以下が注意事項です。
オリジナル設定、独自解釈が多々含まれます。
ラブライブ!二次創作作品と銘打っていますが、オリジナル主人公の独白がほとんどを占めます。
アニメを見ていることが前提の場面がいくつかでてきます。
音ノ木坂学院。
東京都千代田区の伝統ある女子高。
そこにあるアイドル研究部。
かつてわたしはその部に所属していた。
わたしが一年のころにアイドル研究部に入り、彼女と知り合った。
「よろしくね」
入部した私に話しかけてきたのは赤いリボンで結んだツインテールが象徴的な同級生。
矢澤にこ。
彼女は人一倍アイドルに対して強く思うものがあったのだろう。
アイドルのことを人一倍知っていたし、また自らもアイドルになろうとしていた。
わたしと同じだと思った。
テレビに映るアイドルに憧れていた。
キラキラと輝く人たちに焦がれていた。
わたしはいつしか、わたしを魅了したものに「なりたい」と思った。
きらめくほどに眩しい画面の向こう側の存在に。
意気投合したわたしとにこ、そしてもう一人の同級生の三人はアイドルグループを結成した。
巷で話題のスクールアイドル。
プロダクションを介さずに活動する学生アイドルで、言うなれば「ご当地」というものが近いだろうか。
それからは楽しかった。
活動に関しての話し合いもわくわくしながら、
練習も達成感を感じながら、こなしていった。
練習に練習を重ね、やっとのことで初ライブを行うことになった。
衣装、ダンス、歌。
三人ですべてを磨き上げた。
講堂の使用許可もとり、ライブまで毎日校門でビラも配った。
『初ライブ!』
私たちをモチーフにしたかわいらしい三人組のイラストとともにそう書かれたビラを、毎日毎日配った。
誰かが、これを見てくれた誰かがきっと来てくれると信じて配り続けた。
そんな期待を込めた私たちの初ライブ。
来場者は0人だった。
何が悪かったのだろうかとみんなで案を出し合った。
でも先生もアドバイスをしてくれる人たちもいない私たちには限界があった。
にこはその限界を誰よりも知っていて、だからこそより上を目指した。
もっと上へ、もっと上へ。
どれだけいっても満足せず、どれだけいっても妥協せず。
夢を追いかける者としては理想の姿勢なのだろう。
だけど、ライブが0人だったことも拍車をかけ、そんな彼女にわたしはついていけなかった。
頭ではわかっていた。最初はみんなこうだって。誰もが最初は0から始まる。
でもそんな現実を見せつけられて、私は割り切れない気持ちになった。
「もう辞める」
二年生になる直前、ついに限界を感じた私はそう言った。
そのときのにこの顔は今でもはっきり思い出せる。
「そう…」
少しうつむいたあと、すぐにまっすぐこちらに向いた。
「戻りたかったら、いつでも戻ってきなさいよね!」
強がるように胸を張って言うにこの身体は少し震えていた。
そのあともう一人いた部員も辞めたと聞いた。
にこは私の時と同じように強がってみせただろうか。
自分が最後の一人になってどう思っているだろうか。
登校時にも放課後にも部員募集のチラシを配るにこを見て、罪悪感が襲ってきた。
何回。
何回戻ろうと思ったことか。
そんな資格なくて。
戻るなんか言えなくて。
そして何度自分に言い聞かせてきたことだろうか。
わたしはそんなに強くない。
にこのように、手に入るかもわからない輝きを求め続けることなんてできない。
必死に生きることが、必死に夢を追い続けることが、アイドルになるなんてことが、わたしにはできない。
夢も希望も捨てて、私は悟った。
これでいいんだ、と。
何も持っていない私には所詮、みんなを笑顔にさせるなんてことできない。
視界ににこを入れないことで、
記憶から排除することで、
私は「アイドル」というものを忘れようとした。
「夢」を忘れようとした。
二年になって、クラス替えとなった。
張り出されたクラス表を見て、友人たちが「また一緒のクラスになれた!」やら「えー?あんた違うクラスなの?」と騒ぐなか、無意識にわたしはにこのクラスを確認した。
そこにわたしはいない。
ほっ、と安堵のため息をつきながら、なんて嫌な女なのだろうと自己嫌悪に陥った。
わたしは自分が裏切ったにこと同じ空間にいないことに安堵してしまったのだ。
