サイタマがオラリオのダンジョンに迷い込む短編。※この話にはダンまち側にオリジナル設定・展開・キャラが存在します。

1 / 1
オリジナル設定があります。オリ設定です、大事なことなので二度いいました。


サイタマがダンジョンにいるのは間違っている

 某日、Z市のはずれ。

 数年前から高レベル怪人の発生急増によってZ市中心部に人が逃げたことで、人の住まないゴーストタウンとなった街を、一人の男が中身の少ないスーパーの袋片手に歩いていた。

 ハゲ頭に黄色のつなぎにベルト、白いマント、赤いグローブとシューズ。

 つい最近プロヒーローとして登録されたC級ヒーロー、サイタマだ。

 人がいないとはいえ街中を歩くには奇抜すぎるファッションだが、ヒーローが増えた今の世の中ではそれほど珍しくない。ファッションセンスは置いておくとして。

 しかしそんなヒーローが、恐ろしい怪人が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していると噂される場所を歩いているわりに警戒感のない、気の抜けた姿だった。

 

 「今日も悪い奴見つからなかったな……今週のノルマ、どうすっかな」

 

 ぼやいても街は静かなまま、サイタマの持つスーパーの袋が歩くたびに立てる音と鳥の声ぐらいしかしない。噂されるような怪人などどこにもいないかのように。

 余談だがC級ヒーローには、一週間のうちヒーロー活動を認められなかったらヒーロー名簿(めいぼ)から除籍(じょせき)されるというノルマが課せられている。

 そのため連日怪人騒ぎが起きるとはいえ、数の多いC級はひったくりや強盗、通り魔などを退治するなどが主なヒーロー活動になっていた。

 そうした、いつ騒ぎが起きても現場に駆けつけてヒーロー活動が認められるよう、普段からヒーローとしての装備をしていることが重要になる。

 ヒーローとわからない私服で退治した場合は、別のヒーローの功績になったりすることもあるのだ。

 そんなわけでサイタマはいつもの服装で買い物をして、怪人どころか人っこ一人いない街を気の抜けた顔で帰り道を歩いていたら――

 

 ――地面にあいていた直径1mほどの黒い穴に、すぽっと落ちてしまった。

 

 「んあ?」

 

 落ちる時も緊張感などないが、不思議なことにサイタマが落ちて見えなくなると穴も縮んで黒い点になり、消えてしまう。

 目撃者は無く、辺りは静かなZ市のまま、サイタマがこの世界から消えたことに気づきもしないまま。

 地面に残されたスーパーの袋だけを痕跡として。

 

 

  ◆  ◇

 

 

 迷宮都市オラリオ、それは『ダンジョン』と称される地下迷宮の上に築き上げられた巨大都市。

 もっとも、町並みもごちゃごちゃしてあらゆる亜人が生活を営んでいるせいで人も多く、田舎から夢見て訪れた人は必ず道に迷うからだ、というのもあるそうだ。

 そして訳もわからぬまま、ろくな準備もせず有名なダンジョンに入ってみようというバカ者が一定数存在し、痛い目を見るどころか命まで落とすことになる。

 

 

 

 「つまりアナタのことを言っているんですよ!」

 

 エイナは机を叩いて目の前に座る不届(ふとど)き者、ギルドを通さず勝手にダンジョンに侵入しようとした悪目立ちする格好のハゲ頭、サイタマに向けて怒っていた。

 エイナ・チュールはダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付窓口嬢で、そのマジメさと優秀さが評価されている。そんな彼女はダンジョンに出入りする冒険者を全てではないが多く見てきて、初見(しょけん)の人間を見抜く眼力を備えていた。

 いままでもこうした不届き者を見てきた実績がある。そして捕まえて叱責(しっせき)し、家に帰すか【ファミリア】に所属してから来ることを言いつける。

 他の受付達はあまりそんなことはしない、たとえ見つけてもそのまま見逃してダンジョンへ行かせてしまう。一介の受付がそこまで面倒を見てられないからだ。

 それをしないエイナはお人好しの仕事人間と言われるが、皆からはとても好かれていた。仕事が速くマジメで頼れる綺麗なお姉さんだからというのもあるのだが。

 

 

 一方、怒られているサイタマは連れて来られた一室で、特に申し訳なさそうな顔でもなく叱責(しっせき)を受けていた。

 椅子に腰掛けたまま、出されたお茶をずずっと一啜(ひとすす)りして、お茶ってここにもあるんだなーと感心していた。

 

 「(なんか変なところに出たと思ったけど、ここってやっぱり違う世界とかなんかな)」

 

 サイタマがそう考えたのはヒーローが違う世界に行く話というのは割と多いからだ。

 もちろん創作の中でなのだが、かつてはTVの中にしかいなかった怪人が蔓延(はびこ)る世界になったのだから不思議ではない。といっても『ありえないことではない』というだけで、実際に起きるとは普通考えないのだが。ちなみにヒーロー協会がこの世界に無いらしいことも、エイナに聞いて確認している。

 オラリオの(さび)れた教会に落ちてきたサイタマは最初は戸惑(とまど)っていたのだが、外に出てうろついているうちにダンジョン前まで来て、ついテンションが上がってしまって知らない世界にいることを忘れていた。

 そしてそのまま入ろうとしたところをエイナに捕まり、ギルド本部へ連行され今に至るのだが、エイナの怒りながらの説明で大体のことを理解していた。

 

 

