サラリーマンの父に、専業主婦の母。
だからというわけでもないが、灰斗は特に大きなイベントに出くわすこともなく、すくすくと大きくなった。
両親が大好きだった。
近所で同い年の友達もいた。
灰斗が五歳になった時だった。
父親が家に帰らなくなった。
どんな理由があったのか、未だに灰斗はわからない。
当時はそうした様々を理解するには幼すぎたし、
何より日常の変化というやつに、灰斗はまるで経験がなかった。
ただ、また三人で暮らしたいと思ったのは覚えている。
結局それも、灰斗にはどうすることも出来なかった。
どうにかする機会を、灰斗は与えられなかった。
どこにでもいた平凡な少年は、ある日、母親と出掛けた見知らぬ公園で、
捨て子になったからだ。
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「灰斗くんだね?」
第一印象は、優しそうなおじさん。
「僕は
丁寧な口調、そして柔らかな、こちらを安心させるような声。
「星空園という、孤児院をやっています」
孤児院、という言葉は当時わからなかったが、星空園というワードから、灰斗は自分が通っていた幼稚園を想像した。
「今日から、よろしくね」
よく、わからなかった。
「大丈夫。今日から僕たちは家族だ」
わからなかった。
「──もう、大丈夫だからね」
全くもって、わかりはしなかった。
わかりたく、なかった。
結局、もう二度と自分が家族と一緒に暮らすことはない。
そのことを灰斗が理解するまでに、五年という時間が必要となった。
小学生の頃から灰斗を知る人間は、そう多くはない。
クラスメイトとの付き合いもあまりなく、クラス替えでもすればたちまち印象が薄れてしまう。
気が付けばいるが、誰も気に止めない。
好かれも嫌われもしないような子供だった。
つまりは……
下校時刻。
「おいっ、お前!」
校門から出ようとしていた灰斗は、足を止めた。
それが自分を呼んでいるということは、振り返るまでもなく明らかだ。
もはやため息すらなく、灰斗は声の方へ向き直った。
坊主頭で小四にしては大柄な少年がそこにいた。
周囲には三人ほど、取り巻きのように立つ者達。
「なに?」
どうせわかりきっている答えを、灰斗は問う。
「俺たちはこれから公園でサッカーをする! だから、そこまでカバンを持ってこい!」
そんなことだろうと思った。
これまでも給食のデサートを盗られたり、いきなりボールをぶつけられたりしていたのだ。
さすがに、学校の外でまで何かしてくるとは思わなかったが。
まあ、つまりは、いじめっこというやつだ。
「いいけど、時間がかかるよ?」
「五時のチャイムまでに持ってこい!」
それだけ言うと、「行こーぜ!」と仲間に声をかけ、いじめっこは走って公園に向かって行った。
後にはランドセルと手提げが四人分。
小学生でなくても、一度に持つには手間な量だ。
「……往復かなあ」
呟きに被せるようにして、遠くから自分を呼ぶ声がする。
「は~な~み~や~く~~~ん!」
ドスドスと、自分には出せそうもない音を響かせて、やって来る少年……と呼ぶにはやや疑問なサイズの存在。
「……栗田くん」
丸い身体に頭、そして手足。
この春からクラスメイトになった巨体の少年(?)、栗田良寛であった。
「一緒にかえろ!」
そう大した距離を走ったわけでもないだろうに、すでに額には汗が浮かんでいる。
「良いよ。でもその前に汗を拭きなよ」
言いながら、考える。
(でも、カバンを運んでたら結構時間かかりそうだよなぁ)
「はなみやくん? どうしたの?」
取り出したハンドタオルで顔を拭きながら、栗田が言った。
「いやさ、ちょっとこのカバンを公園まで運ばなきゃいけなくてさ。遅くなりそうだから今日は帰れないかも」
「む~」
灰斗の言葉に、栗田は残念そうにうめいた。が、すぐに分かりやすい造形の顔を笑いに変えて、
「じゃあ、僕も一緒に運ぶよ」
と言った。
「……え?」
それ以上何かを言う間もなく、栗田は手提げとランドセルに手をかけ始める。
「ふんっ!」
手提げは両ひじに、手には一つずつのランドセル。
そのランドセルを両肩に乗せて、頭の上にもう一つ。
「ありゃ、一個余っちゃった……」
地面にあるランドセルを見て、困ったように呟く栗田に、灰斗は思わず笑っていた。
「僕も持つよ。ていうか、もともと僕の荷物だからね」
ランドセルを拾い上げ、公園に向けて歩き出す。
「ありがとう、栗田くん」
「いいよ、友達じゃないか」
灰斗を小学生の頃から知っている人間は、そう多くない────むしろほぼ皆無である。
その希少な例外は、灰斗のことを友達と呼んだ。
栗田はきっと、誰とでも友達になれる気がする。
でも、誰しもが栗田と友達になりたい訳じゃない。
原作の中では栗田、十文字、ヒル魔の順に好きです。
仲間への想いや距離感が好き。