もしSKYRIMの世界にはくのんと紅茶が召喚されてしまったら   作:ヤステル

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あと4か5年くらい遅く生まれていたらなーと思ってしまいます。

あと3か4年くらい前にアイデアが浮かんでいたらなーとも思います。

……無理な話なんですけど(泣)


序章
①―状況確認―


 Vos zey tinvaak do tey.

 ある話をしよう

 

 Til lost ont grunzah.

 かつて、名もなき囚人たちがいた

 

 Grunzah wen kiindah, vosodiik dren, pah frahzogin lost vobaar.

 素性も、罪状も、何もかもが不明で、正にその瞬間まで、処刑されようとしていた

 

 Nunon ko tol tiid, til lost prii kriinuth.

 忘れ去られてしまう名もなき囚人

 

 Ko til, dovah bo tum naal lok med sav niist lahney.

 そこに、彼を救うように天から舞い降りた謎の竜

 

 Lok lost vuldak naal dovah zaan. Lein lost mahlaan tum kotin vulom naal dovah zaan.

 天は、その竜の一声で変化した。世界は、その竜の一声で暗黒へ落とされた

 

 Tol los gon do kahriil do grunzah.

 それが名もなき囚人の英雄譚の始まりであった

 

 Med graaz nahlot, drem lost tumah.

 静寂を切り裂くように、安寧の日々は崩れ落ちた

 

 Pah lor pah los nahlii ahk spein.

 全てが後の祭りだったとは、誰もが思っただろう

 

 Osos joriin lost faas naal fahliil ahrk thaar wah lokoltei. Osos joriin lost wahl qurnen do keiz wah lokoltei ahrk komaan wah krif.

 ある者はエルフの脅威を恐れ,帝国に従い、ある者は帝国に反旗を翻し、戦う決意をする

 

 Til drey ni lost naan pruzah ahrk vokul. Til lost nunon kah tol Zu'u los zeydaan.

 善も悪もない。あるのは、自分こそが正義だと夢想する誇りある人々だけ

 

 Dovah vahlut skein nau niist kah.

 そこに竜は、傷跡を入れてくる

 

 Pah lost gral ol faal Zuwuth Dey lost fun.

 予言の通りに、全てを滅ぼして――

 

 Nuz hun lost bo.

 しかしそこに、英雄が現れる

 

 Hun wen sav naal gral.

 かつて、災厄を止めた英雄たちのように

 

 Kon ahrk hun do wrought dol wen dreh ni lost faan.

 名もなき少女と名もなき錬鉄の英雄よ

 

 Hind nust pruzah gluus fah wundaak.

 どうか彼らの旅路に幸あらんことを――

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ……………………………。

 静かだ。

 ……………………。

 とてつもなく静かだ。

 ……………。

 静かなのに、こんなにも心が落ち着いていないのは、本当に久しぶりだ。

 ………。

 こんな静寂はいつ以来だろう、と過去を探る。だが、それ以上に今は自分がおかしいか、そうでないかを確認したい。わたしはおかしくない。そうだろう?

 ……。

 うん。そうだ。そうに違いない。 

 …。

 

 

「何をぼーっとしているんだ、マスター? 食べなければ明日に響くぞ」

 

 …………………………。

 

「まあ、君の言いたいことは分かる。得体のしれない生物の肉を安心して食べることには、聊か抵抗があるかもしれない。だが、安心してくれ。毒味はしたが、これといって体に異変は起こっていない」

 

 ……………………。

 

「まあ、調味料がないのは確かに食べづらいかもしれないが、そんな贅沢は言っていられないぞ、マスター。空腹もまた戦いにはあってはならないものだ。生気を養うには、とにかく不味かろうと口にした方がいい」

 

 うん……そうだね……そうなんだけど……。

 ようやくわたしは口を開いた。

 自分でも分かる。目がうつろで、明後日の方向を見ている。目の前に置かれた葉っぱの皿とアーチャーが絶妙なミディアムレアで焼いてくれた何かの動物の肉。そして、目の前のたき火と、横には、すでに息絶えている男が二人。

 そして、黄土色の襤褸切れの布の服を着ているわたしとアーチャー。わたしにだけ厚手の何の動物のか分からない黒の毛皮のマントのようなものを羽織っている。

 アーチャーの気遣いなのだろうか。ところどころにわたしへの配慮があることが分かる。

 ……だが、それでも……この状況を見て何かおかしいところはないだろうか?

 

「マスター。確かに受け入れがたいことだとは思うが、常に始まりがいいとは限らない。我々の始まりだって能力(レベル)が最底辺から始まったのを忘れたか?」

 

アーチャーは冷静な態度でわたしをなだめている。

 いや、違うよねアーチャーとわたしは言う。今は宥める時じゃないよね。

 明らかに冷静なアーチャーの方が現実見てない気がした。わたしの方がもっと現実見ているし、冷静だ。もしかして、そういう気がするわたしがおかしいのだろうか?

 わたしはぐちぐちと続ける。

 そもそも何で、こんなことになっているのだろうか? わたしたちはどうしてここにいるのだろうか? わたしの横に見知らぬ男二人がなんで死んでいるのだろうか? 疑問は絶えない。

 見たところ、死んで間もないが、アーチャーは平然としていた。わたし自身、何故だか分からないが、死体は初めてのはずなのに冷静さを保てている。NPCがゲームオーバーで消えていくのは知っているが本当に死んでいるのは……まさか、これを殺したのって……。

 

「だから、落ち着け、マスター。私は殺していない。私が見つけた時にはすでに息絶えていたんだ」

 

 すでに息絶えていた……つまり、わたしたちがこのステージにやってきた時からすでに死亡(リタイア)していたということになる。プレイヤーなのか、もしくは本当にNPCだったのか、はたまた元からそうなるイベントだったのか……考えただけで多くの仮説が生まれる。

 どれが正解かはよく分からない。だが、明らかに今の状況が今までのものより過酷なものだと納得は出来る。

 ……よし、ここまで考えることが出来るのなら、さらに分析してみよう。

 まずは、今に至る経緯。それは先に目覚めていたアーチャーがよく知っているはずだ。

 

「ここに至った経緯か……。まあ、知りたいと思うのは当然のことだな。君が目覚めるまで一、二時間といった短い時間だが、まあ確かに色々考えるには十分すぎる情報は持っているのは確かだ」

 

 アーチャーは、肉を食べ終え、話す用意が出来ていた。いつものように前かがみになって、わたしに目を合わせた。

 一体、ここで何があったの? と、わたしは尋ねた。

 

