ぼっちな俺はとある理由で田舎で暮らす。 作:ちゃんぽんハット
という訳で9話です!
それではどうぞ!
「皆おはよう!今日の日程は……」
扉の向こうで平塚先生のよく通る声が聞こえる。
現在2年1組の教室では、ホームルームが行われている。
対して俺は、廊下で一人寂しくたたずんでいる。
あれ?ホームなルームのはずなのに何故俺は外にいるんだろ?
ぼっちだからか?ぼっちだからだろう。
まあ冗談はさておき、俺はこの後転校生としての自己紹介をしなければならず、呼ばれるまでここで待っているのだ。
緊張と不安ですぐにでも逃げ出したい気分である。
しかし、ここまで来たならそうもいかない。
大丈夫だ、落ち着け。
昨日あんなに練習したではないか。
鏡の前で何度も自己紹介の台詞を繰り返したのだ。
何を恐れる必要がある。
途中でばあちゃんに「なんだい友達でも来て……八幡に友達がいるわけないか」と諦められたじゃないか。
いや諦めんなよばあちゃん、せめて最後まで聞けよ。
それはまあとにかく、シミュレーション通りにやれば問題ない。
やってやろうぜ俺。
頭の中でもう一度セリフを確認し終わると、中から平塚先生が俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺は大きく深呼吸をして力が発動しないように注意を払い、震える足を叱咤してガラリと扉を開ける。
一歩足を踏み入れた瞬間、一斉に教室じゅうの視線が俺に向けられた。
一気に体にかかる重圧が重くなる。
なにここ、惑星べジータかよ。
こわばる体にグッと力を入れ、教壇の所まで真っ直ぐに歩いていく。
横目で生徒の顔を見ると、品定めするような顔、がっかりした顔、興味のなさそうな顔、曖昧に微笑んでいる顔、非常に目をキラキラさせて楽しそうにしている顔と様々であった。
言わずもがな、最後のは雪ノ下陽乃である。
美少女の満面の笑みに思わずドキリとする、主に恐怖のせいで。
一応言っておくが、別段彼女に何かされたわけでは……まあなくもないが、これは一種の条件反射のようなものであろう。
あんな事があったわけだし。
とりあえずあいつは無視する方向で。
でないとうっかり力が解放されてしまう。
美少女によって覚醒する俺マジ主人公。
教壇につくと、平塚先生が挨拶をするように目で促してくる。
優しげな表情に少しだけ緊張が和らぎ、クラスメイトの顔は極力見ないよう、目線を少し上に向ける。
よし、ここまではシミュレーション通り。
後は暗記した台詞を言うだけだ。
そう思って口を開こうとした時、
「比企谷君、やっはろ~♪」
明るく大きな声で俺に掛けられる挨拶。
その声の主は、当然雪ノ下陽乃であった。
こ、こいつ!?なんてタイミングで声かけてきやがる!?
突然の出来事に激しく動揺する。
そんな俺を見て、ニヤニヤと笑う雪ノ下。
あのやろう、わざとやりやがったな!
沸き上がってくる怒りと焦る気持ちにより、汗をダラダラとかく。
ま、まずい、このままだと力が!
どうでもいいが最近、俺この言葉ばっか使ってるな。
別にちょっとカッコいいとかは思ってない。
中2は今年の春に卒業した。
いや遅すぎだろそれ。
焦ってるのか落ち着いてるのか分からないほどパニックになってる俺は、とにかく自己紹介をやらねばと思って再び口を開こうとする。
しかしそれは、またもや別の人間によって妨げられた。
それも、一人ではない。複数にだ。
「陽乃ちゃん知り合いなの?」
「え、あいつ知り合いか?」
「なになに、どういう関係?」
「べー!もしかして、彼氏なわけ!?」
ざわざわとし始める教室。
雪ノ下の発言に、クラスの全員が騒ぎだした。
ポカーンと口が開いてしまう。
……な、なんだこれ?
俺はふと、クラスの雰囲気に違和感を覚えた。
今の様子から、雪ノ下陽乃がクラスの中心人物だということは容易くわかった。
あの容姿にあの人当たりのよさだ。
そりゃ皆の人気者になるのは必然である。
だから今の光景も当然といえば当然なのだが……
何故だろう、どこか変な感じがする。
なんというか……妙な必死さを感じる。
いや、俺がぼっちだったからこういう友達同士の空気を知らないだけなのかも知れないが……
とにかく、得たいの知れない気持ち悪さを感じたのだった。
俺が訝しんでいる間、質問攻めにされる雪ノ下。
彼女は何を聞かれても「秘密♪比企谷君に直接聞いて♪」と意味深に答えるだけである。
マジ頼むからややこしくしないでくれ、本当に。
土下座するからさ~。
なんなら靴も舐めますぜ?
あれこれ奴隷ルートまっしぐらじゃね?
