Fate/ZeroとSBRのクロスオーバー作品です。


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Fate/D4C(Fate/Zero×SBR)

 言峰綺礼が喚び出したソレを最初に目にしたとき、自分の想像とは余りにかけ離れた姿に一瞬思考が止まった。後ろに立ち、綺礼の召喚を見守っていた遠坂時臣もこのときばかりは普段から当たり前のように振る舞っている家訓としての優雅さを忘れ、呆気にとられた表情を浮かべていた。

 間も無く始まる聖杯戦争の為、教会の命により助勢する時臣が戦いを有利に進めるよう綺礼は隠密行動に優れたアサシンのサーヴァント――ハサン・サッバーハを喚び出した筈であった。しかし、閃光と旋風の収まった魔法陣から顕れたのはアサシンと呼ぶには疑問を持たざるを得ない。

 魔法陣から顕れたのは細身ではあるが引き締まった体格をした男ではあるが、長く艶やかな髪が肩の辺りまで伸ばされ、その先端は丸くカールした特徴的な髪型をしている。その髪型に男の凛々しさを含む整った容姿。網目状の手袋を手に嵌めどこか貴族を彷彿とさせる浮き世離れをした格好であるがその男にはよく似合っていた。そして、最後の一片として男自身が放つ威厳と人の上に立つ者だけが持つことを許されるカリスマと呼ばれるオーラ。総てが合わさることで完成された芸術のような輝きを持っていた。

 

「お前は……アサシンのクラスのサーヴァントなのか……?」

 

 暗殺という暗く汚いものとは程遠い姿をした目の前のサーヴァントに綺礼は疑いながら尋ねる。

 

「いかにも。私はアサシンのクラスのサーヴァント――」

 

 綺礼の問いに対しサーヴァントは、良く通る澄んだ声が部屋の中に響く。

 

「わたしの名はファニー・ヴァレンタイン。わたしから今度は質問を返そう。君がわたしのマスターかな?」

 

 イレギュラーとして喚び出されたアサシンのサーヴァント。このサーヴァントが召喚されたことにより、聖杯の争奪だけでなく、もう一つの争奪戦の幕が開かれた。

 

 

 ☓

 

 

 黄金の鎧の身に纏い、神々しくも圧倒的な威圧感と彼のみに許される他者への傲慢さを持つサーヴァント――アーチャー。その周囲にはアーチャーの輝きには劣るものの眩い輝きを放つ絢爛たる装飾の武具を幾つも顕れ、アーチャーの見下ろした先にいるアサシンに全ての鉾先を向けていた。

 

「地を這う虫けらが、我の許可無く視界に入るとは……その罪、死を持って償え雑種」

 

 アーチャーが言い終わると同時に、周囲に浮かぶ武具の内の一つである槍が飛来する。

 しかし、アサシンは怯える様子も焦る様子も無く、ただその場に立ち続ける。

 槍がアサシンの心臓を貫こうとした刹那、突如として槍の軌道が変わり、アサシンの脇を通り抜け、そのまま背後の地面を穿つ。

 

「ふん、どうやら少しばかりは芸が出来るらしいな」

 

 つまらなさそうに鼻で笑うアーチャーの目には、アサシンの側に立つ別の存在が映っていた。

 悪魔の角のような、或いは兎の耳のような二本の突起物を持ち、全身に縫い目が装飾された異形。この異形がアサシンの体から浮かび上がり先程の槍の軌道を逸らした。

 

「やれやれ、いきなり随分な真似をしてくれる。それともこれが君なりの挨拶の仕方かね?」

 

 あくまで余裕のある態度を崩さないアサシン。それはアーチャーにとって許容出来るものではない。

 

「誰に向けて問いを投げ掛ける、雑種が! その口、貴様の死を持って閉じよ!」

 

 周囲に浮かぶ、十を超える宝具がアサシンに向かって雷の如き速さで射ち出される。逃げ出す間も、回避する隙間も無く全ての宝具がアサシンの体に吸い込まれように襲い掛かった――が、迫る死を前にして、アサシンは不敵な微笑みを浮かべ、自ら後ろへと倒れ込んだ。

 丁度地面と宝具に挟まれるような形で宝具の群をその身に受けたとき、アサシンは「この世界」からは確実に消失した。

 

 

「終わったのか……?」

 

 アサシンと感覚を共有し、その視覚からアサシンとアーチャーの戦いを見ていた綺礼であったが、アーチャーの宝具たちがアサシンに直撃したと感じたとおもえたときには、アサシンとのパスが途切れ、感覚の共有も強制的に断ち切られた。

 あまりに呆気ないアサシンの退場。本来ならばただ戦って敗退したという演技で終わる筈が、まさか本当に退場することになるとは。事前にアサシンにこのことについて話した際には「問題ない」と一言で済ませていたが、このような結果になったのはアサシン自身が己の力を過信していたのか、それとも本当にこれこそがアサシンが狙っていた結果なのか。

 

(とにかく導師に一度連絡を――)

 

「Dirty deeds done dirt cheap『いともたやすく行われるえげつない行為』」

 

 背後から声が聞こえたかと思うと、途切れた筈のパスが再び繋がる。振り向いた綺礼の前には、消え失せる前と変わらないアサシンが腕を組み悠然と立っていた。

 

「そういえば君には言っていなかったな。わたしのスタンド――ではなく宝具の名を」

 

 アサシンの側に再び現れた異形の姿。アサシン自身がスタンドと称する人型の宝具。一体どのような力を秘めているか綺礼は知らないが、今確かにアサシンの力の片鱗を味わっていた。

 

「一体、なにをした?」

 

「別に大したことではない。ただの死んだ振りだ。さて、これで当分の間はわたしの出番は無くなるな。後のことは彼らに任せるとしよう」

 

 アサシンの背後に複数の人影が現れる。アサシンのもう一つの宝具によって喚び出されたアサシンの手駒たち。疑似サーヴァントとして喚ばれた彼らのステータスは決して高くはない。だが、その能力の低さを補ってしまうような不気味な凄味を誰もが持っていた。

 

「さあ行け。わたしが最初のナプキンを取る為に」

 

 その言葉に従い、アサシンの部下たちが闇夜に姿を消していった。

 

「お前は……何を企んでいる」

 

 アサシンの言ったナプキンという言葉が何を意味するのかは綺礼には分からない。しかし――

 

「企む? わたしの中には邪な考えなどない。全ては『幸福』と『平和』の為だ」

 

 今まで多くの人間を見てきた綺礼ではあるが、自分のサーヴァントの真意が一切見えない。令呪を使い、完全にアサシンを操ることは可能ではある。しかし、綺礼はそれをしなかった。

 彼の心の奥底に眠る、自分でも理解していないモノが無意識にそれを拒ませていた。綺礼はアサシンがこれからなにをするか、なにを目的としているのか、今まで感動や心を震わすことを経験したことの無い綺礼だが知らず知らずの内にアサシンに『好奇心』を抱いていた。

 

 

 

 

 セイバーの振るう不可視の剣が英霊の名に恥じぬ速度と技量を持って疾る。ランサーの持つ二槍がセイバーの剣技に勝るとも劣らぬ苛烈さで突き出される。

 共に達人という言葉ですら霞む程の技量の持ち主。だが、その武を奮う二人の顔には焦りと戸惑いの表情が浮かぶ。

 二人の様子を上空から神牛の引く絢爛と武勇を両立させた戦車から見ている巨漢の男――ライダーも赤銅色の髭を撫でながら、どうしたものかと思案するような色を浮かべ、その傍らにいる彼のマスター、ウェイバーは目と口を限界まで開いたかと思える程丸くし、言葉を失っている。

 街頭の上に立つアーチャーも顔に憤怒の表情を張り付け、自らの宝物庫から何十もの宝具を取り出し射ち出した。

 セイバー、ランサー、ライダー、アーチャー、彼らは戦っていた。だが、相手はサーヴァントではない。

 セイバーの繰り出す斬撃、見えざる筈の軌跡を『ソレ』は分かっているかのように上体を屈め回避する。

 ランサーの放つ突き、『ソレ』は無数のフェイントを織り混ぜた中から本命の一撃を正確に読み取り、地を蹴りランサーの槍の間合いから逃げる。

 アーチャーの射ち出した無数の宝具による一斉掃射。だが『ソレ』たちは音をも凌ぐ速度で動く宝具たちを視認してから避けるという英霊に勝るとも劣らない逸脱した反射神経を見せた。