 「えーっと、つまりダンジョンに入りたかったら、その……ファミ、チキ?」

 「【ファミリア(神 の 眷 属)】です」

 「ファミリアに入ってからじゃないとダメってことか?」

 「正確には【ファミリア】に入り【ファルナ(神 の 恩 恵)】を受けることですが、それはほぼ同じ意味なのでいいでしょう」

 

 オラリオに住まう神たちは【ファミリア】を作り、所属した人間に【ファルナ】を授けることで力を与え成長を(うなが)し、【ファミリア】を大きくしていく。

 所属することにデメリットはなく、力と拠点(きょてん)庇護(ひご)を与えられるのでダンジョンに入る冒険者となるのなら必須といえるため、所属していなければダンジョンに入れないとギルドによって定められていた。

 

 「ファルナねー……」

 

 しかしサイタマにとってはこれ以上の新しい力など望んでおらず、そんなものがセットでついてくるファミリアに所属する気が全く無かった。

 興味なさそうにしているのをすこし(いぶか)しんだエイナは、サイタマの全身を改めて見やると武器もなく防御力もなさそうなツナギとマント、どう見ても冒険者の装備とはいえないだろう。

 

 「まあ、見るからに装備も充実していないようですし、アナタを受け入れてくれる【ファミリア】があるかどうかは別ですよ?」

 「ふーん」

 「【ファルナ】を受けることで【スキル】や【魔法】が発現することもあるので、誰にとっても大成する可能性はなきにしもあらずと言えますが――」

 「――ッ! なあ、一つ聞きたいんだが」

 

 そのとき、サイタマに電流走る。今までの気の抜けた顔と打って変わって引き締まった表情に、エイナも身構える。

 

 

 「【ファルナ(神 の 恩 恵)】で……、髪が生えてきたりすることはあるか?」

 「…………」

 「…………ゴクリ」

 

 

 フッ、と淡く微笑んだエイナの目はとても優しい色をしていた。内心、()ってなかったのね、と哀れみを覚えていたがそれを出すことはしなかった、優しい。

 

 「今までに【ファルナ】で髪が生えたという報告は無いわ」

 「……そうか、いや、たいしたことじゃないけど聞きたかっただけだ」

 

 エイナは何も聞かなかった。

 サイタマにはもう十分言い聞かせたと、静かにギルドの一室から出て受付業務に戻っていった。

 しかしサイタマに芽生えるかと思われたファミリアに所属する意思が、これで完全に無くなっていたことに気づかなかった。

 なお、【ファルナ】で髪が生えないかどうかは実際にはわかっていない。

 

 

  ◆  ◇

 

 

 「案外簡単に入り込めたなー」

 

 ギルドの建物から出て数分後、サイタマはダンジョンの一層にいた。

 そもそも出入りの多いダンジョンで初心者かどうかなど、エイナのような受付以外の人がわかるはずがなく、見るからに怪しくともサイタマを止める人はいないのだ。

 ダンジョンに入れば、自分の命は自分で守る、他人の無謀(むぼう)な真似はよほど親しくない限り火の粉が飛ばないうちは無視するのが一般的といえる。

 もっとも、一層の魔物は弱く、鍛えていない大人でもなんとか倒せる危険の少ない場所なので、怪我(けが)をして帰るのを期待して見逃したというフォローも出来るが。

 ともあれ、サイタマは(おそ)ってくる魔物をテキトーに(しず)めつつ、宝箱とかあるのかなーとウキウキしながらダンジョン内を歩いていた。おのぼりさんのようにキョロキョロ見回しながら、マッピングなどせずに。

 

 「あれ? ここさっき通ったっけ」

 

 当然、迷った。迷宮(ダンジョン)の名は伊達ではない。すでに来た方向もわからなくなっていたが、それでも足を止めること無く適当な勘でウロウロさまよっていた。

 しかし一層は人が多く、幸いにもすぐにソロで潜っていた冒険者に出会い、道を聞くことが出来た。

 

 「なあオッサン、このダンジョンで一番強い奴ってどこにいるかわかるか?」

 

 迷ったのは帰り道ではなく、進む道だった。

 

 「ああ? そりゃ一番強えのは、一番下の最下層にいるんじゃねえか? あと俺はオッサンじゃねえハゲ」

 「おお、なるほど。サンキュー、オッサン!」

 

 それを聞くとサイタマは地面に向けて、「よっ」と小さな掛け声とともに拳を繰り出し、爆発音を(ともな)った周囲を揺らす衝撃をダンジョン内に響かせ、あっさりと地面を砕いて下の階層へ降りていった。

 間近で見ていたソロ冒険者は唖然(あぜん)とした顔で立ち尽くしていると、開いた穴から再び地面を砕く音が連続し、段々遠ざかっていく。順調に下の階層に降りているようだ。

 完全に音がしなくなるのは、地面がまるで怪我を再生するかのように穴の周囲から土がせり出し、元通り修復されて穴が塞がってしまってからだった。

 

 「俺、疲れてんのかな……? 歳なのか、そうなのか?」

 

 ダンジョンの壁は非常に頑丈で、また多少の傷がついても修復されるため地面を掘って下層にいくなど本来不可能なので、目の前で起きたことを彼には信じられそうに無かった。

 

 

  ◆  ◇

 

 

 オラリオには『剣姫』、あるいは『戦姫』と呼ばれる冒険者がいる。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。彼女はその強さもさることながら、金髪金眼の美貌(びぼう)と感情を見せない物静かな姿から神秘的な印象を持って語られる。

 オラリオの冒険者を五人上げろといわれれば、必ずその中に入る有名人だ。

 だがどのように有名であろうと、ダンジョンの中ではただ一人の冒険者に過ぎない。ダンジョンは平等に襲い掛かり、無差別に死を()き散らす。

 

