夢か、現か…

前回投稿した『胡蝶の飛んでいく先』の続編となっています。
時系列も、前作の直後からスタートとなっております。

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前作を読んでいただき、そして感想を書いていただきありがとうございます。

書く気がなかった続編ですが「原作主人公をアンチしたのだから、救済しなければ」という思いのもと、執筆するに至りました。

前置きはここまでとしますので、どうかお楽しみください。


手を取るべきは

 更識楯無がロッカールームに来たのは本当に偶然だった。生徒会の仕事が終わり、自室へ帰る途中に、ふと織斑一夏の様子が気になり、彼がいつも使っているロッカールームへと足を向けた。

 そのような気まぐれがなければ、今彼女の目の前で打ちひしがれている一夏の姿を発見することなど、永遠になかったかもしれなかった。

「……織斑君?」

 その尋常じゃない様子の一夏に、楯無は声を掛ける。

 彼女の声を聞き、一夏はゆっくりと顔を上げ、楯無の方へと顔を向ける。彼女を見た彼の目には輝きがなく、表情も能面のような、ただただ空虚な無表情だった。

「楯無さん」

 口から漏れ出たその言葉にも、いつもの快活さがない。

 それらのことから、いくら一夏との付き合いが浅い楯無でも、現在の彼が平常な状態でないことは一目瞭然であった。

 なぜ彼がこのような状態に陥っているのかはわからない。しかし、それが意味するところは、自身の知らないところで何か不測の事態が起こっている可能性があるかも知れない。そう楯無は結論付け、直ぐに行動を起こした。

「織斑君、ちょっとついて来てくれるかしら」

 

 

 

                          ◆

 

 

 

 今日はもう開けることはないと思っていた生徒会室の扉を開け、一夏をその中に招き入れた後、楯無はすぐに扉を閉め、中から鍵をかけた。なるべく他の生徒――特に一年の専用機持ちや二人目に発見されないように気をつけながらここまで来たが、彼女らの高いポテンシャルを知っている自分からしたら、対策は過剰なくらいでちょうどいいのだ。

 そう思いながら、扉にある三つの鍵を全て施錠した後に、楯無は一夏の方を振り向いた。

 当の一夏は、備え付けられたソファの横で、困惑しているような表情でこちらを見ている。何故自分はここに連れてこられたのかわからないと思っているのだろう。我ながら強引過ぎたか、と心の中で自嘲しながらも、それを微塵にも感じさせない笑顔を浮かべ、楯無は口を開いた。

「ちょっと飲み物を用意するから、先に座って待っててちょうだいな」

 

 かたり、とコップがテーブルに置かれる音が生徒会室に響く。楯無を待っている間、一夏はソファに座りながらも、ずっとうつむいたままだった。

「それで、なんであなたはあの場所でああなってたのかな? よければ教えてもらえると嬉しいのだけれど」

 楯無は自分も一夏の向かい側に座るやいなや、単刀直入に言葉を発した。まだ日の入りまで時間があるものの、いつまでもこの場所にいることは不可能だ。時間が経てば経つ程怪しむ生徒が増えてしまう。

「えっと…」

 どこか喋りにくそうな様子の一夏に、楯無はさらに言葉を紡ぐ。

「大丈夫よ。こう見えても私、口が堅いのよ。だからこれからあなたが言おうとしていることを誰かに教えることもなければ、誰かに請われてもいうことはない。だから…ね?」

 ――お姉さんに、教えてちょうだいな。

 その楯無の説得が効いたのか、一夏は俯いたままではあるが、ゆっくりと理由を話しだした。

 

訓練の時、何故守るのかと聞かれたこと。

自分の言葉を聞き、二人目は理由がなければ守ってはいけないと言ったこと。

それと同時に、暴力がなければ人が守れないと言われたこと。

その上で、自分は誰も守れていないと言われたこと。

――そして、調子に乗っている、守ることを楽しんでいると言われたこと。

その後、ロッカールームで悔しさと悲しさに苛まれながら、答えを出そうともがいていたこと。

――それが、あの時に至るまでの全てです。と一夏は語った。

 

一夏が吐き出した理由を、楯無は何も言わずに聞いていた。その表情からは先程までの笑顔は消えており、刀のような冷たさを思わせるような真剣さがありありと浮かんでいた。

そして、一夏が全てを語り、また口を閉ざした後に、楯無は言葉を選びながら口を開く。

「…織斑君、なんであなたがああなっていたのかよくわかったわ。そのことも踏まえた上で、どう解決するべきかアドバイスすることもできる」

 でも。そう言って楯無は言葉を続ける。

「その前に、一つだけ質問がしたいのだけれど、いいかしら?」

「――なんでしょうか」

 この時、一夏は初めて顔を上げ、楯無の顔を見た。そして、彼女が浮かべる真剣な表情を、確認した。

「とても些細なことなの。でも、あなたにアドバイスするためにはその質問の答えを核にする必要がある。それはね、織斑君――」

 

