哲学ちっくな人生問答。作麼生説破の使い方はてきとーです。

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閑話休題:人生問答

「なぜ人は生きるのか?作麼生」

 

「説破。微生物から続く、父母の生命の営みの結果である」

 

「では、人の生きる意義とは?作麼生」

 

「説破。そこに意義はない」

 

「では、人生とは無価値であるか?作麼生」

 

「説破。人生自体に他人が価値を与えることは出来ない。人生は己によって価値を与えるものである」

 

「では、己によって人生に価値を与えるためには?作麼生」

 

「説破。その人なりに人生を楽しむことである」

 

「では、人生を楽しむこととは?作麼生」

 

「説破。その人の価値観に沿って生きることである」

 

「では、人の価値観とは?作麼生」

 

「説破。人生の中で培われた万物の好嫌を決める判断基準である」

 

「では、その判断基準を知るためには?作麼生」

 

「説破。己の経験を立ち返って、己の感じる好嫌とその原因を確かめることである」

 

「なるほどねぇ……全然修行が足りないじゃない、この生臭小僧」

 

「うぐっ」

 

 にやにやと嫌らしい笑みを垂れ流す目の前の天の邪鬼に、俺は見苦しい呻き声を漏らした。

 

「一輪からあんたは般若経ならまだ見れる程度には修めてるって聞いてたのに、その結果がこの問答とはね。求不得苦って知ってるかしら?」

 

「五月蝿いな、この正体不明物体。おまえこそ、なんだってこのお寺に来てるんだ。存在そのものを説破してやろうか」

 

「あらあら。お寺で殺生は禁止じゃなかったの?」

 

「何を言う。お寺で正体不明を問答することこそ、坊主の習性だろうが」

 

「ま、あんた程度に説破出来る私でもないけどね」

 

「ぐぬぬ」

 

 けらけら笑うぬえを睨みつける。これが小傘さん辺りなら向こうから土下座を返してくるんだろうけど、この大蔵経典並みに分厚い面の皮を持つ不良妖怪には、些か以上に眼力不足みたいだった。

 

「ま、いいわ。では、その価値観とやらに沿って生きることの出来ない苦界の衆生に、我ら仏門の徒が出来ることとは?作麼生」

 

「……説破。己が価値観に沿えずに生きるとも、また人生を楽しむことが出来るようにすることである」

 

「では、己が価値観に沿えなくても人生を楽しめるようにするためには?作麼生」

 

「説破。般若波羅密多、即ち『智慧の完成』を教示するべきである」

 

「では、般若波羅密多とは?作麼生」

 

「説破。般若波羅密多とは、即ち五蘊皆空の真理を照見することである」

 

「では、五蘊皆空とは?作麼生」

 

「説破。色受想行識、即ち『物質界における存在』『存在を感じ取る知覚』『存在を意識内に想起させる想像』『存在を分類する判断』『存在に纏わる己の知識』の五つはすべて空であるということである」

 

「では、空とは?作麼生」

 

「そんなもの、俺如き洟垂小僧にわかるか」

 

 その問題について、どれだけ多くの高僧の方々が苦しんできたと思うんだ。

 

「いっそ禅僧に宗旨変えしてみる?……ま、私もあんたからちゃんとした答えが聞けるとは思ってないわよ。

 今あんたが考えてることを、あんたなりに話してみなさい」

 

「ええ……」

 

 普通にハードル高いことを要求してきたぞ、このあーぱー。

 

「ではもう一度。空とは何ぞや?作麼生」

 

「…………説破。空とは、そこに見えてそこに無いこと。数多の関係性に依って存在し、自性に依って存在しないこと。即ち固有概念の否定である」

 

「ふぅん」

 

 あとで絶対そのにやけ面を思い切り引っ叩いてやるからな、と心に固く誓う。

 

「じゃあ、五蘊皆空だと知ると何がどうなるの?作麼生」

 

「説破。五蘊はすべてそのような一定不変の固有な概念はなく、即ちすべて本当の姿ではないから、五蘊に拘るべきではないことがわかる。すべての苦しみ、即ち八苦はすべて遡れば五蘊に行き着くけれど、五蘊自体が空であるから、八苦もまた空であると知ることが出来る」

 

「では、五蘊八苦悉く空であると知ることが出来るとどうなるの?作麼生」

 

「説破。これらの真理を知る人は、故に心の障碍がなくなり、故に恐れや逃避、迷いから遠く離れた平安な境地―――即ち涅槃に到達することが出来る」

 

 らしい、と小さな声で付け加える。未だその境地には遠すぎる生臭小僧には、この真理を断言できるほどの蛮勇は持てなかった。

 

「では、涅槃に辿り着くことが出来るとどうなるの?作麼生」

 

「説破。涅槃に至った人は、故に己の価値観に沿えないことから生まれるあらゆる苦しみを滅して、平穏な心境で人生を楽しむことが出来る」

 

「そう。それが般若経の心よね。

 で。なぜ五蘊がすべて空なら、あんたはそれに拘らないでいられるの?作麼生」

 

 にたにた笑いを一層深めるぬえの言葉に、俺は眉を顰めて。

 

「…………その境地に至るために、俺は日々勤行してる」

 

「ま、差当たりそれが最大の課題よねぇ」

 

 ぬえはそうからからと笑いながら擦り寄ってきて、ぴー、と俺の腕に爪を引いた。

 たらたらと零れ落ちる赤い血を指で掬う正体不明の化け物は、まるで無邪気な童女のようにその指を口に含んで続ける。

 

「いくらお題目を唱えたって、いくら理屈を並べてみたって、こうしてみればあんたは痛いし、死が近付けば本能に則って恐くなる。

 いくら経典を諳じてみたところで、結局あんた自身がそれを納得出来なければ何の意味もない」

 

「何が言いたい」

 

「こんなところで遊んでる暇があったら、その短い人生の中でせめて少しでも行を修めてみなさいってことよ、人間の小僧。

 あんたが参道の掃除をサボってるって言って、響子のやつカンカンになってたわよ?」

 

「げ」

 

 頭を抱える俺を楽しそうに眺めながら。

 

「ま。衆生がみんな空の境地を悟ったら、あんたやどこぞの天人みたいに自堕落的な連中ばかりが溢れそうなものだけど」

 

「……知ってるか。仏門ではな、空の境地以外にも色々なことを教えてもらえるんだ」

 

「あらそう。ならあんたは、まず人としてカルヴァンの言論でも学んでなさい」

 

「おまえみたいな不良妖怪に言われたくないよ……」

 

 幻想郷を照らすお日さまは、今日もぺかりと光を届ける。

 

 

 

 


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