 その日、アイズは些細(ささい)な不幸が連続して起きた。

 朝食に食べようと取っておいたものがロキに食べられていたり、ダンジョンへ行く予定が急にキャンセルになったり、ベートが絡んできて(うるさ)かったり…これはいつもだ。

 仕方ないからメンテナンスに出していた予備の装備を取りにいったら出来ていなかったり、あげく必要な素材がないからと低層ならソロで問題ないと勝手に(もぐ)ったり。

 そして運悪く、階層主(かいそうぬし)と出くわしたり。まるで何かに(みちび)かれるように、彼女は階層主とたった一人で戦っていた。

 

 

 「くっ……!」

 

 いくら彼女が強いといっても、たった一人で階層主と戦おうというほど無謀(むぼう)ではない。

 何度も逃げようとしたが、アイズも初めて見る階層主はこの空間に作用しているのか、逃走を阻害(そがい)する結界を張っていた。

 

 「【目覚めよ(テンペスト)】! ……やっぱり、ダメ」

 

 さらにアイズにとって致命的だったのは、この空間では魔法が無効化(キャンセル)されるということだ。彼女の得意とする風の魔法による防壁・加速、そのどちらもが使用不能になり、唯一通じる剣による直接攻撃も決定力不足になっていた。

 階層主は牛頭のミノタウロスを髣髴(ほうふつ)とさせるような角を頭に持ち、ミオスタチン関連筋肥大にかかった犬を十倍にしたかの体躯(たいく)、頭部から長く伸びた蓬髪(ほうはつ)で隠れているが眼はギラギラとした闘争欲に染まり、鋭い牙の生え揃った開いた口からは熱く臭い息と(よだれ)(したた)り落ちている。

 

 『ヴォオオオオオオオオォォォン!!』

 

 空間を震わせる咆哮(ほうこう)、戦いそのものを好んでいるかのような(たの)しげな様子の階層主に、アイズは覚悟を決める。

 階層主は四足獣らしく身を地に伏せ、後ろ脚にたわめた力を一気に解放し前方に加速、(ぞう)がブレて見えるほどのスピードだが何の小細工も無い突進だ。

 これを回避することは簡単だ、だが決定力にかけたアイズではそれを続けていてはいずれジリ貧になり、体力が尽きてしまう。敵もわかっているのだ、勝負をかけろ、覚悟を決めろと。

 アイズはそれに乗る。回避しながらのカウンター、それも一撃で勝負を決める致命的な一撃(クリティカル)を!

 激突の一瞬、引き延ばされる時間、精緻(せいち)を極めた一撃をアイズは繰り出す。

 だがその日のアイズは些細(ささい)な不幸が起きる日だった。そうとしか言えない、突如天井から響いた震動は彼女の最高の一撃にわずかな狂いを生じさせ、階層主の身を滑るように引き裂くも致命傷にはならず、浮いたアイズの体を引っ掛けるように巨大な質量の突進が彼女を弾き飛ばした。

 一瞬、全てを呪いたくなるようなタイミングの不幸に意識を飛ばすもアイズは立ち上がろうとするが、脚に激痛が走る。

 弾き飛ばされたときに角を引っ掛けたか、短いスカートからすらりと伸びる美脚に血が(したた)っていた。ポーションを使えば治るとはいえ、今このときに敵は待っていてくれない。絶対絶命の危機。

 

 

 「(……こんなところで?)」

 

 階層主を見やると、振り返りこちらを見定めている。動けないのを察したか、狙いをつけるようにまた地に伏せ、笑うかのごとく牙を見せる。

  ――ダンジョンは区別などしない、強きも弱きも、平等に襲い掛かり無差別に死を()き散らす。そのことに低層も深層もないのだ――

 アイズは剣を握り締め、杖のようにして地面に突き立て、立ち上がる。もう回避することは出来ない、それでも刺し違えても相手を倒すという意思をその金の眼に燃やし。

 

 「……負けない。死んでなんか、やらない」

 

  ――それでも生きて地上へ帰り、再びダンジョンに潜ろうとするのは諦めない人間か――

 階層主の歓喜(かんき)の雄叫びと死の突進、迎え撃つ剣姫はまるで神話のワンシーンのように美しく、まさにその瞬間に彼女の中で秘められた力が――。

 

 

 「ていっ」

 『ヴォグガァァァアア!!!!』

 

 ――たまたま、アイズと階層主に挟まれていたところに立っていたサイタマに殴られて、巨体の犬は断末魔(だんまつま)とともに首から上をバラバラに吹き飛ばされた。

  ――諦めない人間か、とても幸運な人間だろう。

 

 

 

 「なんか飛び掛ってきたから殴ったけど、なんだったんだ? ……お、人発見。」

 

 順調に掘り進んでいたサイタマだったが、このダンジョンが何層まであるのか知らなかったので、丁度(ちょうど)誰かに聞きたかったのだ。

 ぽかーんと口を半開きにして立っているアイズは、普段の感情を見せない姿を知る者にはとても珍しいが、いまこの場には二人以外に誰もいなかった。

 

 「おーい、ちょっと尋ねたいことが……怪我、してんの?」

 「……大丈夫」

 「いやいや、大丈夫って血、出てるじゃん」

 

 声をかけられて再起動したアイズは普段の反応を返すが、どこかぎこちなく手がわたわたと意味も無い動きをしている。

 

 「……怪我、治る、ポーション、あるから」

 