 ――あなたはI()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということよ。

 

 楯無の質問に、一夏の思考に冷たい何かが落ちる。何を言われたかはわかる。何故目の前の彼女がそのような質問をしたのかもわかる。

 彼女は、自分の原点を聞いてきているのだ。そして、一夏はそれを言葉で示そうとした。

 しかし、その原点は、一夏の口から言葉として紡がれることはなかった。

 何故なら、()()織斑一夏は、自分の原点がなんだったのか思い出せないのだ。忘れたわけではない。朧げではあるが、その原点の形は認識できる。しかし、それを言葉で言い表すことができないでいるのだ。

 そのような様子を、楯無は表情を変えずに見守りながら、一つため息をついた。まるで、一夏がそうなっていると既に感づいていたのか、もしくはそうなることは予想の範疇であるということなのか。どちらとも取れる態度のまま、そう。と楯無は呟いた。

「それが、()()()()()の答えね」

 その言葉の続きを、楯無は言う。

「織斑君、今の答え、置かれた状況、そして今あなたが語ったことを踏まえた上で私にできるアドバイスはひとつよ」

 

 ――明日から、いえ、即刻ほかの専用機持ちと二人目から距離を取りなさい。

 

 楯無の口から発せられたその言葉に、一夏は愕然とした。

 その言葉の意味が、わからない。何故、そこまでする必要があるのか。一夏の心の空白を、楯無の言葉に対する疑問で支配される。

「どうして…」

 だからこそ、その一言が一夏の口から漏れ出したのは、ある意味で自然なことであるといえよう。そして相対する楯無も、その疑問に答える姿勢であった。

 その答えが、例え今以上に一夏を苦しめる刃になろうとも、楯無は言うつもりだった。

「そのままの意味よ、織斑君」

 だからこそ、ここからは自分にも、目の前の彼にも一切の甘えは許されない。その思いとともに楯無は心の中で気合を入れた。何故なら、楯無は挑まなくてはならないからだ。

 

 ――織斑一夏が抱え続ける、()()()()()()()という他者が押し付けた偶像との戦いにだ。

 

「このままあなたと一緒に過ごしていたら、彼女らはあなたに甘え続ける。そしてそれは、あなたにとっても彼女らにとってもマイナスにしかならないわ」

 おそらく、今の自分は彼を糾弾した二人目と同じなのだろう。何故なら、彼の人格を攻撃していることには変わりないからだ。違うとすれば、その目的だけだろう。

 ――だが、今語るべきはそのことじゃない。

「あなたは二人目に言われたとおり、守る理由もなければ、守るための力を持っていないかも知れない。そうだから、誰も守れていないのかも知れない」

 そこまで言って、楯無はひと呼吸置く。そして直ぐに言葉を紡ぐ。

 一夏が何か言いたそうに口を開きかけていたが、今はそれを許す訳にはいかない。

「彼女らを守れていないということはあなたも重々承知の上だし、そのことを悔しがる気持ちもわかる。でも、彼女らがあなたに守ってほしいと言ったことが今までに何回あったのかしら?」

 

 その言葉に、一夏の瞳が揺らいだのを、楯無は見逃さなかった。

「言われたことはないでしょう? 何故ならあなたは暴力を持たず、彼女らは暴力を持っているから。もし、あなたが彼女らの立場だったら、自分よりも弱い人に守ってほしいと頼むかしら?」

 一夏は何も答えない。そう、それでいい。楯無は一夏が今心の中で葛藤していることが手に取るようにわかっていた。

「頼まないわよね。そういうことなのよ、自分の身を自分で守れるのならば、そうするのが合理的なのよ」

 少しずつ、そして確実に、一夏にまとわりつくオリムライチカという汚泥を取り払っていく。もう少し、もう少しできっかけが生まれる。それさえあればあとはどうとでもなる。

 そう思いながら、楯無はより一層言葉を選びながら、一夏に言葉を掛ける。

「でも、弱い人がむやみに出しゃばってお前を守るとか言ったら……あなたには悪いけど、周りから見たらその状況を楽しんでる愉快犯のように見えるわよ」

 瞳の中の揺らぎが大きくなったのを楯無は確認し、あとひと押しであることを確信した。ここまでくれば、あとは一言、()()()()()()()()()()()()()()()を刺激する言葉を言えばいいのだ。そう、穴が開いたのなら、あとは引き上げるだけだ。