ふと、クラス表を見るにこを見てしまった。
その顔には安堵も嫌悪もなく、いつも通りのにこがいた。
自分のクラスを確認したのだろう、彼女はこちらに見向きすることなく自身のクラスへと足を向けていった。
ある日の放課後。
学校の門の近くで、部員募集のチラシを配るにこの姿をとらえてしまった。
進級したことで先輩がいなくなり、部として活動するにもアイドルとして活動するにしても人がいるのだ。
帰ろうと門をくぐる者の中には、そんな彼女をちらっと見る者はいても、受け取る者はおらず、それでも彼女はチラシを配り続けた。
次の日も。
その次の日も。
そのまた次の日も。
そしてまたある日の放課後。
チラシを配る彼女の姿はどこにもなかった。
おもわず首を右、左へと振ってしまう。
おもわず目で探してしまう。
けれどどこにもおらず、どこにも見つからず。
そんな日が何日も何か月も続いた。
その後小耳にはさんだ話で、いまではもうほとんど活動していないのだと知った。
ああやはり。
やはり無理だったのだと。
あれだけ頑張っていたにこでも不可能なことだったのだと私は納得した。
少しばかり寂しさを覚えつつも、私の頭から少しずつ、崩れていくように「アイドル」というものが薄くなっていった。
ビルのスクリーンで流れるスクールアイドルグループ「A―RISE」を見ても、何も感じないほどに私は冷めていった。
何も目指さず、
何にも憧れず、
私は無気力に一年を過ごした。
一年。
過ぎ去るのは一瞬のように思えた。
二年生の間に私のやったことといえば、勉強と遊ぶこと。
私はすっかり健全で勤勉な女子高生になっていた。
テストでは学校の中でも上位に入るほどになったし、部活動で疎遠になっていた友人とよく遊ぶようにもなった。
これが高校生というものでしょう?
よく学びよく遊ぶ。
巷でよく耳にするこの言葉通りに私は進んでいる。
それなら誰にも何も言われることはないはずじゃない。
そしてまた進級。
今度は最終学年となった私の目の前に飛び込んできたのは、ある掲示だった。
『廃校のお知らせ』
味気なく文だけが書かれた紙が掲示板に貼られていた。
それは急に告知されたものだった。
そういえば新年度になった途端に理事長が発表したんだっけ?
入学希望者が少なくなってきており、このままでは廃校を余儀なくされるとのことだ。
突如として発表されたそれは、もちろん在校生に波紋を呼んだ。
だけど私はとくに注視することなく、その掲示の前を通り過ぎた。
どうせ今年度卒業する私には関係のないことだ。
廃校になろうが、合併だろうが、はたまた共学化であろうが私にはまったく益不益のない話である。
三年生になった私の心の中はすでに、次のステップ。つまり大学へと向いていた。
といってもやりたいことも、いきたいところもない。
担任からは「君は頑張れば望むところへいける。これだけ優秀なのにもったいない」と言われたが、知ったことではない。
なにもかもを諦めた私にとって、両親や担任が勧める道をそのまま進むということには何の抵抗もなかった。
あくまで言われたところにむかって勉強するだけだ。
そこに意志は存在せず、ただただ敷かれたレールの上を走るだけの人生だ。
だけどそれでもかまわない。
どうせ、私にはやるべきこともやりたいこともないのだ。
ならば人生の先輩の言う通りに、なすがままになるのもいいだろう。
私には力はない。道を開く力は。
廃校計画が発表されてからまもなく、ある張り紙が目に入った。
文字だらけの廃校のお知らせではない。
かわいらしい女の子三人組のイラストが描かれている。
『初ライブのお知らせ』
『そしてグループ名募集!』
開催場所とともに、その二つの文言が載せられていた。
どうやら新しいアイドルグループができたらしい。
だがイラストの女の子とその頭に書かれた「UMI」「HONOKA」「KOTORI」という文字(おそらくはそれぞれの名前)を見る限り、にこの姿はなかった。
「μ's、ファーストライブやりまーす」
「よろしくお願いしまーす!」
その日の放課後。
帰ろうとして校舎を出た私の耳に、いつもは聞こえないはずの声が聞こえた。
髪の右側を結んだサイドテールの活発そうな女の子。