 おかしさのあまり片言になるアイズ。サイタマの視線から逃げるように顔を腰のポーチにやって、中からポーションを取り出そうとするがガチャガチャとかき回して上手く取り出せない。

 苦労してやっと見つけて取り出せたときは妙な嬉しさで、何故かサイタマに突きつけて口の端を吊り上げた満足げなドヤ顔した。もしロキが見たらぶったまげること請け合いだった。

 

 「へー、便利なもんだな。じゃあさ、このダンジョンって何層まであるかわかる? あとここってどこ?」

 

 ゲームみたいだな、という感想は胸に秘め、心配要らないとわかって聞きたかったことを尋ねるサイタマ。

 するとアイズはさっきまで子供のようなドヤ顔は色をなくし、小さく首を落としてしまう。普段の感情を見せない姿を知る者には以下略。

 

 「……ダンジョンが何層まであるか、わかっていない」

 

 満足な回答ができない不甲斐(ふがい)なさに打ちひしがれるアイズは、「ふーん」と特に気にも留めてないサイタマにますます小さくなる。

 未攻略のダンジョンなのだから何層まであるかなんてわかるはずもないので、アイズはなにも悪くないのだが、どうして知らないのか自分を責めていた。

 もっとも、尋ねたサイタマはわかんないなら下まで行って、また聞けばいいやと軽く考えていたりする。

 

 

 小さくなったアイズから現階層を聞き出したサイタマは礼を言って、再び地面を砕いて下へ行こうと拳を振りかぶる。

 

 「……待って」

 

 ポーションを使い、しっかりと両足で立ってサイタマを見つめるアイズ。

 

 「……貴方は、何者?」

 

 振り下ろした拳は地面をたやすく砕き、衝撃と轟音(ごうおん)でアイズの言葉を吹き飛ばしてしまう。

 だが、サイタマの耳には届いていた。

 

 「俺は、趣味でヒーローをやっているサイタマというものだ」

 

 開けた穴からひらりと飛び降り、かっこよく立ち去ろうとするサイタマ……のマントをがしっと掴み、穴から上半身が出た状態で固定してしまうアイズ。

 

 「うおおっ! なにすんだ!」

 「お礼」

 「えっ?」

 

 そう言ってアイズが差し出したのはポーチに入っていたのか、ダンジョンに来る途中の屋台で買った冷めたジャガ丸くんだった。もとい、冷めても美味しいジャガ丸くんだった。

 ずいっと無表情に差し出してくるアイズに断れないものを感じさせ、つくしになったサイタマはしぶしぶ受け取らざるをえなく、首を(かし)げていた。

 サイタマは階層主からアイズを助けたという自覚は無いし、たとえ助けたとしてもお礼が欲しくてやったわけじゃないのだ。

 

 「あー……、じゃあ、そういうことで」

 「うん」

 

 バイバイと無表情に手を振るアイズに見送られて、地面に潜って消えていくサイタマ。そこにはヒーローのかっこよさなど微塵(みじん)も無かったが、彼女の胸にはさっきの言葉が残っていた。

 

 「ヒーロー、ほんとにいるんだ……」

 

 中空に向けて熱いため息とともに呟く彼女は、まるで本物のサンタに会ってプレゼントを貰った純真な子供のようだった。

 

 その後、無事に歩いて帰ってきたアイズはロキ・ファミリアの面子に怒られ心配され泣かれ、もみくちゃにされた。

 そして帰ってきてからというものどこか心ここにあらずといったアイズに心配していたが、何か吹っ切れたのかロキ・ファミリアの仲間が見守る中、階層主をソロで撃破しレベル6となり、ファミリアの仲間は次第にそのことは忘れていった。

 

 ただ、ハゲ頭の男性を眼で追うことが多くなったアイズに気づいた仲間の女性陣が噂し、ベートは大いに悩むことになったとか。

 

 

  ◆  ◇

 

 

 ダンジョン、最下層。そこは人間どころか、地上の神たちにも知られることは無い、光当たらぬ地。

 この迷宮が大地に生まれてよりさほど時を置かずして、暗き闇の底に一つの生命が産み落とされた。

 この世界に神がやってくる前から地を()いずり肉を食らい、やがて知恵を持つに至ったソレは自分たちが迷宮の落とし児であると悟った。

 そして嘆いた、このような光当たらぬ地に生まれたことを。次に歓喜(かんき)した、光(あふ)れる地上へ向かう道があることを。

 だが、同時期に訪れた天上の神々の存在を知り、地上へ下り人間に庇護(ひご)を与えた神の力を恐れた。アレは敵であると、魔物を(ほふ)るために人間に加護(かご)を与える神々を見て、思った。

 欲しい。あの力が。弱者が(すが)り、(あが)めたて、支配され、天上から慈雨(じう)を与えるが如く()()()()()力が。

 その地底で生まれた怪物は、誰にも知られること無く力をつけ、そしてついには――

 

 

 『――至った、神の力へ』

 

 怪物の周囲には、幾百幾千という最下層の強大な魔物が群を成していた。姿かたちはバラバラでありながら、まるでひとつの集合体のように。

 ただ一つ、魔物たちに共通する一点があった。それは体に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】――

