――バタフライエフェクトって知ってるかい?
君がいると、どこかで歪みが生まれてしまうんだよ。


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よくある、二人目の男性操縦者にアンチされる一夏くんを書いてみた。

※時系列としては、6巻前くらいです


蝴蝶の飛んでいく先

 ふらふらと、どこか覚束無い足取りで織斑一夏はロッカールームに入る。そして自身の着替えが入っているロッカーの前までたどり着くと、その場にへたりこむ。彼の表情からは、肉体的な疲れからくるものとは違う、苦痛とも悲しみとも取れるものが見て取れる。

そのような表情を浮かべている今の彼には、立ち上がる気力も、ISスーツから制服に着替える気力も残されていなかった。

 端的に言ってしまえば、織斑一夏という人間は現在打ちひしがれていた。

 そんな彼の頭の中は、自身の全てを否定した言葉の数々が渦巻いていた。

 

 

                        ◇

 

 

 ――何故、みんなを守ろうとするのか。

 もう一人の男性操縦者が発したその言葉が始まりだった。

 その日は珍しく他の専用機持ちに用事が入っており、二人だけで訓練することになった。

 二人だけで大丈夫なのかと不安になったものの、特にアクシデントの類はなく、滞りなく訓練のメニューを消化した後に、二人目は一夏にその問いを投げかけた。

 一夏はそれに対して、特に理由はない。自分がそうしたいからそうしているんだ。という返答をした。

 その言葉が、二人目の心の中にある何かを刺激したのかもしれない。

 

「まるで、物語の英雄様だな」

二人目は嗤いながらそう言った。

「そんなんじゃない」

一夏が口にした言葉を聞いて、二人目は嗤いを抑えることもなく「いいや違わないさ」と言う。

 二人目は嗤い続ける。

「何かおかしいか」

そんな様子を訝しみながらも、一夏は問う。

「ああ、おかしいさ」

ひとしきり嗤った後、二人目は口を開いた。その顔には、未だに嗤いが浮かんでいた。

「なんの理由もなく、赤の他人を守るとか言ってる何の力もないニンゲンが、一丁前に英雄気取りしてることが、おかしくてたまんねーよ」

 

 その言葉に、一夏はムッときた。

「いけないのかよ」

一夏は二人目に対して言った。

「ああ、いけないさ」

二人目は嗤いながら言う。

「守るって言葉はな、本来力を持った人間だけに許された行いなんだよ」

そう言いながら、二人目は一夏を指差す。

「それと、守るには理由も必要だ」

「人を守るのに理由が必要なのかよ」

憮然とした表情で、一夏は言い返す。その様子を見ながらも、二人目は嗤ったまま口を開く。

「ああ、必要さ」

そう言って、二人目は肩をすくめた。

「まあ、お前にはわからないかもしれないけどな」

 

「どういうことだよ」

 人を小馬鹿にしたような二人目の言葉に、一夏は思わず言葉を荒げた。

「焦るなって。すぐ説明してやるから」

そう言って、改めて二人目は一夏の方に体を向ける。その顔に、嗤いを浮かべたまま。

「まず、守るための力ってのはな、どんなに綺麗事で塗り固めても、結局は暴力に行き着くもんなんだよ」

二人目の言葉に、一夏は眉をひそめた。

「どうしてだよ」

「誰かを守るってことは、別の誰かを排斥するってことなんだよ」

 そう言って、二人目は手を広げる。

「敵にしろ、自然災害にしろ、守るための力を振るう何かが必要だってことだよ。そして、その力は有限だ」

 二人目の言葉は、終わらない。

「物事には優先順位が必要なように、守るものにも優先順位が必要なんだ。そしてそれは、そのまま守る理由にもなる」

 

「…人を物の様に扱えってことかよ」

 二人目のその考えは、一夏にとって受け入れられるものではなかった。

「そういう意味じゃねえよ」

 二人目の語気に、嘲りが入る。

「じゃあ、どういう意味だよ」

「守れる人から守れってことだよ。どんなに守りたいって思っていても、すぐに行けないくらい遠いところにいちゃ守れないだろ?」

「それは…確かにそうだけど」

 確かにそれはもっともなことだと一夏は思ったが、どこか違うと感じた。

 

「だから、守りたいものが多いなら、それ相応の力がなきゃいけない」

 詠うように、二人目は言葉を口にする。

「力があれば、守れるものも増えるからな」

「その力が、暴力ってことか」

「そういうことだ」

 そこで初めて、二人目が一夏を見た。否、今までも一夏のことは視界に入れていた。正しくは、織斑一夏という存在に対して初めて視点を向けたのだ。

「そうしたことを踏まえると、お前は本当に誰かを守れてるかな」

 

 その言葉に、一夏は虚をつかれたような顔をした。いきなり話題を自分に振られたのだ。

「守れてないっていうのかよ」

 辛うじて言葉にできたのは、それだけだった。

「俺から見たら、全く守れてないな」

 二人目は容赦なく言う。もはや、一夏に対する嘲りを隠そうとしていなかった。

「お前、今までみんなと一緒にいろんな事件に関わってきたけど、いつもやられてばっかだったよなぁ? 結果的にはどうにかなってるけど、それで本当に守れてるって言えるのか?」

 二人目の言葉に、一夏は言い返せない。真実だからだ。今まで自身の周りで起こった事件は、全て目の前にいる男が解決していると言っていい。もちろん、一夏自身もその渦中にいたが、ほとんど何も出来ずに終わっている。

 