「とは言っても、私自身、ここがどこなのかは皆目見当がつかないんだ。生前の記憶をたどってみても、ここは行ったことも見たこともない。期待に添える答えになるかどうかはわからないが、とりあえずは私が目覚めてから今までのことを説明しておこう」

 アーチャーはそう言って、説明を始めた。

 

 

「私が最初に知覚した時は、今の状況と何も変わってはいなかった。ただ、違うのは、君がまだ意識を失っているだけだった」

 

 アーチャーが立った地点――それは、ここから数百メートルと離れていない場所だった。

 

「見ての通りだ。すでに日没で完全な夜。星々の光だけが唯一の光源だ。辺りは針葉樹の林が左右に広がり、その間を通る一本の軽く舗装された道が延々と伸びているだけだった」

 

 しかも、とアーチャーは続ける。

 

「見ての通り、雪が降っている。極寒だ。このままだと一気に体温が奪われて、私よりも先にマスターが死ぬのは明白だった」

 

 だから、私はたき火を作った、と簡単に言った。

 口で言うのは簡単だが、たき火を作るのにまず火を起こすところからだ。藁を敷いて房でこすり合わせて……手間暇作ったのだろう。横にその道具がしっかりと置いてあった。まあ、アーチャーほどならこれくらい容易いだろう。 

 だけど、なんでそんな手作業で? 魔術云々と火を起こす方法はあったはずなのに、と不思議に思った。

 

「火を起こして、君を火が当たらない程度の距離で寝かせた。後は、マスターが起きるのを待ちつつ、迫る脅威に対処するだけで良かった」

 

 アーチャーは答えをはぐらかした。というより、それは後で話すからまだだ、と言いたいようだった。

 話を続ける。

 だが、その時だった、とアーチャーは息を整えて言った。

 突如として悲鳴が聞こえたのだ。

 男の声――人数は二人。距離からして数百メートルは離れているだろう、とアーチャーは予測した。

 声からして、何かに襲われているようだ、と予測した。

 

「今から助けに行けば、二人が助かるかもしれない。だが、目の前で寝ている君をそのままにしておくのはまずい。今の段階では、マスターには自衛の術がない、放置しておいて、別の何かがマスターを襲う可能性も少なからずあった」

 

 そこで、アーチャーは藁をわたしに被せてその場を離れた。

 わたしに気を配りながら、アーチャーは、悲鳴のする方へ足を進めた。

 そこには、数匹の狼と奮闘していた男が二人いた。

 鉄製の剣だろうか――柄が太く、剣先も広い――見るからに古代の西洋で使われていたような剣だった。

 男たちは、一色の半袖の服に中からもう一着長袖の服を着ていた。下着はキルトのようなスカート型でその下から厚手のズボンが見えたのだという。靴は長めのブーツでいかにも防寒を意識しているかが分かった。首から背中にかけて厚手のコートと間違えるようなマントも身に着けていた。

 対するに狼は、特に特徴もなく茶色の毛並みの立派な狼だった。固有種としての狼は久しぶりだが、あの手のものは、アーチャーにも初めてだったという。

 

「結局、男たちは、そこそこの手傷を追いながらも狼を撃退していたよ。まあ、あの程度で傷を負うようでは、人間同士の戦いの時は生き残れないだろうがね。私としても、悲鳴を聞きつけてきたのに、駆け付け損だった」

 

 アーチャーはそう言ってため息を吐いた。

 こんなことを言っているが、お人好しのアーチャーだ。助けたくて仕方がなかったのだろう。全部を救いたいのだから、駆け付け損はアーチャーにとっては嬉しい結果なのだとわたしは思った。

 

「だが、問題はそこからだった」

 

 アーチャーは真剣な眼差しでそう言った。

 その後? とわたしは聞き返す。

 

「ああ。男たちが狼を追い払った後だった。突然、彼らの背後から何者かの剛腕が襲い掛かった」

 

 アーチャーはそう言う。曰く、その男は運悪く頭に剛腕を喰らって倒れた。

 

「即死だった。武器も使わずに自身の腕の一振りで大の男――しかも剣を使える者が一撃で死ぬほどの力を持っているのは、間違いなく脅威の存在だっただろう」

 

 低く、暗い声だった。

 ああ、そうか、とわたしは分かった。

 アーチャーは救えなかったのだ。

 咄嗟の事だった。あまりに突然の事だった――だが、それは、全く意味がないのだ。一人の男が死んだ。たとえ名も知らない人間だったとしても、自分自身の目の前で人が死んでしまったのは、アーチャーの目指す理想を否定するのと同じに等しいことだったのだ。

 だから、アーチャーは次の瞬間、前に出た。

 だが……、とアーチャーは気づいた。

 

 足が重い。足が思い描いているように動かなかった。

 

 本来なら、間合いを取るのに秒もかからないだろう。アーチャーが語るその距離なら、一瞬に索敵して、一瞬に敵の前に立ち、そして一瞬にして自身の間合いに入れたはずだ。

 だが、出来なかった。

 その一歩が、敵の前まで迫る一歩ではなかった。

 

「走って二十歩程度といったところか。並の人なら三倍以上はかかるだろうが、だが、確かに私の移動が極限にまで落ちていたのは確かだった」

 

 だが、体が重いだのなんだの気にしている暇はアーチャーにはなかった。

 駆けていく。必死で駆けていく。

 だが、間に合わない。

 アーチャーは、今まで一瞬で近づけていた近い距離が、まるで永遠に届かないくらい遠くに感じていた。

 離れろ! と、アーチャーは男に叫んだ。

 だが、時すでに遅く。

 男はあまりの出来事に、その場で尻餅をついていた。恐怖で体が動かなくなっていたのだろう――目の前の脅威にただ怯えることしか出来なくなっていたそうだ。

 瞬間、アーチャーは弓を投影した。

 狙いは分かっていた。暗闇で見えないが、そこに確実にいる相手――心眼を使う必要もない――その相手に目がけて放つ。

 瞬時に発言した赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)でそこにいる相手に放った。

 アーチャーの放った赤き猟犬は確かにそれに喰らいついた。

 当たった――それで終わるはずだった。

 だが、終わらなかった、とアーチャーは言った。

 

「確かに喰らわせたはずだった。だが、敵は、息絶えるどころか、獣のような叫び声を上げた」

 

 そして――。

 再びその剛腕がもう一人の男を襲った。

 服が破ける音と同時に男が悲鳴を上げた。

 引っかかれたのだろう。服に数本の爪で引っかいた傷が見えた。

 傷口から血が迸った。男は、悲鳴を上げながら、そのまま息絶えた。目と口を開け、今でも叫んでいるような顔で死んでいた。

 ちっ! と、アーチャーは舌打ちをした。

 赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)が効かない以上、手加減をする必要もないということだった。

 アーチャーは再び投影をする。

 両手には、愛用の双剣――干将莫邪。一瞬で相手に迫り、敵の攻撃を避け、そしてその双剣で滅する。今度こそ――至極簡単なことだった。

 だが、投影をした瞬間に、アーチャーはある異変に気が付いた。

 

 

「無くなりかけてたんだ……魔力の残量が」

 

 

 わたしは、それを聞いて驚いた。

 無くなりかけた……? アーチャーの魔力が、その程度で?

