一話目。
篠ノ之束とクロエ・クロニクルの邂逅、出会いのお話。

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クロエ・クロニクル

 全身から感覚が消失していく。先程まで焼けつくように痛んだ身体も燃え盛る炎の熱気に炙られる肌もなにも感じない。

 ただ、ひとつ感じるのは冷たさ。

 きっとこれは“死”なんだろう、決して受け入れたくないのにどうしようもなく抗えないもの。

 助けて――吸い込んだ熱風が焼き焦がした喉はそんな言葉すら紡いでくれない。

 

 ――死にたくない、なけなしの力で伸ばす私の手は空を切る。

 ――まだ生きたい、何かにすがろうとするかのように空へ向けられた手は誰にも届かない。

 

 でも、それでも死力を賭としてこの手を伸ばす。すぐ背後まで差し迫る、違う既に背中に張り付いている“死”から逃れるように。

 

 あぁ、なにも成せない人生だった。いや、それどころかなぜ生み出されたのかすらわからなかった。ただ作られ何も出来ないまま廃棄される、そんな無意味。

 それだけは嫌だ、“私”は確かにいたと誰でもいいから認めてほしい。

 

 ――誰かに尽くしたい、誰かの心に遺したい。“私”は確かに“ここ”にいたことを。

 

 人でも悪魔でもなんだっていい、ただ意味を与えてほしい……そんな胸を焦がす最期の願いはナニにも届かず、宇宙(ソラ)へ伸ばす手は力尽き地に落ち――なかった。

 

 無くなりきったと思っていた感覚が、誰かに掴まれた温かさを伝えてくる。

 掴まれた腕を引き上げられる。引き起こされるのでもなく、ただ落ちたゴミを拾い上げるかのように無造作に、私の状態なんて気にも止めない無遠慮な力で引き上げられられた。

 目はもうほとんど見えないのだけれど、それでも“私”という命の残り火が尽きる前に誰かに見つけてもらえた。私の耳はもう聞こえていないけど、目は霞んじゃってほとんど見えていないけど。でも、目の前の誰かが私に何かを話しかけてるのだけは分かった。

 あぁ、良かった。命の糸が途切れる前に、私が無意味に果てる寸前に誰かの人生を成す一部分となれた。

 

 本当に、本当にボロボロで見るに耐えないような私だけれど目の前の人には感謝を伝えたい。こんな独りで迎えようとしていた最期に見つけてくれたことに。でももう少し欲張るならどうか、どうかあなたの記憶に“私”を遺せますように。

 

 そんな“ありがとう”と最初で最期の“我が儘”を紡ぐため私は笑う、もう声を発することは出来ないけどそれくらいなら出来るから。

 

 たぶん、とびっきりの笑顔ができたんじゃないかと思う。それを最後に私の意識の糸は切れた。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 私が()()を拾ったのはたまたまだった。ドイツで決して明るみに出ることのない実験施設、私が作ったISという絶対的兵器の操縦者を生み出すための施設。

 生み出すというのは比喩ではなく、そのままの意味。培養器の中で作り生み出し、遺伝子操作ナノマシン投与何でもいい、ただ生み出したソレで最強を作り上げるための場所。

 

 私はその崩壊する施設から自発的に出回られると気に食わないデータを、回収され世に出られると面倒なものを消すために来ていた。

 目的を果たした私は施設が燃え盛り崩落していくなかでの帰り道、ソレを見つけた。

 

 虫のように地面に横たわる……文字通り虫の息である少女がいた。瓦礫には運よく埋もれなかったようだが、いたるところに火傷を負っておりこのまま見過ごせば、いや助けたとしても死ぬだろう。

 いつもなら無視をしていた、私の世界は四人で完結しているのだ。

 だから、たとえ三人を除いた世界中の人間が死んでも私の顔の筋肉は何も仕事をすることなく無表情のままだろう。放置しておくと臭くなる死体の片付けが面倒だな、と思うくらいはするかもしれないがその程度だ。

 

 そんな考えを思考の片隅で終えた私はそのまま過ぎ去ろうとした。だが――もう動ける体力など残っているはずもない少女が動いた。蝸牛とどちらの方が速いのか、そんな速度で地を這って何を望むのか宇宙(ソラ)へ手を伸ばす少女。

 

 ――ソレがダブった、どうしようもなくダブってしまった。

 

 かつて誰よりも宇宙(ソラ)を目指し、それを諦めた少女(ワタシ)に。

 苛ついた、こんなところでそんなものを思い出させた原因に。全くもってお門違い、既に死んでいるのか生きているのかも怪しい少女にぶつけるような感情ではない。

 

