにはにかんでいた。
これまで聖剣計画の研究のために全てを費やしてきたイザイヤ達にとって、遊ぶために過ごすというのはどうも気持ちがそわそわしてしまう。ここは戦士育成施設であるため、毎日の訓練や勉強はあるが、それ以外は好きなことができる時間をもらった時、みんな最初はどうしたらいいのかわからなかった。でも少しずつ絵を描いてみたり、買い物へ行ってみたり、植物を育ててみたり、芝生の上で寝転がってみたり、ボスがやってみたいことをとにかくやってみろと言われた通りに過ごしてみた。
必要なものはボスが用意してくれることに、始めは遠慮がちだった子ども達だが、
「あっ、イザイヤは料理の本を持っていくの?」
「うん、バーベキューをやるって聞いたから、お肉の美味しい焼き方を復習したくて」
「イザイヤってそういうところ、結構凝り性だもんねー。前にレシピ本を見ながら作ってくれたケーキも美味しかったもの。私はボスに教えてもらった日本の漫画を何冊か持っていくつもり」
「日本の漫画?」
「イザイヤも読んでみる? 日本語や日本の文化を覚えるのにとても役に立つのよ!」
「さすがはボスね!」と自慢げに鼻を鳴らすトスカに、イザイヤは乾いた笑みを浮かべる。教会の施設育ちにとって、こういった娯楽関係は一種のタブーとされていた。神のために俗世での欲望を捨て、信仰に身を置くのが信徒というもの。信仰のために身を捧げるのは当然だと教育されてきたので、敬虔な信徒だったトスカも当然それをしっかり守っていた。
しかし我らがボス(次代の神の後継者とその神の子)からの「それ旧時代の神の教えだし、俺が許す!」の一言で、大変
またイザイヤとの模擬戦中に、自分も円盤カッター状に練り上げた結界を高速回転させてぶん投げてきた時は冷や汗をかいた。「回転力が足りない…」と納得のいかなさそうな顔のトスカに、防御系の結界神器に攻撃性を持たせる漫画の恐ろしさを実感したイザイヤであった。
「でもよかった、イザイヤも新しい趣味をもてたみたいで。だって毎日の訓練以外でも、剣の修行を今もずっと続けているでしょ?」
「あははっ、僕にとって剣は握っていないと逆に落ち着かなくて…。それにストラーダ猊下やあのペンドラゴンさんの剣技を見て、あれに追いつくにはもっと頑張らないといけないって思っちゃってさ」
「そこで憧れで終わらないところがすごいよ」
「憧れで終わりたくないからね」
「ふふっ。イザイヤ、今すっごく男の子って顔しているよ。……私も置いていかれないように頑張らなくちゃ」
みんなの夢を守れるように、誰よりも強くなるという目標を決めたイザイヤは、より一層剣の訓練に力を入れていた。毎日ではないが、クリスタルディ猊下が稽古をつけてくれる日は率先して刃を交える。同世代の剣士たちにも積極的に声をかけ、切磋琢磨してきた。奏太が様子を見に来た時は神器について教えてもらい、ストラーダ猊下やデュリオにも教えを請おうと頭を下げた。そんな生き急ぐようなイザイヤを心配する同志もいたが、彼の真っ直ぐな目に無理だけはさせないように見守ろうと決めたのだ。
「それに強化された『
「確か神器の共鳴現象だっけ? イザイヤと私の神器が、神滅具を持つボスの
「うん、以前より僕が思い描く魔剣が作れるようになったんだ。ボスからも神器を使う上で大切なのは、固定概念を持たず、自分が思い描くイメージをしっかり持つことだって教えてもらったから」
「あっ、確かに私もボスから「結界だからって『護る』ってイメージで固めないように」って言われたのよね。他にも相手の足元に小さな透明の結界を張れば躓かせて体勢を崩せるし、空中に作れば空を駆ける足場にもできる。あと結界で四方八方を塞いで、ぐしゃって押しつぶしたりもできるかも…とか」