 英霊と互角に渡り合う『ソレ』。その場にいる誰もが『ソレ』のことを知っていた。だが『ソレ』が存在するはずがない、存在してはいけない。ある意味では英霊以上に規格外の存在。

 そんな中、今まで呆然としていたウェイバーがようやく正気に戻ったのか、震える指先を『ソレ』に向ける。

 

「な、なんで!?」

 

『ソレ』は岩壁のように荒く凹凸のある皮膚をしていた

 

「なんで!?」

 

『ソレ』は長く伸びた口から鋭く弧を描く牙を無数に並べ、その牙と同じような鋭利な爪を生やしていた。

 

「なんで!?」

 

『ソレ』は長く太い尾を持ち、威嚇するように地に叩きつけていた。

 

「今の時代に『恐竜』なんているんだよぉぉぉぉぉ!?」

 

『恐竜』

 

 人がまだ人ではなかった時代、この星で栄華を極め、支配していた太古の生物。

 目の前の光景を否定したいかのように叫ぶウェイバー。その言葉は奇しくもその場にいる全員の気持ちを代弁するものであった。

 そんな彼らの様子を遠くから観察している一人の男。フードの付いたコートを纏い、胸元には薔薇の飾りをいくつも付けた奇抜な格好をしている。

 

「よし。戦いは順調に進んでいるようだな……ん?」

 

 英霊たちと恐竜たちとの戦いに新たな人物が加わる。全身を黒い鎧で覆い、殺意と狂気を撒き散らす乱入者。

 

「ふむ。あれはバーサーカーかな? まあ、増えたとしても何の問題も無い。わたしの『スケアリーモンスターズ』の前ではね……それにしても」

 

 男は視線を足元に向ける。そこには煙草の吸殻が何本も捨てられていた。

 

「全く……何百年経とうと、違う国へ行こうと、世界はこういったゲス者ばかりだ」

 

 舌打ちをし、煙草の吸殻を拾う。

 

「『大地』を尊敬せず、敬いもせず、汚すだけのアホ共が……英霊たちと共に滅びろ」

 

 拾った吸殻の持ち者たちを恐竜へと変貌させた男――フェルディナンドは軽蔑の表情を浮かべながら吐き捨てた。

 

 

 

 

 まるで芋虫のように地べたを這いずりながら、息絶え絶えといった様子でもがく男、間桐雁夜。彼の通ったアスファルト後には血がナメクジの粘液のように残り、月光を受け赤黒く光る。

 刻印虫の力で即席の魔術師となった代償をその身で味わい、その命と体を虫に貪られるような地獄を体験した。

 

「……ッ……ッ」

 

 崩れそうになる体を必死に支え、何とか立ち上がる。彼には立ち止まっている訳にはいかない理由がある。一刻も早く救わねばならない人がいるからだ。

 

「さ……くら…」

 

 救いたいと願った少女の名を無意識に呟く。そのとき雁夜は背後に誰かが立っているような感覚を覚え、痛む体に鞭を打ち、急いで振り返るが、そこには誰もいない。

 

「気の……せいか……」

 

 先程の戦いで気が高ぶっているのだろうと思い、歩み始めようとしたとき、光が雁夜の背後から放たれる。

 正確に言えば、実際に光っているわけではない。まるで光に包まれているかのようなイメージが雁夜を包み込む。

 

「何だ……!?」

 

 その途端、雁夜を強烈な眠気が襲う。意識が闇の中に落ちていくが、不思議と恐怖は無かった。まるで母から子守唄を聞かされる子供のような暖かな安心と安らぎを感じながら雁夜は眠った。

 雁夜は夢を見た。暗い闇の中でうつ伏せに眠る自分。そんな自分に歩み寄る人。

 名前は分からない、まるで光が人と化したような神々しい存在であった。その人は眠る雁夜の背中を一回、二回と撫でると去っていった。

 

「ハッ!?」

 

 その人が去ると同時に雁夜は目を覚ます。

 周りを見渡したが、そこには眠る前と変わらない光景があるだけ。

 

「夢……だったのか……?」

 

 呆けたような声を出す雁夜だったが、そこであることに気付く。

 

「体が……軽い?」

 

 つい先程まで半死半生の筈であった雁夜の体。しかし、今は疲労感も苦痛も無い。まるで数十キロの重りを外したかのように体は軽く、血管の中に針でも流されていたかのような痛みも全く感じない。

 

「一体、なにが……!」

 

 彼は気付いていない。彼の背中で、蠢く物体。まるで生物のように彼の体内で胎動している『脊椎』のことを。

 

 

 同時刻、某所。

 キャスターのマスターにして連続殺人鬼、雨生龍之介は鼻歌を交えながら作業を行っていた。材料は年端もいなかない少女。目を限界まで見開いた状態で涙を流し、喉が裂ける程の絶叫を上げている。

 しかし、龍之介は少女の悲鳴も眉一つ動かさない。それどころか笑みを深め、嬉々とした様子で作業を進める手を早める。

 

「ん〜! いいね! いいね! 大分形になってきた! 早く旦那にも見せたいな!」

 

 少女の肉体の三分の一を加工し終えた龍之介は子供のような笑みを浮かべ、作業をする手を一旦止め、額の汗を軽く拭う。

 

「でも、旦那一体どうしちゃったんだろうな? あんなに喜んじゃって、映ってた子がよっぽど好きだったのかな?」

 

 少し前、英霊たちが集い、戦いを繰り広げられたのをキャスターの魔術を使い見ていた。戦闘の最中、突如現れた恐竜たちの姿に龍之介は驚き、興奮したが、それとは別にセイバーという少女を見つけたキャスターが突然狂喜乱舞し、その勢いのまま出かけていってしまった。

 

「うーん。早く帰ってこないかな、旦那。まだまだ教えてもらいたいことが沢山ある……し?」

 

 龍之介の視界の端に何が通る。

 コロコロと転がるゴルフボールぐらいの大きさの球体状の物体。龍之介はそれを拾い上げ、まじまじと見詰める。

 

「……COOL……すげぇ……すげぇ!」

 

 純粋な子供のように輝く笑みを浮かべ、手にしたモノを頭上に掲げる。

 龍之介の手にあるのは人の眼球。年月が経っているのか眼球は乾きミイラのような状態にあるにも関わらず、どこか生命を感じさせる瑞々しさを持っていた。

 

「おおお! すげぇ! なんだコレ! よく分からないけどなんかすげぇ!」

 

 本物の芸術や美は、知識が無くとも理解出来るように、龍之介は手にした眼球の凄まじさを『心』で理解していた。

 

「もう一個ないかな? もう一個。ここに落ちてたならもう一個ありそう」

 

 精神を昂らせた状態で周りを隈無く探す。数分後、創った作品の下に同じ眼球を見つけた。

 

「見つけた! これで――」

 

 龍之介の伸ばした手が眼球を掴む。すると手の甲に鋭い痛みが走り、思わず手を引っ込めた。

 

「いて! なんだ?」

 

 手の甲には二本の線が入り、そこから血が流れていた。

 龍之介を傷付けた物体は素早く、その場から離れ何処かへと消えてしまった。

 

「なんだろ? ネズミか? ネズミって引っ掻いたっけ?」

 

 突然のことにポカンとしていたが、やがて手の甲の治療をしなければいけないと思い、傷の具合を見るが、そこでも首を傾げる。

 

「あれ? もう血が止まってる」

 

 派手に出ていたはずの血はすでに止まり、手の甲には赤い線のような傷痕だけが残った状態となっていた。

 

「うーん……まあ、いいや。それより早く旦那帰って来ないかな〜!」

 