右に結った髪と前部分にはまるでトサカのように跳ねている髪の毛をもつ、これまた元気そうな女の子。
そんな二人に隠れるようにしている、腰までかかるロングヘア―の女の子。
そんな三人がなにやら門を通って帰ろうとしている生徒たちに紙を手渡している。
「あれがμ's…ね」
私はすぐに気づいた。
校内に貼られていた紙に描かれていたイラストの三人組と特徴が一致していたからだ。
あの紙には「グループ名募集」と書いてあったが、もう決まっているみたいね。
自分たちで決めたか、それとも誰かの案が採用されたか。
ならあのイラストポスターは剥がすか、書き直す必要があるんじゃないのかしらね。
「話とかせんでええの?」
声のするほう、校舎の入り口へ振り返ると、長い髪を二つにシュシュで分けていて、どことなく不思議な雰囲気をまとった女の子がいた。
彼女の名前は東條希。
私たちがスクールアイドルだったとき、なにかと気にかけてくれていたが、今となってはもう遠い思い出のように思える。
いまでも私は彼女と親交があり、話すことが多い。
「いまさら話すことなんてないわ。あなたにも、もちろんあの子たちにもね」
「つれへんなぁ~。あの子たちのライブ見たら少しは何かが変わるかもしれへんで?」
わざと突き放すように言っても彼女には通用しない。
希にはこういうところがある。
こちらが離れようとしても、それでも向かってくるお節介なところが。
「変わらないわよ。変わると意気込んだところで何も変わらない。それにもう遅すぎるくらいだしね」
今はもう三年生。何をするにも遅すぎる。
同じことを何回も周りに言ってきたため、いまではすらすらと言葉が出てくる。
「かつての自分を見るのがつらい?」
希が言ったその言葉はやけに頭の中で反響した。
もう一度、自分たちを宣伝する三人組を見る。
未来を夢見ているような。
光を見据えているような。
大量のビラを抱え、楽しそうに配るその姿はいまの私には眩しいほどに……眩しいほどになんなのだろうか。
なにかもやもやしたものが心に生まれる。
「私はあんなに希望に満ちた顔だったかしら?」
「そうやね。毎日が楽しそうやったよ。あの子たちにそっくりやった」
今の私には想像がつかなかった。
頭の中にいる希望に溢れ、夢を追いかけていた少女はまるで他人のように思えて仕方がない。
その少女は、あの三人組の中の黄色いリボンで髪を結んだ子と姿がかぶっていた。
元気よく、怖気づくこともなく、すれ違う人に声をかけていく。
彼女もかつての私のように現実を知るだろうか。
それとも…
「……もう私には関係のないことよ」
「ほんとにそう思ってる?」
立ち去ろうとする私に、希は言葉で止めようとする。
「ええ。私は…」
もう、と言いかけて止まる。
「アイドルじゃないもの」
『もう』アイドルじゃないというのもおこがましい。
私は最初からスタートラインにも立っていなかったのだから。
『よろしくお願いします!』
『今度、私たちのファーストライブをやりまーす!』
『ね、ねえ。やっぱりやらなきゃだめ?』
よく知ってる三人組がよく知っている学校の門でなにやら喋っている。
一人はストレートに伸ばした肩までの髪をもっている。
一人はツインテール。
もう一人は寝癖なのか、髪にピンと跳ねた部分がいくつもある。
『何言ってるの。これで緊張してるようじゃ、本番どうするの』
『そうよ!ほら、しっかり立って宣伝する!』
『うぅ、わかったよぉ』
楽しそう。
彼女たちはとても楽しそうに活動している。
私はその輪に一歩近づいてしまう。
少女たちはこちらに気づいてない。
もう一歩近づいてしまう。
まだ少女たちは気づかない。
もしかすれば、このまま気づかないままかもしれない。
違う世界に住んでいるかのように、決して交わることはできないのかもしれない。
でもどうしても手を伸ばしてしまう。
どうしても足が進んでしまう。
私の口が開いた。
ピピピピピ
ピピピピピ
頭のそばでうるさく鳴る目覚まし時計を睨みながら、そのてっぺんにあるボタンを押す。
「あー……」
時計が静まったのを確認し、そのまま枕に顔をうずめる。
頭が重い。
あんな夢をみたせいだ。
私とにこと、あともう一人。
三人がみな希望を持ち、同じものを夢見ていたあのときの景色。