えっ、怖ッ…。とちょっと引いたイザイヤだが、結界をぶん投げていたトスカを思い出し、今後の彼女との模擬戦ではもっと警戒しようと心に決めた。そういえば自分も、ボスから空飛ぶ剣を作ってビュンビュンできる!? とか、地面から棘みたいな剣を生やしまくったらまきびしみたいにできない? とか大変期待が籠った目で見られたので試したことを思い出す。
『
「ボスから神器の異能を戦闘だけでしか使わないのは勿体ないって言われて最初は首を傾げたけど、日常生活から異能を使っている方が習熟度が高くなるって理論は確かにって思ったんだよね」
「あぁー、私もボスに言われるまで何で戦闘以外で使ってこなかったんだろうって盲点だったよ。結界を下敷き代わりに敷いたり、足場にすれば高いところも楽になったり…。始めは集中しないとできなかったけど、今はそんなに難しく感じなくなったんだよね。でもイザイヤの場合、剣の日常使いってどうやるの?」
「僕もわからなくてボスに聞いたら、今の季節にぴったりの特訓方法を教えてもらったんだ」
トスカからの疑問にイザイヤはちょっと誇らしげに胸を張ると、特訓の成果を見せるように小さな二本の魔剣を顕現させる。氷と風の異能が付与された二本の魔剣が柄のところで合体し、徐々に回転運動を強めていくと、冷風が部屋の中を駆け抜けていった。
「わぁ、すっごく涼しいー! これ、イリナが言っていた扇風機ってやつ?」
「うん、それを参考にしたんだ。でも、これがなかなか制御が難しくて、氷と風の異能を上手く調整しないと剣がバラバラになったり、威力が強すぎたりしちゃうから日常で使えるようになるまでかなり大変だったよ」
最初の頃は異能の調整に失敗して、凍傷や切り傷だらけになったイザイヤはアーシアのお世話になりまくった。ちなみにトスカも、初めの頃は自分の体重を支えられる結界を作れず転倒しまくってお世話になった口だ。当然、未来の他の部下たちも素直にボスの言葉を聞いて新たな神器の可能性を模索しまくり、聖女様のお世話になりまくった。おかげで回復力はメキメキと鍛えられたアーシア。後日、元凶に涙目でぷんぷんしたのは言うまでもないだろう。
「それに今回はボスから大役を任されているからね。この日のために神器の制御を頑張ってきたんだ」
「えっ、すごいじゃない! いったいどんな大役なの?」
「今日のバーベキュー、僕の炎の魔剣を鉄板代わりにしてお肉を美味しく焼く任務を受けたんだ。複数の魔剣を創造して、火力を一定に保ちながら焼き続ける。この日のために調理場で何度も練習してきたんだ。トスカ、僕の最高の焼き加減を楽しみにしていてくれ!」
キラキラとした目で任された仕事を全うしようとやる気を燃やすイザイヤに、トスカは数秒ほど言葉を失ったがすぐにニッコリと微笑んだ。良い女というのは男の子の頑張りに水を差さず、そっと見守るものである。こうして未来の部下たちは、ボスの影響を順調に受け継いでいっているのであった。
「あっ、トスカさん、イザイヤさん! そろそろ移動用のゲートを起動するようですよ」
「えっ、もうそんな時間!? ありがとう、アーシア!」
確認だけのつもりが、うっかり話し込んでしまっていたことに気づいて二人は慌てて荷物を詰め直していく。この日のために、天界の上層部が島直通の錬金術で創られたゲートを用意してくれるらしい。イザイヤ達は当然初めて見るため、ゲートの起動から見てみたいと楽しみにしていたのだ。急いで荷物をまとめると、呼びに来てくれたアーシアと一緒に足早に広場へと足を進めた。
