「厄神様だなんて、最高じゃないか」
これはそんな変人と厄神の奇妙で珍妙な、恋(濃い)物語ーーの予定。
【注意喚起】
この作品は、以前書いたドM主人公みたいなのと厄神様って相性良さそうだなぁ、というくだらない思いつきから書いたものです。短編故に恋愛にまでは発展しませんが、何れ連載する際には、雛さんとの奇妙珍妙な恋愛を書きたいです(届かぬ思い
煌々と、燦然と。空に浮かぶ金色の満月は、宛らこの夜の帳も下りた宵の空に空いた虚のように見える。叢雲は欠片さえも掛かってはおらず、月を肴に酒を飲むには絶好の日であろう。天に鏤められた宝珠が如き数多の星屑は、今宵の月を彩り飾るには十分に美しい。ひょう、と秋の微かに冷えた夜風が吹く、この或る山中にて、何者かの人影が在った。周囲に満遍なく広がった森林の中にぽつんと開いた、その頂上に近しい場所。そこに偶々あったであろう、人間大もある大岩に腰を掛け、左手で頬杖をつきながら空を仰ぎ見る、その人影。
「……綺麗ね」
そう呟いた人影は、或る一人の少女であった。エメラルドのような鮮やかな緑色を呈する髪を後ろからサイドにかけて、全て胸元で纏めて一本に束ねている。妙な文字の書かれている、フリル付きの暗紅色をしたリボンを結んであるヘッドドレスは、不思議とその少女には似つかわしい。
袖は白くそれ以外は純色の赤で染め上げられたワンピース、そのスカート部分の左側には『厄』の文字を崩したような彼女の髪と同じ色の渦巻きマークが、交差した赤紐で留められている。
赤紐を交差して留めた黒いブーツは、彼女が僅かに足を動かし地面とぶつかる度に、コツコツと小気味良い音をこの寂静の空間に響かせた。
「はぁ……本当に、溜息が出ちゃう位に綺麗」
短い嘆息の後、少女ーー『
その憂いを帯びていながら麗しき様はまるで、待ち人に恋い焦がれるいつかの時代の令嬢のようで、
斯様な場所には些か似つかわしくない。
「あの星々がみんなの厄だとして……一際大きなお月様は、一際多くの厄ーー私かしら?」
何処か自嘲げなその蚊の鳴くような声は、周囲一帯を覆っている寂静に溶けて消える。
ふと雛は、頬杖をついていた左腕を外して、掌を空へと向けた。その手が包み隠したのは、空に浮かぶ満月。自分だった。
「……月が消えたら、夜の世界は靉靆としてしまう」
自分がいなくなったら、どうなるだろうか。そんな暗澹とした思惟が、雛の頭の中を駆け巡る。
彼女の能力、『厄を溜め込む』というそれは、文字通り不幸や不運を齎すものである『厄』を、一身に受けるという力。字面では害しかないように思えるが、これによって溜めた厄の影響を、『厄神様』たる彼女は受けないのだ。厄を溜め込むという事は即ち、他者の不運や不幸すらも溜め込めるという事。そしてその特性を利用し、雛は幾つもの厄を溜め込んできた。
「月が消えたら、困る人も悲しむ人もいる。私が消えたら…………困る人は、いる」
ならば、悲しむ人は?心の中で発せられたその疑問を、雛は咄嗟に頭を左右に振って消し去る。
厄を溜め込むというのは、他者の不幸を受け入れる事。他者を不幸から遠ざける事。
その力を持った雛がいなくなれば、困る者など五万といるだろう。誰だって自分の不幸を引き取って貰えるならば、それに越した事はないと考える。
「……私は、必要とされてる。逃げてちゃいけないし、辞めちゃいけないし、死んじゃいけない」
宛ら、暗示を掛けているかの如く。雛は自らの存在意義を、自らで説いていた。
厄という毒液を受け容れる杯が無ければ、流れるその毒液は人々を蝕むだろう。蹂躙するだろう。
そうは言っても実の所、厄は少なければさしたる害にもならないのだ。しかし、厄は気儘である。