いつまでもそうしていられると思っていた。
支えあって、楽しみあって、刺激しあって、いつまでもそうして三人でいられると。
現実には、一年も保たれることのなかった関係だったけれど。
「………」
私はなぜ手を伸ばしたのか。
私はなぜ歩を進めたのか。
私はあの子たちに何を言おうとしたのだろうか。
もしあの夢に続きがあるのならば、私はどんな言葉を投げかけただろうか。
逃げられないほどに、私の心は私自身を追いつめていた。
いいえ、導いているといったほうが正しいかしら。
それでも私には……。
今日は一日中、今朝見た夢に邪魔されていた。
まだ新学期が始まったばかりなのでさして痛手ではなかったが、授業にも身が入らなかった。
いままでも何回かこういうことはあった。
明日か明後日になれば、またいつも通りに振る舞える。
だけど今日は、今日だけは落ち着きたい気分だった。
授業がすべて終わると、急ぎ足で靴箱へと向かう。
ふと、あのポスターを思い出す。
そういえばあの子たちのライブは今日だったっけ。
記憶が正しければもうすぐで始まっちゃうはず。
「……」
取り出しかけた靴を靴箱にしまい、再度校舎の中を進む。
いますぐ帰りたい。
そんな私の心とは裏腹に足は迷いなく進んでいく。
その先は講堂。
行きたくない。行きたくない。だけど見ておかなければいけない気がする。
バクバクと心臓が早鐘を打つが、足は止まってくれない。
このまま進んでしまえば後悔するような気がする。
それでも。
それでも。
目的地へはすぐについてしまった。
ライブがもう始まっているのだろう。すでに音が漏れている講堂の扉を開く。
下がるように段状に並べられた備え付けの椅子の先、壇上に光が注がれ、そこにはあの三人組が満面の笑みで歌い、踊っている。
その歌もダンスも下手。
それにお客さんも少ない。
それなのに
それなのに私の目は釘付けになった。
なんで彼女たちはあんなに楽しそうにしているのだろうか。
なぜあれほどキラキラと輝いているのだろうか
テレビで見るアイドルと遜色なく、いやもしかしたらそれ以上に光を振りまく彼女たちを見て、私は場違いな感覚を覚えた。
そんなことを想っていると、すぐに曲は終わった。
観客は少ないというのに、彼女たちの顔には一切の不満はなかった。
拍手が起きた。その場にいた数人が彼女たちを称えているのだ。
「見に来たんやね」
ボーっとしていた私に後ろから話しかけてきたのは、希だった。
見つかってしまったことにしまったと思いつつも、冷静なふりをして返す。
「少し気になっただけよ」
「関係ない、って言っておきながら?」
うぐっ、と心の中で小さな悲鳴を上げる。
あれだけ関係ない興味ないと言っておきながら、ここに来てしまったのはやはり失策だった。
「あの子たちは結成して間もない。周りに頼れる人も少ないし、アドバイスしてくれる人もいないんや。それに…」
希はステージを見た。
いや、彼女たちに立ちはだかる生徒会長、絢瀬絵里を。
「どうするつもり?」
新人アイドル三人に向けて、睨みつけながら彼女は言う。
希はきっと、敵視する存在もいると言いたいのだろう。
それが生徒会長というのは、一般の生徒を敵に回すより明らかに脅威だった。
だけどそれ以上に、絢瀬さんからなにか私と似たようなものを感じた。
あのスクールアイドル、μ'sを否定するというよりも、何かを抑えつけているようなそんな感情。
「続けます!」
「なぜ?これ以上続けても、意味がないと思うのだけれど」
絢瀬さんの言葉は、私が何度も聞いてきた言葉だった。
正確に言えば、私が何度も口にした言葉。
誰かに言い聞かせるように毎日呟いた言葉の刃。
「やりたいからです!」
一刀両断するような生徒会長の言葉を、真ん中の少女、高坂穂乃果は真正面から受け、応えた。
「いま、私もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんもことりちゃんも」
両隣の少女たちも笑顔でうなずく。
「こんな気持ち初めてなんです!やってよかったって本気で思えたんです!」
本気で。
「今はこの気持ちを信じたい。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんか全然もらえないかもしれない」
