アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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知らぬ間に社会的崖っぷちに立たされていた私。

 

「色々言いたいことはあるんだけど、とりあえずその格好は何なの?」

「これ? 外の世界の巫女の服装らしいわね。あんたが住んでたとこの格好なんだから見たことぐらいあるでしょ」

「そういうことじゃないんだけど……」

 

 袴の裾を摘んで立つ霊夢ちゃんを前に、あんまりにも不本意過ぎて私の眉根は寄っていた。たぶん、これでもかってぐらいに目が据わっていると思う。

 私が訊きたいのは何故それを霊夢ちゃんが着ているのかってことなのだ。ほんと、よりにもよって私の身体で何をしてくれているんだろうか。もう『ちゃん』付けなんてしてやるもんか。

 

「まさか自分の姿を目の当たりにするなんて思ってもみなかったけど、こうして見ると存外ちいっちゃいのね。私って」

「奇遇ね。私は自分の背がこんなに高かったものかとおののいているところよ」

 

 背の高い『私』が腕を組んで、背の低い私を見下ろす。相対している私もまた、頭一個ぐらい高い位置にある『私』の顔を見上げる。そうしているうちに何人かの知人に近寄り難いと言われていたことを思い出していた。

 こうして傍から見てようやく合点がいったのだけど、『私』は特に何の表情を浮かべていなくても不機嫌そうに見えてしまうようだ。背の高さと顔つきとが合わさってなんか妙に威圧感がある。でも、こうして動いているところを見るとけっこう『私』の見てくれは悪くない。不機嫌そうなのが転じてクールっていうか、美人よね。髪の毛長くなってるけど、うん、美人……着ているものさえちゃんとしていれば。

 

「で、紫。連れて来られちゃったものはしょうがないにしても、さっさとあっちに帰して欲しいんだけど」

「あら? あなたをこの世界へ引き込むのに、こちらは相当の苦労を強いられたのだけどわかってるのかしら?」

「完全に余計なお世話だったわ」

 

 私の姿をした霊夢が私から目線を切って、気だるそうに鳥居に背を預けている紫を睨みつけている。紫が怒ってるってんならともかく、なんで霊夢がそんな顔をしているのか。

 紫もぱちぱちとまばたきしている。今しがたの発言の意図が掴めないのだろう。

 

「ちょっと。帰るってんなら私でしょうに。何でアンタがあっちに帰るなんて言い出してるのよ」

「あのねぇ、その姿のまま戻ってどうするつもり?」

「……それならさっさと私をそっちの身体に戻しなさいよ」

「出来るならとっくにやってるっての」

 

 吐き捨てるように霊夢が言うのだけど、訊いてるこっちはまったくもって訳がわからない。

 

「どういうこと?」

「面倒だから掻い摘んで説明するけど、あんたと私の精神が入れ替わったのは私が『神降ろし』ってのをいじくった術を使ったから。でも元の術の性質が残ってて、別の世界から私よりも格の高い意識を引っ張ってくることしか出来ないの」

「……つまり?」

「私とあんたが同じ世界に存在している限り、元の姿には戻れないってことね」

「はぁ!?」

 

 じろりと霊夢を睨めつける。海よりも広い寛容な心を持つ私であっても、流石にその発言は看過できない。

 慧音によれば、神降ろしに似た術を使ってから『博麗霊夢』の歴史が途絶えているという話だったので、今回の騒動は十中八九この子が原因だとは思っていたのだけどどうやら当たりだったようである。

 それについてはいいとしよう。迷惑を被りはしたけれど、普通に生活していたら一生巡り合わないだろう貴重な体験をさせてもらったということでかなり無理やりだけど納得出来ないこともなくもない。問題は、その張本人に身体が入れ替わってしまっているこの状態を戻せないと言われたことである。

 

「それなら、何であっちにいる間にさっさと元の体に戻さなかったのよ」

「私が聞きたいわよ。どんなに遅くたって一週間もすれば勝手に剥がれて元通りになる筈だったのに、私の身体にいつまでもあんたが居着いちゃってるんだもの。連絡とろうにも霊力が錆びついちゃってるわあっちでは扱いにくいわ、修行していくらか霊力が戻ってきたってのにあんたが神社に引きこもってる所為で声すら届かないし」

