───英霊エミヤ。
それが第五次聖杯戦争におけるアーチャーの真名だ。全てを救うという理想を追い求め続けて限界にぶつかり、それでも英霊になったならばきっと全てを救えるはずだと、死後に守護者となる契約を世界と交わして人々を救った。その後は世界の危機をも救い、遂には英雄とすら呼ばれたが、見返りを求めない彼の行為は人々の恐怖の象徴だった。裏切られ続ける日々の中で最後には争い事の張本人と押し付けられ、自分が助けたはずの人物に罪を被せられ処刑された。理想を追い続けたその生涯は最後まで報われることなく多くのものに裏切られてきたが、それでもなお誰一人恨むことはなかった。
───そこで終われたならば彼も幸せだったのだろう。
しかし、その後に待ち受けていたのは守護者という残酷な現実であった。死後は英霊の力で更に多くの人を救うことを望んだが、守護者は彼の願った、人を救うなどという役割ではなく、人類の滅亡を回避する為にその原因となった加害者と被害者の全てを皆殺しにして、なかった事にする掃除屋に過ぎなかった。
つまるところ彼の正体は、信じ続けた唯一の理想にすら裏切られ磨耗した者。正義の味方になる為に修練を続け、とある未来の世界で世界と契約した───衛宮士郎のなれの果て。
◇◇◇
ランサーの気配が遠のくと同時に感じられる新たなサーヴァントの気配。この段階での新たなサーヴァント、十中八九アーチャーの気配だろう。早々に向かいたいところだが未だに固まっているシロウが目に入る。仮にも俺のマスターだ、さすがに何も告げずに放置するのはないだろう。
「シr...ゴホンゴホン。───マスター。新手がやって来ましたので私が向かいます。マスターは待機していてください。」
あ、危なかった...。脳内ではシロウと呼んでいるから名前を聞いてもいないのに名前で呼びかけるところだった。問い詰められたとしたら言い訳のしようがないぞ。何を隠そう俺は、ブリテンでは友達Zeroのぼっちだったのだ。いいのだ、王とは孤高であるべきなのだ、寂しくなんてない───はずだ。其れも此れもこの身体が悪いのだ。
俺は仲良くしたいのに王という身分が悪いのだろうか、皆が委縮してしまう。おかげでブリテンでまともに喋ることが出来たのは円卓の騎士達とマーリンだけだ。民達に話しかければ命乞いを伴って平伏し、子供達に話しかければ蜘蛛の子を散らすように逃げていく。俺は怪物か何かだというのだろうか。何よりも一番腹が立ったのが、そんな俺を見るたびに笑いを堪えようともしないマーリンだ。とにかくこの身体になってから色々とハイスペックになったが、コミュ二ケーション能力だけは確実に劣化していることだろう。
幸いにもシロウは先ほどの発言を疑問に思わなかったようで流してくれた。もっとも彼にとって今日はとても濃い一日であっただろう。もしかしたら気にしている余裕なんて無かっただけなのかもしれない。
まず始めに彼女達を敗退まで追い込むのは論外だ。理由としてはアーチャーがいなければ今後詰む可能性があること。また、凛にはシロウへの説明を担当して貰いたいからだ。どう考えても突如やってきた謎の女騎士よりも、同じ学校に通う
しかしながらまったく手傷を与えないのも良くないだろう。根本のところで甘いとはいえ凛は魔術師だ。こちらもそれなりの実力を見せなければ協力しようなどと考えてもくれないだろう。
以上のことを踏まえるならば深手を与えないように、適度にアーチャーと戦いつつ、シロウが令呪を無駄撃ちしないように気をつけるのが最善ではないだろうか。方針が決まったならば早速行動だ。
◇◇◇
衛宮邸の塀の上に立ってサーヴァントの気配を探る。月明かりが少し眩しいが問題はないだろう。気配の方向を見やるとすぐに目に入る赤と赤の主従コンビ。彼女達は自己主張の激しい服装なので探すことが容易なのは有難い。一人は黒髪ツインテールのスレンダーな体型の赤い服装の女、遠坂凛。もう一人は赤い外套に身を包んだ白髪に色黒の男、アーチャーだろう。両者とも急いでシロウを助けに来た割には警戒心が強いようだ。幾度となく辺りを見回しているのが見て取れる。ふむ、ここは仕掛けるべきだろうか。僅かに思案しながらも彼らに声を掛ける。身体が女となってしまった今でも、紳士の心を忘れていないのだ。原作アルトリアのように問答無用で襲いかかるなんてことはしないのだ。
「止まれ。ここより先h───」
俺の言葉を遮るように凛から放たれた弾丸、ガンドだろうか。先制攻撃を仕掛けてくるとは中々に血が滾っているらしい。真っ直ぐに俺の顔に向かってくるソレを余裕を持って回避する。問答無用の不意打ち。むぅ、ここまでのことをされてしまった以上戦わないのも不自然だろう。本音としてはシロウが追いつくための時間を稼いでおきたかったのだが。仕方なく塀から飛び降りて彼女達の前に立つ。そして飛び降りた勢いを殺さぬようにアーチャーに向かって斬り掛かる。今の俺は原作アルトリアとは姿が違う、アーチャーはおそらく多少は動揺するが反応できないってことはないだろう。きっと心眼のスキル持ちのアーチャーならいい感じの剣戟を繰り広げることができるに違いない。あとはシロウがやって来れば剣を収めて話し合いに移行すればいい。そうなればお互いの技量が把握でき、かつ友好的な協力関係を築くことが容易になることだろう。完璧な作戦だ。自分の出来の良さに惚れ惚れする。
───俺のそんな予想とは裏腹に
「君はッ!?」
俺の顔を見たアーチャーは愛用の双剣を取り出しもせず、驚愕の表情のまま完全に動きを止め、そのまま何も出来ないで俺に斬り伏せられた。
「アーチャーッ!?」
一瞬にして崩壊した作戦。静まり返るその場。俺の手に握られているのは血のベッタリとついた不可視の剣。目線を横にズラすと目に入るのは、倒れ伏したアーチャーとその顔を恐怖に固めた凛の姿。俺はその光景を見て心の中で叫んだ。
───どうしてこうなった!!