 ――魔物たちは、その怪物を主とした魔物の【ファミリア(眷 属)】なのだ。

 人間達が地上に降りた神々に(すが)り、得た力でダンジョンの魔物を(ほふ)っていることを、知恵を持つ魔物が知らないはずが無い。

 ゆえに調べ、研究し、模倣(もほう)し、作り上げた。

 【ファルナ(神 の 恩 恵)】は非力な人間の成長を促し、やがては身体能力のみで魔物を圧倒(あっとう)する力をもたらす、まさに神の力だ。

 もちろん、その力はただ与えただけでは効果はない。戦い、学び、ときには耐え忍び、【経験値(エクセリオ)】を得なければ成長には繋がらない。

 しかし、最下層に魔物と戦うような人間はやってこない――――だから、【ファルナ】を与えられた魔物たちは殺しあったのだ、同じ【ファミリア】同士で。

 もし、魔物が人間と同じように鍛錬(たんれん)し力を求めたならばどうなるか。それをダンジョンの魔物の中で、最も凶悪かつ強大な最下層の魔物が行えばどうなるか。

 それが今の、怪物の目の前に広がる光景だった。

 

 『我らは強くなった。しかし、まだまだ強くなれるだろう。だが、この場所ではちと狭いと思わぬか?』

 

 想像を絶する蟲毒(こどく)の壺の中から這い上がってきた精鋭、いや『我が子』たちに語りかける。

 人間が目にする低層や中層の魔物は闘争本能に支配され、おおよそ知性というものが無い。それは最下層といえど魔物である以上、闘争を求める本能は強い。

 だが【ファルナ】を受けた魔物たちは違う、一つ一つの目に、目の無い魔物には立ち振る舞いに理性と知性が感じさせた。

 魔物たちは怪物の前で、しわぶき一つ立てず傾注(けいちゅう)している。だがその心の(うち)劫火(ごうか)の如く燃え盛っていた。

 

 『我が子らよ――、時は満ちた。今より地上世界への侵攻を開始する』

 

 爆発したように雄叫びを上げる魔物たち。ついに悠久(ゆうきゅう)の眠りから、眠れるドラゴンが目を覚ましたのだ!

 怪物は我がことのように喜んだ。あるいはこの怪物は、天上の神々がやってこなければ、この世界の神となっていたのかもしれない。

 だが神々は人間に味方し、怪物は魔物に味方した。神々と地上の人間とは、共に天を抱くことは出来なくなったのだ。

 だから、こう名づけてしまったのも、ある意味仕方ないのかもしれない。

 

 『我はこれから地底王と名乗ろう。そして我が子らは、地底人として地上を頂くのだ』

 

 (たた)える声に答える様に、四本の腕を(かか)げる地底王。その歓声に釣られるようにして、何者かがこの地底にやって来ていた。

 

 

 

 『ほう、まさかこんなところに人間が来るとはな』

 

 地底王が見たのは黄色い肌をしたハゲ頭の人間だった。ろくな装備もなく、構えもせずに緊張感のない顔で突っ立っている。

 だが油断することはしない、この人間は地上から最下層まで降りることができる力を持っていることに他ならないのだから。おそらく、地上でも最強の人間。

 

 『丁度いい、まずはキサマを血祭りに上げて開戦の狼煙(のろし)としよう』

 

 地底王が自らのスキルを使い、剣を虚空(こくう)から取り出し手に握る。それぞれの腕に一本ずつ、四本の無骨(ぶこつ)な剣だ。

 それらはダンジョンで取れる最も固い鉱物を用いた、おそらくこの世界で最硬の剣。それを魔物たちが自らの生命を捧げて鍛冶【スキル】と【魔法】を駆使し、練磨(れんま)し、作り上げた珠玉の四振り。余計な装飾など不要、ただ力のみを求めて鍛えられし刃金(はがね)

 あまりの重量と剣自体から発せられる超高熱で、強大な魔物といえど持ち上げるどころか触れることすら危険なソレを、地底王は小枝のようにたやすく扱った。

 神の力、【ファルナ】を与える怪物が他の魔物たちより弱くあっていいだろうか。

 そんなはずがない、魔物は闘争本能の塊であり、たとえ主であっても強きもので無ければ従うはずが無い。

 地底王は現に【ファミリア】の幾千の魔物たちを率いているが、それは【ファルナ】を与えてくれるからで無く――単純に、魔物たち全てよりも強いからだ。

 それも、数の暴力を持ってしても敵わないほどに。圧倒的に。

 理性と知性を持った魔物たちは恐怖し従属した、だからこそ互いに殺しあう蟲毒(こどく)の壺に入れられても歯向かうことなどしなかったのだ。

 ゆえに、地底王は油断などしない。ただ、そうすることが最良の手だと考えたのだ。

 

 『この地底王自らが相手をしてやろう、死ね人間!』

 

 踏み込みの音すらなく、立ち尽くす人間との彼我(ひが)の距離を瞬時に縮めるその速度は、残像を(むす)ぶ光すら置き去りにし、同時に振り下ろされた剣閃は逃げ場など無い、初撃にしてまさに必殺の――。

 

 「せいっ」

 『プギュァァアアアア!!!!!』

 

 ――迫り来る四本の剣ごと体を貫いた一撃で、地底王だったものはバラバラに砕け散った。

 ついさっきまで歓呼(かんこ)の声で満ちていた空間は、折れ砕けた剣の残骸(ざんがい)がカラカラと地面に散らばる音を残すのみで、静まり返っていた。

 

 

 「おい」

 『ヒイィィイ!!』

 

 地底王の強さによって支配されていた魔物たちは、あっさり敗れたことで完全に心が折れて統率(とうそつ)を無くしていた。

 それでも逃げ出さなかったのは、目の前の存在があまりに理解不能の力を見せたため、動くことが出来なかったのだ。もし理性の無い魔物であったなら、即座に遁走(とんそう)していたであろう。

 この場の魔物全てより強かった地底王が即死した相手、この場に留まれば待っているのは魔物の虐殺(ぎゃくさつ)、人間がすることはそれ以外無いと判断する知性があれば逃げることが最善であったのに。

 ああ、自分の知性が憎い。いまこのときだけは理性をなくしてしまいたい。そんな風に(おび)えられていたことも知らないように、その口から平坦な声で問いかけられた。

 

 「ちょっと聞きたいんだけど、最下層ってどこかわかるか?」

 『ハ?』

 

 主である地底王が死んだため、すでに魔物たちは【ファルナ】を失っていたのだが、この存在がおかしなことを言っているのは理解できた。

 しかし理解不能な存在であればおかしなことを言うのも当然なので、むしろ間違っているのは自分達ということに、いやおかしいと判断する基準は……?