 

 霊夢は「こんな野暮ったい格好したくないけど、霊力の修行に必要ってんで我慢しているのよ」とその着ている巫女服を私に見せつける。ただでさえ視界に入るだけで大ダメージなのに、見せつけるのほんとやめて欲しい。

 っていうか、なんでこんなに悪びれないのこの子。私らに迷惑かけてるのって霊夢よね? あんまり堂々としているものだから私の方が間違っている気がしてきていた。

 

「ああ、その元に戻らなかった理由とやらならば見当がつくわね。霊夢の所為よ」

「私の?」「私の?」

 

 私と霊夢が互いに睨み合っていると、それまで口数少なく私達の様子を眺めていた紫が口を挟んだ。

 霊夢本人を前にして、すっかり霊夢と呼ばれることに慣れてしまった私もついつい反応してしまう。

 

「ああ……外見が霊夢になっている方ね。にしても、呼び分けが面倒ねぇ」

 

 はぁ、と紫が溜息をついた。以前に私のことは霊夢と呼ぶと言っていたけども、流石に本物がいるのだからそっちを霊夢と呼べばいいのではなかろうか。とりあえず、今回は私を指していたようである。

 

「当て推量になるけれど、あなたは与えられた環境に収まる特性を持っているのよ。だから、一時的に入れ替わる筈だった霊夢の身体にそのまま居着いてしまった。元より、世界は違えどあなたと霊夢は同一人物なのだもの。容れ物との親和性が高いというのも大きな要因なのでしょう」

「ふーん」

 

 紫の言葉を信じるなら、私の『あるがままにいる程度の能力』の所為ということらしい。どうやら私の知らないところで勝手に能力が発揮されていたようである。また面倒くさいこと。

 ……って、いや待って、今、聞き捨てならない言葉が飛び出したような。

 

「ちょっと待ちなさいよ。同一人物? 私と、霊夢が?」

「ええ、厳密には違うけれどおおむねその言葉の通り。あなたはそちらの世界における霊夢であって、霊夢はこちらの世界におけるあなたというところかしらね」

「私の世界の霊夢? そんでもって霊夢はこの世界の私って……なにそれ?」

 

 いきなりトンデモ発言が飛び出したものだからつい訝しげに紫を見てしまう。

 

「異なる世界であっていても、世界を作るのに使われている材料はどれだって同じものなのよ。そういう意味であなたと霊夢を構成しているものはまったく同質ということ」

「ええと、そっち方面は詳しくないのだけど遺伝子の配列とかが似てるってこと?」

「同じ人類なのだから八割方は同じなのではないかしら?」

「……紫、アンタわかってて見当違いなこと言ってるでしょ」

「ふふ、ごめんなさいね。肉体(いれもの)の話ではないわ。その存在に世界から与えられた役割の話であり、一個の概念として相似しているということ。理解を易く言葉にするならば魂の質が同一というところかしら」

 

 ううん、魂ねぇ。霊力だなんだとオカルトなものをさんざんに使っておいてなんだけど、魂なんてものも実在していたらしい。まぁよく考えれば、現在進行形で霊夢とは意識が入れ替わっているのだった。意識ってのは魂とおんなじと考えていいのかしらね。

 しかしまた、見た目は違うし年齢だって違う。同じなのは性別ぐらいなのに同一人物と言われてもピンと来ない。

 

「あー、紫の説明の所為で余計に頭がこんがらがってるんだけど……霊夢はわかった?」

「さぁ? 理解しようだなんて考えてないもの。私は、私に似たのがいたからこいつとなら数日は入れ替わっていられると思って術を使っただけだし。それよりも、元に戻らなかったのってあんたの所為だったわけね」

「う、それは……って、諸悪の根源であるアンタが言うな」

 

 私の能力がなければとっくの昔に元通りになっていたということは、責任の一端は私にもあるのだろうか――ちょうどそんなことが頭を過ぎっていたものだから、ちょっと言い淀んでしまった。

 ふん、と鼻を鳴らして霊夢を睨みつけると、同じように霊夢も鼻を鳴らしてジトッとした目で私を見ていた。

 