そして集合場所に足を踏み入れると、同志達は全員揃っていたようでみんな好奇心を隠しきれない様子を見せていた。アーシア達に気づいたイリナが、こっちだと伝えるように元気に手を振っていたので、三人でいそいそと合流を果たす。間に合ったことにホッとしながら、忙しなくゲートの準備をするクリスタルディ猊下と錬金術師たちに感心したように視線を向けた。
教会育ちの子ども達に禁忌とされてきた転移魔法での移動は不安がらせるかもしれないことと、そもそも参加人数が一番多いことから魔方陣での移動だと時間がかかることを考慮して、こうして移動用の
「いよいよ出発だね。みんなはちゃんと眠れた?」
「もちろん、バッチリです! ついに駒王町に集まる予定の皆さんと会えるのに、失礼があってはいけませんから」
「ふふっ、心配しなくてもみんな良いヒト達だよ。私もリアスさん達に会うのはお正月以来だから楽しみだなぁ」
「紹介PVやイリナさんからの話で聞いているとはいえ、やっぱり本物の悪魔や堕天使に会えるって思うと緊張しちゃうね…」
「しかも、魔王や堕天使の総督……て、天使様にも会えちゃうのよね」
「若輩の身で天使様をこの目で見られるなんて…。あぁ、主よ。レーシュ様。この幸福に感謝を!」
『アーメン!』
アーシアと一緒に涙を浮かべながら祈りを捧げる同志たちの姿に、イザイヤは一応僕達のボスも天使っぽいんだけどなぁ…と思わず頬を指で搔いた。頭ではわかっていても、普段が気の良い兄ちゃん過ぎてうっかり忘れそうになるのは困る。紅い天使の姿を実際に見たのは自分だけだし、本人もさらっと流していたため、天使よりも人としてのイメージが強いのだ。もちろんちゃんとみんな敬意は持っているが、聖書に記されし熾天使の降臨は聖書を読んで育った子ども達からすればやはり別格の存在だった。
「おやおや、随分賑やかじゃないか」
「パパ、ママッ! 久しぶり、会えてすっごく嬉しいよ!」
「マイスゥイートエンジェル! パパもママもイリナちゃんに会えて嬉しいよ! そして、君たちが駒王町に着任予定の子達だね。プロテスタントの牧師兼エージェントの紫藤トウジだ。娘がいつもお世話になっているね」
「そんなっ、私たちの方こそイリナさんにはいつも助けられています」
広場の入り口からトスカたちの様子に笑みを浮かべて歩いてきた中年の男性と女性に、一番に気づいたイリナは猛スピードで駆けだして二人に抱き着いていた。アーシアが嬉しそうに初めましてとぺこりと挨拶する中、イザイヤ達は彼の登場にごくりと唾を飲み込んだ。聖剣使いの紫藤トウジ――聖剣の名は聖剣計画に携わってきた子ども達にとってはまだ癒えぬ傷として残っている者もいる。猊下達との関わりで多少マシになっているとはいえ、聖剣が関わるとどうしても複雑な心境になってしまうのだ。
「そんなに緊張しないでくれ。それに今日はバカンスに行くんだ。今の私は教会の牧師でも聖剣使いでも日本支部の局長でもない、ただのイリナちゃんのパパってだけさ」
「すみません…、頭ではわかっているんですが聖剣が関連するとつい身構えちゃって。改めまして、イザイヤと申します。紫藤牧師、駒王町では僕達の表の身元引受人になってくれると聞きました。本当にありがとうございます」
「教会関係者用に駒王町で寮をつくるなら、私達が住む教会を増築した方がスムーズだったからね。駒王町と外を繋ぐ管理者として、イリナちゃんの友人達である君達を受け入れるのは当然さ」
駒王町に着任予定の使者であるイリナとアーシアだけでなく、『
「ということは、私のパパはみんなのパパにもなるってことだね」
「さすがに私一人だと大変だから、部下たちにも後ろ盾を頼んでいるけどね。そうだ、急ぎではないが表の学校に行くのなら、仮とはいえ戸籍が必要になってくる。ラストネーム……つまり、「
「ファミリーネームということでしょうか?」