 アーチャーは頷く。

 頷いたところで、わたしは一向に信用できなかった。投影もそうだが、今の話を聞いた限りだと、干将莫邪と弓の投影と赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を放っただけで、アーチャーの魔力が無くなるほどまで減るのはあり得ないことだ。一緒に戦ってきて、確かに魔力回復のコードキャストやアイテムを使ったが、それでも簡単に魔力が尽きるなんて無かった。

 わたしがそう訴えると、アーチャーはわたしを宥めた。

 

「マスター、落ち着きたまえ。君の言いたい事は最もだが、まずは全部話させてくれないか?」

 

 アーチャーは優しくわたしにお願いをした。

 少しだけ熱くなってしまっていた。わたしは冷静さを取り戻し、再びアーチャーの話を聞いた。

 

「守らなくてはならない人はどちらも死んだ。なら、あとは簡単だった。マスターを守る。それだけだった。あの敵が、マスターに危害を加えることは目に見えていた。目線は間違いなく、君の方を向いていたのだからね」

 

 アーチャーは真正面からではなく、一旦左に直角に素早く曲がり、そこで滑り込むように静止した。

 右足に力を籠める。爆発的に力を溜めて進む最初の一歩の飛距離は伸び、その跳躍を利用して双剣を振り回し、敵を切り刻む――アーチャーはそう描いていた。

 そして、描いた通りにアーチャーは動き出した。

 雄たけびと共に、アーチャーは体を捻らせながら敵に襲い掛かった。捻った遠心力と共に双剣を回し、渾身の力で敵を斬り落とす。

 斬りおとせる――はずだった。

 アーチャーはこの時、さらに違和感を覚えた。

 

 

 敵を完全に斬ることが出来なかったのだ。

 

 

 敵の耐久が異常に硬かった。いくら投影の武器とはいえ、アーチャーの双剣が化け物一匹の攻撃を弾くことは考えづらかった。防御強化の魔術の類を使っていたのか、単純に硬いだけなのかこの時はまだ分からなかった。

 敵は、アーチャーを認識すると、再びその剛腕で着地体制をとっていたアーチャーに迫った。

 体制を無理矢理直し、双剣を前で交差する。敵の切り裂く剛腕を間一髪で受け止めて防御することに成功した。

 だが、アーチャーは敵のパワーに押されてそのまま後ろへ吹っ飛んでいった。

 側転をして何とか体勢を立て直す。

 だが、敵は間髪入れずにアーチャーに攻勢をかけていった。

 この時、アーチャーは完全に敵を目視出来た。

 

 

 二メートルほどの黒い毛並みの類人猿のような化け物だった。腕と足は細長く、爪は鋭い。細い腕ながらにあの重い一撃――そして何より――。

 

 

 三つ目であった。

 

 

「三つ目の類人猿は今まで見たことがなかった。地球上に存在しない個体か未発見の新種かどっちかだと判断した」

 

 そう判断するのも束の間、化け物は、爪を振り回した。

 攻撃からして知能は低いようだが、喰らえば、かすり傷程度では済まされない。あの二人の男を簡単に殺してしまうほどの力を持つのなら、たとえ今のアーチャーであろうとタダでは済まされないだろう。

 アーチャーは敵が爪を振るった瞬間に懐に潜りこんだ。

 腹部を集中的に双剣で切り刻む。だが、やはり完全に攻撃が通らず、化け物にいくつもの切り傷を残すだけだった。

 やはり……とアーチャーは気づいた。

 

 

 力が完全に落ちてしまっている――と。

 

 

 アーチャーの力が落ちてしまっている――わたしはそれを聞いて、ある事を思い出していた。

 だが、それを確証させるのはまだ早い。アーチャーの話を聞いてから判断することにした。

 

「本来なら、あの程度の化け物なら瞬時に真っ二つに出来たが、それすらも出来ないほど力は落ちていた」

 

 しかも、とアーチャーは化け物を見て気づいた。

 力が落ちているとはいえ、曲がりなりにもアーチャーの双剣で斬り刻んだ。普通ならそれでも致命傷になるはずだ。

 だが、化け物に与えた傷はみるみるうちに傷が塞がっていったのだ。

 

「力も強い上に、再生能力が異常に速いとは恐れ入ったよ。類人猿の化け物で傷の再生が速い化け物なんて生まれて初めてだった。これはとうとう……、と疑問が溶けていったよ」

 

 しかし、疑問が解けても相手をどうにかしなければどうしようもならない。

 敵を考えろ――アーチャーは心眼で相手を計った。

 敵は類人猿――今のアーチャーからして間違いなく格上の相手だ。だが、人間や猿に近い種類の化け物だとしたら、やるべきことは一つだけしかない。

 

「幸いにも、戦っている間に魔力は回復出来た。微弱しか持っていないが、ぎりぎり足りると確信して、私は行動に移した」

 

 もう一度、喰らいつけ! と、アーチャーは叫んだ。

 弓を投影し、そして、赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を化け物の心臓目がけて放った。

 一発目の攻撃が胸に喰らいつく。だが、それでは心臓には届かない。

 すかさず、アーチャーは二発目の赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を放った。

 二発目の攻撃が一発目の丁度後ろ側――弓道の矢で例えるなら筈の部分に重なるように当たった。攻撃の威力がさらに上がったのだ。

 化け物はようやく事の重大さを理解したようだった。赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を握り締めて胸から引き離そうと力を込めて抜こうとする。

 だが、その間合いに入ったアーチャーの勝利は決まっていた。

 アーチャーは赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)に集中していた化け物目がけて駆けていった。

 投影開始(トレースオン)、と一言呟き、今度は西洋のいずこかの英雄の剣だろうか――レイピアを一つ投影した。

 魔力はそれで完全に尽きた。だが、それは些細なことだった。敵は気づいていなかっただろう。何故ならば、自身がすでに敗北しているなんて、その知能が低い頭でも理解できただろうから。

 アーチャーは声を上げて、赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を押し込むように剣を突き刺した。

 

 

 細の剣、その鋭利の刃を持って点穴を穿つ――!