 一瞬悩むような素振りを見せたが、すぐに新しく手に入れた宝物を見せた時のキャスターの反応を考えて笑みを浮かべながら加工途中の少女に歩み寄り、再び作業を始める。

 作業をする龍之介の背後で先程の物体が出口に向かって走っていく。

 その姿は小型ではあるが間違いなく恐竜であった。

 

 

 

 

 視界を遮る煙幕が吹き抜けていく強風によって払われていく。その中から現れたのは黒鍵を構えた綺礼であった。

 ケイネスが拠点としていた冬木ハイアットホテルのはす向かいにある建設中の高層ビル。そこで、綺礼が追い求める人物、衛宮切嗣と極めて近い位置にいる女性を発見、追い詰めるも、前述の第三者による煙幕の妨害のせいで取り逃がしてしまっていた。

 綺礼は足元に転がっている第三者の置き土産を拾い上げる。米軍などで用いられる携行用の手投げ発煙筒。それを見ていつ何処でどのようにして投擲されたのかを冷静に分析し、狙うべき相手の技量を推測する。

 やがて、測るのも終わり、用済みとなった発煙筒を捨てようとすると、突如その腕を掴まえられ制止させられた。

 

「なんだ?」

 

 特に驚いた様子も見せず、腕を掴む人物に冷たい視線を送る。

 視線の先にいたのは色黒の肌の男性、額から頬にかけて左右対称の波のような模様あるいはタトゥーが特徴的であった。

 

「市街ではみだりに姿を晒すなと言っておいたはずだが?」

 

「それについては謝罪する世界だが、些かマスターの行動は早計だと思う世界だったので」

 

 やや変わった口調で喋る男。

 綺礼は、そこで初めて掴んでいる男の反対の手に拳銃を持っていることに気付く。それは先程の戦いにおいて女が落としていった拳銃であった。

 

「なにをするつもりだ?」

 

「追跡します」

 

「なに……」

 

 そこで初めて綺礼は正面から男を見た。

 男は綺礼から発煙筒を受け取り、拳銃と一緒に足元に置くと、何処からか巻かれた布を取りだし、それを拡げた。中には十センチは超えるであろう釘が何本も入っており、その内の一本を取り出す。

 男の行動の意図が分からず、ただ黙って見ている綺礼。男は綺礼の不信な視線に気にすることなく、取り出した釘の釘頭に口を付ける。

 男の頬が膨らみ、釘に空気を吹き込むような動作をした瞬間――釘がまるで風船のように膨らみ、形を変えていった。

 代行者として様々なものを見てきた綺礼も『釘を膨らます』という奇っ怪な行動に流石に言葉を失う。

 男は釘を膨らましきると手馴れた手つきで釘風船を捻って形を変え、数秒後には犬の形へと仕上げた。

 

「一体なにをするつもりだ?」

 

「まぁ、見ていれば理解出来る世界だ」

 

 男はもう一体の風船犬を手早く作り出す。不思議なことに息を吹き込んで作ったにもかかわらず風船犬は宙へ浮き男の周りを漂っていた。

 男は漂う風船犬たちの鼻に当たる部分に発煙筒と拳銃を突き付ける。

 すると、風船犬たちの体が吸い込まれるように発煙筒、拳銃の銃口へと潜り込んでいった。

 

「む……!?」

 

 やがて内側からの圧力に耐えきれなくなり、発煙筒と拳銃を突き破って二本の釘が飛び出す。

 

「これでこの釘はこの二つを最後に使用した人物の『臭い』を確実に記憶した」

 

「それがお前のスタンド能力か? マイク・O」

 

「我がスタンド『チューブラー・ベルズ』が追跡する世界だ、『臭い』の元を何処までも確実に――そして『臭い』が一致すれば体内に潜り込み『処刑』する」

 

 アサシンから護衛としてつけられた男。今の綺礼が必要としている『能力』を持っていた。アサシンは綺礼の持つ衛宮切嗣への執着を見越した上でこの男をつけたのではないかと一瞬考えるが、すぐにその考えを捨てる。今の綺礼とってそれは一番重要なことではないからだ。

 

「女は殺しても構わない。だが、衛宮切嗣の居場所を見つけたら私に報せろ。奴自身は私が直々に手を下す」

 

「了解した世界だ」

 

 何故女は殺し、男は生かすかをマイク・Oは問わない。言峰綺礼に不平不満を言わず黙って従う事こそが彼に命令を下した主に対する忠誠心だからだ。

 

 

 

 

「おお! 我が聖処女ジャンヌ! 今こそ神の呪縛を解き、全ての記憶を取り戻して差し上げます!」

 

 血にまみれ穢れきった大地の上で、見たことも無いような醜悪な怪物たちを従え、まるで舞台役者のような大袈裟な身振りをしながら、キャスターはセイバーとランサーに向かい合う。

 キャスターの一挙一動に合わせて、ヒトデやイカに似た海魔たちが触手を蠢かせ、見るもの全てに嫌悪を与える。

 

「埒があかんな……」

 

「キャスターの名は伊達ではないと言うことでしょう」

 

 既に百を超える海魔を葬ったランサーとセイバーではあるが、一向に数を減らすことの出来ない状況に呆れたかのような言葉を洩らす。

 

「さあ! 穢れなさい、ジャンヌ! 屈辱と苦痛に染まりなさい、ジャンヌ! 貴女の全ては私だけのものだ!」

 

 甲高い声を挙げ、全ての海魔を二人の英霊に突撃させる。

 セイバーとランサーが迎え討とうと踏み込む足に力を込めた。しかし――

 

「お前の声とそいつらの鳴き声は不愉快過ぎるな」

 

 森の奥から聞こえた若い男性の声。

 するとセイバーたちに迫る海魔たちの表面に何かが張り付いていく。

 

 ズタズタズタズタズタズタ

 そうとしか読めない文字が海魔たちの表面に無数に張り付いたかと思えば、溶け込むように文字は海魔たちの中へと消えていく。

 一瞬の出来事にセイバー、ランサー、キャスターは戸惑うが、直ぐにその戸惑いは驚きに変わる。

 最初に聞こえたのは斬撃の音。次に肉を裂く音。血を掻き分ける音。臓腑を混ぜ合わせる音。

 それら全ての音が海魔たちの内からから鳴り始める。

 やがて海魔たちの身体は内側から裂かれ、肉片と体液を撒き散らせながらその身体を細切れへと変えていった。

 

「な、ななんとぉ!? 誰です!? 私の邪魔をするものは!」

 

 陶酔していた自らの舞台に不躾に入った横槍。

 動揺と怒りを浮かべながら、魚類を彷彿とさせる両眼を見開き、血走らせる。

 森の奥から姿を現したのは二人の男。一人は二十歳前後の青年、伸ばした前髪を三編みにして垂らし、上半身に幾つかの民族風の飾りを着けているだけで他に何も着けず肌を露にしているが、その体つきには脂肪や無駄な筋肉が一切無く、野生の獣を彷彿とさせるような肉体をしていた。

 もう一人の男は青年よりも年を重ねた風貌をし、升目状に整えた短髪といった変わった髪型をし、水玉模様が入った襟の大きい服を着ていた。

 セイバーとランサーは二人の男を警戒する。両者から感じられるサーヴァントの気配。だが、何処か違和感を覚えさせる。

 

「勝手なことをしたな。お前の任務は『偵察』だった筈だが?」

 

 短髪の男が民族風の飾りを着けた男に話し掛ける。

 

「戦うなとは言われていない、『いざというときの判断は各自に任せる』とも言われた」

 

 悪びれた様子もなく答える民族風の男。だが短髪の男は咎める様子は無く、キャスターに視線を向け、次に地面に散らばる子供たちの遺体へと視線を向け、最後にキャスターの召喚した海魔たちに冷たく見詰める。

 

「まあ、お前がコイツらを攻撃して――」

 

 短髪の男の手にいつの間にか握られた物体。

 拳大の鉄球。更に幾つもの小さな鉄球がついた奇妙な形をしていた。

 戦いの場に置いて、まず見ることのない鉄球という武器。男は海魔たちの頭上目掛け、流れるような動作で鉄球を投げ放つ。

 投げた鉄球に自然と視線を向けてしまうセイバーとランサー。卓越した武を持つ二人だからこと感じる放たれた鉄球に対する違和感、より正確に言えばその鉄球の持つ不思議な『回転』

