東方月夜街   作:おぴゃん

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終わらないハロウィン
1.ゾンビ・ミーツ・マミー


届いた冷蔵庫には、女の子が入っていた。

 

送り状にはなんだかよくわからない筆文字が踊っており、何度も読み返すうちに俺は完全に現実感を喪失してしまう。

 

『きっと、彼女が必要になるでしょう』

 

巨大な業務用冷蔵庫の側面には簡単なメモが貼り付けてあるだけ。

とりあえず今は電源を入れて、それは俺のボロアパートの居間で静かにうなりを上げている。

 

何が問題なのか、整理していこう。

 

 

問題1 明らかに高価な冷蔵庫を送ってきた相手は、完全に素性が不明である。

問題2 冷蔵庫の中にはバラバラの女の子が詰め込まれていた。

問題3 俺は無用心に冷蔵庫を開けて、中に指紋をつけてしまった。

 

この時点でだいぶ波乱万丈であるが。問題は四つ目である。

 

問題4 彼女は生きていた。

 

「はっぴー、はろうぃん!」

 

俺は反射的に冷蔵庫の蓋を叩きつけるように閉めていた。今でも中からはくぐもった不平の声が聞こえてきている。

 

「おーいおーい、出してってばーあ」

 

まるで要塞のように頑丈な作りの冷蔵庫は、ともすれば俺の住む安アパートの床を突き破りかねない堅牢さと重量をもっている。俺はいま大便器の上で頭を抱えていて、間には台所と、二枚のドアがある。それでも尚響くほどの大声が、現実逃避へと動き出した俺を揺り戻すのだった。

 

「勘弁してくれよ」

 

ただでさえ、ちょっと早足で歩くだけで下の階から突き上げられるほどの安普請なのだ。

せめて静かにしてもらいたい。

 

「あばれるぞー。あばれちゃうからなー」

 

あぁ、困った。

こういうの、警察じゃ取り合ってくれないだろうな。

 

 

 

 

         東方月夜街

  --Happy, Happy, Creepy Halloween!--

 

 

 

 

戦場に赴く兵士のような気持ちでトイレを後にする。居間へやって来ると、相変わらず冷蔵庫は騒々しい。

 

小刻みにがたがたと揺れる銀色の冷蔵庫から例のメモを引き剥がすと、それが何度かたたまれた紙であることに気づいた。ただのコピー用紙でも、便箋でもないようだ。しっかりした和紙には、やはり流れるような達筆で衝撃的な内容が書き込まれているのだった。

 

宮古芳香(ミヤコノヨシカ)の組み立て方』

 

くらくらしてきた。

 

なんだかガンダムの説明書を思い起こさせる絵図の下に貼り付けられているものは、何を隠そうタコ糸と縫い針である。用途は言わずもがな。危うく発狂しそうになる。

 

「いやいや、何かの悪い冗談だ。冗談。ですよね?」

 

冷蔵庫の蓋を開け放つ。血色悪い少女の首が俺を見つめ、にんまりと笑う。

 

「やっほー、ノエ!」

 

蓋を閉める。空打つような動悸が収まらない。真三井ノエ。間違いなく俺の名前だ。

この冷蔵庫はまるでパンドラの匣である。開ければ開けただけ良くないことが明らかになってくる。犯人の名前を喋るお手柄オウムの逸話があるではないか。こんな核弾頭が入った冷蔵庫である。そのあたりに捨てて、なかったことにするという選択肢はこの瞬間潰えた。

 

用心に越したことはない。扉は閉めたまま、恐る恐る彼女に声をかけてみた。

 

「……芳香、さん」

「はいはいはいってまーす」

 

だろうな、畜生。

 

「ここにあんたの説明書がついてるんですケド」

「うん。青蛾がノエに直してもらえって言ってた」

 

セイガ。またわからんちんな名前が飛び出てくる。

これまで俺が歩んできた人生はそれはそれで奇妙であったが、立ちはだかってきたものは大抵は夜が明ける前には退散する悪夢のようなものである。こうも白昼堂々と俺の日常をぶち壊しに来たのは、これが初めてだ。

 

「その、セイガってのは何者ですかね」

「青蛾はね」

 

 

沈黙。

 

 

 

沈黙に次ぐ沈黙。

 

 

 

「すごい人!」

「お前もある意味ではすごいぞ」

 

おそらくそのセイガなる人物は彼女の記憶からすっぱりくり抜かれている。もしや脳みそも組み立て式なのではないかと説明書をためつすがめつ読み上げたものの、既に内蔵されているという絶望的な一文を見つけるに終わった。

 

正直、途方に暮れた。バラバラ死体(暫定)と組み立て方を送りつけてくる人物にマトモさを期待するのもどうかと思うが。

 

「アンタ、何者さ?」

「ゾンビでーす」

 

そうなんだけどね。日本語って難しいわ。

 