「あらあら、また見つめ合ったりして。やっぱり自分同士だからか随分と気が合うみたいね」

「いや、アンタはアンタで何微笑ましそうに眺めてるのよ。そんな暇があるならさっさとコイツをあっちに戻しなさいよ!」

「言いにくいのだけれど、それは無理よ」

「無理? 何でよ?」

 

 霊夢と私が揃って紫を見ると、なんでか彼女はにこにこしている。

 

「だって、笑ってしまうぐらい妖気が空っぽなんだもの。今ならお札一枚で退治されかねないぐらいよ。妖怪の身で擬似的にとはいえ博麗大結界を維持したのだもの、これくらいなら安く済んだほうね」

 

 なんて言って実際にころころと笑っている紫なんだけど、なんでそんな楽観的でいられるのだろう。もしかして妖怪って死んでも死なないのかしら。

 とはいえ、なんで紫がこんなにヘロヘロなのかといえば私が結界に穴を開けちゃった後始末を任せちゃったからで、もちろんすぐにでも霊夢を送り返してほしいのだけどそのことについてあんまり強くは言えない。

 

「どれくらい? どれくらいでコイツを送り返せるだけの妖気ってのが溜まるの?」

 

 私が霊夢を顎で指し示すと、紫は腕を組んでぼんやり「ええと……」と呟いている。弱ってるせいなのか、なんだかいつもの超然とした感じがなくなっておっとりした子みたいに見える。

 

「そうねぇ。しっかり睡眠を取っていれば、冬が明けた頃には異世界に繋げるぐらいに力が戻っているのではないかしら」

「冬明け? ってことは、私たち春までこのままってこと? 私の身体までこっちに来ちゃってたら、あっちで行方不明者扱いにされちゃうじゃない! 仕事とか……」

 

 まだこちらは秋。春になるまで半年もかかってしまう。霊夢が私の身体を使っていたから原因不明意識不明とか最悪の状態にはなっていなかったんだろうけど、半年も不在にしていたら今度は行方不明ってことで問題になってしまいそうだ。

 ――そうだ、そういえば失念していた。私の身体を霊夢が使っていたということであれば、あちらで何かしら私らしからぬ行動を起こしていてもおかしくないのだった。

 

「ちょっと待って……アンタ、そんな格好しているけど仕事とか普段の生活はどうしてたのよ?」

「仕事? あー、そういやなんかちっちゃい男がうちに来てどういうことかって訊きに来てたわね」

 

 尋ねてみれば、腰に手を当てた霊夢は眉根を寄せては視線を宙にやって 頭の片隅に打ち捨てていただろう事柄を拾って興味なさげに答えてくれる。

 霊夢の言うところのちっちゃい男ってのは、私の上司じゃなかろうか。会社で私より明らかに背が低い男ってのは四つ上の上司ぐらいだ。あと、うちとか言ってるけどそこは私の家であって決してアンタんちじゃない。

 

「そ、その人には、なんて説明したの?」

「なんか医者のとこでもらったなんとかケンポー症とかカイリセイなんちゃらの診断書を見せたらとりあえず経過みるとかお大事にとか言ってたわよ」

「え? ちょっとそのなんとかケンポー症ってもしかして健忘症のこと言ってんの? 私そっちでどうなってるの?」

「んーと……」

 

 

 ……そうしてよくは理解していない様子の霊夢から聞いてみるに、仕事も行かず訳わからないことを言い出した霊夢を、うちの母さんは病院に連れて行ったらしい。

 当然ながら霊夢は私の交友関係なんて知らないし、外の世界の知識もないものだから心因性の記憶喪失&二重人格だろうと診断されたようだった。『だろう』というのは原因らしきものがそれ以外に考えられないからで、普段太平楽である私にはストレスなんて無縁そうなものだから母さんは首を捻っていたみたいである。とりあえず母から仕事先には連絡がいって、今はなんかの手当を貰いつつ休職中とのこと。

 その後に霊夢はうちの母さんにちゃんと事情を説明して、実際に空に浮かんでみせたところでようやく中身が別人であると理解してくれたということで、母曰く中身が霊夢でも私本人であった頃とそんな変わらないからと、やってしまったものは仕方ない、最終的に元に戻るなら構わないと言って普段通りにしているようである。