 

 

 突き抜ける奇怪な音が響いた。アーチャーの剣は、真っ直ぐ胸を貫く。否、アーチャーの放った赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)が突き刺した剣の貫通力と相まって、さらに貫通力を高め、化け物の心臓は消し飛ばした。

 化け物の胸は丸い風穴となっていた――胸は抉られていたのだ。

 化け物は、ゆっくりとその場に倒れた。指先が小刻みに震えていたが、それはもう抵抗する力も残されていない証拠だった。

 化け物は完全に絶命していた。

 そして最後に、化け物の毛皮と肉を剥ぎ取り、男たちの死体をきちんと弔うためにここまで運び、その前に腹ごしらえ、と思ってその化け物の肉を食べていた際にわたしが目覚めたというわけだ。

 

 

「……とまあ、こんな感じだ。大して面白くもない話だっただろう?」

 

 アーチャーは苦笑しながら言った。

 面白いもなにも、笑える話ではないのは分かった。そして、わたしの肩にかかっていたこの毛皮はその化け物のものだったんだ。

 それよりもアーチャーが苦戦するなんて、それこそ最低値(レベル1)で戦った時のような感じではないか。

 そう思った時、アーチャーは、無意識に左腕を摩っていた。

 よく見れば左腕に布が巻かれていた。夜の所為でよく分からないが、よく見れば布が黒く変色しているのが分かった。

 まさか、アーチャー……。

 わたしがそう言おうとした時、アーチャーは、お察しの通りだ、と言った。

 

「知らぬ間に、見ての通り傷を負った。かすり傷程度だが、血が止まらなくてね。無理矢理布をきつく巻いていて何とかしている。あとは凝固を待つしかない」

 

 淡々とアーチャーは語る。だが、それは並の人間なら致命傷レベルの傷ではないか! 

 

「まあ、大丈夫だよ、マスター。これくらいの傷は日常茶飯事だったし、大して驚くことじゃない」

 

 アーチャーはそう言うが、いや、驚くよ、とわたしは怒鳴るように訴えた。

 とにかく傷の手当てをしなければ――かなりの体力を減らし、傷を負ったのだから、完全回復のコードキャストを使うのが得策だろう。

 わたしはそう思い、アーチャーに向かって念じた。

 

 

 ――recover()

 

 

 わたしが完全回復を唱えた瞬間、何かがわたしの体を縛った。

 電流が走ったかのように急な静止をしてしまった。何か喉がつっかえている感覚か、何かがわたしの全てをせき止めているかのようなもどかしい感覚。

 その所為か、コードキャストが発動しない。

 わたしは掌を見つめた。

 アーチャーはわたしの姿を見て、やはりか……、とため息を吐いた。

 やはり? アーチャーはどうやら分かっているようだった。もしかして、アーチャー……これって……。

 

「お察しの通りだ、マスター。完全回復は使えない。なら、一番回復量の低い――つまり、初期のコードキャストを使ってみてくれ」

 

 アーチャーの言われた通りにする。

 

 

 ――heal(16)

 

 

 わたしが念じると、小回復のコードキャストは発動した。とりあえず、腕の傷が治癒寸前まで治り、後の傷もまあまあ良くなった。

 次の瞬間、わたしは魔力が大幅に消費したのに気が付いた。まだ小回復を一回しか使っていないのにもかかわらず、もう魔力量が半分以下になったのに気が付いた。その所為か疲労も感じられた。

 ここでようやく理解した。どうやら間違いないようだ。

 

「ああ。間違いない。残念なことだが、これが現実なんだろう。受け入れるしかない」

 

 アーチャーの魔力量と力が極限に減り、かつわたし自身の魔力量も減った――完全回復のコードキャストが使えないほどに。

 結論として、わたしとアーチャーの能力が最低値(レベル1)になってしまったということだ。

 ああ、そうか。またか……またなのか、と思いたくなった。

 最低値から始めることに関して、普通なら文句なんてない。また始めてレベルを上げればいいのだから、不満はない。不満はないのだが……。

 だが、今回は少し訳が違っていた。

 今までのレベル1に戻されたというのは、能力値やスキルが全てリセットされて本当に一からやり直しをしてきた。

 だが、今回は……明らかに矛盾があった。

 アーチャーは、初期値の状態では赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を使うことは出来ない。それこそレベル2に上がらなければ使用することは不可能なのだ。

 そして、わたしも初期は、コードキャストは使うことが出来ない。本来なら様々な礼装に付随しているコードキャストを使い分けていた。当然、レベルが上がれば魔力量が上がってより魔力消費の多いコードキャストを使える。だが、それとは別に、初期では上位のコードキャストが付加された礼装は手に入らなかった。つまり、「recover()」のようなものは使えもしないし、存在自体も知らない。

 だが、わたしはためらいなく使おうとした。だが、使えず、礼装も準備していないのにも関わらず、初期のコードキャストが使えた。

 つまりそれは、ただ単純にレベル1にされているわけではなく、わたしたちが手に入れたスキルはそのまま残っているが、単純な能力値だけを初期に戻されたことになる。

 だから、上位のスキルやコードキャストを使おうにも、そもそも魔力量が初期値なのだから、それを超える消費量のものは結果として使えなくなるのである。

 わたしがそう考察すると、アーチャーは頷いて肯定してくれた。

 

「異論はない。恐らく、君の推測はほぼ正解だ」

 

 ほぼ……? わたしは不思議に思った。

 

「わたしたちの現在の状態については、大体は君が推測した通りで間違いないだろう。だが、先の戦いで、他にも気づいたことがあったんだ」

 

 ほうほう、とわたしは頷く。それで、一体何に気が付いたのか聞いてみた。

 

「まず、君の手の甲……令呪がないままになっている」

 

 アーチャーの言葉で一瞬だけ思考が停止した。

 手の甲を恐る恐る見てみると、傷跡も、あの三画の絶対命令権も存在しなかった。手の甲は寒さのせいで少しだけ赤くなっていて、いかにもしもやけ寸前といったところ――そんなことしかなかった。

 令呪がなければ、マスターとサーヴァントの間の契約関係はない。つまり、今のわたしとアーチャーを繋ぐものは何一つないのだ。今ここで、わたしを殺しても何も問われることはない。

 だが、アーチャーも終わりなのは同じだ。契約者からの魔力供給がなければ、サーヴァントは顕現することが出来ない。いくらアーチャーが単独行動の特性があったとしてもだ。

 ましてや、今の状態のアーチャーでは、顕現してすぐに消えるはず……。

 ……あれ?