生を持たない筈が、突然たった一人に集い出す事もある。では、厄が溜まりに溜まった場合、雛以外の者はどうなるか。無論、悲運により命さえ落としかねない。逃れ得ぬ厄災を溜め込む彼女は即ち、皆を救っているという事だ。それこそが雛の考える存在意義。それだけが、雛が無意味な生を送り、生に縋り付く理由。
「ーーけーーれ」
只々漠然と月を手で覆い隠していたその時、仄暗い思考の海に意識を投じかけた時だったか。
後方の林中から、何かが聞こえた。本当に微かにしか雛の耳には届かなかったが、其れは人の声のようだ。気怠げな動作で立ち上がると、雛は真っ先に声のする方向へと歩いていく。全ては、自身の暗澹とした気持ちを少しでも紛らわせる為に。別にさしたる興味があった訳でもない。ただこの気持ちを少しでも和らげられるかと、この思考を少しでも誤魔化せるかと。一縷の望みをかけて、その声のする方へと歩み寄ったのだ。
「たすーーてーーくれ!」
歩みを進めれば進める程に、その声は強く耳朶を打つ。その口走っている言葉が助けを求めているものである事を理解した瞬間、雛は緩慢だった足を素早く動かし、即座に走り出した。林中に入り、視界は草木に遮られ、地面には木の根や礫がそこら中転がっているが、それすらも意に介さず、雛は走る。厄を一身に溜め込む彼女、それは詰まり、それだけ他者を思い遣る気持ちを持っているという事。そんな雛が助けを求める声を聞いて、それを聞かないふりをするなど出来よう筈が無い。
「助けてくれ!」
よもやその声は、至極明瞭に聞こえる。枝葉を諸手で掻き分けて、鏤められた礫や伸びた木の根を避け続け、急ぎ雛は声の源に迫った。助けを請うその男の声は、喘ぎ混じりの悲鳴。
そして何より、こんな『満月の夜』と来れば、その男が何故助けを求めるかなど、自明の理であった。それは、『妖怪』に襲われているという事。満月の夜には一際凶暴性や力を増す、人間を超越した能力を持つ怪物、それこそが妖怪である。そんな妖怪にとって都合の良い日に、よりによってこんな山中にいるなど、『この世界』で生きる者として常識が欠落しているとさえ言えるだろう。
しかしそれがどれだけ馬鹿者であろうとも、雛は手を差し伸べるのを止めない。他者を助ける事こそが自分の存在意義なのだと。そんな使命感じみたものに囚われた彼女は、止まらない。
そうして走り続け、漸く見えた。少々狭いが、もう一つのこの林中に於いて拓けた場所。其処から声は聞こえており、雛は更に速度を上げて、躊躇うこともなくその空間へと踏み出した。
「助けてくれええええええ!」
「大丈ーー」
刹那。世界が止まった。世界に流れる時の奔流が、その一瞬だけは堰き止められた。
水の出しっ放しだった蛇口を時計回りにひねったかのように。蛇口に繋がれ水を放つホースの口を指で塞いだかのように。眼前に広がる光景には頭の処理が追い付けず、雛は一瞬だけ、時間が止まったのかとさえ思ってしまった。
「食されるの気持てぃ良過ぎいいいいいい!」
ーー変態だった。紛う事なき変態だった。
其処に居たのは二人の人物。先ず、白いシャツの上から黒いベストを羽織り、黒いスカートを履いた金髪の少女。次にもう一人、何故か略礼服を着用し、この余り肌寒いとは言えないような時期に白手袋をはめた、黒髪の青年。
「もう、何でただの人間がこんな硬いのよ!」
「あぁぁぁ!首の辺り!首の辺りをもっと噛んでくれえええ!」
その金髪の少女が、数米程離れていても良く分かる程に鋭利な歯で、青年の首筋を噛んでいるのだ。
そう。その行動から分かる通り、雛の予想通り、人間が妖怪に襲われていたという事は合っている。
合っているのだが、これは少々、もとい可也普通とは訳が違ってくるだろう。