 

 なんか途中から仕事のことからお金やらの話ばっかり霊夢に訊いちゃってたけど、さもありなん。漫画とか小説とかみたいに知らない間にその辺り何とかなってたとはならないのだ。まったくもって世知辛い世の中である。

 とりあえず話を聞いてわかったことは、まだ辛うじて社会復帰に望みはありそうだった。……今この瞬間に元の姿で我が家に帰れたのなら、だけれど。

 

「精神疾患抱えて、これから数ヶ月の間は行方不明って状態なのね……終わった……」

 

 こちらから会社へ連絡は取れない。あちらからこちらへの連絡も取りようがない。病んで連絡取れなくなって行方不明とか、客観的に見たならどっかで自殺してる可能性すらも疑ってしまう状況である。

 休職してるにしても会社の人間が定期的に様子を聞きに来るだろうし、さらに半年も所在不明になっていたらクビを切られても文句が言えない。あー……。

 

「えー、いや、そのね? あんたの生活ぶち壊しちゃったことに関しては悪かったと思ってるのよ?」

「あら、霊夢にしては珍しく殊勝なことね」

 

 口を開けて放心していると、おずおずと霊夢が声を掛けてきた。本当に珍しい光景なのだろう、紫が心底驚いた様子で声を上げた。霊夢はバツが悪そうに口を尖らせる。

 

「実際に外界で暮らしてみると、幻想郷とは全然環境が違うんだもの。分単位で予定が組まれていたりしてて、几帳面過ぎて頭が痛くなるぐらいよ。その辺りやっとかないと生活できなくなるってんだから本当面倒なところよね」

 

 なんて外の窮屈さに辟易しつつため息を吐いている霊夢なのだけど、本当にため息吐きたいのは私だっての。

 ただまぁ、言わんとしていることは理解できる。幻想郷にも時計が無い訳ではないのだけど、一般家庭にまでは普及していないようなのだ。人里であってもおおまかに日の出と正午、日の入りを目安に、そこから大体で区切っているようである。一時間ぐらいなら誤差みたいなそんな生活をしていた霊夢がいきなり外の世界に適応できるかというと、やっぱり難しいとも思う。

 

 にしても、えーっと、私これからどうすりゃいいのかしら? 自分のこれまでの生活を根底からぶっ壊されて、こんな事態を引き起こした霊夢を怒るよりも先に諦めが来てしまう。

 別に好きなことを仕事にしてたって訳でもなかったし、機会があったら転職したいなんてことも考えてたから然程に未練はないのだけど、未練がないだけになんかもう色々やる気なくなってきちゃってる。いっそこのまま幻想郷で生きていくことも視野に入れたほうがいいかもしんない。

 

 

 

「……さて、積もる話もあることだし、腰を落ち着けたいところなのだけれど。霊夢、居間を使わせてもらってもいいかしら」

「ん? いいわよー。ついでだしお茶にしましょ」

「うちの神社だってのにあんたが勝手に許可を出すな」

 

 持ち前のポジティブシンキングでもってなんとか気を持ち直した私は、わざわざ肌寒い外で立ち話する理由もないかと思って紫にそう返したのだけれど、本来の家主である霊夢が不満そうにじろりと睨みつけてくる。

 すっかり「霊夢」と呼ばれ慣れているので勝手に返事してしまったのは悪かったけど、霊夢が居ない間は私一人で神社を管理していたんだからそんぐらいはいいでしょうに。今あるお茶っ葉とかも私が買ってきたものだしさぁ。

 

「ってか紫。さっきから思ってたんだけど私とこいつのこと、どっちも霊夢って呼ぶのやめてくれない? 訳わかんなくなるわ」

 

 勝手知ったるなんとやら。居間に向けて歩き出した私に遅れてついてきた霊夢が、今度は隣を歩く紫に文句をつけている。

 以前に紫が私のことを「霊夢」と呼ぶと言っていたので、声を掛けられるとついつい私も反応してしまう。どっちを指して呼んでいるのかわからないってのは同感だったので、私も「そうね」と同意の声を上げておいた。

 

「そういうことであれば、後々のこともあるから外側に合わせて呼ぶようにしましょうか」

「えーと、そうなると……?」

 