信じただろうか。
「でも一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、届けたい!!」
頑張っただろうか。
「今私たちがここにいる、この思いを!!」
彼女たちのように、「自分」を疑わずに進むことをしただろうか。
無意識にぎゅうっと拳を握っていた。
高坂穂乃果の言う言葉は、綺麗ごとだ。
それでも、その綺麗ごとを現実にするのがアイドルではないだろうか。
それが私の目指したかったものじゃないのだろうか。
「いつか私たち必ず、ここを満員にしてみせます!!」
高坂穂乃果の放った言葉は、その目は、嘘偽りのない真剣なものだとその場の誰もがわかっているだろう。
「な?そっくりやろ?」
誰にそっくりなのか、希はあえて口に出さなかった。
だから、と続けようとする希にかぶせるように私は口を開いた。
「そんなに言うなら、あなたが助けになればいいわ」
これで何度目か、突き放すようにそう言って私は去った。
何日経っただろう。
頭の中では、μ'sの踊りと歌。そして高坂穂乃果(この名前はあのあと希から聞かされた)の言葉が繰り返し再生されていた。
強い意志を感じるその言葉には、同時に高坂穂乃果の強さが垣間見えた。
なぜそこまで頑張れるのか。
なぜそこまでして続けるのか。
『でも一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、届けたい!!今私たちがここにいる、この思いを!!』
またあの言葉が繰り返される。
『やりたいからです!』
何故続けるのかと聞かれた高坂穂乃果はそう答えた。
彼女のまっすぐな視線に、私は何を思っただろうか。
「やりたいこと…」
そんなもの、いまさら私には…。
気付けば、教室には誰もいなくなっていた。遠くから体育会系クラブの号令が聞こえる。
時間を確認しようと携帯電話を開くと、希からメールが来ていた。
『来て』
希らしからぬ、簡素で要領を得ないメールだ。
いつ、どこへと書かれていないということはよほどの緊急事態なのだろうか。
廊下へ出てあてもなく校内を歩いていると、なにやら争っているような声が聞こえた。、
「なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」
聞かないふりで通ることができないほど、その声は悲痛だった。
声のするほうへ向かい、バレないように顔をだすと、そこには生徒会長の絢瀬さんと希がいた。
「私だって、好きなことだけやってそれだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!!」
普段のクールな絢瀬さんからは想像できないほどに声を荒げていた。
ぎゅっと心が締めつけられる。
私が自分に言い訳してきたことと違わぬことを吐露する彼女に、私はなんとも言えない気持ちになる。
絢瀬さんは生徒会長という重圧に縛られている。
学校を守らなければいけない責任感と、それのためにやりたいことを諦めるしかない義務感。
それは彼女をがんじがらめにして、動けなくなった。
言い訳。そうそれは言い訳だ。やりたいことを断念してしまった人間の逃げ道だ。
だけどもそれはどうしようもない心の叫びでもある。
「自分が不器用なのはわかってる。でも、いまさらアイドルを始めようなんて、私が言えると思う?」
そう言った絢瀬さんの目には涙が浮かんでいた。
断って、拒否して、逃げて、後悔して。
そんな彼女はだれよりも夢を諦めきれないでいた。
だれよりも夢を追いかけていきたかったけど、
『いまさら』
その言葉が彼女を縛った。
希を置いて、絢瀬さんは逃げた。
涙で前が見えないにも関わらず走っていく絢瀬さんは私に気付かずに通り過ぎていく。
思わず後を追いかけた。
私はなにをしてるんだろう。
私はなにをしたいんだろう。
その答えも出せないまま、私は歩を進める。
ふと、誰もいないはずの三年生の教室に人影が見えた。窓側の一番後ろの席。
そこには茫然自失としている絢瀬さんが座っていた。
私は教室に入り、彼女をまじまじと見た。
窓の外を見つめながら頬杖をつく彼女はまるで抜け殻のように動かなかった。
「絢瀬さん」