「私の持つ「紫藤」を使ってもいいが、もし君たちがつけたい姓があるのなら考えておいて欲しいと思ってね。一人ひとり違ってもいいし、君たちは家族のように過ごしてきたと聞いているからみんなで揃えてもいい。表の学校の手続きで必要だから、時間がある時にでも考えてみてくれ」
「家族の名前…」
紫藤トウジからの言葉に、子ども達は思わず顔を見合わせる。聖剣計画で集められた子ども達は、長期間の極秘の研究に関わることから、孤児を中心にまとめられていた。そのため、最初からファミリーネームがない者もいれば、最初の孤児院の名前を姓にしている者もいる。これまであまり気にしていなかったが、確かに今後表の暮らしをしていくなら必要になってくるだろう。
「……せっかくなら、みんなで同じファミリーネームにしたいかも」
「だな。例え将来の道がバラバラになっても、俺達は同志だって繋がりを感じられるし」
「これから僕達は日本で暮らすんだし、日本の土地に合う名前がいいんじゃないかな」
「私達は『止まり木』で活動していくんだし、それに因んだ名前の方がわかりやすいよ」
「でも、過去も忘れたくないかな。教会が私たちの家であったことは間違いないから…」
「ははっ、大切な名前だからね。みんなで相談してたくさん悩んだらいい。どうしても困ったら、奏太くん……君たちのボスにも意見を聞いてみたらいいさ」
言われてみると、ボスは日本人であるため漢字を使ったファミリーネームを考えるなら良いアイデアを出してくれるかもしれないと思い至る。この人数で話し合うのは大変だし、ここはボスの意見を聞いてからにしようと満場一致で決定した。それから子ども達は紫藤トウジにペコリと頭を下げ、水着を購入してくれた奥さんにも感謝を告げていく。初めての事や、まだ見通しが持てない不透明な未来ではあるが、それよりも子ども達の心にはワクワクとして希望が感じられた。
そんな風に話し込んでいると、ピカッと天が瞬き、広場にもう一つの転移門が出現した。明らかに厳かな雰囲気とオーラが漂う扉に、先ほどまでのガヤガヤしていた空気が一掃される。ゆっくりと開かれる扉の先には四つの影が見えると同時に、クリスタルディ猊下がまず頭を深く下げ、それに続いて大人達が次々と頭を垂れていく。それに慌ててイザイヤ達も頭を下げ、出迎えた方々の登場にドキドキと胸が高揚した。
「頭をお上げなさい。本日は天使長として地上に降臨した訳ではありませんから」
「ふふっ、本日の私達は奏太くんに招待された客人に過ぎません。皆さんとは良き隣人としてお付き合いいただければと思いますわ」
はちみつ色に輝く髪に、黄金の翼と光輪をもつ端正な顔立ちの男性と女性の登場に、子ども達は惚けたように見惚れるしかなかった。その姿は、聖書や教会の肖像画に描かれる大天使そのもの。彼らの身から溢れる清廉なオーラに、自然と頭を垂れて涙を流しながら祈りを捧げてしまっていた。そんな感極まった子ども達の様子に、普段なら問題ないのだが、今日に限っては無礼講とまではいかずとも気を張らない関係を築こうと思っていたミカエルは困ったように笑ってしまった。
はっきり言って、これが本来の熾天使を見た人間の反応なのだ。決して、初対面で翼をモフりたいなぁーとか思ったり、重要な首脳会談の隣でお菓子をパリポリ食えたりする人間が標準な訳ではない。あらあら~と頬に手を当てるガブリエルも、今ここで自分がこれ以上声をかけたらそろそろ
「――喝ッ!!」
『ッ――!?』
「そなた達の礼拝は誠に見事だ。熾天使であるお二方のオーラに当てられたのはわかるが、今回は良き隣人として参られたのだ。その意志を汲み取ることもまた、信徒としての役目と心得よ」