 そして楯無は、仕上げに入る。

「だからこそ、あなたはあの子達から離れるべきなの。何故なら、あの子達は有能であり、その逆にあなたは――」

 

 ――あなたは、無能だからよ。

 

 言い切った。一瞬だけ楯無の脳裏に愛する妹の姿が浮かんだが、直ぐに振り払った。

 一夏はというと、楯無の最後の言葉に、何かに打たれたかのような表情を浮かべ、目を見開いたあと、直ぐに俯いた。

 何かを押さえ込もうとするように、肩を震わせているその様子に、楯無は自分の策が成功したという確信を抱いた。

 

「……駄目なんだ」

 一分経つか経たないかの沈黙を経て、一夏の口から言葉が漏れ出す。

 ようやく、織斑一夏が出てきた。楯無はそのことを感じ取った。

 一夏が勢いよく顔を上げ、楯無を見る。その表情はいつにも増して真剣なものであるが、楯無を移している彼の瞳には、様々な感情がごちゃまぜになっているように見えた。

 悲しみから始まり、怒り、悔しさ、そして恐れ。それらが次から次へと前面に出てきては、また奥へと下がっていく。器用なものだ、と楯無は頭の片隅で考えながら、一夏の次の言葉を待つ。

「それじゃあ、駄目なんだ!」

 吠えるように、一夏が言う。

「あいつらから離れたら、誰があいつらを守るって言うんだ!」

「……彼女ら自身が、自分を守るのよ」

「それができない状況になったら、どうするんだ。それでも自分で守らなきゃいけないっていうのかよ。手を差し伸べる誰かがいなきゃ、あいつらが困ることだってある」

 織斑一夏は止まらない。そして、更識楯無も止める気はない。吐き出され続ける言葉の先にこそ、楯無が望むものがあるからだ。

「それじゃあ、駄目なんだ。あいつらは不幸になったらいけない。守って欲しかったら、守らなくちゃいけないし、助けて欲しかったら、助けなくちゃいけないんだ!」

 そして、一夏は自分の中にあるものを吐き出す。

「そうじゃなくちゃ駄目なんだ! あいつらが求めたら、俺が手を差し伸べる。そうじゃなくちゃいけないんだ! 俺は、俺は――」

 

 ――誰かから必要とされなくちゃならないんだ!

 

「一夏君!」

 楯無が一際大きな声で、一夏を呼んだ。有無を言わせぬ力が、その言葉にはあった。

その楯無の声を聞いた一夏は、ビクリと肩を震わせた。そして、楯無の方に改めて目を向ける。

 楯無から見た今の一夏は、まるで何かに怯えているように見えた。その証拠に、今さっきまで顔に浮かべていた真剣な表情が鳴りを潜め、どこか不安げなものへと変わっていた。

「ちょっと、お姉さんの話を聞いてくれるかしら」

 そう言ったあと、楯無はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「まず、あなたはあの子達を守りたいし、救いたい。そう思っていることは確かなのは、今まであなたの言葉を聞いていた私には痛いほどわかったわ。でもね、それは不可能なことなのよ」

「どういうことですか」

「実はね、これは力をいきなり持った――この場合は、織斑君みたいな人達が陥りやすいものなんだけど、守るということ、そして救うということを混同することがあるの」

「同じじゃ、ないんですか?」

 一夏の疑問に、楯無は「そうなのよ」と答えた。

「どちらも独りよがりな感情から始まるのは一緒。でもね、守る対象は人でなくてもいい。物だったり、信念だったり、言ってしまえば、なんでもいいのよ」

 そこでひと呼吸置いた楯無は、一夏の様子に気を配りながら、続ける。

「でも救うということは、いつだって他人がいなきゃ成り立たないの。物は心を持たず、信念はそもそも救うものではない」

 一夏の心に、少しずつ染み渡らせるように、楯無は続ける。彼女の言葉を聞いている一夏の表情は、徐々に固さが取れていっていた。

「そのような考え方からすれば、織斑君、あなたは守る人ではない。そう、あなたは――

 

 誰かを救う人なのよ。

 