 冷静に分析している時に、ふと思ってしまった。

 何で、まだいるの?

 わたしが、そう言うと、アーチャーは驚いた顔で言った。

 

「い……いきなり酷いことを言うな、マスター。確かに現状や私の状態は最悪だ。だが、それでも乗り越えてきただろう? 今になって私を役立たず宣言するのは、どういうことだね。まさか、マスター……君は……」

 

 アーチャーがとんでもなく焦りながらわたしに弁明を求めてきた。

 どうやらわたしの言葉を素で受け止めてしまったらしい。――役立たずがなんでいるのか――まあ、確かにそう受け止めても仕方がない。わたしの言い方が最悪だったのは認める。

 しかし、アーチャーがそんなにわたしと離れたくないなんて思ってなかったなー、とからかうように言った。

 

「からかうな、マスター。ようやく君と呼吸を合わせることが出来たんだ。今更他の人物に変えたところで、この状況を打破できると思うのかね? そもそも、今の状況をどう乗り越えていくことが重要なことで……」

 

 うんうん、と微笑みながら頷くわたし。

 言ってることが前半後半で全く違うし、説明もぐちゃぐちゃになっている。余程動揺しているのだろう――何だか始めて主導権を握れたような気がした。

 嘘だよ、御免、とわたしはアーチャーの戸惑いぶりを、もう少し見たいという名残惜しい気持ちを抑えて言った。

 アーチャーは、わたしの言葉で自分がどれだけ恥ずかしい思いをしたのかすぐに察知した。

 

「全く……君という人は……」

 

 反論はないようだ。どうやら後々またいじれるくらいには使えそうな話題なようだ。

 まあ、とにかく、どうして契約がない状態で、しかも魔力が殆どない状態なのに、未だにアーチャーはここに顕現出来ているのか聞いてみた。

 

「確かに、私も最初は不思議に感じていた。だが、ここで化け物と戦ったり、色々なことをしていたりしている内に、ある一つの結論に至った」

 

 結論? とわたしは尋ねた。

 アーチャーは頷く。

 

「腕の傷を見て、思ったよ。寒さも、温かさも、空腹も、痛みも、焦りも、まだいたいという欲求も――ムーンセルで君と一緒に戦っていた時よりもはっきりと自分の中にあるのが分かったんだ」

 

 アーチャーはそう説明した。まるで、以前よりも人間らしく振舞えることが出来たという風に聞こえた。つまり、それはどういうこと意味しているのだろうか?

 アーチャーは、掌を見つめながら答えた。

 

 

「本当に生きているんだよ……。いや……生き返ったと言うべきか」

 

 

 はい? とわたしは首を傾げた。

 生きている、ということはつまり……どういうこと? わたしはまだ理解出来なかった。

 

「ああ……そうだな……。君にとっての生きていると私に――いや、英霊にとっての生きているとでは意味や理解も違うからな」

 

 英霊にとっての「生きている」――つまり現世に顕現していることを言っているのだろう。だが、それが違うとなると……。

 え、まさかアーチャー……。ひょっとして……。

 わたしがある一つの仮説にたどり着いた時に、アーチャーは察したように頷いた。

 

 

「ああ。恐らく……いや確実に受肉している」

 

 

 ああ……そうか。

 本当の意味でアーチャーは生きていることになったのか。英霊ではなく、人間としてそこに立っている――。

 だからわたしとの繋がりが無くなっても、ずっと留まれるのだ。生きているのなら契約もへったくれも必要ない。全てに説明がつく。

 しかし、本当に受肉しているのだろうか。わたしたちは月の世界――所謂電脳世界にいたのだから、本当の肉体は月にはなかった。その戦いが終わって、今度はここに連れてこられた。

 そう考えると、アーチャーはいつ受肉をしたのだろうか。そして、わたしの本物の肉体はどうやってここに送られてわたしの精神との繋がりを戻したのだろうか。一向に謎である。

 

「それについてはまた考えるとしよう。それよりも、今は今後のことについて考えるべきだ」

 

 アーチャーの言葉で、我に返ったように冷静さを取り戻す。

 そうだ。

 今考えなければならないことは、そこではない。

 有難う、アーチャー。わたしは冷静さを取り戻した。

 わたしには、どうしても聞かなければならないことがあるのだ。

 わたしは真剣な眼差しでアーチャーを見据えた。

 

「何だね、マスター。ああ、そうか。能力が初期値になった所為でこれから生き抜けるか心配なんだな。まあ、そうだろうな。本来の私なら、あのような敵など一閃できるが、今回はそれすら出来なかった。全く、情けない話だよ。君と一緒に強くなっていったというのに、このザマだ。君もさぞ落胆しているだろうが、安心して欲しい。必ずまた取り戻して見せるさ」

 

 アーチャーはぺらぺらとわたしの心境を予測して言っているようだが、そんなのどうでもいい。

 わたしがそう言うと、どうでも……!? と驚愕して言葉を詰まらせた。

 

「どうでもよくないだろう、マスター。力が落ちたのには理由がある。この先生き残っていくには力は絶対必要だし、何より君を守れない」

 

 そうなんだけどさ……、とわたしは口ごもる。

 そうじゃないんだ、アーチャー。わたしが本当に知らなくてはならないことは、わたしにとってもっと大事なことなんだ、と説明した。

 

「大事な事……? それは一体何だね?」

 

 どうやらアーチャーは気づいていないようだ。

 どうやらわたしに言わせたいらしい。こんなにも恥ずかしいのに――最悪のケースまでをも想定してしまっているのに――それでもわたしに直接言わせたいらしい。

 辱めを受ける奴隷のような気持ちだ……。だが、聞かないとわたしの気持ちは晴れない。

 言うぞ!

 

 

 ……アーチャー。どうしてわたしたちの月海原の制服と赤原礼装(元の服)がないのだろうか?

 

 

「……」

 

 考えてみれば、今わたしたちが着ているこの襤褸布の服はどこからこしらえたものだろうか謎だった。

 この毛皮は化け物から剥ぎ取ったのは分かる。だが、元から着ている服は一体どこからやってきたのかまだ聞いていないのだ。

 よく見ると、横で死んでいる男たちの服が所々綺麗に切り取られているのが見えているのだが……。

 ひょっとしてこれって……。

 わたしが尋ねると、アーチャーは大したことのないように答えた。

 

 

「無論、君のその服や私の服は全て即席で私が作ったものだ。死んでしまったそこの男たちから服を拝借するのはあまりに気が退けたが、生きるためには致し方ないと思って、今回はやむなくそうした次第だ」

 

 

 ……え? 即席で作った? アーチャーはそう言ったのか?