「熾天使の皆さんのオーラって、思わず拝みたくなっちゃうのもわかるっスけどね。さぁ、しっかり顔を上げて。キミたちは神の子であるカナたんが選んだ教会の代表とその部下達なんだ。礼節は大切だけど、卑屈になる理由は一つもないはずさ」
ストラーダ猊下とデュリオの言葉に、聖なるオーラに当てられてぼんやりしていた頭から霞が消えていくのを子ども達は感じた。こうして姿を見せてくれた天使の皆さんに、まず自分たちがしなくてはならないことは何か。グッと足を踏みしめ、真っ先に顔をあげた紫藤イリナは一度深呼吸をした後、ミカエル達の下へと歩み胸に手を当てた。
「初めまして、ミカエル様。ガブリエル様。駒王町の教会の使者として選ばれた紫藤イリナです。パパ――戦士紫藤トウジと共に、天界や教会のために骨身を惜しまず努力する所存です!」
「初めまして、戦士紫藤イリナ。キミが紫藤トウジの娘さんですね。良い覇気です、よい戦士となれることでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
一般人として過ごしてきた期間は長いが、教会で生まれ聖書と共に育ってきたイリナにとって、ミカエルからの言葉は身体が震えるほどの歓喜に溢れていた。イリナが一番最初に動けたのは未覚醒とはいえ神滅具を宿す兵藤一誠の傍に幼少期からいたことや、兄代わりである倉本奏太との関わりが最も長いからだろう。悪魔や堕天使と直接会ったこともあるため、冷静になれば超常の存在からのオーラを馴染ませることは早かった。そんなイリナから少し遅れてしまったが、イザイヤも胸に手を当ててミカエルの前に立ってみせた。
「初めまして、僕はイザイヤと言います。元聖剣計画の被験者であり、『
「キミたちが、そうなのですね。聖剣計画で行われた非道な実験は私も聞き及んでおります。この計画を許可した天界のトップとして、あなた方に辛い思いをさせてしまったことは詫びねばなりません」
「……ミカエル様が悪くないのは、わかっているんです。悪いのは研究者たちであって、あなたに謝られる必要だってないことも。だけど、僕は…、僕達は、聖剣によってずっと苦しめられてきました。大人達から神に愛された者なのだと言われ、僕達が聖剣に選ばれないのは神への祈りが足りないからだと言われ続けてきました。毎朝聖歌を歌って、聖堂でお祈りをして、神への献身を疑うことなく何年も続けてきました」
イザイヤが動けたのは、奏太の神滅具のオーラを直に浴びた経験から聖なるオーラへの耐性があったこと。そして、どうしても元教会の人間として、自分の言葉で上へ伝えたいことがあったから。それらがイザイヤの思いに呼応して、真っ直ぐに顔をあげさせた。
「でも、だんだんと僕は心の中で神様を……信じきれなくなっていました。聖剣の因子は僕達にとって福音であると同時に、地獄の始まりでもあった。ただみんなとこれからも一緒にいたい。それだけしか僕は願っていなかったのに、神様はどうしてこんなちっぽけな願いすら叶えてくれないんだろうって思ってしまっていたからです」
イザイヤの告解は、ミカエルにとってやるせない気持ちを彷彿とさせた。神の死によって加護と慈悲と奇跡を司る『システム』に直接干渉することができなくなったこれまでが、救済できる者が限られてしまう現実を作ってしまったのだから。
「教会を恨んでいますか?」
「聖剣計画に携わっていた頃は、正直聖剣も、教会も、神様も全てを恨んでいたかもしれません。でも、そんな濁っていた僕の気持ちをボスが救ってくれました。ミカエル様、僕は今幸せだと感じています。大切な家族と楽しく過ごすことができて、新しい友達もできて、これからは夢に向かって羽ばたくことができるようになりました。辛いことはたくさんあったけど、教会が僕をここまで育ててくれたことは間違いないんです」