「どこから来た、どういう人かってこと」

「芳香はね。幻想郷から来たの」

「ゲンソウキョウって? 住所とか分かる?」

「とおいとこ。ずっとこの箱で寝てたから、行き方はわからないや」

 

謎は深まるばかり。そして、そのセイガなる人物の残したメモも、謎めいている。

この子――芳香が必要になるでしょう、と。その人物は予言めいた一文を添えていた。バラバラにされた少女が必要になる事態とは一体何であろうか。彼女を組み立ててやれば、多少なりとも謎は解けるのであろうか。

 

「ノエー、たいくつー」

 

考えるのは止めよう。もしこの部屋に誰かが訪れた際に見つかるのがバラバラ死体か単なる死体かでは色々結果が変わってくる。警察のお世話になることは間違いないが。

 

針と糸を握るのは小学校の家庭科以来だが、縫うだけなら何とかできる。糸の留め方はまったくもって不安で仕方がないが、まぁ、多少ユルくても大丈夫だろう。万一またバラけても、どうせ死んでるし。

 

「うわ、グッロ」

 

一応マスクと手袋だけはめておくことにした。

脚を取り出して、えもいえぬ感触に耐えながら胴体と縫い合わせていく。青蛾は丁寧に縫い線をマークしてくれていた。完全に気の使い方を間違っている。もっと気にするべきことは山ほどあるだろう。

 

「なんだかくすぐったいなあ」

 

テーブルの上に乗せた生首が顔を赤らめた。

 

「悪い夢だ」

 

そうじゃないことくらい分かってる。ただの願望だ。

感覚はつながっているらしく、ぐちぐちと脚を縫い合わせる間、芳香のパーツたちは小刻みに痙攣していた。四肢を繋いだ後は、あまり深くは考えないようして臓物を詰め合わせ、腹を縫っていく。生首がもだえた。

 

「うわっ、ひゃっ」

「気色わるい声を出しやがって」

「だってぇー……おぉっ!」

 

転げた生首を、まるで取り落としたボールが転がっていくのを見守るような、なんとも言えない気持ちで見送る。

 

「うあー、目が回るー」

 

開けっ放しの口から滴るよだれが、ガラスのテーブルにだらしない渦模様を描いていく。

 

「おい、汚ねえな!」

「仕方ないじゃん、生きてるんだもの」

「さっきゾンビって言った」

「言ってない」

「言った」

「言ってな――ノエ。指」

 

気づけば、芳香を縫っていた針が手袋を貫き、深々と人差し指に突き刺さっていた。当然俺は青ざめる。いったい、どんな病原菌がくっついているか知れたもんじゃない。あわてて薬箱を引っ掻き回し、消毒薬をぶっ掛ける。抗生物質を飲み下す。そのさまを見つめる芳香は大層ご立腹、といった風であった。

 

「なんだそれ。あったまきた!」

「だってお前ゾンビじゃないかよ! ここから腐ってきたら責任取れるのか!?」

 

傷口に包帯を巻きつけながら国民的ゾンビゲーを思い出す。

あれはよくよく考えると怖いゲームだ。

主人公たちはともかく、ほかの登場人物はたいてい一発噛まれればアウトだというのに、のんきにぶらぶらと外を出歩いて終盤まで生き残ってたりする。それで、大抵今の俺みたいに調子に乗ったヤツから些細な理由でゾンビになっていくのである。

 

「大丈夫、大丈夫。ちょっと針が刺さっただけさ……」

 

見事にそそり立つ死亡フラグである。

しばらく俺が面白黒人の死に際を再現している間、芳香はつけっぱなしのテレビを横倒しのまま見つめていた。そして、あ、と声を上げる。

 

「ねえノエ、あれ誰?」

「そんな場合じゃ」

 

耳につくのは、電子音にまみれたテンションの高いCMソングだ。

薄青色のきわどいドレスに身を包んで異様にいいキレのダンスを披露するのは、この安中(アンナカ)市から最近全国デビューしたアイドルだ。

 

『♪実際中毒性なし!(欺瞞!) きわめてケンコウテキ!(欺瞞!)』※個人の感想です。

 

「あぁ、ユユ様か」

「ゆゆさま?」

 

『♪オレンジ色はかぼちゃの色です。ケミカルはない。いいね?(欺瞞! 欺瞞! 欺瞞!)』

 

「ユユコだかYUYUKOだか。もとは地元のアイドルだったんだぜ」

「へー」

 

『ハッピーハロウィン、ボウヤたち。魔女スープきのこ味、よろしくね☆』

 

芳香はほうけたように口を開きっぱなしでテレビに見入っている。

 

『お菓子をくれなきゃ黄泉路に送るゾっ』

 

スタイル良し、顔良し。キメの顔がちょっと引きつってるのも、俺はかわいいと思う。明らかに歳不相応のムリをしているところがまたよい。そういえば件のジュースを買ったままにしていたことを思い出して、冷蔵庫の扉を開ける。