 

「――結構、俺も清らかな気分だ」

 

 男の言葉を合図としたかのように投げられた鉄球から小さな鉄球が散弾のように飛び出し、海魔たちの身体を突き刺さる。

 小さな鉄球の回転は海魔の体に触れていても止まることはなく、その体を螺旋状に捩じりあげる。やがてそれに耐え切れなくなった海魔の体は千切れ飛び、媒体となった血液へと還る。

 投げはなった鉄球が地に落ちた。しかし、その『回転』は未だに治まっていない。するとどういう原理か、時間を巻き戻したかのように鉄球は地面から跳ね上がる。海魔たちを葬った小さな鉄球も同様に。鉄球は構えた男の手のひらへと納まり、小さな鉄球も手のひらの鉄球に納まる。

 

「キィィィィィィ! き、貴様らぁ! 私の邪魔をするかぁ! このたわけどもめがぁ!そこの匹夫もろとも絶望の淵に堕としてくれる!」

 

 限界まで目を見開いた醜悪な形相で呪詛と怨念と怒りを込め、キャスターは更なる力を宝具に込める。

 

「オレたちもこいつのターゲットにされた訳だが、今さら逃げるなんて言わないよな『ウェカピポ』?」

 

「……まあ、いい。お前は『偵察』そして俺はその『護衛』。最初からそう決まっていた。お前が戦うなら俺は敵からお前を『護衛』するだけだ『サウンドマン』」

 

 キャスターの爛れるような殺気を受けても涼しげな様子で言葉を交える両者。

 

「君らもオレ達がこいつを殺っても別に文句無いな?」

 

 サウンドマンと呼ばれた男がセイバーとランサーに話し掛けた。

 一瞬戸惑いの表情を浮かべるセイバー。果たして信じるべきかどうか。

 だが、この二人もキャスターの標的とされた以上、少なくともこの戦いの場に置いて自ら不利になることをするとは考え難い。

 そして、何よりこの二人の持つ眼。善人であるとは言い難いが腐ってはいない、不屈さと強固な精神を持つ眼をしていた。

 

「……ええ、助太刀に感謝します。このキャスターは一刻も早く討つべきだ」

 

「そうだな。こいつに対しては早々に退場をしてもらった方がいい」

 

 参戦に対して礼を述べるセイバー。ランサーも反対の意志は見せない。

 

「礼はいい。ただの成り行きだ」

 

 ウェカピポの空いた手にもう一つの鉄球が握られる。サウンドマンもいつの間にかその手に短剣を握っていた。

 

「『イン・ア・サイレント・ウェイ』」

 

 戦いの鐘の変わりにサウンドマンの声が響き、その背後にインディアンのような羽飾りに花の装飾を着け、髑髏のような形相をした存在が現れる。

 

「キャスター。お前は全身を九つの部位に切り裂いて殺す」

 

 

 

 

「う、うぅ……」

 

 ライダーの戦車の上でウェイバーは子犬のように震え呻き声を上げる。正しく言えば今のウェイバーには呻くことだけしか出来なかった。

 息が詰まる程の張り詰めた空気と緊張感。

 ウェイバーの眼は瞬きを忘れ一点を凝視する。目が乾燥し始め、痛みを訴えようとも視線は、この空間を生み出している原因となっている二人から一瞬たりとも逸らすことが出来ずにいた。

 片方はウェイバーのサーヴァントであるライダー、かつて世界を手に入れる寸前までいった王の中の王イスカンダル。もう片方の男は派手な格好をしていなければ、見る者全てに畏怖を与えるような武器も持っていない。どこにでもあるようなシャツにズボン、手にはやや年代を感じさせるリボルバー式の拳銃が握られている。髑髏の形に整えた髭に哀愁と渋さを感じさせる顔立ちをした男。その出で立ちにウェイバーの脳裏に『ガンマン』という言葉を浮かばせた。

 この二人が戦うことになったのは少し前。

 男がウェイバー達の前に唐突に現れ、いきなり『果たし合いをしてほしい』と要求してきた。

 唖然とするウェイバーを他所にライダーは豪快に笑い『面白い』と一言いい。自らの宝具である戦車から降りると、剣を抜き男と対峙した。

 男の態度にも驚くウェイバーであったが自らのサーヴァントの行動にも驚き、『なにを考えているんだ』と怒鳴るが、ライダーは『果たし合いには己の身体と武器一つ有れば十分』と笑い飛ばし、ウェイバーを絶句させた。

 そんなライダーの態度に男は深々と頭を下げ、『よろしくお願い申し上げます』と気味が悪く成る程丁寧な態度をとる。そしてあろうことか自分の真名を名乗った。

 リンゴォ=ロードアゲイン。

 それが男の名。まさかライダー以外で真名を名乗るサーヴァントがいるとは思わず、ウェイバー再び絶句。が、リンゴォが更に続けた常識はずれな言葉にウェイバーは混乱の渦に叩き落とされる。嘘か真実かは分からないが、感情のままにリンゴォへと怒鳴ってしまう。

 

『今言ったことが本当なら何でそんなことまで言うんだ!?』

 

 それに対しリンゴォはあっさりと答える『公正』の為と『修行』の為だと。

 最早、ウェイバーにはリンゴォという存在が理解出来なかった。だがライダーは感じとっていたリンゴォという存在が持つ『冷たさ』と『熱さ』その二つを兼ね備えた意志を。

 ライダーは構えた、目の前に立つ未知の敵に対して。

 リンゴォもまた銃口をライダーへと向ける、その両目に『漆黒の殺意』を燃やし。

 ウェイバーの眼には両者の力の差が見えていた。ライダーに対しリンゴォという男のステータスは殆どがEに近い状態。ゆえにこの果たし合いも直ぐに決着が着くはず。だが、言葉に出来ない不安がウェイバーの胸中に渦巻く、ウェイバーにはライダーが勝利する明確なビジョンが見えなかった。

 ライダーが一歩踏み込み、リンゴォとの間合いを剣が届く距離まで縮める。ライダーのスピードは決して早くはない。しかし、リンゴォを上回る。

 リンゴォの拳銃から銃弾が発射される。ライダーはそれを下から掬い上げるようにして弾くとそのまま振り降ろし、リンゴォの肩に剣先を埋め、斜めに切り裂く。

 鮮血を撒きながら崩れ落ちていくリンゴォ。その途中左手が右手に巻かれた腕時計に触れる。すると――

 

 ライダーが一歩踏み込み、リンゴォとの間合いを剣が届く距離まで縮める。ライダーのスピードは決して早くはない。しかし、リンゴォを上回る。

 リンゴォの拳銃から銃弾が発射される。ライダーはそれを下から掬い上げるようにして弾くとそのまま振り降ろし、リンゴォの肩に剣先を埋め――ることなくその場から一歩後ろに下がられたことで回避されてしまう。

 

「む!」

 

 ライダーの顔面目掛け二発目の銃弾が放たれる。振り降ろした体勢では弾くことは出来ない。ライダーはあらんかぎりの力で地を蹴り、銃弾を回避するが僅かに掠り、頬に赤い裂傷を付けられた。

 しかし、ライダーは実に愉しそうな表情を浮かべていた。

 

「ふむ! 中々に面白いな『時間を戻す』というのは」

 

 称賛をするライダーにウェイバーは血の気が引いた表情をしている。

 

「ほ、本当にじ、時間を戻したのか!?」

 

 リンゴォを剣で切り裂いたと思ったらいつの間にかライダーがリンゴォとの間合い詰める場面へと戻っていた。

 荒唐無稽の言葉が真実へと変わる。

 

「最初に言った筈だ。ほんの『六秒』キッカリ『六秒』だけ『時』を戻せると」

 

「いやぁ、スマンスマン! 半信半疑だったが本当だったとはな。貴重な経験をさせてもらった!」

 