 聞き間違いじゃないよね? とわたしは尋ねた。というより聞き間違いであってほしかった。

 ああ、そうだ。きっと聞き間違いだ。だって、普通はスタートと同時に装備なしでスタートするが、大抵は普通の服か襤褸の服を着て始まるのが普通だ。きっとそうだ。アーチャーは鈍感だが、間違いはきちんと正す男だ。以前だってわたしのスリーサイズを勝手に把握しているという最大のミスを犯したにも関わらず、またミスをするなんてあり得ない。そう。あり得ないのだ。そうだよね? アーチャーの説明が足りないだけで、わたしはしっかり解釈出来ているよね? そうだよね? 絶対そうに決まっている。お願いだから、そうだと言ってよ、アーチャーあああああああ!

 だが、アーチャーはまるでわたしが、変なことを言っているかのように呆れ顔で答えた。

 

 

「何を勘違いしているか分からないが、私たちは何も着ていない中で目が覚めたんだ。凍死は避けたい。だから、勝手ながらそこの男たちの服を借りて即席で服を作ったんだ。ここで死ぬわけにはいかないからな」

 

 

 刹那。

 わたしの頭のヒューズはいずこかに飛んでいった。

 視界ははっきりしている。こんなにはっきりと世界が見えたのは初めてだった。

 ああ……世界は何て……美しいのだろう……。何とも希望に満ちた……。

 こんなに世界は美しいのに、どうしてわたしはいつも何一つ守れないのだろう。かたやわたしの……女の子(わたし)のプライドすら守れないなんて……。わたしは、一体どうすればいいのだろうか?

 ふと、死んだ男たちの腰元の剣が見えた。

 そこから先は本当に簡単だった。

 わたしの思考は、余計なものを全て捨て去ることに成功していた。全てのルートでどれが外れで正解か、一瞬で見つけることが出来た。

 ああ……そうだ。

 これが正解……いや、どれをとっても、どんなに良心が邪魔をしていたとしても、これが間違った(正しい)答えなんだ、と思考は導き出した。

 わたしはすかさず、男の剣を抜き取って、そのままアーチャーに振り下ろした。

 

「おい! マスター! 一体何をするんだ!」

 

 寸でのところでアーチャーは一瞬で立ち上がって後退した。ちっ、仕留め損ねた。

 

「待て、マスター。落ち着きたまえ。一体何があったのかは知らないが、まずはこれからどうするか話し合うのが先決だろう?」

 

 うるさい! それよりもアーチャーを殺すことが先決なんだ!

 

「だから、どうしてだ! お、おい! やめろ、マスター! 早まるな!」

 

 うるさいうるさい! もう生きていけない! もう全て終わったんだ! 女の子の裸をアーチャーに見られた! もうこの世にいられない!

 だから、アーチャーを殺してわたしも死ぬーーーーー!

 

「だから、待てマスター! 剣を降ろせ! 何をそんなに怒っているのだ!?」

 

 ええい、うるさい! この超絶鈍感変態男! いっぺん死んで! お願い、死んで! アーチャー!

 わたしとアーチャーのくだらない茶番劇は、この後数十分に渡って繰り広げられた。

 

 

 アーチャーがこの世界に(死んで、アーチャー)召喚された時にはすでに(死んで、アーチャー)服を着ていなかった(死んで、アーチャー)そして、それと同時にわたしも(死んで、アーチャー)服を着ていなかった(死んで、アーチャー)即ちお互い素っ裸の状態(死んで、アーチャー)で始まったというわけだ(死んで、アーチャー)

 

 

「何やら言動と思考が違う気がするのは気のせいだろうか? 些か不安を覚えるのだが……」

 

 え? そんなことないよ? と、わたしは答えた。

 

「本当か? 気づいていないようだが、君は物凄い形相をして私を睨んでいるんだぞ」

 

 へーそうなんだ。じゃあ、きっと気のせいだよ、うん。

 

「そうか……気のせいならいいのだが……」

 

 そうだよ、気のせいだよ(死んで、アーチャー)

 

「やっぱり気のせいではないではないか! 思考が口に出ているぞ!」

 

 あっ、とわたしは口を手で押さえた。

 

「全く……。今回の君はいつにも増して活発的というか、毒舌というか……少しばかり冷静さを欠いていると思うのだが……」

 

 アーチャーは不思議そうに言う。

 へー。冷静さね。冷静さを欠いていると言いますか……。

 普通服って常備しているものだよね? 何で、乞食以下で始めないといけないの? どんなに貧しくてスタートしても襤褸布の服くらいはまとっているよ? え? 苦行なの? 苦行林で覚りを開くための修行なの? 馬鹿なの? 死ぬの? というか、さっきの戦闘シーンでのアーチャーは全部裸だったんだよ? おかしいでしょ。わたしだけじゃなくアーチャーを知っている人間なら、みんな赤い外套や戦闘服を纏って格好よく戦っているのを想像したんだよ? それがまさかの全裸での戦闘だったなんて、普通あり得ないんだけど。助けるどころか、男たちが全裸で双剣持ってやってくる変態男を見たら、むしろアーチャーが敵に見えるよ? 死んだ化け物も気の毒だっただろうに。こんな全裸男に殺されるなんて、きっと来世はトラウマだろうな。全裸だから何? 赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を使って格好良く仕留めたつもりだけど、何なの? むしろ下半身がフルンディングって言いたいのか、こんちくしょう。

 

「マスター。一体本当にどうしたんだ? 君らしくもない。外見は君でも中身はまるで別人のようだ。深呼吸して落ち着きたまえ」

 

 これが落ち着いていられるか! と、わたしは怒声を上げた。アーチャーは、突然の尾声で少し退いた。

 わたし裸見られたんだよ? プライドへし折られたんだよ? 以前もそうだったけど、本当にデリカシーないよね? ねえ、アーチャー。何か言うことないの?