口振りから察するに、恐らく少女はあの青年の首を食い千切ろうとしているのだろう。
彼の細い首筋に歯を立てる形相は中々に必死で、とても噛み千切れない演技などとは雛にも思えない。
「んぐぐぐぐ…………っはぁ。ぜ、全然歯が通らないわ……本当に人間なの?」
一旦酷使していた歯を青年の首筋から外し、少女はその丸みを帯びた輪郭の頬を、白く小さな手で摩り出した。どうやら、雛が辿り着く前から、この漫才とさえ思える捕食行動を行っていたらしい。
困ったような面持ちで、しかしながら猜疑心も混じった少女の赤い双眸が、息を荒げて頬を赤く染め上げる青年を見据える。青年は少女の問い掛けに、吐息交じりに口を開いた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅー……嗚呼、とても良かったよ。君の鋭い歯、今まで噛まれた中でも随一の心地良さだった」
「経験が有ったの!?」
意図せずして口走ったと同時、しまった、という後悔の念が雛の胸中に駆け巡る。未だ詳らかではないが、このような色々と超越的な変態(飽くまで仮定)に遭遇してしまったのは、雛にとって誤算以外の何物でもない。若しも無力な常人が人食い妖怪に喰われかけているというなら、身を呈してでも守っていただろう。しかし、守る必要もない変人を守ろうとするなど、それは無駄としか言いようがない。
「ん?君は…………」
雛の咄嗟に出た声に反応して、徐に青年は彼女の方へと向き直る。改めてその顔を見てみると、それが中々どうして、整った顔立ちだった。吸い込まれてしまいそうな、光を反射する黒の瞳。目は細いが、かといって目付きが悪いだとか、そんな印象を受けはしない、クールな雰囲気を放っている。
シャープな輪郭はその雰囲気に磨きを掛けており、だからこそ雛には、今までこの青年が変態行為を行っていたとは思えなかった。
「げっ、厄神じゃない……えんがちょー」
すると青年の隣にいた少女は、雛の姿を見るや否や、まるで腫れ物に触るような態度に変わる。
今まで必死になって食い千切ろうとしていた青年の事などとうに忘れ、えんがちょ、などという意味不明な言葉を宣いつつ、枝葉を物ともせず麓の方へと足早に去っていった。
「おや、行ってしまった……久々に噛んでくれる相手が見つかったと思ったのに、残念だ」
その少女の後ろ姿を名残惜しそうに眺める青年。そしてそれを珍妙なものでも見るような目で見ていた雛は、今になって漸くそれに気付く。
「……って、貴方怪我してるじゃない!」
「え?は、はぁ、何処をだい?そもーー」
「首しか無いでしょ!?今の今まで噛まれてたでしょ!?」
「あっはい」
ずかずかと詰め寄る雛の気迫に気圧され、思わず青年も生返事をしてしまった。
彼女の言う通り翌々見てみれば、青年の首筋には、微かではあるが生々しい傷跡が有る。
見ればその傷は少々深い咬傷で、詰まる所先程噛みつかれていたのが原因だろう。全然歯が通らない、とはあの金髪の少女の言だが、飽くまで微塵もという訳ではなかったらしい。
とは言え普通噛み付かれたなら人間の咬噛力でさえ、今の青年よりもずっと酷い、それこそ命に関わるような怪我も負っていただろう。増してあの少女は、力は弱いだろうが恐らく妖怪。人間よりもずっと強い力を持った相手に首を、剰え無防備なまま噛まれてこの程度の負傷という事を考えると、全然という言葉にも頷けなくはないが。
「全く、色々と気になる事はあるけど……先ずはその傷を治しましょう」
呆れた風な様子ではあるが、やはり雛の優しさは遺憾無く発揮されている。座り込んでいる青年に対面する形で座り込み、その首の傷をなるべく緩やかな手付きで確認し出した。
