おっと……これは
えーっと、どこまで話したっけ? そうそう、百鬼夜行の話だったね。
やっとのことで帰って来た私と加古だけど、まず最初に待ってたのは長い長ーい調査、尋問紛いの聞き取りだけじゃなくて、身体検査、果ては精神検査までされたっけ……。まあ、わからないこともないんだけどね……何しろ前触れもなく二個艦隊が殆ど丸ごと壊滅したようなものだったから。それでもウンザリだったのは間違いないよ。特に精神検査、いくら報告の内容が――百鬼夜行のことだけども――信じられないようなものだったかもしれないけどさ、いくら何でも失礼ってものがあるよ、ホントに。そりゃ内地の
それに、だいたい調査で何かわかるんだろうね? どうせ調べたって何もわからないことがわかるだけなのに、時間の無駄だったと思う。
ま、それはそれとして、その調査が終わった後に私と加古は元の艦隊に――損傷自体はそこまで重くなくて、艤装の交換と修復剤でなんとかなったからね――復帰した。とはいえ補充の艦の配属が未定だったから、私の加古だけの寂しい艦隊だったけどね。まあ、あの当時はたとえ頭がちょっと
うん、その通り。さっき言ったよね? 『始まり』だ、って。その通り、また『出た』んだ、百鬼夜行が。
あれは私たちが艦隊に復帰して一週間くらい後だったかな、あの日は加古と一緒に訓練がてら受領した艤装の微調整をしてた。
――そう、必要だから。艤装は私達の生命線だよ。だから、時間を掛けて艤装を自分の手に馴染ませないと、もっと言えば身体の一部にしないといけない。『妖精』は前の艤装から引き継いで移し替えたけども、艤装それ自体が違うし、艤装ごと『妖精』が新しくなったのもあったからね、必要だった。外目から見れば艤装なんてどれも一緒に見えるけど、全然違うよ。例えそれが同じ型、同名の艦のモノでもね。『妖精』も違うし、艤装自体の細かいクセだって当然ある。同じ艤装なんて二つとないよ。
いや、確かに、使えないことはないよ。自分のものとは違う艤装、例えば私で言えば駆逐艦の持ってる手持式の一二.七センチとかを――『妖精』に何かあった時の為の訓練も兼ねて『妖精』が入っていないのをね――使う、そういう訓練もあるから使えることは使える。でも、その艤装本来のパフォーマンスは発揮できない。まあ、当然だよね? ……と、こういう訳で、きちんと慣らしや調整をして、ちゃんと艤装を自分のモノにしとかないと、機関がぐずって出力が落ちたり、魚雷が作動不良を起こしたり、砲撃の命中率が低下したりするのに繋がるんだ。いつも命懸けだから、そういうのだけは絶対に避けたい。絶対に、ね。
だって、そんなんで死ぬなんてさ、嫌でしょ? 私は嫌。
――――――――
『第一三艦隊より
『HQより第一三。敵の戦力は如何ほどか。送レ』
『リ級
『撃破は不要、海域外に追い出せ。深追いは無用。送レ』
『了解。終ワリ』
海上に灰色塗りのモーターボートが甲高いエンジン音と波飛沫を上げ、ぐるぐると大きく数字の八の字を描いている。モーターボートの後部には大きな櫓のような構造物があり、赤白の二色で塗られたそれはかなり異質な存在だった。そしてもう一つ異質な点があった。モーターボートを操縦する者はなく、無人だった。そんなモーターボートから少し目を後ろにやると、後ろでは橙色一色で塗られた
そこに砲弾が四発、順番に着弾する。標的には当たらずに、手前に二つ、奥に二つ水柱が立った。着弾の衝撃が伝わり、標的が少し前後に揺れた。
「弾着報告、手前
新規に受領した水上偵察機の慣らしを兼ねて弾着観測を行っていた加古は川内に向かって大声を発する。
声を掛けられた川内は目を細めて、これまた新規に受領した一四センチ単装砲をじっと構えて、遥か遠く、最早ただの点としか見えない動き回る標的を見据えていた。標的に合わせて僅かに砲が動く。
「
左腕部に配置された四基の単装砲から左から順番に砲弾が発射される。数秒、間が空く。
「だんちゃーく、今!」
観測を行う加古の声と同時に水柱が次々を上がる。
初弾は標的に僅かに当たらず、その前方に着弾し、吹き上げた海水で標的を水浸しにした。間髪入れずに二発目の砲弾が飛来し、標的の中央に命中した。そのまま砲弾は標的を突き抜けて海中に刺さり、バラバラに砕け散ったFRP製の標的を水柱で方々に吹き飛ばした。そこに三発目、四発目も着弾し、水柱を添える。