 

「いや、それについては何度も謝ったではないか。確かにデリカシーに欠けていたとは思うが、しかし、仕方がなかったのも理解してくれ。あのままでは凍死してしまうのは間違いなかったのだから……」

 

 アーチャーは慌てながら弁解する。まあ、それについては仕方がないのは分かる。でも、目をつぶるなりなんなりと方法はあっただろうに。

 

「それに関してはまあ、正論だな。あの時はそこまで頭が回っていなかった」

 

 アーチャーはわたしの反論に肯定する。状況が状況なだけに、アーチャーはまだ最善の道を選択したと言ってもいいのかもしれない。

 だが、それでも腑に落ちない。

 アーチャーが言っている雰囲気を聞いていると、大して動揺もしていないようだ。いや、もしかしたらもう動揺をし終えたか、アーチャーの鉄の心で動揺を抑えているのか。

 わたしは、そんな期待(?)を無意識のうちに考えていた。

 

「君は実に魅力的な女性だ。前にも言ったが、君が私のマスターであってくれて本当に幸運だと思うし、感謝もしている。確かに御婦人の裸を見れば、大抵は慌てるだろうが、仕事柄そういうことには慣れていてね」

 

 なるほどね、とわたしは頷く。

 確かに納得できる答えだ――普通なら。

 アーチャーは以前言っていたのだ。仕事上、そんな関係になったことは今までなかった――と。そのはずなのに、さっきアーチャーはそういうことに慣れていると、言った。

 何だか矛盾しているなあ。何で違うのかなあ。理解に苦しむなあ。

 わたしは、また無意識のうちにアーチャーに殺意を向けていた。

 

「いや……それは……言葉のあやというものであってだな……」

 

 仕事のためにインスタントな恋人関係はあっても甘い関係とかは無かったと言ったよね。え? あれ、実は嘘なの? 無いとか言って、本当は蜜月な何かがあったの? 何なの? 本当に何なの? 生前本当は何かあったわけ? わたし以外の女で何かあったわけ? それって二股している男の心理となんら変わりないと思うんだけど、どうなの?

 

「いや……だから……そういうことじゃなくてだな……。あくまで魔力を供給するためには仕方がなかったというか……そうしなければならなかったという事情があってだな……」

 アーチャーは誤解を解くために弁解するが、わたしの思考はもうそんなことはどうでもよかった。

 わたしの思考は、さらにクリアになっていた。

 

 ――確信犯。

 ――やっぱり女の敵。 

 ――結論。死刑確定。

 

 わたしは、またアーチャーから没収された剣を、隙を見て抜こうとした。

 

「またか。やめたまえ、マスター!」

 

 ええい! 死ね、アーチャー! やっぱりわたしが殺らないと、わたしに未来はやってこないんだ!

 

「だから、やめたまえ! 悪かった。私が悪かったから、剣を引っこ抜くのはやめろ!」

 

 

 

 ―――

 

 

 

「では、私たちが置かれた身について簡潔にまとめていこう」

 

 アーチャーは、やれやれと言った表情で言った。

 まず、全く身に覚えのない場所に身一つ持たずに召喚された。この時、アーチャーは受肉していて英霊としてではなく、人間として召喚されていたことになる。

 つまり、わたしが死んでもアーチャーは消えない。つまるところ、わたしがいなくてもアーチャー一人で生きていける。

 さらにわたしは、令呪を失っていて、アーチャーとの繋がりは完全に途絶えている上代だ。だから、今のわたしにはアーチャーを使役する力は残っていない。

 だが、アーチャーは、

 

「それは些細なことだ。何も繋がりがなくても、私は、君のサーヴァントであることに変わりはない。それに、君を死なせることも絶対ない。サーヴァントとして君を守ることを約束しよう」

 

 と、言ってくれた。

 アーチャーはアーチャーの意思でわたしを守る剣となり盾となることを誓ってくれた。

 さて、一番の問題は、わたしたちの能力値が最低に戻されたことだ。スキルはそのまま保有しているが、能力値が最低では上級の魔術やコードキャストは扱えない。再び敵を倒してレベルを上げていかなければならないのだが……。

 問題はわたしだ。アーチャーとの繋がりがない今、アーチャーと共に戦闘を行っても、経験値が入ってくるのは、戦闘に参加したアーチャーのみになってしまう。

 アーチャーがぎりぎりまで削ってわたしが止めを刺す、という方法も考えたが、あまりに回りくどいし、そんな猶予もないだろう。

 なら、コードキャストを重点的に使って敵を倒していこうと考えたが、わたしが持っているものは殆どが回復や状態異常解除のものばかりで、攻撃出来るものはごくわずかだ。しかも威力も小さい。

 やはり、自分の能力を取り戻すにはアーチャーのように戦う訓練も必要なのではないか、と思えるようになってきた。

 アーチャーもそれには賛成した。

 

「それはいい事だと思う。これは聖杯戦争とは訳が違う。本当の意味でサバイバルだから、君自身にも自衛の力を養うことは大切なことだ。君を守るとは言ったが、完璧に守れるかは保障出来ない。戦闘訓練なら私がレクチャーしてやることも出来るしな」

 

 なら、有り難い、とわたしは言った。

 だが、アーチャーはまだ何か言いたいことがあるらしい。

 

「ただ、戦闘でしか経験値を得ることが出来ないという考えは、捨てたほうがいい」

 

 アーチャーの言葉に、わたしは目を丸くした。

 それはつまりどういうことなのだろう。

 

「この能力の封印……恐らく戦闘以外でも経験値が得られるようになっている」

 

 アーチャーは端的に説明したが、わたしにはまだその意図がつかめていなかった。

 戦闘以外でも経験値を得られるというと……。

 

「言葉の通りだ。さっき君は、回復のコードキャストを使っただろう?」

 

 ええ、使いましたよ、とわたしは答える。

 

「その時、肉体的に疲労を感じたことはなかったかい? 以前戦闘を行った時のような疲労感は」

 

 わたしはさっきのことを思い出す。

 小回復のコードキャストを使って、魔力消費が少ない割には、ごっそり持っていかれたような感覚と……戦闘で感じた時の疲労感は確かにあった。あれは、魔力量が最低値になったから感じるものなのだろう、と勝手に思ってしまっていた。

 アーチャーは、頷いた。

 

「それも正解だ。前者の――魔力量が少ない中で消費量の多い魔術を使えば、当然その減り方を実感する。だが、後者――その疲労感は間違いなく戦闘が終わった後で、経験値を得た時に感じていたものだ」

 

 つまりだ、とアーチャーは結論付ける。わたしもその先の展開は読めた。

 

「魔術を使い続けても経験値は得られる。即ち、戦闘以外でも経験値は得られ、レベルは上がるということだ」

 