「お前まさか…自分がIS操縦者になれて、専用機を持つことができたからって調子乗ってるんじゃないか?」

「そんなことない」

 今度はすぐに反論できた。一夏はそのような自惚れを抱いたことなど、一度もない。

 しかし、二人目はその言葉を信じていない。

 

 ――何故なら、二人目にとって織斑一夏という存在は、自身の言葉で言った通りの存在でなくてはならないからだ。

 

「そんな嘘ついても、お前のためにはならないぜ」

「だからそんなことは――」

「お前、ISに乗れて嬉しいと思っただろ」

 二人目のその言葉に、一夏の言葉は止まる。そう思ったことが一度だけ、自らが所有する専用機『白式』が一次移行した時に、ほんの一瞬だけそう思ったからだ。

 その一夏の戸惑いを、二人目が見逃すはずはなかった。

「やっぱりな」

 そう言って、わざとらしくため息をついた後に、二人目は口を開く。

「お前、心のどこかで自分がみんなを守るってことを楽しんでるだろ」

 その言葉に、一夏の思考が完全に停止した。図星を突かれたわけではない。普通に考えて、守るということに対して楽しむという言葉が出てくること自体信じられなかったからだ。

 しかし、一夏が陥った空白を、二人目は自身に都合良く解釈した。

 

 ――そこからは、一夏が言い返すことができないように、二人目が言葉を矢継ぎ早に畳み掛けた。

 

 やれ、なんの力がないのに前に出てくるな。

 やれ、お前が守ろうとするからみんながいらぬ負傷をするだろう。

 やれ、理由もないくせに出しゃばろうとするな。

 

 一夏はその言葉の数々が理解できなかった。そして、理解できない言葉に対する反論を持ち合わせていなかった。

 そうして何も言ってこないことをいいことに、自身の価値観を押し付け続ける二人目は、自分の言いたいことを散々言った後、一夏の所から去る時にこう言った。

 

「もうお前は誰も守らなくていいよ。一人で遊んでな」

 

 そう言った二人目の顔には、これまで見せたことのないような嗤いが浮かんでいた。

 

 

                      ◇

 

 

 ロッカーに寄りかかりながら、一夏は先程まで一緒にいた二人目のことと、その二人目が言った言葉の数々を思い出していた。

 しかし、いくら言われた言葉を思い出しても、その言葉が示す意味を全く理解することができなかった。そもそも、二人目が言った言葉が、自分に向けて言われているのかすら怪しかった。

 ただ、一方的に自分の一切合切を否定されていることだけはわかった。

 考えれば考えるほど、何もわからなくなってくる。そしてその代わりに大きくなっていく感情があった。

 ――それは、悔しさだ。

 

 あの時、声を荒らげてでも否定しておけば、一方的に否定の言葉が吐かれることは回避できたはずだ。感情的になってでも――最悪口喧嘩でもして適当なところで切り上げることができたはずなのだ。

 だが、一夏にはそれができなかった。

 

「…何なんだよ」

 無意識のうちに、一夏の口から言葉が紡がれる。

 たった一言。しかし、その言葉にはどこに向けていいのかわからない苛立ちと、抑えても沸き上がってくる悔しさが込められていた。

 

「なんでなんだよ」

 言葉を紡いでいくにつれて、それらの感情が抑えられなくなっていく。いつもは保てているはずの冷静さが、徐々に心の内で生まれ続ける激情に侵食されていく。

 

「理由がなくちゃ、力がなくちゃ、誰かを守ったら駄目なのかよ」

 

 ロッカーを殴ろうとして振り上げた拳を、少しの間宙を彷徨わせ、力なく降ろす。

 二人目に拳を振るえば、おそらく自分はこの激情から解放されはするだろう。だが、そうした自分の行いすらも、あの男は自分を貶めるための口実にするに違いない。それが分かっているからこそ、一夏は拳を振るうことができない。

 

 ――ちくしょう

 

 言葉にできなくても、自然とその言葉の形を口がなぞる。

 激情が、一夏の心を蹂躙していく。だが、それは直ぐに収まった。そしてそのあとに残った感情は、最初からある悔しさと、後から来た悲しさだけだった。

 その二つの感情に身を任せて、みっともなく泣いてしまいたかった。

――だが、織斑一夏は一向に泣くことができない。

泣くことができるのならば、そうしたかった。いや、今でもそうしたいと思っている。

 

 だが、一夏には()()()()()()()()()()()()()

 悔しさと悲しさは確かに心の中にあるのに、その証たる涙が、一向に流すことができない。

 悔しさが足りないのか? 悲しさが足りないのか?

 その答えを、一夏は誰かに求めたかった。だが、今この場には、自分以外の存在はいなかった。

 誰かに答えを求めることもできない。涙を流し、内に抱えたものを吐き出すことも許されない。

 自身では限界であるということがわかっているはずなのに、織斑一夏は自らの心に刺さり続ける二つの刺に耐え続ける。

 

 ――そうして、織斑一夏は誰かに気づかれることなく、歪んでいく。

 

 

 

 




 価値観全否定ってとんでもなく辛いものがあるだろうなぁ、と思いながら簡単な話の流れを作って書きました。

 二人目くんは才能あるオリキャラでも、チート転生者でも、どちらで解釈しても構いません。
 
 一応、このあとの展開は考えているのですが、原作ヒロインアンチが入ったりするのであんまり投稿したくないなぁ…と思っていたり

 最後に、ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。

 もしよろしければ、感想をお待ちしています。


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