 嬉しそうに豪快に笑うライダーにウェイバーは何も言えない。何を言っても無駄なことだとこの短い付き合いの中で悟ってしまったから。

 

「貴様のような奴も是非余の臣下に加えたい――と言い所だが、『果たし合い』を受けた以上、貴様とはきちんとケリを着けなければいかんな」

 

 勿体無い、と残念そうな表情をするライダー。リンゴォは頭を下げ『ありがとうございます』と礼を言う。

 卑劣さなど微塵に感じさせずに自分を本気で『殺し』にかかってくれるライダー。それはリンゴォには高き壁であり価値ある敵であった。

 神聖なる『果たし合い』。

 それこそがリンゴォの求めるものであり、彼が望む『男の世界』であった。

 リンゴォの傍らに纏わりつくかのように異形が現れる。頭部らしき部位しかなく顔には目も口もない、手足の替わりに長い管のようなものを幾つも生やしている。

 

「ふむ? 随分変わった宝具だの?」

 

「宝具――正確に言えばスタンドという能力だがな。名は『マンダム』」

 

 リンゴォは再び銃口をライダーへと向ける。

 

「進むべき『輝く道』それを歩むことが出来るのは『果たし合い』に勝利したもの只一人。どちらが進むことが出来るか確認するとしよう」

 

 ライダーは豪快に笑い、剣先をリンゴォへと向けた。

 

「さあ来い! この征服王の覇道、阻めるものなら阻めてみよ!」

 

 覇気を込め、ライダーは吼える。それに応えるかのようにリンゴォは瞳に『漆黒の殺意』を燃やし引き金を引いた。

 

 

 

 

 人気の無い路地裏。

 激しく降る雨と唸るような風の音だけが聞こえる。

 そんな雨風の中、傘も差さず黙々と歩き続ける一人の男。

 フードを被り顔を隠すようにしている男――雁夜は、この季節の雨と風に若干体を震わせながらもしっかりとした足取りをしていた。

 忌むべき怨敵、遠坂時臣の命を奪うべく行動する雁夜。本来の雁夜ならばこの冷たい雨風は命取りになっていた筈だが、今の彼の体調は刻印虫を埋め込まれる前と同じ、もしくはそれ以上とも言えるぐらいに回復している。ほんの前まで体内で嫌というほどに鳴いていた蟲たちの喚きは聞こえず、雁夜が不気味に思える程の沈黙を保っていた。

 だが、この現状は雁夜自身にとっては願ってもいない幸運である。万全な状態で時臣の命を狙う事が出来るからだ。

 雁夜の顔に昏い笑みが浮かぶ。

 

「待っていろ……! 時臣……!」

 

「スイませェん」

 

 憎しみの言葉を洩らす雁夜の耳に別の声が入ってくる。後ろに振り向くがそこに人の姿はない。

 

「スイませェん。こちらですよ」

 

 再度聞こえる男の声。声が聞こえた方向は雁夜の頭上。

 頭上を見上げた雁夜の目に映ったのは、全身に黒色の雨合羽を纏って傘を差し、眠たげな表情を浮かべ男。どういう理屈か足場も何もない場所で立ち、雁夜を見下ろしていた。

 

「誰だ……」

 

 雁夜の表情が自然と険しいものとなっていく。目の前の男から感じるサーヴァントの気配のせいで。

 

「一つ質問させていただきたく参ったんですが、よろしいですか?」

 

「先に質問したのはこっちなんだが、質問を質問で返すのか?」

 

「スイませェん。『質問を質問で返す』のがこちらの答えだと思って下さい。間桐雁夜」

 

『黙ってこちらの質問に答えろ』という含みを込めた男の言葉。雁夜はそれ以上問うことはせず代わりに黙ったまま自らのサーヴァント――バーサーカーを顕す。

 

「質問は至ってシンプルなものです。間桐雁夜……貴方『持っていますね』?」

 

 黒い鎧と殺意を纏うバーサーカーを前にしても変わらない態度をとる男。

 何時でもバーサーカーを動かせるようした状態で気になった男の言葉に雁夜は反応する。

 

「『持っている』……? 一体なにを……」

 

「気付いていませんか?この雨と風が貴方を中心にして起こっていることに?過去に一度わたしもこのような現象を経験したことがあるんですよ。自身では気付いていないかも知れませんが、確実に貴方は持っています」

 

 雁夜に心当たりが無いといえば嘘になる。原因不明の体調の回復、それがこの男の探しているもののお蔭だとしたら――雁夜の答えは一つしかない。

 

「バーサーカー!」

 

 雁夜の号令に従い、バーサーカーが行動を開始した。

 近くの壁に付けてある排水用のパイプを無理やり引きちぎる。バーサーカーがそのパイプを手にしたとき、蜘蛛の巣、あるいは血管を彷彿とさせるような黒い筋が広がり、パイプを黒く染め上げた。手にした物を自分の宝具へと変貌させるバーサーカーの異能。

 パイプを持ったバーサーカーは、野獣の如き荒々しさで地を蹴り、男へ飛び掛かり構えたパイプを暴力を持って振るう。

 男の体が呆気なく四散する。手足は千切れ、胴体は胸のした辺りからバラバラになり、顔に至っては鼻からしたが吹き飛んでいった。

 これでもかと砕け散っていく男の姿。だがその姿を見て雁夜が感じたのは、勝利の悦びではなく、違和感。余りにも呆気なく、そして一撃を食らったにしては、逆に男のダメージがでかすぎる。

 散っていく男の破片。しかし、それが突如として空中で動きを止めた。

 

「スイませェん。油断したつもりはなかったのですが、想定以上の速さでした」

 

「!?」

 

 男の声。雁夜が目にしたのは剥き出しになった男の上顎と下顎。それがバーサーカーの肩で動き、言葉を発している。

 その口を払おうとバーサーカーが手を伸ばしたとき、バーサーカーの腕が籠手ごと引き裂かれ、血を噴き出させる。

 

「バーサーカー!?」

 

 雁夜から動揺の声が上がる。傷自体は大したものではない。問題なのはいつ仕掛けられた。

 バーサーカーが傷をおった隙に男の口は見えない糸で引かれているかのように宙へと上がり、他のバラバラとなった男の破片と一つになって四散する前と変わらない状態へと戻る――否、一つだけ四散する前の状態と違うところがある。男の顔に虹のマークが入った面が着けてあった。

 

「貴方が『持っているもの』は必ず回収させて貰います。その体を開きにしてでも」

 

 並々ならぬ決意と覚悟がある男の顔。しかし、雁夜とて此処で死ぬ分けにはいかない理由がある。

 

「バーサーカァァァァ!」

 

 再び、バーサーカーが男へとその暴力を振るう。

 黒い雨合羽の男――ブラックモアは、自らの『使命』を全うする殉教者のように迫り来る試練へと相対する。

 

 

 

 

「凄ぇ……凄ぇよ! マジ凄ぇえ!」

 

 キャスターの召喚した巨大海魔が蹂躙していく様に雨生龍之介は興奮の限りに叫ぶ。

 誰もが見たこともない現実を超えた現実の光景。呆然とした様子で見ている野次馬たちの間抜けな姿もより龍之介の気分を高揚させる。

 巨大海魔を見ながら、ここ数日の自分を振り替えり、思う。

 

『なんて自分は『幸福』なんだろう』

 

 龍之介は今までずっと探してきた心躍らせる不条理で奇天烈で奇妙な現実を。

 この数日は龍之介の求める退屈を壊す現実であった。

 やはり切っ掛けはキャスターとの出会い、そして、手に入れた大事な宝物、そして最後に――

 

「やっちまえ青髭の旦那! ブッ潰せ! ブッ殺せ! ココは――」

 

 最後まで言い終わる前に、龍之介の鼻がある『異変』に気付く。空気中から僅かに臭う火薬の臭い、常人ならばまず気付かない程のごく微量の臭い。しかし、今の龍之介はそれをかぎ分けることが出来る。

 背後に視線を向けると自分に向かって真っ直ぐに飛来する金属物。誰もが感知出来ない速度で動くそれを龍之介の目はしっかりと捉えている。

 

(あれって銃弾? もしかしてオレって狙われてる?)