青年は見ず知らずの女性にいきなり首を触られたせいか、若干恥ずかしそうにして、視線を斜め上に向ける。
「いやしかしだな、此処には治療用具も無いだろう」
「大丈夫、持ってるから」
そう言うと同時に、雛は服の中に隠し持っていた包帯を取り出した。そのドラえも◯のような唐突な道具の出し方に、思わず青年は目を見開いてしまう。しかもその包帯というのが、到底服に入っていたとは思えない、大きめな1ロール。雛は青年に対して変人という印象を抱いたが、それは今互いの印象へと変わる。
「ちょっと痛むかもしれないけど、我慢して頂戴ね」
「ああ、喜んで」
「え?」
「む?」
呟くような青年の返事に首を傾げる雛に、彼もまた同様に首を傾げた。一見すれば面白可笑しな光景なのだが、首を傾げた際に青年の首から微量の血が噴き出した事により、それなりに深い傷である事を思い出した雛は、焦燥感に駆られて包帯を巻き始める。
「あっ……しまったな……えー……おほん。私のような赤の他人に治療を施して頂き、感謝申し上げます」
「今更取り繕わなくて良いってば。一部始終はばっちり見てたから」
「そうでーーいや、そうかい。ならばそうさせてもらうが」
首の負傷などまるで気にした様子もなく、青年は仕切り直しの為に白々しい咳払いをしてまで、畏まった口調に直して感謝を告げた。しかし雛が至極どうでもよさそうに対応したものだから、彼も繕う必要はない事を理解したらしい。首に感じる違和感にむず痒そうにしながらも青年は、雛の厚意に甘んじている。そんなぎこちない様子の彼とは違い、雛は慣れた所作で、きびきびと青年の細い首筋に包帯を巻いて行った。
「……そうそう、僕は
「何故、私の名前なんかを?」
「なんかとは無いだろう。幾ら必要ではなかったとは言え、君は僕を助けてくれたんだ。そんな恩人の名を覚えておくのは、当然の事じゃないか?」
どこか鰾膠ない態度で応接をする雛にも、豊喜と名乗った青年は捲し立てるように喋り出す。
それなりの傷を首に負っていながら、痛がる素振りも見せずに(それどころか悦楽さえしていたように見えた)喋り続ける彼に、雛は先程の金髪の少女と同じく、彼は本当に人間なのか、という疑問を抱かずにはいられなかった。
「……鍵山雛よ」
「そうか、響きの良い名前だ。雛とは未熟などといった意味合いが一般的ではあるが、小さくて愛らしいもの、という意味合いもあるらしいぞ」
「いや、聞いてないのだけれど……」
未だ止まない流血を物ともせず、豊喜は無意味で少々気障ったらしい蘊蓄を、得意げに述べている。
しかしそんな彼に対して、雛は必要以上の会話を交わそうとはしなかった。それは、包帯を巻くのに集中を要しているから、と言う訳ではない。彼女が、先程空を眺めていた頃と似た暗い目をして、上の空になっているのを見れば、集中している訳ではない事は容易に分かる。現に、集中を欠いていながらも、既に包帯は完全に巻き終えていた。
「はい、これで応急手当程度にはなった筈よ。もう二度と、夜に出歩くなんて真似はしない事ね」
「ふぅむ、あんな経験が再び出来るなら、願っても無い事だが……恩人の言だ、守る事にしよう」
「それが良いわ」
渋々といった様子ではあったが、どうやら豊喜も納得してくれたらしい。恩人の言葉であるからと言って言いつけを守ろうとする辺り、人間性は欠如していても、存外に義理堅い人柄のようだ。
「あぁ、後ーー私にも二度と近付かないで」
しかし、何気なく雛がそう宣ったその瞬間。今まで以上に、豊喜の目が大きく見開かれた。
恐らく、限界まで開いているのだろう。睫毛は疎か、眉までもが大きく顔の上部に上げられている。
突如そんな顔を見せたれたせいか、雛は思わず驚いて、びくりと一度だけ肩を震わせてしまった。