「……俺には、そんな力なんてない」

 自虐的に、一夏は言う。しかし、楯無はその言葉にはっきり否と答えた。

「救うことに力の有無なんて関係ない。力――暴力が必要なのは、いつだって守ることなのよ」

 一夏の心が、揺らぐ。否、揺らいでいるのは、今までずっと織斑一夏を覆い尽くしていたオリムライチカという幻影だ。それを完全に消し去るために、楯無はさらに続ける。

「織斑君には守るために振るう暴力がないのかもしれない。でもそれは恥ずべきことではないわ。何故ならあなたは救う人。暴力が必要とならない世界が、あなたの戦場なの」

 オリムライチカに空いた穴が大きくなっていく。ここまでくれば、あと一息――

「だからね、織斑君。もうあなたは、誰かを守らなくていいの。それと同じ分だけ誰かを救えれば、それでいいの」

「――じゃあ」

 ゆっくりと、一夏が言葉を紡ぎ出す。その声色は、震えていた。

「俺が今まで守ろうとしていたあいつらは、守りたかった何かは、これから誰が守っていくんですか」

「私が守るわ」

 楯無は即答した。ここで迷いを見せれば、また振り出しに戻る。そうなれば、一夏は今以上に苦しみを味わうことになると思ったからだ。

「私が、今まであなたが背負い続けていた守るものは、全部私が背負うわ。もちろん、あなたも守る」

 ――だからね。その言葉の後に、優しげな声で言う。

「織斑君には、私を救って欲しいの」

 

「俺が…楯無さんを?」

 一夏は楯無が何を言っているのか、よくわからなかった。それは、楯無も重々承知していることだった。

 ――だからこそ、楯無は最後の仕上げをするのだ。

「でも、どうやって」

「それはね、とても簡単なことなのよ。織斑君――」

 

 ――あなたが私を頼るだけ。それでいいのよ。

 

「……え?」

「あなたはね、いるだけで価値かあるの。あなたが救う人だからというだけじゃない、あなたという存在そのものが、私にとってなくてはならない存在だから」

 一夏を見つめながら、楯無は続ける。

「あなたに頼られるだけで、私は救われる。必要としてくれるだけで、私は救われる。何故なら――」

 楯無にとって、次の一言こそが全てなのだから

 

「――私にとって、あなたは他の何者にも代え難い、必要な存在なのだから」

 

「本当に」

 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは一夏の方だった。

「本当に、俺を必要としてくれるんですか?」

「ええ」

「本当に、俺はあなたを頼ってもいいんですか?」

「もちろんよ」

「じゃあ、俺は――」

 

 ――貴方のそばに、いてもいいんですか?

 

「それでいいの」

 楯無は満面の笑みで答える。

その言葉を聞いた一夏の心に、満たされる何か。そして、それが満たされると同時に、膝の上で握った手の甲に落ちるひと雫。

「――あれ?」

 なんのことはない、一夏は涙を流しているのだ。手の甲に落ちる雫は、時間とともに増えていく。

「おかしいな、止まらないや」

 止まらない一夏の涙。その様子を見ていた楯無はゆっくりと立ち上がり、一夏のそばに近寄ると、彼の頭を胸に抱いた。

「……楯無さん」

「いいのよ、うんと泣きなさい」

 そう言った楯無の表情は、一夏からは見えていないが、まるで子を見守る母のような、慈愛に満ちたものだった。

「男の子も、泣けるときに泣かなきゃ駄目よ」

 そう言って、一夏の頭を撫でる。

 それが、止めだった。それを皮切りに一夏の泣く声は大きくなっていく。今まで溜め込んでいたものを、全て吐き出さんとするような勢いで、一夏は泣き続けた。

 彼の頭を胸に抱いている楯無は、慈愛に満ちた表情を崩さず、ただ頭を撫でながら、見守り続けた。

 

 

 

                          ◆

 

 

 

 

泣き疲れ、ソファで眠ってしまった一夏に備え付けられている毛布をかけた楯無はゆっくりと窓の外を見る。

 外は既に日が落ちようとしているところだった。

 窓の外を見ながら、楯無は今回面と向かい合った織斑一夏という存在について考えていた。

 

 ――結論から言ってしまえば、織斑一夏という存在は、()()()()()であると楯無は考えた。そして、誰かから必要とされることで、彼はその中を満たしていたのだ。そしてそれが、彼にとっては自己を形作る上で重要なものだったのだろう。今回話していく中で垣間見た、誰かに必要とされなくなるということへの恐れは、自分を満たしていたものが奪われるということにつながっていたのだ。

 ここに来るまでは、仮にそのようなことがあっても、対処出来ていたに違いない。何故なら、満たされたものを奪おうとするだけの人々だけが相手だったのだから。

 だが、彼がISに関わることで、すべてが一変してしまった。

 それは、彼の交友関係の中に答えがあった。そう、専用機持ちの彼女達の存在だ。

 