 

 他人事のように考えていた龍之介はその場で一歩移動し上半身をのけ反らせる。胸部を貫通するはずだった弾丸は胸元の前を通過、龍之介の衣服を軽くかすっていっただけであった。

 

「結構オレってヤバイ状況? そんじゃ……まずは、あんた」

 

 近くにいた野次馬の肩を軽く叩く。

 

「で、次はあんたで、その次はあんた! ついでにこの子も!」

 

 手当たり次第に野次馬たちの体に触れていく龍之介。突然の奇行に野次馬たちは戸惑っていたが、その戸惑いの声も次々と悲鳴へと変わっていく。

 龍之介に触れられた一人が蹲り、苦痛に耐えるようなうめき声を出し始めた。心配した野次馬の一人が気遣って声をかける。だが、伏せていた顔を上げられた瞬間、悲鳴を上げた。

 上げられた顔は人の顔ではなかった。爬虫類のようなひび割れ、硬質化した肌、口は耳辺りまで裂け、そこから牙が覗いていた。やがて、腰の部分から尾が生え、口が突き出すように長く伸びていく。

 その姿は誰もが知る歴史上の生物『恐竜』。

 

「よぉーし! 準備出来た!」

 

 上機嫌そうに手を叩き、笑う龍之介。弾丸が向かって来た方向を指差す。

 

「じゃあ、いってらっしゃーい!」

 

 声を合図に恐竜たちが駆けていった。

 この数日の間に手に入れた不思議な能力〈チカラ〉

 理由自体、龍之介は分からない。だが自らの体が先程の野次馬のように恐竜へと変貌していくという現象があった。意識が遠のいていくなか、無意識のうちに握りしめたミイラの眼球により龍之介は救われた。

 どういう理屈か、握りしめた眼球は龍之介の体内へと潜り込み、やがて左目の場所にまで移動すると、その途端、龍之介の恐竜化は止まり、それ以降自分と他人を恐竜化させる能力〈チカラ〉を使えるようになった。

 龍之介はこの能力〈チカラ〉を使えるようになったことを大層喜び、使えるようにしてくれた左目を一生の宝物にすることをこのとき誓った。

 その後、キャスターには今までの感謝と恩を返すという意味で残った右目を贈った。

 

(どうしようかな?)

 

 周りがパニックに陥っている中、龍之介はこれから何をすべきか考える。

 最初は、ここでキャスターによる一世一代のショーを見物する予定であったが、どこの誰だか分からない銃を持った危険人物のせいで、それも出来そうにない。一応、その危険人物を殺す為に何匹か恐竜を向かわせたが、殺したのが分かるまでショーに集中出来ないと考え、せっかくのショーに水差されたことに龍之介は肩を落とす。

 が、ふとあることを思いつき、暗い表情を途端に明るく輝かす。

 

「そうだ! 思いついた! 何もオレも見てるだけじゃなくてもいいじゃん!」

 

 未だに暴れる巨大海魔を見て、これから行うサプライズを想像し、龍之介は愉しくて堪らない。

 

「『アドリブ』も『飛び入り』もエンターテイメントにとっちゃお約束だよね! すっげぇの見せてやろうぜ! 青髭の旦那!」

 

 

 振り上げたセイバーの斬撃がセイバーの体格を遥かに上回る触手を斬り飛ばす。飛ばされた触手は空中で何度も蠢くものの、そのまま河面へと落下、派手な水飛沫を上げ力無く河へと沈んでいく。

 小柄な体格ながらも一騎当千という言葉に相応しい苛烈な剣撃を持って続けざまに数本の触手を切断してみせるが、その表情に明るさは無く、焦りが浮かんでいた。

 

(厄介な……!)

 

 セイバーの見ている前で切断された触手の断面の肉が盛りあがると、セイバーの労力を嘲笑うかのようにすぐに新たな触手へを生やす。先程からこれの繰り返しばかりである。

 肉体的な疲労よりも精神的な疲労がセイバーへと蓄積していく。だが、この巨大海魔が起こしうる惨劇を考えると、セイバーの闘争心はより燃え上っていく。

 頭上ではライダーもセイバーと同様に果敢に責めているが、成果もセイバーと同様に薄い。

 神牛から放たれる雷で巨大海魔のぬめりを帯びた 肉体を抉り、その神牛が引く戦車で血飛沫を上げさせるが、瞬く間に疵痕が肉に覆われ完治していく。

 歴戦の強者の力をもってしても僅かな遅延が精一杯の現状、だが事態は次なる段階へと移る。

 

「なんだ、ありゃ?」

 

 最初に気付いたのはライダー。セイバーはライダーの声につられ、ライダーが見ている方へ目を向ける。

 巨大海魔に向かって、黒い群らしき飛行物が線を引いたかのように一直線に飛んでいる。

 

「鳥……いや、違う! あれは!」

 

 セイバーの視界に映った飛行物は、鳥のような体毛を持たず、爬虫類のような皮膚をしていた。そして、翼の部分は羽ではなく膜を張っている。それは『翼竜』と呼ばれる生物の群れ。

 そして、その翼竜たちの背中を足場にし、駆け抜けていく一つの人影。

 

「おいおい、あんな怪物に向かっていく奴がおるぞ。というかどうみても恐竜だよなアレ」

 

 セイバーもまた同意見であった。セイバーとライダーの脳裏に聖杯戦争初期に恐竜の群れに強襲された記憶が甦る。

 ならばあの人影が恐竜を操っていた者なのか。

 人影は巨大海魔へとたどり着くと一気に巨大海魔の頭上へと掛け上がる。

 

 頭上へ着くと、その人物は大きく手を広げ――

 

「イッヤホォォォォ!」

 

 ――と歓喜の叫び。

 

「COOL! やっぱ、舞台のど真ん中は違う! スッゲェ景色だ!」

 

 興奮する男――龍之介は感極まったように言葉を発し続ける。

 喜色に染まる龍之介の顔は、口が耳辺りまで裂け、人外の容姿へと変化していた。

 

「そんじゃま! 始めようかな! 世紀のエンターテイメントを! 旦那!ちょっと『コレ』借りるね!」

 

 言い終わると同時に巨大海魔の頭頂部に両手を叩きつけた。

 

「キタ! キタ! キタ!」

 

 変化は急激に起こる。蠢く触手はその動きを止め、移動も止まる。そして、巨大海魔の肉体からは急速な勢いで水気が失われ、乾燥していった。

 

「これは……!?」

 

 

「どうなってんだ……こりゃ?」

 

 ライダー、セイバーはその光景に戸惑う。河岸でセイバーたちの戦いを見守っていたアイリスフィールやランサーたちも同様。

 

「それじゃあいこうか! ビィィィッグサプラァァァァイズ!」

 

 龍之介の声が夜空に響き渡る。

 その時、巨大海魔の乾燥した眼球の部分が剥がれ落ちた。

 剥がれ落ちた箇所に自然に視線が集まり、そして誰もが絶句する。

 眼球の下から現れたもう一つのの眼球。その眼がセイバーたちを見つめている。

 巨大海魔の体が大きく震え、乾燥した皮膚を次々と剥がす。

 脱皮のような光景。誰もがその衝撃的な光景に言葉が出ない。

 滑りを帯びた肉体は無くなった。その替わりに荒々しく斑の模様が入った皮膚と屈強な肉体を手に入れていた。

 無数の触手が無くなった。その替わりに触れれば、全てを切り裂いてしまいそうな爪と牙を手に入れていた。

 かつて人は、その『恐竜』を地中から発見したとき畏敬と畏怖の念を込め『暴君』の名を贈った。

 

「くっくくく! あはははは!」

 

 誰もかれもが、驚き、惚け、唖然としている。龍之介にはこの光景が、この瞬間が、愉しくて仕方ない。

 

「神様ァァ! 見てるか! 聞いてるか! やっぱ、あんたが創った世界はサイッコォォにCOOLだ!」

 

