ボス戦開始からおよそ40分が経過した今でも、こちらの有利は動かないものだった。
こいつは腐ってもボスだ。これだけ攻防が続いても倒しきれないというのは大したもんだろう。
しかし、所詮は第一階層ということか。気を抜くことはできなくとも、こちらの戦力にはまだまだ余裕がある。
盾役も十分に機能しているし、攻撃面については、俺たちが後から加わったことで前半以上の猛攻が続いているのだ。
「コペル、ポーション足りてるか?」
「はい、まだ大丈夫ッス!」
「俺たちの中だと一番使うからな。少なくなったらハチマンに言えよ。」
なんで俺だよ。そこはカイトだろ。
「ねぇ、ハチ君、情報通りならそろそろかな?」
「ん。あぁ、たぶんそうだな。」
「お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ。」
は? あぁ、渾名のことか。
「べ、別に仲良くなったわけじゃないわよ! ただ、”ハチマン君”ってなんか言いにくいし……。」
「その通りだ。」
「ふーーーーーーーん……?」
なんだ、こいつ。超絶ウザいな。アスナも変に動揺してんなよ。
「で、そろそろって何のことですか?」
は? コペル、お前、βテスターじゃなかったか……?
「お前な……。ちゃんと教えただろ。《イルファング・ザ・コボルド・ロード》はHPが残りわずかになると、武器を《曲刀》カテゴリの《タルアール》に持ち替えるんだ。」
「それも分かんないけどな。」
「え?」
その時、《イルファング・ザ・コボルド・ロード》が今までで一等大きな咆哮を上げた。
お、ついに来たか。ちょうど休憩だし、様子見と行くか。うん、タイミングもぴったしだな。ディアベルも他の奴らも分ってるみたいだ。……コペルが前衛にいる時でなくて良かった……。
「全員下がれ! ……俺が行く!!」
「「「は?」」」「え?」
《イルファング・ザ・コボルド・ロード》が咆哮を上げ終わり、武器を持ち替えようと後ろに下がった時だった。ディアベルがそう叫び、ボスへと向かっていく。
「(あいつ、何を……。まさか……!?)」
前線のプレイヤーたちは、ディアベルの指示に従って下がってしまった。これで、ディアベルはボスとタイマンを張る状況になる。そんなこと、普通なら誰だって避けるはずだ。
事実、武器を持ち替えた《イルファング・ザ・コボルド・ロード》がディアベルに狙いを定める……ってあの武器は!?
「ディアベルッ!! ダメだ、お前も下がれぇーーー!!!」
その手にあったのは《タルアール》ではなく、別の武器。βテスト時には
キリトがそれを察し、ディアベルに呼びかけるが、時既に遅し。回避行動に移る余裕など、残ってはいなかった。
そして、《刀》によるソードスキルが展開され、ディアベルの防御もむなしくその身体を斬り裂いた。そのまま後方へと吹き飛び、鈍い音を立てて地面に落ちる。
まさか……死……?
また、俺は助けられないのか。
目の前で起こる悲劇に無力で、また誤って。
ただ、見ていることしかできないのか。
いや、あの時はそうだっただけだ。
そう、
じゃあ、今は……?
その瞬間、俺は前へと走り出していた。
「でぃ、ディアベル……?」
「キリト! ディアベルを頼む! あいつを死なせるな!!」
一番早く動き出したのはカイトだった。他の三人は状況が理解できていないのか恐怖に怯えているのか、まだ動きが固まったままだ。
それよりも早くディアベルの許へ!
「でぃ、ディアベル!! 大丈夫か!?」
「は、はは……。しくじって、しまったよ……。」
こうしている間にもディアベルのHPはどんどん減っていく。俺は、自分で動かないディアベルの代わりにアイテムウィンドウを操作し、ポーションを取り出した。
しかし、ポーションを使おうとしたその手をディアベルが掴む。
「いい、もう、いいよ。もう俺は……「何もよくない。」……?」
「……何をしようとしていたのかはおおよそ見当がつく。」
「……ッ!」
「だからこそ、ここで死なせるわけにはいかない。」
「……そうか。君は、優しいんだね、キリト君。」
そうだな。そうかもしれない。ハチマンなんかは、理由を知れば見殺しにするのかもしれない。
カイトにも、死なせるなって言われたしな。
ディアベルが手を放すのを見て、俺はポーションをディアベルへと使用した。
俺は、《イルファング・ザ・コボルド・ロード》に対して剣を振る。こいつのHPはもう僅かだ。一人でも押し切れるはず。ディアベルも
俺は剣を振る。
「……ッ!!」
しかし、そのあと僅かなHPが全く減っていない。むしろ、こっちのHPの方が……。
そう、俺は気付いていなかったのだ。《刀》が思っているよりもずっと厄介な物だということに。
そして
俺自身が全く冷静ではなかったということに。
長い、とても長い攻防だった。
だが、時間にすれば一瞬。
それ程にも、次元の違う攻防だった。
その攻防もむなしく、俺は《イルファング・ザ・コボルド・ロード》が《刀》のソードスキルを発動するのをこの目で見た。
おそらく、ディアベルの時など比較にならない一撃がくる。そう分かりながらも、避けることができない。
「(まさか、死……?)」
俺は、自らの一寸先の未来が、死の運命の上にあることを悟る。
「(死ぬ……。すまん、和人……。)」
無慈悲に《刀》が振り下ろされる。
「師匠ーーーッ!!!」
しかし、突然俺の身体が何者かによって横に押し出された。そのまま《刀》が通過するであろう軌道から外れる。
「……は?」
次の瞬間、その
「こ……」
俺ではなかった。
「コペルーーーーッ!!!」
「(し、師匠らしくない……?)」
少年は、状況が呑み込めないままに、目の前で起こっている出来事を必死にその頭で捉えていた。
「(師匠が……危ないッ……!)」
彼は駆け出す。
おそらく、このまま行けば、彼の命がないかもしれないということを理解しながら。
「(僕がここまで来れたのは、師匠が剣の振り方を教えてくれたから。敵の倒し方を教えてくれたから、一緒に笑ってくれたから。あの時に、手を差し伸べてくれたから……!!)」
それは、彼が無謀だからではない。
勇敢、だからでもない。
ただ、自分の大切な人を救いたいがために。
その震える手を精一杯に伸ばす。
そして彼は
《勇者》になる。
目の前で起きていることが理解できない。
「こ、コペルッ……どうして……。」
どうしてコペルが倒れてる……? そ、そうだ、ポーションを……
「もう無駄、ですよ。」
無駄? 何がだよ。諦めんなよ。
「あぁ……無事で、よかった……。」
無事? 俺は無事だよ。ほら、お前だって……
「本当に今まで、ありがとう、ございまし、た。師匠……」
え? おい、何がありがとうなんだよ。最後まで言わねぇと分かんねぇよ。
そう言い残して
青いポリゴンへと変化し
コペルは空へと消えていった……。
最後にやっと、やっと役に立てました。ちょっと心配だけど、きっと、きっと大丈夫です。師匠は、このゲームをクリアできます。
だって、師匠は
僕の師匠なんですから……