「ど真ん中に直撃! 標的撃破、確認!」
川内は集中が切れたように、ふう、と息を吐き、額を拭った。加古が寄ってきて川内と腕でタッチを交わした。
「だいぶ慣れてきたかな?」
「まあ何とかね……この腕部砲塔はやっぱり疲れるよ。腕部固定式の砲塔が欲しいなあ」
「あたしの
「ま、慣れるしかないってことだよね。それじゃ、次は加古の番。水偵出すからちょっと待ってね、あ、標的も出してもらわないとね――」
『第一三艦隊よりHQ。交戦中の敵艦隊に増援。現在敵の猛攻を受けて区域
『HQより第一三。現在の敵の戦力を報告せよ。送レ』
『リ級CA
『HQより第一三。近隣の艦隊から支援に向かわせる。何とか持ち堪えてくれ』
『第一三了解』
『第一一艦隊よりHQ。現在位置、海域
『HQより第一一。志願ご苦労。現在の哨戒を中止し、速やかに第一三の支援に向かわれたし。以後は第一三との連絡を取れ。周波数は――』
加古は連装砲を構えた腕をぴくり、とさせた。ゆっくりと首を回し、後で弾着観測を行う川内に顔を向けた。川内も加古の方を見ていた。
川内と加古は顔を見合わせた。こくり、と互いを見つめつつ頷いた。こころなしか、両者共に顔からうっすらと血の気が失われているように見えた。
「これは……」
「
「ヤな予感がするなあ、あたしらの時みたいにならないといいけども」
「杞憂に終わればいいんだけど……ま、取り敢えず訓練は続行しようよ」
「了解。……じゃあ、まずは腕ので一発行きますか。よーし、おニューの連装砲ちゃん、当たってくれよぉ」
加古はそう言うと左手で右腕の二〇.三センチ連装砲をスッと撫でた。
『HQより全艦隊。敵艦隊と交戦中の第一一艦隊及び第一三艦隊との連絡が途絶した。最終通報地点は海域
『第七艦隊よりHQ。現在位置、海域
『HQより第七。現在の気象状況を報告されたし』
『まるで季節外れの台風です、とんでもない暴風雨で水偵は飛ばせません!』
『海上からの偵察は可能か?』
『かなり時化てはいますが可能。送レ』
『HQより第七。艦隊からDD四を分遣し、偵察及び捜索を実施せよ。可能な限り敵艦とは交戦を避けられたし』
『第七了解。当該海域に二番艦吹雪を隊長とする偵察艦隊を派遣する。終ワリ』
モーターボートに曳航されている標的の遥か後方に、先ほどのものより大きな水柱がほぼ同時に二つ、続いてもう二つ上がる。水柱などどこ吹く風とばかりに標的は悠然と曳航されていた。
「弾着報告、奥
加古が髪をガシガシと乱した。「あー! 当たんない!」
そんな加古を見て川内は溜息を吐いた。懐から煙草とライターを取り出し、吸い始めた。川内は煙草を咥えたまま加古に向き直った。
「そんなに気になる? ……まあ、なるよね、そりゃ」
加古は俯き、目線を下にやった。「……多少は」
それを見て川内は目を細め、口元に笑みを作った。
「多少は、ね……こんな調子じゃ当たんないよ。下手打って
少し迷った素振りを見せたが、最終的に加古は首を左右に振り、大きく溜息を吐くと言った。
「そうするよ」
「じゃあ、撤収だ、撤収」
言うが早いか、モーターボートが進路を変え、基地の方へ向かって行くのが見えた。上空では先程まで旋回していた川内の水上偵察機が川内と加古の方へ戻って来ていた。
「ところで――」
一転、加古が笑顔を見せた。その後に続く言葉を予想してか、あ、と川内は思わず声を出した。
「携帯灰皿、勿論持ってるよね? てか、海上は禁煙って前に言われただろ? ダーメでしょそりゃあ。あたしも吸うけどそこは分別つけないとね?」
「あー、えーっと……今日は、偶然、偶然忘れちゃったなあ。どこにやっちゃったかなあ……」
あちこちのポケットを探り、『偶然』の二文字を殊更に強調しつつ川内は苦笑いを作った。
加古は呆れた、と言わんばかりに溜息を吐き、懐から携帯灰皿を取り出した。「んなこったろうと思ったよ、ハイこれ。あたしにも一本頂戴。これで同罪」
『第七艦隊よりHQ。偵察艦隊より報告。当該海域においては第一一艦隊及び第一三艦隊はいずれも発見に至らず。事前情報にあった敵影は一切なし。海上遺留品として艤装の破片と思しき鉄片を複数及び重油らしき浮遊物を発見。鉄片は全て回収、浮遊物についてはサンプル取得済み。現在偵察艦隊は遺留品の輸送にDD一をこちらに合流させ、DD三による海域周辺への偵察及び捜索を実施中。前回報告は時刻