 龍之介の言葉を合図に世界最古の『暴君』は英霊たちに向け、開戦の咆哮を上げた。

 

 

 

 

「これは……」

 

 剣を構えたセイバーの前に不可思議な光景が広がっている。

 朽ちて半ばから折れた直剣、鎧に槍といった数々の武具、それに混じって書物や服といった物まで地面へと転がっている。驚くべきことにそれら全てが自分のいた時代にあったものであった。

 それを見たセイバーの胸中に広がるのは言葉にできない懐かしさ、敵の術中かもしれないと思いつつも心をざわめかせるものをそれらの物から感じていた。

 警戒しつつ歩を進めるセイバー。

 しかし、次に目に映った物にセイバーの心臓が跳ね上がる。

 地面に突き刺さっている一本の剣。派手な装飾は無いにもかかわらず、まるで黄金の様な輝きを放っていた。

 

「カリバーン……」

 

 失った筈のかつての愛剣。その変わらない輝きを見てしばしの間呆然とする。

 

「バカな……何故ここに……」

 

 驚きのまま突き刺さったカリバーンに手を伸ばすセイバー。

 

「……え……上……」

 

 セイバーの耳に擦れた声が入る。手を伸ばすのを止め、素早く戦闘態勢へと移る。

 

「何者だ!」

 

 覇気を込めて相手を警戒するセイバーの耳に再び擦れた声が入ってくる。

 

「……ぜです……上……どうして……」

 

 足音が近づくとともに擦れた声もはっきりと聞こえ始める。不思議なことに声がはっきりと聞こえてくるたびにセイバーの心臓の鼓動が早まる。

 

「何故です……どうして……私を選ばなかったのです……」

 

 足音がセイバーの正面で止まる。

 

「父上……」

 

 その足音の主を見たとき、セイバーの思考は白く染まる。

 

「……モードレッド」

 

 呆然として呟くセイバーの前に立つのは、セイバーと全く同じ容姿をした人物。かつて我が子と呼び、そしてセイバー自らの手でその命を絶った存在。

 この場にいるはずの無い人物が現れたことに無意識のうちにセイバーは構えを解いてしまう。

 

「何故だ……何故ここに……」

 

「それはお前が彼を『捨てた』からだ」

 

 新たに現れた存在。円盤を何枚も重ねたような頭部し骨格標本のような細長い体型をした怪人。

 

「この幻は、貴様の仕業か!」

 

「幻? それは違う。それはお前の『罪』だ。セイバー」

 

 怒声を上げ、剣を向けるセイバーに対し、現れた怪人はいたって冷静。哲学者のように言葉を続ける。

 

「人は何かを『捨て』なくては前に進めない。どんな人物も例外ではなく、例え歴史に名を記す英雄であろうとも何かを『捨て』前へと進む」

 

「何を……言っている……」

 

「公平の為に教えておこうセイバー、その過去に捨て去ってきた罪を形にする。それがわたしのスタンド『シビル・ウォー』の能力」

 

「捨て去ってきた……罪だと……」

 

 無意識のうちにセイバーの呼吸が乱れ始める。

 だが、そんなセイバーに更なる声が聞こえた

 

『アーサー王……』

 

『アーサー王……』

 

『アーサー王……』

 

 声の数は一つだけではない。何十をも超える声が重なりセイバーの真名を呼び続ける。

 

「そんな……これは……」

 

 セイバーの前に現れる兵士たち。その剣、その鎧、全てに覚えがあった。

 兵士たちの掲げる旗は紛れもなくブリテンの旗。

 セイバーは言葉を失う。

 

「『捨てた』罪をその聖剣で裂いて前に進むか? それとも英雄らしく全て『拾って』背負うか? どの選択が自らを『清め』られるか……」

 

 無数の罪を前にセイバーの孤独な戦いが始まる。

 

 

 

 

 私室の中、綺礼とアサシンは向かい合って座っていた。

 両者ともに会話は無く、綺礼は射ぬくような視線でアサシンを見るが、とうのアサシンは、何処で用意したか分からない酒瓶でグラスに酒を注いでいた。

 

「アサシン。貴様は私に黙って何をしている」

 

 ここ数日、不自然なアサシンの配下の行動。綺礼にとって見過ごせることではない。

 

「場合によっては――」

 

 手の甲に刻まれた令呪を見せつける。しかし、アサシンは焦る様子も無く、注いだ酒を一気に呷り、一言。

 

「そういえば君は、随分アーチャーと仲が良いみたいだな?」

 

 いきなりのアサシンの返答に綺礼の言葉が詰まる。

 

「人に不信を与えるという点では君には負けると思うのだが?最近、自分の師に対して嘘が増えたみたいだしな」

 

 綺礼を見透かすようなアサシンの言葉。だが、責めているというよりも事実を淡々と述べているといった話し方だった。

 

「わたしが君に対して不信感を与えたのは、素直に謝罪しよう。しかし、誤解しないでくれ。あくまでわたしは要らないトラブルを生み出したくなかったからだ」

 

 言い訳のように聞こえるアサシンの言葉。だが不思議なことにその言葉一つ一つに誠意が込めてあると感じられる響きがあった。

 

「まあ、わたしも至らぬ点があったわけだ。だから君がアーチャーと何を話していたかは深くは詮索しない。今度、わたしも混ぜてくれると嬉しいのだかな――ああ、そうそう、わたしが部下を使って何をしていたかという話だったな?簡単だ。わたしの宝具を集めている。散らばってしまっているからね」

 

「……なに?」

 

 さらりといったアサシンの言葉に一瞬綺礼は固まった。

 

「宝具を集めているだと……?」

 

「ああ、わたしの最後の宝具は、少々厄介な性質を持っていてね。最初の段階ではわたしの手元には無く、一つ一つ集めて完成させなければ真の力を発揮しない」

 

「なんだ……その宝具は……」

 

 最初は手元に無い宝具。あまりの使い勝手の悪さに呆れたような声が綺礼から放たれる。

 

「更に厄介な点としては、その宝具は誰にでも『持つ権利』がある。それこそ、その宝具の性質とも言えるからだ。魔術師だろうが、サーヴァントだろうが、そこら辺を歩いている一般人だろうとね――まあ、奪うか奪われるかなどの行為自体が宝具を目覚めさせる一種の儀式のようなものだ――故に速やかに回収をしなければならない。その宝具から得られる『幸福』が知れ渡る前に」

 

 厄介を通り越し、最早害悪としか考えられないアサシンの宝具の効果。まさか敵味方区別無く使用出来る宝具があるとは夢にも思わない。

 

「さて、こういった事情故、余計な混乱を招かないように黙って行動していたが、それもここまでのようだ。綺礼、謝罪の印として君にこれを渡そう」

 

 アサシンが取り出したのは古い布に包まれた細長い物体。

 綺礼は不審な眼をアサシンに向けながらも受け取り、警戒をしつつも包んでいる布を取る。

 

「これは……」

 

 布の中にあったのは風化していく樹木を彷彿とさせる人の左腕と思われるミイラ。手のひらには何かを打ち込まれていたのか貫通した痕がある。

 

「これがわたしの宝具である『遺体』の一部だ。さぁ、綺礼。触れてみたまえ。君にも『幸福』を与えてくれる」

 

 促すアサシンの言葉は既に綺礼の耳には届いていなかった。朽ちた人の左腕、それを持つ綺礼の手は知らず知らずのうちに緊張から震えている。

 やがて綺礼はその左腕に手を伸ばした。

 

 

 

 

 白く、細い女の首に綺礼の指先が深く食い込む。

 抵抗せず首を絞められている女性――アイリスフィールは、既に英霊たちの魂をその身に宿し、聖杯の器へと変わり果てようとしていた。

 綺礼の策謀により拉致され、綺礼直々に切嗣のことを尋問されたが、アイリスフィールが語る切嗣の真の姿は、綺礼の期待を裏切るものであった。

 幸福も喜びも捨て、叶わぬ夢に殉ずる男。綺礼を欲したものを全て捨てた男。

 怒り、嫉妬、殺意、今まで一度も抱いたことの無いどす黒い感情が綺礼の中に渦巻き、それが捌け口を求めた結果、綺礼はアイリスフィールの首を締め上げていた。

 代行者の鍛え抜かれた力を持ってすれば、衰弱した女を絞殺するなど、花を折るのよりも容易い作業、やがてアイリスフィールの全身から力が完全に抜け落ち、物言わぬ物体と化した。