なんだか泣きたくなってきた俺を救ってくれたのは、唯一の良心、平塚先生だった。
「静かにしないか君たち。比企谷が困っているだろう」
未だに雪ノ下に質問したそうにする彼らだったが、先生に言われた通りに静かにして席に座り直す。
そして雪ノ下への好奇の視線が、そのまま俺に注がれる。
先ほどまで興味なさそうにしてたやからまで、熱い視線を向けてきた。
ぐっ、これはこれでキツいぞ。
だが幸い、能力は発動していなかった。
「では比企谷、すまないが改めて自己紹介をしてくれ」
先生に頼まれて、「あ、はい」と返事をする。
落ち着け……ひとまず今はさっさと自己紹介を終わらせること。
それが先決だ。
後のことはその時考えよう。
「皆さん、初めまして、比企谷八幡です……」
自己紹介はつっかえつっかえ時には噛んだりもしたが、昨日の練習のおかげもあってか、何とかやり遂げる事ができたのだった。
終わると意外や意外、暖かな拍手が送られた。
予想していたのと全く違うが、少し嬉しくなる。
もしかしたら俺、案外上手くやっていけるんじゃね?
都会人な俺は田舎人からしたら、スーパーヒーローなのでは?
あるいはプリキュアだろうか?
とアホなことを考えるのだが……そんなわけないか。
これはきっと雪ノ下効果だろう。
人気者の雪ノ下の知り合いなら俺達も仲良くしなくては。
初めの雪ノ下のアクションにより、皆がそう思ったのだろう。
もしそれを見込んで俺に話し掛けたのなら、あいつは相当な策士である。
まあなんにせよ、今のところいい空気なのは自分の力ではないのだ。
淡い期待は持ち前のぼっち思考で早々に自分から砕いておき、先生に指示された席へと座る。
俺の席は窓から2列目の一番後ろの席。
そして隣にはニコニコ笑顔の雪ノ下陽乃。
窓際に座る彼女は、窓から差し込む太陽の光よりも明るく輝き、教室じゅうを照らしていた。
俺はその眩しさ……ではなく単純な恐怖により、彼女から目をそらすのだった。
☆☆☆
「んでさ、んでさ、比企谷くんと陽乃って、結局どんな関係なわけ?」
オレンジに近い茶髪をカチューシャで止めた、見るからにチャラチャラしたヤツが興味津々に話しかけてくる。
それ以外にも、大勢の男女が俺と雪ノ下の席を囲んでいた。
時は昼休み。
ホームルームが終わった後は授業などの関係により誰も質問してこなかったが、昼休みになるやいなや、示し合わせたかのように皆に取り囲まれた。
ちなみに授業の教材は偶然にも前の学校のと同じのだったので、そのまま使っている。
要はご都合主義だ。
さて、こんな風に大勢に囲まれるのなんて小学校4年生以来だな。
何故か知らないが、クラスの女子が泣いたのを俺のせいにされ、皆でドーゲーザ!ドーゲーザ!と囲まれたのが懐かしい。
やー、人気者はつらい!
…………うん、本当に辛い。
しかし、今の状況は全くの別物であった。
それはまるで、転校生が理想とするような光景で、自分がその中心にいるのが信じられないほどであった。
まあそれも全て、こいつのおかげなのだろうが……
「ねえ陽乃、そろそろ教えてよ~」
「え~、どうしよっかな~♪」
先ほどから質問されている雪ノ下は、口元に人差し指を当ててニヤニヤとしながらもったいぶっていた。
あざとい仕草も彼女には非常に似合っている。
「はーるーのー、お願い!教えて?」
そこで甘えたように訪ねるのは、少し目がつり上がってはいるが可愛い顔立ちをした短髪の女子だった。
オシャレさをかもし出す彼女は、都会の高校でも間違いなくトップカーストに所属するだろうと俺に思わせた。
「しょうがないな~♪」
そう言って彼女は皆の注目を一心に引き寄せる。
おい説明しちゃうのかよ。
いや、この状況を何とかしてくれるならそれに越したことはないのだが……嫌な予感がする。
そんな俺の不安はよそに、雪ノ下はたっぷりと溜めをとってからはっきりと答えた。
「私と比企谷君はね……運命の相手なんだよ!」
「「「「……う、運命の相手!?」」」」
声をそれえて驚きの言葉を発するクラスメイト。
な、なん、だと?
同様に驚く俺。
そして不安が的中して嫌な汗をかく。
「運命の相手って、どゆこと陽乃!?」
「運命の相手は運命の相手だよ♪」
「あー、この前古文で習った、ウォンスゥクーセー的なやつっしょ?」
先ほどの茶髪が我が意を得たりとばかりにどや顔で言う。
正しくは御宿命(おんすくせ)な?