『HQより第七。これ以上の海上捜索は不要。現在の偵察及び捜索を切り上げ、帰投せよ。あり得んとは思うが、送り狼に気を付けろ。何が起こるかわかったものではない』
『第七了解。これより偵察艦隊と合流し、帰投する。遺留品だけは這ってでも持ち帰ります。終ワリ』
――――――――
真っ白な半袖の第三種夏服を着た男が苦虫を噛み潰したような顔をして、左手に持った書類を眺めていた。
男は書類から目を上げ、目の前の艦娘――川内と加古――に忌々しげに言った。
「これでウチは僅か三週間でなんと丸ごと四艦隊喪失だ。いくら何でも異常で、しかも酷い損失だ。新艦ならまだしも、そこそこの手練れも多い。一体全体どうなっているんだ、バミューダトライアングルが大陸を超えて引っ越してきたのか?」
「残念ながら、我々の報告の通りかと思います」
川内が答える。加古も川内も神妙な顔つきだった。
その返答を聞いて男の顔は一層苦くなった。
「艦を呑み込む『百鬼夜行』に“バケモノ”、か。遂に連中は
「
男は基地の艦隊司令――一部の艦娘からは『提督』と呼ばれている――であり、川内と加古は男から艦隊司令室に呼び出されていた。
「雲霞の如き敵機、敵艦七分に海が三分、ねえ……」
司令は溜息を吐くと深々と椅子の背もたれに身体を預け、天を仰いだ。ギイ、と椅子が軋んだ音を立てる。司令は頭が痛い、とばかりに鼻筋に右手を当てていた。
「敵さんは何だい、ここに奇襲上陸作戦でも仕掛けようってことなのか……いや、君らにボヤいても仕方ない。愚痴はここまでとして、本題に入ろう」
司令は背もたれから身体を起こすと、側の金庫からクリップ留めされた書類を取り出した。
「こいつは先日、第一一艦隊及び第一三艦隊の消失地点で回収された遺留品の分析結果だ。ご覧の通り黒塗り一切ナシ、ナマの最高機密だ」
書類には判で押された『極秘』や『複製厳禁』、更には『回覧専用』といった文字が朱色で大きく自己主張していた。書類の中身に目を向けると、黒鉄色の何かの破片と僅かに赤味のある黒い液体が入った試験管の写真と共に、英文や数字、それに専門用語と思しき単語がこれでもかと書き記されていた。川内にはそれの意味することはわからなかった。同様に加古も首を傾げる。
「これは一体……?」
「まあそう逸るな、最後に面白いことが書いてある」
言われた川内は書類を幾つか捲り、最後の頁に辿り着いた。
直後、川内の目付きが変わった。書類を顔に近付け、何度も文を目で追った。隣で加古が「ちょ、ちょっと、川内。あたしにもそれ見せてよ」と文書を引ったくった。引ったくられた川内は司令に向き直った。
「どういうことです、これは」
「そのままの意味だ、どうやら第一一と第一三はかなり勇敢に戦ったらしい。足柄と那智を筆頭に武闘派だらけだったからな、それは派手に暴れたんだろう……。まさしく“バケモノ”の尻尾を掴んだということだ」
「尻尾……」
「てことは、つまり、
書類から顔を上げた加古が消え入るような言葉で言った。司令は一瞬だけニヤリ、と笑った。
「そうだ、確実に“バケモノ”は存在する。恐らくお前さんらの言う『百鬼夜行』もな。夢でも幻でもない。それで、だ――」
司令の顔付きが真剣なものになった。
「こうして確実に傷を与えている。傷付けることが出来るなら、殺せないことはないということだな? よって、かなり急な話ではあるが、南太平洋派遣艦隊司令官直轄の臨時特別艦隊を編成、これを“討伐”する運びとなった。『百鬼夜行』も一緒にな。お前たちには休んだ分たっぷりと働いてもらうぞ。今回の一件でウチで
――――――――
そういう訳で結成されたこの特別艦隊、正式には『カロリン諸島海域における未確認有力敵艦隊及び敵戦力の撃破にかかる臨時特設連合艦隊』って言ったかな。眠くなるような長ったらしい名称だけど、このために設定された呼出符号はなんと『ゴーストバスターズ』でね、それがそのまま通称名になったんだ。そりゃ超常現象めいたものだけど、私たちの相手は水に溶けやすい
かなり仰々しいと思うでしょ? ――ま、普通はそうだよね。ここまで大掛かりになったのは他の基地でも同様の事案が発生してて、無視できない損害が出てたから。合計すれば三桁に届くくらいの艦がやられてた。どれも短いながらもタイムラグがあって、ウチが最後。だから
私は特別艦隊第二艦隊、通称――あ、ゴースト、はいらないか――『バスターズ