 外側に合わせてってことは、霊夢の身体を使っている私は霊夢と呼ばれて、私の身体を使っている霊夢が私の名前で呼ばれることになってしまうのだけど。

 文面にしたって一回で意味が読み取れるか怪しいぐらいにややこしい。でも、どうやら春先まで中身が入れ替わったまま戻れないらしいので、中身に合わせて呼んでたらその場に居合わせた人たちへの説明が面倒そうだし、半年後に元に戻った時に余計に混乱しそうだからその方がいいのかも。

 でも、そうなるとこの巫女の格好をしている『私』を私の名前で呼ばないといけないのか。必死に目を背けていたのに、この痛々しいのを自分と認めなくてはならないことが一番キツい。

 

「私、その姿のアンタを自分の名前で呼ぶの、すっごい抵抗あるんだけど」

「……私だって、あんたのことなんて私の名前で呼びたくないわよ」

 

 年甲斐もなくそんな格好しているのが自分と認めたくないが為についつい口から出てきた発言だったのだけど、それを聞いてしかめっ面になった霊夢がこれでもかってほど不服そうに言い捨てる。

 むう。なんだってこの子はこんなに喧嘩腰なのよ。そういう態度をされると応対している私だって気分が良くない。自然とまた霊夢と睨み合う。

 

「はぁ。まったく歯に衣着せぬ物言いが出来るほどに気が合うのは良いのだけれど、二人して口を開けば文句ばかりでしょうがないわね。あなたたちだけに任せておいたら日が暮れてしまうわ」

 

 仕切り直すような紫の言葉を聞いて、遅れて霊夢の態度に会得がいった。今しがたの「名前で呼びたくない」ってのが、どうやら周りには霊夢への悪口のようなニュアンスで聞こえていたようである。

 別にそんなつもりはなくて、私もしばらく『霊夢』と呼ばれていたからそれについてはもう違和感もないし別に構わなかったのだけど、紫が仲裁に割って入ってしまってて今更釈明もし難い。ううむ、勘違いされてるとわかっちゃうとなんかすごいもやもやする。

 

 そうして私と霊夢とを見比べて何事か思案していた紫は、まず私を指し示した。

 

「そうね。では、新しく巫女になった方……霊夢の身体を使っているあなたを当代の巫女ということにしましょう」

「私?」

 

 すぐには意味が飲み込めなくて、紫をまじまじと見つめてしまう。紫は一つ頷くと、私に向けていた人差し指をつい、と霊夢の方へずらした。

 

「対して、中身が霊夢であるあなたを先代と呼ぶようにすればいいわ。これならば間違いないでしょう?」

「はぁ? 何言ってんのよ、間違えだらけじゃない。先代って別に私は引退した訳じゃないし、そもそも先代の巫女はこんなちゃらんぽらんじゃなくて、もっとちゃんとしたのがいたんでしょ?」

「ええ、ちゃんとしていたわ。あなたたちと比べたら大真面目で模範的な巫女だったわねぇ」

 

 勝手に博麗の巫女を退任させられた霊夢が紫に食って掛かっている。紫はそんな霊夢を気にも止めずに遠い目で過去を思い起こしているようなのだけど、なんだか「昔は良かった」とか昔話をしてる時のうちのおばあちゃんと姿が重なる。

 それはそれとして霊夢め、ちゃらんぽらんとはどういうことだ。魔理沙からアンタより巫女らしいってお墨付きまで貰ってるこの私に向かってよくも言ったものである。掃除してただけだけど。

 

 ――さて。

 そんなことより紫の提案する『当代』『先代』という呼び名についてなのだけど、先代ってのは役職を譲って退いた人を指しての言葉なので霊夢の言うように先代では語弊があるのは間違いない。それに当代の巫女とやらにされちゃってる私にしたってあくまでも霊夢が不在の間の代理であって、博麗の巫女の地位を正式に引き継いだ訳ではないのだ。

 昨日からちゃんと巫女さんの仕事を始めた私を巫女と数えていいのなら、霊夢は『先代の巫女』ではなく『先任の巫女』といった方が正しいかもしれない。ただし今の霊夢を先任としてしまうと、言葉上では正しくても今度は状況の方で辻褄が合わなくなってしまう。寺子屋の子どもたちでも知っていたように博麗の巫女は人里でも広く知られていたし、見覚えのない『私』が霊夢より前から巫女として務めていたなんて言い出したら今度はそこに齟齬が生まれてしまう。