意味は運命だったり、前世からの因縁だったりする。
なんだよウォンスゥクーセーって。
古文なのに何で英語っぽくいっちゃうの?
「私と比企谷君はね、それはもうロミオとジュリエットのような運命的な出会いをしたんだよ!」
「ロミジュリ!きゃーっそれ超羨ましいんですけど」
雪ノ下の芝居がかった口調に黄色い声をあげる女子。
いやあの、別にそんな運命的な出会い方してないから。
ついでにロミジュリだとしたら最後は俺ら死ぬんだからな?
羨ましくねえだろ、あれ悲劇だぞ。
なんだか話がどんどん変な方向に進んでいく。
これは何としても食い止めねば。
「あ、あの……」
俺は勇気を振り絞り、楽しげに会話をする皆に声をかける。
俺の声は小さかったのだがふと会話はやみ、皆が俺の話を聞く体制に入った。
うっ、な、なんか慣れないぞ、これ。
だがこのまま黙るのもいけないので、何とか発言する。
「ゆ、雪ノ下とは、偶然、挨拶に来たときに、あ、学校に……そんときに偶々会っただけ、だから……その、運命とか、じゃない、から……」
…………
しばらく訪れる沈黙。
ま、まずい!なんかやらかしたか!?
慎重に言葉選んだはずだぞ!?
反応が返ってこないことに焦る俺。
何か他にも言った方がいいかと思った時、
「なーんだそゆことかー!」
「もー、陽乃ちゃんたら冗談ばっかり!」
「ま、俺は最初っから気づいてたべ?」
どっと笑いが起きる。
依然変わらない、賑やかな空気が流れている。
「陽乃はイタズラ好きだからなー」
「えー、冗談じゃないよね、比企谷君!」
「あ、え?」
再び俺に集まる視線。
雪ノ下からの急な問いかけに言葉に詰まる。
「そんな!私と心の底から話合ったじゃない!あれは夢だったとでもいうの、比企谷君!」
よよよと涙を流すフリをする雪ノ下に、またどっと笑いが起きる。
いや、まああながち嘘ではないのだが。
「と、とにかく、俺たちは別に何もないから、その……勘弁して下さい……」
俺の必死の様子に皆が笑い、口々に暖かい言葉をかけてくれる。
それはもう、友達のように。
……なんだ、これ?
初めに想像してたのと全然違う。
当初の予定では、そことなく自己紹介をして、そことなくクラスに溶け込み、そことなく静かに暮らすはずだったのに……
これではまるでリア充ではないか。
予想外の展開に頭がグルグルと混乱している。
年齢=ぼっちだった俺には、この突然の変化を上手く受け入れることができなかった。
だから先ほどからもあまり喋らないし、笑いもしない。
それなのに、俺はグループから弾かれていないのだ。
何で皆が暖かく受け入れてくれるのか。
何で皆が自然に話かけてくれるのか。
何で皆が俺を友達のように扱ってくれるのか。
それは間違いなく、雪ノ下のおかげだった。
それから皆は、自分の自己紹介や俺のあだ名なんかを決めて、各々昼食を食べ始めた。
ちなみにあだ名はハッチー。
俺はミツバチか……もしくは駅前の犬かよ。
だが、それが人生の中で最も好意的なあだ名であったことに違いはない。
まあ今まであだ名がひどかったからな。
「ヒキガエル」とか「1組の小町さんの兄」とか「そこの」とか……あれ、最初しか名前の要素なくない?
とにかく、そのあだ名は妙にむず痒かった。
「さて、じゃあ私たちも行こっか♪」
唐突にそう切り出す雪ノ下。
「え、行くってどこに?」
「生徒会室。お昼はいつもそこで食べてるんだ♪」
誰も昼飯に雪ノ下を誘わないから変だとは思っていたが、そういうことだったのか。
…………で、俺も?
「いや、何で俺まで……」
「いいからいいから、早く行こ♪」
強引に手を引かれて、よろけそうになりながらも何とか歩く。
って急に触らないで妊娠しちゃうから!
いやほんとマジで……勘弁してくれよ。
そんな俺はがん無視で「レッツゴー!」と言って引っ張っていく雪ノ下。
クラス中から「ひゅひゅー!」だの「ハッチー羨ましいぞ!」だの「きゃーっ陽乃大胆!」だの声が聞こえる。
……本当にコレが俺の学校生活なのか?
緊張と疑問と不安と興奮など様々な感情が渦巻いたまま、俺はただたただ、流れに身を任せることしかできなかった。
この時、誰の心の声も聞こえなかった……
それが幸だったか不幸だったのかはわからない。
なんにせよ、田舎での高校生活はこうして幕を開けたのだった。
さーて、次回は陽乃と二人っきりの八幡。
あんなことやこんなことはおこるのか?
ごゆるりと更新をお待ち下さい。
それでは今日はこの辺で。