何に驚いているのかと問おうとした時、豊喜は徐に口を開く。
「な、何故だい?僕はそこまで不快だっただろうか?」
「……え?」
何かと思えばその疑問は、何故二度と会ってはならないのか、というものだったらしい。
拍子抜けしつつも、雛は一瞬だけ逡巡し、躊躇ってーーその数秒後、意を決したようにそれを口にした。
「私は厄神だからよ」
瞬間、豊喜の貌が凍て付いた。予想はしていたし、覚悟もしていた事だ。
厄神というのは、概ね世間一般で知られる意味合いと同じ存在である。意図はしていなくとも、ただ誰かと関わっただけで、その人物が不幸になってしまう。だからこそ雛は今まで、他者との関わりを出来る限り持たないでいた。しかし実際にこうして、恐れらられるような反応をされるのは、中々に堪えるものなのだ。
「厄神、だって……?」
次は違う。先程のような驚きだけの所為で目を見開いているのではなく、その瞳の奥底には強い恐怖心が混じっているのだろう。雛は次に来るであろう恐怖による怯えた声を、心を無にして、俯いて、目を閉じて、ただその時を待つ。なるべく心に傷を負わないように、罵られても堪えられるようにーー
「す、素晴らしい!それは本当かい!?」
という雛の決心を、豊喜は予想の斜め上を爆走して見事に裏切った。閉じていた目を開けば豊喜の顔は、まるで玩具を買い与えられた子供のように無邪気で、喜色を浮かべている。またもや唖然とする雛の手を、豊喜はその興奮の赴くままに強く握り締めた。
「厄神と言えば、人々に厄災を齎すというあの神様だろう!?いやぁ、嬉しいよ!『この世界』に迷い込んで二日、まさかこうも運命的な巡り会いがあるなんて!」
「はっ……ちょ、えぇ……?」
困惑して固まってしまい、小さく声を漏らすことしか出来ない雛の諸手を、豊喜は上下に大きく振るう。その表情は見るからに喜びを感じている事が窺え、雛の決めていた覚悟はいとも容易く崩れ去った。
「君と共にいれば、僕を不幸が襲うんだろう!?僕に災いが降りかかるんだろう!?嗚呼、素晴らしいよ!」
「な、何を……何故自ら不幸を望むのよ!?」
漸く硬直を解くことが出来た雛は、黒い双眸を輝かせて詰め寄る豊喜を手で押し返しつつ、声を張り上げるようにしてそう問う。その問い掛けに、豊喜は分かりきったことを、と言わんばかりに失笑して、胸を仰け反らせた。
「簡単な事!僕が被虐趣味だからだ!」
今宵二度目となる、時の凍結。世界に流れる時の奔流が、その一瞬だけは堰き止められた。水の出しっ放しだった蛇口を時計回りにひねったかのように。蛇口に繋がれ水を放つホースの口を指で塞いだかのように。眼前に広がる光景には頭の処理が追い付けず、雛は一瞬だけ、本当に時間が止まったのかとさえ思ってしまった。
「……それって、ま、マゾヒスト……って事?」
雛の消え入るような小さい呟きに、然り、と豊喜は大きく頷く。
「そうとも言う。僕は幼い頃からそんな癖があってね、昔はウルトラマゾなんて呼ばれたものさ」
「じ、自慢げに言う事じゃないわ……」
「因みに、ウルトラというのは僕の苗字と似てるという事や、それだけ凄まじいマゾだという度合いをも表していてーー」
「聞いてないってば!」
いつしか雛は、鰾膠ない対応をする事さえも忘れてしまっていた。今まで何処か素っ気ない風にも思える対応をしていたのは、全て彼女が厄神であるという事の為である。厄神でありながら他者と関わってしまっては、その人物を不幸にしてしまう。それならばいっそ、自分は独りでも良いから、他人と関わるのは止めようと。しかしそんな心意気をいつの間にやら、この豊喜という青年は消し去っていたのだ。
「頼む!どうか、どうか君の近くにいさせてくれ!」