なぜか話しかけていた。
接点はなかったはずなのに、どうしても放ってはおけなかった。
きっと、過去の自分に重ねてしまったのだ。
「確かに、やらなくちゃいけないことはある」
自分に言い聞かせるように、私は言葉を綴る。
「それでも、それはやりたいことを我慢して未練を残して、やらないことの言い訳にはならないし、しちゃいけないわ」
私が言えたことじゃなかった。
だからこそ、私だけが言えることだった。
「『いまさらアイドルなんて』。そんなことを二年間思って、何度も苦しく思って、何度も戻りたいと思って、結局行動せずに後悔した人を一人知ってるわ」
この二年間は生きているような気分ではなかった。
とまらない痛みは私を打ち、容赦なく
その痛みは無駄にしちゃいけないものだった。
迷いに迷うこの少女を同じ目に遭わせないためにも。
私がこれ以上未練を残さないためにも。
「差し出される手を取るのも拒むのも、勇気のいる行動だわ。大切なのは、どちらが自分のやりたいことなのか。やるべきことじゃなくてね」
「なんでそんな話を…?」
「あなたには間違った道を歩んでほしくないの」
諦めるというのも一つの道だが、絢瀬さんにはそんな道は似合わない。
それにこれはわがまま。
私の代わりではないが、その夢の続きを見たくなった。
私に言えるのはここまで。
絢瀬さんに背を向けて、私は前の扉から教室を出る。
入れ替わりにμ's面々が教室へと入る姿が見えた。
希がいることをかんがみると、彼女が連れてきたのだろう。
少しだけ扉を開けてのぞき見する。
高坂穂乃果が手を差し伸べ、絢瀬さんはそれを取った。
険しく悲しい顔をしていた生徒会長とは同一人物だとは思えなかった。
だけどあれが絢瀬絵里という女性の本当の顔なのだろう。
やりたいことができると知ったとき、人はあんなにも眩い笑顔を放つことができる。
「これで八人」
「いや、九人や。ウチを入れて」
μ'sのメンバーの一人(確か、南ことりのはず)の言葉に、希が待ったをかける。
「占いで出てたんや。このグループは九人になったとき未来が開けるって。だから付けたん。九人の歌の女神、μ'sって」
μ'sの名付け親は希だったのか。
それはメンバーも知らなかったらしく、その場にいた全員が驚いていた。
「まったく…呆れるわ」
そういいつつも微笑みを見せる絢瀬さんは教室の扉へと近づく。
「どこへ…?」
「決まってるでしょ、練習よ」
高坂穂乃果に返し、絢瀬さんが先陣をきって進んでいく。
それについていくように、μ'sのメンバーも教室を出る。
「希」
最後、ゆっくりと教室を出てきた希に声をかける。
「あ…」
「あなたもスクールアイドルになるなんてね」
といってもこれはそれほど驚くことじゃなかった。
希がμ'sを見る目は憧れのそれだったし、私と話すときも絢瀬さんかμ'sのことばかりだったからだ。
「今日占ったらな、誰かの運命が変わる日やって…」
「それで私を呼んだの?」
「うん」
希が予想していたのは、おそらく私か絢瀬さんだろう。
夢を諦めた二人がともに意志を変えることを願って呼んだのだ。
結果として、絢瀬さんは変わった。
一度は諦めた道を、やりたかったことを再び歩むことを決めた。
変わったのは私もだった。
どれだけ否定しようとも未練のあった「アイドル」を選ばないという道を決めた。
そして希もまた変わったのだ。
彼女の場合は、変わったというよりやっと踏み出したというほうが正しいだろうか。
μ'sや絢瀬さん、にこや私のことを見てきて支えてきた希にとって、これはやっとの思いで踏み出した第一歩なのだ。
「オープンキャンパスでライブすることになるやろね」
「そうでしょうね。それで廃校かどうか決まるんでしょ?」
私は希の手をぎゅっと握る。
「私は…あなたたちを応援するわ。オープンキャンパスでのライブも見に行く。あなたたちの姿をしっかり見ておくわ」
希はうつむいたままだ。
夢をスッパリと諦めることを、彼女は良く思っていないのだろう。
でも私はこの道を選んだことを誇りに思い、彼女に感謝していた。
「だから、私のことは心配しないで。あなたのやりたかったことなんでしょ?」
「…うん」
はっきりと申す私の声を聴いて、やっと希は頭を上げてくれた。