 けど、それは少女の都合で世界の常識で、私には関係ない。

 私の唯一の親友は言っていた。

『望む望まざるにかかわらず人は集団の中で生きていなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな』

 だけれども、社会という集団のシステムから外れた私は生物学的に人間に分類(カテゴライズ)されようとも、“人”からは外れているのではないだろうか。

 ならば、私が集団の枠に収まる通りはない。そう言い返したときの親友の顔は、屁理屈を返してきた子供を見る目であったが。

 

 足下でナニかを掴むために伸ばされていた腕が、力尽き落ちる寸前で掴み片手で持ち上げる。その少女の目は見開かれ――その本来黒目である部分が黄色に濁り、白目であるべき部分が黒く染まった瞳が私を見つめる。ナノマシンで変色したであろうその目は、きっともう私の姿を認識できるほどの視力はないだろう。なのに確かに私を捉え離さない。

 

 ――そして、その少女は確かに()()とした。

 

 今にも、次の瞬間に死んでもおかしくないのにソレは明らかに安堵した。理解できない、別に私に見つけられたから助かると思ったわけでもないはずだ。そこまでの状態になれば助からないなんて、本人が一番わかるものなのだ。なのにただ、私が見つけたからという理由だけで安堵したかのように苦痛に満ちていた表情は穏やかなものとなった。

 

「なんでだよ、お前は何も成せずにここで死ぬのになんで安堵してるんだよ」

 

 理解できない(わからない)

 

「さっきまであんなにナニかを求めていたくせしてなんでそんなに満足そうな顔をしてるんだよ」

 

 理解できない(わからない)、そんな言葉が頭を駆け巡る。言葉が口から漏れ出す。だが持ち上げているソレは答えない――否、言葉は返さなかったが答えた。

 

 篠ノ之束()が見たことのないような笑顔(幸せ)を叩きつけられた。

 

「なんだよそれ……私が出来なかったことをなんでお前は出来てるんだよ……?」

 

 わかっている、目の前のソレとは求めていたナニかは大きく異なることくらい。しかし、どうしようもなく自分とダブった少女が諦めずに満足し去ろうとしていることが納得できない(わからない)

 

 その違いはなんなのか、お前は何に満足したのか。聞き出すまで絶対に死なせてやるものか(楽にしてやるものか)

 

 

 ――これが篠ノ之束と少女、のちのクロエ・クロニクルとの邂逅である。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 たったひとつ小さな願いを叶えられた少女は、それだけに満足しこの世を去った……そのつもりであったが目覚めた。本当ならどうやっても二度と目覚めることのないはずであった。

 負った火傷は少女を構成する多くを壊死させており、外だけでなく火災で起きた熱風は体内すらをも焦がし蹂躙していた。

 どちらかだけでも致命傷、それが二つ揃っていた彼女は致命傷を越え絶命は確定であったはずだ。

 

 自身の身体を見るも火傷の跡すらない、全てが夢であったかのように何もかもが元通りである。

 いや、夢というのはあり得ないと少女は知っている。あの“死”はどうしようもないリアルであった。そして“私”が遺せたことも。

 

 なにより、だ。あれが全て(うつつ)でなかったならば、彼女は今いるようなベッドで寝ていることはない。牢屋のような部屋の床で布切れ一枚にくるまり横になっているはずだ。

 

 あたりを見、現状を確認しようとしたそのとき。

 

「遅い、いったい現状を確認するまでにどれだけ時間をかけるつもり? 束さんは退屈して居眠りをしてしまいそうだよ?」

「あっ……えっ」

 

 ひとりの女性に顔を覗き込まれた。驚きで声が出たが――喉も治っている。

 

「うんうん、声も発せるなら成功したみたいだね。束さんも生体同期ISを人間で試すのは初めてだったけどよかったよかった、あり得ないけど万が一が起こっていたらコアがひとつ無駄になるところだったよ」

「あの……あなたが私を助けてくだ」

「助けたわけじゃないけどそうだよ、死にそうなお前を拾ってここまで持ってきたのも束さんだよ」

 

 ――拾ったのは目の前の女性。つまり、少女の最期の思いを叶えてくれたのもこの女性ということになる。

 そして、生き長らえさせてくれたのも……だがそちらは少女にとってはどうでもよかった。

 あの何も遺せないまま“死”に蝕まれ朽ち果てようとしたあの最期に“私”を遺させてくれたことが大切なのだ。

 私は今生きているとしてもあそこで完結したのだ。

 