 そのまま捨て置き、昏い眼差しで、虚空を見つめていた綺礼であったが、何者かの気配を感じ、そちらに目を向ける。

 

「少し見ない間に随分と雰囲気が変わったな」

 

 アサシンが何時ものように、堂々とした姿で現れる。

 

「確かに……私でも自覚出来る程に私は変わったかもしれない」

 

 綺礼が笑みを浮かべる。その姿を物珍しそうに見るアサシンであったが、何があったかは聞かず、床に放置されていたアイリスフィールの方を見る。

 

「彼女が器か……殺したのかね?」

 

「意識を絶っただけだ。場所を移したら直ぐに処分する」

 

 興味の欠片も無い様子の綺礼に対し、アサシンは興味深げにアイリスフィールを見ていた。

 

「そういえば、彼女はセイバーのマスターの妻らしいな。子供はいるのか?」

 

 アイリスフィールに興味を持つアサシンに若干の疑問を持つも綺礼は一応答える。

 

「いるらしいな……先程自分でそう言っていた」

 

「成程。妻でもあり、母でもあり、そして聖杯の器でもあるか……これはいいかもしれないな」

 

 アサシンが微笑み、綺礼を見る。

 

「綺礼。彼女を『聖母』にしてみないか?」

 

 アサシンの提案に綺礼は一瞬虚を突かれた表情になるが、すぐにその表情は笑みの形に歪む。

 

「それも一興か」

 

 自らの左腕に右手を当てるとそこから遺体の左腕で引きずり出される。アサシンも同様に自分の胸に手を当てるとそこから遺体の胴体、両足、右腕が現れる。

 

「残る部位は頭部だけだが、心当たりはあるのか?」

 

「問題は無い。彼女に遺体を納めれば、いずれ招き寄せられ、完成される」

 

 アサシンがアイリスフィールの肉体に遺体の部位を埋め込むと、その体を抱き上げた。

 

「さて、行こうか。聖杯が待つ場所へ」

 

「ああ、分かった」

 

 そう言い合う両者の顔にはよく似た笑みが張り付けられていた。

 

 

 セイバーの降り下ろした刃をアサシンは紙一重のタイミングで直撃を回避する――が、僅かに避けるのが遅かったのか額から左の眉にかけて裂け、そこから涙のように血が 流れ落ちる。

 戦いの技量では圧倒的にセイバーが上回っているらしく、セイバーの身体には傷は無く、逆にアサシンは至るところ傷を負い、衣服を赤く染めている。

 だが、セイバーの表情に余裕は無く、焦燥が浮かんでいた。

 理由は、三つ。一つはアサシンの背後に浮かぶ聖杯。もう一つはアサシンとセイバーの戦いを見下すように愉しんでいるアーチャーの存在。そして最後に聖杯の下で、異質な存在へと変貌していたアイリスフィールの姿。

 その三つがセイバーの神経を鑢のように削っていく。

 アサシンの身体から浮き出た人型の宝具が、セイバーの喉目掛け手刀を繰り出す。しかし、セイバーはその軌道を見極め、素早く横へ移動すると、剣を振り上げ、手刀を繰り出した腕を切断、返す刃でアサシンの首を深々と切り裂くと腕と共に鮮血が噴き出す。

 アサシンの体は力を失い、地面へと倒れ伏せた。

 

(勝った……!)

 

 紛れもない致命傷、セイバーは勝利を確信。見ていたアーチャーもアサシンが敗北したとみて、地に伏せた姿を鼻で笑う。

 だが、この場で唯一人、アサシンのみが自らの敗北を否定する。

 アサシンは切断された腕を振り上げる。切断された腕から未だに溢れ出す血が宙へと舞い、アサシンの体へと降り注ぐ。

 次に起こる変化にセイバーは目を見開く。

 降る血がアサシンへと触れたかと思えば、その箇所が消失。アサシンの体は注がれる血で次々と削りとられ、やがて消失した。

 明らかに、サーヴァントの消滅と異なる現象。

 セイバーがアサシンの消失した場所に立ち気配を探るも全く手応えがない。

 

「いったい何が――」

 

「『D4C』」

 

 背後から聞こえたアサシンの声。振り返るセイバーが目にしたのは、自分の背中から浮き出るように姿を現すアサシン。

 

「なっ!?」

 

 動揺するも剣を振るうセイバーであったが、アサシンの脱出の方が速く、離れると同時にセイバーの脇腹に置き土産だといわんばかりに手刀を放ち、抉る。

 

「ぐっ!」

 

 抉られた脇腹を押さえるセイバーであったが、あることに気付く。セイバーの血で染まるアサシンの手、その手は先程セイバー自身が切断したはずであった。

 目を向ければ、確かにそこに切り落とされたアサシンの腕が落ちている。見れば喉の傷どころかアサシンの服には血の一滴もついてはいない。

 

(再生能力ではない……! もっと違う別の何かでアサシンは傷を消した……!)

 

 セイバーの『直感』がアサシンの異質さを訴える。

 

「さすがにあれは危なかった。だが刻はきた! この瞬間、わたしの勝利は決定する!」

 

 アサシンが勝利を宣言した、まさにその時、アサシンの体に光りが突き抜ける。

 思わず突き抜けてきた光を回避するセイバー。

 目で光の源を辿るとそこにいたのは横たわるアイリスフィール。その体から光のラインが放たれていた。

 

「『D4C』の完全なる力がアイリスフィールによって発現する」

 

 光により半身が歪んで映るアサシンの体が完全に光のラインの中へと入り込み、ここではない何処かへと立つ。

 アサシンの更なる未知の力の発生。セイバーの緊張はより高まり、アーチャーもまた嘲笑を潜め、不愉快そうな表情を歪める。

 

「『力』『栄光』『幸福』『文明』『法律』『金』『食糧』『民衆の心』このヴァレンタインがもう一度、最初のナプキンを手に入れる刻は来た!」

 

『この世の全ての幸福』が集う場所で、ファニー・ヴァレンタインの最後の戦いが始まる。

 ここに至るまでに犠牲はあった、多くの命が散った。だが彼の心に何一つの揺らぎはない。全てが必然による結果だという確信があった

 

 全ては一点の曇りの無い己が正義を信じて。

 

 

 

 

 アイリスフィールは、聖杯の中で夢を見る――正確に言えば、アイリスフィールの願望を基にアイリスフィールという人格を被っただけの存在であるが。

 見覚えのある冬の城の中で、幼い我が子――イリヤスフィールを優しく抱き締めながら、仮初めのアイリスフィールは微笑み、夢を見ていた。

 部屋の隅、天井から染み出して、床を浸していく黒い泥に一切の抵抗も無く受け入れている。

 

「きっとお父さんは来てくれる。私たちの全ての祈りを遂げるために――貴方もそう思いません?」

 

 優しくイリヤスフィールを撫でながら、背後へと声を掛ける。

 黒い泥が染めていくなか、たたずむ一人の男性、全身に数え切れぬ程の疵が刻まれているにもかかわらず、その姿はまるで光り輝いているようであった。

 男性は応えず、ただアイリスフィールの傍らに立つ。

 その姿を見て、微笑むアイリスフィール。

 

「貴方も祈りましょう。全ての嘆きも苦悩も無くなるように」

 

 全てを呪い叶える万能の願望機の中、『この世の全ての悪』と『この世の全ての赦し』が共に祈る。

 その祈りに込められたものが同じであるかは、誰も知るすべはない。

 

 




ジョジョEOHをやっていて昔書いたこれのことを思い出したので投稿してみました。
聖人の遺体を入れてセイント☆八極拳とか半恐竜化してダイナソー☆八極拳というネタ考えてみましたが、八極拳の知識がゼロなので入れるのを止めました。

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