 などとさらに混乱をきたしていた。中には既に理性を手放し、理解不能の異言語で見えないナニカに話しかける奴までいた。場の正気度が下がる。

 

 「なあ、聞いてる?」

 『ハ、ハイッ!ココガ、最下層デス!』

 

 ゴメンナサイ、許シテクダサイ、モウシマセンなどなど恐慌(きょうこう)に至った魔物たちから、誰に向けているのかも意味不明の謝罪がそこかしこで()れ出る。

 中には体液という体液をいろんな所から漏らしながら、うずくまるように頭を下げているものもいる。あれはドゲザといったか――そんな取り止めの無いことが浮かんだ。

 

 「おー、そっか。よっしゃ、ついにラスボスだな!」

 

 もはや死を前にしてハイクを()む寸前だった魔物の前から、人間は来たとき同様にあっさりと歩み去っていく。

 そのまま暗がりの奥に行って、完全に見えなくなると魔物たちは体が地面へと崩れ落ちた。死んだわけではないが、心は一度死んだようなものだった。

 

 『ニンゲン、コワイ……』

 

 彼らが再び剣を取って立ち上がる日が来るまで、人間の再来がなかったことは幸いであった。

 だが、何故か最下層の魔物は頭の禿げた人間には恐怖するという噂が残り、冒険者達を悩ませたとか。

 

 

  ◆  ◇

 

 

 「ここがラスボスの居場所か?それっぽいな」

 

 最下層と呼ばれる場所を奥へ奥へと歩いていったサイタマは、突き当たりに明らかに場違いの大きく豪奢(ごうしゃ)な門の前にたどり着く。

 門には苦悶(くもん)する人間が描かれたおどろおどろしい彫刻(ちょうこく)と、サイタマには読めない文字が彫られていた。それがいかにもな雰囲気を感じさせ、ここが最終地点だと判断したのだ。

 なお描かれていた文字は『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』という意味だったりするが、一体なに獄の門なのだろうか?

 

 「ん? なんか張り紙してあんな、どれどれ……って読めねえや」

 

 門のちょうど人の目の高さに貼ってあった張り紙はこの世界の文字で書かれており、サイタマには読めないものだったので訳すると『セールス、勧誘、魔物お断り』と書かれていた。

 何気に魔物退散の超高位術式が使われているため、この周囲には聖域(せいいき)の如く魔物は寄ってこれないすごい張り紙だったりする。

 

 それはともかく、そのどれでもないサイタマが門の扉に手をかけると、(おごそ)かな音を立ててゆっくりと開いていき、足元からは冷気と白い(もや)が滑り込んでくる。

 

 「期待させやがる」

 

 開いた門からは白い、何もかもが白く天地も遠近もわからない空間が広がっているようだった。

 しかしサイタマは顔に不敵な笑みを浮かべて、扉をくぐり白い空間に足をつけて歩んでいく。

 マントがひるがえり、グローブに包まれた拳を握る。もしかしたら異世界ではこの力を(ふる)える相手がいるのかもしれない、そんな期待を胸に秘めて――

 ――もっとも、ラスボスはすでに倒した後だったのだが。

 

 

 

 そこには白い空間に不似合いの、仕事用とおぼしき机とイスに座ってペンを握り書類に追われる、光り輝く存在がいた。

 机の前に立つサイタマに気づいたのか、ようやく書類から顔を上げるとピカピカしすぎてわからないが、驚いたような気配があった。

 

 『もう攻略者が出たのか! 予想よりずいぶん早かったな』

 

 姿かたちはわからないが、声は意外に若い青年のものだった。

 眩しそうにしているサイタマに気づいたのか、光量を落としてくれる。細かいところで気配りの出来る存在らしい。

 

 「えっと、アンタがダンジョンのボス?」

 『ん? 違う違う。僕は、迷宮クリアの宝箱みたいなものだよ』

 

 普段はしがない中間管理職だけどね、と肩をすくめておどけたように話すその存在は、久しぶりの会話を楽しんでいた。

 同僚たちが遊び呆けているしわ寄せが自分の背にかかっていて、最近は妻ともろくに顔を合わせていない始末だ。

 だがそんな状況に光明が差したことで、この上なく上機嫌になっていた。

 

 「なに!? じゃあダンジョンのボスって……」

 『ここに来れたってことは、キミが倒したんじゃない?』

 

 がっくりと肩を落として落ち込むサイタマ。

 それを光り輝く存在は、クリアすることよりボスと戦うことが目的だったという態度に機嫌を損ねることも無く、むしろ人間って面白いなーと同僚たちの気持ちも理解しだしていた。

 

 