「ありがとう、ございます……」

「お礼なんていらないよ、ただ私の質問に答えろ」

「はい」

「……なんで、なんでお前はあのとき満足そうな顔を、なんで笑ったんだよ?」

 

 機械のウサギの耳をつけたこの女性が問うているのがいつかは理解できる。でも何故かと言われれば少女は答えに詰まる。だが今は言葉を紡げるようになった少女はたどたどしいながらも答える。

 

「何も遺せないまま死ぬしかないときに、あなたに拾われたから」

「私が連れていくとは限らなかった」

「違い、ます。ただ拾ってくれた、いえ見つけてくれた。あなたの何処かに“私”という存在を僅かであろうと遺せた、それがどうしようもなく、嬉しかった」

 

 少女の目を覗き込む、心の奥底まで見透かそうとしてるかのように目を逸らさなかった女性――篠ノ之束はそこで今まで不快そうにしていた表情を変える。

 それが表すのは驚愕、何に驚いているのか少女には当てすらつかない。

 

「それだけ……? それだけであんなにもがいていた理由は満たされたっていうの?」

「はい、あのときの私にはそれだけが全てで……私にはあれが全てでした。あそこで私は完結できたんです」

「……なら、ならッ! お前は今死んでもいいって言うのか!?」

 

 少女の言葉の何が篠ノ之束の逆鱗に触れたのか。虚空から現れたブレードが少女の首筋に突きつけられる。

 

「全てに満足した? 私は完結した……? ならここで死んでもいいのかよ!?」

「……えぇ、それもあなたに望まれて死ぬなら私も本望です。私を満たしてくれた貴女の何かを満たすために死ねるというならば」

 

 本当に篠ノ之束には少女が理解できなかった。一瞬でも自分とダブったと思った少女が、ただ自己陶酔して満足だ、完結したと抜かしていたと思った。それがどうしても気に食わずにブレードを突きつけた。

 コアを埋め込んでまで聞きたかったのはそんなことではなかったはずなのに、でもブレードをピタリと首筋にあてがわれた少女は身動ぎひとつせずにいる。

 あのとき“死”を恐れていたと思っていたが違う。今迫る“死”に何も反応しない、どころか受け入れている。

 

「お前は……本当に満足したっていうの? せっかく逃れた死なのに今死ぬことは怖くないのか?」

「えぇ、私はもうどんな形であれ貴女のなかに遺せたはずですから。あとは先程言った通りです」

 

 平然とそう返す少女にため息を吐き、束はブレードを虚空へ消す。そんな様子を見て少女が小首を傾げているのを見て再び束はため息を吐く。

 ようやく理解した(わかった)。目の前のこの少女も自分と同じなだけである。社会から外れた、人間であっても“人”とカテゴリするには随分と難のある人種。

 親友も肉体的には並外れているが精神的には社会に馴染めている。だが少女は精神的に完全に逸脱しているだろう。

 それは私と同じ、あの宇宙(ソラ)へ手を伸ばす姿が過去の篠ノ之束(ワタシ)と重なった本当の理由はそこなのかもしれない。

 

 そのとき篠ノ之束のなかに新たな興味が湧いた。今度は疑問ではなく好奇心。

 この私とダブった、しかし諦めずに満足し完結したという少女はこれからどうしていくのか。

 

「ねぇ、名前は何て言うの?」

「St-md08です」

「つまりはないってことだね、よし私が名前をつけてあげようじゃないか」

「あの……私を殺すのでは? いいんですよ?」

「やーめた、別に殺したいわけでもないし! それより束さんとこれから過ごしてもらうけど異論は? うん、ないよね」

「はい、ありません」

 

 返答を待たずに決定する束、少女は決して篠ノ之束という人間の決定に異を唱えるつもりはないのだが。しかし、先の様子からの変貌に少し面をくらい……こういう人なのだろうと自己完結した。

 

「決めた、君は今日からクロエ・クロニクル。くーちゃんだよ、束さんのことはお母さんと呼んでいいよ?」

「その……束様と呼ばさせていただきます」

「うーん、まっ、それでもいいか。ならくーちゃん、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします束様」

 

 ――これが篠ノ之束とクロエ・クロニクルの始まりであった。

 のちに観察が目的であった束はクロエに愛着かそれとも母性愛なのか、そんなものを抱くようになるという事実は蛇足である。

 

 そしてクロエ・クロニクルは遺したい、という願いと同時に願った尽くしたいという最後の思いを期せずして叶えることとなったのであった。

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。
真面目なものも書いてみたかったんです。

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