 彼女達は、今まで一夏が関わってこなかった人種だったのだ。

 ――それはすなわち、彼の内を自分のもので満たそうとする者達であったからだ。

 いきなり相対していた人種とは別のものに瞬時に対応しろと言われても、無理に決まっている。

 だから、一夏は彼女達への初期対応が遅れてしまった。そして、それが彼にとって致命的だったのだ。

 彼女らが彼に押し付けたのは、自分たちが抱く理想に他ならない。

 お前はこうあるべきだ、こうなってくれ、これこそお前の至る未来だ……

 多種多様な価値観を、有無を言わせず彼に混ぜ込んだのだ。そして、一夏はその満たされたものの通りに、自分を演じ続けた。彼女らが思い通りになる自分、彼女らの身勝手な理想である男という存在に。

 ――おそらく、二人目も他の専用機持ちと同じような人種なのだろう。

 お前はこうでなくてはならないと、織斑一夏という存在に、自分の身勝手とも言える悪意を混ぜ合わせ、オリムライチカという幻影で彼を覆い隠したのだ。自分たちが混ぜ込んで、一夏の内に注ぎ込んだ汚泥をそのままにして。

 それが原因で、彼という存在が歪み、過去に彼が抱いていたであろう原点を見失ってしまうという結果を招いたのだ。

 

 だからこそ、楯無は彼の様子を見た時に、早急に手を打つことに決めた。

 今までのカウンセリングじみたものは、織斑一夏を覆っていたオリムライチカを取り払った上で、一夏の内にある汚泥を全て洗い流すことが目的だった。ただ、それでは彼が空っぽのままになってしまう。だからこそ、楯無は、専用機持ちの彼女らや、二人目の彼と同じ、一夏に自分の価値観を注ぎ込むという手段を用いた。ただ、彼女らとは違い、自身が抱く理想ではなく、頼るから頼ってくれという、一種の共依存にも近いものを彼に注ぎ込んだ。

 そこまで考えて、これでは彼女らと同じ穴の狢だと、楯無は自嘲した。しかし、今の彼女の心には、後悔の念は微塵にも感じていなかった。

 一夏を守るという名目があるのだ。時間があれば、ほかに取れる方法があっただろうが、既に切羽詰っている状況なのだ。手段など、選んではいられない。

 

 ――だからこそ、楯無はさらに対策を講じると決めた。

 

 まずは、専用機持ちの彼女達、並びに二人目の彼から一夏を遠ざけることだ。

 おそらく彼女らはそれを不服とし、ありとあらゆる手段を講じて彼に近づこうとしてくるだろう。ISの訓練など、格好の口実に違いない。

 だが、それを許す楯無ではなかった。

 何故なら、今後は一夏に対するIS関連の事象は、必ず自分を通すということだ。ISというものが彼を狂わせたのだ。だからこそ、その部分は慎重になっても決して悪くはない。もちろん彼女らの口実となるだろう訓練は、全て楯無とのマンツーマン、もしくは彼女に近しい上級生の生徒に任せるからだ。

 ――全ては一夏次第だが、場合によっては学園の行事に参加させないことも視野に入れている。

 そして、それらを円滑に進めるために、学園側と連携を取るつもりでいる。もちろん、その中には一夏の姉である織斑千冬も含まれている。

 しかし、千冬の性格からして、弟でも特別扱いはしないとでも言うだろう。だが、彼女にはその考えを曲げてでも、こちら側についてもらう。血の繋がった弟が傷ついているのだ、それを見て見ぬふりをするなど、させるわけがない。

 

 とりあえず、この三点が、現状での最善手であろうと楯無は結論づけた。

 そして、彼女は一夏を傷つけた者達の顔を思い浮かべる。

 

 セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラボーデヴィッヒ、そして篠ノ之箒と二人目の彼。

 

「愚か者どもが、誰に牙を向けたのか知るがいい」

 

 静かにそう呟き、更識楯無は凄惨な笑みをその顔に浮かべた。

 

 

 

 

 




前書きでも書いた「原作主人公をアンチしたのだから、救済しなければ」という思いは、
キャラアンチの作家にこそ持って欲しい心構えだと考えています。
キャラがいるからこそ、その物語が成り立っている。そう考えるからこそ、その作品が好きになり、二次創作というものが生まれるのだと私は考えています。(一部例外有り)

長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
私の持論が色濃く反映されてしまった作品ですが、
もしよろしければ、本文の感想をお待ちしております。


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