 

魔女スープきのこ味。黒とオレンジのハロウィンカラー缶を開けると、独特の香りが立ち上る。ジュースというよりは、名前どおりの冷たいスープなのだろう。

 

「それ、飲まないほうがいいとおもうな。って、あー」

 

なんというかジャリジャリするし炭酸のような感触もあるが、飲めないことはない。

こういった季節のものの常に漏れず、結局は一本飲んでくれればそれでいいや、という商品なのだろう。

 

「さて、ガンダムを完成させてやるか」

 

いつまで待ってもゾンビ化はないようなので、ラストシューティング状態の芳香の体を椅子に座らせると、満を持してその首を手に取る。額に貼り付けられた黄褐色に赤字の札。これじゃあ前が見えないのではないか。

 

ぺらり、と。

 

「うああ、だめっ!」

 

思わず札を持ち上げてしまった俺を、風船みたいに頬を膨らませた芳香の双眸が睨みつけていた。さすがに面食らったが、彼女のあまりの必死さについ噴き出してしまう。

 

「なんだよ、もしかしてコレ弱点だったり?」

「そうじゃあないけど。なんかイヤな感じがするの。やめて」

 

いきなり真面目になられると、止めざるをえないではないか。

 

「はいはい」

 

死体のくせにやけに綺麗なうなじである。芳香がどういった経緯でこんな身体になったかはわからないし、知りたくもないが。とにかく体を縫う間も、服を着せる間も彼女が女の子であるという事実を完全に見落としていた。

ある意味、それは幸運なことだった。

 

「ノエ」

 

喉元を縫う。彼女の群青色の瞳が瞬きもなく見つめてくる。居心地が悪い。ゾンビの癖に。

 

「ノエってば」

「うん?」

「そんなにケガして、痛くないの?」

 

シャツをまくった俺の両腕は、包帯がぎっちりと巻かれている。動きにくいとは思うが、別段痛みを感じたりはしない。それは他の部分の傷に関してもだ。

 

「痛みには強いからな。というより」

「おー! おそろいだね!」

「耳元でいきなりテンションを上げるのはよしかちゃんだぜ」

「は?」

 

そういきなり素に戻られると辛いものがあるな。

 

「男はガマン強いの。さて、どうだ」

 

ダラダラと縫ったり喋ったりを繰り返しているうちに、すっかり陽は傾いていた。通りを挟んだ駅を電車が通過していき、築三十年はガタピシと悲鳴をあげる。

薄暗い部屋が明るくなるような笑顔を湛えて、芳香はぴょんと立ち上がった。

 

「うん、いいかんじー!」

 

大声を張り上げ、彼女が飛び跳ねる。と、階下から鋭い突き上げが一発。

 

「おぉっ」

 

止める間も与えず、反射的に芳香は脚を踏み下ろす。返しの一撃がより大きく鳴り響く。

 

「すんませんした!」

 

しばらくして三発のノック。『以後気をつけろ』のサインである。ここでの長い生活で一度も顔を合わせたことのない下階の住人とのコミュニケーションらしいコミュニケーションはこんなものである。

 

「……とりあえず足は、がっちりくっついているみたいだなぁ」

「ありがとね、ノエ!」

 

そう言って笑う姿だけは可愛らしいのだが、いかんせんどれだけ素地が良くても死体は死体である。そう思い込もうとした矢先に、先ほど詰めたばかりの彼女の腹が、ぐぎゅると低く鈍い音で鳴いた。

 

「おなかへった」

「お前、本当に死体なのか?」

「ゾンビだってお腹は空くぞー」

 

言われればなるほど、と納得できる。確かにゾンビはいつも腹を空かせているイメージしかない。彼女の空腹を満たしてやろうにも食料らしい食料はさっき飲み干した魔女スープきのこ味くらいのもので、

 

待てよ。

 

「お前って人間も食うの?」

「わたしはなんでも食べられる!」

 

これ、ひょっとして結構まずい状況なのではないだろうか。こころもちいやらしい顔で芳香が俺を見ている気がする。あ、よだれ。

 

「ねぇ、ノエ。端っこかじってもいい?」

「そう来ると思ったぜ」

 

端っこってどこだよ。端っこて。なんか色々と想像をしてしまう。

幸いというか、今月は仕事が数多く舞い込んでいた。懐は十月の風に多少さらされても気にならないくらいには暖かい。俺も腹が空いている。

 

「よし、そこの牛丼屋まで行こうぜ。腹いっぱい食わせてやる」

「でもさー、あたしがついていったら目立たないかな?」

「ゾンビのくせに余計な気をつかうんじゃねえよ。来てみろ、きっと驚くぜ」

 

なんたって世間はハロウィン一色だ。本物のゾンビが一匹くらい紛れていたところで、誰も騒ぎはしないだろう。

 

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