「は、はぁ!?馬鹿じゃないの!?」
「マゾだ!」
「っあぁもう!同じよ同じ!」
場合によってはプロポーズにも思えるその言葉は、しかしながらただ彼の欲望故のものである。
困惑を通り越して半ば錯乱状態の彼女は、目の前で土下座までして頼み込む豊喜を、如何にも困ったような目で見つめていた。先程の金髪の少女との行為を鑑みるに、彼が筋金入りのマゾヒストである事は確定的だろう。それならば、包帯を巻く時の喜んでという発言にも合致する。
「(けど……)」
だからと言って、自分の隣に誰かが居て欲しいと願うなど、余りにも高望みなのではないか。
長年に渡り孤独に生きて来た雛の精神が、そんな淀んだ思考を齎す。若しかすれば、豊喜なりの気遣いなのかもしれない、そう雛は推し量った。こんな変態であれ、その実彼は中々律儀な正確である。厄神という理由で長い間孤独だった自分を慮って、被虐趣味である事を利用して情けをかけているのかもしれない、と。
「ふぅ……鍵山さん、少し僕の目を見て欲しい」
その時、豊喜が囁くように小さな声でそう言った。
苗字で呼ばれるという珍事に、無意識のうちに雛は言われた通り、彼と目を合わせてしまう。
しまった、と思い目を逸らそうとした折、彼女はその瞳の奥に燃え滾る、情熱のようなものを感じ取った。
「僕は、君と友達になりたい。言い方を変えるなら、君の齎す厄災に見舞われたい」
この真面目な雰囲気を一瞬にして粉々に破壊しつつ、豊喜は未だ至って真面目な声色で話し続ける。
こうも馬鹿げた事を抜かす彼の姿、何故だかそれに対して、雛は目を逸らす事ができなかった。
目を逸らそうと、逸らしたいとは思えなかった。
「けれど、それだけじゃないんだ。ただ単に君という、優しい厄神様ーーそんな面白い鍵山さんを、間近で見ていたい。そしてあわよくば、僕に厄災を齎して欲しい」
「……私が、面白い?」
「あぁ、そうだとも。厄神というのは、通常悪神であると相場が決まっているものだが、君は全く違うだろう。見ず知らずの他人、それも下々の人間如きに、一歩間違えばあの少女に自分さえ襲われかねない状況で飛び出してくれた上に、治療までしてくれた。それが何とも珍妙で、興味深い」
目を逸らせないのでも、逸らしたいと思えないのでもない。今にして漸く雛は、大きく膨れ上がっていく自分の感情を悟る。彼女は、目を逸らしたくなかった。即ち、孤独から抜け出す事を望んでいたのだ。独りでいる事を拒み、誰かと共に少しでもいたかったのだ。
「そういう訳で、僕と友達になってくれないか?大丈夫、君を害する真似は絶対にしないさ。約束する」
「…………なっても、良いの?」
俯きつつ今になって声を発した雛に、一瞬だけ面食らってしまう豊喜。しかしそれも直ぐの事で、彼女の言葉の真意を理解した豊喜は、優しく微笑んで未だ面を上げない雛の手を掴んだ。
その行動に、彼女は恐る恐るとでも言うべき所作で、徐に豊喜と目を合わせる。
「当たり前だろう。厄神様だなんて、最高じゃないか」
その黒い瞳は、吸い込まれそうな程に澄んでいた。
「そういえば、何で厄神だなんて言われても信じたの?」
「あの金髪の少女、確かーーそう、ルーミアだ。ルーミアにこの『幻想郷』の事を色々と聞いてね、お陰で基礎知識程度は持ち合わせているし、超常の存在がいることも既知だ」
「あぁそう……って、そんな話し合いまでして、何で食べられたのよ……」
「最近人が食べれなくてお腹が空いている、と言っていたのでーー志願した」
「馬鹿なの!?」
「マゾだ」
メイン作品を放って無駄に長いこんな作品を書く下衆作者です(挨拶
連載も考慮に入れて、一話4,000文字程度に抑えようと思った筈が、何故かいつの間にか倍に……