イザイヤは別に恨み言を言いたかったわけではない。ただ元教会の人間としてトップに知っていて欲しかったのだ。元聖剣計画に携わった子ども達は、決して不幸なだけではなかったのだと。これまでの不幸を嘆いて天を恨むよりも、過去として
「元教会の人間として、ここまで僕達を育ててくれてありがとうございました。これからはボスの部下として、大切な人達を守り、そして教会で教わった教示を胸に僕のやり方で人々の守り手としての救済を目指していきます」
「……我々の道は違えど、あなたの魂にはこれまでの教えが生きているのですね。ふふっ、安心しました。奏太くんは素晴らしい部下を持てたようです」
「それでは、これより転移門を開きます。この扉をくぐると、島の海岸に辿り着く。これから過ごす時間や経験がそなた達の糧になることを願おう」
「いよいよっスね。さぁ、みんな準備はいいかな? 転移門は初めてだと酔っちゃうかもしれないから、もし転移した先で気分が悪くなったり、変なものが見えたりしたら迷わず俺に言うんだよ」
「はーい、わかりました。転移してすぐに海が見られるなんてラッキーだね」
「はい、私も海は遠目でしか見たことがなかったので楽しみです!」
ストラーダが転移門への最後の工程を施しながら、デュリオは丁寧に今後の予定をテキパキと伝えていく。海を目の前で見たことがない子どもも多かったので、一番最初にそれが見られると聞いてテンションが高くなる。そして、ついに準備された重厚な白亜の門が徐々に開いていき、中から渦のような空間が目に入った。初めての転移に不安と期待を浮かべながら、彼らは扉の中へと次々とくぐっていった。
そして扉の先で目にしたのは、蒼く輝く大海――ですんごい勢いで打ち上げられる何本もの水しぶきに、ぴょんぴょんと空中と海を行き来する超巨大な鳥と魚と牛と蛇の姿だった。「きゅいぃぃぃん!」やら「ぬおぉぉぉん!」やら「ぶもぉぉぉぉん!」やら「しゃぁぁぁああ!」と地を揺らすような終末の鳴き声が島全体を揺らし、さっきから反動で波がバシャァァン! と跳ねまくる所為で全員が頭からびしょ濡れになっていた。
「……デュリオさん、あれがさっき言っていた変なものなんでしょうか」
「ごめん、俺もわからない」
「……ガブリエル、どうやら転移酔いをしてしまったようです。世界の終焉はまだのはずなのに、複数の終末の魔物の幻覚が見えます」
「ミカエル様、残念ながらたぶん現実ですわ…」
今この時、種族も身分も関係なく全員の心境が一致した瞬間であった。
「あのね、奏太くん。どうして楽しいはずのバカンスで胃にダメージを与えてくることをするのかな…?」
「あの…、サーゼクス様。俺、別に悪いことはしてないんですよ? ただイングヴィルドと神器の練習をしていただけで…」
「黒歌くんもどうしてこんなことになるまで止めなかったんだ」
「うえっ!? えぇ~と、私はそろそろやめた方がいいんじゃないかにゃーとは…」
「おい黒歌、嘘をつくなよ。ジズさんを滑り台でどこまで海に吹っ飛ばせるか対決で、イングヴィルドにコースの角度設定を細かく指示していた過去がなくなると思うなよ!」
「奏太くん、黒歌くん?」
『ごめんなさい』
水しぶきが降り注ぐ海岸に人の気配がしてそちらに振り向くと、傘を片手に差した紅色の髪の悪魔に説教されるボスを見つける。隣には猫耳と尻尾が生えた女性も正座させられていて、その光景を見ただけで全員納得したように理解した。あぁ…、またボスがやらかしたんだなと。説教している相手は、髪色からしてたぶん魔王ルシファーという超大物かもしれないとまで思うが、もはや畏怖よりも苦労してるんだな…と同情が先に芽生えた。
