つまりは、ヒロインとの甘酸っぱいあれやこれがあるわけです。
でも誰がヒロインかは決まってないです。
まあ、そんな選択肢が有るわけではないんですが……
「ここが僕の家だよ」
放課後、栗田に連れられて来たのは大きな寺だった。
どうも、朝に話していたDVDを灰斗にも観てほしいということらしい。
「栗田くんはお寺の子なんだね」
灰斗は口にしつつも、そのことを特別だとは思わなかった。
確かに珍しいが、それを言ったら自分だって似たようなものだ。
小学五年になるまでに、孤児院出身の子供は一人もいなかった。
家の事情は人それぞれ。当たり前のことだ。
「うん……嫌かな?」
栗田は俯いてしまう。
大きな栗田が俯くと、ちょうど灰斗と視線が合う。
「や、別に。大きな家だね」
あるだけいいじゃないか、両親のいる家が。
なんてこと、言えるはずもない。
人の家族を見て羨むことに、意味はない。どうせ自分のものにはならないのだから。
「あら、お帰りなさい良寛……と、そちらは?」
その時、家の奥から箒を持った黒髪の女性がやって来る。
お帰りなさい、と言うことは、この女性が栗田の母親なのだろうと灰斗は思った。
栗田に似た優しげな目元が、何やら嬉しそうな形にかわる。
「あなた! 良寛がお友達を連れて来ましたよ!」
そして、寺の本堂へと大きな声で呼び掛けた。
「お、お母さん、いいよお父さんは……こ、怖がられちゃうよ」
栗田の慌てた様子に、灰斗は普段聞いている厳しい父親が苦手なのだろうと感じた。
「あの、おかまいなく……栗田くんのお母さん」
助け船のつもりで出した言葉はしかし、
「お、お母さん!? 栗田くんのお母さん!?」
何やら彼女の琴線に触れたらしい。
「あなた! お友達はとても礼儀正しいお子さんですよー!」
「ええぇぇ……」
そうこうしているうちに、本堂から袈裟を纏った厳めしい顔つきの空海が現れる。
「……いらっしゃい。良寛の父だ」
太く重い声だった。
「あわわわわ」
横で栗田の狼狽えたような声がする。
「初めまして、花宮灰斗と言います」
そう言って頭を下げる灰斗に、目の前まで歩いてきた空海は軽く頷いた。
「初めまして。良寛の友達だそうだね。いつも愚息が世話になっている」
「いえ、僕の方こそ、いつも栗田くんに助けてもらっています」
空海は息子の連れてきた友人に、軽い戸惑いを覚えた。
小学五年生にしては妙に大人びている。それでいてまるで、相手の機嫌を窺っているかのような目線だ。
子供らしくはない。
それが空海の、灰斗への第一印象だった。
「そうか……まあいい。奥にあがりなさい。すぐに茶を持っていこう」
ともあれ、いつまでも立ちっぱなしというわけにもいかない。
普段の息子のことなども聞いてみたいが、急ぐようなことでもない。
しかし、空海の言葉に、驚きを浮かべたのは誰あろう、灰斗本人だった。
「いいんですか?」
思わず聞き返した。
「それは、どういう意味かな?」
空海からの返しに、灰斗は思わず言葉に詰まった。
(知らないなら、言わなければよかった。
でも、黙ってた方が後からひどいだろうし……ああ、なんで朝の僕は簡単に観に行くなんて言っちゃったんだ)
色々なことが頭をよぎるが、すぐに振りきると、空海の目を見て口を開く。
「僕は、星空園の子供です」
空海は目の前の子供が、まるで今にも泣き出しそうに見えた。横にいる妻・比丘尼が、息を呑む気配が伝わってくる。
「か、灰斗! 何を言ってるの!?」
栗田の慌てた声。
「そんなの関係ないよ‼ お父さん、お母さん、灰斗は僕の友達だよ! もし、そんなことで灰斗に何か言ったら、僕は許さないからね!」
しかし、最後は珍しく、強く言い切る。
「まあ……」
比丘尼は口元に手をやると、
「良寛が、こんなに主張するなんて……感激だわ」
いまいち掴みにくい反応を見せた。
「あー、花宮くん」
空海は妻のことを一度無視すると決めた。
「君が星空園にいるとして、それが理由で、君は何か悪いことをしたのかな?」
「園の迷惑になるようなことはしません。
でも、
なので、先に言っておくべきだと思いました」
「そうか……」
空海は天を仰ぐ。
「君は色々な経験をしてきたんだな……頭も良い。
改めて、よく遊びに来てくれた。良寛といつも遊んでくれてありがとう。今日はゆっくりしていきなさい」
再び灰斗へ向けた顔には、その厳めしい顔にわずかな笑みを浮かべていた。
その言葉を聞いた栗田は、くしゃっと顔を綻ばせた。
「灰斗、行こう!」
灰斗の手を引いて走り出す。
「うわっ」
相変わらず、同い年とは思えない力の強さだった。
「あのっ、ありがとうございます、お邪魔します!」
辛うじでそれだけ言うと、灰斗は栗田の後に続いた。
二人が去ったあと、空海と比丘尼は悩ましげな顔を見合わせた。
「子供らしくないとは思ったが、まったく、そのように扱われなかったのであれば、それも当然であったか」
「木下さんは良い人です。私は、例えあの子が良寛の友達ではなかっとしても、信じますよ」
そして、と比丘尼は続ける。
「どうかこれからも、あの子の良い友達でいて欲しいと思いました」
「……二人に、飲み物を持っていってやってくれ」
「なら、シュークリームも持っていきましょう。
あの子の大好物ですし」
笑う比丘尼の声は、どこまでも楽しげだった。
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灰斗は呆然としていた。
「ほらここ! 僕より大きいし、走るのだってそんなに速くないけど、身体を張って仲間を守った!」
栗田の嬉しそうな声が耳を通り抜けていく。
二人は今、小林の残したDVDを観ているところだ。
映像は海外のプロ試合。
要所要所に小林が入れたと思われる解説や字幕があり、初めて観たものでも取っ付きやすくなっている。
なっているから、わかる。
(これ、確かに栗田くんには向いてるよ)
が、
(僕には無理だぞ。映像の中にいる、誰の動きだって出来るとは思えない)
「すごいよねぇ……ぼ、僕も、こんな風になりたいなぁ」
(うん、そうなったから、僕を誘ったんだよね)
「ね、ねえ、灰斗……」
(ああ、わかってるよ。言いたいこと)
「一緒にアメフトやろうよ!」
(無理だあぁぁ……)
今日、ここに二人のアメリカンフットボールプレイヤーが、誕生した。
一人は巨体と怪力が取り柄の──
もう一人は何一つ取り柄を持たない──
一人は運命に導かれるように──
もう一人は──
「も、もちろんじゃないか。友達ダロ?」
若干どもりながら、転がり落ちるように。
さあて大変。
主人公のリアルラックがやばい。
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脇役列伝
⬛木下
一話に登場。
灰斗のいる孤児院、『星空園』の院長。
心優しく、子供たちに深い愛情をもって接している。
地域住民に孤児に対する偏見を無くしてもらおうと、様々な活動をしているが、効果は薄い。