 「じゃあ、ここって何なんだ? 地下には思えないけど」

 『ああ、ここは魂の集まる場所、冥界とか地獄といわれる場所だよ』

 「地獄!?」

 『それで僕はここの管理者、冥府(めいふ)の神なんて呼ばれることもあるね』

 

 天界から神々が下界へ降りたことで、特に死者の魂を導く仕事は(とどこお)っていて連日デスマーチ、超過勤務も管理職の自分にはサービス上等のブラック職場となっている。

 そんなところの神と呼ばれても皮肉られているとしか思えないのは自分だけなのだろうか、ふっと哀愁(あいしゅう)(ただよ)う気配を放つ冥府の神。

 

 「って、俺死んだのか? えっ?」

 『大丈夫大丈夫、死んでないから。さっきも言ったけど、今の僕は迷宮クリアのご褒美(ほうび)を渡す役なんだよ』

 

 落ち着いた青年の声に、自分だけ慌てたり動転(どうてん)してるのに恥ずかしくなって、サイタマは自分を取り戻し話を聞いた。

 

 

 

 『元々、この場所はあらゆる世界の地底の底と繋がっているところなんだ』

 

 そのため、オラリオにダンジョンが生まれたときも特に気に留めなかった。

 しかし状況が変わったのはダンジョンから魔物が(あふ)れ、人間の命を次々に奪っているとわかってからだった。

 

 『このままじゃ人間が滅ぼされるってんで、ダンジョンの管理がてら神が出張ってね。そのついでに下界に下りて、人間に力を与えてダンジョン攻略をして遊んでいるんだ』

 「なんだか勝手だな」

 『人間が減りすぎるのは困るけど、ダンジョンはその世界のもので天界の神が勝手にどうこうしていいものじゃないんだ。過干渉(かかんしょう)になりすぎると人間にとっても、よくないからね。だから人間に力を与えて、ダンジョンを攻略させてクリアしたら望みを叶えてあげる今のスタイルになったのさ』

 

 遊んでいるのは否定しないけど、人間にもメリットがある方法なんだよと説明されるが、なんだかなーと納得できないものを残したサイタマ。

 神はどうしても上位者であるため、人間に何処まで歩み寄っていいのかわからない存在だ。人間も、神はそのようなものだと、近くにいながら遠い存在をどこか冷めた目で見ている。しかし、それらを解決できるのは、やはりその世界の神と人間なのだろう。

 サイタマは結局何も言わず、放棄(ほうき)した。彼には関係が無い事柄(ことがら)なのだから、なぜなら――

 

 『いやー、それにしても攻略者が出てよかった! これで遊んでた奴らも帰ってきて、僕も休めるよ! あ、そういえばキミ何処の【ファミリア】の子なんだい?』

 「――ん? 俺は【ファミリア】とかいうのには入ってないぞ」

 

 ぎしり、と音を立てて固まる神。目だけがサイタマに動いて確認を取るように見るが、軽く(うなづ)いて肯定されると頭を抱えて机に倒れ伏した。

 ちなみにダンジョン攻略者が出るということは、ダンジョン内の危険な魔物が排除されある程度安全になったことと、それを為しえる力が人間に備わったこと、そして「僕の【ファミリア】の子が一番最初に攻略したんだ!」という自慢をしたいがために遊んでいた神が肩を落として帰ってくることになるのだ。

 もし、どこの【ファミリア】にも所属していない人間がクリアしたら、そんなのノーカン!ノーカンだから!と騒ぐ姿が、神の脳裏(のうり)によぎるようだった。

 

 「あー……なんか、悪いな」

 『いや、キミのせいじゃないよ……ハハ、早すぎると思ったんだよね』

 

 希望が輝くからこそ絶望が濃くなる、禁断の箱に最後に入っていたのはなにか、地獄の門をくぐった先にいた冥府の神は、無いはずの胃がきりきりと痛むのを幻覚した。

 納得したとはいえ漏れ出る深い、深いため息に無断でダンジョンに侵入したサイタマもいたたまれず、すこし小さくなって頭を()いている。

 

 

 

 『うん、色々とあったけどとにかく迷宮をクリアしたことは間違いないわけだ。なら【ファミリア】に所属していなくても褒美(ほうび)を与えないとね』

 「お、おう。いいのか?」

 『いい、いい。実はダンジョン掘り抜いて最下層到達したから全然魔物減ってないとか聞いちゃったけど、そういう決まりだから!』

 

 半ばやけになっているが、もうこうなったら大盤振る舞いでもして早く帰って寝たい気分なのだ。仕事が残ってるのに帰れるかどうかなど、もう知らない。

 

 『オホン、それじゃあ汝の望みを聞こう。なんなりと申すが良い』

 「……それじゃあ、元の世界の帰してくれ」

 『……それでいいのか? 不老不死でも使い切れない莫大(ばくだい)な富でも、なんでもいいのだぞ』

 「ああ、買い物帰りだったし腹減ったしな。ジェノスも待ってるだろうし」

 

 それに、と続けようとして言わなかったことがある。この世界に落ちてきて色々あったが、サイタマには【ファミリア】もダンジョンもどこか自分に合っていない気がしていたのだ。

 そう、いうなれば【俺がダンジョンにいるのは間違っている】と。

 

 『そう、か……。言いはしたが不老不死にしてくれ、なんぞ言われたら困っていたところだから、よかった』

 

 なんでも目の前の神が言うには、サイタマの肉体にはおおよそ神の力が通用しないだろうとわかったからだ。つまり不老不死のように体に作用するのは無理、莫大(ばくだい)な富はセーフということだ。