 

「私の姿をした霊夢を現職の巫女として扱わないようにする理由はなんとなくで見当つくんだけど、本当に先代の巫女を務めていた人のことを知ってる人もいるんだろうし、いきなりコレを先代なんて呼び出したらどっちにしてもおかしなことになるんじゃないの?」

「ならば、先々代から役目を引き継ぎ巫女として務め始めたけれど、体調を崩してすぐ後任に役目を譲ったとでもしておけばいいのではないかしら?」

 

 えっ、いいのそんなので? なんかすっごい適当なんですけど。

 

「霊夢の姿でいる間は、あなたも巫女として務めなくてはならない。とはいえ巫女として半人前であるあなたではわからないことも多い。教えを乞う相手が先代の巫女であるなら不自然でもないでしょう。そして、中身が元通りになった時に当代の巫女の座は収まるところに収まる。先代となっていた方が幻想郷から出て行っても、当代への指導を終えて隠居したとでもしておけば説明がつけられるじゃない」

「おいこら。私はまだ隠居って歳でもないわよ」

 

 まだみんな「おばさん」ではなく「お姉さん」と呼んでくれてる。霊夢とは一回りは離れてるっぽいけど、まだ二十代なのだ。あと一年とちょっとの間は二十代なのだ。

 

「……外の世界の巫女は早ければ二十代前半、遅くとも三十になる頃には退職するのが通例なのだけど」

「えっ!? ……そ、そうなの?」

「博麗神社の巫女は神主でもあるから年齢に関しての明確な決まりはないけれどね。ああ、結婚したら退職するのは内も外も変わりはないみたいねぇ」

 

 紫からの新情報にこれ以上ないほどうろたえる私。どうやら定年退職へのカウントダウンは知らぬ間に始まっていたらしい。場合によっては数年前にリミットを超過している。さらにもう一個のおめでたい方の退職理由にはまったく見通しは立っていない。

 ぐう、年齢と結婚とを引き合いに出されちゃうと私に抗弁する術はない。同時に『私』を新しく入ってきた巫女見習いとしない理由も察してしまった。一応博麗神社では年齢制限はないようだけれど、博麗霊夢(若い子)がいるのにそれより年を重ねている『私』を巫女見習いとして迎え入れるかといえば、……まぁ……うん……そういうことだった。

 

「そういうことなので、これからは呼び分ける為にそちらの身体に入っている霊夢を先代と呼ぶことにするわ。霊夢の身体を使っているあなたはこれまで通りね」

「ま、呼び名なんて呼ぶ奴の好きにすればいいわよ。私はあんたのことを自分の名前でなんて呼ぶつもりないから、『当代の巫女』って呼ばせてもらうけど」

 

 紫がそう締めくくったところ、そのあたりを考えるのが面倒になったか、霊夢がどうでもよさそうに言い放った。

 つまりこれから、霊夢の身体を使っている私は「霊夢」あるいは「当代の巫女」と呼ばれ、私の身体を使っている霊夢は「先代の巫女」と呼ばれるようである。対外的なことで中身に合わせて呼べないのは仕方がないとはいえ、すごいややこしい。

 

 

 

 

 そうこうしてようやく玄関に辿り着き、横戸に手をかけたところで私はふと、犯人に動機を聞き忘れていたのを思い出した。

 

「ああ、そうよ。そういえば結局何が目的で霊夢は……じゃなかった。何だって、先代は私と入れ替わろうと思ったのよ?」

「お酒よ、お酒」

「お酒?」

 

 思いも寄らない回答に頭の中は真っ白で、ついついオウム返ししてしまう。

 

「幻想郷にないお酒を飲んでみたかったのよ。それだけ」

「……そ、それだけ?」

「言ったでしょ。一日二日だけ身体を借りるだけのつもりだったの。そのつもりで術をいじくったし、それがまさかこんな大事になるなんて思わなかったのよ」

 