いつも笑みが浮かんでいたその顔には涙が浮かんでいた。
「よしっ」
決意をもって校門をくぐる。
ライブ、というより部活紹介をするのは確かグラウンドのほう。
すでにかなりの人数が集まっているグラウンドの中央には、軽くステージ舞台のようなものが建てられていた。
「あ、来たんやね」
舞台の裏側へ近づくと、希がこちらに気付いて駆け寄ってくる。赤を基調としたキリッとした衣装を着こなしている。
「なんだか楽しそうね」
希は笑顔だった。
絢瀬さんのことも片付いて、彼女自身の夢も叶って、ようやくスッキリしたのだろう。
「うん。練習も楽しいし、みんなええ子やしね。それにこうやって歌って踊れるわけやし」
「そう…」
衣装をまじまじと見る。
凛としたなかに可愛さも含まれていて、まさにアイドルと一目でわかる。
「うちから言おうか?」
それはいままで幾度かあったμ'sへの勧誘だった。
チャンスというものがあるのであれば、きっとこれが最後であろうと私の中の誰かが告げる。
「いいえ。私はもう諦めた…というかあなたたちを応援するって決めたから」
私はそんな警告をあっさりと蹴った。
「それに、カードは「九人で」って告げたんでしょう?」
「それは……そうやけど」
「あなたはカードを信じてきたんでしょ。そんな軽くに信じたものを捨てるのはやめておいたほうがいいわ」
希の心配を払うように、笑顔で手を振った。
「それじゃ、頑張ってね。私は一等席を取っておかないと」
踵を返そうとしたとき、希の後ろから小柄な少女が現れた。
「……」
にこだった。
何か言いたげな、半開きの口は待っても動かない。
「えっと…」
「ごめんなさい」
にこが言う前に、私は頭を下げた。
「あなたを裏切ってしまってごめんなさい」
彼女を裏切ってしまったことへの。
彼女を見捨ててしまったことへの。
彼女を拒否したことへの。
そして彼女を理解してあげられなかったことへの謝罪。
二年越しというあまりにも遅すぎる謝罪は、アイドルへの道を選ばないと決した私のやり残したことであり、彼女たちを応援すると決めた私のやるべき唯一のことだった。
遠くで、オープンキャンパスに来た中学生やおそらくμ'sの友達の喧噪が聞こえるものの、私たちの間には沈黙が続いていた。
「頭上げて」
沈黙を破ったのは、にこだった。
「その…いまからライブするの」
「ええ」
「それで…よければなんだけど…」
続きを言おうとして、にこは口を開くがうつむいてしまう。
「にこ~っち」
「うひゃあ!なにすんのよ希!」
突然、希がにこの後ろからわしわしと胸を揉み、にこは飛び上がるほど驚いた。
「言いたいことがあるならはっきり言わんと。あとで後悔するかもやで」
「わかってるわよ」
ごほん、と前置きをして、にこは胸を張った。
それはあのときの、私が辞めると言った時の強がりではなくて、確かな自信からできるものだった。
「今日のライブ見にきなさいよね!!」
「…ええ、そうね。見させていただくわ」
「このにこちゃんの姿、しっかりと焼きつけておきなさいよね!」
「ええ」
ドヤ顔で自信満々に言う姿は、私と一緒にいた時の二年前よりも大きく輝いて見えた。
強い。本当に強い。
そしてその強さと、同時に脆さを理解して、ともに進んでくれる仲間がいる。
躓いたときに手を差し伸べてくれる仲間がいる。
「いい仲間をもったわね、にこ」
「希せんぱーい、にこせんぱーい!もうすぐ始まっちゃうよー!!」
舞台のそばで二人を呼んでいる少女がいた。
あの子は確か、絢瀬さんに真っ向から自分の意見を貫いた少女、高坂穂乃果だ。
「はーい!…それじゃ」
「ええ、見てるわ。頑張って」
手を振って去っていくにこと希。
私も手を振った後、彼女たちを見るべくステージの前へと移動する。
絢瀬さんも希も、にこも全てを吹っ切ったようないい顔をしている。
ときには望むものを捨てなければいけないときもある。
それは、知らないほうが良かったなんて思うほどに痛みを与えてくる。
そんな悲しみがありふれている理不尽な世界で、私たちは生きている。
だけどその果てを見上げれば、こんなにも輝く星が瞬いている。
その星が放つ光はどこへ続いているのだろうか。
その星が放つ光はどこまで続いているのだろうか
私はその光を追いかけよう。