 ちなみに【ファルナ】も神の血を針で刻む、というものだから効かない可能性が高いな、なんて言われてやっぱり入らなくてよかったと思うサイタマであった。

 もしかしたら、せっかく入ってくれた子に【ファルナ】も刻めず、自分はなんてダメ神なんだー!と泣き(わめ)くロリ神がいた未来もあったかもしれない。

 

 『では、キミの元の世界へ送ろう。楽しかったぞ、人間よ』

 「ああ、アンタも達者でな」

 

 ピカピカ光り輝く存在は顔も見えないのに、どこか口の端をにやりとさせて悪戯(いたずら)っこがするような気配を見せ――

 

 ――パコッと足元に開いた穴にサイタマが落ちていった。

 

 「またこれかよっ!?」

 

 サイタマが見えなくなると、穴はパタリと閉じてもとの白い空間に戻った。悪戯(いたずら)を成し遂げた存在は大きく伸びをして、満足げな息をこぼして笑った。

 

 

 『楽しかった……、そうだな、楽しかった。落ち込んだと思ったら慌てたり、人間って見てて本当に飽きないものだな』

 

 久方ぶりの会話に加え、神同士では味わえない人間の一挙一動に目が離せなかった。これを下界で遊び呆けている神々は楽しんでいるのかと思うと、なにか黒いものが出てきそうだった。

 

 『……そうだ。あの彼みたいに、別の世界からの魂を僕から送ってやれば、ダンジョンクリアに貢献(こうけん)しつつ見守ることが出来るんじゃないか?』

 

 これは一石二鳥、いや魂の救済も含めれば一石三鳥といえるのではないか。

 僕がすることは、これという魂を送るだけであとは見つけやすいように印をつけておけばいいから、大した労力もいらない。

 冥府の神はこの閃きに、さっきまでの早く帰って寝たいという考えはなくなっていた。

 いまはこれを実行するために、溜まった仕事をいち早く片付けてしまって、選別(せんべつ)の時間を作り出すこと。そう結論付けて目の前に立ちふさがる書類に手をかけていった。

 そこで仕事を脇において楽しんだりしない、根っからの真面目さと常識的な振る舞いは、かの神話に(うた)われる恐ろしげな印象など皆無だった。

 ひょっとしたらいつかオラリオの迷宮に、彼からの刺客が入る日が来るのかもしれない。

 

 

  ◆  ◇

 

 

 「ただいまー」

 「おかえりなさい、先生」

 

 がさがさと音を立てるスーパーの袋を片手に、自宅のアパートの扉を開けると、帰ってくるのがわかっていたようにジェノスが出迎える。

 サイボーグであるジェノスには周囲を高性能のレーダーで感知できるので実際にわかっていたのだろうが、師とあがめるサイタマに対し、常に敬意を払う姿勢を崩すことは無かった。

 

 「あ、そうだ。ジェノス、これやる」

 

 と、サイタマが差し出してきたのはアイズから貰ったジャガ丸くんだった。二つ貰ったので一つはジェノスにあげようと思って取っておいたのだ。

 ジェノスはほぼ全身機械であるが、その体を作った博士が少しでも人間らしく生きられるようにと、食べたものの味を感じ、また取り込んだ有機物をエネルギーに変換することが出来るようになっている。

 

 「これはどうしたのですか?」

 「ああ、ちょっと……」

 

 貰った経緯や異世界に行って帰ってきたことなど、説明するのはひどく面倒だったのでサイタマはめちゃくちゃ端折(はしょ)った。

 

 「怪人を倒したら、お礼だって貰ったんだよ」

 

 それは、ヒーローをやっていたときとなんら変わりない日常だった。異世界に行こうと、サイタマが変わることは無かった。

 

 「なるほど、さすが先生です」

 

 ジェノスが納得したのを横に、テーブルを横切り定位置の座布団(ざぶとん)に座る。サイタマはやっと自分の居場所に帰ってきたような気がしていた。

 ジャガ丸くんをかじったジェノスはその奇抜(きばつ)な味に戦慄(せんりつ)していたが、なんてことはない一日だった。

 

 なお、すっかり怪人を倒して活動した気になっていたが、異世界でのことが認められるはずも無く、期限ギリギリになって悪い奴を探して走り回るサイタマの姿があったとか。

 

 

 

 終わり。

 

 

 

 

 




 迷宮の構造とか最下層とか異端児(ゼノス)関連とか、オリ設定の嵐です。信じないでください。原作が完結してない二次創作にはよくあることです。
 しかし自分で書いておいてなんですが、タイトル回収時は作者のドヤ顔が浮かぶようですね。
 異世界にトリップする定番、『謎の穴に落ちる』と『神様に送り込まれる』、の二つが出来て満足。

没シーン
 「あ、願いで髪は生やせるか?」
 『それは神の力を超えている…』

没シーン2
 ───アタシの名前はフレイヤ。心に傷を負った美の女神。モテカワスリムで恋愛体質の愛されガール♪
 英雄がいてもやっぱり下界はタイクツ。今日もイシュタルとちょっとしたことで口喧嘩になった。
 女のコ同士だとこんなこともあるからストレスが溜まるよね☆そんな時アタシは一人でバベルから輝く魂を探すことにしている。
 チラっと道を歩く男を見た。
 「・・!!」
 ・・・チガウ・・・今までの男とはなにかが決定的に違う。スピリチュアルな感覚がアタシのカラダを駆け巡った・・。
 「・・(なんて眩しい・・!!・・これって運命・・?)」男はハゲだった。
 「目が!目がぁ~!」太陽光に目を焼かれてムスカされた。乙樽(笑)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。