江戸へ初めて来た。聳え立つ高層ビル、天人と呼ばれている異星人がそこら中に居て驚いた。
私のふるさとでは、周りは田んぼに囲まれて、お父さんが大根を育てては、こうして江戸へ売りに来ていたのだ。だけど一週間前、大根を畑から引っこ抜く際、勢い余って腰を打ったらしく、「花子、後はお前に頼んだ」と半ば強引に船に乗せられ江戸に来させられてしまった。
仕方がない、と重い荷物を担ぎ直して歩き出した。
「おい、ねえちゃん」
え……?と顔を上げると、怖い顔をした男、三人組に囲まれていた。
鍛えられた腕に、鋭い目つき。冷たい汗が背中に流れた。
「その荷物、ここに置いていけ」
「これは……」
「いいから、よこせ!」
あ……、無理矢理奪われてしまった。男達は風呂敷を破ると、拍子抜けして、
「何だコリャ、大根かよ!」と大声で笑った。
「あの、それ、大事なものなんです。返してください!」
「っけ、これが大事っておめぇ」
と、真っ二つに割られてしまった。それを地面に放り投げてから、
「こうなりゃ、ただのゴミだ」
酷い……! お父さんが丹精込めて育てたのに……。
――花子、立派な大根だろ?――
そう言って、自慢げに話す父親の顔を思い出して泣きそうになった。
でも、ここで、こんな奴等のために泣きたくない。泣きたくないのに――。
「てめぇら、こんなところで何してやがんでィ」
あと、数秒、彼が遅かったら泣いていたかもしれない。
そこには、廃刀令のこのご時勢には珍しく、腰に刀を差した。私とそう年の変らない青年が立っていた。
幕府の人間か――? いくら世間に疎い私でもそれだけは分かった。
私の田舎では幕府の人間を嫌っているものが大半を占めていた。
村の男衆はよく、幕府の人間は人を斬るのを楽しみにしているような奴等だと罵っていた。
特に真撰組は、と付け足して……。
「花子、もし江戸に行く事があったら気をつけろ? 隊服は――」
金ボタンに黒。まさに目の前にいる青年がそうだった。
すると青年は眼光鋭く、刀に手を置いた。瞬間、斬られる、と目を瞑った。
男達は、「やべぇ、沖田だ!! 散れ!!」と慌てて逃げていってしまった。
「だらしねェ……」
私は、縮こまった体を起こし、目を開けた。
(斬られてない……)
と、ほっとしてその場にへたり込んだ。
すると沖田、と呼ばれる青年が私に駆け寄り、
「お嬢さん、怪我はありやせんかィ?」
そう言って、私の顔を覗き込んだ。
栗色の髪が風に靡いた。私は少し見とれてから、「はい……」とだけ答えて立ち上がった。
「良かった。気をつけてくだせェ。この辺は変な輩がよく出ますんでねィ」
変な輩……。私は、恐る恐る彼に尋ねた。
「あの、あなたは……真撰組の方ですか……?」
「まぁ……」
と曖昧な返事した。真撰組が世間からどう思われているのか、彼は知っているようだった。
「……お嬢さんは?」
「私は……田舎から野菜を売りに江戸へ」
「そうだったんですかィ……」と視線を下に落とした。
「あれ? これ大根じゃないですかィ?」
と、さっきの男達が乱暴に捨てた大根を拾って、服で泥を拭った。
「あ、それはもう……」
「今の季節、おでんにいいんですよねィ。大根」と笑った。
ぎゅうと心臓が締め付けられた。何だろうこれは……? 酷く痛い。
「今夜の宿は、お決まりなんですかィ?」
「……ああ、はい。大島屋という旅館です」
「それなら、近い。そこまで送りまさァ」
「いえ、でも……」
「気にしないで下せェ。暇ですから」
私は彼に甘えて、送ってもらうことにした。また変な男達に絡まれたくないというのもあったけど。
正直……、彼と少し歩きたかった。
「あの、改めて、先程はありがとうございました。沖田さんが来て下さらなかったら、本当にどうなるかと……」
いえ、とまた笑った。よく笑う人だと思った。聞いていた幕府の人間とは程遠いような……。でも、
――この人も人を斬ったりするのだろうか?――
笑顔の裏に、私では到底触れられないものがあるような気がした。
誰にも本当の彼には触れられない――。その時、
「おい、そこの腐れポリ公!」
お団子頭の可愛らしい女の子が沖田さんを睨みつけていた。
「オナゴ連れ歩いて、何やってるアルか!!」
私は沖田さんに、
「誰ですか……?」と尋ねた。もしかしたら……。
チクリと胸に針が刺さった。
「ほっときましょう。この馬鹿と絡むと面倒なんでねィ」
それを聞いて、私は少し安堵した。安堵……?
「てめ、それはこっちの台詞アル!」
「うっせぇな、糞チャイナ! そこどけ!」
言いながら、沖田さんはあの殺気とも笑顔とも違う顔を見せた。
「――」
「さ、お嬢さん邪魔ものは抹殺しやしたんで、先を急ぎましょう」
「誰が抹殺されたカ! ぴんぴんしてるわコノヤロォー!!」
と、また喧嘩が始まった。ああ……ここに……と私は直感し、クスッと笑った。
「沖田さん、ここで平気です。どうもお世話になりました」
私は頭を下げて、そそくさとその場を去った。
気が付くと、旅館とは別方向に来てしまっていた。
「何やってんだろ……」と、また胸がチクリとした。
これが恋というものなのか……。初めて知った。
知ってなお、その気持ちは行き場を無くし、ふわふわと屋根の上、あるいは足元で彷徨った。
「馬鹿みたい……」
パチンッ――音を立てて壊れた。
それに追い討ちをかけるように、ぽつぽつと雨が降って私を濡らした。
丁度いい、これで泣いても気づかれない。
私は、俯き加減に通りを歩いた。
すると、黒い靴が目に入った。探し回ったのか、息を切らして男は言った。
「探しやしたよ……」
「……沖田さん……」
彼は、私の顔を見るなり目を丸くして、
「どうしやしたか? また変な男にでも絡まれたんですかィ!?」
「いえ、違うんです。目にゴミが入って」
「そりゃ大変だ。俺を見てて下せェ、取ってあげまさァ」
彼を見た。夕焼け色した瞳に私が映った。
もう十分だ。これ以上、彼に近づけば欲が出てる。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
と、離れた。
「……そうですかィ? じゃあ、行きましょうか。日が暮れちまいまさァ」
「はい」
いつの間にか雨が止んでいた。
「通り雨だったんですかねィ……?」と彼はふいに空を見上げた。
私は、「そうですね」と言ってから、少し大股に歩いた。
彼はまだ、空を見上げている。
きっと彼女を想っているんだろう。
Fin
はじめまして、アドバイスなど待ってます。