「そもそも何でこんなことになったんだい」
「えっと、昨日イングヴィルドの神器でウォータースライダーを作っていたら、ジズさんが仲間になりたそうな目で見てきたから、一緒に遊ぶことにしたんです。そしたらジズさんも海遊びが気に入ったみたいで、今後も遊びたそうな目をしていたので、それなら使い魔契約すればいつでも遊べるんじゃね? って言ったら、それだ! ってジズさんが目を輝かせちゃって…。イングヴィルドは神器のコントロールの訓練ができて、ジズさんは海でたくさん遊べる。つまりwin-winじゃん! ってことで契約しました」
「……黒歌くん、要約してくれ」
「いや、マジでこの通りというか…。一から十まで説明しても、この通りとしか言えないっていうか…」
「奏太くん、リアスはまだ十三歳なんだよ。眷属のやらかしは、主が責任を持つことになるんだ。頼むからこんな若い内に胃薬を飲ませる経験を積ませないであげてくれッ…!」
「本当に申し訳ありませんでした!」
涙目で訴える魔王様に、土下座する勢いで謝り倒す奏太。そりゃあ、伝説の魔物が水遊びがしたくて使い魔になりました、とか言われたらお腹だって痛くなる。なお、裏事情として旧魔王レヴィアタンが存命の頃は、終末世界の象徴として陸の魔獣王ベヒモスと共にジズを従えようとしていたが、旧魔王の死亡によって実現できなかった歴史がある。ベヒーモスは、現在セラフォルー・レヴィアタンの眷属として従えているため、現レヴィアタン家からしたら、天空の魔鳥ジズとの契約は旧魔王時代からの悲願の一つでもあった訳だ。
それを本家が認知していない子孫であるイングヴィルドが、あっさり契約できてしまった。何で自分から本家との敵対理由を増やしていくの!? とリアスがパンクしたのは仕方がないことだろう。もうここまで来たら、行き着くところまでやらせるしかないという諦めの境地にもなる。そして本日、さっそく水遊びがしたいと催促してきたジズにイングヴィルドが付き合い、飲み会に参加するためにやってきた終末の魔物たちも「何それ面白そーじゃん」で参加した結果がこの惨状だった。
「よーし、次は海の水を圧縮してみろ。薄い泡の幕をイメージして、そこに海水を溜めたら維持するんだ」
「総督さん、つまり海でつくるクッションみたいな感じですか?」
「あぁー、まぁそれに近いな。弾力をつけることで、こいつらをもっと跳ねさせることができるだろう。しっかし、怖ろしい才能だな。まさかヴァーリと同等レベルとは…」
「それにしても、あいつら童心に返り過ぎじゃね? バカンス当日に目が覚めたら、水着女子どころか魔物の奇声で起こされるとは思わなかったわ」
「終末の魔物に幼少期があったかは疑問じゃがのぉ…」
「長年同僚として過ごしてきましたが、バハムートがあんなにはしゃいでるのを見るのは初めてですね」
「はははっ、いやはや愉快愉快。これは正しく終末の光景というものですね」
海の傍には金髪と黒髪に十二枚の黒い翼を持つ男性が、紫の髪の女性に指導を行っていた。たぶんあの人が堕天使の総督なのだろうが、大変ワクワクした顔で被害を拡大するような指示を出しているあたり迷惑以外の何ものでもない。その隣に佇むルシファー眷属達は、もう悟った顔で飛び跳ねる同僚たちを眺めるしかなかった。あれだけの巨体だ、社会で生きていくために大きさを制限するストレスだってあっただろう。海という自分達よりも巨大な存在が相手なら遠慮なく遊ぶことができる。そのため、まだ人数が揃っていない朝の間だけという約束で、終末の魔物たちによる宴が開催されてしまったのであった。
すでに初手で魔境と化しているバカンス初日。これからの