 「だから悪いと思ってるって言ったじゃない」なんて、霊夢はぶっきらぼうに吐き捨てた。言葉の割にまったく反省が感じられない。

 それよりも、お酒? お酒で私は職を失ったの? ……ちょっと意味分かんない。

 

「…………、……。……それで、外のお酒はお気に召したの?」

「悪くなかったわ。チューハイとかカクテルは色々あって面白いし、ビールっていう冷やした麦酒もまぁ美味しかったわ。ワインやブランデー、ウイスキーなんかはレミリアがちょっとだけ持ってきたのを貰ったことがあったけど、あっちではいくらでも飲み放題ってのがいいわね」

 

 うんうんと頷いて上機嫌な霊夢は「でもやっぱり清酒が一番ね」とにこやかに呟いた。私は必死に、ぶるぶると爪が食い込むまで拳を握りしめ耐えていた。

 ダメよ私。怒っちゃダメ。大人にならなきゃ。なんかもうこいつの髪の毛掴んで地面に引き倒してひっぱたいてやりたいけど、手を出したら傷害罪なんだから。三十路近くでもって無職の上に前科持ちだなんて取り返しがつかない。……いや、ここ幻想郷だから警察いないしやっちゃってもいいんじゃない? いや、でも私の身体な訳だし、顔に傷残ったりしたら嫌だし、それならボディを……。

 

「よっと!」

 

 私が密かに葛藤しているところ、空から人が落ちてきた。件の人物は離れたところに土煙をあげて勢い良く着地すると、スカートを手で払ってから箒を担ぎ、とことこ歩いていくる。

 

「おーい霊夢ー! お勤め果たしてきたぜ! 慧音は来られるみたいだけど、咲夜の奴は子守があるから遠慮するとさ!」

 

 魔理沙だ。私へ向かってにいっとご機嫌な笑みを浮かべている。「今夜の宴会が今から楽しみだ」、そうその顔に大きく書いてある。

 と、魔理沙に遅れてもう一人神社に向かって飛んできていることに気づいた。魔理沙の友達だろうか? 金髪の髪には赤のヘアバンド。色白の、陶器のようにつややかな肌。青色のワンピースの上に白いフリル付きの肩掛けをしていて、片手に大判の洋書らしきものを下げている女の子だ。

 うお、すごい可愛い。フリルが似合う、女の子って感じの女の子だ。本当に幻想郷の女の子ってレベルが高すぎる気がする。それなりの美人で通ってた私が気後れするぐらい美人揃いなんだけど。

 

「おっ? 無事に紫は捕まえられたみたいだな。それと、そっちにいる見慣れない方の紅白は誰なんだ? 田舎臭い格好だけど、外来人か?」

 

 魔理沙に置いて行かれただろうに、彼女は特段表情も変えずにゆっくりと着地する。連れてきただろう魔理沙はといえば、そんな彼女に構わず紫と霊夢に目線を向けている。

 

「誰って、私よ私」

「生憎だが、私が私と呼ぶ奴はこの私以外に知らないな」

「そういう問答はいいから」

 

 呆れた様子で息を吐きだした霊夢。そんな霊夢を顎に手を当て訝しげにじろじろと見やっていた魔理沙だったが、ふとぽんと手を打った。

 

「お……さてはお前、中身は霊夢だな?」

「へえ、よくわかったわね」

「ま、お前との付き合いも長いしな。それにこんなふてぶてしい奴は世界中探したって二人しかいないぜ」

 

 ご機嫌な魔理沙はそうして意味ありげに私を見る。一人は霊夢として、もう一人ってのは私ってことか。

 私を見てにやにやと笑っているのは、食って掛かるのを待っているからだろう。

 

「はぁ……とりあえず居間に行きましょ。お客様もいるみたいだしね」

 

 そのまま期待された反応を返すのもなんだか癪に障るので無視してやる。未だに紹介されない女の子を目で示して、手をかけたままだった戸を開け放った。

 

 本人が勝手に始めたとはいえ、入れ替わり事件解決の為に動いてくれていた魔理沙にも事情の説明は必要だろうし、霊夢に訊きたいこともいっぱい残ってる。

 ……あー、もう。今夜は飲まなきゃやってられないわ。神社のお酒、からっぽにする勢いで飲んでやる。

 

 

 

 

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