 その仮説が正しいのなら、わたしにも出来ることが多くある。

 以前のように、わたしがアーチャーにコードキャストを使って補助する役割をしていても、経験値が得られるのなら希望が見える。

 

「最も、戦闘における経験値が一番高いのは仕方ないが、こういうのは数をこなせば釣り合うものだ。従来の戦い方を継続しても構わないし、先ほど言ったように、訓練して、自分自身で戦闘に参加出来るようになれば、コードキャストでの経験値と戦闘での経験値がどちらも手に入る」

 

 なるほど、とアーチャーの説明を聞いて納得する。

 確かに自分で戦える力があれば、その分封印された能力を早く取り戻せることになる。

 わたしは、自分が何で戦うのか、勝手に想像した。

 はっきり言って、武器なんて持ったことがないから、何が自分に合うのか分からない。

 アーチャーと同じく、剣を使った近接戦闘か、もしくは弓矢や銃を使った遠距離からの補助を含めた戦闘か……挙げたらきりがない。

 どれがわたしに似合うだろうか……そんなことを考えていた。

 アーチャーは、勝手に妄想しているわたしには目もくれずに、言った。

 

「だが、それ以外でも経験値は手に入ることが分かった」

 

 え? とアーチャーの声を聞いて我に返る。何を言ったのか聞こえていなかったが、アーチャーはやれやれ、と言いながら再度説明してくれた。

 

「実を言うとね。どうやら我々にかけられた封印というのは、思いの外緩いものだと分かった」

 

 封印が緩い? それはつまりどういうこと?

 わたしが聞くと、アーチャーは片手を差し出して答えた。

 

「ここにたき火をつけるために、私は火を起こした。さらには君や私の服を簡易的ではあるが作った。するとどうだろう。それでも経験値が貯まったのを感じたんだ」

 

 はい? とわたしは首を傾げた。

 火を起こした、服を作った。それでどうして経験値が得られるのだろうか。

 

「恐らく理由は簡単だ。そうすることによって、私たちは凍死から免れて生きながらえた。つまりは生きるための経験値を得たという扱いなのだろう」

 

 アーチャーは、そう予測した。

 つまり、わたしたち自身が「何か」をすると、経験値を得られる、ということなのだろうか?

 アーチャーは頷く。

 

「私はそう見ている」

 

 なるほど、とわたしは頷いた。

 

「もっと簡単に言うなら、私たちが『成長した、成長できた』ということに繋がる行動をすることでも経験値は得られるんだ」

 

 もし、アーチャーの言っていることが本当なら、緩いなんてものじゃない。

 普通に日常生活をしていれば、それだけで経験値は貯まっていくのだ。

 掃除、洗濯、炊飯などの家事。

 スポーツ、趣味などの娯楽。

 戦闘、魔術などの訓練。

 全てが個々を成長させる要素が詰まっている。経験値が金だと考えれば、働いて稼ぐとかそんなことしなくても、今まで通り生活していれば金が湧いて出てくるような、夢のようなものだ。

 え、何それ? そんな簡単なことでいいのだろうか? と、耳を疑いたくなるくらいの衝撃だ。はっきり言って、聖杯戦争や月からの脱出よりもイージーモード過ぎるのだが、良いのだろうか?

 だが、アーチャーは油断しない方がいい、と忠告した。

 

「うまい話には必ず裏があるものだ。簡単にレベルが上がりやすいということは、敵のレベルが初期から高いのか、それとも敵のレベルは、我々のレベルに準拠しているのかもしれない。そういう場合、今の状態はかなり不利だ。すぐに強い敵と当たれば、敗北は目に見えているだろうし、初期状態での戦闘が一番難しい」

 

 だから、とアーチャーは言った。

 

「そのためには、色々不足しているものを集めなければならない」

 

 今不足しているもの……わたしはいろいろ考えた。

 とにかく、情報が欲しい。ここがどこなのか、どういうところなのか、最低限知らなくてはならない情報は手に入れておきたい。

 わたしがそう言うと、アーチャーは肯定した。

 

「私も同意見だ。情報もそうだが、生活するための家や物資も欲しい。これらを集めるために、共通している必要なことは一つしかない」

 

 何だと、思う? とアーチャーはわたしに尋ねてきた。

 共通しているもの――アーチャーはわたしを試しているのだろう。

 だが、その答えはすぐに分かった。

 

 

 人に会うこと――それだけだ。

 

 

 アーチャーは頷いた。

 

「正解だ、マスター。まずは人だ。見知らぬ世界とはいえ、道路が舗装されているということは、文明がある――つまり人がいる証拠だ。どこかに必ず村があるはずだ。そこで色々情報を聞き出そう」

 

 アーチャーの提案に、わたしは頷いた。

 

「そうと決まれば、まずは明るくなるのを待とう。色々あっただろうから、疲れているだろう。まずは寝て、体力を取り戻そう」

 

 うん、とわたしは答えて横になる。

 だが、アーチャーには寝る気配がなかった。

 寝ないの? と聞くと、アーチャーは優しく答えた。

 

「君は気にせず寝るといい。わたしは、そこの亡くなった男たちを葬って、君を守りつつ、危険が無くなったら、軽く寝ることにするよ。また化け物が襲ってこないとも限らないからね」

 

 まるで、娘を優しく諭す父親のような情景だった。アーチャーのニヒルな言葉は心底聞き飽きていたが、そういう優しい言葉をかけてくれると、何だか安心する。

 じゃあ、お言葉に甘えて――と、わたしは目を閉じる。

 たき火の温かさと、アーチャーが作ってくれた化け物の毛皮を使った毛布。少し獣臭いが、これはこれで、と妥協出来た。

 目蓋が閉じていく。

 火が、アーチャーが、色が揺らめいていく。まるで、世界への入り口に入ったかのような不思議な感覚が、わたしを眠りに誘っていく。

 お休み、とわたしは呟く。

 ああ、お休み、とアーチャーは答えてくれた。

 寝よう。明日はきっと何かいいことが起こりそうな気がする――そんなことを思いながら目を閉じた。

 

 

   *

 

 

 剣戟と男たちの怒声。

 遠くで戦闘が行われているようだ。

 煙の臭いと、僅かに鼻を通り抜ける血の臭い。

 まるで死と隣り合わせ――そんな絶体絶命な状況に陥っているような危機だった。

 だが、わたしは目を覚まさない。

 誰かが、わたしを守っているような温かさを感じていたからだ。

 そう――ここからが、わたしたちの本当の始まり――。

 物語は、まだ始まってもいなかったのだ。




ドラゴン語は文法苦手なので間違っているかもしれないので、ご了承ください。

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